H17. 7.15 神戸地方裁判所 平成16年(わ) 第871号 道路交通法違反被告事件

判示事項の要旨:
速度否認


              主    文
被告人を罰金8万円に処する。
その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
       理      由
(罪となるべき事実)
 被告人は,平成16年1月31日午前5時53分ころ,兵庫県公安委員会が道路標識により,その最高速度を60キロメートル毎時と指定した神戸市a区b町c丁目所在の県道甲線下り38キロポスト付近道路において,その最高速度を50キロメートル超える110キロメートル毎時の速度で普通貨物自動車を運転して進行したものである。
(証拠の標目)
 省 略
(事実認定の補足説明)
1 本件の基本的な争点
被告人は,判示場所付近を時速80ないし90キロメートル毎時で中央寄り車 線(第2車線)を走行していたところ,後続の車両(ハイエース)が第1車線に出て,定かではないが時速140ないし150キロメートルで追い越して,第2車線を走行中の被告人車の約10メートルほど前に入った時にオービスのフラッシュが光ったので,その車が撮影されたものと思ったこと,被告人車は,約15年間使用された走行距離約20万キロメートルの老朽車で,当時は約2トンの重量物を積載していたものであるから,時速110キロメートルもの速度を出すことはできないこと,オービスのフラッシュが光った時に自車の速度計を見ると93キロメートル毎時を示していたこと等を述べ,弁護人も,この主張を前提として,オービスの速度測定や写真撮影が必ずしも正確であるとは限らないとして,
被告人は,時速約93ないし83キロメートル毎時で走行していたものである旨
を主張している。
 ところで,関係証拠によれば,判示場所付近に設置されたオービスは適正に設置され,定期点検も経たものであり,誤作動等の可能性はなかったものと認められるところ,速度違反認知カード(検甲1)等関係証拠によれば,判示日時場所において,被告人車両が110キロメートル毎時で走行していたことを示している状態の写真が撮影され,その撮影範囲内に他の車両は撮影されていないことが明らかである。
 弁護人は,オービスの速度測定の一般的な正確性について縷々主張しているところ,被告人の供述を前提とすれば,写真に印字された速度の点は,被告人車を追い越して行ったハイエースのものが表示され,写真撮影時点では,ハイエースは既に写真撮影範囲外に出ていて,それに後続していた被告人車両がその撮影範囲内に入ったため撮影されたということになるが,そういうことが起こり得るのか,という点が本件の基本的な争点であるといってよい。以下,オービスの速度測定の一般的な正確性及び本件の基本的な争点に関する弁護人の主張について検討する。
2 オービスの速度測定及び写真撮影等の方法について
 この点に関する証人乙の供述の概要は次のとおりであり,その信用性に格別疑問を容れなければならないような事情はなく,信用することができる。
(1) 本件オービスは,丙株式会社製の丁という機種であり,レーダーと撮影装置が一体となっている。道路上に門のような形の構造物を作って,その上にオービスを設置する。1車線に1台ずつ設置し,本件現場は2車線であるので2台設置されている。
(2) アンテナの中心の高さは地面から6.5メートルから6.7メートルで,約7度の角度で下向きに速度を測定するためのビームがアンテナから上下角1度(計2度)で照射される。ビームは,装置の真下をゼロメートルとして,その中心は約50メートル地点に,遠くは約57メートル地点に,近くは約43メートル地点にまで広がる。ビームは57メートル地点くらいまで届いているが,車両の大小に関係なく一定の位置(対象車両の前部ナンバープレート部が38メートル付近に来た位置)で違反車両を撮影するために,52メートル以遠からの反射波は受信しないようにされている。
(3) 速度の測定領域は,装置の真下をゼロメートルとして,52メートル地点が測定開始点,45メートル地点が測定終了点であり,測定区間の長さは7メートルとなり,幅は50メートル付近が一番広くて1.8メートルである。
(4) 速度違反車両の撮影可能領域は,写真の一番下が装置の真下から35メートル付近で,その横幅は4メートル弱,一番上は同60メートル付近である。
(5) 測定に最低限必要なビーム内滞空時間は0.15秒であり,52メートルから45メートルまでの幅1.8メートルの中に,対象車両が0.15秒以上滞空する必要がある。0.15秒というのは,0.05秒をかけて1回速度を測るので,1台の車につき,少なくとも3回,計0.15秒をかけて測定することになる。3回一致しなければ撮影はしない。どんどん加速していて当該車両の速度を何キロと決めていいか分からないときはやり過ごすことになる。当該車両が撮影されたということは,同じ速度で走行していた区間が0.15秒間はあったということになる。
