五代目リプレイ1


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――回想――



 十年以上も昔にこの世を去った母の顔は、覚えていない。

 一番記憶に残っているのは、玩具代わりに、と拳銃を与えられたこと。
 その背丈も、瞳や髪の色も、声すらも定かではない。
 今に思えば、私はそれでも、母に愛されていたのだと思う。

 背丈を忘れたが、その温かい背中に負ぶわれたことは覚えている。
 瞳の色を忘れたが、幾度もその眼差しに晒されたことは覚えている。
 声を忘れたが、何度も彼女が私の名前を呼んだのを覚えている。

 ――衛宮五鈴。
 私の名前。

 母の愛情に気付き始めたのは、彼と出会ってからだった。
 父がどこからか拾ってきた、赤毛の少年。
 彼は驚くほど早く、まるでそう在るのが当然かのように、衛宮家に溶け込んでいった。
 不器用な私と父に代わって炊事を覚え、口数の少ない私たちの代わりによく喋った。
 私を育ててくれたのは、彼――士郎だといっても過言ではない。


 父が亡くなった日、士郎は『正義の味方』を志す、と私に告げた。
 私はそれを、当然のように受け止めた。

 士郎は『正義の味方』になるために生まれてきたのだ、とさえ思っていた。
 いや、そもそも『正義の味方』とは、彼を指す言葉なんじゃないだろうか。
 無鉄砲で、まるで初めから自分が感情に入っていないような、救いの英雄。

 ならば、私は。
 私は、『正義の味方』の味方になろう。

 彼が全てを救うというのなら、誰が彼を救うのか。
 一番彼の側にいる、私しかいないんだから。
 彼がみんなを守るように、私が彼を守るのだ。


 衛宮に伝わる魔術の知識全てを持って、私は士郎を育て上げた。

 士郎の筋は、良い方だとは言えなかった。
 『強化』と『投影』…彼が自分のものとした、たった二つの魔術。
 正義の味方の武器としては、あまりに心許ない。


 ――私は彼を、戦いに引きずり込んでしまったのではないか


 しばらくして、そんな疑念を抱くようになった。

 正義の味方を目指すのに、何も魔術だけが選択肢では無かっただろうに。
 生兵法は大怪我の元。
 どうして私は、こんな外法を教えようと思ったのだろう。

 魔術を知れば、魔術に巻き込まれる。
 それを、誰よりも良く分かっていたはずなのに――



――第五次聖杯戦争、開始――



 遅い。

 いつも通りに授業を受け、いつも通りに学校から帰宅した私は、いつも通りに士郎の帰りを待った。
 いつもなら、私が工房に籠るかテレビを見ているかしているうちに、彼は帰ってくる。
 そうして「遅れて悪い」とか謝りながら、いそいそと夜飯の準備にかかり出すのだ。
 少しも悪いことなんかないのに、そんな彼の背中を、居間で見守っている。

 それが、私の日常だった。

 ここまで士郎が遅いのは珍しかった。
 生徒会や部活動に便利屋として駆り出されるのはいつものこと、それにしたって遅すぎる。
 何より、ろくに晩飯の都合も付けずに家を空けるなんて、彼らしくない。
 いつもだったら私に遅れる旨の連絡をするのに、それすらもない。

 彼と親しいクラスメイトや後輩に連絡を取るも、誰も行方を知らないという。
 付き合いの長い英語教師に聞けば、もう帰ったはずだ、との返答。


 胸騒ぎを感じると同時に、私は学校へ向けて走り出した。


 十年前、冬木の地を焦土と化した、根本の元凶。
 聖杯戦争が、近いうちに再びこの地を訪れることは、話に聞いていた。

 士郎には、教えていない。

 いくら魔術を心得たからと言って、一度彼の全てを奪ったあの戦争を、彼とて再び思い出したくはないだろう。
 その必要もない。
 聖杯戦争は私たち二人の日常を脅かす間もなく、粛々と終わりを告げれば良いのだ。

 まして、私たちを巻き込むなんて、ありえない。



「ありえない…のに…」

 グラウンドからは、甲高い金属音が響いていた。
 恐らくは、刃を交える音だろう。
 時折、火の粉のようなものが舞っている。

 学校に残っていた士郎のことを思い遣る。
 どうか、巻き込まれてくれるな。

 藪に身を隠し、視力を強化してグラウンドを見やる。

 争っているのは二人、どちらもコスプレにしては出来過ぎた、浮世離れな格好。
 そしてその剣劇も、やはり浮世離れしていた。
 あれが、『サーヴァント』と言うやつだろう。


