hanrei @Wiki H17. 7.27 宇都宮地方裁判所 平成13年(ワ)第251号 損害賠償請求事件



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判示事項の要旨:
腹腔鏡下胆のう摘出術を受けた患者について,術中の摘出標本の処理を誤って胆のう癌を見落とした診療上の過失があり,患者の癌がいわゆる進行癌の状態にあったとしても医療上の過誤と患者の死亡との間の因果関係が肯定できるとして,遺族から診療を行った病院に対する逸失利益及び慰謝料等の損害賠償を認めた事例


判決
主文
 1 被告は,原告に対し,金2241万9212円及びこれに対する平成12年9月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その3を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
4 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
   被告は,原告に対し,金6034万6304円及びこれに対する平成12年9月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,被告が設置運営しているA総合病院(以下「被告病院」という。)において,腹腔鏡下胆のう摘出術を受けた亡B(昭和7年4月18日生,以下「B」という。)の長男である原告が,被告病院の医師らには,術前の超音波検査によりBに胆のう癌の合併が強く疑われたのに,不適切な術式を選択したことにより,また術中の摘出標本の処理を誤って乾燥させたことにより,結局,当時Bに存在したはずの胆のう癌を見落とし,さらに胆のうの摘出に際し,遺残を生じさせた手技ミスを犯し,並びに退院時に癌発症の危険性について説明を尽くさなかった等の診療上の過失があり,これらの結果,Bが遺残部からの胆のう癌の再発により死亡したとして,被告に対し,債務不履行又は不法行為に基づき,逸失利益,慰謝料等の損害賠償金及びこれに対するBが死亡した日から支払済みまで民法所定の遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(特に,証拠を掲記しない限り,当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,Bの長男であり,その唯一の相続人である。被告は肩書地において被告病院を開設し,これを運営している。
C医師(以下「C医師」という。)は,平成11年1月8日当時,被告病院の外科医長として,同病院に勤務していた。C医師は,平成11年3月に被告病院を退職し,同年4月から,栃木県鹿沼市ab番地cにてC医院を開設した。
(2) Bは,平成10年12月16日,腹部異常感を訴え,近医の紹介を受けて,被告病院を受診し,腹部超音波検査の結果,胆のう癌の疑い及び慢性胆のう炎との診断を受け(乙1),同月18日,同内科に入院し,同月28日,同外科を受診の上,同月29日,同内科を退院し,平成11年1月6日,同外科に入院した。
被告病院の医師らは,同月8日,C医師の執刀のもと,Bに対する,腹腔鏡下胆のう摘出術(以下「本件手術」という。)を実施した。
(3) Bは,同月27日,被告病院外科を退院し,同年2月2日,2月19日,3月6日,同外科に外来通院した。Bは,平成12年2月8日,同外科を再受診し,その後,同外科に入退院した。この間,Bは,平成11年4月6日から,平成12年1月11日までの間にC医師が開設したC医院に合計9回通院した。
(4) Bは,平成12年2月8日に被告病院を再度受診し,同月17日に実施された上腹部CT検査の結果腫瘍が発見された。同月29日,Bを診察したD医師(以下「D医師」という。)は,遺残胆のう癌と診断した(乙3)。その後,Bは,胆のう癌を原因とする胆管炎に罹患し,さらに播種性血管内凝固症候群(DIC)を発症し,平成12年9月5日に死亡した。
2 争点
(1) 被告病院の医師らの診療行為に過失があるか(争点1)。
(原告の主張)
ア Bについては,胆のう癌合併の疑いが強かったのであるから,医師らは,胆のう癌の存否を確認するために,Bに対する手術の術式として,直視下に癌の有無や転移・浸潤の程度を確認できる開腹手術を選択する義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,本件手術を行うことにより,Bが胆のう癌に罹患していることを見逃した。
  開腹手術を実施していれば,当時存在していた胆のう癌を発見することができ,Bの死亡を回避できた。
イ Bについては,上記のとおり胆のう癌の疑いがあったのであるから,医師らは,胆のうを全部摘出する義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,胆のうの一部を遺残した。
全部摘出が行われていれば,癌の亢進,転移等は生じず,Bの死亡を回避することができた。
