hanrei @Wiki
http://w.atwiki.jp/hanrei/
hanrei @Wiki
ja
2018-10-13T20:48:28+09:00
1539431308
-
H17.11.28 和歌山地方裁判所 平成16年(わ)第426号 殺人、死体遺棄
https://w.atwiki.jp/hanrei/pages/267.html
自衛官である被告人が職場の上司を金槌で執拗に殴打するなどして殺害し、その死体を自己の車の中に遺棄した事案につき懲役16年が言い渡された事例
判示事項の要旨:
自衛官である被告人が職場の上司を金槌で執拗に殴打するなどして殺害し,その死体を自己の車の中に遺棄した事案につき懲役16年が言い渡された事例
主 文
被告人を懲役16年に処する。
未決勾留日数中360日をその刑に算入する。
押収してある金槌1本及び針金2本を没収する。
理 由
(犯行に至る経緯)
被告人は,平成4年2月に自衛隊に入隊後,各地の会計隊で勤務し,平成8年7月には三等陸曹に昇任し,平成15年8月1日からは,陸上自衛隊A駐屯地B会計隊(以下,「A会計ふ隊」という。)に所属して会計係等の職務に従事し,和歌山県内所在の同駐屯地生活隊舎に居住していた。
被告人は,4名からなるA会計隊において,会計契約班長である一等陸曹のCから指導及び監督を受ける立場にあったが,当初は快く仕事の指導をしてくれていたCが,平成16年に入ったころから,被告人に対し厳しい態度を取り始めたと思っていたところ,その後もCから仕事上のミス等について繰り返し厳しい叱責を受けたことで,なぜそこまで言われなければならないのかなどと憤懣を募らせ,同人と二人きりで残業することを苦痛に感じるようになった。
被告人は,同年6月初めころ,A会計隊の隊長ほか1名が,同年7月12日から同月23日まで出張する予定であることを知り,その間職場にCと二人きりになることから,上記出張予定日が近づくにつれて,次第に憂鬱さの度合いを強めていった。
被告人は,同年7月5日,同年8月1日付けで自衛隊D病院会計課へ異動させる旨の内示を受けたが,通常であれば少なくとも2年間は異動がないはずで,短期で異動させられるのは不祥事を起こした者などに限られると信じていたことから,1年という短期で自分が異動するのは,CがG方面会計隊に被告人の悪評を流してA会計隊から追い出そうとしたからであるに違いないと思い込み,今後は異動する先々で周囲から白い目で見られ続けることになり,もはや自分に自衛官としての将来はない,Cに人生をズタズタにされたなどと考え,同人に対して激しい憎悪の念を抱き,同人を殺害しようと決意した。
被告人は,絞殺すれば出血もなく死体の処分が容易であるので,殺害の手段としては針金を用いることにしたが,Cに抵抗された場合に備えて同人の頭部を殴るための金槌も準備しておくことにし,上記駐屯地内のA会計隊事務室を殺害場所と思い定めて,同人と二人きりで残業する機会を狙うことにし,また,同人を殺害した後は,死体をどこか人目につかないところに捨てるしかないなどと具体的な犯行計画を練っていった。
被告人は,週明けの同年7月12日には上記隊長らが出張に出かけ職場にCと二人きりになってしまうことから,同月9日の夜までに同人を殺害するつもりでいたところ,同月9日,同人が午後2時すぎころに陸上自衛隊E駐屯地より帰隊したことから,その夜残業する見込みであった同人を殺害することにした。
(罪となるべき事実)
被告人は,前記のとおりCを殺害した上,その死体を投棄して犯跡を隠蔽しようと企て
第1 平成16年7月9日午後7時ころ,前記所在のA会計隊事務室において,Cと二人だけになったことから,同人の様子を窺うとともにいったん廊下に出て同事務室のある本部隊舎2階に人がいないことを確認した後,同事務室に戻り,同日午後7時30分ころ,同事務室内の棚に収納されていた金槌1本及びあらかじめ自己の執務机内に隠匿していた針金1本を手に持ち,着席して残業中のC(当時37歳)の近くに忍び寄り,その首に針金を掛けようとしたところ,人の気配に気付いた同人が被告人の方を振り向いたことから,最初に針金を用いてCの首を絞めることはあきらめ,同人に対し,その頭部めがけて上記金槌を力任せに振り下ろして同人の頭部等を繰り返し殴打し,椅子から落ちて床に倒れた同人の頭部等を引き続き数十回にわたり殴打し続け,動かなくなった同人をうつ伏せにして,二重にした上記針金をその頸部に巻き付け絞め付けたものの,辛うじて意識を取り戻した同人が針金を左手で掴んで抵抗する様子を示したため,さらに上記金槌で同人の後頭部を手加減することなく何度も殴打し,同人の左手を針金から外した上,再度上記針金で同人の頸部を強く絞め上げ,よって,同日午後7時50分ころ,同所において,Cを,頭部打撲に基づく脳挫傷及びくも膜下出血により死亡させて殺害し(平成16年法律第156号による改正前の刑法199条)
第2 上記犯行の発覚を防ぐため,同月10日午前4時ころ,二つに折り曲げてビニール袋に詰め込んだCの死体を,上記事務室から上記本部隊舎の西側階段付近路上に駐車した被告人所有の普通乗用自動車まで運搬して,これを同車後部荷台に積み込んで隠匿して死体を遺棄し(刑法190条)
たものである。
(事実認定の補足説明)
1 被告人の弁解
被告人は,第1回公判における罪状認否以降,本件各公訴事実をすべて認める旨の供述をしていたが,第5回公判の最終陳述においてこれまで述べてきた本件犯行動機は全くの嘘である旨述べ,証拠調べ再開後の第7回公判では本件殺害行為をしていない旨の供述をするに至っていることから,被告人が本件の犯人であると認めた理由について,当裁判所の見解を補足して説明する。
2 被告人の捜査段階における供述について
被告人は,捜査段階において,Cを殺害してその死体を遺棄したことを認める旨の供述をしていることから,以下,その信用性につき検討する。
被告人の捜査段階における供述調書は,本件各犯行に至る経緯,犯行動機,犯行計画の内容,犯行状況,犯行後の犯跡隠蔽行為等について,自己の赤裸々な心情の推移も織り交ぜられた極めて具体的かつ詳細な内容のもので,とりわけ,Cの頭部等を金槌で何度も殴打した後,床に倒れた同人の首を針金で絞めようとしたが,同人が左手で針金を掴んで抵抗する様子を示したことから,その後頭部を再び金槌で何度も思いきり殴り付けたと述べるなど臨場感が非常に豊かで,話の流れも細部に至るまで破綻のみられないごく自然なものであり,Cの死体をA会計隊事務室から遺棄した際の行動など被告人が自ら進んで語ったのでなければ容易に調書に記載し得ない事柄を含み,職場である上記事務室を犯行場所に選んだ理由をはじめ被告人独自の事実認識が随所にみられ,Cが殺害された翌日の早朝に被告人が上記事務室にいたことを目撃されている状況,Cの死体が所持品等とともに被告人所有の車両内から,犯行に用いられた金槌が被告人の居室からそれぞれ発見されている状況,Cの受傷部位・程度等の客観的な状況にも非常によく合致しており,捜査官は,要所で問答形式も交えながら,被告人の言い分をよく聞いて調書を作成したものとみられ,被告人の意に反するような供述を強いたとは考えられない。
したがって,供述内容の観点からみて,被告人の捜査段階における供述は信用性が極めて高い。
また,被告人の供述経過をみても,被告人は,平成16年7月10日,当日早朝に事件が発覚したことから行われた警察での事情聴取の当初,前夜Cより先に事務室を出て当日朝6時半ころ同室に来たので事件については全く知らない旨述べていたが,前夜の行動について話のつじつまが合わなくなってきたため,警察官の追及を受けて犯行を自白し,被告人の供述に基づきCの死体が発見されたことから同日午後4時50分ころ逮捕され,その後はCを殺害してその死体を遺棄した旨を一貫して明確に供述し,犯行時における自己の一連の行動について詳細に再現した実況見分を経て,記憶違いであったり記憶がよみがえったりした部分は別の調書の中で訂正している。
しかも,被告人は自由な立場で供述できるはずの第1回公判における罪状認否においてはもとより,第2回公判における被告人質問の際にも本件各犯行を認めており,これらの供述を前提に被告人自身も納得した上で,自己の預貯金全額に相当する約3000万円を本件損害賠償金の一部としてCの遺族に支払っているのであって,このような応訴態度も被告人の捜査段階供述の信用性を強固に支えている。
このように,供述経過等の観点からみても,被告人の捜査段階における供述は信用性が非常に高い。
3 弁解の経過及び内容の検討
被告人は,自筆の供述書の中で,A会計隊の同僚であるFがCを殺害したものであり,被告人の本件関与については,事後にCの死体を遺棄するなどの犯跡隠蔽行為に協力したにとどまる旨述べる。
しかし,被告人が第7回公判以降突如として従来の一貫した供述を翻すに至った理由につき何ら説明がない上,仮に被告人の言い分どおりであるとするならば,被告人には殺人罪の重い罪をかぶってまで真犯人をかばう動機や必要性が全く認められないことが明らかであるから,捜査の初期段階から被告人がCを殺害したと供述し続けてきた理由が全く不明のものとなるし,また,被告人が同僚による殺害行為を目撃したにもかかわらず,その後の死体遺棄行為等に協力したとする一方,殺害の実行犯が犯行後何らの後始末もせずに帰宅していたとするなど,その内容は極めて不自然不合理である。しかも,関係証拠を子細に検討しても,被告人以外の第三者が会計隊事務室でCを殺害したことを窺わせるような証拠は全く存在せず,被告人の新たな弁解は客観的裏付けを欠いている。
したがって,弁解の経過及びその内容のいずれの観点からみても,被告人の弁解は信用性が著しく低いとみざるを得ない。
4 結論
以上のとおり,自己が本件各犯行の犯人であることを認める被告人の捜査段階における供述には高い信用性が認められる一方で,被告人の公判段階における弁解はその経過及び内容に照らして信用性が著しく低く,前者と対比して到底信用できないから,被告人が本件の犯人であることに合理的疑いを容れる余地はない。
(量刑の理由)
本件は,陸上自衛官であった被告人が,駐屯地内にある職場の事務室において,所属する会計隊の上司で,当夜残業中であった被害者を,金槌でその頭部等を多数回殴打するなどして殺害し(判示第1),さらに被害者の遺体をビニール袋に詰め込んで,自己の車の中まで運搬して隠匿した(判示第2)という殺人及び死体遺棄の事案である。
被告人は,被害者から仕事上のミス等について厳しく叱責されることが重なって,同人に対する憤懣を募らせていたところ,異動の内示を受けて,自分が通常より短期間で異動させられるのは被害者に自己の悪評を流されたためであると邪推し,同人のせいで自分は自衛官としての将来を奪われ,人生をズタズタにされたなどと思い込み,被害者に対し激しい憎悪の念を抱いたことから,本件各犯行に及んだものである。被告人は,叱責を受ける原因を独りよがりで水準に達しない自己の勤務態度等に求めることなく,自己の異動に被害者の言動が影響していたか否かを確かめることすらしないまま,一方的な被害者意識に基づいて同人に対する憎悪を強めていった挙げ句,同人を絶対に殺してやろうと固く決意するに至っており,このような経緯に照らせば,被告人の犯行動機は誠に短絡的で身勝手極まりないものであって,酌量の余地は寸毫も認められない。
被告人は,事件の数日前から殺害方法等を決めて実行の機会を窺い,当夜も事務室の備品である金槌のほかに,あらかじめ自己の執務机内に隠し持っていた針金を凶器として準備し,犯行現場と同じ階にある各部屋に人がいないことを確認した上,被害者の様子を窺いつつ犯行に及ぶなどしていることから,本件は計画性の高い犯行とみることができる。
被告人は,執務机で残業していて全く無防備状態にあった被害者に対し不意を突いて襲いかかり,金槌という殺傷能力の高い凶器を用いて,その頭部等を狙って躊躇することなく執拗に強打し続け,同人が椅子からその場に転落した後でさえも,強固な殺意に基づく容赦のない打撃を加えていったばかりか,とどめを刺すべく仰向けになった同人をうつ伏せにした上,針金をその頸部に巻き付けて絞め付けようともし,その際,同人が針金を掴んで必死に抵抗する様子を示したことから,さらにその後頭部を金槌で何度も強打して抵抗不能状態に陥れた上,同人の背中を左足で踏みつけながら,両手で掴んだ針金を手前に引き上げつつその頸部を強く締め上げたものである。被告人の被害者に対する殴打攻撃は多数回にのぼり(その頭部の挫裂創からみて50回は下らないとみられる。),現場に多量の血液が飛散して被告人も返り血を浴び,凶器の金槌もその金属製の柄が大きく変形するなど強烈なものであった。このように,殺人事件の犯行態様は冷酷かつ残虐非道で悪質極まりないものである。
さらに,被告人は,殺人事件の犯行後,被害者が残業後失踪したように見せかけて自己の犯跡を隠蔽して平然と日常生活を送ろうともくろみ,現場の血痕を雑巾やモップで拭き取ったり,被害者の制服等のネームタグを切り取りその持ち主がわからなくなるように細工した上で処分したりしており,事後の情状も非常に悪い。被告人は,上記の犯跡隠蔽行為の一環として死体遺棄も企て,被害者の血が外に漏れないようにするため,二つに折り曲げた同人の遺体を大型のビニール製ゴミ袋で何重にも包んで殺害現場より運び出した上,通路を転がすなどして自己のワゴン車まで運搬してその中に隠匿しており,被害者の遺体をあたかも荷物のように取り扱うとともに,遠方に投棄することが容易な状況をも作出しているのであるから,その犯行態様は死者を冒とくし,遺族の心情を一顧だにしない悪質なものというべきである。
以上の犯行の結果,被害者が突如としてかけがえのない尊い一命を奪われたこと自体誠に重大な結果であることはいうまでもないが,被害者は被告人の執拗な攻撃の中で最期の瞬間まで生き延びるべく必死の抵抗を続けたものの,絶命を余儀なくされたもので,この間被害者が味わった驚愕,恐怖と肉体的苦痛には極めて大きなものがあったと考えられる上,本来高い安全性が確保されているはずの自衛隊駐屯地内の職場で残業中に同僚から殺害されるという予想もしなかった形で,妻と幼い子供を残したまま,志半ばにして命を落とさざるを得なかった無念さについては察するに余りある。
被害者の妻は,意見陳述の場において,とても幸福な家庭生活を送っていたのに敬愛する伴侶であり,3歳の息子の父親でもある被害者の命を突然奪い去った被告人を絶対に許せないとして厳しい処罰を強く望んでおり,その心情は十分理解することができる。また,被害者の死は,その他の遺族や職場の同僚をはじめとする被害者の友人・知人にも強い衝撃と深い悲しみを与えている。加えて,本件は,国民の生命・身体・財産等を守るべき職責を担う現職の自衛官が,同僚の自衛官を駐屯地内で殺害したという重大事犯であり,地域社会に動揺を与えた点も軽視できない。
以上に照らせば,犯情は誠に芳しくなく被告人の刑事責任は非常に重大である。
そうすると,被告人が,捜査段階においては事実関係を素直に認めて捜査に協力し,当公判の途中までは,遺族に対して謝罪の言葉を述べるとともに,遺族と合意の上自己の預貯金の全額に当たる約3000万円を損害賠償金の一部として支払うなどの慰藉措置を講じて反省の態度を示していたこと,被告人の実父が当公判廷に出廷して被告人の更生に協力する旨述べていること,被告人に前科前歴がないことなど,被告人のために酌むべき事情を十分に考慮しても,被告人に対しては主文掲記の刑をもって臨むのが相当である。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑)懲役18年,金槌1本及び針金2本の没収
平成17年11月28日
和歌山地方裁判所刑事部
裁判長裁判官 樋口裕晃
裁判官 田中伸一
裁判官 下 和弘
2018-10-13T20:48:28+09:00
1539431308
-
H17. 6.30 名古屋地方裁判所 平成16年(ワ)第3697号,同第4834号 著作権侵害行為差止等請求事件
https://w.atwiki.jp/hanrei/pages/33.html
判示事項の要旨:
被告が,原告が開設するウェブサイト内の,原告作成のバナーを無断でコピーした上,自らのサイトに掲載し,公衆送信したとして,著作権侵害に基づく損害賠償を求めた事案で,バナー制作費,それによる収入,侵害状況等から著作権法114条3項に基づく使用料相当額を認定した事案
2008-02-11T12:13:04+09:00
1202699584
-
H17. 7.26 大阪高等裁判所 平成17年(ネ)第438号 損害賠償請求控訴事件
https://w.atwiki.jp/hanrei/pages/182.html
大学院生が暴力団関係者らに暴行を受け殺害されたことにつき,警察官の権限不行使が違法な職務執行になるとして,県に対する損害賠償請求を認めた事例
主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
本件は,亡Aが暴力団関係者らに殺害された(以下,亡Aが殺害された事件を「本件事件」という。)のは,控訴人が管理運営する兵庫県警察の警察官らが違法に適切な対応を怠ったことに原因があるとして,亡Aの母である被控訴人が,控訴人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償及びこれに対する亡Aが死亡した日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原審は,被控訴人の請求のうち,9736万6153円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるとして被控訴人の請求を一部認容した。
これに対し,控訴人は,原判決を不服として敗訴部分について控訴した。控訴人が控訴の理由として主張する主な点は,①兵庫県神戸西警察署(以下「神戸西署」という。)署員らはそれぞれの場面で適正に権限を行使し,その行使に著しい不合理がないのに,原判決が上記権限行使を怠り,その権限の不行使は著しく不合理で違法性を帯びるとしたことは誤りであること,②上記権限不行使の違法性と亡Aの死亡との間に因果関係が認められないのに,これを認めた原判決は過りであることである。
1 争いのない事実等(認定に供した証拠は末尾に掲記)
(1) 当事者等
ア 亡A(昭和50年1月24日生,死亡当時27歳)は,本件事件当時,a大学大学院b研究科博士課程の1回生であった(甲29)。
イ 被控訴人は,亡Aの母であり,昭和55年以来,腎不全にり患している(甲29)。亡Aの父であるBは,被控訴人に対し,亡Aの相続財産一切を譲渡した。
ウ 控訴人は,兵庫県警察を管理運営する地方公共団体である。
エ Cは,亡Aの友人である。
(2) 加害者ら
ア Dは,本件事件当時,c組d組傘下e組組長及びd組組長秘書の地位にあった。
イ Eは,本件事件当時,e組若頭の地位にあった。
ウ Fは,本件事件当時,e組本部長の地位にあった。
エ Gは,本件事件当時,e組若頭補佐の地位にあった。
オ Hは,本件事件当時,e組組長秘書の地位にあった。
カ Iは,本件事件当時,e組幹部の地位にあった。
キ Jは,本件事件当時,Dの愛人であった。
(3) 神戸西署
ア 本件事件の捜査に関与した主な警察官ら
(ア) Kは,本件事件当時,神戸西署の地域第一課長であった。
地域課長の主な職務内容は,警察署の地域警察に関する企画及び立案,各課との連絡及び調整,地域警察官に対する全般的な指揮監督などである(乙8)。
(イ) L警部補は,本件事件当時,神戸西署地域第一課の司令担当係長であった(乙8)。
(ウ) M巡査部長は,本件事件当時,神戸西署地域第一課の司令担当主任であった(乙8)。
(エ) N警部補は,本件事件当時,神戸西署地域第一課に所属し,パトカーによる警ら活動等に従事していた(甲25)。
(オ) O警部補は,本件事件当時,神戸西署地域第一課に所属し,パトカーによる警ら活動等に従事していた(甲23)。
(カ) P巡査部長は,本件事件当時,神戸西署地域第一課に所属し,パトカーによる警ら活動等に従事していた(甲19)。
(キ) Q巡査長は,本件事件当時,神戸西署地域第一課に所属し,パトカーによる警ら活動等に従事していた(甲20,乙5)。
(ク) R巡査長は,本件事件当時,神戸西署地域第一課に所属し,パトカーによる警ら
2007-04-26T00:24:29+09:00
1177514669
-
東京簡易裁判所平成15年(ろ)第732号
https://w.atwiki.jp/hanrei/pages/407.html
平成18年2月28日判決言渡
平成13年(行ウ)第150号 行政文書不開示処分取消請求事件
判 決
主 文
1 被告が,原告に対し,平成13年6月1日付けでした,外務省大臣官房において平成12年2月及び3月に支出された「報償費」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等支出が分かる書類(ただし,別表1記載の通番18,36,221,255,397,521,538,614,637,716,879,887,987,1028 の各文書については,同各文書に記載された「文書作成者名」,「決裁者名」及び「取扱者名」のうち平成16年4月20日付け変更決定で不開示とされた部分を除き,別表1記載の通番458の文書については,同表「書面名」欄において「決裁書」とされる書面に記載された「支払予定額」の部分に限る。)についての不開示決定(ただし,同変更決定により一部開示された後のもの)を取り消す。
2 被告が,原告に対し,平成13年6月1日付けでした,外務省在外公館である在米日本国大使館において平成12年2月及び3月に支出された「報償費」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等一切(ただし,別表1記載の通番212,452,770,911の各文書については,同表「書面名」欄において「決裁書」とされる書面に記載された「支払予定額」の部分に限る。)についての不開示決定(ただし,平成16年4月20日付け変更決定により一部開示された後のもの)を取り消す。
3 被告が,原告に対し,平成13年6月1日付けでした,外務省在外公館である在仏日本国大使館において平成12年2月及び3月に支出された「報償費」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等一切(ただし,別表1記載の通番177,225,332,387,480,499,661,719,750,766,850,940,961,1003,1019の各文書については,同各文書に記載された「文書作成者名」,「決裁者名」及び「取扱者名」のうち平成16年4月20日付け変更決定で不開示とされた部分を,別表1記載の通番48,731,734の各文書については,同変更決定で不開示とされた部分全部を,それぞれ除く。)についての不開示決定(ただし,同変更決定により一部開示された後のもの)を取り消す。
4 被告が,原告に対し,平成13年6月1日付けでした,外務省在外公館である在中国日本国大使館において平成12年2月及び3月に支出された「報償費」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等一切(ただし,別表1記載の通番297,345,394,653,831の各文書については,同各文書に記載された「文書作成者名」,「決裁者名」及び「取扱者名」のうち平成16年4月20日付け変更決定で不開示とされた部分を,別表1記載の通番195,232,451の各文書については,同変更決定で不開示とされた部分全部を,それぞれ除く。)についての不開示決定(ただし,同変更決定により一部開示された後のもの)を取り消す。
5 被告が,原告に対し,平成13年6月1日付けでした,外務省在外公館である在フィリピン日本国大使館において平成12年2月及び3月に支出された「報償費」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等一切(ただし,別表1記載の通番187,275,810,815,822,906の各文書については,同各文書に記載された「文書作成者名」,「決裁者名」及び「取扱者名」のうち平成16年4月20日付け変更決定で不開示とされた部分を除き,別表1記載の通番209の文書については,同表「書面名」欄において「決裁書」とされる書面に記載された「支払予定額」の部分に限る。)についての不開示決定(ただし,同変更決定により一部開示された後のもの)を取り消す。
6 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
7 訴訟費用は,これを20分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告が,原告に対し,平成13年6月1日付けでした,外務省大臣官房において平成12年2月及び3月に支出された「報償費」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等支出が分かる書類についての不開示決定(ただし,平成16年4月20日付け変更決定により一部開示された後のもの)を取り消す。
2 被告が,原告に対し,平成13年6月1日付けでした,外務省在外公館である在米日本国大使館において平成12年2月及び3月に支出された「報償費」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等一切についての不開示決定(ただし,平成16年4月20日付け変更決定により一部開示された後のもの)を取り消す。
3 被告が,原告に対し,平成13年6月1日付けでした,外務省在外公館である在仏日本国大使館において平成12年2月及び3月に支出された「報償費」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等一切についての不開示決定(ただし,平成16年4月20日付け変更決定により一部開示された後のもの)を取り消す。
4 被告が,原告に対し,平成13年6月1日付けでした,外務省在外公館である在中国日本国大使館において平成12年2月及び3月に支出された「報償費」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等一切についての不開示決定(ただし,平成16年4月20日付け変更決定により一部開示された後のもの)を取り消す。
5 被告が,原告に対し,平成13年6月1日付けでした,外務省在外公館である在フィリピン日本国大使館において平成12年2月及び3月に支出された「報償費」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等一切についての不開示決定(ただし,平成16年4月20日付け変更決定により一部開示された後のもの)を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号による改正前のもの。以下「情報公開法」という。)に基づいて,外務省の大臣官房及び4か国の在外日本国大使館における平成12年2月及び3月中の「報償費」の費目による支出について,その支出内容が分かる文書の公開を請求したところ,全部不開示決定を受けたことから,その取消しを求めている事案である。なお,本訴提起後,被告が,不開示決定を一部変更し,請求対象文書の一部について開示をした(後記1(4))ことから,原告は,当該開示部分に対応する訴えを取り下げており,上記変更決定によってもなお不開示とされた文書に係る不開示決定の部分に限って,その取消しを求めている。
1 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 本件訴訟提起までの経緯
ア 開示請求
原告は,平成13年4月2日,被告に対し,以下のとおり,行政文書の開示請求をした(以下の請求を併せて「本件開示請求」といい,下記(イ)から(オ)までで開示請求の対象とされた4か国の在外日本大使館を「在外4大使館」という。)。
(ア) 開示請求番号2001-00054
外務省大臣官房で支出された平成11年度中の平成12年2月及び3月に支出された「報償費」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等支出が分かる書類
(イ) 開示請求番号2001-00055
外務省在外公館である在米日本国大使館で,平成11年度中の平成12年2月及び3月に支出された「交際費」,「報償費」及び「諸謝金」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等一切
(ウ) 開示請求番号2001-00057
外務省在外公館である在仏日本国大使館で,平成11年度中の平成12年2月及び3月に支出された「交際費」,「報償費」及び「諸謝金」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等一切
(エ) 開示請求番号2001-00058
外務省在外公館である在中国日本国大使館で,平成11年度中の平成12年2月及び3月に支出された「交際費」,「報償費」及び「諸謝金」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等一切
(オ) 開示請求番号2001-00059
外務省在外公館である在フィリピン日本国大使館で,平成11年度中の平成12年2月及び3月に支出された「交際費」,「報償費」及び「諸謝金」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等一切
イ 不開示決定
(ア) 被告は,平成13年6月1日付けで,上記アの各開示請求に対し,以下のとおり決定をし,原告に開示決定通知書を送付した。
a 開示請求番号2001-00054
全部不開示決定を行った。
b 開示請求番号2001-00055,00057,00058,00059
「交際費」及び「諸謝金」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等については部分開示決定を行い,「報償費」に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等については,全部不開示決定を行った。
(イ) 上記各決定の通知書において示された報償費に関する文書不開示の理由は,次のような内容であった。
「報償費は,国が,国の事務又は事業を円滑かつ効果的に遂行するため,当面の任務と状況に応じその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費であり,外務省においては,情報収集及び諸外国との外交交渉ないしは外交関係を有利に展開するため使用する経費がこれに当たります。
このような報償費の支出証拠,計算証明等の文書が開示されることにより,報償費の具体的使途に関する内容が明らかになることで,情報収集や外交交渉における相手の権利や立場に影響し,あるいは他国若しくは国際機関との間で外交儀礼上問題が生ずるおそれがあります。この結果,国の安全が害されるおそれがあり,他国政府もしくは国際機関との信頼関係を損ね,またはこれらとの国際交渉上の不利益を被るおそれがあると認められます。
また,これらの内容が明らかになることで,相手の権利や立場に影響を与え,これらとの信頼関係を損ねる結果,その後の情報入手や外交工作が困難になると考えられます。これにより,外交に係る事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあります。
したがって,本件請求に係る報償費の支出証拠,計算証明等の文書は,情報公開法第5条3号及び同条第6号の情報に該当します。」
ウ 本件訴訟
原告は,平成13年6月15日,上記イの各決定のうち,報償費に関する文書を不開示とした部分の取消しを求めて,本訴を提起した(以下,原告が本訴で当初取消しを求めていた不開示決定を「本件各不開示決定」といい,その対象とされた行政文書を「本件各行政文書」という。)。
(2) 会計検査院による処置要求
会計検査院は,外務本省及び在外公館(ヴェトナム日本国大使館ほか12箇所。なお,本件開示請求の対象とされた在外4大使館は含まれていない。)を対象として,主に平成12年度支出について,報償費の経理処理,監査,使途等の適正に着眼した検査を実施した上,平成13年9月27日,「報償費の執行について」との文書により,被告に対し,会計検査院法34条及び36条の規定に基づき,是正改善・改善の処置を要求した。
会計検査院は,上記文書において,外務省では,報償費を「情報収集及び諸外国との外交交渉ないし外交関係を有利に展開するため」に使用することとされていること,想定し難い突発的な事態が生じ得る外交においては,特に柔軟な対応が求められることから,機動的な執行が可能な経費として報償費が配賦されているが,平成12年度に報償費で支出されたものの中には,定型化,定例化するなどしてきており,当面の任務と状況に応じ機動的に使用するとの報償費の趣旨からすると,報償費ではなく庁費等の他の費目で支出するよう改善する必要がある経費が含まれていたこと,その具体的内訳は,国内又は海外で開催される大規模レセプション経費6131万余円,酒類購入経費1536万余円,本邦関係者が外国訪問した際の車の借り上げ等の事務経費1083万余円,在外公館長赴任の際等の贈呈品購入経費4720万余円,文化啓発用の日本画等購入経費7238万余円であること等を指摘し,こうした事態は適切とは認められないことから,報償費の使途について見直しを行い,庁費等の他の費目から支出するよう改善する必要がある経費については他の費目での予算措置を講ずるなどし,今後は報償費として真に支出する必要があるものに使用していくこと等の処置を講ずるよう要求した(甲11)。
(3) 別件開示請求に係る情報公開審査会の答申
ア 報償費関連文書についての別件開示請求と不開示決定
外務省における報償費の使用に関する文書については,本件開示請求以外にも,原告以外の者から情報公開法に基づく開示請求がされていたところ,被告は,これらに対しても,以下のとおり,不開示決定をした。
なお,本件各行政文書は,下記①の開示請求の対象とされた文書の範囲に含まれている。
①「平成8年4月から同13年3月までの外務省本省及び在外公館の報償費の支出決定及び支払手続のために作成された文書等」についてされた合計20件の開示請求につき,平成13年6月1日付けでした不開示決定
②「外務省本省の報償費の平成12年3月分及び同13年1月分の全支出に関する文書」についてされた合計2件の開示請求につき,平成13年6月1日付けでした不開示決定
③「在フランス日本国大使館,在イタリア日本国大使館及び在ホノルル日本国総領事館の報償費(機密費)の平成12年度の支出に関する一切の資料」についてされた合計20件の開示請求につき,平成14年4月22日付けでした不開示決定
イ 異議申立てと情報公開審査会への諮問
上記アの各不開示決定に対しては,その請求者らから,いずれも行政不服審査法に基づく異議申立てがされていたことから,被告は,平成15年7月31日,情報公開法18条に基づき,情報公開審査会に諮問をした。
ウ 情報公開審査会の答申
情報公開審査会は,平成16年2月10日,上記諮問を受けて,上記アの①から③までの不開示決定に関し,後記(イ)aからeまでの支出に係る文書について,それぞれの箇所の「開示すべき部分」と掲記した部分等を開示すべきものとする答申をした(以下「本件答申」という。)。そこで示された判断の概要は以下のようなものであった。