(6) 撮影可能領域は,縦方向で手前35メートルから奥60メートルであり,速度測定領域は,手前45メートルから奥52メートルであるから,撮影可能領域が速度測定領域を全部含んでおり,撮影可能領域を車両が出てしまう前に必ずシャッターが切られるように設定してある。デジタル装置が速度を検知し,当該車両が38メートル地点に来たとみなした時に撮影されるが,これは車両の速度を測定してから38メートル地点に来るまでの時間を計算して撮影されるから車両の速度によってその時間は異なる。速度を測定した場合,その速度のまま38メートル地点まで来るものとして計算し,撮影することになる。
(7) サイドローブというのは,ビームの中心以外の方向に出ている電波のことをいい,どんなアンテナにもあるが,一番強くて100分の1以下であるので,実際の測定には関係しない。
(8) 前後して走行する2台の車両があれば,前の車両の速度を測定する。複数の車両にビームが照射されることによって電波の波が変わることはある。先に来た方の電波あるいは強い方の電波が,後から来た弱い方の電波によって乱されることはある。そういうときには,測定しないようにしている。その機能は,波形チェック機能といい,本件オービスにもついている。それが機能しているかどうかについては,一々確認する必要はなく,必ず通るように設計してあり,車両の速度が測れているということは波形チェック機能も通過してきたということである。波形がどこまで変わったら測らないことにするかについての分岐点の設定は,何千台,何万台という車を測って,その状況を一々判断してさじ かげんで決めたものであるから説明しても分からない。
3 オービスの速度測定等の正確性に関する弁護人の主張に対する判断
(1) 周囲に発生した電波を拾う可能性があるとの主張について
 弁護人は,オービスは,電波を照射して,物体から反射してくる電波を捉えることにより速度が測定されるものであり,対象物以外の物体から出る電波の影響を受けるものである旨を主張しているところ,それが本件で具体的にいかなる影響があったというのか判然としないが,被告人車に先行していたハイエースの速度を測定した可能性があるとの意味であれば,後記(4)で検討するとおり失当であり,一般的に誤測定の可能性があるという主張であれば,前記2記載の事情に照らし,採用の限りでない。
(2) 有効検知範囲とビームの照射範囲の違いに関する主張について
 弁護人は,速度の有効検知範囲が明らかにならない限り,測定された速度が正確とはいえず,本件装置の有効検知範囲は明らかにされていない旨を主張しているところ,証人乙は,弁護人の「道路に描かれる等感度曲線が,実際には速度を有効に測定できる範囲というふうに考えていいんでしょうか。」との質問に対し,「厳密に言いますと,50メートルの真ん中のところを1として,その2分の1の強さになるところの,つまり2分の1の強さの等感度曲線をかくと,今私がかいた楕円になるんです。そこで速度を測定します。」と供述しているのであって,この供述によれば,同証人が述べる速度の測定領域は,速度が有効に検知される範囲内に存在しているものと認められる。弁護人の主張は,採用の限りでない。
(3) 複数車両が照射範囲の中に入った場合の問題に関する主張について
 弁護人は,複数の車両がそれぞれの有効検知範囲内に入っている場合,返してくる電波の強い方を測定する可能性があり,複数の車両が近くを走っているとき,何%かの時間はある車両から返ってきた電波が強く,何%かは他の車両,また残りは別の車両の電波の影響が強く,それらが時間的に分担寄与した結果,1回分の測定値として表示されることがある旨を主張しているが,この主張は,オービスによる速度の測定に直ちに妥当するものとは言えないし,証人乙の供述によれば,前後して走行する2台の車両があれば,前の車両の速度を測定することが認められるから,この点も,時速110キロメートルという測定値が,被告人車に先行していたハイエースの速度を測定した可能性があるとの趣 旨をいうものであれば,後記(4)で検討するとおり失当である。