ウ 被告病院の医師らは,癌の有無に関して細心の注意を払うべきであるのに,本件手術の際に摘出した胆のう片について,適切な保管措置を怠り,胆のう癌の除外診断に必要なパラフィン切片標本の作製を不能にし,信頼性を甚だしく欠いた状態で胆のう癌の除外診断をし,これにより,Bの胆のう癌を見落とした。すなわち,本件手術の際に摘出した胆のう片は,癌の有無等を判断するための病理検査の標本となるものであり,鮮度が重要であるから,医師らは,上記胆のう片を直ちにエタノール処理し,後にパラフィン等で包埋する義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,長時間にわたって放置し,同胆のう片を乾燥させたため,パラフィン包埋による標本の作製を不能ならしめ,最も重要な摘出した胆のう片の永久標本による癌の有無の診断を不能にした。医師らが,摘出した胆のう片につき,上記の適切な処理を行っていれば,その標本につき,病理検査を行うことにより胆のう癌を発見することが可能であったのであり,Bの死亡を回避できた。
エ 医師らは,胆のう癌の疑いが残った状態でBを退院させたのであるから,その際,癌の疑いが払しょくできないこと,癌の発症があり得るのでしばらくの間は通院して定期的な検査が必要であること,その頻度は月に1回であること,腹部超音波,CT,CEA,CA19-9などの検査が必要であることを説明する義務を負っていたにもかかわらず,これを怠った。
上記説明がされていれば,Bの十分な回数の通院のもと,十分な検査等が行われ,Bの死亡を回避できた。
(被告の主張)
ア Bについて,被告病院では,胆のう癌に対する十分な疑いをもって腹部超音波,腹部CT,MRI,ERCP,超音波ガイド下穿刺細胞診,上腹部CT等の多くの精密検査を行ったが,胆のう癌と確定的に診断できず,「慢性胆のう炎+胆のう結石」の診断のもとではあるが,術中の迅速組織診の所見次第では肝床部切除,リンパ節郭清(癌に対する手術)を予定し,癌を念頭において本件手術を選択したものである。癌であることを示すデータが得られていない状況においては,開腹による胆のう癌の手術を行うとすれば,それは肝切除を伴う侵襲の大きな手術であり,Bのような高齢の患者には一般的でなく,高齢でも施行でき侵襲の少ない本件手術を施行し,仮に,必要となった場合に開腹ないし再手術とした医師らの選択に誤りはない。また,Bの胆のう癌が悪性である場合は,最初の手術が腹腔鏡的胆のう摘出術であった場合と開腹胆のう摘出術であった場合との間に予後に差はないことからして,この判断に誤りはない。
イ 本件手術に当たっては,肝臓に付着している部分の胆のうの摘除を行う際に肝臓に切り込むと,大出血を引き起こす危険があるため,やや胆のう寄りで行われることが多く,特に,癒着があるときは一部遺残してしまうこともある。Bについては,胆のう癌であるとの確定診断が不可能であったことや高齢であるBのQOL(生活の質)を優先することとの兼ね合いからして,一部遺残する結果となったものであり,全部摘出に至らなかったことに過失はない。
ウ 本件手術の執刀医であるC医師は,本件手術の際に摘出された胆のう片のうち,最も癌が疑われた部分を2か所切り出し,その一部について術中の迅速組織診断を行い,「異型細胞を伴う慢性胆のう炎」との診断を得,残部については直ちにホルマリン固定をし,その翌週にパラフィンによる包埋をして永久標本の作製を試み,病理学的検索を行ったのであり,病理検査としてはこれで十分であって,残りの胆のう片を乾燥させたことに過失はない。
  仮に,残りの標本を乾燥させずに全割して隅から隅まで検索したとしても,標本から異型細胞以外に癌が検出されなかった可能性が高い。
エ 癌の告知をすべきかどうかの判断は,患者の症状などに応じてされるべきことであり,医師の裁量にゆだねられた事項であって,本件についても,各種の精密検査によっても確定診断がつかず,癌の疑いがあるというだけの段階にとどまっていたから,被告病院には説明義務違反はない。なお,被告病院は,Bに対し,退院後の定期的な通院が必要であることなどの説明はしており,その結果,Bも退院後も実際に規則的に通院していたが,その間異常が認められなかったことなどからして,原告主張のような説明を行う義務があったとはいえない。
(2) 仮に,診療行為に過失があったとして,この過失とBの死亡との間に因果関係があるか(争点2)。
(原告の主張)
本件手術においては,執刀医であったC医師も,術中迅速組織診や永久標本作製を担当した病理医も,肉眼的観察によって摘出胆のうから癌の浸潤を認めていない。仮に肝床への直接浸潤があれば,執刀医において肉眼的視認が可能であるし,病理医も,胆のうで最も癌らしいところを切り出したというにもかかわらず,摘出胆のうの肉眼的観察によって容易なはずの癌の浸潤を発見しておらず,このことから,本件手術当時のBの癌の進行程度は,「胆道癌取扱い規約」における「肉眼的漿膜(腹腔側)浸潤」についてS0(癌が漿膜面に全く出ていないもの),「肉眼的肝内直接浸潤」についてHinf0(肝床への浸潤を全く認めないもの)の程度でしかなかったことが明らかである。術前に行われた超音波ガイド下穿刺細胞診の結果が陰性であったこともBの癌が早期癌だったことを補強する。
よって,Bは,被告病院において適切な治療を受けられていたならば,平均余命(20年)を全うしたことは高度な蓋然性をもって予想可能である。
(被告の主張)
平成11年1月6日のCT所見によれば,Bについては,肝床部(胆のうが肝臓に付着する部位)に胆のう壁から連続する造影剤の濃染像,胆のう壁の全体にわたる肥厚,一部内部に突出する隆起性病変が認められ,したがって,胆のう癌の疑いが認められるところ,これが癌であったとした場合,その癌は,当然壁全体に及び,一部肝床部に浸潤する進行胆のう癌であったこととなる。
この場合は,肉眼的に明らかな場合に該当するため,胆道癌取扱い規約によると,Hinf2となり,最低限StageⅢとなる。Hinf2の根拠は,手術表にあるとおり,胆のう壁と肝実質との癒着が強くて剥離できないため胆のう壁を一部肝床部に残したとの記載からも明らかである。
