五代目リプレイ2

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――二日目、朝――  昨日の今日だが、学校には変わらず通う。  士郎が決めたルールの一つがそれだった。  聖杯戦争に参加するにあたっても、日常生活を犠牲にしないこと。  彼らしいと言えば、彼らしい。 「おはよう、五鈴」 「ええ、おはよう。ごはん、何?」  寝巻から制服に着替えて居間に降りれば、当たり前のように朝食が用意されていた。  士郎曰く数少ない趣味らしいので、特に手を出す事はしない。  出来るのはせいぜい、皿や箸を並べるくらいだ。  しばらくして、玄関の方で戸を引く音がした。  出迎えようと椅子を引けば、それよりも早く駆け足が近づいてくる。 「おはようございます、先輩、五鈴さん。すみません、準備手伝えなくて…」  藤色の髪の少女が、ふわりとした笑顔で居間に入ってきた。  走ってきたのだろうか、少しだけ髪が乱れている。  そういえば、今日は部活の関係で朝は余裕がない、と嘆いていたっけ。 「…桜」  何の気なしに台所に向かう彼女を呼びとめる。 「料理は、士郎の数少ない趣味だから、やらせてあげて」  『数少ない』を強調していうと、台所から不平の声が飛んできた。  くすり、と朗らかに笑って、桜が返す。 「私の趣味でも、あるんですよ」 「…そうね、忘れてたわ」  二人並んで台所に立つ、これ以上に無い我が家の日常を、私は居間でのんびりと眺めていた。  夜になれば、殺し合いが始まる。  今のうちに、日常を噛みしめておかなければ。 ――二日目、学校――  少しばかり早く来すぎたせいか、することがない。  時計をじっと眺めて、クラスメイトの実のない会話に耳をそばだてていた所で、  印象的な赤いコートの少女が、気だるそうに教室に入ってきた。 「おはよう、遠坂さん」  クラスメイトの誰かが掛けた声に、凛は優雅に返す。  そのままツカツカと、一限目の予習を初めていた私の机の前に立つ。 「衛宮さん、おはようございます」 「…ええ、おはよう」  軽く挨拶を返すと、満足したのか、そのまま彼女は自分の席へと向かう。  遠坂家は冬木の管理者。  対してこちらは、モグリの魔術師。  父が何を意図してこの街に居を構えたのかは知らないが、その関係がある以上、私は彼女の前で大きな顔は出来ない。  少ししてチャイムが鳴り、ホームルームが始まった。 ――二日目、昼――  特に退屈な授業だったわけでもないが、あっという間に昼休みに突入する。  私は弁当箱を引っ提げて、隣のクラスに顔を覗かせた。 「…お、衛宮妹」  掛けられた声に、曖昧に反応を反す。  士郎との関係は、姉弟でもあり、兄妹でもあり、複雑なのだ。  加えて言えば、『衛宮士郎の妹』という称号ばかり先走って、五鈴という名前を覚えてもらえないのは、ちょっと切ない。 「五鈴? どうしたんだ」 「…お昼。弓道場でどうかな、と思って」  士郎の反応を待たず、彼の腕を取る。  そのまま、強引に教室から連れ出した。  後ろから冷やかす声が掛かったが、聞こえないフリ。 「お、おい…何なんだよ」  腕を振りほどき、顔を真っ赤にした士郎から抗議の声があがる。 「…こうでもして教室から連れ出さないと、お弁当をたかられるんでしょう」 「それにしたって、強引過ぎやしないか…後でからかわれるの、俺なんだけど」  ぶつぶつ不平を洩らされたが、それは私の知るところではない。  もう一度腕に組みつこうとしたが、逆らわないから止めてくれ、と嘆願されたので諦める。  向かうは弓道場。この時間なら、誰かしらはいるはずだ。 「先輩、五鈴さん…どうしたんですか?」 「お昼、同席しても構わない?」 「あ、はい、喜んで。えっと、お茶淹れますね」  弓道場の門を開けば、居たのは桜一人。  桜が言うには、先程まで居た虎は、職員室に連行されてしまったらしい。 