五代目リプレイ3


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――三日目、朝――



 日常を犠牲にしない。
 士郎の決意は固いものだったらしく、居間に降りていけば既に朝食は完成していた。
 仄かに鼻孔をくすぐる、香ばしい焦がし味噌の匂い。
 今朝は、士郎の和食のようだ。

「おはよう、五鈴」
「おはようございます」
「ええ、おはよう」

 皿を並べる桜、料理を盛る士郎に挨拶して、席に着く。
 二人を手伝いたいが、生憎そこまで手際が良い方じゃない。


「「「いただきます」」」

 味噌汁を喉に流し込む、五臓六腑が歓声を上げる。
 魚を一口、口の中でほろりと解れる、最高の焼き加減。
 これだけ美味しい食事を毎朝食べられる自分は、相当幸せ者だ。

「…唯一困るのは、舌が肥えてしまうことね」

 割と本気で悩んでいたのに、士郎と桜は顔を見合わせて吹き出した。



――三日目、昼――



「…遠坂さん」

 購買に向かう様子だった彼女を、私は呼びとめた。

「お昼、よかったら一緒に」
 少し大きめのランチボックスを示す。
 中には、桜に無理を言って詰め込んでもらったサンドイッチ。
「味は保証します」

 凛は少しだけ、驚いたような表情を見せる。

「…珍しいですね、衛宮さんから誘ってくださるなんて」
 突然の提案で、不躾だとは自分でも分かっている。
 それでも優雅な所作を崩さないのは、流石遠坂家だ。
「そうですね…」

 逡巡した凛が言葉を反すのを、少しだけ緊張して待つ。
 変わらず優雅な微笑みのまま、凛はこちらに向き直った。

「いい場所があるんです、一緒に行きませんか?」


 誘われたのは屋上だった。
 漫画などでは定番の昼食場で、とりたてて穴場というわけではない。
 しかし今日は、珍しく人がいなかった。
 人払いの魔術か、と勘繰る。

 彼女はこの街の管理者で、私はモグリの魔術師だ。
 その私の方から食事に誘うということを、ただ事じゃないと彼女も汲み取ったのだろう。

 聖杯戦争に際して、その土地の管理者から情報を得るのは、かなり有効な手段だった。
 もし彼女自身がマスターなら、此方側は無関係を装い、その情報を引きだせる。

 そう企てた上での、昼食の誘い。


「……まさか、学園にマスターが居たなんてね」


 唐突だった。

 唐突過ぎて不意を突かれ、思わず腕の令呪痕を押さえてしまう。
 そういえば霊化しているとはいえ、今もライダーは隣にいる。
 迂闊だった、と、ランチボックスを強く握る。

「…昼間、それも校内での戦闘は、」
「わかってるわよ、仮にもこの街の管理者よ?」

 釘を刺そうとして、馬鹿ね、と肩を竦められる。
 そんな言葉が彼女の口から出るのが予想外で、面喰ってしまった。
 というか口調だけじゃなくて、かなり普段とは性格が違う…?


「けれど…あなたが私の敵となり得るなら、話は別」

 見たこともない鋭い目つきで、凛が睨んでくる。

「今は見逃してあげる。戦う気が無いなら、令呪とサーヴァントを放棄して教会に逃げ込みなさい」

 敵対する魔術師に対して出来る、最大限の譲歩だった。
 名家の魔術師としては、かなり甘い考えだろう。
 それとも冬木の管理人という立場を意識しているのだろうか。

「残念だけど…私に戦う気が無いのなら、初めからサーヴァントを呼んではいないわ」
「…それもそうね」

 言葉を返し、対峙する。
 同年代の少女から感じるプレッシャーが、酷く鋭く私を穿つ。


 御三家の当代で、冬木の管理人。それも、かなりの天才肌。
 けれども私とて、衛宮の魔術と自分の実力には自信を持っている。
 互いの実力差は、どれほどか。

 ライダーならあるいは、実力差などを無視して、一瞬で彼女を討ち取れるかもしれない。
 騎乗兵のクラスは、強力な宝具を持っていることで知られている。

 しかし、私を一瞬で葬り去ることが出来るのは、彼女の方とて同じだ。
 口ぶりからして、凛も何かしらのサーヴァントを引き連れているのだろう。
 先制を打ってこないのは冬木の管理人だからか、それとも私と同様、相手を見定めているのか。
 仮に私から仕掛けて生き残れるのは、どれくらいの確率だろう。
 いや、それ以前に此処は学校だ。事を起こせば、生き残っても今後の展開は確実に不利になる。