そして,StageⅢの胆のう癌の生命予後は,50パーセント生存期間は,1年2か月から1年6か月程度,2年生存率は35~40パーセント,5年生存率は20~35パーセントであり,原告主張のような逸失利益は発生しない。仮に,原告の主張する胆のう癌の見落とし,手技の過誤,説明義務違反が認められるとしても,それらの過失とBの死亡との間に因果関係は認められない。
(3) B及び原告の損害額は幾らか(争点3)。
(原告の主張)
 B及び原告は,本件の医療過誤により,以下のとおり損害を被った。
ア 給与の逸失利益相当損害金  1949万1115円
Bは死亡当時稼働していたが(平成11年の給与所得は256万9360円であった。),給与の逸失利益額は平均賃金によって算定すべきである。平成12年賃金センサスにおける65歳以上の労働者の平均賃金は360万6000円であった。就労可能年数は,死亡時の平均余命20.04年の半分である10年間とみるべきであり,対応するライプニッツ係数は7.7217である。生活費控除は3割が妥当である。
360万6000円×(1-0.3)×7.7217
                      =1949万1115円
イ 年金の逸失利益相当損害金  656万2701円
Bの平成11年分の遺族厚生年金は合計75万2298円であった。これを,死亡時の平均余命20.04年の期間にわたって受給できたとみるべきであり,対応するライプニッツ係数は12.4622である。生活費控除は3割が妥当である。
75万2298円×(1-0.3)×12.4622
                      =656万2701円
ウ 葬儀費用  144万円
Bの葬儀に係るお布施として56万円,葬儀料として110万円を要したが,葬儀費用として健康保険給付金を22万円受領した。
56万円+110万円-22万円=144万円
エ 死亡慰謝料  2200万円
Bの死亡による同人自身の慰謝料額としては1000万円が相当であり,原告の慰謝料額としては2200万円が相当であるが,その合計額の内金として上記金額を請求する。
オ 入院及び外来受診費用  79万4771円
Bないし原告は,本件の医療過誤により,平成11年2月から平成12年8月までの入院及び外来受診の費用の支出を余儀なくされた。
カ 弁護士費用  1005万7717円
上記アないしオの合計額の2割と認めるのが相当である。
(被告の主張)
ア 仮に,本件手術時において,胆のう癌が存在した場合,それは上記のとおりStageⅢの進行癌であり,その予後,生存率からすると,原告主張の逸失利益は発生しない。
イ Bは,生前稼動して給与を得ていたのであるから,逸失利益算定の基礎とすべき収入は,賃金センサスによる平均賃金ではなく,生前に得ていた実収入を用いるべきである。
ウ Bが将来受給し得たであろう遺族厚生年金について,逸失利益性は認められない。
エ Bは本件手術時点でStageⅢの進行癌であったのであり,初回入院の退院後もこの程度の入通院費用は当然その治療に要したといえるから,原告主張の過失との因果関係が存在しない。また,少なくとも医療費のうち,高額療養費として健康保険から支払のあった30万2210円は損益相殺すべきである。
オ 原告は,C医師との間において,平成16年5月17日に和解金1250万円で裁判上の和解を成立させてその支払を受けていることから,仮に被告に損害賠償義務が存在するとしても,被告とC医師の原告に対する債務は不真性連帯債務又は連帯債務であるから,被告はその範囲で債務を免れる。
第3 争点に対する当裁判所の判断
 1 争点1(被告病院の医師らの診療行為に過失があるか。)について
  (1) 証拠(甲5ないし7,15,17,18,乙1ないし8,10,24,証人D,同E,分離前の被告C本人,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
ア Bの診療経過について
(ア) Bは,平成10年10月16日,F外科の紹介を受けて被告病院内科を受診し,G医師の診察を受けた。G医師は,同日,Bにつき,腹部超音波検査を実施した結果,胆のう癌の疑いとの所見を得たことから,Bに入院を勧め,Bは,同月18日の被告病院内科の入院を予約した(乙1)。
(イ) Bの入院後,被告病院内科の医師らは,入院当日にCT検査を,同月22日にERCP検査(内視鏡的逆行性胆道膵管造影)を,同月24日に吸引細胞診の検査をそれぞれ実施した。CT検査の結果は,胆のう壁に肥厚が見られ,胆石症があり,また慢性胆のう炎か胆のう癌が考えられるが,慢性胆のう炎の方が胆のう癌よりも疑わしいとのことであり,ERCP検査の結果は,胆管や膵管には異常はないが,胆のうは造影されず,また胆のう壁穿刺吸引細胞診の結果は,陰性で,癌細胞は検出されなかった。しかしながら,内科の医師らは,同月25日,B及び原告に対し,今回の細胞診は陰性であったが,胆石発作を起こしていたことや胆のう壁肥厚が見られ,仮に癌が併発していても分からない可能性があり,完全に癌は否定できないことから手術をした方がよい旨説明した(乙2)。
(ウ) また,同月28日,被告病院内科にてBの上腹部MR検査(乙2,20頁)が実施された。その結果は,胆のう頚部に結石が見られ,胆のうに著名な壁肥厚が観察され,また壁内には幾つかののう胞領域が観察され,黄色肉芽腫性胆のう炎と考えられるが,胆のう癌を画像上完全に否定することは困難であり,ただ明らかなリンパ節腫大は見られないとの所見であった。以上の検査結果から,内科の医師らは,Bにつき,慢性胆のう炎,胆石症と診断したものの,一度胆石発作もあったことから,手術適応ありと判断し,被告病院外科にその旨依頼した。
