「初代リプレイ6-2」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「初代リプレイ6-2」(2012/01/19 (木) 21:50:46) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
* * *
「クソッ、俺のせいだ……!」
衛宮家にたどり着いた時、俺たちを待っていたのは荒された家と置き手紙。
『人質は預っている』
桜がいない。十中八九、攫われた。
ランサーがいない隙を突かれたのだ。
「今すぐ助けに行こう」
「……そうね、見殺しには出来ない」
こんな戦い方をするヤツは、情報皆無のライダーを除けばアサシンのマスターしかいない。
街中で銃器を使用するような男だ。昼間から、拠点に忍び込む程度やってのける。
(相手は複数のアサシン、こっちはサーヴァントを失ったマスターと、魔術師見習いが一人ずつ)
俺とランサーで守りきれる保証はない。
「駄目だ、行くな」
「……桜を見殺しにしろっていうのかよ!」
「冷静に考えろ、桜がまだ生きている保証はない」
俺には、お前らの命を守る義務がある。
「だとすればの、今生きている俺たちの命を優先するべきだ」
「アンタが言ってる事は正しいわ、でもそんな奴だとは思ってなかった」
遠坂の視線に失望が映る。
士郎の目には燃え上がるような、怒り。
分かっている。こういうヤツらだから、俺はずっと共にいたんだ。
死なせたくなかったから、戦いたくなかったから、守りたかったから。
だが、
(俺たちの代わりに、コイツらを守ってくれるアーチャーはもういない)
ならば俺が約束を果たす。アイツが命に代えて託したコイツらを、危険になど晒せない。
「分からないか? むざむざ殺されに行くような真似はするなって言ってるんだ。そんな真似は、アーチャーだって許さないはずだ」
「……ッ、アンタが、それを……!」
だから敢えてその名を告げる。
案の定、遠坂の目に壮絶な殺意が灯った。
構わない、どれだけ恨まれようと、それでコイツらが生き延びるなら。
「なんとでも言えばいい。いいな? 絶対に行くなよ」
念を押して、俺は士郎の家を後にした。
俺には、やることがある。
* * *
夜の街を歩いている。気付くと、新都へ続く橋の袂まで来ていた。
ふと、拠点へ戻ろうか、思う。
このまま敵の誘いに乗るのは、無策のまま死地へと飛び込むことと同義。それは、何処までも俺の流儀にはそぐわない。
だが、途端アーチャーの言葉が、俺を責める。
――凛を頼む、あと……あの馬鹿も。
血が滲むほど、拳を握り締める。
今命を惜しんだところで、アサシンが生存している限り、いずれ凛も士郎も……そして俺も、同じ目に遭うに決まっている。
時計を見た。もうすぐ0時だ。準備に戻るどころか、此処で迷っている時間すらない。行くのならば、死を覚悟した道となるだろう。
魔術師としての俺は、相変わらず行くなと告げている。それでも、
「ランサー、俺たちは此処までかもしれん」
「構わぬ! 我は最後まで、我が妻と共に道を行かん!」
「……フ、そうか。そうだな」
それも悪くない。だが、必ず約束は果たそう。桜を解放し、アイツらにせめて日常を返す。
ソレが勝利を捨てて俺たちを救ってくれた凛と、アーチャーへの罪滅ぼしだ。
「――往くぞランサー。今宵、アサシンを討つ」
意を決して、俺は橋に向かって駆け出した。
* * *
だが新都着いたとき、予想に反して――否、或いは予想通りに――そこに居たのは士郎と凛だった。
「……何で此処に? 来ないんじゃなかったのか?」
耳に届いたのはそんな一言。
脳裏の奥から、ブチリと何かが千切れる音が聞こえた。
「――それはこっちの台詞だ!!」
士郎の状況を理解していない台詞に、一気に感情が爆発する。
怒りで此処まで前後不覚になるのも初めてだ。
人の決意を無駄にしやがってこの馬鹿野郎共。