 なお,弁護人は,証人乙が供述する前記2(8)の波形チェック機能の点について,「さじかげん」という曖昧な概念は物理的な原理と操作をもって測定する本件装置と相容れないものであり,それを説明することができないというのでは本件装置の正確性を検証することが不可能であるとも主張しているが,同証人は,多数の客観的な測定値から,どの程度の波形の乱れがある場合に,当該速度を測定しないことにするかについて,一般的に妥当すると考えられる分岐点を経験的に定めたことを指して「さじかげん」という言葉を使用しているのであり,同証人が定めた,速度を測定するかどうかの分岐点は,多数の測定値や波形の乱れを総合的に検証した上でのものと認められるので,同証人の前記供述が不合理であるとはいえず,その信用性が乏しいともいえない。
(4) 38メートル地点での撮影が不可能な場合が生じ,本件装置について,測定可能範囲に2台の車両が入り,後続車両のみが撮影される可能性が否定できないとの主張について弁護人は,証人乙の供述では,どのような速度で走ってくる車両についても,38メートル地点で撮影するためには,3回目に前2回と同じ速度を測定した最後の地点から38メートル地点までの距離と速度によって,シャッターを切る時間が変わるように設計されており,3回目の測定位置は特定できず,シャッターを切るための速度の測定は52メートル起点であるというのであるが,そうすると,52メートルから45メートルの速度測定の範囲内での速度と速度測定を終了して撮影可能範囲での速度が異なっていれば,38メートル地点での撮影は不可能であり,さらに,同証人の供述では,38メートル地点での撮影は,52メートル地点から38メートル地点までの速度が変わらないことを前提としているのであって,その間に速度が変わることはあり得るから,38メートル地点での撮影は,根拠のない「ありえない」ことを前提としており,本件の場合,52メートル地点から45メートル地点の範囲に被告人車とハイエースが入り,ハイエースが45メートル地点から撮影ポイントである38メートル地点までに一定の加速をすれば,38メートル地点で撮影されるのは被告人車だけであるということもあり得る旨を主張している。
 この点に関連して,証人乙は,弁護人からの質問に対し,次のとおり返答している。すなわち,AB2台の車が走行していて,先行のAが時速110キロメートル,Bが時速95キロメートルの場合,Aが前にいて測定可能地点45メートルを先に過ぎ,撮影地点38メートルに入るが,その間に速度を変更することは想定していないこと,測定した時は時速110キロメートルだったけれども,その後,急加速して0.23秒(時速110キロメートルと測定した場合の45メートル地点から38メートル地点に到達するまでの時間)では撮影される38メートル地点を通り過ぎてしまったという場合を想定しても,やはりAを撮影すること,その場合は,思ったよりもAはその後加速したということになり,ナンバープレートが少し切れて写るようなこともあり,突っ込みと呼んでいる写真が撮れることがあること,もっと加速して,撮影がされない時間帯にAが通り過ぎるということは想定できず,そのような急加速はできないことを供述している。その場合,前記速度測定区間でAにつき時速110キロメートルと速度が測定されたということは,証人乙の供述によれば,その間の平均速度を時速110キロメートルとみなすということであり,その速度のまま進行して,前部ナンバープレートが撮影地点である38メートル地点まで到達するのに要する0.23秒後に撮影されることになるが,仮に,前部ナンバープレートの位置が撮影される写真の下限である35メートル地点にまで来ていたとすると,0.23秒間で10メートル進行することになるから,その間の平均速度が時速約156.5キロメートルとなり,そのような急激な加速を0.23秒というわずかな時間にすることは相当困難であることからすれば,同証人の供述は,十分信用することができる。さらに,Aが撮影範囲外に出た可能性を考えてみるに,Aの車体の長さを4メートルと想定しても,0.23秒間で少なくとも14メートル進行しなければならないから,その間の平均速度は時速約219キロメートルとなるのであり,そのような急加速は不可能である。また,後続車両であるBについて検討してみると,速度測定区間でAにつき時速110キロメートルと速度が測定された時点のBの位置は,AB間の車間距離を約10メートルであるとすると,Aが45メートル地点に達した時点では,その後方約10メートルの地点にいたはずであり,オービスは,Aを撮影するべく0.23秒後にシャッターを切るはずであるから,Bが撮影地点である38メートル地点に撮影時点で存在するには,17メートルの距離を0.23秒で進行しなければならないこととなり,その間の平均速度は,時速約266キロメートルとなるのであって,それまで時速95キロメートル程度で走行していたというのであれば,そのような急加速は,およそ不可能である。