(エ) Bは,平成11年1月6日に被告病院外科に胆のう癌疑い,胆石,胆のう炎の病名で再度入院した(乙4,6頁)。同日に実施された上腹部CT検査の結果,担当医は,胆石症を伴う慢性胆のう炎と見られるが,早期の胆のう癌を完全に除外することはできず,胆のう床への癒着も見られるとの所見を得た。
(オ) 被告病院外科の医師らは,同月7日にB及び原告に対し,これらの病状を告げるとともに,翌8日に全身麻酔下にて本件手術を施行すること,術中迅速組織診等の検査も同時に行い,術中の所見によっては開腹手術となる場合があること,合併症として出血,肺炎,感染症等が考えられるが,適切に対処する旨の手術説明を行い,B及び原告の同意を得た(甲4,60頁)。なお,同7日に実施された超音波検査によると,胆のう壁肥厚,胆のう内に2個の石が見られ,胆石と慢性胆のう炎,並びに脂肪肝との所見であった。
イ 本件手術時の状況等について
(ア) 本件手術は,手術者をC医師,助手をH医師とI医師,麻酔者をJ医師とするチームにて,平成11年1月8日,午後1時47分に開始された。C医師が,Bの下腹部左側から腹腔鏡を挿入し腹腔内を観察したところ,胆のうは炎症所見が強く,肝臓と強く癒着していた。大腸,胃などの他の臓器は,観察範囲内で異常は認められず,腹水も見られなかった。C医師は,カロー三角部位から剥離を進め,まず胆のう管を露出させてL字クリップを留置して,胆のう管を切断した。次いで出血を電気メスなどで止血しつつ,電気メスで胆のうを肝床部から剥離していったが,剥離の途中,胆のうが破裂し中から白色の膿が流出した。その際,胆石を2個確認した。胆のうと肝床部との癒着が強かったため,肝床部側の胆のう壁を剥離することはできず,これを取り残す形となった(乙4,5頁)。本件手術は,同日,午後4時57分に終了した。なお,腹腔鏡下胆のう摘出術は速ければ20分程度,通常1時間足らずで終了する手術である。
(イ) C医師は,Bの胆のうを頚部と体・底部の2つに分けて摘出し,術中迅速組織診のため,各部から一部の組織片を切り出し,ゲフリール(切り出した組織片をゲル状物質と一緒に急速冷凍させて凍結したもの。)としたうえ,これを被告病院の検査課の病理分析に提出した。被告病院の病理医であった医師E(以下「E医師」という。)は,病理室において,C医師から届けられたゲフリールの組織診を行った。組織診の結果,E医師は,両ゲフリールとも炎症像は見られ,胆のうの底部には粘膜面に異型性のある上皮が観察されたが,癌と即断することはできず,異型上皮を伴う慢性胆のう炎である旨診断したが,癌細胞が存在するか否かは,永久標本(組織片をホルマリン固定した後,パラフィン包埋し,これを切り出し,染色したもの。)で判定するしかない旨付言した(乙4,24,25頁,E)。
(ウ) C医師は,本件手術の結果摘出したBの胆のうのうち,ゲフリールのため切り出されたものを除いた残部を,本来,後日の病理検査のために直ちにホルマリン固定して,永久標本とすべきであったのに,この処理を失念して,胆のう残部を乾燥させた。これにより胆のう残部について,永久標本としたうえでの病理的な観察は不能となった(乙4,25頁)。その後,ゲフリールされた切片について再度組織診が試みられたが,手術時に見られた以外の所見はなかったため,E医師は,上記所見に加えて,粘膜表面上皮に異型増殖があるので,Bを経過観察し病状を追跡すべき旨報告した。
ウ 本件手術後の状況について
(ア) C医師は,本件手術後,原告等に対して,「石だけを取ることはできないので,胆のうの臓器を取り除きました。身体の状態は,それ以外はすこぶる良好です。すぐ良くなるでしょう」と言い,また本件手術による一般的な経過観察の必要があるとの説明はしたものの,胆のうの一部を取り残したことや摘出した胆のうの残部について永久標本とすることができなくなったため病理的検索ができず,いまだ胆のう癌の疑いを捨てきれていないことを告げたことはなく,外の医師らも,被告病院を退院するまでの間に,B及び原告に対して,これらの事実について説明したことはなかった。
(イ) 平成11年1月25日,Bの手術部位についてダイナミックCT検査が実施されたが,画像上腫瘍は認められず,著名な変化を示す所見はなかった。同月27日にBは被告病院を退院した。
  その後,Bは,同年2月2日,同月19日,同年3月6日に被告病院に外来受診したが,2月2日には胃内視鏡検査の予約をして同月19日にこれを施行され,3月6日には腹部エコー検査を受けたが,いずれも癌等の異常を示す所見はなかった。
(ウ) Bは,同年4月6日からは,C医院を受診し,C医師の診察を受けた。その際,Bは,C医師に「手術を受けた場所が重ったるい感じで気持ちが良くない。」などと訴え,同年5月ころからは右季肋部痛を訴えた。同年9月8日及び同年10月13日の診察時には,手術創に腫瘤が見られたが,C医師はケロイド瘢痕の疑いと判断し,本件手術の際の癌の疑いを前提として癌の再発を疑った上での診療行為を全く行わなかった。
(エ) Bは,痛みが一向に解消されなかったため,平成12年2月8日に再び被告病院を受診した。Bにつき,被告病院にて同月17日に実施された上腹部CT検査の結果,腫瘍が発見され,翌18日の胃内視鏡検査では潰瘍は発見されなかったが,同月22日の穿刺吸引生検細胞診の結果,癌細胞が発見された。同月29日の上腹部MRI検査の結果,傍大動脈リンパ節が腫れており,胆のう床への浸潤が特に疑われ,これらの所見からBは,胆のう癌であることが明らかとなった。