「相手はアサシンだ、マスターの天敵だ。サーヴァントすらいない魔術師が行って何になる? 人質前にして今のお前らに何が出来る? 言ってみろ呆け共!」
息が上がるまで捲くし立てる。荒い息を吐いて黙るも、まだ言い足りぬと睨み付けた。
「こうなったら、今此処で俺がお前らを――」
「ねえ、アンタさ」
気絶させてでも追い返す、と告げようとした時。
それまで黙っていた凛が静かな瞳で俺を見た。
「アンタ、一人で来るつもりだったの?」
言葉と同時に、その目から一筋だけ零れた涙が、俺の怒りに冷水をぶちまける。
ズルイ。女はズルイ。どれだけこちらが正しくとも、そんなまやかし一つで世界そのものを味方に付けやがる。
「……ああ、もう。馬鹿、ほんと馬鹿。なんで私の周りの男って、どいつもこいつもカッコつけたがるんだろう」
ごめん、泣くつもりなかったんだけど、と言いながら彼女は涙を拭った。
「でも私だって退けない、アンタに全部任せて家で祈ってるなんて、そんなのプライドが許さないわ」
「桜を大切に思ってるのはお前だけじゃない。俺にだって大切な妹分なんだ、どんなことをしても取り戻す」
「――――ハァ、クソ。マジで人の気もしらねぇで好き勝手に言いたい放題言いやがる」
ため息を吐く。済まないアーチャー、俺の言葉じゃコイツらは止められない。
「分かった、俺は知らない。自分の身は自分で守れ、それでもって勝手に死ね」
「そのつもりよ」
「そのつもりだ」
最後に綺麗に唱和した阿呆共を連れて、俺はアサシンの待ち受ける公園へと向かう。
いいさ、別にいい。構わない。こうなれば、俺とランサーで全員守りきれば良いだけの話。
(おい、ランサー。簡単に死ねなくなったぞ)
(望むところだ我が妻よ、異教徒の悉く串刺しにしてくれようぞ!)
パスだけの会話。先程までの悲壮感は俺たちにはない。
生きて帰る。誰一人掛ける事無く。そしてアサシンの脅威を消滅させる。
それだけじゃない。キャスターも、そしてまだ見ぬライダーも。
「倒すぞ」
「勿論よ」
「おう!」
聖杯を。アーチャーが託してくれた勝利を、俺たちはもう諦めない。
* * *
そうして、三人で公園にたどり着く。
「……来たか」
公園に立っていたのは、やはりあのロングコートの男だった。
「……爺、さん?」
唐突に士郎が呟いた。
様子がおかしい、まるで化け物か幽霊にでもあったような顔で、目前の敵マスターを凝視している。
確か士郎のいう爺さんとは、魔術の師であり父親代わりの人物だったと記憶しているが。
(何故だ? 士郎の話で五年前に死んでいるはずだが)
俺の混乱を他所に、男は氷のように冷め切った表情で淡々と告げた。
「全員手を頭の後ろで組み、サーヴァントの霊化を解け」
「今は言う通りに」
男の冷たい声がその場に響く。
俺は抵抗を見せず、二人に小さく告げてランサーの霊化を解いた。
「アーチャーの霊化も……なるほど、遠坂の娘はサーヴァントを失っていたか」
横に控えたアサシンの一人が切嗣に耳打ちしたかと思えば、小さく頷いた。
コイツら、あの森の状況も把握しているのか。
(これは、ランサーの正体も知られているな)
状況はまずい方へ転がっている。
只へさえ桜を人質に取られている状況、何処かで打開しなくては何も出来ず皆殺しにされる。
「……士郎、僕は君を歪ませてしまった、すまない」
だが、男は俺が恐れていた即断の暗殺を選ばなかった。
互いの因縁が、ただ敵として排除することを許さないのか。
(現状、鍵は士郎か)
ならばこれはチャンスだ。アサシンの最も怖い点は、認知外からの奇襲。
だがこうして相対していれば、それだけでスキルの効果は薄れる。
勿論隠れてこちらを伺っている者もいるだろう。
だがそれも、攻撃に転じた時点で気配遮断の効果は失われるはずだ。
「らしくない、なんて言われそうだが」
―――僕がこの手で殺す。確かな声で、士郎の養父はそう告げた。
銃を構えたまま、男は抑揚のない声で語る。
「僕が信じさせてしまった。正義の味方なんて、歪んだ存在を」
(……何の話だ?)