これらの点に関し,証人乙は,2台の車両が連続して走行してきて,前の車両(A)の速度が後ろの車両(B)の撮影写真に表示されることはあり得ないこと,時速110キロメートルの場合,速度測定後0.23秒待ってから撮影するから,その測定領域を0.23秒前に通過したAはどこに行ったのか,また,Aを測定しているとき,つまり撮影時点の0.23秒前まで現に撮影されているBはどこにいたのか,Bは,Aが測定領域を通過しているから,更にその後ろにいたはずであるが,そうすると,Aの後ろにいて,前の車両であるAを測定して,0.23秒で後ろの車両であるBはAを押し出すようにして撮影位置までこないといけないが,時速110キロメートルでは不可能であるとの趣旨の供述をしているが,この供述は,Aが撮影範囲外に出た可能性,及び,Bが撮影時点に撮影場所に存在する可能性について検討した前記内容に照らし,合理的であり,その信用性に疑問を容れる余地はない。
 以上によれば,証人乙の供述及び速度違反認知カード(検甲1号証)の各証明力は高いというべきであり,それらによれば,被告人車に先行するハイエースの速度が測定されて,それが検甲1号証の写真に印字されたものであるとは認められず,同写真に印字された速度は,そこに撮影されている被告人車の速度であると認められる。
4 被告人の弁解等その余の点に関する判断
(1) 被告人の供述によれば,時速80ないし90キロメートルで走行中に,後ろから来たハイエースに追い抜かれて,被告人車の約10メートル先に入った,というのである。その状況は,ハイエースからすれば,被告人車を追い抜いた直後に,第1車線を走行していた前車(定期便)は,まだずっと先であったというのに(被告人の公判供述),第1車線から,走行中の被告人車の直前に切り込むような形で第2車線に入ったということになるが,それは,相当危険な状況と言わなければならず,一般的にみて,そのような危険なことまでして第2車線を走行中の車両の直前に入るとはにわかに考え難い。しかも,被告人は,そのような危険な追越しをされたというのに,アクセルから足を離したという記憶はないというのであり,その供述状況からみても,特に危険を感じたような様子も窺われないのであるが,通常の運転者であれば,そのような危険な割込みをされた場合には,反射的にアクセルから足を離すのが自然であり,危険な割込みをされたという印象が記憶に残るはずであると思われるのに,被告人の公判供述には,そのような点に関する迫真性や臨場感はなく,その信用性は乏しい。
(2) 捜査報告書(検甲5)によれば,被告人が呼出しを受けてd警察署に出頭した際の取調べ時(平成16年2月23日)には,「会社の車で古い車やのに,こんな速度でーへん。」と言い,これに対し,警察官が,「軽四でもこの程度の速度は出ますよ。」と言うと,それ以上の質問はなかったことが認められ,同報告書に,被告人が,その際に,速度計が93キロを指していたと述べた旨の記載はないことからすると,その後,検察官の取調べ(平成16年6月2日)や公判廷において,オービスのフラッシュが光った時に速度計を見ると93キロを示していたとの被告人の供述部分の信用性は,高いとはいえない。
(3) 電話聴取書(弁3号証)及び報告書(弁4号証)によっても,被告人車が時速110キロメートルの速度を出すことが不可能であるとはいえず,シャシーダイナモによる走行実験の報告書(弁6号証)によれば,被告人車に約1.5トンの廃材を積載して走行速度の実験をした結果でも,時速120キロメートルの速度表示がされたことが認められることからすると,被告人車が老朽車であって重量物を積載していたとしても,時速110キロメートルの速度で走行することが不可能であるとはいえず,これらの書証は,証人乙の供述及び速度違反認知カード(検甲1号証)の前記証明力を左右するものとはいえない。
(4) 被告人は,捜査段階で本件は罰金8万円の事案である旨を告げられたのに,これを不服として私選弁護人にまで依頼して本件を争っており,その間の事情は定かでないが,そのことを考慮しても,前記認定判断を揺るがすものとはいえない。
5 以上のとおりであって,前掲各証拠によれば,判示事実を優に認定することができ,それに合理的な疑いを容れる余地はない。
(法令の適用)
 省 略
(求刑 罰金8万円)
(私選弁護人 D)
  平成17年7月15日
    神戸地方裁判所第2刑事部
裁 判 官  佐  の  哲  生

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最終更新:2005年09月26日 11:04
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