(オ) 再受診以後Bを担当したD医師は,同日,B及び原告に対し,これらの病状を説明したが,原告らは,本件手術によって胆のうは全部摘出しているはずだとして納得しなかった。
  D医師は,同年3月1日,Bの肝臓,胆のう床にある腫瘤を摘出する手術のため,肝臓部分に癌が浸潤していないか確認するための血管造影検査を行い,更に同月3日に上行結腸への浸潤の有無を確認するための大腸内視鏡検査,翌4日に胆のう周辺を検索する腹部超音波検査,同月6日に経静脈胆管造影CT検査等を行った。これらの検査の後,D医師は,同年3月8日,Bの胆のう癌の摘出のための手術を行ったが,腹膜播種を認め,癌が腹部全体に広がっている状態であり,癌の局所部分の切除も不可能であったため,切除できずに手術は終了した。この手術において実施された術中迅速組織診では,小腸の腸間膜から低分化腺癌(乙5,34頁),胃・膵臓間の大網部分の結節から中分化腺癌(乙5,35頁)が検出された。
(カ) Bには本件手術による手術創付近の腹壁にC医院での診察時から腫瘤が見られたが,D医師は,同月8日の癌の切除手術中にこの腫瘤を切除して同月13日に病理検査を行った。その結果,この腫瘤から低分化腺癌が発見された(乙10)。この腹壁の腫瘤と胆のう癌との間には連続性が全くなかったが,腫瘤の位置は,本件手術によりC医師が留置したペンローズドレーンが挿入されていた位置と一致していたことから,腹壁の腫瘤は,胆のう部の癌の直接浸潤ではなく,ペンローズドレーンを伝わって腹壁に漏れた液の中に癌細胞が含まれていたため,こぼれ落ちた癌細胞が成長してできたものとD医師は推測した。
(2) 以上の事実を前提に,Bに対する診療経過において,医師ら,特にC医師に診療上の過誤が存在したかについて検討する。
(ア) まず,術式の適否について判断する。C医師は,Bが胆のう癌の疑い,胆石,慢性胆のう炎であったことを前提に本件手術(腹腔鏡下胆のう摘出術)を施行したものであるが,本件手術当時,術前に行った腹部超音波検査やCT検査からは癌の存在を確定できず,胆のう壁穿刺吸引細胞診の結果(乙2,30頁)も陰性であったとの各種検査結果から,Bが胆のう癌であるとの確定的な診断はついておらず,飽くまで胆のう癌の疑いにとどまっており,むしろ,慢性胆のう炎の可能性がより濃厚であるとの診断であったこと,腹腔鏡下胆のう摘出術と開腹手術を比較すると,確かに,開腹手術には,腹腔鏡下胆のう摘出術に比べ,直視下に癌の有無や転移・浸潤の程度を確認できるという利点はあるが,患者に対する侵襲が大きくなり,術後癒着イレウス等のリスクがあり,Bが高齢であったことを考慮すれば,侵襲はできるだけ小さい方が望ましかったこと,さらに,C医師は,術中迅速組織診を予定し,その結果癌が発見されたときは,肝床部切除,リンパ節郭清という癌に対応した手術を予定していたこと(この点,C医師は,癌を想定した手術を予定していなかった旨,述べるが,本件手術前の診療録の記載から,組織診の結果によって癌に対応した手術が予定されていたことが明らかであり,C医師のこの部分の供述は採用できない。),当初から開腹手術を行った場合と,腹腔鏡下胆のう摘出術をまず行い,胆のう標本等の検索によって事後に癌であると判明し,二次的に癌の摘出手術を行った場合とでは患者の予後には差がないとの医学的知見が一般的であること(乙11の1,2,D供述378)等に照らせば,本件手術直前の時点で,Bに対して開腹手術を選択するか,あるいは腹腔鏡下胆のう摘出術を選択するかは医師の裁量に委ねられるというべきであり,被告病院の医師らが,Bの病状に対する術式選択として腹腔鏡下胆のう摘出術を選択したことについて,医療上の判断に過誤があったということはできない。
(イ) 次に,C医師は,本件手術の際,肝床部側の胆のう壁を一部取り残しているところ,拡大開腹手術を行うことによって,本件手術中に胆のうを全部摘出すべきであったか否かについて検討する。
  上記(1)のウ(カ)に認定したとおり,平成12年2月以降にBが被告病院を再受診した際には本件手術によってペンローズドレーンを挿入した手術痕部位が癌となっており,これは腹部内のがんと連続性がなく,本件手術時にこぼれ落ちた癌細胞が亢進してきたと濃厚に疑われ,また,D医師が開腹手術をした時点では既に手の施しようがないほど腹部内に癌は亢進していたことからして,時期的に見て本件手術当時に既に存在していた癌細胞が,本件手術を行ったことで更に速度を速めて拡大していったと考えるのが自然であるから,本件手術当時,C医師が取り残したBの胆のう壁の一部には癌細胞があり,Bは胆のう癌であったと認められる。そうすると,事後的に見れば,本件手術時に肝床部と癒着していた胆のう壁を肝臓の一部を併せて切除することで癌を取り除けるのであればそうしておいた方が望ましいことはいうまでもない。
しかしながら,上記のとおり,本件手術当時,胆のう癌は疑いにとどまっており,術中迅速組織診を行った結果もゲフリールからは胆のう粘膜表面上皮に異型増殖が確認されたものの,悪性の癌細胞は明確には検出されなかったのであって,他方で,胆石が2個摘出され,慢性胆のう炎についても胆のう壁のうちかなりの部分の剥離ができたことから,術前の診断を前提にすると一応の手術目的を達成していたと考えられること,Bの肝床部と胆のう壁の癒着が強かったとしても,慢性胆のう炎でも癒着の強い場合があり,強固に癒着しているから癌細胞であると腹腔鏡下胆のう摘出術中に確定的に判断することも一概には困難であること(D338),二次的に癌の摘出手術を行った場合でも患者の予後には差がないとの前記医学的知見や侵襲により癒着イレウス等のリスクも伴うこと,本件手術前には血管造影検査を実施しておらず,拡大して切除可能な肝臓部位の確定ができていなかったこと(C255ないし260)等を勘案すれば,摘出した胆のうの永久標本の病理的検査による癌の存否の確認を待つこととして,いったん,本件手術を終了した本件手術当時の医師らの判断が誤りであったとはいえないというべきである。