「いいよ、桜。こっちが押し掛けたんだし、お茶は俺が淹れるから」 「ここは弓道場で、先輩たちはお客様です。もてなす意味でも、私が淹れますから」  目の端に映るお人好し合戦に吹き出せば、士郎が私の方に向き直った。  一瞬の隙を突いて、桜が急須を奪い取る。  逞しくなったものだ。 「それにしてもどうしたんだよ、珍しいな」 「私が士郎をご飯に誘ったことが?」 「いや、それは割と頻繁だろ。そうじゃなくて、学園でこの三人であつまるのがさ」 「…それは」  私は、ちら、と桜を一瞥した。 「士郎に…聞きたいことが、あったから」 「…桜がいないと駄目だったのか?」  私の仕草で察したのだろう。  桜本人も、その言葉で姿勢を正した。  この三人で、はっきりさせなければいけないこと。  聖杯戦争という、下手をしたら命を失う戦に向かう前に。  けれども家では気まずくて聞けないこと。  不思議そうに首を傾げる士郎に、口端を上げて、私は切り出した。 「桜の事、どう思っているんですか?」  ゴト、と重い音を立てて、桜の手から湯呑が滑り落ちた。 「す、すみませ…」  どもりながら顔を真っ赤にして、桜が雑巾を取りに走る。  一方で士郎は、驚いたような瞳でこちらを見返していた。  桜の士郎への好意は傍から見てもあからさまで、気付いていないのは本人たちだけ、と言ったほど。  かけがえのない兄弟と可愛い妹分のため、ここらで私が一肌脱ごう、と、意気込んだのだが、 「あー…いや、俺には勿体ないぐらい出来の良い妹分だよな、うん」  ハハハ、と、空笑い。  それだけか、と視線で問うても、士郎自身が視線を反らしてしまう。 「もう、先輩ったら…」  それだけでも十分だったのか、桜も頬を染めて、満更でも無い様子。  どうやら二人には、まだ早かったのかもしれない。  溜息を吐けば、桜がお茶のお代わりを注いでくれた。 ――二日目、放課後――  日常を犠牲にしない、その宣言通り。  士郎は、学校終わりに買い物に行くと言いだした。 「…私もついていきます」 「いいけど、特に面白いもんじゃないぞ?」  一瞬、頭を抱えそうになる。  彼の頭には、本当に日常生活のことしかないのか。 「今は聖杯戦争中でしょう、士郎」  出来るだけ声を潜め、注意する。  どうも彼には危機感が足りていないようだ。 「魔術師であるあなたが、迂闊に外を出歩いて良いと思っているの? 軽率すぎるわ」 「いや、だけどさ…晩飯のネタが」 「二人揃って行動をしないと危険だということを、理解しなさい」  二人なら、敵も的を絞りにくい。  それに、いざとなればライダーもいる。  彼女に時間を稼いでもらえば、容易に逃げることは出来るだろう。 「…二人で普通に買い物をする分には、問題無いんだろ」 「ええ」 「よし、わかった。じゃあ、買い物に付き合う代わり、今夜のメインディッシュは五鈴が決めてくれ」  胸の奥から溢れ出るため息を、堪えることは出来なかった。 「こんなところかな」  両手の買い物袋には、数日は出歩かなくてもいいように、山ほどの食材が詰め込まれている。  彼なりに、聖杯戦争を考えての買い物だったのだろう。  片方持つと言っているのに、彼は頑なに、男だから俺が持つんだ、と言って効かない。  こういう頑固なところは、誰に似たんだろう。 「お茶請け、好きなの買っていいぞ」  ぽい、と、胸元に財布を投げられる。  任されたところで、困ってしまう。これと言った好みもないのに。  ふわ、と香ばしい匂いに気付き、顔を上げる。  江戸前屋の大判焼き。  以前、桜が太鼓判を押していたのを思い出す。そういえば士郎も、ここの粒あんが好きだったっけ。 「いらっしゃい、何にしましょうか」 「粒あん、五つ」  士郎の好きなものは、ならば私の好きなものだ。  名前にちなんで、五個ほど頼んでみる。  処理しきれなければ、桜や虎を呼べばいい。 「はい、お待ちどうさま」  ほどもなく、紙袋を手渡された。  