 互いに互いの銃口を突き付けた状況で、

 私は自分が、酷く魔術師的な考え方になっていることに気が付いた。


「……とりあえず、お昼を食べませんか」
「…は?」

 なぜ、彼女を倒すことを前提に話を進めてしまっているのか。
 彼女はクラスメイトで、それなりに友好な関係を築いている。
 それを躊躇なく壊せるのは、士郎の言うような、悪人の魔術師に他ならない。

「この話の流れで、お昼、って…」
「桜、…後輩の間桐さんが作ったんです。味は保証します」
「……間桐さんが?」

 先に一口食べて、毒なんぞ入っていない、と示す。
 私の一時休戦の提案に、渋々凛も付き合ってくれた。



――三日目、放課後――



 放課まで、凛と顔を合わせることは無かった。
 今後も私は学園に通うし、聖杯戦争を放棄することもない。
 凛との議論は、恐らく平行線だろう。

 さて、と、放課の予定を決める。

 士郎は生徒会の用事があり、桜は部活。
 特に用事が無いのは私だけだ。

 ただ真っ直ぐに帰宅するのもつまらないので、商店街に寄ってみる。
 何かしらの暇つぶしにはなるだろう。
 運が良ければ、昨日のようにマスターを発見できるかもしれない。


 が、そうとんとん拍子で進むワケもなく。

 マスターに遭遇しないどころか、自分がいかに無趣味な人間か思い知る。
 欲しい本は購入済みで、欲しい服も特にない。ブランド物にだって興味はない。
 食材でも買って帰ろうかとも思ったが、昨日これでもかというくらいに買い漁ったのを忘れていた。

 これは士郎のことも馬鹿に出来ないな、と、軽くへこんで帰路に着く。



――三日目、夜――



 ただいま、とは言わなかった。

 玄関の扉を開けた瞬間に、違和感に気付いたからだ。

 外の日は暮れているのに、廊下も居間も、電気が消えていた。
 咄嗟に五感を研ぎ澄ますが、何の匂いも、光も、音も存在しない。

「…ライダー」
 縋る様に、彼女を呼んだ。
 実体化したライダーが、私を庇うように一歩前へ出る。

「はい、マスター…戦闘の形跡や魔力の残滓は感じられません」

 では、一体彼の身に何があったというのか。

 昨晩、見たはずじゃないか。
 彼の手に刻まれた、聖杯戦争に巻き込まれたという、その証を。

「…士郎!」

 思わず叫んだ。
 脱いだばかりの靴を履き直し、閉めたばかりの玄関の扉を力強く開ける。


 と、


「お、何だ五鈴。帰ってたのか」


 間の抜けた少年の顔が、扉の向こうから現れた。
 血相を変えた私を見るなり、なんだなんだと困惑する。

「……どこに、行ってたの?」
「悪い、一成の家でお茶を御馳走になってたら、遅くなった」

 どっと力が抜けた。

 こんな、時間まで。
 聖杯戦争のなんたるかを、本当にこの少年は理解しているのか。
 危機感が足りないにもほどがある。
 どこぞの主人公みたいに、自分は死なないとでも思っているんじゃないか。
 腕に令呪を携えてのこのこ歩きまわれば、殺してほしいと言っているようなものだ。
 そもそもあなたが正義の味方を望んだから、私だってその渦中に身を投じたのに、私を放り出してどういうつもりなんだ。

 いつもスラスラと口をついて出てくるはずの文句は、喉の奥でつっかえてしまった。

 膝から崩れ落ちそうになるのを誤魔化して、前のめりに倒れ、そのまま士郎の胸板に腕を叩きつける。

「…心配、させないで」

 なんとか絞り出した言葉は、少しだけ震えた。
 士郎は頬を掻いて、顔を伏せる。

「……ごめん」


 ライダーの気まずそうな咳払いが、やけに大きく響いた。



――召喚の儀、士郎版――



「…サーヴァント」
「今日みたいなことが二度と無いように、召喚してほしい」

 語気をいつもより強めると、士郎が身じろいだ。

 どれほど私が言い聞かせても、彼はその場の思いつきや勢いで行動する癖がある。
 然るべきボディーガード…いや、お守が必要だ。
 それにサーヴァントを二人も召し抱えているとなれば、単純な戦力としても心強い。

「ライダーはいいのか、それで」
「構いません…マスターの意向なので」

 イエスマン、というわけではなく、彼女は本当に私の意見を尊重してくれているらしい。
 先程事前に確認を取れば、ほんのうっすらとだが、微笑みでもって返してくれた。


 一昨日交戦は確認しているが、まだ聖杯戦争は正式には始まっていない。
 全てのサーヴァントが召喚されたわけじゃないのだ。
 言うなれば今は、準備期間。

「私が使った魔法陣もあります…触媒は、用意できないけど」
「大丈夫なのか? とんでもなく凶悪な英霊が出たら、手に負えないんじゃないか」
「偶発的に召喚される英霊は、召喚主の素養に強く影響を受けます」