(ウ) しかしながら,上記(1)のイ(ウ)に認定したとおり,C医師は,癌の存否等を判断するための病理検査の標本となるはずの本件手術の際に切除した胆のう片をエタノール処理した上で,ホルマリン固定することを失念して放置したため,胆のう片を乾燥させてしまい,これに対する病理的検索は不可能となった。この点の過失の有無を検討するに,被告は,翌週にパラフィン包理を行って永久標本の作製を試みた上,ゲフリールに対して再度病理学的検索を行ったので病理検査としては十分であるなどというが,胆のう片の乾燥により永久標本の作製が不能であったことは自明で,病理的検索が不可能な状態であったことはこれを行ったE医師自身が自認しており,C医師が摘出した胆のうを永久標本とせずに乾燥させたことは,事前の検査等による癌の存在についての確定診断が難しい胆道癌の診療において癌の確定診断に必須の基本的操作を怠ったものであって,重大な診療上の過誤であることは明らかである。
被告は,ゲフリールした切片を除いた残りの標本を乾燥させずに全割して検索したとしても,永久標本から異形細胞以外に癌が検出されなかった可能性が高いとも主張するが,その主張の根拠となる乙9号証は症例数が多くない上,これによっても,術中迅速組織診の結果と永久標本による最終病理診断が必ず一致しているわけではない。そもそも術中迅速組織診によるゲフリールと永久標本による病理検索では自ずと標本の質に差異がある(甲17)のであって,ゲフリールからは癌が検出されなかったから永久標本でも癌が検出されないと考えるべきことを示唆する資料は外に見当たらない。かえって,上記(1)のウ(エ)ないし(カ)に認定したとおり,本件手術当時,Bが胆のう癌であった事実は動かし難く,ペンローズドレーンを伝ってこぼれ落ちた細胞にも癌が含まれていたと考えられること,E医師も,術中迅速組織診において,異型細胞について悪性と即断できず,パラフィン切片で良悪の判定をするしかないとの趣旨の診断を下し,永久標本による更に詳細な病理的検索が必須であるとの認識を示していたこと等を考慮すると,D医師が明言するとおり(D417,418),摘出した胆のう片を永久標本にして病理的検索を行っていれば,Bを癌と診断できた可能性は相当に高いというべきである。
そして,永久標本の病理的検索によりBを癌と診断できていた場合には,本件手術時の診療録からも予定されていたとおり,開腹手術により取り残した胆のうの肝床に癒着した部分や肝切除,リンパ節郭清等の二次的な手術がされていたはずといえるから,本件手術において,被告病院の医師らは,C医師が摘出した胆のうに必要な処置を施さないで乾燥させたことにより,永久標本の作製を不能とさせ,もって胆のうの永久標本を病理的に検索していれば発見できた可能性が高い胆のう癌を見過ごし,二次的手術によって胆のう癌を取り除く機会を逸したというべきであり,被告病院の医師らの医療行為には明白な過誤があったというべきである。
(エ) なお,(1)のウ(ア)に認定したとおり,医師ら,特にC医師は,本件手術後あるいはBが被告病院を退院する際に,B及び原告に胆のうの一部を取り残したこと,摘出した胆のう標本について病理的検索ができず,いまだ胆のう癌の疑いを捨てきれていないことを告げていない。
この点に説明義務違反があるか問題となるも,術前術後も慢性胆のう炎である可能性が最も高く,癌であるとの確定診断はついておらず,本件手術の結果癌であるとの可能性が高まったともいえない中,通常医師らに課される説明義務として,胆のうの一部を取り残したことや,いまだ癌の発症の可能性があることについての入念な説明をする必要があったとまではいえない。しかし,上記(1)のイ(ウ)に認定したとおり,病理医のE医師は,悪性であると断定できないものの粘膜表面上皮に異形増殖を確認したために患者の経過観察が必要である旨回答しており(乙4,25頁),C医師がした永久標本にすべき摘出胆のう片の乾燥という過誤は相当に重大で,胆道癌における癌の有無の最たる確認手段である標本の病理的検索が不能となった状況を前提にすれば,被告病院が通常行っていた手術後1月をめどとした術後検査のみならず,更なる継続的な術後検査が必要と考えられるのであって,患者のその後の診療に重要な影響を与える以上,少なくとも上記過誤の存在と通例より厳重な経過観察の必要性があることについては説明する必要があるといわざるを得ない。
この点を見ると,医師らは,退院後の定期的な通院が必要である旨の説明は行ったにせよ,C医師の過誤の存在や経過観察の必要性が通例より高いことについて説明をしていない。とすれば,医師らの説明には診療上の義務違反があったと認められる。