好みは無い、とは言ったものの、腕の中でほかほかと湯気立つ生地の香ばしさ。  見ていると、無性に食べたくなってきた。  袋に腕を突っ込んで、かぶりつこうとすると、士郎が笑う。 「あんまり食べると夕飯入らなくなるぞ」  ごもっともだ。 「じゃ、はんぶんこ、ですね」 「え?」  笑いを止めた士郎の口元に、半分に割った大判焼きを突き付ける。  彼は両手が塞がっているので、食べるなら私の手ずから、ということになるのだ。 「…あーん」  茶化して言ってみれば、頬を染める。  彼とは数年来だが、こういうところは未だに可愛らしく思える。 「いや、歩きながらは…」  拒もうとする士郎に、全力の笑みで以て返す。 「あーん」 「…、いえ、頂きます」  観念した士郎の口の中に、大判焼きを押し込んだ、その時だった。 「サーヴァントです」  頭の中に、ライダーの凛とした声が響く。 「――…!!」  条件反射で身構えた。  蕩け切った頭に喝を入れる。  大判焼きを咥えたままの士郎も、察してか神経を尖らせる。  一瞬でも気を抜いていた自分を責めた。  日常生活を犠牲にしないとは言ったが、それは日常に溺れるという意味じゃない。  ここはまだ家の外、言うなれば交戦区だというのに。 「教えてくれてありがとう、ライダー」 「いえ。五軒向こうの店…マスターは金髪の女性のようですね」  ライダーの言葉に従い、見やる。 「これを売ってほしいとお願いしていますのに、何故出来ないんです!」  大仰に構えたことを、激しく後悔した。  金髪のロールに高級そうな青のドレスは、商店街のど真ん中で、その女性は明らかに浮いていた。  年は自分たちと同じほどだろうか。  忍ぶ気もないその立居振舞い、正規の魔術師だとは思いたくない。 「あいつ…ポンド札で買い物しようとしてんのか」  金髪ロールは、その手に札束を握り締めていた。  随分な富豪だが、日本の田舎まで来てそれは、阿呆丸出しだ。 「融通が利きませんわね、これだから日本は!」  とはいえ、マスターであることに変わりはない。  となれば近くに、サーヴァントも潜んでいることだろう。  向こうは気づいた様子は無いが、警戒は必要だ。  気付かれないうちに去るべきか、と、隣の士郎を見やって、  隣にいたはずの士郎は、金髪ロールに話しかけていた。 「…なあ、此処は俺が建て替えようか?」 「あら、日本にも親切な方は居るのですね」  開いた口が塞がらない。  敵マスターだ、というライダーの忠告は、士郎にも伝わっていたんじゃないのか。  霊体化中のライダーも、言葉に詰まっている。  あのクールビューティーですら反応に困るんだから、余程のことだ。  いや、或いは、敵マスターでも、ということか。  誰かが犠牲になるのを止めたい、それが士郎の参加理由だ。  それはつまり、誰かを犠牲にする悪人以外は、彼の敵にはなりえないということ。  例え相手が争うべきマスターだとしても、困っているなら手を差し伸べる。  実に士郎らしい思考だった。 「助かりましたわ、シェロ。何かお返し出来るものがあれば…」 「気にすんなって、立て替えただけだし」  士郎らしい思考、だが。  私をほったらかして、打ち解けすぎじゃないだろうか。  困っている人を助ける正義の味方、結構なことだ。  しかし、鼻の下を伸ばした正義の味方なんて、私は知らない。  どうせいつも見慣れた貧相な私よりも、外国育ちの豊かな美女の方がいいんだろう。 「…あの、マスター」 「何?」 「よろしいのですか、彼らは」  帰ろうとする私に、さすがに気遣ってか、ライダーが提言する。 「大丈夫でしょう。少なくともあの金髪ロールに悪意は感じないし」  むしろ、マスターである私が軽々しく近づく方が危険だ。  聖杯戦争に参加したと言っても、サーヴァントを呼んでいない士郎はあくまで一般人。  それを傷つけるような相手でも無いだろう。  