(ア) 本件対象文書には,外務省報償費の使途に関し個別具体的かつ詳細な記載がされており,これらが容易に区分し難い状態で随所に記載されていることが認められる。これらの記載は,外務省報償費を,秘密を保持して機動的に運用することによって行われる情報収集活動等の個別具体的な内容を示す情報である。このような情報については,これらを公にすることにより,外務省報償費の秘密を保持した機動的な運用に支障を及ぼすことによって,情報収集活動等が困難となり,外交事務の円滑かつ効果的な遂行に支障を来すおそれがあり,ひいては,国の安全が害されるおそれ,他国等との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国等との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報であると認められることから,情報公開法5条6号柱書き及び3号に該当する。
(イ) しかしながら,支出計算書の証拠書類については,会計検査院の平成12年度決算検査報告における指摘を踏まえて,精査すると,外務省報償費を的確に運用するために求められる機動性及び秘密保持という観点からみても,情報公開法5条3号及び6号に該当すると認め難いと考えられるものがあるので,以下検討する。
a 大規模レセプション経費
? 開示すべき部分
定期的に又は慣例として開催される天皇誕生日祝賀レセプション,自衛隊記念日レセプション及び我が国の在外公館長の離着任レセプションについては,当該レセプションの件名,開催の日付,主催者,場所,経費の総額に係る情報については,これを公にしたとしても,外交事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるとは認められず,法5条6号及び3号に該当するとは認められないから,開示すべきである。
(b) 不開示とすべき部分
調達先,調達の具体的内容及び招待者氏名・肩書に係る情報については,当該レセプションを安全かつ効果的に開催する上で,秘密を保持することが必要と認められ,これを公にすると,当該レセプションの開催に関連して,安全上及び外交儀礼上の支障や問題を引き起こす可能性があると認められるので,情報収集活動等を困難にし,外交事務の適正かつ効果的な遂行に支障を及ぼすおそれがあり,ひいては,国の安全が害されるおそれ,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報であると認められ,法5条6号柱書き及び3号に該当する。
b 酒類購入経費
? 開示すべき部分
酒類購入費に関する記述のうち,件名,日付,経費の総額については,これを公にしたとしても,外交事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるとは認められず,法5条6号及び3号に該当しないから,開示すべきである。
(b) 不開示とすべき部分
外務省及び各在外公館において,酒類を備えておく趣旨は,外交活動の一環である設宴や会食において,相手方を随時しかるべく接遇し,もって親交を深め情報収集活動等を効果的かつ円滑に行うことにあり,その際,外交儀礼にもとらないようにすることは当該設宴等ひいては情報収集活動等の成否を左右する要素である。また,酒類については,銘柄により優劣についての評価が明確であること等を考慮すると,外務省が保有する酒類の詳細をつまびらかにすることは,外交儀礼上の支障等を引き起こす可能性がある。
こうした点を考慮すると,酒類の調達先,購入本数,購入銘柄及び銘柄別金額については,外務省及び各在外公館が保有する酒類の詳細についてつまびらかになる情報であるので,これを公にすることにより,情報収集活動等を困難にし,外交事務の適正かつ効果的な遂行に支障を及ぼすおそれがあり,ひいては,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報であると認められ,法5条6号柱書き及び3号に該当する。
c 在外公館長赴任の際等の贈呈品購入経費
? 開示すべき部分
贈呈品の購入経費に関する記述のうち,件名,日付,支出要旨・説明,経費の総額については,その記載内容から対象国名,贈呈対象者及び贈呈品の具体的品目等に係る情報を除けば,これを公にしたとしても,外交事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるとは認められず,その記載内容から対象国名,贈呈対象者及び贈呈品の具体的品目等に係る情報を除いた当該情報については,法5条6号及び3号に該当するとは認められないから,開示すべきである。
(b) 不開示とすべき部分
在外公館長が赴任する際や我が国政府要人が外国を訪問する際に,本邦において購入する贈呈品に係るものについては,贈呈対象者,購入贈呈品の具体的内訳,贈呈品ごとの金額・数量,調達先に係る情報及び対象国名を推測させ得る情報を公にした場合,当該国に対する我が国の評価や位置付けなどが容易に推定され,外交儀礼上の支障を生じ,我が国と当該国との関係に悪影響を及ぼすおそれがあると認められるので,情報収集活動等を困難にし,外交事務の適正かつ効果的な遂行に支障を及ぼすおそれがあり,ひいては,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報であると認められ,法5条6号柱書き及び3号に該当する。
d 文化啓発用の日本画等購入経費
在外公館において,我が国の文化を啓発するなどの目的で使用される日本画等の絵画を本邦において購入する経費に係るものについては,百貨店等の店舗から購入した場合とそれ以外の場合がある。
? 店舗から購入した日本画等について
日本画等を百貨店等の店舗から購入した場合には,当該日本画等の販売価格は既に公になっているものと認められるので,件名,支出要旨・説明,経費の総額,調達先及び購入した品目ごとの金額等すべての情報を公にしたとしても,外交事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるとは認められず,法5条6号及び3号に該当しないため,開示すべきである。
(b) 制作者から直接購入した日本画等について
開示すべき部分
件名,日付,支出要旨・説明,経費の総額,調達の数量については,その記載内容から品目ごとの金額,調達先及び購入に至った経緯等に係る情報を除けば,これを公にしたとしても,外交事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるとは認められず,その記載内容から品目ごとの金額,調達先及び購入に至った経緯等に係る情報を除いた当該情報については,法5条6号及び3号に該当するとは認められないから,開示すべきである。
不開示とすべき部分
芸術家等特定の個人の紹介等を通して画家等制作者から直接購入する場合等においては,購入した品目ごとの金額,調達先及び購入に至った経緯等当該制作者及び紹介者に係る情報及びそれらが類推される情報については,これを公にすることにより,画家等制作者に対する評価に影響を及ぼすばかりでなく,紹介者と諮問庁(外務大臣)との関係についても影響を及ぼすおそれがあると認められ,将来的に同様の方法での調達が困難になり,我が国の文化啓発のための資料の調達の方途が画一化されることになり,外交事務の適正な遂行に支障を及ぼすことになるので,法5条6号に該当する。
e 本邦関係者が外国訪問した際の車両の借り上げ等の事務経費
? 開示すべき部分
我が国の政財界の要人等,本邦関係者が諸外国を訪問する際に,その接遇に遺漏なきを期するため,当該国等にある我が国在外公館が同国の業者から車両を借り上げ,また,当該本邦関係者の宿泊するホテル等に事務連絡室等を設けることがあるが,このような場合の件名(法5条1号に該当する個人に関する情報は除く。),日付,経費の総額に係るものは,これを公にしたとしても,外交事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるとは認められず,法5条6号及び3号に該当するとは認められないから,開示すべきである。
(b) 不開示とすべき部分
車両の調達先や車種等及び事務連絡室の所在等の具体的内容に係る情報については,これらを公にした場合,今後,本邦関係者が当該国を訪問する際に,突発的な事態を未然に防止し,その安全を確保することが困難になり,仮に,そのような事態が起きた場合には,我が国と当該国との関係に悪影響を及ぼすおそれがあると認められるので,これを公にすることにより,情報収集活動等を困難にし,外交事務の適正かつ効果的な遂行に支障を及ぼすおそれがあり,ひいては,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報であると認められ,法5条6号柱書き及び3号に該当する。
(4) 不開示決定の変更決定
被告は,本件答申が本件各行政文書のうちの一部について部分開示が適当であるとの判断を示したことを受けて,平成16年4月20日付けで,別紙2「部分開示目録」において「対象となる行政文書」欄に掲記された各文書のうち,同目録において「開示する部分」として掲記された部分を開示する旨の本件各不開示決定の変更決定をした(以下「本件変更決定」という。)(乙18の1から4まで,19の1,2)。
同決定は,原則として,本件答申の示した開示・不開示の判断に従い,本件各行政文書のうちの前記(3)ウ(イ)a,b,d及びeの支出に係る各文書の一部(「開示すべき部分」)について開示を行ったものである。ただし,特定の個人を識別できる記述のうち,公表慣行のないものについては,本件答申において開示すべき部分とされた箇所についても,情報公開法5条1号に基づいて開示しないものとしている。
同決定の通知書には,同決定で部分開示の対象とされた各文書において,なお不開示とした情報及びそれらを不開示とした理由が,以下のとおり,示されている。なお,本件各行政文書には,前記(3)ウ(イ)cの類型の支出(在外公館長赴任の際等の贈呈品購入経費)に係る文書は含まれていない。
ア 公にする法令又は慣行のない個人の氏名,住所,電話番号等,個人を識別できる情報及び公にすることにより個人の権利利益を侵害するおそれがある情報(情報公開法5条1号)
イ 大規模レセプション経費に係る対象文書中,公にすることにより,当該レセプションの開催に関連して安全上及び外交儀礼上の支障や問題を引き起こすことで情報収集活動等を困難にし,外交事務の適正かつ効果的な遂行に支障を及ぼし,ひいては,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれのある情報(同法5条6号及び3号)
ウ 酒類購入経費に係る対象文書中,公にすることにより,外交儀礼上の問題を生じ,情報収集活動等を困難にし,外交事務の適正かつ効果的な遂行に支障を及ぼし,ひいては,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれのある情報(同法5条6号及び3号)
エ 本邦関係者が外国訪問した際の車両の借り上げ等の事務経費に係る対象文書中,公にすることにより,今後,本邦関係者が当該国を訪問する際に,突発的な事態を未然に防止し,その安全を確保することが困難になり,仮にそのような事態が起きた場合には,我が国と当該国との関係に悪影響を及ぼし,情報収集活動等を困難にし,外交事務の適正かつ効果的な遂行に支障を及ぼすおそれがあり,ひいては,他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれのある情報(同法5条6号及び3号)
オ 文化啓発用の日本画購入経費に係る対象文書中,公にすることにより,画家等制作者に対する評価に影響を及ぼすばかりでなく,紹介者と当省との関係についても影響を及ぼすおそれがあると認められ,将来的に同様の方法での調達が困難になり,我が国の文化啓発のための物品の調達の方途が画一化されることになり,外交事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある情報(同法5条6号)
(5) 本件各行政文書及びこのうち本件変更決定で開示された文書の特定とこれらの記載事項
被告の整理・分類によれば,本件各行政文書は合計1069件であり,そのそれぞれの作成部署,標目,作成者,書面名,通数(上記1069件とは,ある使用目的に充てられるための支出ごとに作成された文書をまとめて1件と整理したものであって,外形としては,別表1の書面名欄及び通数欄記載のとおり,1件ごとに複数の文書から構成されている。),外形的事実等,科目名は,別表1のそれぞれの項目に対応した欄記載のとおりである。このうち,本件変更決定により部分的に開示された文書は合計52件であり,部分的に開示された文書の部署別の内訳及び別表1記載の各文書の通番との対応関係は以下のとおりである。また,そこで開示された項目は,別表1の対応する通番の文書の「外形的事実等」欄の該当項目の箇所に,その項目全部が開示されたものには丸(○)印が,その項目の一部のみが開示されたものには三角(△)印が,それぞれ付されている。
ア 大臣官房分(209件中) 15件
18,36,221,255,397,458,521,538,614,637,716,879,887,987,1028
イ 在米大使館分(390件中) 4件
212,452,770,911
ウ 在仏大使館分(196件中) 18件
48,177,225,332,387,480,499,661,719,731,734,750,766,850,940,961,1003,1019
エ 在中国大使館分(201件中) 8件
195,232,297,345,394,451,653,831
オ 在比大使館分(73件中) 7件
187,209,275,810,815,822,906
(被告による文書の特定の経緯等に関する補足説明)
被告は,平成14年4月24日付けの準備書面(4)の段階でも,本件各行政文書の大臣官房分及び在外4大使館ごとの文書数の内訳すら明らかにせず,文書数全部の合計と情報収集等の事務,外交交渉等の事務及び国際会議への参加等の事務(後記第3の1(1)参照)それぞれに関するものに分類した場合の内訳のみを明らかにしていた。その後,第6回口頭弁論期日(同年6月5日)における裁判所による求釈明等を経て,平成15年6月17日付けの準備書面(7)では,本件各行政文書の作成部署(大臣官房分及び在外4大使館のいずれか)の別,記載内容の「外形的事実等」(記載されている情報の類型・項目)を明らかにし,さらに,平成17年4月8日付けの準備書面(14)において,上記のとおり,本件各行政文書について別表1記載の情報をようやく明らかにするに至ったもので,被告において,本件各行政文書に係る外形的事実その他の情報を,別表1の記載以上に個別具体的に明らかにしようとはしなかった。
2 争点(争点に対する当事者の主張は別紙1のとおりである。)
(1) 本件各行政文書(本件変更決定により開示された部分を除く。)に記載された情報は,情報公開法5条3号又は6号の不開示情報に該当するか。
(2) 本件各行政文書のうち,別紙2「部分開示目録」において「対象となる行政文書」として掲記された各文書に記載された「文書作成者名」,「決裁者名」及び「取扱者名」であって,本件変更決定において開示されなかったものは,情報公開法5条1号の不開示情報に該当するか。
第3 争点に対する判断
1 外務省における報償費の使途について
本件各行政文書は,いずれも報償費(予算科目上「報償費」及び「政府開発援助報償費」とされているものの両方を含んでいる。)に関する支出を証する書類として特定されたものであるため,本件における争点,すなわち,本件各行政文書に記載された情報がどのようなものであり,情報公開法上の不開示事由に当たるかを判断する前提として,まず,予算費目である報償費が外務省(本省大臣官房及び在外公館)において,実際にどのような使途に充てられているかについて検討を加えることにする。
(1) 報償費の使途に関する被告の主張
報償費は,予算区分上の「目」に分類されるものであって,「国が,国の事務又は事業を円滑かつ効果的に遂行するため,当面の任務と状況に応じその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費」であると説明されている(乙1の1及び2)。被告は,外務省においては,報償費を「外務省の公にしないことを前提とする外交活動において,情報収集及び諸外国との外交交渉ないしは外交関係を有利に展開するための活動」に支出しており,その使用目的については,以下のAからCまでの3区分に分類でき,それぞれが更に「情報提供又は協力の対価として使用されたもの」,「会合の経費として使用されたもの」及び「定例的に必要とされた物品の購入や役務の経費として使用されたもの」の区分に分類できることから,結局のところ,全体で以下の9区分に分類できると主張している(文書ごとについての被告の主張は,別表1の対応する使用目的欄記載のとおりである。)。
A 情報収集等の事務
A1:情報提供に対する対価として使用されたもの
A2:情報収集のための会合の経費(会食,場所代,会議への参加)として使用されたもの
A3:情報収集のために定例的に必要とされた物品の購入や役務の経費として使用されたもの
B 外交交渉等の事務
B1:二国間の外交交渉等を進めるに当たり,協力の対価として使用されたもの
B2:二国間の外交交渉等を進めるに当たり,相手方との会合の経費(会食,場所代,会議への参加)として使用されたもの
B3:二国間の外交交渉等を進めるに当たり定例的に必要とされた物品の購入や役務の経費として使用されたもの
C 国際会議への参加等の事務
C1:国際会議等において多国間交渉を進めるに当たり,協力の対価として使用されたもの
C2:国際会議等において多国間交渉を進めるに当たり,相手方との会合の経費(会食,場所代,会議への参加)として使用されたもの
C3:国際会議等において多国間交渉を進めるに当たり定例的に必要とされた物品の購入や役務の経費として使用されたもの
なお,被告は,外務省における報償費を「外務省の公にしないことを前提とする外交活動において,情報収集及び諸外国との外交交渉ないしは外交関係を有利に展開するための活動」に充てるという取扱いは,成文化した規範等によるものではなく,運用上のものであるとしている(もっとも,被告は,本訴における主張上,当初,外務省の報償費は,「外交交渉の有利な展開を期するための情報収集等」に充てるための経費であるとし,その分類についても,上記A,B及びCの3分類についてのみ言及していたところ,平成15年9月1日付けの準備書面(8)において,初めて,報償費が「公にしないことを前提とした外交活動」に支出されるものであるという説明をしたものであり,上記A,B及びCの3分類をそれぞれ更に3つに細分するという分類は,平成17年4月8日付けの準備書面(14)に至って,初めて言及したものである。)。
(2) 会計検査院の処置要求で指摘された経費に係る文書に記載された報償費の支出とその評価
被告は,本件各行政文書について,「別表1に記載された『外形的事実等』」の限度でしか本件各行政文書の内容を明らかにしないところ,外務省における報償費の執行についてされた会計検査院の処置要求(前記前提事実(第2の1)(2))をみると,平成12年度中,①国内又は海外で開催される大規模レセプション経費,②酒類購入経費,③本邦関係者が外国訪問した際の車の借り上げ等の事務経費,④在外公館長赴任の際等の贈呈品購入経費,⑤文化啓発用の日本画等購入経費(以下①から⑤までの経費の類型を併せて「五類型」という。)が報償費から支出されたことが指摘されている。そして,本件各行政文書中には,これらのうち上記①,②,③及び⑤に対応する支出に関する文書が含まれているところ,情報公開審査会において本件各行政文書をも対象とした本件答申がされ(前記前提事実(3)ウ),さらに,これを受けて本件変更決定がされ(事実(4)),上記①,②,③及び⑤に対応する支出に関する文書が部分開示の対象とされている。
なお,本件各行政文書中,五類型の支出に関する文書に当たるものは,前記前提事実(5)のアからオまでに掲げてあるとおりである。
そこで,検討の手懸かりとするため,会計検査院の前記処置要求,本件答申,本件変更決定における部分開示を通じて,その具体的内容が相当程度明らかにされている五類型に係る経費(本件各行政文書にあっては,上記①,②,③及び⑤に対応する支出)につき,被告が主張する報償費の使用目的に合致しているかどうかについてみていくこととする。まず,上記①の支出は,天皇誕生日祝賀レセプション,自衛隊記念日レセプション及び在外公館長の離着任レセプション開催のための支出であり,上記②は,外交活動として行われる設宴や会食における接遇のために,外務省及び在外公館で酒類を購入した際の支出,上記⑤は,文化啓発用とあるものの,本件変更決定により部分開示された文書(甲19,20等)の記載からすると,主として,在外公館やその職員公邸の装飾用に用いる日本画を購入した際の支出と認めることができる。しかし,上記の各使途のいずれをみても,部外に明らかにしないなどの条件を付して行われたとみることはできないのであって,「公にしないことを前提とする外交活動」のための経費であるとは認め難いというべきである。なお,上記①に対応する支出に関する文書については,後記3(1)アのとおり,料理等の調達先や招待者の氏名等の不開示情報を含むものであるが,その目的・名目に照らせば,レセプションの開催自体を「公にしないことを前提とする外交活動」に当たるとみるのは困難というほかない。上記②については,購入した酒類を「公にしないことを前提とする外交活動」に当たる設宴や会食に用いられる場合が全くないとまではいい切れないが,同じく本件変更決定により部分開示された文書(甲21,29等)の記載をみても,そうした使途の限定をうかがわせる記載は見当たらないのであるから,酒類の購入行為自体をとらえて,「公にしないことを前提とする外交活動」のための経費支出であると認めるのは困難である。他方,上記③については,本邦関係者が外国訪問をした目的,車を借り上げて移動するなどした目的が明らかではないが,車の借り上げ等は外国訪問の都度行われるものと考えられるから,その目的によっては,「公にしないことを前提とする外交活動」の経費に充てられたと解する余地もないわけではない。
上で検討したところによれば,本件変更決定において部分的に開示された五類型に係る文書に記載された報償費の具体的な使途には,「公にしないことを前提とする外交活動」に当たらないものが含まれている。すなわち,平成12年2月及び3月の外務省大臣官房及び在外4大使館の予算執行において,報償費は,被告が「本来の使途」として説明する「公にしないことを前提とする外交活動」以外の事項にも使用されていたことが指摘できる。
(3) 報償費が充てられた五類型以外の経費の性質について
次に,報償費が「公にしないことを前提とする外交活動」に該当しないものに充てられた例は,五類型の経費支出に限定されるのか,すなわち,五類型以外にも,報償費が「公にしないことを前提とする外交活動」に該当しないものに充てられた例が存するのかが問題となる。
この点に関し,情報公開審査会は,本件答申において,五類型に係る文書以外の文書の情報公開法5条3号又は6号該当性について,前記前提事実(3)ウ(ア)のとおり,報償費の使途に関し個別具体的なかつ詳細な記載があること,その記載は,報償費を,秘密を保持して機動的に運用することによって行われる情報収集活動等の個別具体的な内容を示す情報であること,これらを公にすることにより,報償費の秘密を保持した機動的な運用に支障を及ぼすことによって,情報収集活動等が困難となり,外交事務の円滑かつ効果的な遂行に支障を来すおそれがあり,ひいては,国の安全が害されるおそれ,他国等との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国等との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報であること等の判断を示した上,情報公開法5条各号の不開示事由に該当せず,部分的にせよ開示すべきものと結論付けた文書を,五類型に係る文書に限定している。したがって,本件答申にあっては,五類型に係る文書以外の文書については,すべて「公にしないことを前提とする外交活動」の経費支出に関するものであるという前提に立っているようにも受け取れる。
しかし,会計検査院の指摘は,専ら会計経理に関する法令違反の有無や当不当という観点からされたもの(会計検査院法34条参照)であって,情報公開法上の不開示事由の有無,開示すべきものかどうかについての判断とは視点が異なり,直接の関連はないことから,本件答申において,本件各行政文書中に不開示事由を含んでいないとされたものが,なにゆえ五類型に係る文書の範囲に限定されるのか,真実,五類型に係る文書以外に不開示事由を含んでいない情報は存在しないのか,更に慎重な吟味を要するものと考えられる。
この点を判断するに当たっては,情報公開法27条により,情報公開審査会には,諮問庁以外の者に開示することなく,諮問に付された開示決定等に係る行政文書の提示を求めることができるものとされており(いわゆるインカメラ手続),本件答申に係る審査手続においても,実際にこれを見分して審査した事実が認められる(乙17の2)こと,一方で,裁判所における判断に当たっては,本件各行政文書の記載内容を実際に見分する機会がなく,被告主張の外形的事実のみから,実際の具体的な記載内容を推認するほかないという大きな制約があることにかんがみると,五類型に係る文書以外の文書の情報公開法5条3号及び6号該当性について,本件答申が示した判断の過程について検討を加えておく必要があると考えられる。
報償費の使用目的に関する被告の前記分類のうち,「定例的に必要とされた物品の購入や役務の経費として使用されたもの」(A3,B3,C3)については,すべて本件変更決定により部分開示の対象とされたものとしており(ただし,被告の分類によれば,本件各行政文書中,C3に相当するものはないとする。),五類型に係る文書以外の文書であって,全部不開示が維持されているものとしては,「情報提供又は協力の対価として使用されたもの」(A1,B1,C1),「会合の経費として使用されたもの」(A2,B2,C2)に関する文書のみがこれに当たることになる(ただし,被告の分類によれば,本件各行政文書中,C1に相当するものはないとする。)。さらに,被告は,本件各行政文書,すなわち,報償費の支出負担行為に係る文書は,決裁書,見積書,予定価格書,契約書又は請書,検査調書,請求書,領収書,支出依頼書,支払明細書,支払証拠台紙から構成されており,そこには,文書作成者名・決裁者名・取扱者名,起案・決済日・支払手続日,支払予定先・支払先,支払予定額・支払額・支払方法,目的・内容が記載されているとする。
被告の主張によれば,本件各行政文書の構成,記載内容は上記のようなものであり,特に,上記「目的」の記載においては,報償費の目的にそった使用の目的,事務の必要性に関して具体的な記述がされていること,上記「内容」の記載においても,報償費を使用して行う「情報収集の事務」等の具体的な内容,方法,態様に関する記述がされていること,さらに,当該内容の適正さを示す積算等の根拠や事情,事務を行う職員等の氏名,会合の場合は同席者の氏名等の記載が含まれていること等からすれば,いわゆるインカメラ手続を経ている情報公開審査会においては,そうした具体的な記載を逐一検討し,それを根拠にして,情報公開法5条3号及び6号該当性についての判断が加えられたものと解する余地がある。
しかしながら,本件答申における説示をみると,前記のとおり,外務省報償費の使途に関する文書上の記載について,「秘密を保持して機動的に運用することによって行われる情報収集活動等の個別具体的内容を示す情報である」と述べていることからも明らかなとおり,いわば「秘密を保持した運用がされている」という外務省における取扱いの実態を述べるにとどまり,情報収集活動等の内容・実質において,秘密の保持を必要とするものか,さらには,それが「公にしないことを前提とする外交活動」に当たるのかといった点に個別具体的な検討を加えたことが読み取れない。また,当該情報を公にした場合の弊害についても,「外務省報償費の秘密を保持した機動的な運用に支障を及ぼすことによって,情報収集活動等が困難となり」としか述べておらず,いわば秘密を保持した経費支出の方途が閉ざされることそれ自体を外交事務遂行上の支障ととらえていると見受けられ,情報収集活動等の内容・実質に対応して,公にした場合の具体的な弊害について検討を加えたことをみて取ることはできない。このように,本件答申の情報公開法5条3号及び6号該当性についての判断は,いわゆるインカメラ手続で見分した文書の具体的な記載内容に即して行われたものとはいい難いのであって,本件各行政文書上に,情報公開法5条3号及び6号該当性を直接基礎付けるような記載,あるいは,「公にしないことを前提とする外交活動」に関する経費支出であることを基礎付けるような記載があることの推認を働かせることはできないというべきである。
結局,本件答申で示された判断の内容を踏まえたとしても,報償費が専ら「公にしないことを前提とする外交活動」の経費に充てられているということを推認させるに足りないといわざるを得ない。
(4) 被告の主張態様からみた報償費の支払対象に関する基準・運用について
ところで,会計検査院による処置要求,本件答申,本件変更決定を通じて,五類型に係る文書が部分開示され,その記載内容が相当程度明らかになった段階においても,被告は,それが「公にしないことを前提とする外交活動」に関するものであるという主張を変更していない(これも前記A,B,Cの3分類のいずれかに該当するとの主張を維持している。)。すなわち,五類型に係る文書につき,本件答申において,不開示事由がないものとされ,本件変更決定において,部分開示したのは,その支出が定型化,定例化してしまっていることから,当該経費の具体的使途やその支出の行われた時期,支出の総額等が公になったとしても,そこから我が国の外交方針等が推知され,我が国の外交工作活動等に支障を及ぼすおそれがあるとはもはや考え難くなっていること,いわば,事後的に不開示事由が消滅したことによるとしており,これらの経費を報償費から支出すること自体は,報償費の使途の基準に反するものではないし,本来充てられるべき経費以外のものに充てられていたことにもならないとの立場をとっている。
しかし,既に前記(2)でみたとおり,五類型には,そもそもその客観的性質からみて「公にしないことを前提とする外交活動」に分類するのがおよそ不適切と思われるものが含まれているのであるから,それにもかかわらず,なにゆえ,五類型を「公にしないことを前提とする外交活動」に含ましめ,その経費を報償費から支出するという運用がされていたのかについて,被告から合理的な説明が加えられていない。さらに,本件における報償費の使途に関する被告の主張の変遷等(前記(1)参照)をも勘案すると,報償費の支出対象に関する基準や実際の運用のあいまいさへの疑念を払拭することはできない。
この主張の変遷等につき主要な点をより具体的にいうと,報償費が「公にしないことを前提とする外交活動」に充てられることは,不開示事由を基礎付ける最も重要な要素として被告が主張するもの(後記2(2)参照)と考えられるところ,本件訴訟係属当初,被告は,少なくとも明示的には,そうした主張をしていなかったことがまず指摘できる。また,被告は,報償費の使途に関する前記9分類において,「定例的に必要とされた物品の購入や役務の経費」を独立した分類(A3,B3,C3)とするが,「定例的に必要とされた」ものではない「物品の購入や役務の経費」に相当する分類が設けられておらず,被告は,本件各行政文書中に,これに充てられた支出に関する文書が存在しないとの前提に立っていると見受けられる。しかし,本来の予算区分上の定義からすれば,報償費は,「定例的に必要とされたもの」ではなく,むしろ,「定例的に必要とされたものではないもの」に充てられることが予定されていることは,ここで繰り返すまでもないことであり,前者のみが存在し,後者が存在しないとするのは不自然である。なお,念のため付言すると,被告からは,上記「定例的に必要とされたものではないもの」は,「情報提供又は協力の対価として使用されたもの」(A1,B1,C1)や「会合の経費として使用されたもの」(A2,B2,C2)に含まれているとの反論もあり得よう。とはいえ,部分開示された五類型をみる限り,A3,B3及びC3には,A1,B1及びC1,A2,B2及びC2のいずれにも分類できないものが含まれている。そうであるとすれば,「定例的に必要とされたものではない物品の購入や役務の経費」すべてがA1,B1及びC1,A2,B2及びC2のいずれかに分類できるとの説明を採用することはできない。
(5) 在外公館交流諸費との対比について
原告は,被告に対し,米,英,仏,中,比の5か国にある日本国大使館において,平成11年1月から同12年3月までに支出された「在外公館交流諸費」の支出証拠書類の開示請求を行い,そのかなりの部分について開示を受けているが,そこに記載された内容,開示された情報との対比からいっても,報償費に関する本件各行政文書の不開示には理由がなく,不当である旨主張している。上記の点は,報償費が「公にしないことを前提とする外交活動」に充てられていたといえるか否かの判断と関連性を有することから,以下,この点についても検討を加えることとする。
原告が被告から上記のとおり開示を受けた文書のうち,在米日本国大使館における平成11年1月から同年3月までの「在外公館交流諸費」の支出証拠書類においては,同期間中に開催された164件の会合それぞれについて,「目的」,「設宴日」,「昼・夜の別」,「金額」,「場所(店名)」,「館側出席者」,「客側出席者」,「起案者」といった情報が具体的に明らかにされていることが認められる。「目的」については,一部開示されていないものがあるものの,例えば,「日米貿易問題(板ガラス)についての意見交換」(客側出席者・USTR(アメリカ通商代表部。以下同じ。)),「コメ特例措置等についての意見交換」(客側出席者「USTR」),「懇談(日米鉄鋼問題)」(客側出席者「弁護士」),「鉄鋼問題,中国のWTO加盟等最近の通商問題についての意見交換」(客側出席者「US TRADE誌」),「日米貿易問題(鉄鋼等)についての意見交換」(客側出席者「商務省」),「鉄鋼AD問題等日米通商問題についての意見交換」(客側出席者「Rogers & Wells LLP 弁護士」),「米中関係に関する意見交換」(客側出席者「ブルッキングス研究所研究員」),「国際テロ情勢等意見交換」(客側出席者「国務省2名」),「中東情勢に関する意見交換」(客側出席者「議会調査局」)というように,「客側出席者」の記載と併せて,個別的かつ具体的な記載内容が開示されている。このほか,「館側出席者」,「起案者」についても,大使館内の所属部署等について個別具体的な記載が開示されている事実が認められる(もっとも,「客側出席者」,「館側出席者」,「起案者」の記載については,個人名が開示されていない場合の方が多い。)。(以上について弁論の全趣旨)
このような在外公館交流諸費に係る支出証拠書類の記載内容,開示された情報をみると,報償費使用目的に関する被告分類による「情報収集のための会合の経費として使用されたもの」,「二国間の外交交渉等を進めるに当たり,相手方との会合の経費として使用されたもの」又は「国際会議等において多国間交渉を進めるに当たり,相手方との会合の経費として使用されたもの」に報償費が充てられ,そのための決裁書が作成された場合の記載内容との間にいかなる差異があるのか,被告が主張する本件各行政文書の外形的事実との比較からは判別し難く,ほとんど差異がないようにも見受けられる。そして,在外公館交流諸費が充てられた活動も在外公館が行う外交事務や外交交渉の一環であると考えられるところ,その目的,内容や関係者に関する情報が相当程度具体的かつ詳細にわたり開示されている状況をみると,被告においては,そうした情報は,「公にしないことを前提とする外交活動」に関するものには当たらない(更にいえば,原則として,情報公開法5条3号又は6号の不開示事由に当たらず,これを開示したとしても,将来の外交活動や外交交渉に支障を来すおそれが生ずることもない)と判断しているものと認めることができる。