何故そんなフィクションの単語がここで出るのだろう。
信じさせた? ……つまり、士郎は正義の味方を信じていた?
「……何言ってんだよ、爺さん、俺を殺す?」
「ああ、そうだ。これは僕がやり遂げなければいけない」
(そうか)
何となく構図が見えてくる。士郎の一種異様な献身性の大本。
役に立つかも分からないのに、自殺行為にすら成り得る訓練を淡々と続けられる理由。
彼の誰かの為になりたいという願いは……否、それはもはや願いではなく。
「僕は、士郎に呪いをかけてしまった」
そう、呪いだ。
己を省みないのも、サーヴァントに簡単に向かってしまう無謀も、間違った訓練も何もかも、まともな意識では選べない。
それはきっと、『そのように選ぶよう』作られた精神。誰が計らずとも、偶然そうなってしまっただけだとしても。
彼にとっては、息子の人生を歪めた大いなる過ちに変わりない。
「……士郎、正義の味方なんて居ないんだよ」
そう言ってコートの男は士郎に銃を向けた。
意識が、そちらへと。
(――開いた!)
男の後悔が、それまで完璧だった警戒に穴を空けた。
俺は魔力を全身に流し、無理やり身体を強化。一気に男へと向かって走り出す。
銃を士郎に向ける動作。その一瞬だけ、意識がコチラを離れたのだ。
今、その空白を以って、この戦況を覆す。ソレを可能にする、奇跡の絶対命令権を、今――!
「令呪をもって命じる!」
「ッ、アサシン!」
俺は一瞬で拳銃が不都合になる至近距離まで到着していた。
失策を悟った男は、迎撃せずに俺のタックルを回避しサーヴァントに命じる。
「大丈夫だ」
士郎に、凛に、桜に……何より俺に暗殺者が殺到する。
だが、俺は仲間を信じる。俺の力量を信じる。そして何より、我が英雄の力を信じる。
故に、告げるのはこれで良い!
「桜を救え! ランサー!」
令呪が輝くと同時にランサーが消えた。
次に沸くのは悲鳴、桜を拘束していたアサシンの首が、手の中の人質を殺す前にボトリと落ちた。
「畏れ惑えよ異教徒共! 我が正義の槍は、貴様らの悉くを貫くぞ!」
桜を片手に確保し、得物を構えたランサーが威圧する。それだけで、周囲を取り囲んでいたアサシンたちがたじろいだ。
役者が違う。怯んだ暗殺者の中、最も弱い穴を見つけ出し、突き破るランサー。
そうして包囲を抜け彼は頷いた。桜は、無事だ。
「シィ!」
だが、ランサーの加護を失った俺に、アサシンが迫る。
その数都合五体、無理な身体強化の代償で、俺はその場から動けない。
(死ぬ? この俺が?)
こんな危機も一人で脱せない主に、ランサーはその槍を預けたのか?
この程度で簡単に死ねるヤツに、アーチャーは己が主を託したのか?