それに、まだ日は沈んでいない。  魔術の心得があるものなら、こんな時間から戦争を始めようとはしない。  私としたことが、失念していた。  士郎を守ろうと着いてきたのに、どうやら要らぬ世話だったようだ。  逃げ出すようにその場を去って、制服のまま自分の部屋のベッドに潜り込んだ。 ――二日目、夜――  士郎が帰宅した、その物音で目覚めたのは、三時間後。  日はとっくに暮れている。  随分と楽しんできたようだ。 「悪い悪い、すぐ晩飯作るからさ」 「…大判焼き食べたから、いらない」  士郎のために残してなんかやるものか、と、五個ともやけ食いだった。  正直、ちょっと胸やけがする。  唇をわざとらしく尖らせると、士郎が頬を掻いた。 「…ずいぶん遅いお帰りで」 「いや、ルヴィアがお礼だって…色々あってさ」 「ルヴィア?」 「ルヴィアゼリッタ、っていうんだ、彼女」 「…へえ。あだ名で呼ぶ仲になったんですね」  今度、桜あたりにでもチクっておこうか。金髪美女に見惚れていました、と。  士郎は困ったように目をうろつかせ、とにかく荷物置いてくる、と自分の部屋へ向かった。  私は後を追い、そのまま一緒に彼の部屋に入る。  殺風景な部屋だ。趣味娯楽と呼べるものが、何一つない。 「どうした?」 「…話しませんか、少しだけ」 「ああ、いいぞ」  けれど夕飯の支度もあるから、少しだけな。  付け加えて、士郎は私に座るように促した。  聖杯戦争、二日目、夜。  勝ち残るために、情報は一つでも多く必要だ。  手始めに、ルヴィアとかいう外人。  彼女のマスター像を、士郎から聞きだしたかった。 「あの後、何をしていたんですか?」 「あの後って…五鈴が拗ねて帰ってからか?」 「……そうです」  かなり物申したかったが、本題から反れてしまいそうなので、止めておく。 「いや、お礼だって商店街を回ってたんだけどさ…ルヴィアが持ってるのはポンドだけで、俺が払ったよ」  なんでさ、と、溜息と共に肩を落とす。 「ただ、両替して返してくれるってさ」  意外と律義な性格だ。  自分のことしか考えていない魔術師連中にしては、珍しい。  魔術に関わりの薄い、半ば巻き込まれた一般人に近いマスターなのだろうか。  それともあの富豪っぷりだ、単に箱入りなだけだろうか。  いや、先に私に気付いて、演技でこちらを泳がせているだけかもしれない。  いずれにせよ、一考の価値はあるだろう。  この話題は、ここまで。  本題は、次だ。 「……士郎」  シャツの袖を捲り、私は令呪を見せた。  これがなんなのか、という知識は、昨晩のうちに教えてある。 「あなたには、ある?」 「…令呪、か」  無ければいい、と思った。  同時に、ありますように、とも願う。  これ以上、聖杯戦争に巻き込まれてほしくなかった。  それは確実に、彼の心を抉る。  けれども士郎は、もうこの冬木で聖杯戦争が起きていることを知ってしまった。  彼が彼として在るなら、誰かを犠牲にするこの戦争に、手を出さずにはいられないだろう。  そうなった時に、彼を守れる存在が欲しい。  悔しくも、私一人では守れない。 「これのことか」  士郎は手をかざした。  血でも皮膚でも無い、赤い傷跡が、しっかりと刻まれていた。 「そうか…これが、令呪なんだな」  頷いて返す。 「士郎…サーヴァントを呼ぶかどうかは、貴方の判断に任せます」  よかった、と思う。  そして、酷い脱力感と眩暈を感じた。  矛盾する二つの感情が、私の中で悲鳴をあげている。  立ちあがり、戸を開く。 「晩飯、食うだろ」 「…ええ」 「出来たら呼ぶから」  いつもよりも少しだけ重い互いの声とともに、聖杯戦争の二日目が幕を閉じた。