また,被告病院においては,本件手術後の平成11年1月25日にダイナミックCT検査,同年2月19日に胃内視鏡検査,同年3月6日に腹部超音波検査を行っているが,術後1か月から2か月前後という時期では癌が存在していた場合でも時期的に局所的な所見を得るのは難しいこと(D356)からすると,手術により癌細胞を取り去ったことが明らかな場合であれば別論,癌の疑いが潜在的にぬぐえず,通例より厳重な経過観察を要する本件では,術後の定期的な経過観察を行うべきであったといえる。Bは被告病院退院後平成12年2月の際受診まで,上記検査を除いて被告病院の診察を受けておらず,平成11年4月以降C医師の開設したC医院においては,同年5月ころにBが本件手術による手術創付近に痛みを訴え,更にその後の同年9月及び同年10月に手術創に腫瘤が確認されているにもかかわらず対処されないという明らかに胆のう癌の遺残を顧慮しない診療が行われているが,胆のう片の乾燥による過失自体は診療契約上被告の責に帰することからすれば,この時期の経過観察における診療についても本来的には被告が責務を負うというべきである。
 2 争点2(被告の診療行為の過失とBの死亡との間に因果関係があるか。)について
  (1) 被告病院の医師らの医療行為に過誤がなく,二次的手術により,適切に癌が切除されていた場合には,Bの予後は伸長していたといえるか,すなわち,被告らの医療行為の過誤とBの死亡結果との間の因果関係が問題となる。
 そこで,本件手術当時のBの胆のう癌の進行の程度について検討するに,上記1(1)のイ(ア)に認定したとおり,Bの胆のうは,炎症所見が強く,肝臓と接する肝床部において肝臓と強く癒着しており,肝床部の胆のう壁を本件手術により摘出することができなかったこと,後日の経緯からこの癒着部分に癌細胞が存在していたと認められること,肝臓と胆のうとの炎症による癒着は本件手術以前にCT検査上も確認されていたこと等からして,癌が肝臓の肝床部周辺に浸潤していたということができる。そうすると,胆のう癌の進行の程度の医学上の一般的な判定基準とされる胆道癌取扱い規約(乙12,乙25)上の分類によれば,肉眼的肝内直接浸潤(肉眼的とは,病理標本に基づく場合と区別される概念であり,実際の肉眼的観察以外にCT検査等の各種検査による観察も含まれる。)について,肝床への浸潤が明らかであるが,肝床周辺にとどまるものとしてHinf2の段階にあるということができる。また,同規約が規定する,癌の進行程度についての他の判定基準については,肉眼的漿膜(腹腔側)浸潤,肉眼的肝転移等すべての基準(S,Binf,PV,A等)について,本件手術以前の検査や本件手術中におけるC医師らによる確認等によって全く対応する所見が認められておらず,それぞれの基準の進行度の最も低い段階に該当すると認められるか,あるいは判定自体が不能である。しかしながら,上記のとおり,肉眼的肝内直接浸潤については,Hinf2の段階にあるから,これらを総合するとBは,本件手術当時,同規約が規定する胆のう癌の手術的,総合的進行度分類(乙12,37頁)のStageⅢの進行癌の段階にあると認めるのが相当である。
(2) そうすると,Bが本件手術時点及びその後の過程において癌の切除等の適切な診療が得られていた場合の予後の予測は,StageⅢの進行癌の症例にしたがって考えるべきこととなる。
上記の胆道癌取扱い規約に基づいた全国的な予後の集計によれば,StageⅢの進行癌の症例の予後は2年生存率約40パーセント,5年生存率約32パーセントである(乙13,図10)。そして,被告病院の医師らの過失により進行癌が患部に取り残された本件の場合,現実に進行した因果による予後予測は,同様に手術によって非治癒であった症例による予後統計によるべきところ,この場合の予後はStageⅢの進行癌の症例の予後に比べて更に悪く(乙14,治癒度別生存率曲線),2年生存率は約15パーセント足らず,5年生存率は約5パーセントにも満たないのであり,この2つの場合の予後を比較すると,少なくとも社会的に見て有意性を肯定できる程度において明らかな差異がある。これに加えて,胆のう癌に限らず,一般に癌が存在する患部を切除して癌細胞を取り残した場合にはその活動が活発化し,事後の癌の進行は施術しない場合に比べて速くなること,D医師は,Bが本件手術時点及びその後の診療過程において癌の切除等の適切な診療が得られていた場合には現実の予後と比較して予後が伸びた可能性が高いと明確に述べていること(同供述71頁432)等の諸事情を総合すると,Bが平均余命を全うし得たかはともかくとしても,適切な診療がなされていれば,少なくとも平成12年9月5日の時点においてBがなお生存していたであろうことを是認しうる高度の蓋然性が存するといえ,被告による過失とBの死亡の間には因果関係が肯定できると認められる。
(3) 被告は,Bが本件手術当時進行癌であったことを前提とすると,その予後は長くないから,被告による過失とBの死亡との間に因果関係はなく,被告による診療上の過失はせいぜいBの期待権を侵害したにすぎないと主張する。
しかし,患者の期待権が問題となるのは,医療水準に適った医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在が証明されない場合であって,そのような場合に例外的に医療水準に適った医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合に認められるのであり(最高裁平成12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574頁参照),上記のように,医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が認められる本件のごとき事例において,患者がその時点の後いかほどの期間生存し得たかは,主に得べかりし利益その他の損害の額の算定に当たって考慮されるべき事由であり,因果関係の存否に関する判断を直ちに左右するものではなく(最高裁平成11年2月25日第一小法廷判決・民集53巻2号235頁参照),期待権を問題とすべき余地はないというべきである。