(ハ、んなわけねぇだろ)
心の底から嘲笑する。この一山幾らの黒子共に憐憫する。
「……圧層結界、励起」
呟いた瞬間、魔力を一気に放出した。
イメージは檻。但し、捕らえるのは内側ではなく外側。世界を裏返し、越境を禁じる水鏡。
――本当に俺が何の策もなく、サーヴァント相手に突っ込んだとでも思ったか。
「ぐ、ぎ」
「ぬ、こんな結界、直ぐにッ」
体が動かなくても回路は動く。
何の警戒も見せず、俺の殺界に踏み入った阿呆共を睨み、呟いた。
「我が境に踏み入る者、汝に纏わる自由を禁ず」
力尽くで破ろうとした狼藉者どもを、言葉にて締め上げる。
「我が境に踏み入る者、汝が持ち得る権利を禁ず」
ゴギリ、と骨の砕ける音が響く。悲鳴が上がった。
「我が境に踏み入る者、汝を助ける摂理を禁ず」
一匹のアサシンが、圧力に耐え切れず溺死した。
「が、あ」
「ば、かな」
その短剣で俺をズタズタにしようとした暗殺者どもは、全て中空で囚われている。
ありったけの魔力を消費して形成した結界だ。それは糸にして沼、触れるものを絡め取る水流の鎖……蛟の巣。
だがこのままでは終わらない。アサシンどもが今度こそ結界を破壊する前に、告げた。
「剥離結界、放出」
シングルアクションの連用による魔術運用。固定化した結界に、新たな命令をぶつけることで状態を変更する。
聖杯戦争の為、対サーヴァント用に練り上げたとっておきだ。
(対魔力、持ってれば良かったな?)
水の神に囚われた餌共を見、断罪の勅命を突きつけた。
「我が境に踏み入る者、汝が息吹の悉く残す事を禁ず――散れ」
言葉と同時に、結界の魔力が烈風の塊へと変換する。
瞬間――神風が吹き荒れた。
ゼロ距離で発生する膨大なカマイタチの群れ。全てのアサシンは吹き飛び、切り裂かれ、千切れ、砕ける。
数秒の嵐が消えた時には、全てが塵に還っていた。
「ッ、ハァ……英霊が、形無しだな」
一度使っただけで、寿命がごっそり削れそう。気絶し兼ねない疲労に見舞われる荒業だ。
そう何度も切れる札ではない。だが威力は折り紙つき、止めを狙っていた第二陣の足が完全に止まっていた。
(ぐ、痛ッ)
令呪使用後に更に強力な魔術行使、神経が断裂するような痛みを覚える。
構わない、痛みこそが生の実感になる限り、俺は幾らでも受け止める。
「行くわよ、とっておき!」
凛もまた速かった。俺が令呪を使った瞬間には、既に宝石の魔力を放出させていたのだろう。
襲い掛かるアサシンに宝石を投げ付け、閃光によって、また一体を完全に消滅させる。
数体のアサシンを屠り包囲を崩した彼女は、何とか俺の隣にまで辿り付いた。
「ハァ、ハァ……どう、したんだ。俺たちは、生きているぞ!」
「喚かないでくれ。どうせ直ぐに死ぬんだ……アサシン」
士郎を相手にしたまま、コートの男が告げる。同時に、俺たちの周りをアサシンの群れが包囲した。
大部分がランサーの相手をしているといっても、その数は優に十を越える。
(く、これは……)
もう一度、同じ術を使うしかない――そう決断した俺を嘲笑うように、アサシンたちは攻め方を変えた。
アサシンに隠れたアサシンが。
そのアサシンに隠れたアサシンが気配なく近づき、
ダガーを投擲、斬りつけ、突き、穿つ。
集団で一気に襲い掛かるのではなく、少数が相手に小さなダメージを重ね、残る全てが隙を伺う周到さ。
この戦い方は知っている。一番最初に遭遇した時のアレ。敢えて一体を殺させてみせ、不意を突く。
アサシンをアサシンで隠蔽する撹乱攻撃。これこそがコイツら本来の戦法なのだろう。
(マズイな)
「えぇい沸く鬱陶しいヤツらめが! どけェ!」
ランサーの奮闘にて桜は守られているが、守る戦いを強いられるランサーはコチラまで届かない。
俺も凛も、既に満身創痍だ。術に警戒し、踏み込んでこないからこそ生き長らえている。