――二日目、朝――  昨日の今日だが、学校には変わらず通う。  士郎が決めたルールの一つがそれだった。  聖杯戦争に参加するにあたっても、日常生活を犠牲にしないこと。  彼らしいと言えば、彼らしい。 「おはよう、五鈴」 「ええ、おはよう。ごはん、何?」  寝巻から制服に着替えて居間に降りれば、当たり前のように朝食が用意されていた。  士郎曰く数少ない趣味らしいので、特に手を出す事はしない。  出来るのはせいぜい、皿や箸を並べるくらいだ。  しばらくして、玄関の方で戸を引く音がした。  出迎えようと椅子を引けば、それよりも早く駆け足が近づいてくる。 「おはようございます、先輩、五鈴さん。すみません、準備手伝えなくて…」  藤色の髪の少女が、ふわりとした笑顔で居間に入ってきた。  走ってきたのだろうか、少しだけ髪が乱れている。  そういえば、今日は部活の関係で朝は余裕がない、と嘆いていたっけ。 「…桜」  何の気なしに台所に向かう彼女を呼びとめる。 「料理は、士郎の数少ない趣味だから、やらせてあげて」  『数少ない』を強調していうと、台所から不平の声が飛んできた。  くすり、と朗らかに笑って、桜が返す。 「私の趣味でも、あるんですよ」 「…そうね、忘れてたわ」  二人並んで台所に立つ、これ以上に無い我が家の日常を、私は居間でのんびりと眺めていた。  夜になれば、殺し合いが始まる。  今のうちに、日常を噛みしめておかなければ。 ――二日目、学校――  少しばかり早く来すぎたせいか、することがない。  時計をじっと眺めて、クラスメイトの実のない会話に耳をそばだてていた所で、  印象的な赤いコートの少女が、気だるそうに教室に入ってきた。 「おはよう、遠坂さん」  クラスメイトの誰かが掛けた声に、凛は優雅に返す。  そのままツカツカと、一限目の予習を初めていた私の机の前に立つ。 「衛宮さん、おはようございます」 「…ええ、おはよう」  軽く挨拶を返すと、満足したのか、そのまま彼女は自分の席へと向かう。  遠坂家は冬木の管理者。  対してこちらは、モグリの魔術師。  父が何を意図してこの街に居を構えたのかは知らないが、その関係がある以上、私は彼女の前で大きな顔は出来ない。  少ししてチャイムが鳴り、ホームルームが始まった。 ――二日目、昼――  特に退屈な授業だったわけでもないが、あっという間に昼休みに突入する。  私は弁当箱を引っ提げて、隣のクラスに顔を覗かせた。 「…お、衛宮妹」  掛けられた声に、曖昧に反応を反す。  士郎との関係は、姉弟でもあり、兄妹でもあり、複雑なのだ。  加えて言えば、『衛宮士郎の妹』という称号ばかり先走って、五鈴という名前を覚えてもらえないのは、ちょっと切ない。 「五鈴? どうしたんだ」 「…お昼。弓道場でどうかな、と思って」  士郎の反応を待たず、彼の腕を取る。  そのまま、強引に教室から連れ出した。  後ろから冷やかす声が掛かったが、聞こえないフリ。 「お、おい…何なんだよ」  腕を振りほどき、顔を真っ赤にした士郎から抗議の声があがる。 「…こうでもして教室から連れ出さないと、お弁当をたかられるんでしょう」 「それにしたって、強引過ぎやしないか…後でからかわれるの、俺なんだけど」  ぶつぶつ不平を洩らされたが、それは私の知るところではない。  もう一度腕に組みつこうとしたが、逆らわないから止めてくれ、と嘆願されたので諦める。  向かうは弓道場。この時間なら、誰かしらはいるはずだ。 「先輩、五鈴さん…どうしたんですか?」 「お昼、同席しても構わない?」 「あ、はい、喜んで。えっと、お茶淹れますね」  弓道場の門を開けば、居たのは桜一人。  桜が言うには、先程まで居た虎は、職員室に連行されてしまったらしい。 「いいよ、桜。こっちが押し掛けたんだし、お茶は俺が淹れるから」 「ここは弓道場で、先輩たちはお客様です。もてなす意味でも、私が淹れますから」  目の端に映るお人好し合戦に吹き出せば、士郎が私の方に向き直った。  一瞬の隙を突いて、桜が急須を奪い取る。  逞しくなったものだ。 