翻って,報償費の使途のうち,被告分類による「情報収集のための会合の経費として使用されたもの」,「二国間の外交交渉等を進めるに当たり,相手方との会合の経費として使用されたもの」又は「国際会議等において多国間交渉を進めるに当たり,相手方との会合の経費として使用されたもの」に充てられた場合を考えてみると,在外公館交流諸費の開示の場合とは事情が一変し,その使途がすべて「公にしないことを前提とする外交活動」に関するものである(更にいえば,その際に作成された決裁書すべてについて,その記載内容が開示されると,将来の外交活動や外交交渉に支障を来すおそれが生ずる)などと考えるのは,必ずしも合理的とはいえない。
この点に関して,在外公館交流諸費と報償費の異同について,被告は次のように述べる。すなわち,「在外公館交流諸費」は,在外公館において,当該任国の要人,政府関係者,外交団等との間で交流を通じた意見交換や良好な人的関係の育成等を促進するための経費であり,公にしたとしても基本的には支障を来さない活動に用いられるのに対し,報償費は,公にしないことを前提にした情報収集及び諸外国との外交交渉ないしは外交関係を有利に展開するための活動に使用する
2006-04-15T22:02:31+09:00
1145106151
-
H17.11.18 和歌山地方裁判所 平成15年(わ)第29号等 収賄、背任
https://w.atwiki.jp/hanrei/pages/415.html
当時、市長であった被告人が、会社代表者から、同社の土地を市が買収するにあたって便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼等の趣旨の下に、現金の交付を受けたことに収賄罪が、同市長が愛人関係にあった料亭の若女将と共謀の上、市長の立場にあることを奇貨として、若女将らの利益を図る目的で、若女将らが経営する料亭の建物を市において借り上げた行為に背任罪がそれぞれ成立するとされた事例
(判示事項の要旨)
当時,市長であった被告人が,会社代表者から,同社の土地を市が買収するにあたって便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼等の趣旨の下に,現金の交付を受けたことに収賄罪が,同市長が愛人関係にあった料亭の若女将と共謀の上,市長の立場にあることを奇貨として,若女将らの利益を図る目的で,若女将らが経営する料亭の建物を市において借り上げた行為に背任罪がそれぞれ成立するとされた事例
主 文
被告人を懲役4年に処する。
未決勾留日数中400日をその刑に算入する。
被告人から金300万円を追徴する。
訴訟費用中,証人O2及び同N2に支給した分はその全額を,同北英知及び同N1に支給した分はそれぞれ各2分の1ずつを,同B3に支給した分のうち,併合前の背任事件における第5回,第8回及び第9回各公判に支給した分はそれぞれ2分の1ずつを,同第26回及び第27回各公判に支給した分はその全額をいずれも被告人の負担とする。
理 由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成11年1月17日から平成14年7月4日までの間,a1市長として,
第1 同市が市有財産を取得することに関し,予算の調製・執行及び議会に対する議案の提出並びに同市c1公社が行う公有地の取得等につき,同公社に対し,先行取得の依頼,必要な業務命令,予算・事業計画の承認等を行うなど,同市を統括・代表する職務に従事していたものであるが,平成12年8月3日,a1市b1番地所在のa1市役所市長室において,同市d1番地に本店を置き,建築業,土木業及び不動産の仲介業等を営む株式会社e1の代表取締役である分離前の相被告人甲から,e1所有の同市f1番地の土地及び同番g1の土地をa1市が買収するための先行取得として同市c1公社に4億9000万円で購入させる議案をa1市議会に提出するなどの有利かつ便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨の下に供与されるものであることを知りながら,現金300万円の供与を受け,もって上記の自己の職務に関して賄賂を収受した
第2 同市の財産の管理,職員の指揮監督並びに同市の事務を管理・執行していたものであるが,同市が美術品等を展示した観光施設等として利用する名目のもとにa1市h1番地所在の料亭「i1」(経営者A1)の建物(別紙i1登記簿一覧表記載の建物)を賃借するに当たり,同建物は,建築基準法上飲食店以外の用途に使用することが困難であり,かつ,同建物の一部は国有地に無断で建てられており,残りの部分については多額の地代を国に滞納していたのであるから,そもそも同建物の賃借を差し控えることはもとより,敢えて賃借する場合には,滞納地代を建物所有者において完済させた上,その賃料等について,同市が不当な損害を被ることがないよう,不動産鑑定等により十分な調査をするなどして算出された適正な賃料額に従って賃貸借契約を締結するなど,同市の健全な財政運営を損なわないよう,誠実にその職務を遂行すべき任務を有していたところ,上記料亭が年々累積赤字を続け,地代も滞納するなどの経営困難状態にあったことから,被告人といわゆる愛人関係を続けていた前記料亭「i1」に若女将として勤務し,同建物の一部を所有する分離前の相被告人乙と共謀の上,市長の立場を奇貨として,同市と乙及び同建物の一部を所有するB1との間に,同建物の賃貸借契約を締結させ,同市に不当に高額な賃料の支払義務を長期間負担させるなどして,上記困窮状態を解消させるとともに乙らの生活を安定させることを企て,被告人において,乙らの利益を図り,同市に損害を加える目的をもって,上記各任務に背き,平成12年5月下旬ころから同年9月下旬ころにかけて,部下職員を指揮して,同建物の賃貸借契約締結に向けた作業に従事させ,同建物が築後約40年の老朽化したもので,その固定資産評価額が約2884万円であり,実勢価格としても,同評価額以下での売却しか見込まれず,月額約36万円が相当な賃料であるのに,適正な賃料額の調査を十分行うことなく,19年6か月にわたる月額140万円という不当に高額な賃料を設定するとともに,本来,同市が賃借人となる場合には,敷金を差し入れる必要性が認められないのに,上記滞納地代約530万円の支払いに充当させるために,敷金を差し入れることとするなどの施策を進め,議会対策として,債務負担行為でなく長期継続契約の形式を採用して予算の承認を得るなどした上,同年9月29日から翌30日にかけて,上記料亭において,a1市と同建物の所有者である乙及びB1との間で,同市が同建物を,同年10月1日から平成32年3月31日まで,月額賃料140万円・敷金700万円で賃借し,毎月の賃料は,乙にその3分の2を,上記B1にその3分の1を支払う旨の賃貸借契約を締結させ,その結果,平成12年10月5日から平成15年3月20日までの間,同市をして,同契約に基づく債務の履行として賃料等合計4900万円を乙らに支払わせ,もって同市に財産上の損害を加えた
ものである。
(事実認定の補足説明)
第1 収賄事件
1 当事者の主張
被告人は,平成12年8月3日,甲と会ったことはなく,甲から現金を受け取ったこともないとし,さらに,j1跡地については,甲から無理に売却してもらったもので,甲の便宜を図ったものではないと供述して本件犯行を全面的に否認し(なお,当公判廷における被告人の供述には,公判手続の更新前のものも存在するが,表記にあたって特に区別することはしない。以下,他の者の公判供述ないし証言についても同様の取扱いをする。),弁護人らにおいても,被告人の供述を前提に,検察官が主張する現金の授受は存在しないし,本件公訴提起は甲の別件逮捕に基づく身柄拘束によって得られた供述等の違法不当な捜査に基づくもので政治に対する不当な介入であるとして被告人は無罪である旨主張しているので,以下,これらの点について,当裁判所の判断を順次補足して説明する。
2 前提事実
当公判廷において取調べ済みの関係各証拠から,以下の各事実が認められる。(1) 被告人の身上,経歴等
被告人は,昭和20年a1市内で出生し,同市内の高等学校を卒業後,和歌山県警察官,a1市議会議員,和歌山県議会議員を経て,昭和61年6月から平成7年11月までa1市長を3期務め(3期目途中,県知事選挙への立候補に伴い失職),平成11年1月に再度同市長に就任し,平成14年7月に辞職するまで市長職にあった。
(2) 被告人の市長としての職務権限(本件職務権限)
市長には,地方自治法上,当該普通地方公共団体(市)を統括し,これを代表する権限(同法147条)及び当該普通地方公共団体の事務を管理し及びこれを執行する権限(同法148条)が定められている。そして,その具体的な担当事務として,同法149条1号により普通地方公共団体の議会に対する議案の提出権,同条2号により予算の調製,執行権が,同条6号により財産の取得,管理及び処分権がそれぞれ定められ,さらに,同法153条1項により長の事務の委任が,同法154条の指揮監督権限がそれぞれ定められている。
また,同法154条によりa1市c1公社(以下,「公社」という。)に対する先行取得の依頼権が,公有地の拡大の推進に関する法律18条2項により公社に対する予算・事業計画の承認権が,同法19条1項により公社に対する必要な業務命令権がそれぞれ定められ,これらの職務権限が被告人にあった。
(3) 市がj1跡地を購入するに至る経緯
ア e1の甲がj1を購入しようと考えるに至った経緯
e1の代表取締役であった甲は,かねてからマンションを自社で建築分譲することを企図し,それに適した物件を探していたところ,平成11年末ころから平成12年初めころにかけて,k1不動産の屋号で不動産仲介業を営んでいたC1から,l1株式会社が所有していたj1(後に建物は取り壊されるが,ここにおいては敷地及びj1建物を指す。以下,取り壊しの前後を問わず「j1跡地」ということがある。)が売りに出されていることを聞いた。そこで,e1では,同年1月から同年2月ころにかけて,j1跡地に分譲マンションの建設を計画し,l1からj1を購入する交渉をしていた。
e1としては,j1跡地への分譲マンション建設を総額約10億円規模の事業とみており,当面の資金として約7億円の資金を準備すれば足りると考えた。そして,e1の自己資金として1億5000万円,甲自身から5200万円,共同出資者となるD1から2億円がその資金として見込まれたため,金融機関からさらに3億円の融資を受けることとし,同年3月ころ,m1銀行に対して分譲マンション建設事業への融資を申し入れたところ,o1協会の保証付融資であれば検討するとの回答を受けたことから,同銀行に対し,融資を申し入れてその資金を賄うこととなった。
イ E1a1市議会議員への協力依頼
平成12年3月初めころ,甲は,j1付近の地元住民がj1跡地のマンション建設に反対しているという話を聞き,E1a1市議会議員(以下,「E1市議」という。)に対し,a1市において建築確認申請を通してもらえるように地元対策等を相談していた。
同月22日,甲,E1市議,市長公室長F1,e1社員G1,不動産仲介業者H1の5人が,a1市内にある料亭「p1」に集まり,j1跡地のマンション建設に関する建築確認申請などの話をした。
ウ e1のj1購入資金
甲は,他の金融機関に預金していた資金もm1銀行の預金口座に移すと共に,平成12年4月17日,D1から2億円を借り入れて,合計4億円をm1銀行の口座に預金したが,同年5月2日,甲は,D1から借り入れていた2億円をm1銀行の口座から引き出し,D1に返還した。
また,同月10日ころ,甲は合計2億7000万円の融資をm1銀行に申し込み,同年6月20日に融資の決定を受けた。
エ 被告人が市でj1跡地を購入しようとした経緯
平成12年3月15日,もともとa1市役所に被告人を訪ねる予定となっていたq1自治会長I1は,j1跡地にマンションが建設されると聞きつけたことから,予定どおり被告人を訪ねた際,被告人にその旨伝えたところ,被告人からk1の自治会だけでも反対して欲しいと言われた。そこで,I1は,r1地区連合自治会長J1に相談し,同月22日付けでこれに沿う陳情書を作成し,同月27日,a1市役所において,その陳情書を被告人に手渡した。
j1を市で購入しようとする被告人の意向は同年5月10日付けの新聞に掲載された。
オ e1とl1との売買契約が成立した事実及びその後の経緯
平成12年5月19日,甲は,e1がl1からj1を3億8000万円で購入する旨の売買契約を同社との間で締結し,後日,売買代金を300万円上積みして3億8300万円とし,その決済日を同年6月20日を取り決めた。
同年6月14日ころ,被告人は,E1市議からj1跡地にe1のマンションが建設されると聞いたため,翌15日,l1のK1社長を訪ね,同人に対し,e1にはj1の購入代金を払えるはずがない旨の話をし向けてe1とl1との売買を妨害しようとした。
甲は,K1から,被告人がl1に来たことを伝えられると共に決済資金の有無を詰問されたため,l1とのj1に関する契約内容について,E1市議を信頼して話していたにもかかわらず,E1市議が被告人と意思疎通ができていないのではないかなどと不信感を抱き,E1市議に苦情を言って同人と決別した。
カ 被告人と甲との平成12年6月21日の面談に至る経緯と面談状況
甲は,a1市によるj1の購入に関して,E1市議を頼るのを止め,L1a1市議会議員(以下,「L1市議」という。)の力添えを得ようと考え,電話でその旨依頼するなどしていたところ,平成12年6月20日,L1市議から,その前日である同月19日,市議会において,被告人が(M1市議会議員に依頼してj1についての市の対応を質問してもらい,それに対して)市でj1の買収をすることは困難である旨の答弁をしたという連絡を受けた。
甲は,同月20日,j1について代金の決済をし,l1からe1への所有権移転登記を受けた。
同日,被告人は甲がj1についての決済を終えたと聞き,E1市議を通じて甲と面談する約束を取り付け,同月21日,市長室において,E1市議を交えて甲と面談した。このとき,被告人は,甲に対し,j1を市に売って欲しいと申し入れ,甲がこれを承諾したことから話がまとまり,さらに,被告人は,甲に対し,j1の購入について,早速平成12年6月議会で議案提出することを約束した。
キ 市が事業用地を買収する際の手続
被告人は,甲と直接交渉してj1を購入する約束をした平成12年6月21日夜,市の関連部局の幹部職員を招集して資料を作成させる一方,公社による土地の取得は更地でなければならないことから甲側においてj1建物を解体してもらい,その費用として1000万円を代金に上乗せする旨の電話で直接甲に話すなどして手続を進め,翌22日早朝から政策調整会議や公社の理事会を開催させ,同日,市議会への議案を提出させた。なお,j1跡地の市による買収代金は最終的には4億9000万円となった。
上記議案は,同年6月27日,総務委員会で可決され,同年7月4日,市議会本会議で可決された。
ク 公社とe1との間の代金決済
平成12年8月22日,公社とe1との間でj1跡地についての売買契約が締結され,同日公社から手付金5000万円が支払われた上,同年11月6日,残代金4億4000万円の決済が行われ,公社がj1跡地の所有権を取得した。
ケ その他の客観的ないし争いのない事実関係
(ア) 平成12年7月31日,被告人は,紀淡連絡道路建設促進大会に出席するため,東京に出張しており,市役所には不在であった。
同年8月3日午前10時21分,G1は(携帯電話で)市役所に電話をかけた。
同年9月1日,e1のa1市における能力審査(以下,「能審」ということがある。)がワンランク上がり,特Aとなった。
(イ) 手帳等の客観的記載状況
平成12年当時,G1が使用していた手帳には,平成12年7月31日欄に「j1の現状 N1氏へTEL」との,同年8月3日欄に「10:35 市4FO1様」「9:00 P1邸ドアノブ」などとの記載がある。
a1市審議監室のQ1審議監が仕事の関係でその都度記載していたノートには,
4/5 市政提言委員会
市長 r1陳情
j1,持主(l1)こわす
q1自治会長,I1さん-r1連合自治会長へ話し市で買って,中を改造して欲しい
値段的な問題,相談することになっている
500坪で3億円ぐらい
値段相談させてもらう
5/10 (水) 市政提言委員会
市長 r1連合自治会
j1 マンション建てる 水面下で値段交渉している
6/21
法人の事業計画の追加とする
鑑定149,494-/㎡
480,000千円÷3210.83㎡(971.27坪)
坪494,198円
との記載がある。
被告人は,後の選挙に利用するため,当時秘書官であったO1に指示して,面会をした者の中から必要な人物や団体をピックアップして,面会した日と共にパソコンに入力させて名簿を作成していたが,その名簿によれば,甲が平成12年6月21日及び同年8月3日に面会した旨の記載はない。
3 甲の捜査段階の供述の任意性とその内容の信用性
(1) 甲の捜査段階の供述内容
ア 現金供与を決意するまで
平成11年末か平成12年初めころ,l1がj1を売りに出していると聞いたことから,e1では,平成12年1月か2月ころ,j1跡地に分譲マンションを建設する計画を立て,当時の所有者であったl1からj1を購入する交渉をしていた。また,同年2月か3月ころには,分譲マンションの図面をs1に依頼したり,G1に収支計算書や事業計画案を作成させるなどして分譲マンション建設に向けて着々と準備を進めていた。
ところが,同年3月初めころ,j1付近の地元住民が,j1跡地のマンション建設に反対しているという話を聞き,E1市議に対し,地元が反対してもa1市が建築確認申請を許可するように協力して欲しい旨相談していた。当初,E1市議からは要件さえ整えば被告人が判を押す旨聞いていたものの,その後,a1市がj1の土地を買い上げる意向があるから会おうとE1市議から持ちかけられ,同年3月22日,F1,G1,H1を交えてE1市議と「p1」で会った際には,F1から,地元でマンション建設の反対がある以上,被告人は要件が整っていても建築確認申請を受け付けないなどと聞かされた。F1からa1市がj1を買いたいとの話も出なかったので,後にE1市議に電話して確認すると,やはりa1市が買うとの説明を受けた。
私は,この時点ではマンション建設を諦めてはいなかったものの,E1市議と話を繰り返すうち,j1跡地へのマンション建設によって3億円くらいの利益が見込めることや近隣の取引事例との対比からj1をa1市に売るなら6億から6億5000万円程度になるなどと伝えていたし,E1市議からも,高く買ってもらえるように被告人に口添えしてくれるなどと言ってくれたり,被告人が建築確認申請を受け付けないと聞かされていたこともあって,わざわざ市とけんかしてまでマンションを建設するよりもj1をa1市に売ろうと思うようになった。そして,同年4月ころには,当初,l1からのj1購入予定金額を3億5000万円程度と見ていたが,その金額で購入することが難しくなって,資金繰りが困難となったことから,マンション建設を中止してj1を市に売却しようと考えた。D1から借りていた2億円は,その借用書に年利2割と記載されていたことから,その金利負担を減らすため,同年5月2日に引き出して返済した。同月の連休明けころから同月10日ころまでの間,E1市議が2人で話をしたいと言ってきたため,a1市t1の友人のマンションで会ったが,その際,「市長から一任されてきた」「a1市は4億6000万から8000万,高くても5億くらいでj1を購入するつもりである」と具体的な金額の提示を受けた。
ところが,未だl1がj1を所有していた同月10日,a1市がj1を購入する意向であるとの内容の新聞報道がなされたことから,私は,a1市がl1から直接購入するのではないかと考え,E1市議が本当に被告人から一任されているのか疑問に感じた。そこで,E1市議に電話で相談すると,E1市議は「市長(被告人)には,市長(被告人)の考えがある」「市長(被告人)に会ってみるか」と言われたため,E1市議を信じることにした。
しかし,l1とのj1の売買代金の決済日である同年6月20日の数日前になって,l1の社長K1から呼び出され,「市長(被告人)は,e1はj1をよう買わんのと違うか。ローンの融資もあかんのと違うかと言っていた。おまえ市会議員に相談してるやろ。」などと言って怒られた。私は,E1市議を信じてe1とl1との間の契約内容を話したのに,E1市議と被告人との間で意思疎通がなされていないのではないかとE1市議に対して不信感を持ったため,E1市議を呼び出し苦情を言って同人と決別した。
私は,l1とのj1についての売買代金の決済を数日後に控え,E1市議の言葉を信じてマンション建設計画を中止していたことから,このままa1市が買い取ってくれなければどうしてよいか分からない状態に陥っていた。そこで,以前から懇意にしてもらっているL1市議に電話をかけてそれまでの経緯やE1市議とのやり取りを説明した上,「市がj1買うていうから,それまで計画していたマンション建設を諦めたのに,今さら市が買えへんと言われても困るんですわ」「市長(被告人)の考えがわからないんで,先生(L1市議)からいっぺん確認してもらえませんか」「ここまできちゃあるから,このままa1市で買ってもらいたいんで,先生(L1市議)何とか動いてもらえませんか」と言ってお願いした。
ところが,同月20日,L1市議から電話があり,「市長(被告人)が,議会で,j1を市が買い上げることは難しいと答弁したで」「a1市は,j1を買わないんとちゃうか」と言われた。このとき,今さら買わないと言われてもどうしようもなく,e1は窮地に立たされたと思った。もともとF1から,j1跡地に分譲マンションを建設しようとしても被告人が建築確認申請を受け付けないと言われており,裁判をして勝っても今後a1市で建設業者をやっていく以上,市長とけんかをしても得策ではない上に,2億7000万円も借金してからマンション建設計画を一から始めると数か月間は何もしないまま金利だけを負担しなければならず,大きな赤字を出してしまうことは目に見えていた。そこで,L1市議に対し,「このままでは借金の返済に追われるわ,次のマンションの資金繰りの目途も立たんわで,どうしようもないんです」「何とか,市長(被告人)にお願いして,僕とこ助けてもらえませんか」「もし,a1市が買ってくれないんなら,E1さん(E1市議)としてきた話を,何もかもぶちまけたろかと思てます」などと言い,予定どおりにa1市がj1を買って欲しいと頼み込んだ。
同月21日,E1市議から被告人が会いたがっているとの連絡を受けたが,E1市議と決別した後で,被告人と会うのもしゃくであったからほうっておいたものの,被告人がe1まで来るとの話を聞き,そこまで言うのならと私が市長室まで行った。同日午後3時から4時ころに市長室に行くと,被告人とE1市議がおり,被告人からr1の再開発の話をしてきたので,私のマンション建設計画とその利益について話をし,被告人がl1へj1を買いに行ったことについて,被告人は否定していたものの文句を言い,さらに,私の祖父がj1の最初の所有者であったことや私のr1に対する思いなどを話すと,被告人から,「社長とこのj1を,4億8000万円でa1市に売ってくれませんか」という言葉が出てきた。私は,まさか初めて会った被告人が,私が喉から手が出るほど待ち望んでいたその言葉を言ってくれるとは思っておらず,びっくりして聞き違いではないかと思うほどうれしく,e1の倒産を救ってくれたという感謝の気持ちでいっぱいになった。しかも,4億8000万円なら利益が十分に出ることから,非常にありがたいという気持ちになった。そして,私は,「市長(被告人)がそれで顔が立つんであれば,何も文句は言いません」「市長(被告人)の思うようにして下さい」「ただ,j1という名前を残してもらえませんか」と言った。そして,いつごろ買ってもらえるか質問したところ,被告人は,「あとは議会を通らんとあかん」「明日議会にかけます」と言って,横にいたE1市議に対して,「議会のことは頼みます」と言っていた。私は,a1市が買うのが遅くなれば金利の負担が必要となることから,「できるだけ,早くお願いします」とお願いすると,被告人が,私の方を向いてニヤッと笑いながら,「1億円のもうけで勘弁してください」と言った。
その日,L1市議に電話をかけて,a1市がj1跡地を4億8000万円で購入してくれることになったと報告し,お礼を言ったところ,L1市議から,「僕なりにやらしてもろたんやけど,社長の役に立てて良かった」と言われ,L1市議が被告人に働き掛けてくれたものと確信した。そして,L1市議に対しても,「市長(被告人)が,議会通らんとあかんと言うてましたんで,先生,議会の方もよろしくお願いします」と言って頼み込んだ。
同月22日,被告人から電話があったということで,被告人に電話をかけ直すと,被告人から,「j1の土地は更地で買いたいので,解体をe1でして欲しい」「1000万円上積みして,4億9000万円でいいか」と言われた。私は,a1市が買ってくれなければ赤字になっていたし,解体費用の見積もりも大体700万から800万円くらいであることから,1000万円上積みしてもらえばさらに利益が出ると思い,喜んで引き受けた。
私は,民間会社と契約した場合にはバックリベートを渡すこともそんなに珍しいことではなかったこともあり,被告人に対し,1000万円の上積みの話を受けたときから200万から300万円のお礼をしなければならないと思っていた。しかし,どのようにすればよいかわからなかったので,同月23日ころ,L1市議に電話をかけて,a1市がj1を買ってくれることになったという報告とそのお礼を言い,被告人に対するお礼についても相談した。このときは,L1市議から,議会中であるから議会が終わってからでよいのではないかと言われ,さらに,議会が終わったら相談に乗らせてもらうと言われた。その後,j1の解体工事を始めた同年7月中旬ころ,L1市議に被告人に対するお礼の相談した際には,L1市議から,「市長(被告人)の喜ぶもんしたらええんと違うか。」「でも,解体終わってからでええんと違うか」「それまでに考えとくわ」と言われた。
イ 賄賂の原資と準備
平成12年2月ころ,e1がリースで借りていたu1のリース期限が満了し,私の個人の預金からリースの残価136万円くらいをv1に支払って,リース会社からu1を買い取った。そして,そのu1をe1の従業員であるR1に売ることにしたが,R1が一括で支払うことができなかったため,いったんe1から中古車販売会社のw1に売却したのをR1が購入する形で信販会社のx1で200万円のローンを組むことにした。そこで,同年3月初めころ,w1がx1から受け取った200万円から手数料などを差し引いた百数十万円を現金で受け取り,e1の社長室においてある金庫の中に入れた。u1のリース代の残価136万円くらいを私の個人のお金で支払っていたことから,そのお金も私の個人的な現金だと思っており,数十万円の端数は小遣いとして使ってしまったが,帯のついた100万円はそのまま金庫に入れたままにしておいた。
また,同年5月30日,同年6月1日から同月3日にかけてe1の業者会の旅行で韓国の釜山のカジノに行く際の賭金に使うため,m1銀行n1支店の私名義の個人口座から200万円を引き出した。カジノで儲けたことから帰国時にも100万円の束が2つあり,帰国後,妻に100万円を渡し,残りの100万円はセカンドバッグに入れて持ち歩いていた。その後,同月21日から翌22日にかけて,被告人が,a1市においてe1から4億8000万円でj1を購入する旨及びその解体費として1000万円を上乗せするとの約束をしてくれたことから,被告人に200万円から300万円のお礼をしようと考え,韓国から帰国後すぐに妻に渡していた100万円を妻に頼んで返してもらい,前述の持ち歩いていた100万円と併せて合計200万円を1つの封筒に入れてセカンドバッグに入れて持ち歩いていた。
同年7月30日か31日ころ,社長室の金庫に入れていたu1の代金残額100万円を金庫から取り出し,銀行の袋からe1の袋に入れ替え,さらに,セカンドバッグの中に従前から入れていた現金200万円を入れた封筒もセカンドバッグの中でぼろぼろになっていたので,これもきれいな封筒に入れ直し,同月31日,a1市役所の3階応接室でL1市議にお礼として合計300万円の現金をセカンドバッグに入れて持って行った。
同日,G1の目の前でセカンドバッグから100万円を入れた方の封筒を取り出してL1市議に渡そうとしているが,結局,L1市議には受け取ってもらえず,そのままセカンドバッグに入れて持ち帰り,それ以後,100万円を入れた封筒と200万円を入れた封筒の2つの封筒をセカンドバッグに入れて持ち歩いていた。そして,被告人と会う同年8月3日の前日,e1の事務所での業者会の役員会の前,G1が販促委員会をやっている午後6時半ころ,私は,その委員会には出席せず,社長室において,一人でセカンドバッグに入れていた100万円と200万円の入った2つの封筒をA4サイズの大きな封筒に並べて入れ,さらに,S1に持ってこさせた背の低い,まんじゅうを買った時にもらうような手で持つためのひもの付いた紙袋に入れ,紙袋ごと社長室においてある金庫の中に入れておいた。e1で使っているA4版の封筒に300万円を入れることができるものの,300万円を1つの封筒に入れるとパンパンになって入れにくい上,分けて1つの封筒に入れた方が外から書類の様に見えて中身が現金であると気付かれなくてよいと考え,200万円と100万円とに分けて2つの封筒に入れた。
ウ 被告人との面会約束の取り付け
私は,被告人に現金300万円を渡す数日前の平成12年7月31日,L1市議に渡すための現金入り封筒を持って,G1と共に,市役所3階の応接室でL1市議に会った。その日付については,被告人に現金を渡した日の数日前との記憶しかなかったものの,捜査官から,G1が手帳を見ながら日付を特定したということを聞いて私もそのころに間違いないと思う。
応接室では,応接セットの椅子に私とG1が並んで座り,テーブルを挟んで向かいにL1市議が座った。私は,L1市議に対して,「先生,今回はえらいお世話になりました」「これお礼です」と言って,私の右側に置いたセカンドバッグのチャックを開けて,用意していた現金100万円の入っていた封筒の方を右手で取り出して渡そうとしたところ,L1市議は,どちらかの手を前に伸ばし,掌を広げて私に見せるようにしながら,「そんなん,僕受けとれやんよ」「今回,一番がんばってくれたのは市長(被告人)やさかい」と言って断られた。
私は,L1市議が封筒の中身が現金であると気付いて断ってきたことが分かり,その場はセカンドバッグの中に封筒を戻したが,L1市議に対して,「先生にもえらい世話になったし,お礼はしようと思う」と言ったところ,L1市議は,椅子に深く座り直してから,「がんばってくれたんは市長(被告人)やから,お礼を渡すんやったら市長(被告人)に対してやろ」と言われ,私が頼む前に,L1市議から,「今から聞いてみてやる」と言って,その部屋に置いてあった電話機でどこかへ電話をかけ,市長の予定を聞いてくれた。当日は被告人は不在だと言うことで,L1市議に被告人のスケジュールの空いている日を確認してもらい,その日時や秘書の名前をG1に指示して手帳に書き留めさせた。G1の手帳に記載のあった「平成12年8月3日午前10時35分」というのが,私が被告人に現金300万円を渡すために市長室に行った日時に間違いない。
エ 平成12年8月3日
平成12年8月3日,私は,G1に車で迎えに来てもらうことにし,会社の金庫に入れていた現金300万円をG1に持ってきてもらった。
G1には,会社の金庫を開けることのできるS1(常務)から紙袋を受け取って来るように指示をしており,S1にも,朝,G1に金庫の中の紙袋を渡すよう頼んでおいたため,G1が私を迎えに来たとき,車の助手席に私が金庫に入れておいたまんじゅう屋でもらうような紙袋に入った現金300万円の入ったA4版の封筒があった。G1らにはその中身の説明はしていなかった。
市役所へ向かい,待ち合わせの市役所4階市長室まで行くと,エレベーターホールのところで待ってくれていたL1市議が市長室の方へ入って秘書の人を呼んでくれ,その案内で私とL1市議は突き当たりを曲がって,市長室の中に入った。このとき,G1には「待っとけ」と言って市長室の外で待たせていた。
市長室の中では,長い会議用のテーブルの一方の端に被告人が座り,被告人から見て左側にL1市議,右側に私が座った。私は,被告人に対し,「j1の土地を買っていただきありがとうございました」「解体工事も無事終わりました」などとお礼とその報告をしたところ,被告人から,j1の土地に公共の建物を建てるという話があった。会話の流れは忘れたが,a1市の指名業者に登録するための能力審査について被告人と話をしており,「うちの会社,能審の点数800点あるんやけど,ランクが特Aでないのはおかしいと思うんよ」「一回検討してもらえんやろか」と言うと,被告人は,目の前で市長室の電話を使ってどこかに電話をしてくれ,e1のランクを聞いてくれ,はっきりとは覚えていないものの,「800点ありますよ」と言われた気がする。また,私は,e1をj1跡地への建物建設の際の入札の指名業者に入れてもらいたいと思い被告人にその旨頼んでみたものの,この点は被告人に断られた。ただ,L1市議が,被告人に「e1はこれから伸びていくんで,また,応援しちゃってよ」と言ってくれて,非常に有難いと思った。
市長室で5分か10分くらい話をして席を立ったが,その際,それまで足元に置いていた用意していた現金300万円の入った紙袋を机の上に置き,頭を下げながら,a1市でe1からj1跡地を4億9000万円で買ってくれたことに対するお礼と今後もa1市で建設業をやっていく以上,a1市長にはいろいろお世話にならなければならないこともあるので,今後もよろしくという意味で,被告人に対し,「これ僕の気持ちです」と言いながら,両手を現金300万円の入った紙袋に添えて,少し被告人の方に紙袋を押すような形で差し出した。e1は被告人と関係があるわけでもなく,私が被告人と会ったのは,同年2月ころに名刺交換をした際を除いては,同年6月21日が初めてだったので,これら以外に被告人に現金300万円を渡す理由などなかった。このとき,G1から受け取った時に入っていた紙袋のまま渡したのか,A4版の封筒だけを紙袋から取り出して渡したのか記憶がはっきりしないが,現金300万円入りの封筒を被告人に渡したことは間違いない。すると,被告人は,「どうもありがとうございます」と言って,現金300万円を受け取ってくれた。
私は,L1市議に差し出して断られたときのように,被告人に現金300万円を差し出して断られたらどうしようという気持ちもあったが,被告人はあっさりと受け取ってくれたので,拍子抜けした気持ちになった。私は,被告人が受け取ってくれるか心配で,そちらの方ばかりを見ていたので,被告人に現金を渡した際,L1市議が何をしていたかは見ていない。
私とL1市議は市長室を出ると,市長室のカウンターの辺りで別れた。G1が市長室のカウンターの辺りまで向かえに来てくれており,G1が運転する車で自宅まで送ってもらった。
オ 平成12年8月3日以降
平成12年8月3日から数日が経過した後,電話で,L1市議から,「社長,すいませんでした」「市長(被告人)も喜んでたよ」「また何かあったら,いつでも言うてきてよ」と言われた。
その後,日付は覚えていないが,o1協会の件や右翼の件で被告人の下に直接話をしに行ったことがある。
o1協会の件では,e1がo1協会の信用保証を付けてもらってm1銀行から2億7000万円を借りた際,その資金で購入した土地に分譲マンションを建設すると説明していたにもかかわらず,土地を購入するやすぐにa1市に転売したことで,協会から一括返済を請求された上,a1市c1公社から契約時に抵当権を抹消してもらわなければならないと要求されて,o1協会ともめたことから,e1が今後o1協会とつきあう中で悪く思われていると困ると思い,被告人に対し,電話の1本でも入れて,経緯を説明して欲しいと頼んだ。このとき,被告人は「電話入れときます」と快く返事をしてくれたが,市長である被告人に対してo1協会に電話を入れて欲しいなどと頼むことは非常に勇気のいる話であり,私としては,さきに現金を渡していたことから頼みやすかった。