だがそれ故に手の打ちようがない。時間がたてば、全てがこの暗殺者の波に押し潰される。
――この状況を打破するには、宝具しかない。
「凛、ランサーの宝具を使う。少しで良い、隙を作ってくれ」
「……わかったわ、あの宝具なら、きっと大丈夫よ」
凛は優しい笑みを浮かべ、両手にありったけの宝石を掴んだ。それは一つ一つが、彼女が魔術師として努力した結晶。
ソレを全て使い潰させるのだ、凛の好意を無駄にする訳にはいかない。
(必ず、決める)
意識を集中する。令呪の使用、魔術の連用によって俺の回路は決壊寸前。
ランサーに宝具を使わせる為に、命を懸ける。凛に周りの全てを預け、イドの底の底まで意識を集中し――宝具の使用を、許可する。
途端、膨大な魔力がランサーへと流れていく。生命すらもパスの先に融けて行く。
不意に視界に映る走馬灯。死の淵にて、ランサーの記憶が垣間見える。
俺は、その余りも無残な血の歴史に、共感した。
(今なら、分かる)
敵を串刺しにし、晒してでも。
外道と罵られようとも、愛する人々を守るためならば。
「構わない」
「我が、我らが愛で穢れよ――串刺城塞ッ!」
自身に残り得る全ての魔力をランサーに捧げる。
貴公こそが、真の英雄であると。
愛の為の惨殺を、今此処に。
「守れるなら、世界全てを血に染めても構わない――俺たちの意志を突き立てろランサー!」
最後の魔力を放出した時、ランサーの宝具が起動した。
杭の城塞が、出現する。
「ば、馬鹿な」
「ぐ、ひ、ぁ」
「こんなことがあってたまるか……!」
周囲の無数の『アサシン』の真下から、次々に血塗られた木杭が打ち上げられる。
逃げようとするもの、防ごうとするもの、ランサーに挑むもの、俺たちを狙うもの、ただ諦めるもの。
全て等しく串刺しにし、杭が葬列を作っていく。
誰も彼もが逃れられない。誰も彼もが許されない。
それは、全てが苛烈にして純粋なる意志の一撃。
胸を穿ち、腹を穿ち、腕を穿ち、足を穿ち、頭を穿ち、心を穿つ。
全てを、敵の全て杭は穿つ。
(これこそが真の姿、か)
周囲に二万の杭が並ぶ頃には、全てのアサシンは消え去っていた。
これが解答、これが真実。鮮血の伝承に隠された、ランサー本来の力の形。
その杭は、アサシンの血に塗れて尚、美しき純白の杭だった。
「ああ、前よりも綺麗だ。悪くないぞ、ランサー……」
「ちょ、アンタ!」
凛が何か言っているが、今はとにかく休みたい。
「――悪い、凛。少し眠る」
答えも聞かず、隣に居た凛に凭れかかり、俺はそのまま意識を失った。
&font(15pt){【六日目、終了】}
&font(15pt){【士郎編、開始】}
心臓の鼓動が、次第に強く早くなっていく。
「……確かに、爺さんの言う正義の味方は歪んだものなのかも知れない」
銃を付きつけられてなお、切嗣を睨む目に力が宿った。
「俺のソレは借り物なのかもしれない」
だが、それは俺が黙っている理由にならない、大人しく殺される理由になんてならない。
「それは、ダメなことなのか?」
偽物が本物になれないなんて、誰が決めた。
切嗣の手が少し揺れる。問いに答えはなく、只終わりを告げる引き金が引かれ……。
「――投影、開始」
脳裏に浮かぶのは――あの日見た、弓兵の剣舞。
双剣を用いたその技が何故か、頭を過ぎった。
あの力が欲しい。あの美しき剣を、この手に。
(どうすれば良い。作るには)
創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し、構成された材質を複製し、製作に及ぶ技術を模倣し、両の手に二振りの剣が幻像を見せる。
だがダメだ。足りない、何かが足りない。
形を幾ら似せても、幾ら同じ材料を使っても、どれほど精密に組み上げても、あの輝きに届かない。