 攻めに回っているのは、炎を奮わせる白髪の男。
 どことなく神聖さを感じさせる出で立ち。構えた槍の穂先から通った足の跡にまで、炎を残している。

 対する赤い外套の男は、双剣を構え、白髪の男の放つ槍撃を次々と撃ち落としている。
 顔立ちは東洋のもので、浅黒い肌と銀髪、鷹のように鋭い眼光が印象的で、

 なぜか一瞬、既視感を覚えた。


 必死に頭を振り、未知の感覚に戸惑った思考を取り戻す。
 今は戦いに見とれている場合じゃない。

 辺りを必死に見回せば、すぐ近くの茂みの中に士郎を見つけた。
 息を殺し、戦いを睨みつけるようにして、隠れている。

 一瞬の安堵、信じてもいない神に感謝して、すぐに気を引き締める。
 気を抜くのは、此処を離れてからだ。

「五鈴…」
 近づけば、士郎はすぐに私に気が付いた。
 何かを尋ねようとする顔、しかし私は首を振る。
 話すのは後、何よりもまず離脱。あの人外に気付かれる前に、だ。

「静かに、士郎。出来るだけ音を立てずに、ゆっくりと去りましょう」
「……わかった」



――一日目、夜――



 サーヴァントの姿が見えなくなってから、私たちは全力で家まで疾走した。

 彼らには気付かれていない。追ってくる心配はしていなかった。
 しかし、他のサーヴァントが敵を求めて、深夜の冬木を徘徊している可能性も零じゃない。
 私と士郎は、一般人ではない。魔術の秘匿を知るものだ。
 巻き込まれる可能性もまた、零ではない。


「はっ、はぁっ、……どういう、ことなんだ…」
 居間に駆け込んだ士郎の、開口一番はそれだった。
 私は、少しだけ待つように、と彼に言って、二人分のグラスに水を注ぐ。

 互いに落ち着くのを待って、言葉を選び、ゆっくりと説明を始める。
 聖杯戦争が起こっていることを、彼に隠す事は不可能だった。

 無論、私とて全てを知っているわけじゃない。
 ただ、彼にとっては詳細はどうでもいいことのようだった。
 冬木を焼き、彼からすべてを奪った戦争が、再び起ころうとしている。


「どんな願いでも叶う、万能の願望機…それが悪い奴らの手に渡るって可能性もあるんだろ」
 頷いて返す。
「勝つためには手段を選ばず、平気で罪もない民間人を犠牲にする…そんな魔術師もいるんだろ」
 否定は出来ず、言葉に詰まる。
 魔術師、とは私自身を指す称号でもあるから。

「…マスターだとか、サーヴァントとか関係ない。誰かが犠牲になるなら、それを止めたい」
「……言うと思ったわ」

 ならば私は、『正義の味方』の味方になろう。

 誰かを殺すのを止めさせるために、そいつを殺す。
 そんな矛盾に満ちた論理で、士郎の手を汚すわけにはいかない。
 ましてや聖杯戦争に携われば、その命は保証されない。
 なればこそ、聖杯戦争には彼ではなく、まず私が参加するべきだ。

 話し合いの末、士郎も私がサーヴァントを召喚することに納得してくれた。



――召喚の儀――



「汝、三大の言霊を纏う七天……抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!!」


 光が部屋を包み、次いで轟音。
 吹き飛ばされた私は、無様にも尻餅を着いた。
 同時に焼けつくような痛みを感じ、手の甲を押さえる。

 埃っぽい土蔵は、この開放的な家の中で唯一の魔術的空間。

 それにつけても大柄な彼女に、この空間は余りにも狭っ苦しいんじゃないだろうか。


「サーヴァント『ライダー』、選定の声を聞き、参上いたしました」


 腰ほどまでに伸びた菫色の髪、視界をバイザーで封じた異様な出で立ち。
 手を伸ばせば天上に届きそうなほどの長身。
 そして、

 そして、

 本当に自分が同じ女であるのか疑いそうになるほどの、豊かな肉付き、すらりと伸びた四肢。


 私は憮然として、自らのサーヴァントに一瞥をくれた。
 無言で腕の令呪を示す。
 ライダーの方も、それで私の意を組んだようだ。

「あなたがマスターなのですね」
「…ええ」
「よろしくお願いします」
 互いにニコリとも笑わない、ピリピリとした最初の挨拶だった。


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