右翼の件では,e1の周辺に右翼が街宣してきて,e1が1億8000万円くらいで購入したj1をa1市に4億9000万円で売ったなどという事実無根の抗議をしてため,被告人に対して,e1の買値などを含むa1市とe1との交渉経緯等を全て公開し,右翼の事実無根の抗議がなくなるようにして欲しいと頼みに行った。このときは,被告人から,非常に申し訳なさそうな言い方で,「交渉の経緯を公表することはできません,a1市にも右翼が来ているし,市も困っています,噂だけのことだから,ここは辛抱しといてほしい」と言われ,頼みを聞き入れてはもらえなかったが,被告人の話にも一理あると思い,それ以上は何も言わなかった。
(2) 甲の捜査段階の供述の任意性の検討
甲の捜査段階における供述内容は,概ね,上記のとおりであるが,甲は,公判廷において,後記のとおり,上記の捜査段階の供述内容を翻し,上記の捜査段階の供述内容については,以下のとおり,自己の意思に反して供述調書が作成されたものであると供述し,弁護人らにおいてもこの甲の公判供述を前提に,上記の捜査段階の供述の証拠能力を争っているので,以下,この点につき検討する。
ア 取調状況についての甲の供述内容
当初,国土利用計画法(以下,「国土法」という。)違反で逮捕されたが,その時から贈賄の調べがされており,連日遅くまで,ときには日付が変わり翌日の午前1時ころまで取調べがなされ,総じて捜査官にその意に沿うように調書の内容を押しつけられた。取調べの最中,担当のT1刑事,U1刑事から,自分が疲れてきた時などに,態度が悪いということで背筋を伸ばせ,下を向くな,わしの目を見よなどと言われたし,(私の)会社を潰すとか,専務やS1を逮捕するとか,妻を逮捕するなどと他の警察官からも言われた。机を叩かれることもあったし,キャップ様のものをぶつけられたこともあった。最後の方では,V1刑事に私が座っている椅子を蹴られた。
y1銀行に対する詐欺についてはずっと否認していたが,調書(平成14年11月15日付け自白調書)に押印しているので,人から見たら認めているように見えるかも知れない。U1刑事に調書の訂正を求めたことがあるが,いまさら訂正はできないと言われ,もう何を言ってもだめだという気持ちになり,最後には何もかも全部調書に署名捺印(指印)した。G1が逮捕された後,G1が自供し,W1氏も認めていると聞き,誰にも迷惑はかけないから「もうええか」ていうような気持ちもあった。U1刑事だと思うが,認めれば早く出れるし,3月になればゴルフができるなどとも言われた。
G1が逮捕(同月16日)され,同月20日ころから,V1刑事が加わり3人から取調べを受けG1が自供したからお前もしゃべろと言われた。調べがきつくなり,贈賄を認めれば次の逮捕は抑えてやると言われた。このころは,分譲マンションの引渡を控えe1の業務においても重要な時期であった。同月26日に贈賄を認める警察官調書ができているが,これは警察官から,G1が認めているからもうあがいてもあかんとか,ここで認めればG1を出してやるなどと言われたり,これ以上逮捕はしないと言われたため,ここで認めればS1ら社員の逮捕がなくなりG1も出せると思い調書に判を押した。
m1銀行とo1協会に対する詐欺により勾留されている期間中,詐欺については4日程度しか事情を聞かれず,もっぱら被告人に対する贈賄の調べがなされた。このときもT1刑事,U1刑事が調べを担当しており,その調べの中で,「警察を敵に回すのか」,「とことんやっちゃろやないか」,「何年かかってもやったろやないか」,「何年かかかってでもお前はぱくり通してやる」,「z1(警察)の方で6回ほどぱくった」などと例を挙げて言われた。V1刑事からは,白紙の調書に判を押せと言われ,指印する方の手を持って,白紙の調書に判を押すように迫られたが,結局押さなかった。このとき,V1刑事に椅子を蹴られた気がする。このころ,V1刑事かX1刑事から,L1市議や被告人をかばって否認を続けるのは,妻や子どもを女郎屋へ売るのと同じだと言われた。T1刑事は,被告人のことを「あんな悪いやつはいない」,「二度と政治の世界に入れたらあかん」などと言っていた。別件でなんぼでも逮捕したると言われていた。
同年12月22日,自白調書ができているが,G1を出してやれと刑事から言われ,また,このころ,刑事の方から妻やS1らをぱくるというようなことを言われ,認めないとS1らも逮捕されるのではないかと思い,自白調書に判を押した。
同月23日には,北検察官に対しては否認していた。その日の調べは,日付が跨り翌日の午前零時58分(留置人出入簿の記載)まで調べがあった。
同月25日ころ,できた調書と白紙を机の上に置いて,どちらかに指印を押せといわれた。こういうことが2,3回あった。
平成15年1月6日,贈賄による逮捕時の弁解録取において,贈賄を認める内容の調書が作成されているが,このときも贈賄は否定しており,弁護士を呼ぶために調書にサインすると思っていた。
同月24日付けで手書きの私名義の上申書が作成されており,自白した内容となっているが,これはU1刑事から書けと言われたため,一度は拒んだものの,言われるままに記載して指印した。
イ 甲の公判供述における捜査状況についての供述内容の信用性
しかしながら,贈賄の事実を認めた甲の捜査段階の供述は,前述したとおり極めて詳細かつ具体的であるばかりか,全ての記載が甲の自筆による贈賄を認める内容の上申書も作成されているのであって,これらの事情自体が任意に供述されたものであることを推認させる上,これらの供述がなされた時点において既に甲にはY1弁護士が弁護人として選任されており,当時,甲は,勾留理由開示の際には裁判官の面前で自ら意見を述べるなどしており,同弁護士と何度も接見を重ねて打ち合わせを行っていたことに加え,甲に対する取調べにおいて,捜査官が,G1ら関係者の身柄拘束等を引き合いに出したり,関係者の身柄拘束と贈賄を認める供述調書の作成との二者択一を迫るなどして,甲に無理やり贈賄の事実を認めさせる供述調書の作成を繰り返していたということ自体,あまりに露骨すぎる脅迫的取調べ手法であって,にわかに信じ難い内容であるばかりか,甲の捜査段階の供述調書にはそのような手法によっては到底引き出し得ない甲の具体的な言動や心情等についても詳細に記載されており,平成15年1月6日の弁解録取書作成に関する甲の供述はそれ自体不自然不合理でその記載内容とも全く符合しない上,仮に,捜査官によってそのような明らかに不適切な取調べがなされたのであれば,既に被疑者段階から甲及びG1の共通の弁護人として選任されていたY1弁護士にその旨相談した上,捜査官に対して強く抗議をしてもらうなどの対応がとられて然るべきであるのに,そのような措置が講じられた形跡も見当たらないから,甲の当公判廷における捜査官調書の作成経緯等に関する供述の信用性は低いというべきである。
ウ 甲の取調捜査官の公判における証言内容
(ア) V1刑事の甲の取調状況についての証言内容
私は,甲の捜査に関与していたが,甲の一連の事件は,関係者も多く複雑である上,事件自体が過去の話であったことから,各関係者に記憶違いや忘却が生じていたため,記憶喚起や各関係者の供述内容のすりあわせや,確認が必要であり,捜査に時間を要し,長時間にわたる取調べとなり,厳しく追及することもあったし,大きな声を出すこともあった。しかし,取調べ時間については配慮しており,甲の体調を気遣ったり,前日の取調べが遅くまでかかっているとその翌日は遅くから取調べを始めるなどしていた。
それぞれの身柄拘束にかかる被疑事実の取調べを中心にしており,国土法違反の事件のときには,T1,U1両警察官にお金のことを聞かないように指示して贈賄の取調べにならないようにした。中抜き詐欺及び融資詐欺の事件については,犯行による金銭の流れや市によるj1跡地購入経緯等を解明するため,贈賄についての話に及んでも仕方がないと判断していたが,その際にも贈賄の取調べに大部分を当てたことはない。
甲は,当初は(被告人に)お金を持って行ったことはないと供述していたが,平成14年11月25日から引き続いて翌26日も取り調べると,お金を持って行ったことを否定しなくなったことから,切っ掛けが欲しいのかと思い「封筒を持って行ったことはないか」と水を向けると,「今,思い出した」というような態度で,封筒にお金を入れて持って行ったと認める供述を始めた。このときは,G1の供述内容に出てきたL1市議についての話が出てこなかった。3日くらいして,甲は,Y1弁護士と接見した後,封筒の中身は後援会入会申込書であると供述するようになった。同年12月1日には,甲のある程度詳しい自白調書が作成できたが,贈賄額の点で,G1がいう500万円とは食い違う300万円との供述内容であり,その原資も裏付けが取れていなかった。
同月23日,朝から検察庁で検事による取調べがなされており,夕方,z1署で夕食を済ませ,Y1弁護士が接見した後に,北検察官が取調べと調書の作成の続きをしようとすると,甲は否認し始めた。
同月26日,甲の妻の社会保険の不正受給について捜査をしていた点について,Y1弁護士から抗議を受けたが,犯罪があれば捜査をすると答えた。このとき,(Y1弁護士から,)G1が自分は正直に話しているにもかかわらず,甲が自分と違うことを言っているのが非常に辛いと言っていたと聞き,Y1弁護士に対して贈賄事件についての考えを尋ねると,Y1弁護士は,G1は封筒の中身を見たわけではないので甲の話を信用していると言っていた。
平成15年1月11日の取調べでは,甲が髪の毛をスポーツ刈りのように短く切っており,お金を持って行ったとの簡単な内容の調書を作成したが,そのとき,甲は,署名はするものの,指印は躊躇しており,間違いがなければ指印をするように説得すると,根性が要ると言いながら1時間程度かけて指印を押した。
贈賄を認めないと何回も逮捕するとか,Z1,S1らを逮捕するなどとは言っていないし,会社を潰すなどとも言っていない。既にG1は逮捕している以上,贈賄を認めたらG1を逮捕しないなどとは言うはずがない。
(イ) 検察官北英知の証言内容
警察段階では,平成14年11月26日くらいから甲の贈賄事件についての取調べをしていた。私が甲を取り調べたのは同年12月初めころからである。G1が500万円を渡したとの内容の供述をしていたのに対し,甲は300万円を渡したと供述するだけなので,500万円という供述が出るまで甲を取り調べるつもりでおり,甲から調書は取っていない。
同月23日に初めて甲の贈賄の取調べをしたが,このときは,300万円としか甲が供述しないので仕方がないと思っていた。甲は,G1が話していない被告人とのやり取りなどについても具体的に供述していたことから,甲が言う300万円を渡したという話は本当かなと思うようになった。贈賄の事実を認めているときの甲の態度は,堂々と私の目を見ながら,責任はちゃんととるといった態度であった。朝から検察庁に呼び出して取り調べていたが,同日午後3時ころ,調書を作成することとなり,その間,z1警察署に戻って御飯を済ませることとなった。z1警察署ではY1弁護士が甲に接見するというので,その接見が終わった後,同日午後8時半(記録上は午後8時23分ころ)から取調べを再開したが,甲は,いきなりお金を渡していない,後援会の入会申込書を渡したと言ってそれまでの供述を翻した。昼までの聞き取りに基づいて作成した調書の原稿を読み聞かせ,間違っている所があるかと尋ねると,それはないと言っていたが,調書への署名は拒否した。同月23日の数日前の新聞に,警察が被告人への贈賄事件の捜査をしているとの内容の記事が掲載され,それについて被告人がそういうことを言うやつがいれば損害賠償を請求するとか,名誉毀損で訴えるといった内容の新聞記事が掲載されていたことをY1弁護士との接見を通じて甲が知ったことからこれに影響を受けたことが後になって分かった。また,被告人は,市長を務めていたことから土建屋に影響力も強く,その一方で,一般市民に対しては,新聞等にも書かれていたとおり真っ黒な男だというようなイメージもあり,そのような人に金を渡したとなれば,a1市民からも他の業者からも悪く見られることにつながるなど,e1の将来についていいことは全然ないというのが甲の否認の理由であった。
その後,同年12月末,警察から,甲が(贈賄を)再度認めたという連絡があり,同月28日に取調べを行った。このときは,被告人が記者会見において,j1跡地の土地の購入については,甲が7億円をふっかっけてきたのを値切ったと話していたことから,甲もこれを知って憤り,本当のことを言うとして,同月初めころから供述しているとおり,被告人に300万円を渡したことを認める供述を再び始めた。
平成15年1月8日,贈賄の事実で弁録(弁解録取)を取った時,甲は,お金は渡していないと供述したので,平成14年12月28日に認めたのは何やったのかと追及し,何か違う点があるかと確認すると,甲はそんなことはないと言うので,このときは,年末にお話ししたとおり間違いないという内容で弁解録取を作成したはずである。このとき否認した理由は,後に聞いたところによると,L1市議に迷惑をかけたくなかったとの思いがあり,L1市議が逮捕されたら困るとして否認したようであった。なお,平成15年1月8日から11日の間にL1市議を逮捕している。
同月11日,甲が警察で(贈賄を)認める旨の供述をしているが,このときは,G1が認めていることもY1弁護士を通じて知っていたから,しゃべらないと仕方がないのかなということで認める供述になった。
同月22日,市役所において再現見分をしたが,甲は,数日前から否認をしていたものの,その再現見分の際に現場で見ていると,否認をしているはずの甲が再現を自分からしていたのでまた認めるのかなと思った。そして,その後呼んだ時は,きれいにもう認めると話をしており,調書もとったと思う。被告人の影響力があり,立場上,本当のことがしゃべれないのだろうと思った。
(ウ) V1刑事及び北検察官の証言内容の信用性
上記のとおり,甲の取調べにあたったV1刑事,北検察官は,いずれも,本件事案に関する供述内容についてのみならず,甲が供述を翻し,あるいは供述を逡巡する理由等についても言及し,甲自身が贈賄を認める供述をすることによって他の関係者に与える影響を懸念している様子や取調べを受けた際の心情などを交え,供述調書が作成されるに至った経緯や弁護人との対応状況等の事実経過を具体的にかつ詳細に証言していることからすると,両名の証言内容にはそろって説得力が認められ,両者は相互に符合していて,甲の一連の供述調書の作成経過を矛盾なく合理的に説明できることにも照らすと,その信用性はいずれも高いというべきである。
エ 捜査官の公判証言の信用性は高く,甲の捜査段階の供述の任意性を疑わせる事情は存在しないこと
甲は,捜査段階において,被告人へ300万円を渡したとして贈賄を認める供述とそれを否定する(後援会の入会申込書を渡したとする)内容との供述の変遷を繰り返しているが,上記のとおり,捜査官らは,時には厳しく追及することもあったなどと証言する一方,甲の取調べ時間は長くなっていたからその体調を気遣うなどしていたのはもちろん,白紙の調書に署名等を求めたことなどはないし,G1やS1らの身柄拘束を引き合いに出して供述を求めたこともないなど,甲が説明する自白調書の任意性を疑わせる事情をいずれも明確に否定している上,甲が贈賄容疑で逮捕された平成15年1月6日までは,甲の身柄拘束の基礎となっていた他の被疑事実を中心に取調べを進めていることからすると,別件逮捕とのそしりを受けるような事情も認められず,そのような段階で,捜査官が無理な取調べ手法を用いてまで甲から贈賄に関する自白を獲得しなければならないような切迫した事情があったとも考えられず,甲の前記説明はこれらの観点からも信用性が低く,反面,北検察官らが証言するとおり,本件捜査当時における,e1の将来やお世話になったL1市議らに対する思いなどから度々否認に転じたなどという供述が変遷したことについて首肯しうる具体的な理由が存するのであるから,甲の捜査段階の自白が任意に
2006-04-03T16:44:13+09:00
1144050253
-
H18. 3. 1 甲府地方裁判所 平成16年(ワ)第490号 交通事故による損害賠償請求
https://w.atwiki.jp/hanrei/pages/414.html
交通事故により重い後遺障害が残った高齢者とその子からの加害者に対する損害賠償請求が認容された事例。
判 決
主 文
1 被告は
(1) 原告Aに対し2060万円
(2) 原告Bと原告Cに対しそれぞれ55万円
と各金員に対する平成13年11月17日から支払いずみまで年5%の割合による金員を支払え。
2 原告らのそのほかの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は55%を原告らの45%を被告の負担とする。
4 この判決は第1項にかぎり仮執行をすることができる。
事実および理由
第1 請求
被告は
(1) 原告Aに対し3729万1833円
(2) 原告Bと原告Cに対しそれぞれ550万円
と各金員に対する平成13年11月17日から支払いずみまで年5%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 基本的事実関係(当事者間に争いがないか,【】内の証拠等により認める)
(1) 交通事故の発生
原告A(昭和4年7月生まれの男性)は下記の交通事故にあい,負傷した。
日 時 平成13年11月17日午前3時35分頃
場 所 山梨県山梨市万力89番地
事故概略 被告の運転する普通乗用自動車が原告Aの運転する自転車に衝突した。
(2) 被告の責任
被告には前方注視義務違反の過失があり,不法行為に基づき原告Aに生じた損害を賠償する義務を負う。
(3) 治療経過と後遺症
原告Aが受けた傷害は脳挫傷等であり,下記のとおり入通院をしてその治療を受けた。
平成13年11月17日~平成14年3月7日 加納岩総合病院に入院
平成14年3月8日~平成15年4月3日 春日居リハビリテーション病院に入通院
平成15年4月3日に症状が固定し,「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,常に介護を要するもの」に該当するとして自賠責後遺障害等級第1級第3号適用とされている。
(4) 後見開始【甲10,弁論の全趣旨】
原告Aは平成17年10月21日に甲府家庭裁判所で後見開始の審判を受け,Dがその成年後見人に選任された。この審判は同年11月5日確定した。
(5) 既払金
原告Aに対しては,本件交通事故による損害の填補として,自賠責保険金を含め合計3939万3932円がこれまでに支払われている。
(6) 親子関係【甲5の1・2】
原告Bと原告Cは原告Aの子である。
2 争点
(1) 過失相殺(事故態様)
【被告の主張】
事故態様は,被告運転自動車が原告A運転自転車を追い抜く際に,左サイドミラーと左フロントフェンダーが自転車のハンドル右側に接触したというものであり,被告は10%の過失相殺を主張する。
【原告らの主張】
事故態様は,被告運転自動車が原告A運転自転車に追突したというものであり,過失相殺をすることはできない。
(2) 損害額
【原告らの主張】
ア 原告Aの損害
原告Aの損害は以下のとおりである。
(ア) 傷害による損害 1961万8483円
a 治療費 1005万1832円
b 入通院雑費 75万4500円
c 休業損害 564万2151円
d 傷害慰謝料 317万円
(イ) 後遺症による損害 5376万7282円
a 介護料 498万3600円
b 後遺症逸失利益 2078万3682円
c 後遺症慰謝料 2800万円
(ウ) 弁護士費用 330万円
イ 原告Bと原告Cの損害
原告Bと原告Cの損害は以下のとおりである。
(ア) 固有の慰謝料 各自500万円
原告Aが生死の境をさまよい,最終的には自賠責等級第1級の後遺症を負ったことにより,原告Bと原告Cは父親の死亡にも比肩すべき精神的苦痛を被った。その固有の慰謝料は各自500万円である。
(イ) 弁護士費用 各自50万円
ウ まとめ
被告に対し,
(ア) 原告Aは3729万1833円
19,618,483+53,767,282-39,393,932+3,300,000=37,291,833
(イ) 原告Bと原告Cは各自550万円
と各金員に対する事故日である平成13年11月17日から支払いずみまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第3 争点に対する判断
1 過失相殺(争点(1))について
交通事故証明書(甲1)の事故類型欄には車両相互の「追突」のところに○がついており,事故時の状態欄には,原告A,被告双方とも「運転」のところに○がついている。この証明書からは,被告運転自動車が原告A運転自転車に追突したことが読み取れる。追突の場合,過失相殺をしないのが原則である。
保険会社が原告代理人弁護士に宛てた書面(甲7)には「リサーチの原因調査結果を踏まえ,自転車の『蛇行運転』及び『左側に寄らない走行』としてA様の過失を10%とさせていただきました。(なお,同原因調査報告では過失30%とされております。)」との記載があるが,ここに引用されている「調査結果」ないし「調査報告」は証拠として提出されておらず,ほかにこの記載を裏づける証拠もいっさい存在しない。
また,事故の時間帯が午前3時台の真夜中であること,原告Aの負った傷害が脳挫傷等であり,衝突により相当大きな衝撃を受けたと認められることからすると,被告運転自動車の事故時の速度は相当大きなものであったことが推測できる。一方,原告Aは当時72歳と高齢であった。
以上の点を総合的に考慮し,本件において過失相殺をするのは妥当でないと判断する。
2 損害額(争点(2))について
(1) 原告Aの損害
ア 傷害による損害 1645万6879円
(ア) 治療費 1005万1832円
当事者間に争いがなく,金額も妥当である(甲7)。
(イ) 入院雑費 75万4500円
原告Aは,治療期間中,いったん退院して特別養護老人ホームに入所していたことがあるが,実質的にはこの期間も入院と同視できるから,入院日数は事故日から症状固定日までの503日とすべきである(甲7,10)。入院雑費は1日につき1500円とすべきであるから合計75万4500円である。
503×1,500=754,500
(ウ) 休業損害 248万0547円
基礎収入を算定するにあたり参考となる事情は次のとおりである(かっこ内に掲げる証拠のほか,原告A法定代理人Dの尋問結果と弁論の全趣旨により認める)。
a 原告Aは事故当時ひとり暮らしであり,年金を受給していたほか,農業をして生計を立てていた。年金収入は年間46万円ほどである。
b 原告Aは事故の10年ほど前に脳梗塞を発症していたが,その程度はそれほど重いものではなく(甲2),生活は自立しており,農業をすることもできた。
c 原告Aには母親がおり,原告Aがひとりでその面倒をみていたが,事故の2年ほど前からは施設で生活するようになった。この母親の生活のための費用は多いときで1か月10万円程度であり,母親自身の年金(原告Aと同程度の金額)で足りないときは原告Aも援助をしていた。
d 原告Aの所有する農地は全部で1500坪ほどあり(甲6),原告Aはここでひとりで桃とブドウを栽培していた。売上げは年間で100万円程度,経費率は50%程度と推測される。もっとも,山梨市長の発行した所得証明書によれば,原告Aの平成12年中の所得は9万9560円である(乙1)。
e 原告Aは,農繁期には近所の農家の手伝いをしたり,農閑期には土建屋の土木作業員をするなどして,日銭を稼いでいた。いずれも日当1万円程度であったが,年間にどの程度働いていたのかは不明である。
以上の事実に基づき基礎収入について判断する。まず,原告Aの稼働状況を前提にすると,所得証明書の数字が現実の原告Aの収入を反映しているとはとうてい考えられないから,これにしたがうことはできない。一方で,賃金センサス平成13年第1巻第1表男性労働者学歴計・65歳以上の平均年収額は409万4500円だが,上記の事実によれば,原告Aの実際の収入はこれよりはるかに低いものだったと推測される。そこで,上記の事実や賃金センサスの数字を総合的に勘案して,原告Aの事故当時の年収額は多くても180万円を超えるものではなかったと判断し,この金額を基礎収入とする。
事故から症状固定までの日数は503日だから,休業損害は以下の計算式により248万0547円である。
1,800,000÷365×503≒2,480,547
(エ) 傷害慰謝料 317万円
事故態様,傷害の部位,程度,入院日数を基礎に,原告らの主張をも勘案して,傷害慰謝料は317万円とする。
イ 後遺症による損害 4168万4800円
a 介護料 498万3600円
介護料は年間60万円である(甲7)。症状固定時73歳で,平均余命は11年であるから,11年のライプニッツ係数8.306をかけると,合計額は498万3600円である。
600,000×8.306=4,983,600
b 後遺症逸失利益 870万1200円
休業損害の算定のところで検討したところにしたがい,基礎収入は年間180万円とする。
後遺症の自賠責等級は第1級だから労働能力喪失率は100%である。
事故時72歳,症状固定時73歳であり,73歳から6年間就労可能とする。7年(73+6-72)のライプニッツ係数は5.786,1年(73-72)のライプニッツ係数は0.952である。
これらの条件を前提にすると,後遺症逸失利益(事故時の現価)は以下の計算式により870万1200円となる。
1,800,000×1×(5.786-0.952)=8,701,200
c 後遺症慰謝料 2800万円
事故態様,後遺症の部位,程度(自賠責等級第1級)などの事情を総合的に勘案し,後遺症慰謝料は2800万円とする。
ウ 損害の填補 ▲3939万3932円
エ 弁護士費用 185万2253円
損害填補後の損害残額が1874万7747円であるので,その約10%にあたる185万2253円を弁護士費用とする。
(16,456,879+41,684,800)-39,393,932=18,747,747
オ 請求認容額 2060万円
18,747,747+1,852,253=20,600,000
(2) 原告Bと原告Cの損害
ア 固有の慰謝料 各自50万円
原告Bと原告Cは原告Aの子であるから,原告Aが重傷を負い自賠責等級第1級の重度の後遺症が残ったことからすると,父親の死亡した場合に比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を被ったものとしてその固有の慰謝料の発生を肯定することができる。
その金額は,
a 上記に認定したとおり,原告Bも原告Cも原告Aからは自立し,原告Aとはまったく別々の生活を送っていたこと
b 原告Aのいとこで現在原告Aの成年後見人となっているDは事故前から原告Aと行き来があったが,そのDは,以前から原告Bとも原告Cとも音信不通であったと述べており,原告Bも原告Cも原告Aとの間に行き来はなかったことがうかがわれること
c Dは,事故後においても,原告Bと原告Cが原告Aを見舞っているのを見たことはないし,事故についてふたりと話をしたことすらないと述べていること
などの事情を総合的に勘案し,各自50万円とする。
イ 弁護士費用 各自5万円
慰謝料の金額が50万円であることに基づき,弁護士費用は5万円とする。
ウ 請求認容額 各自55万円
3 結論
被告に対し,不法行為に基づき,
ア 原告Aは2060万円
イ 原告Bと原告Cは各自55万円
と各金員に対する事故日である平成13年11月17日から支払いずみまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払いを求めることができる。原告らの請求はこの限度で理由がある。
甲府地方裁判所民事部
裁判官 倉 地 康 弘
2006-04-03T16:41:47+09:00
1144050107
-
H18. 3. 3 甲府地方裁判所 平成16年(ワ)第250号,第253号 建物収去土地明渡請求,所有権移転登記手続請求
https://w.atwiki.jp/hanrei/pages/413.html
取得時効の成立による土地の取得が認められた事例
判 決
主 文
1 被告は原告に対し別紙物件目録3記載の土地を明け渡せ。
2 原告のそのほかの請求を棄却する。
3 原告は被告に対し別紙物件目録1記載の土地について昭和34年10月31日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
4 訴訟費用は甲・乙両事件を通じ全部原告の負担とする。
事実および理由
第1 請求
1 甲事件
ア 被告は原告に対し別紙物件目録4記載の建物を収去して同目録1記載の土地を明け渡せ。
イ 被告は原告に対し平成16年4月29日から上記アの明渡しずみまで1か月3000円の割合による金員を支払え。
ウ 主文第1項と同じ。
2 乙事件
主文第3項と同じ。
第2 事案の概要
1 争いのない事実
(1) 原告はX宗X寺派の大本山であり,昭和27年12月8日に設立登記がされた宗教法人である。
(2) 別紙物件目録1記載の土地は登記簿上原告の所有であり,同目録2記載の土地は登記簿上被告の所有である。
※ 以下,別紙物件目録記載の土地は目録の番号にしたがい「本件土地1」などといい,同目録4記載の建物は「本件建物」という。
本件土地1と本件土地2は隣接しており,その所有関係に争いはないが,各土地の位置・範囲には争いがあり,したがってその境界にも争いがある。すなわち,原告は,別紙図面1のYF47,YF48,A.1,A.6,YF49,YF52,YF51,YF50,YF47の各点を順に結んだ直線で囲まれた部分が本件土地1であると主張し,本件土地1と本件土地2の境界は同図面のYF49,YF52の2点を結んだ直線であると主張するのに対し,被告は,本件土地1と本件土地2の境界はもっと北方(同図面でいえば右方)にあると主張している(詳細は後記争点(1)の被告主張欄を参照)。
※ 別紙図面1と別紙図面3の各地点の対応関係は次のとおりであり,別紙図面3に表示された座標により特定される。
【別紙図面1】 【別紙図面3】
YF47 = A3
YF48 = A4
YF49 = A28
YF52 = A31
YF51 = A30
YF50 = A29
※ 以下,原告の主張する本件土地1の範囲(別紙図面1のYF47,YF48,A.1,A.6,YF49,YF52,YF51,YF50,YF47の各点を順に結んだ直線で囲まれた部分)を「本件土地1〈X〉」という。なお,被告は,後述するとおり,本件土地1と本件土地2の境界は明確に主張するものの,被告の立場によれば本件土地1あるいは本件土地2の範囲が図面上どのように表示されるのかを明確に主張していない。
被告は,平成16年4月29日の時点において,本件土地1〈X〉の上に本件建物を所有してこれを占有している。
(3) 本件土地3は原告の所有であり,その位置関係にも争いがない。被告は本件土地3を庭として占有している。
(4) 原告は,平成16年4月27日付けの内容証明郵便で,被告に対し,本件建物を収去して本件土地1を明け渡すことを請求し,この書面は翌28日に被告に到達した。被告は,同年5月25日付けの内容証明郵便で,原告に対し,本件土地1につき取得時効を援用するとの意思表示をし,この書面はその頃原告に到達した。
2 各当事者の請求内容
(1) 原告(甲事件)
ア 原告は,被告が本件土地1(=本件土地1〈X〉)上に権原なく本件建物を所有していると主張して,被告に対し,所有権に基づき建物収去土地明渡しを請求するとともに,所有権侵害の不法行為に基づき平成16年4月29日以降明渡しずみまで賃料相当損害金として月額3000円を請求する。
イ 原告は,被告が本件土地3を権原なく占有していると主張して,所有権に基づき土地明渡しを請求する。
(2) 被告(乙事件)
被告は,昭和34年10月31日から20年の経過により本件土地1(の全部または一部)の取得時効が成立すると主張して,原告に対し,所有権に基づき同日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をすることを請求する。
3 争点
(1) 本件土地1の範囲
【原告の主張】
本件土地1の範囲は,登記所に備え付けられた地図(不動産登記法14条1項の地図。以下「14条1項地図」という)に表示されたとおりであり,本件土地1〈X〉がこれである。
【被告の主張】
本件土地1の範囲は14条1項地図の表示とは一致しない。本件土地1と本件土地2の境界は14条1項地図の表示よりも北側にある。すなわち被告はこの境界について次のように主張する。
第1次的には,別紙図面2,3のA,Dの2点を結んだ直線が境界であると主張する。
第2次的には,別紙図面2,3のB,Eの2点を結んだ直線が境界であると主張する。
第3次的には,別紙図面2,3のC,Fの2点を結んだ直線が境界であると主張する。
いずれの場合も,この境界よりも南側は本件土地2であり,本件土地1ではない。
(2) 被告の占有開始時期
【被告の主張】
被告の義父Mは,昭和34年6月4日,本件土地1〈X〉の所有者と称するNから本件土地1〈X〉を代金5000円で買い,同年10月,この上に本件建物を建築した。おそくとも同年10月31日以降Mは本件土地1〈X〉を占有している。
Mは,同年12月頃,本件土地1〈X〉と本件建物を被告に贈与した。被告はそのとき以来ここを自宅としている。
なお,被告は,Mにも被告にも,占有開始にあたり,占有土地(=本件土地1〈X〉)の全部または一部が原告所有であることを知らなかったことにつき過失があったことは争わない。被告は本件土地1〈X〉を本件土地2と考えて占有していたのである。
【原告の主張】
Mが買ったのは本件土地2であり,本件土地1ではない。
本件建物をMが建てたことも認められない。本件建物は,登記簿上は昭和58年11月10日増築となっているが,実際にはこのとき被告が新築したのである。その際,被告は,従前の建物の位置とは異なる位置にこれを建て,本件土地1〈X〉が原告の所有であることを知りながら,あるいは過失によりこれを知らないで,本件土地1〈X〉の占有を開始した。
(3) 承認あるいは時効援用権の喪失
【原告の主張】
被告は,平成9年5月頃,原告の代表役員に対し,本件土地1〈X〉が原告の所有でありこれを被告が占有していることを認め,その占有を中止することを確約するとともに,本件土地1の購入を申し出た。
被告の占有開始時期が昭和58年11月10日であるとすると,被告は時効期間(20年)経過前に本件土地1〈X〉が原告所有であることを承認しており,時効は中断している。
被告の占有開始時期が被告主張のとおり昭和34年10月31日であるとしても,被告は,時効期間(20年)経過後,本件土地1〈X〉が原告の所有であることを認めたのであり,これは時効の利益の放棄または時効援用権の喪失にあたる。
【被告の主張】
被告が平成9年5月頃原告の代表役員と面談したのは事実であるが,それ以外の原告主張事実は否認する。被告は,すでにMが本件土地1〈X〉の代金を支払っているとの認識があったものの,登記簿の所有名義が被告に移っていないことから,この不都合を解消するための解決金の金額を提示したにすぎない。
(4) 本件土地1の相当賃料額
【原告の主張】
平成16年4月29日以降の本件土地1の相当賃料額は月額3000円を下らない。
第3 当裁判所の判断
1 本件土地3の明渡請求について
本件土地3を原告が所有し被告が占有していることは当事者間に争いがない。被告は占有権原を主張しない。原告の被告に対する本件土地3の明渡請求には理由がある。
2 争点(1)(本件土地1の範囲)について
(1) 認定事実
証拠(【】内に掲げるもの)により以下の事実を認める。