「それにしてもどうしたんだよ、珍しいな」 「私が士郎をご飯に誘ったことが?」 「いや、それは割と頻繁だろ。そうじゃなくて、学園でこの三人であつまるのがさ」 「…それは」  私は、ちら、と桜を一瞥した。 「士郎に…聞きたいことが、あったから」 「…桜がいないと駄目だったのか?」  私の仕草で察したのだろう。  桜本人も、その言葉で姿勢を正した。  この三人で、はっきりさせなければいけないこと。  聖杯戦争という、下手をしたら命を失う戦に向かう前に。  けれども家では気まずくて聞けないこと。  不思議そうに首を傾げる士郎に、口端を上げて、私は切り出した。 「桜の事、どう思っているんですか?」  ゴト、と重い音を立てて、桜の手から湯呑が滑り落ちた。 「す、すみませ…」  どもりながら顔を真っ赤にして、桜が雑巾を取りに走る。  一方で士郎は、驚いたような瞳でこちらを見返していた。  桜の士郎への好意は傍から見てもあからさまで、気付いていないのは本人たちだけ、と言ったほど。  かけがえのない兄弟と可愛い妹分のため、ここらで私が一肌脱ごう、と、意気込んだのだが、 「あー…いや、俺には勿体ないぐらい出来の良い妹分だよな、うん」  ハハハ、と、空笑い。  それだけか、と視線で問うても、士郎自身が視線を反らしてしまう。 「もう、先輩ったら…」  それだけでも十分だったのか、桜も頬を染めて、満更でも無い様子。  どうやら二人には、まだ早かったのかもしれない。  溜息を吐けば、桜がお茶のお代わりを注いでくれた。 ――二日目、放課後――  日常を犠牲にしない、その宣言通り。  士郎は、学校終わりに買い物に行くと言いだした。 「…私もついていきます」 「いいけど、特に面白いもんじゃないぞ?」  一瞬、頭を抱えそうになる。  彼の頭には、本当に日常生活のことしかないのか。 「今は聖杯戦争中でしょう、士郎」  出来るだけ声を潜め、注意する。  どうも彼には危機感が足りていないようだ。 「魔術師であるあなたが、迂闊に外を出歩いて良いと思っているの? 軽率すぎるわ」 「いや、だけどさ…晩飯のネタが」 「二人揃って行動をしないと危険だということを、理解しなさい」  二人なら、敵も的を絞りにくい。  それに、いざとなればライダーもいる。  彼女に時間を稼いでもらえば、容易に逃げることは出来るだろう。 「…二人で普通に買い物をする分には、問題無いんだろ」 「ええ」 「よし、わかった。じゃあ、買い物に付き合う代わり、今夜のメインディッシュは五鈴が決めてくれ」  胸の奥から溢れ出るため息を、堪えることは出来なかった。 「こんなところかな」  両手の買い物袋には、数日は出歩かなくてもいいように、山ほどの食材が詰め込まれている。  彼なりに、聖杯戦争を考えての買い物だったのだろう。  片方持つと言っているのに、彼は頑なに、男だから俺が持つんだ、と言って効かない。  こういう頑固なところは、誰に似たんだろう。 「お茶請け、好きなの買っていいぞ」  ぽい、と、胸元に財布を投げられる。  任されたところで、困ってしまう。これと言った好みもないのに。  ふわ、と香ばしい匂いに気付き、顔を上げる。  江戸前屋の大判焼き。  以前、桜が太鼓判を押していたのを思い出す。そういえば士郎も、ここの粒あんが好きだったっけ。 「いらっしゃい、何にしましょうか」 「粒あん、五つ」  士郎の好きなものは、ならば私の好きなものだ。  名前にちなんで、五個ほど頼んでみる。  処理しきれなければ、桜や虎を呼べばいい。 「はい、お待ちどうさま」  ほどもなく、紙袋を手渡された。  好みは無い、とは言ったものの、腕の中でほかほかと湯気立つ生地の香ばしさ。  見ていると、無性に食べたくなってきた。  袋に腕を突っ込んで、かぶりつこうとすると、士郎が笑う。 「あんまり食べると夕飯入らなくなるぞ」  ごもっともだ。 「じゃ、はんぶんこ、ですね」 「え?」  