 3 争点3(B及び原告の損害額は幾らか。)について
(1) Bの逸失利益
逸失利益の算定に当たっては,適切な治療がなされていた場合のBの余命をどのように評価するかが問題となるが,上記のとおり,Bは本件手術当時StageⅢの進行癌の状態にあったものであり,平均余命を全うしたと考えるのは適当でない。そこで,進行癌に適切な治療がなされた場合の全国的な症例による予後統計において,5年の生存率は32パーセント程度であること,5年以降生存した者については,大部分の者が8年以降も生存していること(乙13,37頁),上記認定のとおり,Bの癌の状態は肉眼的肝内直接浸潤についてはHinf2の段階にあるものの,転移を始め,その他の癌の進行度を測る指標においては癌の進行を指し示す兆候がなかったこと,C医師の過失を機序とし,取り残された癌の進行がより活発化したその後の因果経過においても,Bは本件手術後約1年8か月は生存していたこと等の事情にかんがみると,適切な診療が得られていた場合のBの予後は,少なくとも7年程度はあったと認めるのが相当である。
また,Bは,本件手術当時65歳であったこと,家政婦として稼働していた際の貢献を買われて餃子店「K」に勤務していたこと(甲15等)からすれば,稼働可能な70歳までは同店に勤め続けたと考えられるから,このうちBの予後7年のうち,5年を稼働可能期間と認めるのが相当である。
さらに,Bは,本件当時,「K」に勤務して給与年収256万9360円を得ていたから,同額を基礎収入としたうえ,生活費として30パーセントを控除すべきである。
これに5年間に対応するライプニッツ係数4.3294を乗じると,次の計算式により778万6651円となり,その逸失利益は778万6651円であると認める。
2,569,360×(1-0.3)×4.3294
                      =7,786,651
なお,Bが生前受給していた遺族厚生年金については,受給者自身が保険料を拠出していない専ら受給権者自身の生計の維持を目的とした社会保障的性格の強い給付であって,本人の意思により決定しうる事由により受給権が消滅すること等をも考慮すると,これを本件医療過誤による損害としての逸失利益に該当するということはできない(最高裁平成12年11月14日第三小法廷判決・民集54巻9号2683頁)。
(2) 慰謝料
永久標本とすべき摘出胆のうの乾燥というC医師の過失の重大性やこれについて何らの説明がなく経過観察もなされなかったこと等本件訴訟に現れた事実を総合すると,Bの死亡による本人分の慰謝料は,2000万円をもって相当と認める。
また,Bの死亡による原告の慰謝料は,200万円と認めるのが相当である。
原告は,Bの逸失利益及び慰謝料の損害の合計額2778万6651円を相続により取得した。
(3) 葬儀費用その他
原告は,本件により,Bの平成11年2月以降の入院費用及び外来診療費の合計79万4771円及び葬儀費用110万円及び布施56万円の合計245万4771円の出損をしたことが認められ(甲10ないし13),上記費用はいずれも本件と相当因果関係を有するところ,原告は上記出捐のうち,葬儀費用として22万円(甲14),治療費のうち高額療養費として30万2210円(甲16)を健康保険から支給されているので(甲14),この支給額との差額193万2561円が原告の被った損害と認められる。
被告は,Bが本件手術当時StageⅢの進行癌であったことからその治療に上記の治療費程度の出捐は要したから被告の過失との間に因果関係がないというが,BがStageⅢの進行癌にあるとしてもその場合の平均的な治療費等は不明である。加えて,Bが適切な治療行為を受けていれば癌の切除とそれ以降の経過観察のみで治療が終了していた可能性が十分あったばかりか,被告は,C医師が胆のう標本を乾燥させたため癌が発見されなかった可能性がある事実を原告らに告げていないという説明義務違反を犯し,上記のとおりこれを前提とした経過観察も尽くしていないというべきであり,これらを尽くしていた場合には治療費等の出捐が全く別の経過をたどったと考えられるから,被告の主張は採用できない。
(4) 弁護士費用
本件訴訟の事案の内容等を考慮すると,本件と相当因果関係のある弁護士費用の損害額は,320万円と認めるのが相当である。
(5) その他
原告は,分離前の相被告であるC医師から本件訴訟による和解金として1250万円の支払を受けている事実は当裁判所に顕著であり,上記の認定から被告病院勤務中及びC医院開設後のC医師の診療行為に過失があったことは明白で,被告とC医師の原告に対する債務は不真正連帯債務と解すべきであるから,C医師の支払った和解金については被告の損害賠償債務を減額すべきである。
4 結語
以上のとおり,原告の請求は,不法行為に基づき,2241万9212円及びこれに対する不法行為後である平成12年9月5日(Bの死亡の日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとする。なお,被告の求める仮執行の免脱の申立ては,相当でないから,これを却下することとする。
よって,主文のとおり判決する。
  宇都宮地方裁判所第2民事部


裁判長裁判官  柴田 秀



裁判官  今井 攻



裁判官  馬場嘉郎