ア △△市は,昭和62年,本件土地1~3とその周辺の土地について,国土調査法に基づく地籍調査を実施した。原告も被告も,この地籍調査に協力し,立会いをしており,その成果に対しても異議を申し出ていない。【甲15,16の1~6,調査嘱託の結果】
イ 地籍調査の成果物である地籍図は,平成元年,14条1項地図(当時の不動産登記法でいうと17条地図)として登記所に備え付けられた【甲1,2,7,乙1,5,9の1・2】。この地図を現況に重ねあわせて作成されたのが別紙図面1である【甲6,13】。すなわち,地籍調査の結果によれば,本件土地1の範囲は本件土地1〈X〉と一致する。
ウ 地籍調査の結果に基づき,平成元年3月,本件土地1と本件土地2の登記簿上の表示には次のような変更が加えられた。
(ア) 本件土地1【甲1,2,16の2・3,乙1】
本件土地1は,それまでは広大な地番2247番1の土地の一部であったが,ここから分筆されて1筆の土地となった。その登記簿上の地積は235.64㎡とされた。
(イ) 本件土地2【甲7,16の4,乙5】
本件土地2の登記簿上の地積は,それまでは62.00㎡であったが,116.58㎡へと増加した。
エ 本件土地1~3周辺の旧公図【乙7】と地籍図(=14条1項地図=別紙図面1)【甲6,乙9の2】を比較してみると,次のことがいえる。まず,本件土地1は,旧公図上に記載がなく,その形状も旧公図からはわからない(地籍調査ののちに本件土地1が分筆されたのだから当然のことである)。本件土地2とその南側に連なる2筆の土地(地番2247番230,2247番32)は,旧公図上も3筆隣接して記載されている。その形状を見ると,地番2247番230,2247番32の各土地は,旧公図上の形状と地籍図上の形状が似かよっている。本件土地2は,旧公図上では比較的正方形に近いのに,地籍図上では長方形に近くなっているという違いがみられる。
(2) 判断
原告の主張する本件土地1の範囲(=本件土地〈X〉)は地籍調査の結果と一致する。地籍調査とは,毎筆の土地について,その所有者,地番および地目の調査ならびに境界および地積に関する測量を行い,その結果を地図および簿冊に作成することをいう。その結果作成された地籍図の境界がつねに正しい境界であるということはできないが,その調査は関係者の立会いを求めて行われるものであり,地籍図の境界に一定の信用性は認められる。ましてや,本件では,地籍調査の結果に対して原告も被告も異議を述べていないのだから,地籍図の境界が正しいとする原告の主張をいちがいに否定することはできない。また,旧公図と地籍図を比較すると,地番2247番230,2247番32の各土地の形状が似かよっているという特徴があるから,地籍
図は旧公図の境界を反映しているといえる。本件土地2の形状が,旧公図では比較的正方形に近いのに,地籍図では長方形に近いことは,被告にとって有利な事情にこそなれ,不利な事情にはならないと考える。これらの点も原告の主張を補強する。
一方,被告は,旧公図が現地復元性のある(すなわち縮尺が正確な)図面であることを前提として,本件土地1と本件土地2の境界について3種類の境界(第1次的には,別紙図面2,3のA,Dの2点を結んだ直線,第2次的には,同図面のB,Eの2点を結んだ直線,第3次的には,同図面のC,Fの2点を結んだ直線)を主張する。しかし,旧公図が,土地の配列や境界の形状などの定性的な面では比較的信用できるものの,距離,面積などの定量的な面では信用性が低い(精度が低い)ことは公知の事実であり,本件土地1が旧公図に記載されていないことをも考えあわせれば,旧公図が現地復元性のある図面であることを前提とする被告の主張には無理があるといわざるをえない。被告自身,このように3種類もの境界を主張せざるをえないこと,
本件土地1ないし本件土地2の範囲を明確に図面上に表示した主張をすることができないことは,これを如実にものがたっている。
以上の検討に基づき,当裁判所は原告の主張を採用する。したがって,本件土地1の範囲は原告の主張するとおり本件土地1〈X〉と一致すると判断する。以下においては,これを前提として,すなわち本件土地1=本件土地1〈X〉であるものとして論を進める。
3 争点(2)(占有開始時期)について
(1) 認定事実
証拠(【】内に掲げるものと乙16,証人O,被告)により以下の事実を認める。
ア 被告の妻の父であるMは,昭和34年6月4日,本件土地1の北側部分をNから代金5000円で買った。その正確な範囲は不明だが,売買の当事者間では面積20坪とされている。また,土地の表示は地番2247番34とされており,Mはこれを本件土地2の一部と認識して買ったのであった。Mは,同年10月までにこの土地の上に建物を建築し,12月頃被告に贈与した。被告はそれ以来ここを自宅としている。【甲3,11,14,乙2,3,10,12ないし14,15の1・2,17,18】
イ 被告の妻のおじであるLは,昭和42年5月20日,本件土地1の南側部分をKから代金3万円で買った。その正確な範囲は不明だが,売買の当事者間では面積9歩(=坪)とされている。また,土地の表示はここでも地番2247番34とされており,Lはこれを本件土地2の一部と認識して買ったのであった。Lはこれをその頃被告に贈与した。【乙4,5】
ウ 被告はこのようにして本件土地1全体を自宅とし,ただしこれを本件土地2と考えてここに住んでいたのであるが,のちになって本件土地2の登記簿上の所有名義が被告に移転していないことに気づき,所有権移転登記手続を司法書士に依頼した。司法書士は,本件土地2につき,昭和34年8月10日時効取得を原因とする被告への所有権移転登記を申請し,昭和55年2月18日付けでその登記がされた。【乙5】
エ 被告は,昭和58年,自宅の大規模な増築を計画し,建築確認を経たうえ,同年11月に工事を完了した。そして,それまで未登記であった自宅建物(=本件建物)につき,表示登記を申請し,同年12月6日付けで被告名義の所有権保存登記も了した。なお,これらの手続の過程において,本件建物は本件土地2の上にあるものとして処理されている。【甲3,乙3,10,12ないし14,15の1・2】
(2) 判断
上記の事実によれば,被告は,昭和34年12月頃以降,本件土地1を本件土地2と認識して,ここを自宅として住み続けているということができる。Mが昭和34年6月に北側部分を取得し,Lが昭和42年5月に南側部分を取得したという経緯からすると,南側部分の占有を開始したのは昭和42年5月以降であると考えられなくもない。被告の供述からも,すくなくとも昭和58年の大増築以前は,自宅建物が建っていたのは北側部分だけであったと認められる。しかし,昭和58年当時の写真から読みとれる本件土地1全体の使用状況や,本件土地2の被告への所有権移転登記の原因が昭和34年8月10日とされていることを考えあわせると,南側部分についても,Mが昭和34年10月時点で占有を始め,これを被告が承継したと認めても不都合
はないと考えることができるので,結局本件土地1全体について占有開始時期はおそくとも昭和34年10月31日であると判断する。
4 争点(3)(承認等)について
被告は,占有開始にあたり過失があったことを自認しているので,取得時効期間は20年である。したがって昭和54年10月31日の経過により取得時効が完成している。それまでの間に時効中断事由は存在しない。ただし,原告は,時効完成後の平成9年5月頃に被告が原告の権利を認めたとしているので,これが時効利益の放棄あるいは信義則上被告の時効援用権を喪失させる事情となるかどうかが問題となる。
(1) 認定事実
証拠(【】内に掲げるものと乙16,証人O,被告)により以下の事実を認める。
ア 原告の代表役員(管長)であるPは,昭和62年の地籍調査のあとにその地位についた。P管長は,平成7年頃以降,被告が本件土地1の上に自宅を建てているのではないかと疑うようになり,平成9年になって,その調査をO司法書士(当時は市議会議員でもあった)ほかに依頼した。【甲8ないし10,16の1~3】
イ 同年5月頃,この問題をめぐって関係者が協議することとなり,△△市役所に,P管長,被告,O司法書士等が集まった。協議ののちには,全員で現場を確認することとし,被告の自宅へ赴いた。O司法書士はしばらくのちにもう一度△△市役所で被告と会って話をしたが,協議は物別れに終わり,以後平成16年まで原告と被告の間で交渉はもたれなかった。【甲8ないし10】
ウ この協議の際に,本件土地1が原告の所有であることを被告が自認して署名あるいは押印した文書が作成されることはなかった。その後もそのような趣旨の文書は作成されていない。
(2) 判断
O司法書士は,陳述書のなかで,平成9年5月頃にもたれた協議についておおむね次のように述べている(甲9)。
被告に対し,本件土地1が本件土地2の面積の2倍もあることを指摘し,(本件土地1が)原告の所有する土地であることを認識してその土地上に本件建物を建築したのか,と尋ねた。すると被告は,隣人のQが本件土地2を占有しているために,本件土地1が原告の所有する土地であることを認識しながら本件建物を建築したことを認めて謝罪するとともに,本件土地1を買い取りたいと申し出た。
そして,証人尋問においても,主尋問に対しては同様の証言をした。
ところが,反対尋問に対するOの証言は次のとおりであった。
「まず,Yさん(注・被告)が,今住んでいる建物が自分の土地の上にないというふうに認めたんですか。
2247番238に建っているということを認めたということです。
そういうことは認めたということであると,確認しますと,自分の建物は自分の土地ではないところに建っている,ということは認めましたか。そういうことは言ってましたか。
はい。
自分の土地でないところに建てた,と言っていましたか。
いや,建てたとは,そこまでは。
自分の土地でないところに建たっているとも言ってませんね。
建たっているとは認めました。公図があるんだから。
地籍調査の結果の17条地図の図面上は,Yさんの建物が2247-238に建っているということを認めたんじゃないですか。
そうです。
図面上はそうだということは認めましたね。
ええ。
ここが他人の土地だというとは認めましたか。
他人の土地ですもの。
2247-238というのは,公簿上,他人の土地になっているということは認めたんじゃないですか。
そうです。
だから,人の土地だと思っていて,そこに家を建てたと言ってましたか。
・・・そのへん,ちょっと記憶が・・・。
確かに,2247-238という土地上にYさんの建物が建っているということは,図面上そうなっているということは認めたことはいいですね。
(うなずく)
でも,他人の土地ということが分かっていて,そこに家を建てて,そこに住んでいたということは認めましたか。
そのへん,記憶は定かでありません。
もう一点,こういうことは言ってましたか。隣のQさんが2247-34を使っちゃっているから,2247-238のほうを使っているんだ,ということを言ってましたか。
それは聞いた覚えはありません。
(甲9を示しながら)『すると,Y氏は,隣人であるQ氏が2247番34を占有しているために,2247番238がX寺の所有する土地であることを認識しながら本件建物を建築したことを認めて謝罪するとともに』というふうに言っているんですが,これは違いますね。
はい」
さらに,これに引き続く再主尋問に対しても次のように証言している。
「もう一度確認なんですけれど,平成9年5月の協議のやり取りをお尋ねします。この席で,管長さんが,Yさんに対して,X寺の土地と承知して建物を建てたか,と尋ねたことは記憶にないですか。
・・・ちょと記憶があいまいです。承知して,というところが。
平成9年5月の協議の際に,YさんがX寺の土地上に建物を建てたことは認めていたんですか。
はい,それは認めました。
この協議のとき,もしくは協議のあとでもいいんですけれど,なぜ,X寺の土地に建物を建てたか,ということを尋ねたことはありませんか。
私がですか。
O先生,もしくは管長が。
なぜ建てたか・・・,そういうあれはちょっと記憶がないです。なぜ建てたかという質問は。
そういう記憶はないですか。
ちょっと記憶がないです」
裁判官の補充尋問に対しては次のとおり証言した。
「現地を確認したところ,17条地図でいうと,この問題の土地の上にYさんの家がありますよ,という話をしたわけですか。
はい。
そのときのYさんの対応なんですけれど,今となっては,詳しいことはあまり覚えてないですか。
そうですね。
先ほど,主尋問でおっしゃられたようなやり取りはあった。
はい。
だけれども,具体的にはっきり,どういう形で答えたかは,あまり覚えてないですか。
そうですね。238に建物が建っているということは認めたけれど,悪意で,承知して建った,と言ったかどうか,そのへんはちょっと確かでございません」
Oは司法書士であり,一般の人よりも法律問題にくわしい人物であるから,被告が原告の所有権を認めたかどうかといった問題に関するOの証言には重みがあるというべきである。しかし,上記のように,Oは,主尋問においては原告の主張にそった証言をしたけれども,反対尋問においては,その証言がたしかな記憶に基づくものではないことを告白し,みずから作成した陳述書の内容が誤りであるとまで述べたのである。Oの証言全体を検討すると,平成9年5月頃の協議の際,図面上本件土地1とされるところに本件建物が建っていることを被告が認めたとの事実はこの証言により認定することができるが,それを超えて,本件建物の敷地が原告の所有であることを被告が認めたとの事実までは認定できないというほかない。被告が時効の利益を放棄し
たとの事実はもちろん認定できない。
一方,被告は,本人尋問において,平成9年5月頃の協議の際,原告に対して一定の金額を支払って和解をしたいという申し入れをしたのは事実であると述べたものの,本件建物の敷地が原告の所有であることを認めたか,という趣旨の質問に対しては,否定的な供述あるいはおぼえていないという供述に終始した。記憶がないことを強調する被告の態度はやや不審であるといえなくもない。しかし,被告が現在78歳と高齢であること,訴訟にまでなっていることを考えると,被告がかたくなな態度をとること自体はおかしなことではない。すでに認定したとおり,被告は,本件土地1を本件土地2と認識してずっとここに住んできたのであり,この経緯からしても,平成9年になって原告から権利主張があったからといってこれを被告が素直に受け入れた
とは考えがたいから,被告の供述を不自然ということはできない。
以上の検討によると,平成9年5月頃の原告と被告との協議において,本件訴訟と同様の主張を原告がしたこと,それを受けて被告との間でやりとりが行われ,被告が金銭支払いによる解決を申し出たことはたしかに認められる。しかし,訴訟の場においてもみられることだが,取得時効が成立すると考えられるような事例でも,時効を主張する者がもとの所有者に対して解決金を支払って和解をすることはよくあることであり,金銭の支払いを申し出たことのみをもって被告が原告の権利を承認したということはできない。被告が原告の権利を無条件に承認する発言をしたとの事実も,時効の利益を放棄したとの事実も,Oの証言によっては認定できないことはすでに説明したとおりである。したがって,平成9年5月頃の協議の際,被告が時効の利益を放
棄したとはいえないし,取得時効を援用することが被告の原告に対する信義に反するような事情も存在しないということになる。争点(3)に関する原告の主張には理由がないから,被告は時効の援用により本件土地1の所有権を取得したということができる。
(3) 原告の口頭弁論再開の申立てについて
原告は,平成18年2月28日,本件訴訟の口頭弁論再開の申立てをした。その理由は,Oのほかに平成9年5月頃の面談に立ち会っていたR(当時市議会議員であったという人物)の証人尋問をして,被告が原告の権利を認めたとの事実を証明したいということである。
手続的な面からいうと,原告は従来人証としてOのみを申し出ていた。原告はOの証言が最良の証拠であるとしていたのであり,これを前提として人証調べが行われ,口頭弁論終結となったのである。いまになってOの証言を補強するためにRの証言が必要であるとしてその尋問を求めるのは,著しく時機に遅れた証拠の申出といわざるをえないし,被告に対する訴訟上の信義にも反する。
次に,原告はRの陳述書もすでに証拠として提出しているが(甲10),その内容をみるとOの陳述書(甲9)と判で押したように同じである。このことと,Oの証言内容を考えあわせると,いずれの陳述書も同一人物の作文であることが強く疑われ,その信用性にはおおいに疑問があるといわざるをえない。しかも,すでに述べたとおり,司法書士であるOの証言には重みがあると考えるべきであり,そのOがあいまいな証言しかできないのに,Rがこれを超えて原告に有利な証言をすることができるとは考えられない。したがってRの証人尋問をする必要性も低い。
以上の検討の結果,当裁判所は,口頭弁論を再開せずに予定どおり判決を言い渡すこととした。
5 結論
(1) 甲事件
本件土地1は被告が時効取得しているから,所有権に基づく建物収去明渡しと所有権侵害の不法行為に基づく賃料相当損害金の支払いを求める原告の請求はいずれも理由がない。
本件土地3の明渡しを求める原告の請求は正当である。原告は仮執行宣言を申し立てているが,本件は,本来,本件土地1と本件土地3の問題をあわせて話しあいによって解決するのが妥当な事案であることを考慮し,仮執行宣言はしない。
(2) 乙事件
被告は昭和34年10月31日以降20年間の占有により本件土地1を時効取得した。よって被告の原告に対する同日時効取得を原因とする所有権移転登記手続請求は正当である。
甲府地方裁判所民事部
裁判官 倉 地 康 弘
(別紙)物件目録(省略)
2006-04-03T16:40:23+09:00
1144050023
-
H18. 3. 6 東京地方裁判所 平成15年(ワ)第17379号 損害賠償請求事件
https://w.atwiki.jp/hanrei/pages/412.html
気管カニューレを装着した患者について,医師らに,痰による気道閉塞及び呼吸困難を防止すべき注意義務を怠った過失を認めた事例
平成18年3月6日判決言渡 平成15年(ワ)第17379号 損害賠償請求事件
判 決
主 文
1 被告は,原告Aに対し,5774万3296円及びこれに対する平成14年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告B及び原告Cに対し,それぞれ440万円及びこれに対する平成14年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用はこれを2分し,その1を原告らの,その余を被告の負担とする。
5 この判決は,1項及び2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告Aに対し,1億2019万5395円及びこれに対する平成14年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告B及び原告Cに対し,それぞれ550万円及びこれに対する平成14年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告A(昭和19年○月○日生。)が被告の経営する亀有中央病院(以下「被告病院」という。)において入院加療中,同人に装着した気管カニューレ(気管切開術後,開窓された部位から気管内に挿入されるパイプ状の医療器具)が痰によって閉塞したことにより窒息して低酸素脳症に陥り,その結果,植物状態になった(以下「本件事故」という。)などとして,原告A,同人の子である原告B及び原告Cが,被告に対して,原告Aは診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき,原告B及び原告Cは不法行為に基づき,それぞれ損害賠償及びこれに対する本件事故の発生した日である平成14年3月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提となる事実(証拠等の摘示のない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告Aは,現在,低酸素脳症による遷延性意識障害が後遺症として残っており,事理弁識能力を欠く常況にあるとして,平成15年4月2日,東京家庭裁判所の審判により後見が開始した(甲B1)。
イ 原告B及び原告Cは,原告Aの子である。原告Bは,上記後見開始申立事件において,同日,成年後見人に選任された(甲B1ないし3)。
ウ 被告は,被告病院を経営する医療法人である。
(2) 診療経過の概要
ア 大学病院における診療経過
原告Aは,平成元年ころ,くも膜下出血を発症し,クリッピング手術を受けた。また,平成12年12月ころ,交通事故による外傷性脳内出血と骨盤骨折のため,大学病院に入院したことがあった。(乙A6)
原告Aは,平成14年2月11日(以下,平成14年については月日のみを記載する。),自宅のトイレで倒れたため,救急車で大学病院に運ばれ,そのまま入院した。入院時の原告Aの症状は,意識障害と右片麻痺であり,同院医師は,左視床出血及び脳室内穿破と診断し,血圧コントロールによる保存的治療を開始した。(甲A1,乙A6)
原告Aは,大学病院に入院中,嘔吐や痰が多く,呼吸状態の悪化等が心配されたことなどから,気管内挿管による呼吸管理が行われた。さらに,同月19日,肺炎及び誤等の予防のため,気管切開術を受けた。なお,細菌培養検査の結果,原告Aの痰からMRSAが検出された。(乙A6)
その後,原告Aは,左視床出血及び肺炎等の症状が安定してきたため(乙A6),3月1日午前10時30分ころ,被告病院に転院した。
イ 被告病院における診療経過
原告Aの被告病院における診療経過は,別紙診療経過一覧表記載のとおりである。
原告Aの現在の遷延性意識障害は,3月6日,同人の気管カニューレに痰が詰まって気道が閉塞され,低酸素脳症となったことによる。
なお,別紙診療経過一覧表記載のとおり3月5日原告Aに発熱があったこと,血液の細菌培養検査においてグラム陰性桿菌が検出されたこと(この結果は,原告Aが大学病院に転院後の3月8日ころ判明した。)及び同月6日に行われた血液検査においてCRP値20.11,白血球数22000であったことに照らすと,原告Aは,3月5日ころには敗血症に罹患していたものと判断される。
ウ 現在の診療及び看護の状況
原告Aは,被告病院からの転院先であった大学病院を退院して,現在,D病院に入院して看護を受けている。
2 争点
本件の争点は,次の3点である。
(1) 呼吸管理に関する過失の有無(争点1)
(2) 救命救急処置に関する過失の有無(争点2)
(3) 損害額(争点3)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(呼吸管理に関する過失の有無)について
(原告らの主張)
以下の点にかんがみれば,被告病院の医師らは,原告Aに対し,その呼吸状態を綿密に観察するとともに,頻回な痰の吸引,気管カニューレの交換及びネブライザーによる噴霧処置を行い,これらの処置によっても痰の排出ができない場合には,気管支鏡を用いた吸引処置又は気管内洗浄による痰の排出を行い,痰による気道閉塞及び呼吸困難を防止する注意義務があったにもかかわらず,これを怠った点において,過失がある。
ア 気管内切開をした患者の痰の喀出能力
原告Aは,痰の量が多く,自力で痰を喀出することが困難であり,それがゆえに気管切開をした患者である。しかも,気管切開をした患者は,胸腔内圧を高められないため,勢いの強い痰の喀出運動ができない。したがって,原告Aの痰の排出は,医師や看護師にゆだねられていた。
イ 大学病院からの申し送り
原告Aが被告病院へ転院する際,大学病院から被告病院に対し,申し送り事項として,原告Aは,MRSA肺炎に罹患しており,最低1時間に1度は口腔,側管,気道からの吸引を行うべき旨の注意喚起がされていた。
ウ 被告病院における原告Aの状態
被告病院入院時の原告Aの以下の状態に照らせば,被告病院の医師らは,原告Aに対して厳格な呼吸管理をすべきであった。すなわち,① 原告Aは,右片麻痺があり自力で体位の変換ができず,左腕もベッドに拘束されていた。② 痰の量が多く,しかも,その性状は粘稠で,硬く,血性であった。③ 3月4日から発熱し,同月5日には体温が39度3分に達していた上,同月6日のCRP値及び白血球数は異常なほど高値であり,かつ,意識混濁状態にあったことに照らせば,原告Aは,当時,重篤な敗血症に陥っていた。④ 原告Aは,被告病院入院時からMRSA肺炎に罹患していたが,同月5日から6日にかけてこれが悪化し,痰は粘稠で吹き出すほどの量であり,気管カニューレも詰まり気味であった。⑤ その動脈血酸素飽和度(SpO2)は,同月4日には98%であったものが,翌5日には92%と低下しており,呼吸不全に近い状態であった。
エ 被告の主張に対する反論
本件気管カニューレ閉塞の原因が径1.0cm前後の肉芽組織に似た凝血塊によるという被告の主張には,何ら根拠はない。
仮に,その凝血塊が痰吸引用カテーテルの内径を超えるほど大きなものであったとしても,そのような痰の塊が気管内に生じていたならば,シューシューという高調性の気管支呼吸音が聴取されるとともに,ぜい鳴音及び呼気性の呼吸困難や異物感から咳がみられていたはずであるから,被告病院の医師及び看護師は,これに容易に気づくことができたはずである。
また,被告主張の凝血塊に対しては,カニューレの交換,表面活性剤や粘液溶解剤等の噴霧,気管支鏡の使用及び生理食塩水による気管内洗浄等の処置を行うことにより,その詰まりを避けることができた。
(被告の主張)
ア 被告病院における呼吸管理の十分性
被告病院の医師らは,頻回に原告Aの病室を訪問し,吸引を実施するとともに,聴診器による呼吸状態の聴取,胸郭の動きの程度の観察及び気管カニューレの交換を行っていた。
また,被告病院の医師らは,痰の排出を容易にするため,1日4回の頻度で定期的にネブライザーによる噴霧処置も実施した。この点について,看護記録に記載はないが,本件のように頻回に吸引を実施するような場合には,看護師らが実施したすべての処置を看護記録に記載するわけではない。
したがって,被告病院の医師らは,原告Aに対し,呼吸管理の処置を十分に行っていた。
イ 閉塞の原因となった痰の特殊性
本件において,原告Aの気道閉塞の原因となったのは,「径1.0cm前後の肉芽組織に似た凝血塊」のような大きな痰の塊であった。そして,この塊は,気管カニューレの交換又は痰の吸引処置の際にわずかに損傷された気管内壁から滲出した血液と気管内の分泌液が絡まって一体となり,時間の経過に伴って固まることにより有形化して形成されたものと考えられる。上記痰の塊が,このような特異な経緯で気管内に形成されるというようなことは,通常予想することはできない。
また,上記痰の塊は,痰吸引用カテーテルの内径(約3mm)を優に超える大きさであり,また,相当の硬さであったから,ネブライザーによる噴霧処置によって痰を柔らかくする効果は期待できないし,上記カテーテルを挿入して吸引処置を頻回に実施しても,これを排出することは不可能である。
ウ 原告ら主張に係る気管支鏡及び気管内洗浄の措置について
気管支鏡を用いた吸引処置は,胸部X線検査で無気肺と診断されるような場合において,気管支を閉塞する可能性のある癌や喀痰等を検索する際に,訓練を受けた医師のみがなし得るものである。本件において,原告Aに無気肺の診断はされていなかったのであるから,気管支鏡を用いた吸引処置を行うべきであるとはいえない。
また,気管内洗浄の処置は,その手技に通暁した医師により,手際よく実施することが要請されるものであって,そのような医師が在勤していない病院においては実施困難である。被告病院のようなレベルの病院において通常行われるべき処置とはいえない。
(2) 争点2(救命救急処置に関する過失の有無)について
(原告らの主張)
原告Aは,上記のとおり右片麻痺があり自力で体位の変換ができず,左腕もベッドに拘束されていたことから,自らナースコールをすることもできなかった。また,自力で痰を喀出できず,その呼吸状態及び全身状態が極めて悪かったのである。したがって,被告病院の医師らは,原告Aの状態を常時慎重に観察し,呼吸停止等が生じた場合は直ちに救命処置を行う注意義務があったにもかかわらず,これを怠った。
(被告の主張)
原告Aの急変を発見した経緯は以下のとおりであり,このような事実からすれば,被告病院の看護師及び医師らは,心拍モニターのアラームが鳴った後,原告Aに対し,直ちに救急蘇生術を開始したことは明らかであるから,被告病院の医師らに救命救急処置に関する注意義務違反はない。
ア 3月6日午前11時30分ころ,原告Aに装着した心拍モニターのアラームが鳴ったため,看護師がすぐに原告Aの病室を訪問したところ,原告Aは,呼吸が停止しているような状態で,チアノーゼを呈していた。そこで,同看護師は,同じフロアで回診していた医師のもとに急行し,原告Aの状態を報告した。
イ 同医師は,ナースステーションの心拍モニターで心拍数が20台に低下しているのを確認した上,原告Aの病室に行き,同人を診察し,呼吸停止であると判断した。そこで,看護師に対し,心拍モニターを病室に移動するように指示するとともに,アンビューバッグを気管カニューレに装着して強制呼吸を開始した。
ところが,アンビューバッグで空気を送ることはできたが,空気が戻ってこないことなどから,同医師は,原告Aの気道が痰で詰まったものと判断し,吸引カテーテルを挿入して看護師に吸引を行わせたところ,この吸引により中等量の粘稠性の痰が排出された。さらに,医師による心マッサージの実施中に,気管カニューレの体外部の口から「肉芽組織に似た凝血塊のような痰」が噴出した。
ウ 上記痰が排出されてからは換気も良好となり,人工呼吸器を装着して呼吸管理を行った。
(3) 争点3(損害)について
(原告らの主張)
ア 治療関係費
(ア) 平成15年4月30日までの治療関係費 133万0266円
原告Aは,本件事故の日である3月6日から平成15年4月30日までの間に治療関係費として289万5873円を支出した。他方,区から高額療養費として152万8567円の支給を受けた。また,平成14年8月分の治療関係費についても,身体障害者程度等級1級の認定を受けたことにより,3万7040円の還付を受けた。
したがって,原告Aが出捐した同期間の治療関係費は,合計133万0266円である。
(イ) 平成15年5月から平均余命までの間の治療関係費 1669万3020円
平成15年5月から平均余命までの間の治療関係費の現価は,上記の治療関係費を基礎にして算定すると,以下のとおり,1か月当たり平均9万5000円となるので,平均余命までの27年間(ライプニッツ係数14.6430)で合計1669万3020円となる。
133万0266円÷14か月=9万5019円
9万5019円×12か月×14.6430=1669万3020円
イ 入院雑費
(ア) 平成15年5月31日までの間の入院雑費 67万8000円
原告Aは,本件事故発生日である3月6日から平成15年5月31日までの間,1日当たり1500円,合計67万8000円の入院雑費を負担した。
(イ) 平成15年6月1日から平均余命までの間の入院雑費 801万7042円
上記期間の入院雑費の現価は,1日当たり1500円として算定すると,以下のとおり,平成15年6月1日から平均余命までの27年間(ライプニッツ係数14.6430)で合計801万7042円となる。
1500円×365日×14.6430=801万7042円
ウ 逸失利益 5247万7067円
(ア) 原告Aは,現在,低酸素脳症による遷延性意識障害となっており,いわゆる植物状態となっている。よって,同人に生じた後遺症は,後遺障害等級1級に該当し,その労働能力喪失率は100%である。
(イ) 原告Aは専業主婦であったが,平成13年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・女性労働者の全年齢平均の賃金額によれば,その年収額は,352万2400円となる。
これをもとに,原告Aの本件事故日における平均余命である28年分(ライプニッツ係数14.8981)の逸失利益の現価を算定すると,以下のとおり,5247万7067円となる。
352万2400円×14.8981=5247万7067円
エ 原告Aの慰謝料 3000万円
原告Aは,被告によるずさんな呼吸管理により,苦しみながら窒息し,その後,いわゆる植物状態となってしまったのであるから,その精神的苦痛に対する慰謝料は,3000万円を下らない。
オ 近親者慰謝料 各500万円
原告B及び原告Cは,原告Aの生命が害された場合にも比肩すべき精神的苦痛を受けたが,その精神的苦痛に対する慰謝料は,それぞれ500万円を下らない。
カ 弁護士費用 合計1200万円
原告Aについて1100万円,原告B及び原告Cについて各50万円が相当である。
(被告の主張)
原告らが主張する損害については,いずれも争う。
本件の損害の算定に当たっては,以下のとおり,原告Aの従前の脳内出血による障害を考慮する必要がある。
ア 原告Aの脳内出血による障害
原告Aは,平成元年にくも膜下出血を起こし,クリッピング術を受けている上,平成12年12月に交通事故で外傷性脳出血の傷害を受け,本件当時もリハビリのためE病院に通院中であった。したがって,原告Aには,本件以前から身体の機能障害があり,日常生活において種々の制約があった。
また,原告Aは,2月11日の大学病院入院時,既に視床出血及び脳室内穿破であった。そして,同人のMRI検査画像によれば,その出血量は相当なものであり,搬送時の意識レベル及びその後の意識レベルの低下の状況からすれば,上記脳内出血は重症であった。大学病院における治療中に施行されたMMT(徒手筋力テスト)の結果は,同月14日に「0」であり,同月21日においても「1~2/5」までしか改善していなかった。
このような点にかんがみれば,原告Aの従前の脳内出血による後遺障害は,後遺障害等級3級程度の障害に該当し,医療施設に収容入院して介助を受ける必要があった。また,仮にそうでないとしても,その後遺障害は,少なくとも5級程度の障害に該当し,自力で日常生活を送ることはできず,相当の介助を要する状態であったといえる。
したがって,原告Aの損害の算定に当たっては,以下のとおり,この点を減額要因として評価すべきである。
イ 逸失利益
(ア) 発生の有無
一般に家事労働者の逸失利益は,事故の被害者が家庭内で家事労働を担当している状況を前提として認められるものであるところ,原告Aは,上記アのとおり,そもそも相当の介助を要する状態であったのであるから,家庭内で家事労働を担当していたとは考えられない。
したがって,原告Aに家事労働者としての逸失利益の損害は発生しないというべきである。
(イ) 生活費控除
仮に逸失利益が認められるとしても,原告Aは,遷延性意識障害を有しており,医療施設への収容入院が不可欠であるから,その生活に必要な費用は,医療施設への収容入院に伴う医療費用とその他の関連諸費用に限られ,通常の後遺障害の場合に必要とされる稼働能力の再生産に必要な生活費の支出を免れることになる。
そこで,医療施設への収容入院に伴う医療費用とその他の関連諸費用を損害として認めるときには,その逸失利益を算定するに当たって,相当割合の生活費を控除すべきであり,本件においては,30%を控除すべきである。
そうすると,以下の計算式に従い,原告Aの後遺障害割合を79%(5級程度とした場合),生活費割合を30%として逸失利益を算定すると,結局原告Aに逸失利益は発生しないことになる。
通常年収×{1-(後遺障害割合+生活費割合)}×ライプニッツ係数
ウ 慰謝料
原告Aの脳内出血による後遺障害は,上記アのとおりと判断されるので,後遺障害慰謝料は,後遺障害等級1級の慰謝料相当額から,後遺障害等級3級ないし5級の慰謝料相当額を差し引いた金額とされるべきである。具体的には,後遺障害等級3級とした場合は810万円,5級とした場合は1400万円が相当である。