笑いを止めた士郎の口元に、半分に割った大判焼きを突き付ける。  彼は両手が塞がっているので、食べるなら私の手ずから、ということになるのだ。 「…あーん」  茶化して言ってみれば、頬を染める。  彼とは数年来だが、こういうところは未だに可愛らしく思える。 「いや、歩きながらは…」  拒もうとする士郎に、全力の笑みで以て返す。 「あーん」 「…、いえ、頂きます」  観念した士郎の口の中に、大判焼きを押し込んだ、その時だった。 「サーヴァントです」  頭の中に、ライダーの凛とした声が響く。 「――…!!」  条件反射で身構えた。  蕩け切った頭に喝を入れる。  大判焼きを咥えたままの士郎も、察してか神経を尖らせる。  一瞬でも気を抜いていた自分を責めた。  日常生活を犠牲にしないとは言ったが、それは日常に溺れるという意味じゃない。  ここはまだ家の外、言うなれば交戦区だというのに。 「教えてくれてありがとう、ライダー」 「いえ。五軒向こうの店…マスターは金髪の女性のようですね」  ライダーの言葉に従い、見やる。 「これを売ってほしいとお願いしていますのに、何故出来ないんです!」  大仰に構えたことを、激しく後悔した。  金髪のロールに高級そうな青のドレスは、商店街のど真ん中で、その女性は明らかに浮いていた。  年は自分たちと同じほどだろうか。  忍ぶ気もないその立居振舞い、正規の魔術師だとは思いたくない。 「あいつ…ポンド札で買い物しようとしてんのか」  金髪ロールは、その手に札束を握り締めていた。  随分な富豪だが、日本の田舎まで来てそれは、阿呆丸出しだ。 「融通が利きませんわね、これだから日本は!」  とはいえ、マスターであることに変わりはない。  となれば近くに、サーヴァントも潜んでいることだろう。  向こうは気づいた様子は無いが、警戒は必要だ。  気付かれないうちに去るべきか、と、隣の士郎を見やって、  隣にいたはずの士郎は、金髪ロールに話しかけていた。 「…なあ、此処は俺が建て替えようか?」 「あら、日本にも親切な方は居るのですね」  開いた口が塞がらない。  敵マスターだ、というライダーの忠告は、士郎にも伝わっていたんじゃないのか。  霊体化中のライダーも、言葉に詰まっている。  あのクールビューティーですら反応に困るんだから、余程のことだ。  いや、或いは、敵マスターでも、ということか。  誰かが犠牲になるのを止めたい、それが士郎の参加理由だ。  それはつまり、誰かを犠牲にする悪人以外は、彼の敵にはなりえないということ。  例え相手が争うべきマスターだとしても、困っているなら手を差し伸べる。  実に士郎らしい思考だった。 「助かりましたわ、シェロ。何かお返し出来るものがあれば…」 「気にすんなって、立て替えただけだし」  士郎らしい思考、だが。  私をほったらかして、打ち解けすぎじゃないだろうか。  困っている人を助ける正義の味方、結構なことだ。  しかし、鼻の下を伸ばした正義の味方なんて、私は知らない。  どうせいつも見慣れた貧相な私よりも、外国育ちの豊かな美女の方がいいんだろう。 「…あの、マスター」 「何?」 「よろしいのですか、彼らは」  帰ろうとする私に、さすがに気遣ってか、ライダーが提言する。 「大丈夫でしょう。少なくともあの金髪ロールに悪意は感じないし」  むしろ、マスターである私が軽々しく近づく方が危険だ。  聖杯戦争に参加したと言っても、サーヴァントを呼んでいない士郎はあくまで一般人。  それを傷つけるような相手でも無いだろう。  それに、まだ日は沈んでいない。  魔術の心得があるものなら、こんな時間から戦争を始めようとはしない。  私としたことが、失念していた。  士郎を守ろうと着いてきたのに、どうやら要らぬ世話だったようだ。  逃げ出すようにその場を去って、制服のまま自分の部屋のベッドに潜り込んだ。 ――二日目、夜――  士郎が帰宅した、その物音で目覚めたのは、三時間後。  日はとっくに暮れている。  随分と楽しんできたようだ。 「悪い悪い、すぐ晩飯作るからさ」 「…大判焼き食べたから、いらない」  士郎のために残してなんかやるものか、と、五個ともやけ食いだった。  正直、ちょっと胸やけがする。  唇をわざとらしく尖らせると、士郎が頬を掻いた。 「…ずいぶん遅いお帰りで」 「いや、ルヴィアがお礼だって…色々あってさ」 「ルヴィア?」 「ルヴィアゼリッタ、っていうんだ、彼女」 「…へえ。あだ名で呼ぶ仲になったんですね」  今度、桜あたりにでもチクっておこうか。金髪美女に見惚れていました、と。  士郎は困ったように目をうろつかせ、とにかく荷物置いてくる、と自分の部屋へ向かった。  私は後を追い、そのまま一緒に彼の部屋に入る。  殺風景な部屋だ。趣味娯楽と呼べるものが、何一つない。 「どうした?」 「…話しませんか、少しだけ」 「ああ、いいぞ」  けれど夕飯の支度もあるから、少しだけな。  付け加えて、士郎は私に座るように促した。  聖杯戦争、二日目、夜。  勝ち残るために、情報は一つでも多く必要だ。  手始めに、ルヴィアとかいう外人。  彼女のマスター像を、士郎から聞きだしたかった。 「あの後、何をしていたんですか?」 「あの後って…五鈴が拗ねて帰ってからか?」 「……そうです」  かなり物申したかったが、本題から反れてしまいそうなので、止めておく。 「いや、お礼だって商店街を回ってたんだけどさ…ルヴィアが持ってるのはポンドだけで、俺が払ったよ」  なんでさ、と、溜息と共に肩を落とす。 「ただ、両替して返してくれるってさ」  意外と律義な性格だ。  自分のことしか考えていない魔術師連中にしては、珍しい。  魔術に関わりの薄い、半ば巻き込まれた一般人に近いマスターなのだろうか。  それともあの富豪っぷりだ、単に箱入りなだけだろうか。  いや、先に私に気付いて、演技でこちらを泳がせているだけかもしれない。  いずれにせよ、一考の価値はあるだろう。  この話題は、ここまで。  本題は、次だ。 「……士郎」  シャツの袖を捲り、私は令呪を見せた。  これがなんなのか、という知識は、昨晩のうちに教えてある。 「あなたには、ある?」 「…令呪、か」  無ければいい、と思った。  同時に、ありますように、とも願う。  これ以上、聖杯戦争に巻き込まれてほしくなかった。  それは確実に、彼の心を抉る。  けれども士郎は、もうこの冬木で聖杯戦争が起きていることを知ってしまった。  彼が彼として在るなら、誰かを犠牲にするこの戦争に、手を出さずにはいられないだろう。  そうなった時に、彼を守れる存在が欲しい。  悔しくも、私一人では守れない。 「これのことか」  士郎は手をかざした。  血でも皮膚でも無い、赤い傷跡が、しっかりと刻まれていた。 「そうか…これが、令呪なんだな」  頷いて返す。 「士郎…サーヴァントを呼ぶかどうかは、貴方の判断に任せます」  よかった、と思う。  そして、酷い脱力感と眩暈を感じた。  矛盾する二つの感情が、私の中で悲鳴をあげている。  立ちあがり、戸を開く。 「晩飯、食うだろ」 「…ええ」 「出来たら呼ぶから」  いつもよりも少しだけ重い互いの声とともに、聖杯戦争の二日目が幕を閉じた。 ---- [[一日目>五代目リプレイ1]] - 二日目 - [[三日目>五代目リプレイ3]] - [[四日目>五代目リプレイ4]] - [[五日目>五代目リプレイ5]] - [[六日目>五代目リプレイ6]] - [[七日目>五代目リプレイ7]] - [[八日目>五代目リプレイ8]] - [[九日目>五代目リプレイ9]] - [[数年後>五代目リプレイ10]]

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