五代目リプレイ3

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――三日目、朝――  日常を犠牲にしない。  士郎の決意は固いものだったらしく、居間に降りていけば既に朝食は完成していた。  仄かに鼻孔をくすぐる、香ばしい焦がし味噌の匂い。  今朝は、士郎の和食のようだ。 「おはよう、五鈴」 「おはようございます」 「ええ、おはよう」  皿を並べる桜、料理を盛る士郎に挨拶して、席に着く。  二人を手伝いたいが、生憎そこまで手際が良い方じゃない。 「「「いただきます」」」  味噌汁を喉に流し込む、五臓六腑が歓声を上げる。  魚を一口、口の中でほろりと解れる、最高の焼き加減。  これだけ美味しい食事を毎朝食べられる自分は、相当幸せ者だ。 「…唯一困るのは、舌が肥えてしまうことね」  割と本気で悩んでいたのに、士郎と桜は顔を見合わせて吹き出した。 ――三日目、昼―― 「…遠坂さん」  購買に向かう様子だった彼女を、私は呼びとめた。 「お昼、よかったら一緒に」  少し大きめのランチボックスを示す。  中には、桜に無理を言って詰め込んでもらったサンドイッチ。 「味は保証します」  凛は少しだけ、驚いたような表情を見せる。 「…珍しいですね、衛宮さんから誘ってくださるなんて」  突然の提案で、不躾だとは自分でも分かっている。  それでも優雅な所作を崩さないのは、流石遠坂家だ。 「そうですね…」  逡巡した凛が言葉を反すのを、少しだけ緊張して待つ。  変わらず優雅な微笑みのまま、凛はこちらに向き直った。 「いい場所があるんです、一緒に行きませんか?」  誘われたのは屋上だった。  漫画などでは定番の昼食場で、とりたてて穴場というわけではない。  しかし今日は、珍しく人がいなかった。  人払いの魔術か、と勘繰る。  彼女はこの街の管理者で、私はモグリの魔術師だ。  その私の方から食事に誘うということを、ただ事じゃないと彼女も汲み取ったのだろう。  聖杯戦争に際して、その土地の管理者から情報を得るのは、かなり有効な手段だった。  もし彼女自身がマスターなら、此方側は無関係を装い、その情報を引きだせる。  そう企てた上での、昼食の誘い。 「……まさか、学園にマスターが居たなんてね」  唐突だった。  唐突過ぎて不意を突かれ、思わず腕の令呪痕を押さえてしまう。  そういえば霊化しているとはいえ、今もライダーは隣にいる。  迂闊だった、と、ランチボックスを強く握る。 「…昼間、それも校内での戦闘は、」 「わかってるわよ、仮にもこの街の管理者よ?」  釘を刺そうとして、馬鹿ね、と肩を竦められる。  そんな言葉が彼女の口から出るのが予想外で、面喰ってしまった。  というか口調だけじゃなくて、かなり普段とは性格が違う…? 「けれど…あなたが私の敵となり得るなら、話は別」  見たこともない鋭い目つきで、凛が睨んでくる。 「今は見逃してあげる。戦う気が無いなら、令呪とサーヴァントを放棄して教会に逃げ込みなさい」  敵対する魔術師に対して出来る、最大限の譲歩だった。  名家の魔術師としては、かなり甘い考えだろう。  それとも冬木の管理人という立場を意識しているのだろうか。 「残念だけど…私に戦う気が無いのなら、初めからサーヴァントを呼んではいないわ」 「…それもそうね」  言葉を返し、対峙する。  同年代の少女から感じるプレッシャーが、酷く鋭く私を穿つ。  御三家の当代で、冬木の管理人。それも、かなりの天才肌。  けれども私とて、衛宮の魔術と自分の実力には自信を持っている。  互いの実力差は、どれほどか。  ライダーならあるいは、実力差などを無視して、一瞬で彼女を討ち取れるかもしれない。  騎乗兵のクラスは、強力な宝具を持っていることで知られている。  