また,仮に脳出血による後遺障害と遷延性意識障害による後遺障害との質の違いを考慮し,上記のとおり単純に慰謝料額を差し引くべきでないとしても,原告Aの素因として脳内出血による高度の後遺障害が残ったことは明らかであるから,その後遺障害慰謝料は,1800万円程度にとどまるというべきである。
エ 入院を余儀なくされたことによる費用
(ア) 被告病院における医療費用
被告病院における医療費用は,原告Aに施行した医療行為の正当な対価であり,損害と判断されるべきではない。
(イ) D病院の医療費用
D病院の医療費用は,急性期を経て身体状態が安定してからの栄養点滴及び輸液等の医療費並びに遷延性意識障害の後遺障害のため医療施設に収容入院することに伴う諸費用であり,これを損害として認めるのであれば,上記イ(イ)のとおり,原告Aの逸失利益の算定に当たって相当割合の生活費を控除すべきである。
(ウ) 医療用品販売会社の費用
医療用品販売会社(オムツ,タオル,病衣等のリースを行う株式会社)の費用は,遷延性意識障害の後遺障害のため医療施設に収容入院することに伴う諸費用であり,これを損害として認めるのであれば,上記イ(イ)のとおり,原告Aの逸失利益の算定に当たって相当割合の生活費を控除すべきである。
(エ) 将来の医療費
将来の医療費を損害とするのであれば,原告Aの急性期の身体状態における医療費を基礎として算定するべきではなく,口頭弁論終結当時の身体状態において必要な医療費を基礎として算定すべきである。
第3 争点に対する判断
1 前記前提となる事実(第2の1)及び証拠(甲A1ないし4,甲B5,6,10ないし12,17,乙A1,2,6,8)によれば,次の事実を認めることができる。
(1) 大学病院における診療経過
前記前提となる事実アのとおり。
(2) 大学病院における原告Aの症状
原告Aは,2月11日に大学病院に入院して以降,嘔吐が頻回で誤の危険が強かったことなどから,気管内挿管による呼吸管理がされた。その後,肺炎及び誤等の予防のため,同月19日,気管切開術が行われた。この気管切開により,原告Aは,胸腔内圧を高められず,勢いの強い痰の喀出運動ができない状態となった。
また,原告Aは,大学病院に入院中,よく痰がからんでおり,その喀痰の細菌培養検査において,痰からMRSAが検出されていた。
このようなことから,大学病院の医師らは,転院先である被告病院に対し,診療情報提供書において,2月20日ころから原告Aに発熱及び喀痰の増加が認められたこと並びに喀痰の細菌培養検査においてMRSAが検出されたことを記載するとともに,NURSING SUMMARYにも,「問題点」として「呼吸状態悪化の可能性」を指摘し,「解決法」として「最低1時間に1度は口腔,側管,気道からの吸引を行う。」旨記載した。
(3) 被告病院における原告Aの症状及び呼吸管理の状況
被告病院は,3月1日,大学病院から原告Aをリハビリテーション,呼吸管理を含むフォロー・アップの目的で受け入れた。その過程で,大学病院から上記診療情報提供書及びNURSING SUMMARYの交付を受けた。 被告病院における原告Aの症状及び呼吸管理の状況は,別紙診療経過一覧表記載のとおりであった。
ところで,被告病院の医師らは,原告Aに対して3月1日に実施した喀痰の細菌培養検査の結果,原告Aの痰からMRSAが検出された旨の報告書を同月5日に受領したことから,MRSA感染の可能性があると判断して,同日,同人の血液の細菌培養検査を実施するとともに,その結果が判明するまでの間の処置として,MRSAに対して効果があるバンコマイシンを投与することにした。
(4) 原告Aの急変後の処置
ア 3月6日午前11時30分ころ,原告Aに装着した心拍モニター(設置場所はナースステーション)のアラームが鳴ったため,F看護師がその画面を見ると,心拍波形が長く伸びて正常な形ではなく,心拍数も28と低下していた。そこで,F看護師は,直ちに病室に赴いたところ,原告Aの呼吸が停止しているようで,顔色不良(チアノーゼ)であったため,同じ3階の病棟で回診していたG医師に対し,その旨を報告した。
イ G医師は,直ちにナースステーションの心拍モニターで心拍数を確認した上,原告Aの病室に赴き,同人を診察したところ,血圧は測定不能で,自発呼吸は見られなかった。そこで,G医師は,看護師に対し,心拍モニターを病室に移動するように指示するとともに,気管カニューレに接続されていた酸素供給用チューブを外してアンビューバッグを接続し,強制呼吸を開始した。また,G医師は,その途中でアンビューバッグによる強制呼吸を看護師に行わせ,自ら心マッサージを行うなどした。
ウ ところが,アンビューバッグで空気を送ることはできたが,空気が戻ってこない(呼気がない)ため,次第に原告Aの胸部が膨満状態となり,また,アンビューバッグを押す手に抵抗が感じられるようになったことから,G医師は,気道が痰で詰まったものと判断し,アンビューバッグを外し,吸引カテーテルを挿入して看護師に吸引を行わせた。この吸引処置により,原告Aから中等量の粘稠性の痰が排出されたが,その呼気は戻らないままだった。このような状況の下で,G医師が原告Aの心マッサージを行っていたところ,気管カニューレの体外部の口から最長径0.5ないし1cmの痰の塊が噴出した。
エ 上記痰の塊が排出されてからは,原告Aの換気が良好となり,約5分後には血圧が触れるようになり,心拍数も増加したため,人工呼吸器を装着しての呼吸管理が行われた。また,同人に対し,ボスミン及びアトロピンが投与された。その結果,原告Aは,午前11時39分ころまでには,心拍数120台,血圧167/74に回復した。
(5) 原告Aの治療の経過等については,以上のとおり認められる。
ところで,原告らは,ア 3月6日午前10時30分に痰の吸引をした旨の看護記録の記載は,記録者のサインがないことなどから信用できず,そのような事実はない旨主張する。しかしながら,記録者において,そのサインを失念することも考えられる上,記載の体裁についても,それまでの記載と大きく異なるところはないと認められるから,上記原告らの主張は,採用することができない。
また,原告らは,イ 原告Aが被告病院入院当初からMRSAに感染していた旨主張する。しかしながら,MRSAが検出されたのは,原告Aの痰からのみであり,3月1日に実施された導尿の細菌培養検査及び同月5日に実施された血液の細菌培養検査からは検出されていない。また,大学病院においても,原告Aの痰からMRSAが検出されたというのみにとどまり,その感染について確定的な診断はされていない。したがって,原告Aが被告病院に入院した当初からMRSAに感染していたとまでは認めることができない。
さらに,原告らは,ウ 原告Aの診療録及び看護記録にネブライザーによる噴霧処置を行ったという記載がないことから,同処置は行われていない旨主張する。しかしながら,診療録中の「注射・検査・処置・指示票」の「処置」欄には,ネブライザーによる噴霧を1日4回施行すべき趣旨の記載(ネブ×4)がされており,また,被告病院の診療報酬明細書(乙A2)にも,ネブライザーによる噴霧処置が1日4回行われた旨の記載があることからすれば,上記指示票の記載に従ったネブライザーによる噴霧処置が行われていたものと認められる。
他方,被告は,本件のように頻回に吸引を行う場合には,そのすべての処置が看護記録等に記載されるわけではないから,原告Aに対して看護記録に記載されている以上に吸引が施行されていた旨主張し,F看護師もその陳述書(乙A9)中において,その旨記載している。しかしながら,本件において,吸引が施行された日時を具体的に示した証拠は,診療録及び看護記録のほかに存しない。そうであるとすると,同記載の限度を超えて,吸引がされた回数及び時刻を明確にすることはできないといわざるを得ない。
2 上記認定事実及び前提となる事実(第2の1)に基づいて,過失の有無について検討する。
(1) 争点1(呼吸管理に関する過失の有無)について
ア 上記認定事実によれば,次のことが明らかである。すなわち,被告病院の医師らは,大学病院からの診療情報提供書等を通じて原告Aの症状を認識し,大学病院からの申し送り事項として,その呼吸状態の悪化の可能性につき注意喚起を受けていた(上記1(2))。また,原告Aの喀痰からMRSAが検出され,同人がMRSAに感染していた可能性があり,現に,被告病院の医師らも,MRSA感染の可能性があると判断し,バンコマイシンを投与していた(上記1(3))。さらに,原告Aは,3月5日ころには敗血症に罹患しており,そのことを示す発熱及び血液検査所見が出ていた(前記前提となる事実(2)イ及び上記1(3))。また,原告Aの痰は,粘稠で硬く,ときに痰が吹き出したりしており,時折血や血塊が混じっていることもあり,同人の気管カニューレが詰まり気味になることも少なからずあった(上記1(3),特に別紙診療経過一覧表)。
そして,本件事故の前日の3月5日午前6時には,動脈血酸素飽和度が92%に低下して,呼吸不全に近い状態にあり,気管カニューレが詰まり気味であることも疑われていた(上記1(3),特に別紙診療経過一覧表)。
イ 上記アの事実のほか,上記のとおり,原告Aの痰は,粘稠性で,時折血が混じっていたことからすると,通常の痰とは異なる凝血塊のようなものが生じる可能性も十分考えられたことなどにも徴すると,被告病院の医師らは,本件事故当時,少なくとも,原告Aの呼吸状態を綿密に観察するとともに,頻回に,痰の吸引,気管カニューレの交換を行い,痰による気道閉塞及び呼吸困難を防止すべき注意義務を負っていたものというべきである。
しかるに,上記1(4)認定のとおり,原告Aは,3月6日午前11時30分ころ,血圧が測定不能で,自発呼吸が見られない状況で発見された。そして,その後の救命救急措置の過程で,同人に装着されていた気管カニューレの体外部の口から痰の塊が噴出し,その後は原告Aの換気が良好になり,約5分後には,血圧が触れるようになり,心拍数も増加したというのであるから,被告病院の医師らには,特段の事情のない限り,上記注意義務を怠った過失があるといわざるを得ない。
ウ そこで,上記特段の事情の有無について検討すると,被告は,(ア) 本件において,原告Aの気道が閉塞した原因となった痰の塊は,「径1.0cm前後の肉芽組織に似た凝血塊」のような大きな痰の塊であるが,そのような痰の塊が気管内で形成されるようなことは,通常予想することはできない旨主張する。
しかしながら,上記認定のとおり,原告Aの痰には時折血が混じっており,しかも,その痰は粘稠性で硬いものであったことからすれば,そのような凝血塊が形成されることも十分予見可能であったというべきである。
また,被告は,(イ) 上記痰の塊は,吸引カテーテルの内径(約3mm)を優に超える大きさであり,また,相当の硬さであったなどとして,痰吸引用カテーテルを挿入して行う吸引処置を頻回に実施しても,これを排出することは不可能である旨主張する。
しかしながら,被告は,上記痰の塊について,気管カニューレの交換又は痰の吸引処置の際にわずかに損傷された気管内壁から滲出した血液と気管内の分泌液が絡まって一体となり,時間の経過に伴って固まることにより形成されたものである旨主張している。そうであるとすると,痰が時間の経過に伴って固まる前に吸引処置を行えば,これを除去することは可能であるということになる。そして,上記イ認定の注意義務を尽くしていれば,そのことは可能であったものと判断されるので,被告の上記主張は採用できない。
そして,他に,上記特段の事情を基礎付けるに足りる事実を証する的確な証拠はない。
エ 以上によれば,被告病院の医師らには,上記イの注意義務に違反した過失があるというべきである。
そして,以上の認定,説示によれば,被告病院の医師らの過失と,原告Aに生じた後遺障害との間には因果関係があるものと認めることができる。
(2) 争点(2)(救命救急処置に関する過失の有無)について
上記1(4)認定事実によれば,F看護師は,心拍モニター上,原告Aの急変が疑われたことから,直ちに,その病室に赴いて原告Aの状態を確認の上,それをG医師に報告をしたこと,G医師及びF看護師らは,原告Aに対し,即座にアンビューバッグによる強制呼吸及び心マッサージを行い,痰による閉塞が疑われたため,吸引カテーテルによる吸引を行ってその除去に努めたこと及び心拍等の改善後は,人工呼吸器を装着して呼吸管理を行ったことが明らかである。
このような事実に徴すると,本件全証拠によっても,被告病院の医師らが原告Aに対して行った救命救急処置について不適切な点があったとまでは認めることができない。
したがって,争点2に関する原告らの主張は,採用できない。
3 そこで,本件事故により原告らが被った損害額(争点3)について検討する。
(1) 治療関係費 502万1296円
ア 既払分(平成16年10月31日まで)
証拠(甲C1ないし4,7及び8)によれば,原告Aは,平成14年3月1日から平成15年4月30日までの間に,被告病院,大学病院及びD病院に対し合計202万8803円(なお,被告病院に対しては12万6250円),同年5月1日から平成16年10月31日までの間に,D病院に対し合計43万4350円を支払ったことが認められる。
ところで,平成14年3月1日から同月6日までの被告病院における治療費のうち,上記2(1)アの被告の過失と相当因果関係のある損害は,本件事故以降に行われた治療に対する支払分のみに限られるというべきであるが,本件全証拠によっても,その具体的な支払額を認定することができない。
そうすると,上記2(1)認定の被告の過失と相当因果関係のある損害は,上記各支払済み額から被告病院における治療関係費12万6250円を除いた合計金額である233万6903円ということになる。
イ 将来分(平成16年11月1日以降)
原告Aの将来における治療関係費は,同人の遷延性意識障害の状態が固定したと考えられる時期において必要となることが見込まれる医療費を基礎とするのが相当である。
このような観点から検討すると,原告Aは,D病院に対し,平成15年5月1日から平成16年4月30日までの1年間に医療費として29万0830円を支払っている(甲C7の1ないし25)ので,これを基礎にして算定するのが相当である。
そして,平成16年11月1日当時,原告Aは60歳であり,その平均余命は27年余であるから,27年に対応するライプニッツ係数である14.6430により中間利息を控除して,平成16年11月1日以降の医療費の現価を算定すると,その額は次のとおり算出されるので,425万円をもって損害と認める(こうした方式による損害の算定においては,その性質に照らし,算出の結果得られた数値の1万円未満を切り捨てることとする。)。
29万0830円×14.6430=425万8623円
ウ 高額療養費等による控除
証拠(甲C6)によれば,原告Aは,区から高額療養費として152万8567円の支給を受けたことが認められる。また,原告Aが平成14年8月分の治療関係費について,身体障害者程度等級1級の認定を受けたことから,3万7040円の還付を受けたことについて,当事者間に争いがない。
よって,以上合計156万5607円については,上記治療関係費から控除するのが相当である。
エ 小計
上記アないしウによれば,治療関係費の損害額は合計502万1296円となる。
(2) 入院雑費 1252万2000円
ア 既払分(平成16年10月31日まで)
証拠(甲C5及び9)によれば,原告Aは,平成14年4月25日から平成16年10月31日までの間に,医療用品販売会社に対し,合計184万2000円を支払ったことが認められる。
イ 将来分(平成16年11月1日以降)
上記医療用品販売会社への支払額にかんがみれば,将来における入院雑費を算定するに当たっては,1日当たりオムツ代1400円,タオル他500円及び病衣100円の合計2000円を基礎とするのが相当である(甲C5及び9)。そこで,上記(1)イと同様,60歳女子の平均余命に対応するライプニッツ係数14.6430により中間利息を控除して平成16年11月1日以降の入院雑費の現価を算定すると,その額は次のとおり算出されるので,1068万円をもって損害と認める。
2000円×365×14.6430=1068万9390円
(3) 逸失利益 1500万円
ア 証拠(甲A5,甲B6及び乙A6)によれば,原告Aは,低酸素脳症による遷延性意識障害を残しており,いわゆる植物状態となっているが,今後も現在の状態から大きく改善することはないと認められるから,その障害は後遺障害等級1級に該当し,労働能力は100%喪失しているものと認められる。
イ ところで,原告Aは,前記前提となる事実(第2の1)のとおり,2月11日の大学病院入院時,既に視床出血及び脳室内穿破による障害を負っていたので,本件障害の算定に当たっては,この点についても考慮する必要がある。
(ア) 前記第2の1(2)アで認定した事実及び証拠(甲B14,17,19,乙A1,6,B11,12)によれば,原告Aが平成14年2月に大学病院に入院した当時の障害の状況について,以下の事実が認められる。
a 原告Aは,平成元年ころ,くも膜下出血を発症し,クリッピング手術を受けた。また,平成12年12月ころ,交通事故による外傷性脳内出血と骨盤骨折のため,大学病院に入院したことがあった。
さらに,原告Aは,2月11日,自宅のトイレで倒れたため,救急車で大学病院に運ばれ,そのまま入院した。入院時の原告Aの症状は,意識障害と右片麻痺であり,左視床出血及び脳室内穿破と診断され,血圧コントロールによる保存的治療が行われていた。
しかしながら,原告Aは,2月11日の左視床出血発症以前は,他人の手を借りることなく乗馬及びリフトの乗降等を行うなど,既往症であるくも膜下出血等の影響は少なく,むしろ一般の日常生活における一通りの判断力及び活動性は保たれていた。
b 2月11日の大学病院入院時,原告Aの意識レベルは,グラスゴー・コーマ・スケール(意識障害の評価分類。開眼機能E,言語機能V及び運動機能Mをそれぞれ評価するもので,合計点数が小さいほど重症である。)で「E3V1M4」(8点)であったが,同月21日には「E4VTM6」と回復し,3月1日の被告病院転院時においても「E4VTM6」であった。なお,「VT」とは,気管切開のために発語状態の評価が不可能であることを示すが,原告Aは,被告病院入院時に医師により「簡単な命令に従う」,「話して理解できる」旨判断されており,また,被告病院入院後,家族に対し,かすかな声で「ありがとう」,「さ○み,○ゆみ」等と述べており,簡単な会話が正確にできているので,言語機能についてはV5と評価することができる。また,原告Aには,脳内出血における予後不良因子とされる知覚及び認知障害も特段見られず,その意識レベルは着実に向上していた。
c また,右麻痺については,MMT(徒手筋力テスト)が2月14日には「0」であったが,同月21日ころには少なくとも「1~2/5」までに回復しており,一般に麻痺の回復が不良とされる完全麻痺が3週間以上にわたって持続する状況にはなかった。
d さらに,原告Aは、被告病院に転院されたときにはリハビリテーションが行える状況にあり,被告病院において,理学療法としてマッサージ程度以上のリハビリが施行された。
(イ) ところで,原告Aが2月11日に大学病院に入院した当時負っていた障害について,本件事故が発生しなかったと仮定してその予後を予測することは,発症後3週間余りの時点で本件事故に遭っているため,事柄の性質上困難を伴う面があるといわざるを得ない。しかしながら,上記(ア)認定事実に加え,乙B11及び12(本件を調停に付した手続において専門的な知識経験に基づく意見を聴取した過程で提出された民事調停委員作成の意見書)をも総合的に検討して,その予後を予測すると,長期的には,原告Aの日常生活動作は半介助ないし軽度介助という程度にまで改善することが期待できたものと判断される(それ以上に身辺の自立ができる可能性についても,補装具着用を要するとしても,完全には否定しきれない。)。そして,これを後遺障害等級に当てはめると,7級(この労働能力喪失率は56%とされている。)程度に該当するものと判断される。
この点について,被告は,原告Aの従前の脳内出血による後遺障害は重症であり,後遺障害等級3級又は5級に該当する旨主張し,乙B9及び乙B10の1中にはそれに沿う記載が存在する。しかしながら,上記認定のとおり原告Aの意識レベル及び右麻痺等は着実に改善していたこと,寝たきりの場合に発生する易感染症及び床ずれ等の合併症についても,上記原告Aの回復経過に照らせば,同人に寝たきりの状態が長期間継続してそのような合併症が発生するに至る可能性は高くないと考えられることなどのほか,上記調停委員意見書の内容に徴すると,被告の上記主張は採用できない。
(ウ) 原告Aの逸失利益の算定においては,上記(イ)で検討した問題に加え,本件事故発生前に同人が負っていた障害が,どのような過程を経て,何時症状が固定するに至るのかを明らかにすることも課題となるが,本件においてこのような予測を立てることには相当な困難を伴うといわざるを得ない。こうしたことを総合的に考慮すると,原告Aの逸失利益については,損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるとき(民訴法248条)に該当するものというべきである。
ところで,a 仮に,上記回復に至るまでの期間を1年と仮定して,原告Aが本件事故により喪失した逸失利益のうち,上記程度に回復した後の後遺障害に伴うそれを試算すると,次のとおりとなる。すなわち,本件事故後1年経過した平成15年3月当時,原告Aは59歳近くに達しているので,その平均余命は29年余であるから,一般的には,その2分の1程度の14年間を上記逸失利益算定の対象期間とすることになる。そして,平成15年の賃金センサスによれば,その平均年収は349万0300円であるから,これを基礎にして,一般的な方法により逸失利益の現価を算定すると,14年に対応するライプニッツ係数である9.8986により中間利息を控除することになるので,以下のとおり算定される。
349万0300円×(1-0.56)×9.8986=1520万1596円
なお,b 被告は,もともと原告Aは,相当の介助を要する状況にあったのであるから,家事労働者としての逸失利益の損害は発生しない旨主張する。しかしながら,上記(イ)認定のとおり,原告Aの日常生活動作は半介助ないし軽度介助という程度にまで改善することが期待できたものと判断される(それ以上に身辺の自立ができる可能性についても,補装具着用を要するとしても,完全には否定しきれない。)のであるから,少なくとも家族の協力を得るなどして,その能力相応の家事を遂行することはなお可能であったというべきである。そうすると,原告Aは,本件事故によりこのような内容・程度の稼働能力を喪失させられたものと認めるのが相当であるから,被告の上記主張は採用できない。
また,c 被告は,原告Aは医療施設への収容入院が不可欠であるから,その生活に必要な費用は,医療施設への収容入院に伴う医療費用とその他の関連諸費用に限られるので,そうした費用を損害として認めるときには,逸失利益の算定に当たって,相当割合の生活費を控除すべきである旨主張する。しかしながら,生活費は,必ずしも稼働能力の再生産費用だけを内容とするものではなく,また,原告Aの入院雑費の内容は,オムツ代,病衣等のみを基礎とするものであり,その余の費用についてはなお逸失利益中から生活費として支出されることが見込まれる。そうすると,逸失利益の算定に当たり,生活費を控除することは相当でなく,被告の上記主張は採用できない。
そこで,当裁判所は,以上の認定説示,特に,原告Aの左視床出血発症前の状況,左視床出血発症後の回復の状況及びその予後の見通し並びに弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいて,原告Aが3月6日の本件事故により喪失した逸失利益相当額の損害額を1500万円と認定することとする。
(4) 原告らの慰謝料
以上認定した諸事実,特に,原告Aは,被告病院の医師らから適切な呼吸管理を受けられずに,気管カニューレに痰を詰まらせて窒息し,低酸素脳症による遷延性意識障害となり,いわゆる植物状態となっていること,他方,もともと原告Aは,2月11日の大学病院入院時,既に視床出血及び脳室内穿破による障害を負っていたものであり,その予後は上記(3)認定のとおり見込まれることのほか,本件事故後の原告B及び原告Cによる看護の状況,その他本件に現れた一切の事情を考慮すると,本件事故により原告らが被った精神的損害を慰謝するには,その慰謝料を,原告Aは2000万円,原告B及び原告Cはそれぞれ400万円と認めるのが相当である。
(5) 弁護士費用
本件事案の内容,本件訴訟の審理の経過及び本件の損害額等の事情を総合すると,本件提訴のために要した弁護士費用のうち,原告Aについて520万円,その余の原告らについてそれぞれ40万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
4 結論
以上によれば,原告らの不法行為に基づく損害賠償請求は,主文の限度で理由があるからこれを認容し,その余は失当として棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第35部
裁判長裁判官 金 井 康 雄
裁判官 森 脇 江 津 子
裁判官 小 津 亮 太
2006-04-03T16:39:04+09:00
1144049944
-
H18. 3.14 佐賀地方裁判所 平成16年(わ)第50号,第78号,第103号,第114号,第210号,第358号 わいせつ目的略取,強制わいせつ,強制わいせつ致傷,加重逃走未遂,傷害,強姦致傷,わいせつ目的略取未遂,建造物侵入,窃盗
https://w.atwiki.jp/hanrei/pages/411.html
主 文
被告人を懲役20年に処する。
未決勾留日数中450日をその刑に算入する。
理 由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1 わいせつな行為をする目的で女児を略取しようと企て,平成13年5月30日午後4時50分ころ,佐賀県神埼郡a村b番地所在のA方東側路上において,下校途中のB子(当時10歳)に対し,同児を持ち上げて,同所に停車中の普通乗用自動車の運転席ドアから同車両内に押し込むなどの暴行を加えて同児を略取しようとしたが,同児が大声を出すなどして抵抗したため,その目的を遂げなかった
第2 わいせつな行為をする目的で,同年7月7日午後零時25分ころ,福岡県甘木市c番地所在のC方西側路上において,下校途中のD子(当時10歳)に対し,その腹部を手拳で殴打し,同児を抱え上げて,同所に停車中の普通乗用自動車のトランクの中に押し込むなどの暴行を加え,直ちにトランクを閉めて同車両を発進させて同児を略取した上,同市d番地所在のE方から南方約160メートル先の山林に至り,同日午後零時35分ころから同日午後2時35分ころまでの間,同所において,同児が13歳未満であることを知りながら,同児を全裸にして地面に寝かせ,強いて同児を姦淫し,その際,同児に約1週間の治療を要する会陰裂傷の傷害を負わせた
第3 窃盗の目的で,平成15年6月28日ころ,佐賀県三養基郡e町f番地所在のe町立e小学校校長Fが看守する同校校舎に無施錠の北校舎2階窓から侵入した上,同校舎3階教室において,上記F管理にかかる水着4着(平成16年佐賀地検領第464号符号1号ないし4号。時価合計約4000円相当)を窃取した
第4 わいせつな行為をする目的で,同年10月15日午後5時35分ころ,福岡県大牟田市g町h丁目i番地所在のG方南方約130メートル先路上において,帰宅途中のH子(当時7歳)に対し,同児を持ち上げて,同所に停車中の普通乗用自動車の運転席側後部ドアから同車両内に押し込むなどの暴行を加え,直ちに同児を自己の支配する同車両内に乗せたまま同車両を発車させて略取した上,そのころから同日午後7時5分ころに同市j町k丁目l番地所在のI方北側路上で同児を解放するまでの間,同市内又はその周辺に停車させた同車両内において,同児が13歳未満であることを知りながら,同児に対し,同児を全裸にし,その陰部をバイブレーター様の異物で弄び,その口腔内に自己の陰茎を含ませ,その状況を所携のデジタルカメラで撮影するなどした
第5 わいせつな行為をする目的で,同年11月4日午後3時30分ころ,佐賀県鳥栖市m町n番地所在のJ神社東側路上において,下校途中のK子(当時9歳)に対し,同児を持ち上げて,同所に停車中の普通乗用自動車の運転席ドアから同車両内に投げ入れるなどの暴行を加え,直ちに同児を自己の支配する同車両内に乗せたまま同車両を発車させて略取した上,そのころから同日午後5時ころに同市o町p番地所在のL方西側路上で同児を解放するまでの間,同市内又はその周辺に停車させた同車両内において,同児が13歳未満であることを知りながら,同児に対し,その下着を脱がせ,その陰部を手指で弄び,その状況を所携のデジタルカメラで撮影するなどし,その際,同児に対し,約1週間の治療を要する第1度会陰裂傷の傷害を負わせた
第6 わいせつな行為をする目的で,平成16年2月20日午後4時15分ころ,同市q町r番地所在のM方北側路上において,下校途中のN子(当時9歳)に対し,同児を持ち上げて,同所に停車中の普通乗用自動車の助手席側後部ドアから同車両後部座席に押し込むなどの暴行を加え,直ちに同児を自己の支配する同車両内に乗せたまま同車両を発車させて略取した上,そのころから同日午後5時ころに同市s町t番地所在のO方東側路上で同児を解放するまでの間,同市内又はその周辺に停車させた同車両内において,同児が13歳未満であることを知りながら,同児に対し,その下着を脱がせ,その陰部を手指で弄び,その状況を所携のデジタルカメラで撮影するなどした
第7 わいせつ目的略取,強制わいせつ及び強制わいせつ致傷の各罪により,佐賀地方裁判所に起訴され,同裁判所裁判官の発付した勾留状により,佐賀県鳥栖市u町v番地所在の代用監獄である佐賀県鳥栖警察署留置場に被告人として勾留され,かつ,未成年者略取の罪の被疑者として,同裁判所裁判官の発付した勾留状により同留置場に勾留されていた者であるが,同留置場から逃走しようと企て,同年4月11日午後7時35分ころ,同留置場内において,同署警務課留置管理係所属の警察官巡査長P(当時25歳)に対し,その右目付近を手指で突き,その頸部に腕を回して同人を投げ倒した上,同人の頸部に腕を回して締めつけ,その両目付近に手指を押し付けるなどの暴行を加えて逃走を図るとともに,上記暴行により,同人に対し,全治までに約2週間を要する右眼結膜出血・角膜びらん等の傷害を負わせたが,同人が非常ベルを吹鳴させたことにより駆け付けた同署勤務の警察官に取り押さえられたため,逃走の目的を遂げなかった
ものである。
(証拠の標目) 略
(事実認定の補足説明)
第1 被告人及び弁護人の主張
被告人は,判示第2のうち強姦致傷の事実について,第3回及び第19回公判において同事実に係る起訴状記載の公訴事実について認める旨の陳述を行い,弁護人もこれを受けて,同公訴事実については姦淫行為の態様も含めてすべて争わない旨の意見を述べているが,一方で被告人は,被告人質問において,「自慰をし,陰茎を勃起させて,被害者の女性器に挿入しようと試みたが,陰茎が挿入できるほどの硬さにはならず,挿入できなかった。再び自慰をして射精し,手指を被害者の女性器に挿入して精液を塗りつけた。」旨,姦淫行為が既遂に至った点を否認するような供述をしており,犯行態様についての認否が必ずしも明確ではない。
また,被告人は,判示第7のうち加重逃走未遂の事実について,第1回公判においては逃走目的を争わなかったが,その後の被告人質問において,逃走目的はなかった旨供述し,弁護人もこれを受けて,被告人は逃走する目的で暴行を加えたものではなく加重逃走未遂罪は成立しない旨主張している。
したがって,以下,判示第2の強姦致傷の犯行態様及び判示第7の逃走目的の有無について,補足して説明する。なお,被告人は,公判廷において,判示第1,第2,第4ないし第6の各事実につき,いずれも自己の性欲を満足させるつもりではなかった旨供述しており,この点についても補足して説明する。
第2 判示第2の強姦致傷の犯行態様
1 被害者供述(甲242ないし245)の要旨
下校途中,路上に車を止めてその後ろに立っていた男から声をかけられ,いきなり腹部を拳で1回殴られ,抱え上げられて車のトランクの中に入れられ,トランクを閉められた。すぐに車が走り出し,私がトランクの中で叫んだりトランクを内側から叩いたりしていたところ,何分間か走った後に車が止まり,トランクが開いた。男が,私に「それ以上騒いだら殺す。」と言ったので,本当に殺されるかもしれないと思い,怖くてたまらなかった。男は私の口にガムテープを貼り,また,私の目にガムテープを当てて頭に巻き付けるようにして貼り付けた。その後,男がトランクを閉めて,再び車が走り出した。しばらくして車が止まり,トランクが開いた。男は私を抱え上げてトランクから出し,地面に下ろして,「服を全部脱げ,靴も脱げ。」と言った。私はさきほど男から「殺す。」と言われていたため,恐ろしくて全裸になった。男は私に「そこに寝ろ。」と言い,私が地面に仰向けに寝ると,私の口に貼ったガムテープだけを外して,私の口にキスをしたり,胸や膣を指で触ったり,口の中に陰茎を入れたりした。男は,私の上に乗り,私の足を左右に開いて陰茎で私の陰部を触っていたが,その後,陰茎を私の膣の中に入れた。このとき私は痛くてたまらなかったので,「痛い。」と言ったが,男から「黙っとけ。」と言われ,殺されるのが怖かったので我慢していた。また,このとき男は両手で私の胸を触っていた。その後,男は「誰かに助けを求めたら殺す。」と言い,私の目に貼ったガムテープを剥いで私の脱いだ半ズボンを私の頭からかぶせ,立ち去った。陰部が痛くてたまらなかったので見ると,出血していた。
2 被害者供述の信用性
本件被害が被害者にとって極めて衝撃的かつ強烈な印象を残す出来事であったことが容易に推察されるところ,被害者供述は具体的かつ詳細で,その内容は被害直後からほぼ一貫しており,特段不自然,不合理な点も見当たらない。また,性体験のない満10歳の幼い被害者が,実際には受けていない虚偽の被害態様を具体的に供述できるとは考え難く,そのような虚偽供述をあえて行うべき動機も窺われない。被害者は,被害当時目にガムテープを貼られて視界を遮られており,膣内に陰茎が挿入される状況を見てはいないが,陰部に痛みを感じた時点における自らの体勢と感じ取った犯人の位置・体勢,さらにはその直前の犯人の加害状況から判断して前記のとおりの供述をしたものと解され,格別不自然な点は見当たらない。さらに,被害者の膣内容物に混在していた精液から被告人と同型のDNAが検出されていること,被害直後に被害者を診察した松元敏博医師は被害者の負った会陰裂傷の原因につき姦淫によってできた傷と考えるのが自然である旨供述していること,被害者の母親が「本件直後に娘が『男のオチンチンが私のオチンチンの中に入った。とても痛かった。』と言うのを聞いた。」旨供述していることからも,前記第2の1の被害者供述が強く裏付けられる。
以上より,被害者供述の信用性は非常に高いというべきである。
3 被告人供述
被告人は,捜査段階では本件犯行を否認しており,公訴提起後,第3回公判において公訴事実を認める旨の陳述をしたものの,被告人質問においては前記のとおり姦淫行為を否認するような供述をし,第19回公判においては,再び「公訴事実中,『姦淫し』とある部分については争わない。」旨述べている。
被告人供述は,姦淫行為の態様という核心部分について,信用性の高い前記被害者供述と矛盾し,前記松元の医学的所見とも整合しない上,合理的な説明なく変遷している。なお,被告人は,「被害者の女性器に陰茎を挿入したことはない。姦淫したという状況を作り出すため,自慰をして射精し,指を被害者の女性器に挿入して精液を塗りつけた。」旨供述しているが,このような意図や行為態様は極めて不自然であり,被害者の膣内容物に混在していた精液から被告人と同型のDNAが検出されたという客観的状況に合わせんがための不合理な弁解にすぎないと考えられる。