 要は、似た者同士が引かれやすいのだ、ということ。

「士郎の素養なら、反英霊が現れるなんてことはまずあり得ない」
「そうか…」

 少しだけ、士郎は考える素振りを見せる。

 私としても、この提案は苦渋だった。
 これでもう、後には退けない。
 魔術師としてはまだ半人前な彼を、過去のトラウマでもある聖杯戦争に引きずり込んでしまう。

 それでも、衛宮士郎は『正義の味方』だと、信じたからこその提案だった。


「そうだな、わかった」

 士郎は立ち上がり、土蔵へ向かう。
 私とライダーは、土蔵の外でその結末を待った。



「…告げる。えーっと…汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に…」

 土蔵の壁の奥から、拙い暗唱が聞こえる。
 私は誰にともなく祈り、ライダーは霊体化したまま一言も発さない。

 そして、

 眩い光が扉の隙間から漏れだし、次いで爆音。
 何かが転がる音。

 一度経験しているためか、思ったほど衝撃は来なかった。
 恐る恐る、土蔵の扉を開くと、室内に月の光が挿しこむ。



「――問おう。貴方が私のマスターか?」

 金髪碧眼の、幼い少女。
 しかし名のある英霊であるだろうことは、その彼女が放つ圧倒的な魔力から感じて取れた。
 夜に映える、青の装束。月に見合う、静謐たる気品。

 息を呑んでいるのは、士郎も同じだったようだ。
 少女が首を傾げるのを見て、慌てて肯定する。

「サーヴァント『セイバー』、召喚に従い参上した。これより我が剣は貴方と共にあり、我が運命は貴方と共にある」

「えっと、『セイバー』って呼べばいいのか? とにかく、宜しく」
「はい、宜しくお願いします、マスター」
「…マスターっていうのは慣れないな。名前でいい。俺は衛宮士郎」
「では、シロウと」


 その和やかな会話を持って、契約が無事に完了したことを理解する。

 ホッと胸を撫でおろしたのも束の間、次の瞬間、矢のように鋭い眼光がこちらを捉えていた。


「…シロウ、一つ質問が。そこにいるマスターとサーヴァントは何なのでしょうか」

 当然の疑問と敵意だ。
 聖杯の依る辺に従ったのなら、他のサーヴァントは全て敵。
 寄らば斬る、と、セイバーの瞳は言っていた。
 自分よりも小柄なはずの少女に、気圧される。

「いや、俺の妹みたいなもので、同盟を組んでるんだ」

 慌てたように、士郎が説明した。
 同盟、という言葉に、セイバーの眉がわずかに動く。

 確かに、急にこの場に呼び出された彼女からしてみれば、不可思議だろう。
 一組しか勝ち残れない聖杯戦争で、同盟に何の意義があるだろうか。

 けれども、彼女は目を細めて頷いた。

「…シロウがそう言うのでしたら」
「…ライダーは?」
 こちらから敵意が無いことを証明するのに、さり気にクラスを明かしてみる。

「問題ありません。私はマスターのために戦うだけですから」
 いつものように、機械的にライダーは返事をした。

 私がライダーを呼びだした時も、触媒は手に入らなかった。
 今回同様に、性質の近しい英霊が呼び出されたはずなのだが、はて、私はこんなに味気ない人間なのだろうか。


「なあ、セイバーも…その、英霊なんだろ?」
 悩んでいると、至極当然のことを士郎が尋ねた。
 セイバーが頷いて返すと、彼は質問を続ける。

「なら、その本名っていうか…真名っていうのか? 出来るなら、教えてほしいんだけど」
「…申し訳ありません、シロウ。教えることは出来ない」

 武装を解除しないまま、セイバーはこちらを睨みつける。
 関係上は同盟にあっても、心を許したわけではないらしい。

「貴方を通じて、彼女たちにも伝わってしまう。私はまだ、敵対する可能性のある彼女たちに、そこまでの信頼を置けません」
「セイバー、それは、」
「いいの、士郎。当然の判断だから」

 反論しようとした士郎を、なんとか抑えつけた。
 セイバーは正しい。私たちの方が異端なのだ。
 無理にこちらのルールを押し付ければ、ますます心を許してはくれなくなるだろう。

「ご理解感謝します…ライダーのマスター」
「五鈴です。衛宮五鈴」
「では、五鈴と呼んでも?」
「構わないわ」


 こちらからだけ名前を告げて、三日目が幕を閉じた。


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