何が足りないのか。俺にになくて、アイツにあるもの。そんなものはいくらでもある、俺に届かないものなんて無数にある。
だが、それでもそこに手を伸ばすのなら――今必要なの、きっと経験なんてものではなく。
「――これが、足りない」
もう一歩、踏み込む。
魔力が電流のように魔術回路を駆け巡った。
成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現し―――そこに、手が届く。
「あぁああああああああああ!」
裂帛の気合。空の手のまま、その両腕を振り下ろす。
ある、それは必ず此処にあると誰よりも、何よりも信じた。
「―――なっ!」
そうして一念、鬼神に通ず。
両の手に収まった双剣が、連続で放たれた銃弾を切り裂いた。
だが、それで役目を果たしたように双剣が砕ける。
さっきのは何かが甘かった、まだ踏み込みが甘かった。
ならばもう一度、今度こそ真に迫れ。
一度出来たのなら、もう一度出来ない方がありえない。
「……士郎!」
切嗣が叫んだ。同時に来る、銃撃の嵐。
その死神の群れに、全霊を以って踏み込んでいく。
再び双剣を投影し、切り裂いて、切り裂いて切り裂いて切り裂いて。
両の手の剣が勝手に動くような錯覚。銃弾が何処に来るか、何時どう振るえば弾けるか。
まるでそれは、幾千の戦いの記憶から導かれるように。
全てが戦神の目に映るように、弓兵の剣は淀みなく動いた。
「まさか……まさか、君がこれほどの」
切嗣が何か告げている。聞こえない、そんな余裕は俺にはない。
だがそこで、不意に銃撃が止まった。これが、最後の勝機だと直感する。
(やれる)
脳裏に思い描いた図がどのようなものかすら把握しないまま、俺は双剣を左右へと投擲した。
「――投影、開始ッ!」
踏み込め、踏み込め、踏み込め。
立ち止まるな、これは踏破しなければならない過去だ。
「憧れた、アンタに憧れたその心は」
決して越えられない壁なんかじゃない。
だから俺は最後の銃撃を正面から切り捨て、
「間違いなんかじゃないんだから!」
弧を描く四つの刃が、衛宮切嗣を貫いた。
* * *
「士郎……僕は子供の頃、正義の味方に憧れていた」
「なんだよそれ、憧れてたって諦めたのかよ」
その言い出しは、何時かの夜の再現だった。
「……うん、残念ならがね」
あの時は、正直切嗣の言っていることの半分も理解していなかった。
「正義の味方は期間限定でね、大人になると名乗るのが難しくなるんだ」
それがどれほどまでに難しいことか。どれほどまでに苦しい道か。
「そんな事、もっと早くに気がつけば良かった」
「―――そっか」
こうして切嗣ともう一度相対して、初めて分かった。
「それじゃあ、しょうがないな」
「……本当に、しょうがない」
だから、
「しょうがないから、俺が代わりになってやるよ」
もう一度、約束しよう。
「任せろって、爺さんの夢は――」
全てを受け入れて、それでも俺はもう一度繰り返そう。
「――ちゃんと形にしてやるからさ」
衛宮士郎は何時までも、その道を目指し歩いて行く。
「――――そうか……嗚呼、安心した」
「……爺さん、おやすみ」
奇しくも、今日は月の綺麗な夜だった
&font(15pt){【士郎編、終了】}
----
[[一日目>初代リプレイ1]] - [[二日目>初代リプレイ2]] - [[三日目>初代リプレイ3]] - [[四日目>初代リプレイ4]] - [[五日目>初代リプレイ5]] - [[六日目‐1>初代リプレイ6]] - 六日目-2 - [[七日目>初代リプレイ7]] - [[八日目-1>初代リプレイ8]] - [[八日目-2>初代リプレイ8-2]] - [[三年後>初代リプレイ9]]