したがって,姦淫行為の態様についての被告人供述は信用することができない。
4 当裁判所の認定事実
以上より,信用性の高い被害者供述に基づけば,本件姦淫行為は既遂であったといえるので,前記「罪となるべき事実 第2」記載の事実が認められる。
第3 判示第7の逃走目的
1 前提事実
関係各証拠によれば,前提事実として以下の事実を認定することができる。
犯行に至る経緯
被告人は,休日は警備に隙ができるという認識のもと,休日に,留置場内に被害者以外の留置担当警察官がいなくなったときを見計らって,被害者に対し,房の外の洗面台で手を洗わせてほしい旨執拗に懇願して房の鍵を開けさせ,房の外に出て本件犯行に及んだ。
犯行状況
被告人は,被害者の右肩口付近を左手で掴んだ上,右手指で被害者の右目付近を複数回突き,さらに,被害者の頸部に右腕を巻き付けて同人を床に投げ倒し,倒れた被害者の頸部に左腕を巻き付け,右手指を被害者の両目付近に強く押し当て,抵抗して立ち上がった被害者の股間付近を膝蹴りし,再び被害者を床に投げ倒して馬乗りになり,倒れた被害者の頸部に腕を巻き付けた。そして,被告人を制圧しようとした被害者の股間付近を膝蹴りし,右手指で両目付近を複数回突き,被害者がようやく被告人の両腕を背後に回して房に入るよう促しても,被告人は足を踏ん張ってこれを拒んだ。被害者は,救援を要請するためいったん被告人から離れ,非常ベルが設置された看守台に向かった。この間,被告人は,被害者が所持していた留置場出入口の鍵を含む鍵束が床に落ちていたのでこれを拾い,被害者がしゃがみ込んで看守台の下部に設置された非常ベルを押している際,同鍵束を同台の上に置いて,同台の引き出しを次々と開け,その中を物色した。同引き出しには,留置場出入口を通らずとも外に出ることができる運動場出入口及び非常口の鍵が入っていた。
犯行後の状況
被告人は,犯行理由を尋ねた警察官小川千秋に対し,「現実から逃れるため。留置場から逃走するため。」と答え,また,本件犯行日を選んだ理由については,当直の担当が被害者であり,被害者には隙があるし,また,被害者は妻帯者ではなく独身であったので,自分が逃げたことにより被害者が処分を受けてもその家族にまで迷惑をかけることにはならないと思った旨答えた。
2 当裁判所の認定事実
前提事実のとおり,被告人があえて警備の隙を狙って本件犯行を行っていること,暴行態様が非常に強度で危険かつ執拗なものであること,被害者から制圧されかかっても足を踏ん張って房に入ることを拒んだり,留置場出入口の鍵を含む鍵束を拾ったり,鍵が入っていることが容易に窺える看守台の引き出しを物色したりしたこと及び犯行後の言動から,被告人が逃走目的を有していたことが強く推認される。
この点,被告人は,被告人質問において「逃げ出そうという気持ちはなかった。交際相手に自分のことを諦めさせるためにやった。」等と弁解して逃走目的を否認している。しかし,交際相手に自分との交際を諦めさせるために,留置担当の警察官に暴行を加えたとの論理にはあまりにも飛躍があって到底理解し難く,被告人の弁解はそれ自体極めて不自然・不合理というほかない。また,被告人は,捜査段階及び第1回公判の冒頭手続においては逃走目的を争わず,被告人質問においても「一瞬だけ,ふっと,逃げたろか,看守らにダメージ与えたろかという意識が芽生えた。」などと逃走目的を認めるような供述もしており,結局,逃走目的についてはあいまいで一貫性のない供述に終始している。
したがって,被告人の弁解は前記推認を妨げるものではなく,被告人は逃走する目的をもって被害者に対して暴行を加えたものと認められ,判示のとおり,加重逃走未遂罪が成立する。
第4 判示第1,第2,第4ないし第6の性的意図
被告人は,判示第1,第2,第4ないし第6の各犯行に至った動機につき,被告人質問において,「自己の性欲を満足させるためではない。」旨供述しているが,関係各証拠によれば,いずれの犯行態様も被害者の性的自由や羞恥心を著しく侵害するものであることは外形的・客観的に明らかであり,被告人においてもこの点について十分認識していたものであることからすると,かかる客観的事情から,被告人の性的意図は優に認められ,いずれの犯行においても犯意に欠けるところはない。
(法令の適用)
罰条
判示第1の所為 平成17年法律第66号による改正前の刑法228条,225条
判示第2の所為
わいせつ目的略取の点 上記改正前の刑法225条
強姦致傷の点 行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法181条(その長期は同改正前の刑法12条1項による。),177条後段に,裁判時においてはその改正後の刑法181条2項(その長期は同改正後の刑法12条1項による。),177条後段に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。
判示第3の所為
建造物侵入の点 刑法130条前段
窃盗の点 刑法235条
判示第4及び第6の各所為
各わいせつ目的略取の点 平成17年法律第66号による改正前の刑法225条
各強制わいせつの点 行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法176条後段に,裁判時においてはその改正後の刑法176条後段に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。
判示第5の所為
わいせつ目的略取の点 平成17年法律第66号による改正前の刑法225条
強制わいせつ致傷の点 行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法181条(その長期は同改正前の刑法12条1項による。),176条後段に,裁判時においてはその改正後の刑法181条1項(その長期は同改正後の刑法12条1項による。),176条後段に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。
判示第7の所為
加重逃走未遂の点 刑法102条,98条
傷害の点 行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法204条に,裁判時においてはその改正後の刑法204条に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。
科刑上一罪の処理
判示第2の罪につき 刑法54条1項後段,10条(一罪として重い強姦致傷罪の刑で処断)
判示第3の罪につき 刑法54条1項後段,10条(一罪として重い窃盗罪の刑で処断)
判示第4及び第6の各罪につき 刑法54条1項後段,10条(一罪として重いわいせつ目的略取罪の刑で処断)
判示第5の罪につき 刑法54条1項後段,10条(一罪として重い強制わいせつ致傷罪の刑で処断)
判示第7の罪につき 刑法54条1項前段,10条(一罪として重い傷害罪の懲役刑で処断。ただし,短期は加重逃走未遂罪の刑のそれによる)
刑種の選択
判示第2及び第5の各罪につき 有期懲役刑を選択
併合罪加重 刑法45条前段,47条本文,10条(刑及び犯情の最も重い判示2の罪の刑に平成16年法律第156号による改正前の刑法14条の制限内で法定の加重)
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1 事案の概要
本件は,被告人が,下校途中の女児(当時10歳)をわいせつ目的で略取することを企て,車に押し込もうとするなどの暴行を加えたが同児が抵抗したためその目的を遂げなかったわいせつ目的略取未遂の事案(第1事件),わいせつ目的で下校途中の女児(当時10歳)を自動車のトランク内に押し込むなどの暴行を加えて略取した上,同児を強いて姦淫して加療約1週間の傷害を負わせたわいせつ目的略取・強姦致傷の事案(第2事件),窃盗目的で小学校に侵入した上,女子用スクール水着4着を窃取した建造物侵入・窃盗の事案(第3事件),わいせつ目的で帰宅途中の女児(当時7歳)を自動車内に押し込むなどの暴行を加えて略取した上,同児に強いてわいせつな行為をしたわいせつ目的略取・強制わいせつの事案(第4事件),わいせつ目的で下校途中の女児(当時9歳)を自動車内に押し込むなどの暴行を加えて略取した上,同児に強いてわいせつな行為をして加療約1週間の傷害を負わせたわいせつ目的略取・強制わいせつ致傷の事案(第5事件),わいせつ目的で下校途中の女児(当時9歳)を自動車内に押し込むなどの暴行を加えて略取した上,同児に強いてわいせつな行為をしたわいせつ目的略取・強制わいせつの事案(第6事件),警察署留置場内に拘禁中に留置担当の警察官である被害者に暴行を加えて逃走しようとするとともに同人に全治約2週間を要する傷害を負わせたが,他の警察官に取り押さえられたため逃走の目的を遂げなかった加重逃走未遂・傷害の事案(第7事件)の各事案からなる。
2 第1,第2,第4ないし第6事件
犯行に至る経緯及び動機
被告人は,高校卒業後,アルバイトを転々としていた平成11年ころから,女児に対する性犯罪を起こそうという考えを抱き始め,平成13年5月からは実際に女児を物色して自動車で徘徊し始めて,連続して第1事件と第2事件を起こした。さらに,平成14年からは,交際する女性が以前通っていた英会話教室で外国人講師から性的いたずらを受けていたという話を聞き,このことを警察に相談したものの,被告人の期待していた対応が得られなかったことなどに不満を募らせて,女児に対する性犯罪を起こせば世間や警察に危機意識を持たせることができるなどと屈折した考えも抱くようになった。被告人は,同年10月,福岡県警察官を拝命したが,警察官として勤務しながらも,女児に対する性犯罪を起こすという考えを捨てず,平成15年10月から同16年2月にかけて,連続して第4ないし第6事件を起こした。
実際に姦淫又はわいせつ行為に及んだ第2,第4ないし第6事件の犯行態様を見ると,いずれの事件においても,被告人は,被害女児を全裸又は陰部を露出した状態にした上,第2事件では姦淫行為にまで及び,第4ないし第6事件では被害者の膣内に手指やバイブレーター様の異物を挿入するなどして弄び,勃起した自己の陰茎を口淫させ,被害者の口腔内で射精までしているほか,わいせつ行為の状況を所携のデジタルカメラで克明に撮影し,その画像の一部をパソコンのハードディスク内に保存していた。
さらに,被告人は,第2事件と第4事件との間に行われた第3事件において,小学校に侵入して女子用のスクール水着4着を選別して窃取し,これを当時住んでいた警察の寮の自室に保管していた。また,実家や寮の自室に,女児を性愛の対象として扱った漫画,雑誌,デジタル画像等を大量に保管していた。
被告人は,一連のわいせつ関連事件の犯行の被害者がいずれも女児である点について,自分の性別が男性であるということで犯行の相手を女性に決めたのかという質問に対し「そうだと思います。」「性犯罪以外には思いつかなかった。」等と述べており,自らの性的な傾向が各犯行に反映していることを否定していない。他方で,被告人は,「小児性愛」という言葉の意味を「大人と性交渉できないので小中学生を性欲の対象とすること」ととらえ,高校生以上の女性との性交渉がある自分は小児性愛にはあてはまらないなどと主張しているが,一連のわいせつ関連事件の特異な経緯及び犯行態様や,上記漫画等の保管状況からすれば,被告人が女児に対する偏執的な性的関心・欲求を有していたことは明白であって,一連のわいせつ関連事件はかかる性的欲求を満たすためになされたものと考えられる。
この点について,被告人は,幼少時より確執のあった父親に対する復讐心や,第4事件以降は,子供を狙った性犯罪に対する世間や警察の意識を覚せいさせることが一連のわいせつ関連事件の動機であると説明している。しかしながら,父親に対する復讐や,世間や警察の意識を覚せいさせるために,なにゆえ女児を対象とした性犯罪を繰り返し敢行したのか合理的な説明は何らなされておらず,被告人が説明する動機は論理に著しい飛躍があって不自然極まりなく,およそ一連のわいせつ関連事件の動機とは考えられない。
以上のとおり,被告人は女児に対する自らの性的欲求を満たすために一連のわいせつ関連事件を敢行したと認められ,その動機,経緯に酌量すべき事情は一切ない。
犯行態様
被告人は,あらかじめ車で下見をして女子小学生の下校状況をつぶさに観察した上,自己の犯行であると発覚しにくいよう,ありふれた白色の乗用車を使用し,容貌の特徴を変えるために眼鏡をかけ,目撃者が少ないと思われる雨の日に,抵抗されにくい小学校低学年の女児を探して徘徊し,狙いを定めた被害女児が一人きりになる場所まで先回りし,同児から自動車のナンバーが見えにくいような角度で駐車して待ち伏せた上で第1事件に及んでおり,非常に用意周到である。その犯行態様も,いきなり被害女児を抱え上げて自動車内に押し込もうとする乱暴なものである。
第2事件において,被告人は,犯行を成功させるため,被害女児の目や口を塞ぐためのガムテープをあらかじめ準備して,計画的に犯行に及んでいる。その略取態様は,一人歩きの被害女児を待ち伏せていきなりその腹部を手拳で殴打し,身体ごと抱え上げて車のトランクに押し込むという非常に乱暴なものである。さらに,被害女児が助けを求めてトランク内で泣き叫ぶと,同児の目と口をガムテープで塞いで「騒いだら殺す。」と語気鋭く申し向けるなど冷酷な脅迫を加え,完全に畏怖して抵抗できなくなった同児を略取現場から約5キロメートルも離れた人けのない山中に至り,同児を全裸にして地面に寝かせ,同児の口元のガムテープのみ剥がしてその口に接吻したり自己の陰茎を口淫させたりし,同児の乳房や陰部を弄んだ上,痛がって悲鳴を上げる同児に「黙っとけ。」と言い放って容赦なく姦淫し,同児の陰部に多量の出血を伴う裂傷を負わせた。このような犯行態様は,被害女児の人格を著しく踏みにじる残忍かつ卑劣なものであって悪質極まりない。また,犯行後,被害女児に強く口止めし,全裸の同児の頭にズボンをかぶせたままその場に放置し,自己の精液の付着した同児の肌着等を持ち去って逃走し,これらの肌着等を自宅に隠匿後,処分して証拠隠滅するなど,事後の情状も非常に悪質である。
第4ないし第6事件において,被告人は,あらかじめ下見をして人けのない場所をいくつか犯行候補地として探しておいた上で,自動車で徘徊中に狙いを定めた被害女児らを待ち伏せし,計画的に各犯行に及んだ。いずれの略取態様も,いきなり抱え上げて自動車に押し込んだり投げ入れたりするという乱暴なものである。さらに被告人は,被害女児らの着衣を脱がせてその陰部を手指等で弄び,勃起した自己の陰茎を無理矢理口淫させるなどして欲しいままに同児らを弄んだ上,犯行状況を所携のデジタルカメラで克明に撮影し,第5事件の被害者に対しては陰部に出血を伴う裂傷まで負わせており,このような犯行態様は,被害女児らの人格を著しく傷つける残忍,陰湿かつ卑劣なものである。また,被害女児らを解放する際には口止めをし,犯行時の着衣等を捨てたり犯行に用いた自動車内を清掃するなどして証拠隠滅を図っており,事後の情状も悪い。
被害結果
以上のような残虐かつ卑劣極まりない犯行の犠牲となった,わずか7歳から10歳の幼い被害女児らの肉体的・精神的被害は極めて甚大であり,さらに,被害当時は幼かった被害女児らが,今後,わいせつ被害の意味を理解したとき,本件各犯行がその人格形成に及ぼす影響も非常に深刻である。被害女児らの家族も,愛する娘や妹がこのようなむごい仕打ちを受けたことで,多大な精神的苦痛を被っている。
第1事件の被害女児は,たまたま抵抗が功を奏して未遂にとどまったものの,見知らぬ男性からいきなり抱え上げられて略取されそうになった恐怖は強く,被害後は父親をも怖がるなどしており,その精神的被害は大きい。
第2事件の被害女児は,いきなり腹部を殴打され,抱え上げられて自動車のトランク内に押し込まれ,必死で助けを求めて大声で泣き叫ぶや,目と口をガムテープで塞がれた上に「殺す。」とまで言われて脅迫され,生命の危険を感じて全く抵抗できなくなり,極度の恐怖で精神的に極限まで追いつめられていたと察せられる。さらにその後,被害女児は,人けのない薄暗い山中で,なす術もなく卑劣な性的虐待にさらされ続けて約1週間の加療を要する会陰裂傷の傷害を負わされた上,上着と肌着を持ち去られて頭からズボンをかぶせられた状態で犯行現場に放置されたのであり,わずか10歳の幼い被害女児が強いられた肉体的苦痛のみならず極度の恐怖・絶望など精神的苦痛の甚大さはまさに筆舌に尽くし難いものである。被害女児は,被害後,苦痛のあまり被害のことを忘れるよう努めてきたが,現在でも,見知らぬ男性に道を尋ねられただけで本件被害状況が思い出されて息苦しくなるなどしており,その精神的被害の影響は極めて深刻である。
第4事件の被害女児は,帰宅途中にいきなり略取され,ガムテープで目隠しをされて恐怖のあまり全く抵抗できないまま,被告人の卑劣な性的虐待にさらされ続けたものであり,その肉体的・精神的苦痛は甚大である。被害女児は,被害後も,被告人を強く恐れ,同人から口止めされていたために,本件が捜査機関に発覚するまでの約5か月間にもわたって,誰にも被害を打ち明けることすらできずにたった一人で苦しんでいたもので,その精神的重圧は相当なものであったと認められる。現在も情緒不安定な状態が続いており,その精神的被害の影響は重大である。
第5事件の被害女児は,下校途中にいきなり略取され,足を殴打されるなどして恐怖のあまり全く抵抗できないまま,被告人の卑劣な性的虐待にさらされ続けて約1週間の加療を要する会陰裂傷の傷害を負わされたものであり,その肉体的・精神的苦痛は極めて甚大である。被害女児は,被害後,それまで懐いていた父親を避けたり,被害状況が夢に出てきて就寝中にうなされるなどしており,その精神的被害の影響は深刻である。
第6事件の被害女児は,下校途中にいきなり略取され,恐怖のあまり全く抵抗できないまま,被告人の卑劣な性的虐待にさらされ続けたものであり,その肉体的・精神的苦痛は甚大である。被害女児は,被害後,一人で留守番をすることも怖がるなどしており,その精神的被害の影響は重大である。
以上の被害状況からも明らかなように,本件各犯行の被害女児ら及びその家族が被告人に対して極めて峻烈な処罰感情を抱いていることは,本件各犯行の凶悪さ及び被害の甚大さに照らしても,至極当然のことである。
また,本件各犯行は,いずれも帰宅途中の幼い女児を標的とした卑劣で悪質なものであるばかりか,第4事件以降は,あろうことか,このような悪質な犯罪を取り締まって国民のために社会の安全を守ることこそをその第一の職責とすべき現職警察官によって起こされたという,まさに耳を疑うような衝撃的なものであり,本件各犯行が地域住民に与えた驚き,怒り,不安は甚大である。そして,幼い子供を標的とした悪質な犯罪が後を絶たない今日の社会情勢を考えれば,本件各犯行のような凶悪犯罪の社会的影響は深刻であり,一般予防の必要性も極めて高く,被告人において一段と強い非難を免れない。
このような重大な被害結果にもかかわらず,被告人はいまだに被害弁償等慰謝の措置を何ら講じておらず,その具体的な見込みも立っていない上,犯行動機に関して責任転嫁とも受け取れる弁解に終始して被害関係者の感情をさかなでにするなど,真摯に反省しているとは到底認められない。
3 第3事件
被告人は,警察学校在学中,女子用のスクール水着を狙って夜間に小学校の敷地内に入り,校舎2階の渡り廊下部分によじ登って校舎2階の無施錠の窓から校舎内に侵入し,女子用のスクール水着を物色し,4着を選んで窃取すると,これらを警察の寮の自室に持ち帰って隠匿保管していた。被告人は,その動機につき「第2事件の証拠品を処分してしまったため,自分と第2事件とを結びつける状況を作り出そうと思った。」などと不合理な弁解に終始しているが,その態様や被告人の性的傾向から,本件がいわゆる色情盗であることは明白であり,その動機に酌量の余地はない。犯行態様も悪質で,被害弁償等慰謝の措置もなく,現職警察官による犯行という点で社会的影響も看過できない。
4 第7事件
被告人は,佐賀県鳥栖警察署留置場に勾留中,逃走を企て,警備が手薄になると認識していた休日に,被害者が一人になったときを見計らって,房の外に出るために巧妙に策を講じるなどした上で本件犯行に及んでおり,本件は非常に計画的かつ狡猾なものである。被告人は,被害者に対して両目付近を手指で突く,頸部に腕を巻き付けて投げ倒す,身体を押さえつける,股間付近を膝蹴りするなどの激しい暴行を執拗に加え続けており,その犯行態様は非常に粗暴かつ危険で悪質である。被害者は全治約2週間を要する傷害を負わされており,その身体的被害も軽微とはいえない。被告人は,公判廷において,本件は交際相手に自分のことを諦めさせるためにやったなどと不合理な弁解をしており,本件を真摯に反省しているとは認め難く,被害弁償等慰謝の措置もない。
5 まとめ
以上の各犯行の経緯及び動機,犯行態様,被害結果等に照らせば,被告人の刑事責任は極めて重大である。また,特に一連のわいせつ関連事件は被告人の特異な人格に深く根ざしていると思われるところ,被告人はいまだ自己の内面を直視して内省を深めるには至っていないことから,同種再犯に及ぶおそれも大きい。
したがって,被告人が公判廷において本件事実関係の大半を認めるに至ったこと,年齢が比較的若く前科がないことなど,被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,主文のとおり量刑するのを相当と判断した。
(求刑 懲役20年)
平成18年3月14日
佐賀地方裁判所刑事部
裁 判 長 裁 判 官 坂 主 勉
裁 判 官 下 津 健 司
裁 判 官 稲 吉 彩 子
2006-04-03T16:37:43+09:00
1144049863
-
H18. 3.15 東京地方裁判所 平成14年(ワ)第10365号 損害賠償請求事件
https://w.atwiki.jp/hanrei/pages/410.html
分娩促進剤を使用するに際して十分な分娩監視を行う義務に違反した過失が認められた事例
平成18年3月15日判決言渡 平成14年(ワ)第10365号損害賠償請求事件
判決
主文
1 被告は,原告らに対し,各金170万円及びこれに対する平成12年8月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し,その1を被告の,その余を原告らの負担とする。
4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告らに対し,各金3945万4250円及びこれらに対する平成12年8月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告らが,被告の営む診療所で平成12年○月○日出生した原告らの子である亡A(平成16年○月○日死亡。以下「A」という。)が,産婦人科医である被告の不適切な診療行為によって分娩の過程で低酸素性虚血性脳症を発症したとして,不法行為に基づき,損害の賠償及びこれに対するAが出生した日から支払済みまでの間の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提となる事実(証拠等の摘示のない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 原告Bは,平成11年12月10日から,被告の経営する産科,婦人科,麻酔科の診療所「北見医院」(以下「被告医院」という。)に通院し,被告の診療を受けながら出産に向けて準備をしていた。出産予定日は平成12年8月2日(以下,平成12年については月日のみを記載する。)であった。この間,格別の異常はなかった。
(2) 原告Bは,7月に4回被告医院を受診したが,この間も,格別の異常はなかった(乙A1,4)。被告は,同月15日には,超音波検査を行って,胎児の体重を3276gと推定し,原告Bに対しその旨を説明した。
原告Bは,8月2日にも受診した。同日,ノンストレス・テスト(妊娠末期の妊婦に分娩監視装置を装着し,何も負荷しない自然の状態で記録された胎児心拍陣痛図(CTG)の所見から,胎児の健康状態を評価する胎児・胎盤機能検査。甲B2)を受けたが,異常は認められなかった(乙A1)。
(3) 原告Bは,8月4日深夜と翌5日に破水のような現象が起きたため(甲A5),被告医院に連絡し,その指示により同月5日午後6時ころ入院した。
入院時,被告は,微弱陣痛であると判断して,同日午後6時,7時,8時,9時及び10時の5回,陣痛促進剤であるプロスタグランジン製剤のプロスタグランジンE2を内服させた。
被告は,同日午後10時20分ころ,子宮が全開であると判断して,原告Bを分娩室に入室させた。さらに,午後10時21分に250mlの5%ブドウ糖液の点滴投与を始め,午後10時22分から陣痛促進剤であるオキシトシン製剤のアトニン-O(以下「アトニン」という。)5単位を点滴に加えた。
被告は,この間,原告Bに分娩監視装置を装着しなかったが,ドップラー胎児心音検出装置(以下「ドップラー装置」という。)により間欠的に胎児心拍数を聴取する方法(5秒ずつ3回聴取する方法)により,胎児心拍数を確認し,それをその都度原告Bに告げていた。
アトニンの投与後,胎児心拍数は,同日午後10時45分に116回/分と減少し,午後11時には108回/分とさらに減少した(胎児心拍数120回/分以下は軽度徐脈とされている。甲B2)。そこで,被告は,これに対応するために吸引を行うなどした結果,同日午後11時8分,経膣分娩によりAが出生した。出生時の体重は3725gであった。
出生後,Aが多呼吸になったため,被告は,市民病院にAの受入れを要請したが,O-157による病棟閉鎖を理由に断られた。そこで,翌6日午前0時37分ころ救急車の出動を要請し,同日午前0時40分ころ被告も付き添って被告医院を出発し,同日午前0時46分ころ共済病院に到着した。
(被告本人,弁論の全趣旨)
(4) 共済病院のD医師は,8月9日までに,潜在性仮死による低酸素性虚血性脳症と診断をした(甲A2)。
Aは,同月9日,大学病院の新生児集中治療室(NICU)に転院し,9月24日退院した。同センターでは,同月10日,新生児仮死,低酸素性虚血性脳症,新生児のけいれんと診断されている(甲A3の2)。
(5) Aは,その後も,大学病院に入通院を繰り返した。平成13年1月17日には,「新生児仮死による低酸素性脳障害,それによる知能障害,脳性麻痺,症候性点頭てんかん」と診断された(甲A3の1)。また,平成14年5月9日には,診断名として,「重度精神遅滞,脳性麻痺,てんかん」とされ,強い剛直症状の筋緊張を示し,寝返り,座位保持は不能,咽頭筋麻痺のため嚥下ができず経鼻経管補給を行うことを要する,てんかんは難治である旨診断された(甲A1)。
そして,Aは,平成16年8月12日,急性脳死により死亡した(甲A6)。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
本件における争点は,過失論(争点1)のほか,被告の過失とAの脳障害との間の因果関係の有無(争点2)及び損害額(争点3)に大別される。
過失論に関する争点は,多岐にわたるが,Aの分娩の経緯に即すと,次のとおりである。
(1) 帝王切開を選択しなかった過失の有無(争点1-1)
(2) 陣痛促進剤(プロスタグランジンE2及びアトニン)の投与に関する過失の有無(争点1-2)
ア 適切に分娩監視をしなかった過失の有無(争点1-2-1)
イ 陣痛促進剤の使用方法を誤った過失の有無(争点1-2-2)
ウ Aの心拍数減少を看過した過失の有無(争点1-2-3)
(3) クリステレル圧出法を多数回行った過失の有無(争点1-3)
(4) 出生直後のAに対する措置に関する過失の有無(争点1-4)
ア 小児科医の診療を受けさせることが遅れた過失の有無(争点1-4-1)
イ 適切な蘇生措置を行わなかった過失の有無(争点1-4-2)
そして,上記各争点に関する当事者の主張は,別紙当事者の主張記載のとおりである。
第3 争点に対する判断
1 被告医院における分娩の経過
前記第2の1(前提となる事実)及び証拠(甲A2,5,乙A1ないし5,証人D,原告B,被告本人)によれば,次の事実を認めることができる。
(1) 原告Bは,8月5日午後6時ころ,その前日の深夜と当日に破水のような現象があったとして,被告医院を受診した。被告が診断したところ,弱い子宮収縮があり,肉眼的に水溶性分泌物(混濁なし)が認められ,ROMチェックにより破水が確認された。子宮口は4㎝開大し,児頭はほぼ固定していた。被告がドップラー装置で胎児心拍数を5秒ずつ3回測定(以下,胎児心拍数の測定はすべて同様の方法によった。被告医院には分娩監視装置が設置されていたが,本件分娩当日は使用されなかった。)した結果各12回(144回/分)と正常であった。被告は,微弱陣痛であると判断し,陣痛促進剤であるプロスタグランジンE2を投与することにし,まず1錠を原告Bに服用させた。
(2) その後Bが分娩室に入るまでの経過は,おおむね次のとおりである。
午後6時20分,子宮口開大を目的としてネオメトロを挿入した
午後7時,プロスタグランジンE2を1錠服用させた。胎児心拍数は,11回が2回,10回が1回(128回/分),陣痛の周歇(陣痛と陣痛の間隔)は10分,発作(陣痛の継続時間)は20秒であった(原告Bの腹部に手を当てる方法で測定。以下同じ。)。
午後8時,プロスタグランジンE2を1錠服用させた。胎児心拍数は各11回(132回/分),陣痛の周歇は8ないし9分であった。
被告が午後8時40分に内診したところ,子宮口開大が5ないし6㎝,子宮頚部の展退度が70ないし80%,児頭は,ネオメトロのためやや可動で,SP(ステーションポイント)は-2であった。この時点で,ネオメトロを抜去した。胎児心拍数は12回が2回,13回が1回(148回/分),陣痛の周歇は5分であった。
午後9時,プロスタグランジンE2を1錠服用させた。胎児心拍数は各12回(144回/分),陣痛の周歇は4ないし5分であった。
午後10時,プロスタグランジンE2を1錠服用させた。陣痛の発作は25ないし30秒,周歇は3ないし5分であった。
(3) その後のA娩出に至る経過は,おおむね次のとおりである。
被告は,午後10時20分,陣痛が増強したとのことで,原告Bを分娩室に入室させ,内診をした。その結果,子宮口が柔軟になっており,8㎝開大,展退度が70ないし80%,児頭は固定し,SP±0と児頭の下降も良好であった。
午後10時21分,250mlの5%ブドウ糖液の点滴投与を開始した。胎児心拍数は11回が2回,10回が1回(128回/分)であった。
午後10時22分から,アトニン5単位を上記点滴に加え,その投与を開始した。
アトニンは,1分間に60滴で1ml投与するマイクロドリップで投与したが,その速度としては,2ないし3m単位/分から始め,以後,速度を少し上げ下げし,最大時では,1分間に12,3滴(4ないし4.3m単位/分)まで増やした。
午後10時45分,胎児心拍数は10回が2回,9回が1回(116回/分。軽度徐脈)であった。
午後11時,胎児心拍数は各9回(108回/分。軽度徐脈)であった。被告は,胎児心拍数が低下傾向にあると判断し,会陰切開の上,吸引分娩に着手し,午後11時8分,Aを娩出させた。出生時の体重は3725gであった。
Aの出生直後の呼吸数は40回/分,心拍数は110回/分であった。
(4) Aの出生直後の経過は,おおむね次のとおりである。
Aは,午後11時11分ころ,初めて啼泣したが,弱いものであった。Aに呼吸停止,心停止はなく,アプガースコア自体もさほど低くはなかったが,自発呼吸がやや弱いと感じられたため,ジャクソンリースにより酸素投与を開始した。
午後11時25分,胎盤を娩出したが,特に異常は認められなかった。Aの呼吸数は40回/分,心拍数は120回/分であった。
午後11時35分,Aの呼吸数は60回/分,心拍数は140回/分と多呼吸になった。被告は,ジャクソンリースによる酸素投与を引き続き行い,経過観察をしたが,呼吸数の低下がみられなかったため,NICUへの転送を考え,市民病院に連絡したが,O-157による病棟閉鎖のため断られた。そこで,被告は,共済病院に連絡し,受入れの内諾を得,翌8月6日午前0時37分,救急車の出動を要請したところ,0時40分ころ救急車が到着した。このころまでの間に,Aの呼吸数は,最大80回/分まで上昇したこともあった。
被告は,救急車に同乗して,自ら酸素投与を行いながら,Aを共済病院に搬送し,0時46分,共済病院に到着した。その時点におけるAの動脈血酸素分圧は99.5と正常値を示していた。
2 争点1-1(帝王切開を選択しなかった過失の有無)について
(1) CPD,前期破水についての医学的知見
ア 児頭骨盤不均衡(CPD)(甲B2,29)
児頭と骨盤の間に大きさの不均衡があるため,分娩が停止したり,母児に危険が切迫したり,障害が予想される場合をいう。陣痛発来前にCPDの疑いを持つべきか否かのスクリーニングとしては,リスク因子による場合と,機能的方法(Seiz法による検査など)による場合がある。リスク因子としては,母の低身長(150㎝以下,特に145㎝以下),巨大児,高年初産婦などがある。
CPDの疑いがある場合には,X線骨盤計測,超音波断層検査を行い,CPD(+)と認められれば帝王切開を行うが,CPD(±)であれば,試験分娩を行い,児頭下降(-),胎児仮死(+)である場合には帝王切開を行う。
イ 前期破水(甲B28)
陣痛発来前に起こる破水をいう。羊水量の減少をもたらし,陣痛発来の後では臍帯圧迫の危険が増加することから,胎児仮死の頻度も増大する。破水後24時間以上経過しても分娩に至らない遷延破水においては,母児の感染と,羊水減少に伴う羊水過少症候群が臨床的に問題となる。正期産での前期破水は分娩開始の引き金となり,誘発分娩が行われることが多く,特に感染の合併が疑われる場合には急速遂娩の対象となる。
(2) 原告Bは,Aを出生した当時,身長151㎝,26歳であり(乙A1),上記(1)認定のCPDのリスク因子としての低身長,高年初産婦には直ちには該当しない。また,Aは,出生体重4000g以上ではなく,巨大児にも該当しない(原告は,この点については,積極的に争っていない。)。さらに,本件では原告Bに入院の前日深夜に破水のような現象が起きているが,入院時にはそれから24時間を経過しておらず,羊水過少症候群を具体的に疑う状況でもなかった。
こうした事実に徴すれば,被告がCPDの存否を判断するために積極的に検査をしなかったことについて,過失があったとはいえない。
(3) また,原告らは,被告には,帝王切開の準備もしておいて,自然分娩がスムーズに行かず児の状態が危ぶまれるときには,直ちに帝王切開に切り替えるべき注意義務があった旨主張する。
確かに,原告Bは身長が150cmに近い小柄であり,被告は,原告Bが入院時に破水していることを確認しているのであるから,分娩が順調に進まないことも考慮して,帝王切開の準備もしておくことが望ましかったということができる。そして,この点については,被告本人尋問の結果によれば,被告医院においては,消毒済みの器具を用意しており,助手となるべき医師についても,連絡して1時間半以内に児を帝王切開により娩出させることが可能な体制になっていたことが認められ,このような準備状況の適否が一応問題になる。
しかしながら,上記1(3)認定のとおり,被告は,胎児心拍数について軽度徐脈があると判断して吸引分娩を開始し,その後10分足らずの間にAを娩出しているのであるから,本件においては,帝王切開の準備状況の適否は,Aの症状に何らの影響も及ぼしていないことが明らかである。してみると,原告らの上記主張は,採用の限りでない。
3 争点1-2(陣痛促進剤の投与に関する過失の有無)について
原告らは,被告には,陣痛促進剤を投与するに際し,分娩監視装置を使用しなかった過失又はそれに相応する監視をしなかった過失(別紙当事者の主張の2(2)及び(3)),陣痛促進剤の使用方法を誤った過失(同3)がある旨主張する。そこで,以下この点について検討する。