しかし、私を一瞬で葬り去ることが出来るのは、彼女の方とて同じだ。  口ぶりからして、凛も何かしらのサーヴァントを引き連れているのだろう。  先制を打ってこないのは冬木の管理人だからか、それとも私と同様、相手を見定めているのか。  仮に私から仕掛けて生き残れるのは、どれくらいの確率だろう。  いや、それ以前に此処は学校だ。事を起こせば、生き残っても今後の展開は確実に不利になる。  互いに互いの銃口を突き付けた状況で、  私は自分が、酷く魔術師的な考え方になっていることに気が付いた。 「……とりあえず、お昼を食べませんか」 「…は?」  なぜ、彼女を倒すことを前提に話を進めてしまっているのか。  彼女はクラスメイトで、それなりに友好な関係を築いている。  それを躊躇なく壊せるのは、士郎の言うような、悪人の魔術師に他ならない。 「この話の流れで、お昼、って…」 「桜、…後輩の間桐さんが作ったんです。味は保証します」 「……間桐さんが?」  先に一口食べて、毒なんぞ入っていない、と示す。  私の一時休戦の提案に、渋々凛も付き合ってくれた。 ――三日目、放課後――  放課まで、凛と顔を合わせることは無かった。  今後も私は学園に通うし、聖杯戦争を放棄することもない。  凛との議論は、恐らく平行線だろう。  さて、と、放課の予定を決める。  士郎は生徒会の用事があり、桜は部活。  特に用事が無いのは私だけだ。  ただ真っ直ぐに帰宅するのもつまらないので、商店街に寄ってみる。  何かしらの暇つぶしにはなるだろう。  運が良ければ、昨日のようにマスターを発見できるかもしれない。  が、そうとんとん拍子で進むワケもなく。  マスターに遭遇しないどころか、自分がいかに無趣味な人間か思い知る。  欲しい本は購入済みで、欲しい服も特にない。ブランド物にだって興味はない。  食材でも買って帰ろうかとも思ったが、昨日これでもかというくらいに買い漁ったのを忘れていた。  これは士郎のことも馬鹿に出来ないな、と、軽くへこんで帰路に着く。 ――三日目、夜――  ただいま、とは言わなかった。  玄関の扉を開けた瞬間に、違和感に気付いたからだ。  外の日は暮れているのに、廊下も居間も、電気が消えていた。  咄嗟に五感を研ぎ澄ますが、何の匂いも、光も、音も存在しない。 「…ライダー」  縋る様に、彼女を呼んだ。  実体化したライダーが、私を庇うように一歩前へ出る。 「はい、マスター…戦闘の形跡や魔力の残滓は感じられません」  では、一体彼の身に何があったというのか。  昨晩、見たはずじゃないか。  彼の手に刻まれた、聖杯戦争に巻き込まれたという、その証を。 「…士郎!」  思わず叫んだ。  脱いだばかりの靴を履き直し、閉めたばかりの玄関の扉を力強く開ける。  と、 「お、何だ五鈴。帰ってたのか」  間の抜けた少年の顔が、扉の向こうから現れた。  血相を変えた私を見るなり、なんだなんだと困惑する。 「……どこに、行ってたの?」 「悪い、一成の家でお茶を御馳走になってたら、遅くなった」  どっと力が抜けた。  こんな、時間まで。  聖杯戦争のなんたるかを、本当にこの少年は理解しているのか。  危機感が足りないにもほどがある。  どこぞの主人公みたいに、自分は死なないとでも思っているんじゃないか。  腕に令呪を携えてのこのこ歩きまわれば、殺してほしいと言っているようなものだ。  そもそもあなたが正義の味方を望んだから、私だってその渦中に身を投じたのに、私を放り出してどういうつもりなんだ。  いつもスラスラと口をついて出てくるはずの文句は、喉の奥でつっかえてしまった。  膝から崩れ落ちそうになるのを誤魔化して、前のめりに倒れ、そのまま士郎の胸板に腕を叩きつける。 「…心配、させないで」  なんとか絞り出した言葉は、少しだけ震えた。  士郎は頬を掻いて、顔を伏せる。 「……ごめん」  ライダーの気まずそうな咳払いが、やけに大きく響いた。 ――召喚の儀、士郎版―― 「…サーヴァント」 「今日みたいなことが二度と無いように、召喚してほしい」  語気をいつもより強めると、士郎が身じろいだ。  どれほど私が言い聞かせても、彼はその場の思いつきや勢いで行動する癖がある。  然るべきボディーガード…いや、お守が必要だ。  それにサーヴァントを二人も召し抱えているとなれば、単純な戦力としても心強い。 「ライダーはいいのか、それで」 「構いません…マスターの意向なので」  イエスマン、というわけではなく、彼女は本当に私の意見を尊重してくれているらしい。  先程事前に確認を取れば、ほんのうっすらとだが、微笑みでもって返してくれた。  一昨日交戦は確認しているが、まだ聖杯戦争は正式には始まっていない。  全てのサーヴァントが召喚されたわけじゃないのだ。  言うなれば今は、準備期間。 「私が使った魔法陣もあります…触媒は、用意できないけど」 「大丈夫なのか? とんでもなく凶悪な英霊が出たら、手に負えないんじゃないか」 「偶発的に召喚される英霊は、召喚主の素養に強く影響を受けます」  要は、似た者同士が引かれやすいのだ、ということ。 「士郎の素養なら、反英霊が現れるなんてことはまずあり得ない」 「そうか…」  少しだけ、士郎は考える素振りを見せる。  私としても、この提案は苦渋だった。  これでもう、後には退けない。  魔術師としてはまだ半人前な彼を、過去のトラウマでもある聖杯戦争に引きずり込んでしまう。  それでも、衛宮士郎は『正義の味方』だと、信じたからこその提案だった。 「そうだな、わかった」  士郎は立ち上がり、土蔵へ向かう。  私とライダーは、土蔵の外でその結末を待った。 「…告げる。えーっと…汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に…」  土蔵の壁の奥から、拙い暗唱が聞こえる。  私は誰にともなく祈り、ライダーは霊体化したまま一言も発さない。  そして、  眩い光が扉の隙間から漏れだし、次いで爆音。  何かが転がる音。  一度経験しているためか、思ったほど衝撃は来なかった。  恐る恐る、土蔵の扉を開くと、室内に月の光が挿しこむ。 「――問おう。貴方が私のマスターか?」  金髪碧眼の、幼い少女。  しかし名のある英霊であるだろうことは、その彼女が放つ圧倒的な魔力から感じて取れた。  夜に映える、青の装束。月に見合う、静謐たる気品。  息を呑んでいるのは、士郎も同じだったようだ。  少女が首を傾げるのを見て、慌てて肯定する。 「サーヴァント『セイバー』、召喚に従い参上した。これより我が剣は貴方と共にあり、我が運命は貴方と共にある」 「えっと、『セイバー』って呼べばいいのか? とにかく、宜しく」 「はい、宜しくお願いします、マスター」 「…マスターっていうのは慣れないな。名前でいい。俺は衛宮士郎」 「では、シロウと」  その和やかな会話を持って、契約が無事に完了したことを理解する。  ホッと胸を撫でおろしたのも束の間、次の瞬間、矢のように鋭い眼光がこちらを捉えていた。 「…シロウ、一つ質問が。そこにいるマスターとサーヴァントは何なのでしょうか」  当然の疑問と敵意だ。  聖杯の依る辺に従ったのなら、他のサーヴァントは全て敵。  寄らば斬る、と、セイバーの瞳は言っていた。  自分よりも小柄なはずの少女に、気圧される。 「いや、俺の妹みたいなもので、同盟を組んでるんだ」  慌てたように、士郎が説明した。  同盟、という言葉に、セイバーの眉がわずかに動く。  確かに、急にこの場に呼び出された彼女からしてみれば、不可思議だろう。  