(1) 証拠(甲B2,甲B13の1,2,甲B14,17,19,乙B10)によれば,被告が本件分娩に際し使用した陣痛促進剤であるプロスタグランジンE2及びアトニンに関して,次の事実が認められる。
ア 本件分娩当時の能書の記載(いずれも平成12年2月改訂)
(ア) プロスタグランジンE2(一般名ジノプロストン)錠(乙B10)
a 添付文書冒頭の「警告」欄に,「過強陣痛や強直性子宮収縮により,胎児仮死・・・等が起こることがあり,慎重に行うこと」として,3点が記載されている。「1 患者及び胎児の状態を十分観察して,本剤の有益性及び危険性を考慮した上で,慎重に適応を判断すること。」,「2 本剤は点滴注射剤に比べ調節性に欠けるので,分娩監視装置等を用いて胎児の心音,子宮収縮の状態を十分に監視出来る状態で使用すること。」,「3 オキシトシン,ジノプロスト(PGF2)との同時併用は行わないこと。また,前後して使用する場合も,過強陣痛を起こすおそれがあるので,十分な分娩監視を行い,慎重に投与すること。」である。
b 「用法・用量」欄には,次の4点が記載されている。「1 通常1回1錠を1時間毎に6回,1日総量6錠(ジノプロストンとして3㎎)を1クールとし,経口投与する。」,「2 体重,症状及び経過に応じ適宜増減する。」,「3 本剤の投与開始後,陣痛誘発,分娩進行効果を認めたとき,本剤の投与を中止する。」,「4 1日総量ジノプロストンとして1クール3mg(6錠)を投与し,効果の認められない場合は本剤の投与を中止し,翌日あるいは以降に投与を再開する。」である。
c 「使用上の注意」の「2 重要な基本的注意」欄には,「本剤は点滴注射剤に比べ調節性に欠けるので,分娩監視装置等を用いて子宮収縮の状態及び胎児心音の観察を行い,投与間隔を保つよう十分注意し,陣痛誘発効果,分娩進行効果を認めたときは中止し,過量投与にならないよう慎重に投与すること。」と記載されている。
d 「使用上の注意」の「3 相互作用」欄には,「(1) 併用禁忌(同時併用しないこと)」として「オキシトシン アトニン-O」が,「(2) 併用注意(前後して使用する場合は注意すること)」として「オキシトシン」が,いずれも,類似の作用を持つ薬剤を使用することにより作用を増強するとの機序により過強陣痛を起こしやすいと記載されている。そして,併用注意の場合の措置方法としては,「投与間隔を保ち十分な分娩監視を行い,慎重に投与すること。」と記載されている。
(イ) アトニン-O5単位(一般名オキシトシン)(甲B14)
a 添付文書の冒頭の赤枠の「警告」欄に,「本剤を分娩誘発,微弱陣痛の治療の目的で使用するにあたって 過強陣痛や強直性子宮収縮により,胎児仮死・・・等が起こることがあり,母体あるいは児が重篤な転帰に至った症例が報告されているので,本剤の投与にあたっては以下の事項を遵守し慎重に行うこと。」として,次の4点が記載されている。「1 患者及び胎児の状態を十分観察して,本剤の有益性及び危険性を考慮した上で,慎重に適応を判断すること。」,「2 分娩監視装置等を用いて,胎児の心音,子宮収縮の状態を十分に監視すること。」,「3 本剤の感受性は個人差が大きく,少量でも過強陣痛になる症例も報告されているので,ごく少量からの点滴より開始し,陣痛の状況により徐々に増減すること。また,精密持続点滴装置を用いて投与することが望ましい。」,「4 プロスタグランジン製剤(PGF2α,PGE2)との同時併用は行わないこと。また,前後して投与する場合も,過強陣痛を起こすおそれがあるので,十分な分娩監視を行い,慎重に投与すること。」である。
b 「禁忌(次の患者には投与しないこと)」欄に,「2 分娩誘発,微弱陣痛の治療の目的で使用するにあたって」として,「(1) プロスタグランジン製剤(PGF2α,PGE2)を投与中の患者」と記載されている。
c 「用法,用量」欄に,「1 分娩誘発・微弱陣痛」として,「点滴静注法 オキシトシンとして,通常5~10単位を5%ブドウ糖液(500ml)等に混和し,点滴速度を1~2ミリ単位/分から開始し,陣痛発来状況及び胎児心拍等を観察しながら適宜増減する。なお,点滴速度は20ミリ単位/分を超えないようにすること。」と記載されている。
d 「用法・用量に関連する使用上の注意」欄に,「2 分娩誘発,微弱陣痛の治療の目的で使用する場合は,以下の点に留意すること。」として,次の2点が記載されている。「(1) 本剤に対する子宮筋の感受性は個人差が大きく,少量でも過強陣痛になる症例があることなどを考慮し,できる限り少量(2ミリ単位/分以下)から投与を開始し,陣痛発来状況及び胎児心音を観察しながら適宜増減すること。過強陣痛等は,点滴開始初期に起こることが多いので,特に注意が必要である。」,「(2) 点滴速度をあげる場合は,一度に1~2ミリ単位/分の範囲で,40分以上経過を観察しつつ徐々に行うこと。点滴速度を20ミリ単位/分にあげても有効陣痛に至らないときは,それ以上あげても効果は期待できないので増量しないこと。」である。
e 「使用上の注意」の「3 相互作用」欄には,「併用禁忌(併用しないこと)」として「プロスタグランジン製剤(PGF2α,PGE2)プロスタルモンF,プロスタルモンE錠等」が,「併用注意(併用に注意すること)」として「プロスタグランジン製剤(PGF2α,PGE2)」が記載されている。「併用禁忌」の場合の臨床症状としては,同時併用により,過強陣痛を起こしやすいと,また,「併用注意」の場合については,「両剤を前後して使用する場合は,過強陣痛を起こすおそれがあるので十分な分娩監視を行い投与する。」と記載されている。機序・危険因子としては,「本剤及びこれらの薬剤の有する子宮収縮作用が併用により増強される。」と記載されている。
イ 陣痛促進剤による分娩誘発の適応,要約
日本母性保護産婦人科学会は,平成8年2月,厚生省(当時)から陣痛促進剤の適正使用の推進について協力依頼を受け,会員向けの「日母産婦人科医報」1996年第4号において陣痛促進剤を使用する分娩誘発の適応,要約について次の事項を掲載した。なお,そのころ,厚生省から,日本産科婦人科学会にも同様の協力依頼がされている(甲B13の2)。
(ア) 「分娩誘発の要約」中には,「(5) 分娩監視装置等を用いて十分な監視をすること。」との項目がある。
(イ) 陣痛促進剤を使用するに当たっての「共通の注意事項」として,「(2) これらを陣痛誘発,分娩促進の目的で使用する際は,過強陣痛や強直性陣痛により,胎児仮死・・・を起こす可能性があるため,分娩監視装置等を用いて十分な監視のもとで使用すること。」「(3) これら製剤をいかようにも併用することはすべて禁忌である。・・・・前後して投与する場合も過強陣痛を誘発することがあるため十分な分娩監視を行い,慎重に投与すること。」と記載されている。
(ウ) プロスタグランジンE2使用上の注意点として,「(6) 本剤投与後,他の陣痛促進剤を用いる場合は,プロスタグランディンE2内服後少なくとも1時間を経て後に用いること。」と記載されている。
(2) 上記(1)認定事実によれば,次のことが明らかである。
ア 本件で投与された陣痛促進剤アトニン-O5単位(一般名オキシトシン)の添付文書には,その冒頭の赤枠の「警告」欄に,分娩誘発,微弱陣痛の治療の目的で使用するに当たっては,過強陣痛や強直性子宮収縮により,胎児仮死等が起こることがあり,母体あるいは児が重篤な転帰に至った症例が報告されているとして,次の4点を遵守し慎重に行うべき旨が記載されていた。
すなわち,第1点は,患者及び胎児の状態を十分観察して,同薬剤の有益性及び危険性を考慮した上で,慎重に適応を判断することである。
第2点は,分娩監視装置等を用いて,胎児の心音,子宮収縮の状態を十分に監視することである。
第3点は,同薬剤の感受性は個人差が大きく,少量でも過強陣痛になる症例も報告されているので,ごく少量の点滴から開始し,陣痛の状況により徐々に増減すること,また,精密持続点滴装置を用いて投与することが望ましいことである。
第4点は,プロスタグランジン製剤との同時併用は行わないこと,また,前後して投与する場合も,過強陣痛を起こすおそれがあるので,十分な分娩監視を行い,慎重に投与することである。なお,この点について,添付文書の「禁忌(次の患者には投与しないこと)」欄では,本件で投与したプロスタグランジンE2を投与中の患者も挙げている。また,その「使用上の注意」の「相互作用」欄では,プロスタグランジンE2を,「併用禁忌(併用しないこと)」及び「併用注意(併用に注意すること)」として挙げている。その理由について,同時併用により過強陣痛を起こしやすい旨,また,両剤を前後して使用する場合には過強陣痛を起こすおそれがある旨,そして,その機序・危険因子について,「本剤及びこれらの薬剤の有する子宮収縮作用が併用により増強される」旨記載されていた。
イ また,上記アトニン-Oに先だって投与されたプロスタグランジンE2(一般名ジノプロストン)錠の添付文書には,その冒頭の「警告」欄に,過強陣痛や強直性子宮収縮により,胎児仮死等が起こることがあり,慎重に投与を行うべきであるとして,次の3点が明記されていた。すなわち,① 患者及び胎児の状態を十分観察して,同薬剤の有益性及び危険性を考慮した上で,慎重に適応を判断すること。② 同薬剤は点滴注射剤に比べ調節性に欠けるので,分娩監視装置等を用いて胎児の心音,子宮収縮の状態を十分に監視出来る状態で使用すること。③ オキシトシン等との同時併用は行わないこと,また,前後して使用する場合も,過強陣痛を起こすおそれがあるので,十分な分娩監視を行い,慎重に投与することである。そして,その添付文書の「使用上の注意」の「重要な基本的注意」欄にも,同趣旨の記載がされていた。
その使用方法については,より具体的に,① 添付文書の「用法・用量」欄に,通常1回1錠を1時間毎に6回,1日総量6錠を1クールとし,経口投与する旨や,体重,症状及び経過に応じ適宜増減し,その投与開始後,陣痛誘発,分娩進行効果を認めたとき,その投与を中止する旨等が,また,② 「使用上の注意」の「相互作用」欄に,オキシトシン製剤について,類似の作用を持つ薬剤を使用することにより作用を増強するとの機序により過強陣痛を起こしやすいとして,「併用禁忌(同時併用しないこと)」及び「併用注意(前後して使用する場合は注意すること)」である旨及び後者の「併用注意」の場合の措置方法として投与間隔を保ち十分な分娩監視を行い,慎重に投与すべき旨が記載されている。
ウ こうした添付文書上の記載に加え,上記(1)認定の陣痛促進剤の適正使用の推進に向けた厚生省,日本母性保護産婦人科学会等の動き等を総合的に検討すると,陣痛促進剤はそれぞれ単独で投与しても,過強陣痛や胎児仮死を引き起こす危険があることから,被告は,プロスタグランジンE2に引き続いてアトニンを投与するに当たっては,本件当時の開業医の医療水準として,まず,アトニンの有益性及び危険性を考慮して適応の有無を慎重に判断の上,分娩監視装置等を用いて胎児の心音や子宮収縮(陣痛)の状態を十分に監視しつつ,慎重に投与するようにすべき注意義務が課せられていたものというべきである。
(3) 次に,上記1認定の被告医院における分娩の経過によれば,次のことが明らかである。
ア 被告は,原告Bに対し,8月5日午後6時から午後10時まで,1時間おきにプロスタグランジンE2を1錠ずつ投与した上で,午後10時22分から,アトニン5単位を250mlの5%ブドウ糖液に加えて点滴投与を開始し,当初は,2ないし3m単位/分で投与し,以後,速度を上げ下げして,最大時では4ないし4.3m単位/分まで増やして投与した。
イ そして,この間の被告医院における分娩監視の状況は,次のとおりであった。すなわち,(ア) 胎児心拍数については,ドップラー装置により5秒ずつ3回測定する方法によって,同日午後6時,午後7時,午後8時,午後8時40分,午後9時,午後10時21分,午後10時45分,午後11時に測定した。また,(イ) 陣痛の周歇や発作については,原告Bの腹部に手を当てる方法によって,同日午後7時(周歇及び発作),午後8時(周歇のみ),午後8時40分(周歇のみ),午後9時(周歇のみ),午後10時(周歇及び発作)に測定した。
被告医院には分娩監視装置が設置されていたが,本件分娩当日は,それを使用することなく,上記方法によった。
ウ なお,被告は,分娩監視の状況について,その本人尋問において,上記に止まらず,胎児心拍数については,分娩室に入ってからは5分以内の間隔でドップラー装置により聴取していた,また,陣痛についても,原告Bの腹を触ってみたり,原告Bの状況を観察していた,しかし,格別の異常は生じていなかった旨を供述している。
もとより,被告は,原告Bの分娩の担当医師として,胎児の心拍数や原告Bの陣痛の状況を観察しながら,その分娩に立ち会っていたものと推認されるが,その具体的な内容については,上記認定事実以上には,それを客観的に明らかにする証拠がない。そして,記録化されているデータの把握の方法が上記認定の如くである以上,仮に被告が上記認定の頻度を超えて胎児心拍数及び陣痛の状況を確認していたとしても,その方法は,上記認定と同様のものであったと推認される。
(4) そこで,上記(2)の観点に立って,上記(3)認定の被告の上記各薬剤の投与状況について検討すると,被告には,アトニンの投与の過程における分娩監視の在り方において注意義務違反があったものというべきである。その理由は,次のとおりである。
ア 上記(2)説示のとおり,アトニンについては,本件当時の添付文書上,プロスタグランジン製剤との同時併用は行わないこと,また,前後して投与する場合も,過強陣痛を起こすおそれがあるので,十分な分娩監視を行い,慎重に投与すべき旨が警告されていた。そして,その理由,機序等についても,添付文書の「使用上の注意」の「相互作用」欄に,両剤を前後して使用する場合には過強陣痛を起こすおそれがある旨及び「本剤及びこれらの薬剤の有する子宮収縮作用が併用により増強される」旨明記されていた。
これを本件についてみると,被告は,午後10時にプロスタグランジンE2を1錠投与した上で,その22分後の午後10時22分からアトニンの点滴投与を開始したのであるから,被告は,その分娩監視に当たっては,より慎重を期す必要があったというべきである。
なお,アトニンの添付文書中の「同時併用」及び「前後して投与」の趣旨は必ずしも明瞭ではないが,甲B14(アトニンの製造販売元である帝国臓器製薬株式会社の弁護士法23条の2に基づく照会に対する回答書)では,「同時併用」とはオキシトン及びプロスタグランジンの両薬剤の作用が重なる場合をいい,「前後して投与」とは一方の薬剤を投与し,その後必要に応じてもう一方の薬剤を投与する場合をいい,両薬剤の子宮収縮作用には個体差があるため,ある決まった時間をおくという目安はないとされていることに照らすと,被告による上記投与が添付文書上の「同時併用」に該当し,禁止されていたものとまでは認められないというべきである。また,上記(1)イ認定のとおり,日本母性保護産婦人科学会は,会員向けの「日母産婦人科医報」1996年第4号において陣痛促進剤を使用する分娩誘発の適応,要約を掲載しており,その中で,陣痛促進剤を使用するに当たっての共通の注意事項として,これら製剤をいかようにも併用することはすべて禁忌である旨記載するとともに,プロスタグランジンE2使用上の注意点として「本剤投与後,他の陣痛促進剤を用いる場合は,プロスタグランディンE2内服
後少なくとも1時間を経て後に用いること。」と記載しているが,添付文書上の上記記載及び上記回答書(甲B14)の内容に徴すると,上記判断をただちに左右するものではない。
イ また,アトニンの投与開始時点の速度について,その添付文書には,同薬剤の感受性は個人差が大きく,少量でも過強陣痛になる症例も報告されているので,ごく少量の点滴から開始し,陣痛の状況により徐々に増減すべきこととされ,具体的には,「点滴速度を1~2ミリ単位/分から開始し,陣痛発来状況及び胎児心拍等を観察しながら適宜増減する」旨が記載されていた。
しかるに,被告は,アトニンの点滴投与を2ないし3m単位/分の速度で開始したのであるから,この点からしても,被告は,その分娩監視に当たって,より慎重を期す必要があったというべきである。
なお,被告の上記投与開始時点での速度については,添付文書上の上記記載との関係で問題になり得るが,投与開始時の速度については3m単位/分までは許容範囲であるとする文献もみられる(甲B21,23)ことに徴すると,それ自体をもって過量投与であると認めることはできない。
ウ ところで,アトニンの添付文書等では,上記のとおり,陣痛促進剤を投与することにより,過強陣痛等により胎児仮死等が起こることがあるため,分娩監視装置等を用いて,胎児の心音,子宮収縮の状態を十分に監視すべき旨警告されていた。
(ア) 上記胎児仮死について,日本母性保護医協会が昭和56年に発行した「周産期胎児管理のチェックポイント」では,判断基準として次の4点が挙げられている(甲B2,4,乙B5)が,これによれば,胎児仮死の診断においては,胎児心拍数の経時的な変化,子宮収縮の状況及びその両者の関係が重要な要素になるので,陣痛促進剤の投与に当たっては,これらの点を的確に把握することが不可欠になるというべきである。
① 持続的な徐脈の高度徐脈(100回/分以下)への移行
なお,徐脈とは,胎児心拍数基線(胎児心拍数図上の一過性変動のない部分の10分間程度の平均的な心拍数)が120回/分以下になったものをいう。そのうち100回/分以下となったものを高度徐脈という。
② 遅発一過性徐脈が15分以上連続して出現するとき
なお,遅発一過性徐脈とは,徐脈のうち,心拍数の低下が子宮収縮の開始より遅れて始まり,心拍数の最下点は子宮収縮のピークより遅れ,徐脈からの回復も子宮収縮の終了より遅れるパターンをいう。
③ 高度変動一過性徐脈が60回/分又は60秒以上持続
なお,高度変動一過性徐脈とは,反復して出現する一過性徐脈の形がそれぞれ異なり,子宮収縮と一過性徐脈の関係も一定でないものをいう。
④ 胎児心拍数基線細変動の減少又は消失
なお,胎児心拍数基線細変動とは,胎児心拍数基線の細かい心拍数の変動をいう。
(イ) ところで,分娩監視装置は,胎児心拍数を計測する胎児心拍計,子宮収縮及び胎動を検出する陣痛計並びに両者から得られる情報を連続的に同時記録する装置の3つが一体となった機器である。記録紙の上段に胎児心拍図が,下段に陣痛図が記録されるので,この両者に記録されている様々な情報を判読することにより,胎児の健康状態の主要な指標の一つである胎児血の酸素化の良否,陣痛の状態が客観的に,しかもリアルタイムに,かなり正確に評価することが可能となるので,現在では,周産期の母児管理に欠かせないものとなっている。(甲B2)
(ウ) 上記分娩監視装置の機能等のほか,上記認定の胎児仮死の判断基準にかんがみると,陣痛促進剤の投与に伴う過強陣痛等により胎児仮死等が生ずることを回避するための分娩監視としては,分娩監視装置が設置されている医療機関においては,それを用いて行うことが,その趣旨・目的に最も良く適った適切な方法であると判断される。
そして,このことは,本件投与の翌年の平成13年12月に,過強陣痛等の分娩時異常を避けるためには,分娩監視装置を装着し,異常を的確に把握することが必要不可欠と考えられるとして,上記両剤の添付文書の「警告」欄等の「分娩監視装置等」との記載から「等」が削除され,分娩監視装置を用いるべきこととされた(甲B14)ことからも,基礎付けられるというべきである。
エ 以上の認定説示に基づいて,被告が本件投与に当たって行った分娩監視の状況(上記(3)イ及びウ)について検討すると,そのような分娩監視では,胎児心拍数,子宮収縮の状況についての数値が,相互に関連づけられないまま,断片的に収集されるのみであり,分娩監視装置による継続的監視に比較して,極めて不十分なものとなっていたといわざるを得ない。
そして,本件においては,上記ア及びイ説示のとおり,被告は,プロスタグランジンE2を投与した22分後に,しかも,2ないし3m単位/分の速度で,アトニンの点滴投与を開始したのであるから,その分娩監視に当たってはより一層慎重を期す必要があったこと,しかも,被告医院には分娩監視装置が設置されていたことをも併せ考慮すると,もとより,本件投与がされた平成12年8月当時,アトニンの添付文書上分娩監視の方法が同装置の装着に限定されていた訳ではないが,被告は,本件アトニンの点滴投与に当たり,胎児の心音や子宮収縮の状態を的確に把握するために,分娩監視装置を装着して分娩監視をし,又はそれに匹敵する内容・程度の分娩監視をすべき注意義務を負っていたにもかかわらず,その義務を尽くさなかったものというべきである。
オ なお,原告らは,被告の本人尋問における供述を根拠に,被告は,娩出までの46分間にアトニン5単位をほとんどを使い切った,許容量上限の速度(20m単位/分)で46分間点滴し続けたとしても0.92単位にしかならないので,過量投与であることが明らかである旨主張する。
しかしながら,被告の本人尋問におけるアトニンの投与方法に関する供述(1分間に60滴で1mlを投与することができるマイクロドリップで投与したというもの)に照らすと,5単位をほとんど使い切った旨の原告らの主張事実を認めることができない。上記原告らの主張は,採用できない。
なお,原告らは,陣痛促進剤の投与に関し,以上のほか,妊娠35週以降の場合は,前期破水があっても,24時間待機し,分娩の経過を観察した上で分娩誘発すべき注意義務がある旨主張する(別紙当事者の主張2の)。しかしながら,前期破水があった場合は,感染防止のために,待機は12時間に留めた方がよいとの見解もあり(甲A7,甲B28),原告ら主張の医学的知見が本件分娩当時確立していたものとはいえない。しかも,前記前提となる事実認定のとおり,原告Bは,入院時に前日の8月4日深夜に破水のような現象があった旨訴えていたのであるから,こうした事実にも徴 すると,原告らの上記主張は採用できない。
また,原告らは,争点1-2-3に関し,アトニンを投与する者は,投与初期に過強陣痛が生じやすいので,胎児心拍数によって胎児仮死の兆候を 把握し,適切に対処すべき義務があるところ,被告は,8月5日午後8時40分以降,Aの1分間当たりの心拍数が一貫して減っているのを見過ごし た旨主張する(別紙当事者の主張4)。
この主張は,要するに,アトニンを投与する以上,適切な分娩監視を行い,胎児仮死の徴表が表れれば適切な処置をとるべきであるというに帰し,以 上において認定した過失に包摂されるものであり,それとは異なる独自の 注意義務違反を主張するものではないと解される。
4 争点1-3(クリステレル圧出法を多数回行った過失の有無)について
原告らは,被告が,原告Bの子宮口が全開に至らず,会陰切開もする前から,腹部をクリステレル圧出法により強く圧迫し始め,以後娩出に至るまで圧迫し続けた旨主張する。
(1) クリステレル圧出法とは,腹壁上から子宮底に手を当てて,胎児の殿部を母体脊柱方向に押すようにするものであり,胎児を子宮口の方に押し出すように子宮底を押すものではない。これは,児頭は,娩出時には,骨盤誘導線に沿って前方に向かうため,殿部を母体脊柱方向に押すことにより,母体前方への力が働き,児頭が娩出されるためである(甲B5)。
(2) ところで,この点について,原告B作成の陳述書(甲A5)中には,点滴開始後,原告Bがいきみ始めて間もなく,被告が同原告の左側から,腹部の上部を思い切り押し始め,10分ほどして,被告の母親がこれに代わった,その後,児頭が見えてきたが,その後も娩出が進まなかったので,被告の母が,原告Bの腹が張るたびにこれを押し,それがAの娩出まで続いた旨の記載がある。他方,原告Bの本人尋問における供述は,原告Bがいきみ始めて間もなく,被告が陣痛のたびにみぞおちを両腕で力強く押してきた,いきみ始めてから娩出までの時間のうち4割くらいに達したところで児頭が見えてきたが,なお娩出に至らないため,腹部圧迫を被告の母と交替したというものである。
以上の甲A5の記載と,本人尋問における供述とを比較すると,被告の母が原告Bの腹部を圧迫し始めたのと児頭が表れたのとのどちらが先であったかという基本的な事実関係について変遷している。また,被告やその母親がした動作についても,単に原告の腹部を「力強く押した」と供述等するものであり,上記認定のクリステレル圧出法の方法と基本的な点において異なる内容となっている。
(3) 以上の説示に加え,被告の本人尋問における供述,さらには,A出生後,原告Bの腹部には,内出血も含め,異常はみられなかった(原告B)ことに徴すると,被告やその母親がAを娩出させるために,クリステレル圧出法により,原告Bの腹部を強く圧迫をしたことを認めることはできない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。
5 争点1-4(出生直後のAに対する措置に関する過失)について
(1) 原告らは,本件分娩がスムーズにいかないおそれがあった,このような場合には,生まれた児の状態が悪いこともあり得るから,被告には,直ちに小児科医による治療が受けられるように準備すべき注意義務があった旨主張する(別紙当事者の主張6)。
しかしながら,原告Bについては,前記第2の1認定のとおり,妊娠中には異常がみられなかった。また,CPD等を理由とする帝王切開を選択しなかった過失に関する原告らの主張に理由がないことは,前記2説示のとおりである。さらに,原告Bには,8月4日深夜と翌5日に破水のような現象が起きたものの,分娩の過程で危険が生じることを具体的に予想させるほどの羊水の流出等があったことを認めるに足りる証拠はない。
そして,他に,Aが娩出される前の段階で,原告ら主張に係る上記注意義務があったことを基礎付ける具体的な事情を証する的確な証拠はないので,原告らの上記主張は採用できない。
(2) そこで,進んで,Aの出生後について検討する。
この点に関する原告らの主張は,要するに,A出生後,直ちに小児科医による治療を受けられるようにすべき注意義務に違反した(争点1-4-1),また,Aに対し適切な蘇生措置を行うべき注意義務に違反した(争点1-4-2)というものである。
しかしながら,上記注意義務違反の主張はいずれも採用できない。その理由は,次のとおりである。
ア 前記1認定の被告医院における分娩の過程によれば,次のことが明らかである。
本件分娩においては,アトニンを投与した後の8月5日午後10時45分になって胎児心拍数上軽度徐脈が認められるに至ったが,それまでの間については,被告は,原告Bについても,胎児についても,格別異常を認めていなかった。
同日午後11時,被告は,胎児心拍数が低下傾向にあると判断して,吸引分娩を開始し,午後11時8分,Aを娩出させた。出生直後の呼吸数は40回/分,心拍数は110回/分であった。
Aは,午後11時11分ころ初めて啼泣したが,弱いものであった。呼吸停止,心停止はなく,出生後間もなくの間のAのアプガースコア自体はさほど低くなかった(この点に関し,原告C作成の陳述書・乙A6中には,普通の赤ちゃんのようには泣かなかったが,見た目には色つやも良かった旨の記載がある。)が,自発呼吸がやや弱いと感じられたため,ジャクソンリースにより酸素投与を開始した。
午後11時35分,Aの呼吸数は60回/分,心拍数は140回/分 と多呼吸になった。被告は,ジャクソンリースによる酸素投与を引き続き行い,経過観察をしたが,呼吸数の低下がみられなかったため,転医を考え,市民病院に連絡したが,O-157による病棟閉鎖のため断られた。そこで,被告は,共済病院に連絡し,受入れの内諾を得,翌8月6日零時37分救急車の出動を要請し,零時40分ころ到着した救急車に同乗して,車中でも自ら酸素投与を行いながら,Aを共済病院に搬送した。零時46分,共済病院に到着したが,その時点におけるAの動脈血酸素分圧は99.5と正常値を示していた。
イ ところで,被告は,当時,医師免許取得後23年余りの経験を有し,その間,A医科大学において麻酔科及び救命救急センターに勤務して,その業務に従事したり,B病院の産婦人科に勤務したりした経験も積んでいた(乙A4,被告)。
ウ 以上認定のA娩出後の経緯及び被告のこれまでの医師としての経験の内容のほか,本件が深夜帯の出来事であったこと,さらには,共済病院に搬送された時点におけるAの動脈血酸素分圧が99.5と正常値を示していたこと等を総合的に考察すると,被告について,(ア) 小児科医による治療を受けさせることが遅れたとの注意義務違反があること,(イ) Aに対し適切な蘇生措置を行うべき注意義務違反があること(具体的には,十分な酸素供給を行わず,また,気管挿管も行わなかったこと)を基礎付ける具体的な事情を認めることはできないというべきである。
してみると,争点1-4-1に関する原告らの主張中,A出生後に係るもの及び争点1-4-2に関する原告らの主張は,いずれも採用できない。
6 争点2(被告の過失とAの脳障害との間の因果関係の有無)について
(1) 後医における診療の経過
証拠(甲A2,A3の1,2,証人D)によれば,次の事実を認めることができる。
ア 共済病院関係
(ア) Aは,8月6日零時46分,共済病院に搬送された。その時点における症状としては,呼吸状態は良好であったが,元気がなく,ミオクローヌス(筋を急速に収縮させて,手足をぴくつかせるような動き)及び易刺激性が認められ,新生児であれば持っているべき原始反射がほぼ消失し,上肢の筋緊張が低下していた。血液検査の結果,いわゆる胎児仮死酵素と呼ばれる逸脱酵素の測定値が高かった(AST213,LDH1933,CK981)。胸部レントゲン,心エコー,頭部超音波の各検査の結果,いずれも異常がなく,先天性の心疾患や脳疾患は認められなかった。
Aを診察したD医師は,上記のような多彩な神経学的症状及び逸脱酵素の上昇等から低酸素性虚血性脳症を疑い,保存的治療を開始して,経過観察をすることにした。
同日朝の段階で,活動性及び筋緊張の若干の回復を認めたが,代謝性アシドーシスが進行した。逸脱酵素の測定結果は,AST232,LDH2011,CK4914と,搬入時よりも上昇していた。
(イ) 同月7日には,ミオクローヌスが継続し,眼球右上方固視・体動停止を伴う微細けいれんが出現した。この日行われた頭部CT検査の結果,脳浮腫が認められた。なお,同日朝の逸脱酵素の測定結果は,AST622,LDH4134,CK36864と,更に上昇した。
(ウ) 同月8日には,意識障害やけいれんにやや増悪がみられた。大泉門に軽度の膨隆が認められた。同日朝の逸脱酵素の測定結果は,AST519,LDH3390,CK19230と,前日に比べ下がった。
(エ) 同月9日,原告らの希望もあり,Aは大学病院NICUに転院した。朝の逸脱酵素の測定結果は,AST363,LDH2592,CK6102と,更に下がった。
イ 大学病院関係
(ア) 8月9日12時50分入院した時点の問題点として,ミオクローヌス,易刺激性,上肢緊張低下,高ビルビリン血症,脳蓋内圧亢進,低ナトリウム血症,原因不明のアシドーシス,輸液過負荷が指摘された。また,午後5時30分に,全身のけいれんが認められた。
(イ) 同月10日に実施した頭部エコー検査の結果,脳浮腫は改善していた。
担当医は,同月7日のCKが高値であったことから,アプガースコアは低くないが,新生児仮死があったと考えられる旨判断した。また,Aが呈している全身のけいれんの原因について,① 低酸素性虚血性脳症,② 脳梗塞,③ 低ナトリウム,④ 頭蓋内出血を疑い,①及び②については状態が落ち着いた段階でMRI検査をし,④については頭部エコー検査により経過を観察することにした。
(ウ) その後,全身のけいれん発作については,その状況に応じフェノバールの投与により対応した結果,次第に消失した。覚醒してきて,啼泣もみられるようになったが,目は上方を凝視する状況が続いていた。
(エ) 同月30日にMRI検査を実施した結果,視床レンズ核,側脳室周囲及び中心溝付近にT1短縮を認め,担当医は,これらすべてが低酸素性虚血性脳症の所見と合致すると診断した。
(オ) 9月12日,それまでの診療経過に基づいて,大学病院の母子医療センター・E医師は,「新生児仮死,低酸素性虚血性脳症」と診断した。当時,経口哺乳も可能となっており,大きなけいれんもなくなったが,四肢の微細なけいれんは断続的に出現しており,抗けいれん薬によるコントロールが課題になっていた。そして,同月24日,目つきは異常のままであったが,けいれん発作がみられず,自律哺乳も確立したので,Aは退院した。
(カ) 平成13年1月17日,大学病院小児科・F医師は,「新生児仮死による低酸素性脳障害,それによる知能障害,脳性麻痺,症候性点頭てんかん」と診断した。なお,同医師は,その診断書の中で,前年8月30日のMRI検査の結果について,「大脳基底核と視床の萎縮と信号異常を示す。大脳運動野を中心とした皮質の一部にも萎縮と信号異常を認める。これらは新生児仮死などによる重篤な低酸素性脳障害に特徴的な画像所見である」旨記載している。
(2) 以上の認定事実に基づいて,まず,Aに生じた脳障害の原因について検討するに,その原因事実は,分娩の過程,特に,上記認定のアトニンの投与ににあるものと判断される。その理由は,次のとおりである。
ア 上記認定事実によれば,次のことが明らかである。
Aは,8月6日零時46分に共済病院に搬送された時点で,ミオクローヌス及び易刺激性が認められ,新生児であれば持っているべき原始反射がほぼ消失し,上肢の筋緊張が低下していた。また,いわゆる逸脱酵素の測定値も高かった。胸部レントゲン,心エコー,頭部超音波の各検査の結果,いずれも異常がなく,先天性の心疾患や脳疾患は認められなかった。Aを診察したD医師は,上記のような多彩な神経学的症状及び逸脱酵素の上昇等から低酸素性虚血性脳症を疑った。
翌7日の頭部CT検査の結果脳浮腫が認められた。
そして,同月9日転院した大学病院では,当初,ミオクローヌス,易刺激性,上肢緊張低下,高ビルビリン血症,脳蓋内圧亢進,低ナトリウム血症,原因不明のアシドーシス等を呈しており,全身のけいれんも認められた。翌10日,担当医は,アプガースコアは低くなかったが,新生児仮死があったと考えられる旨判断し,また,Aが呈している全身のけいれんの原因について,① 低酸素性虚血性脳症,② 脳梗塞,③ 低ナトリウム,④ 頭蓋内出血を疑い,①及び②については状態が落ち着いた段階でMRI検査をし,④については頭部エコー検査により経過を観察することにした。
同月30日にMRI検査を実施した結果,視床レンズ核,側脳室周囲及び中心溝付近にT1短縮を認め,担当医は,これらすべてが低酸素性虚血性脳症の所見と合致すると診断した。また,9月12日,それまでの診療経過に基づいて,大学病院母子医療センターの医師は,「新生児仮死,低酸素性虚血性脳症」と診断した。
そして,Aは,同月24日,けいれん発作がみられず,自律哺乳も確立したことから,大学病院を退院した。
平成13年1月17日,大学病院小児科・F医師は,「新生児仮死による低酸素性脳障害,それによる知能障害,脳性麻痺,症候性点頭てんかん」と診断した。なお,同医師は,その診断書の中で,前年8月30日のMRI検査の結果について,「大脳基底核と視床の萎縮と信号異常を示す。大脳運動野を中心とした皮質の一部にも萎縮と信号異常を認める。これらは新生児仮死などによる重篤な低酸素性脳障害に特徴的な画像所見である」旨記載している。
イ 上記アの診療経過を総合すれば,Aがその出生後呈していた脳障害は,後医である共済病院及び大学病院の医師らが診断したように,低酸素性虚血性脳症であると推認するのが相当である。
そして,その低酸素性虚血性脳症の発症原因は,Aの分娩の過程にあるものと認められる。その理由は,次のとおりである。
(ア) 上記のとおり,8月6日にAについて実施された胸部レントゲン,心エコー,頭部超音波の各検査の結果,いずれも異常がなく,先天性の心疾患や脳疾患は認められなかった。また,前記前提となる事実(第2の1)摘示の原告Bの妊娠中の経過に
2006-04-03T16:35:43+09:00
1144049743