一組しか勝ち残れない聖杯戦争で、同盟に何の意義があるだろうか。  けれども、彼女は目を細めて頷いた。 「…シロウがそう言うのでしたら」 「…ライダーは?」  こちらから敵意が無いことを証明するのに、さり気にクラスを明かしてみる。 「問題ありません。私はマスターのために戦うだけですから」  いつものように、機械的にライダーは返事をした。  私がライダーを呼びだした時も、触媒は手に入らなかった。  今回同様に、性質の近しい英霊が呼び出されたはずなのだが、はて、私はこんなに味気ない人間なのだろうか。 「なあ、セイバーも…その、英霊なんだろ?」  悩んでいると、至極当然のことを士郎が尋ねた。  セイバーが頷いて返すと、彼は質問を続ける。 「なら、その本名っていうか…真名っていうのか? 出来るなら、教えてほしいんだけど」 「…申し訳ありません、シロウ。教えることは出来ない」  武装を解除しないまま、セイバーはこちらを睨みつける。  関係上は同盟にあっても、心を許したわけではないらしい。 「貴方を通じて、彼女たちにも伝わってしまう。私はまだ、敵対する可能性のある彼女たちに、そこまでの信頼を置けません」 「セイバー、それは、」 「いいの、士郎。当然の判断だから」  反論しようとした士郎を、なんとか抑えつけた。  セイバーは正しい。私たちの方が異端なのだ。  無理にこちらのルールを押し付ければ、ますます心を許してはくれなくなるだろう。 「ご理解感謝します…ライダーのマスター」 「五鈴です。衛宮五鈴」 「では、五鈴と呼んでも?」 「構わないわ」  こちらからだけ名前を告げて、三日目が幕を閉じた。
――三日目、朝――  日常を犠牲にしない。  士郎の決意は固いものだったらしく、居間に降りていけば既に朝食は完成していた。  仄かに鼻孔をくすぐる、香ばしい焦がし味噌の匂い。  今朝は、士郎の和食のようだ。 「おはよう、五鈴」 「おはようございます」 「ええ、おはよう」  皿を並べる桜、料理を盛る士郎に挨拶して、席に着く。  二人を手伝いたいが、生憎そこまで手際が良い方じゃない。 「「「いただきます」」」  味噌汁を喉に流し込む、五臓六腑が歓声を上げる。  魚を一口、口の中でほろりと解れる、最高の焼き加減。  これだけ美味しい食事を毎朝食べられる自分は、相当幸せ者だ。 「…唯一困るのは、舌が肥えてしまうことね」  割と本気で悩んでいたのに、士郎と桜は顔を見合わせて吹き出した。 ――三日目、昼―― 「…遠坂さん」  購買に向かう様子だった彼女を、私は呼びとめた。 「お昼、よかったら一緒に」  少し大きめのランチボックスを示す。  中には、桜に無理を言って詰め込んでもらったサンドイッチ。 「味は保証します」  凛は少しだけ、驚いたような表情を見せる。 「…珍しいですね、衛宮さんから誘ってくださるなんて」  突然の提案で、不躾だとは自分でも分かっている。  それでも優雅な所作を崩さないのは、流石遠坂家だ。 「そうですね…」  逡巡した凛が言葉を反すのを、少しだけ緊張して待つ。  変わらず優雅な微笑みのまま、凛はこちらに向き直った。 「いい場所があるんです、一緒に行きませんか?」  誘われたのは屋上だった。  漫画などでは定番の昼食場で、とりたてて穴場というわけではない。  しかし今日は、珍しく人がいなかった。  人払いの魔術か、と勘繰る。  彼女はこの街の管理者で、私はモグリの魔術師だ。  その私の方から食事に誘うということを、ただ事じゃないと彼女も汲み取ったのだろう。  聖杯戦争に際して、その土地の管理者から情報を得るのは、かなり有効な手段だった。  もし彼女自身がマスターなら、此方側は無関係を装い、その情報を引きだせる。  そう企てた上での、昼食の誘い。 「……まさか、学園にマスターが居たなんてね」  唐突だった。  唐突過ぎて不意を突かれ、思わず腕の令呪痕を押さえてしまう。  そういえば霊化しているとはいえ、今もライダーは隣にいる。  迂闊だった、と、ランチボックスを強く握る。 「…昼間、それも校内での戦闘は、」 「わかってるわよ、仮にもこの街の管理者よ?」  釘を刺そうとして、馬鹿ね、と肩を竦められる。  そんな言葉が彼女の口から出るのが予想外で、面喰ってしまった。  というか口調だけじゃなくて、かなり普段とは性格が違う…? 「けれど…あなたが私の敵となり得るなら、話は別」  見たこともない鋭い目つきで、凛が睨んでくる。 「今は見逃してあげる。戦う気が無いなら、令呪とサーヴァントを放棄して教会に逃げ込みなさい」  敵対する魔術師に対して出来る、最大限の譲歩だった。  名家の魔術師としては、かなり甘い考えだろう。  それとも冬木の管理人という立場を意識しているのだろうか。 「残念だけど…私に戦う気が無いのなら、初めからサーヴァントを呼んではいないわ」 「…それもそうね」  言葉を返し、対峙する。  同年代の少女から感じるプレッシャーが、酷く鋭く私を穿つ。  御三家の当代で、冬木の管理人。それも、かなりの天才肌。  けれども私とて、衛宮の魔術と自分の実力には自信を持っている。  互いの実力差は、どれほどか。  ライダーならあるいは、実力差などを無視して、一瞬で彼女を討ち取れるかもしれない。  騎乗兵のクラスは、強力な宝具を持っていることで知られている。  しかし、私を一瞬で葬り去ることが出来るのは、彼女の方とて同じだ。  口ぶりからして、凛も何かしらのサーヴァントを引き連れているのだろう。  先制を打ってこないのは冬木の管理人だからか、それとも私と同様、相手を見定めているのか。  仮に私から仕掛けて生き残れるのは、どれくらいの確率だろう。  いや、それ以前に此処は学校だ。事を起こせば、生き残っても今後の展開は確実に不利になる。  互いに互いの銃口を突き付けた状況で、  私は自分が、酷く魔術師的な考え方になっていることに気が付いた。 「……とりあえず、お昼を食べませんか」 「…は?」  なぜ、彼女を倒すことを前提に話を進めてしまっているのか。  彼女はクラスメイトで、それなりに友好な関係を築いている。  それを躊躇なく壊せるのは、士郎の言うような、悪人の魔術師に他ならない。 「この話の流れで、お昼、って…」 「桜、…後輩の間桐さんが作ったんです。味は保証します」 「……間桐さんが?」  先に一口食べて、毒なんぞ入っていない、と示す。  私の一時休戦の提案に、渋々凛も付き合ってくれた。 ――三日目、放課後――  放課まで、凛と顔を合わせることは無かった。  今後も私は学園に通うし、聖杯戦争を放棄することもない。  凛との議論は、恐らく平行線だろう。  さて、と、放課の予定を決める。  士郎は生徒会の用事があり、桜は部活。  特に用事が無いのは私だけだ。  ただ真っ直ぐに帰宅するのもつまらないので、商店街に寄ってみる。  何かしらの暇つぶしにはなるだろう。  運が良ければ、昨日のようにマスターを発見できるかもしれない。  が、そうとんとん拍子で進むワケもなく。  マスターに遭遇しないどころか、自分がいかに無趣味な人間か思い知る。  欲しい本は購入済みで、欲しい服も特にない。ブランド物にだって興味はない。  食材でも買って帰ろうかとも思ったが、昨日これでもかというくらいに買い漁ったのを忘れていた。  これは士郎のことも馬鹿に出来ないな、と、軽くへこんで帰路に着く。 ――三日目、夜――  ただいま、とは言わなかった。  玄関の扉を開けた瞬間に、違和感に気付いたからだ。  外の日は暮れているのに、廊下も居間も、電気が消えていた。  咄嗟に五感を研ぎ澄ますが、何の匂いも、光も、音も存在しない。 「…ライダー」  縋る様に、彼女を呼んだ。  実体化したライダーが、私を庇うように一歩前へ出る。 「はい、マスター…戦闘の形跡や魔力の残滓は感じられません」  では、一体彼の身に何があったというのか。  昨晩、見たはずじゃないか。  彼の手に刻まれた、聖杯戦争に巻き込まれたという、その証を。 「…士郎!」  思わず叫んだ。  脱いだばかりの靴を履き直し、閉めたばかりの玄関の扉を力強く開ける。  と、 「お、何だ五鈴。帰ってたのか」  間の抜けた少年の顔が、扉の向こうから現れた。  血相を変えた私を見るなり、なんだなんだと困惑する。 「……どこに、行ってたの?」 「悪い、一成の家でお茶を御馳走になってたら、遅くなった」  どっと力が抜けた。  こんな、時間まで。  聖杯戦争のなんたるかを、本当にこの少年は理解しているのか。  危機感が足りないにもほどがある。  どこぞの主人公みたいに、自分は死なないとでも思っているんじゃないか。  腕に令呪を携えてのこのこ歩きまわれば、殺してほしいと言っているようなものだ。  そもそもあなたが正義の味方を望んだから、私だってその渦中に身を投じたのに、私を放り出してどういうつもりなんだ。  いつもスラスラと口をついて出てくるはずの文句は、喉の奥でつっかえてしまった。  膝から崩れ落ちそうになるのを誤魔化して、前のめりに倒れ、そのまま士郎の胸板に腕を叩きつける。 「…心配、させないで」  なんとか絞り出した言葉は、少しだけ震えた。  士郎は頬を掻いて、顔を伏せる。 「……ごめん」  ライダーの気まずそうな咳払いが、やけに大きく響いた。 ――召喚の儀、士郎版―― 「…サーヴァント」 「今日みたいなことが二度と無いように、召喚してほしい」  語気をいつもより強めると、士郎が身じろいだ。  どれほど私が言い聞かせても、彼はその場の思いつきや勢いで行動する癖がある。  然るべきボディーガード…いや、お守が必要だ。  それにサーヴァントを二人も召し抱えているとなれば、単純な戦力としても心強い。 「ライダーはいいのか、それで」 「構いません…マスターの意向なので」  イエスマン、というわけではなく、彼女は本当に私の意見を尊重してくれているらしい。  先程事前に確認を取れば、ほんのうっすらとだが、微笑みでもって返してくれた。  一昨日交戦は確認しているが、まだ聖杯戦争は正式には始まっていない。  全てのサーヴァントが召喚されたわけじゃないのだ。  言うなれば今は、準備期間。 「私が使った魔法陣もあります…触媒は、用意できないけど」 「大丈夫なのか? とんでもなく凶悪な英霊が出たら、手に負えないんじゃないか」 「偶発的に召喚される英霊は、召喚主の素養に強く影響を受けます」  要は、似た者同士が引かれやすいのだ、ということ。 「士郎の素養なら、反英霊が現れるなんてことはまずあり得ない」 「そうか…」  少しだけ、士郎は考える素振りを見せる。  私としても、この提案は苦渋だった。  これでもう、後には退けない。  魔術師としてはまだ半人前な彼を、過去のトラウマでもある聖杯戦争に引きずり込んでしまう。  それでも、衛宮士郎は『正義の味方』だと、信じたからこその提案だった。 「そうだな、わかった」  士郎は立ち上がり、土蔵へ向かう。  私とライダーは、土蔵の外でその結末を待った。 「…告げる。えーっと…汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に…」  土蔵の壁の奥から、拙い暗唱が聞こえる。  私は誰にともなく祈り、ライダーは霊体化したまま一言も発さない。  そして、  眩い光が扉の隙間から漏れだし、次いで爆音。  何かが転がる音。  一度経験しているためか、思ったほど衝撃は来なかった。  恐る恐る、土蔵の扉を開くと、室内に月の光が挿しこむ。 「――問おう。貴方が私のマスターか?」  金髪碧眼の、幼い少女。  しかし名のある英霊であるだろうことは、その彼女が放つ圧倒的な魔力から感じて取れた。  夜に映える、青の装束。月に見合う、静謐たる気品。  息を呑んでいるのは、士郎も同じだったようだ。  少女が首を傾げるのを見て、慌てて肯定する。 「サーヴァント『セイバー』、召喚に従い参上した。これより我が剣は貴方と共にあり、我が運命は貴方と共にある」 「えっと、『セイバー』って呼べばいいのか? とにかく、宜しく」 「はい、宜しくお願いします、マスター」 「…マスターっていうのは慣れないな。名前でいい。俺は衛宮士郎」 「では、シロウと」  その和やかな会話を持って、契約が無事に完了したことを理解する。  ホッと胸を撫でおろしたのも束の間、次の瞬間、矢のように鋭い眼光がこちらを捉えていた。 「…シロウ、一つ質問が。そこにいるマスターとサーヴァントは何なのでしょうか」  当然の疑問と敵意だ。  聖杯の依る辺に従ったのなら、他のサーヴァントは全て敵。  寄らば斬る、と、セイバーの瞳は言っていた。  自分よりも小柄なはずの少女に、気圧される。 「いや、俺の妹みたいなもので、同盟を組んでるんだ」  慌てたように、士郎が説明した。  同盟、という言葉に、セイバーの眉がわずかに動く。  確かに、急にこの場に呼び出された彼女からしてみれば、不可思議だろう。  一組しか勝ち残れない聖杯戦争で、同盟に何の意義があるだろうか。  けれども、彼女は目を細めて頷いた。 「…シロウがそう言うのでしたら」 「…ライダーは?」  こちらから敵意が無いことを証明するのに、さり気にクラスを明かしてみる。 「問題ありません。私はマスターのために戦うだけですから」  いつものように、機械的にライダーは返事をした。  私がライダーを呼びだした時も、触媒は手に入らなかった。  今回同様に、性質の近しい英霊が呼び出されたはずなのだが、はて、私はこんなに味気ない人間なのだろうか。 「なあ、セイバーも…その、英霊なんだろ?」  悩んでいると、至極当然のことを士郎が尋ねた。  セイバーが頷いて返すと、彼は質問を続ける。 「なら、その本名っていうか…真名っていうのか? 出来るなら、教えてほしいんだけど」 「…申し訳ありません、シロウ。教えることは出来ない」  武装を解除しないまま、セイバーはこちらを睨みつける。  関係上は同盟にあっても、心を許したわけではないらしい。 「貴方を通じて、彼女たちにも伝わってしまう。私はまだ、敵対する可能性のある彼女たちに、そこまでの信頼を置けません」 「セイバー、それは、」 「いいの、士郎。当然の判断だから」  反論しようとした士郎を、なんとか抑えつけた。  セイバーは正しい。私たちの方が異端なのだ。  無理にこちらのルールを押し付ければ、ますます心を許してはくれなくなるだろう。 「ご理解感謝します…ライダーのマスター」 「五鈴です。衛宮五鈴」 「では、五鈴と呼んでも?」 「構わないわ」  こちらからだけ名前を告げて、三日目が幕を閉じた。 ---- [[一日目>五代目リプレイ1]] - [[二日目>五代目リプレイ2]] - 三日目 - [[四日目>五代目リプレイ4]] - [[五日目>五代目リプレイ5]] - [[六日目>五代目リプレイ6]] - [[七日目>五代目リプレイ7]] - [[八日目>五代目リプレイ8]] - [[九日目>五代目リプレイ9]] - [[数年後>五代目リプレイ10]]

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