五代目リプレイ5

――五日目、朝――



 布団から出るのが、少しだけ億劫だった。
 恐らく昨日、宝具を使った反動だろう。
 ただ体の気だるさとは逆に、心は跳ねる。

 想定外の威力だった。

 あれほどの規模、あれほどの破壊力、あれぞ対軍宝具。
 恐らくランサーは、過去の英雄と言うよりは、神や概念のような超越的な存在だったのだろう。
 それをも倒して見せた、あの『騎英の手綱』の威力。

 よくぞ呼び声に応えてくれた、と、ライダーへの感謝を思いつつ、身支度を整える。


「おはよう、今日はちょっと遅かったな」
「おはようございます、五鈴」
「……、ええ、おはよう」

 居間では、セイバーがスーツ姿のまま、湯呑に注がれたお茶を飲んでいた。
 まあ、そりゃ鎧姿よりは良いだろうが、違和感バリバリである。

「今日は藤姉も桜も来ないってさ」
 士郎が告げる。
 ならば、と私はライダーの霊化を解いた。

 いきなり現れたボディコンに驚き、士郎が顔を染めて目のやり場を困らせている。
 昨日も見ていたというのに、情けない。
 そんなに意識することでもないはずだろうに。

 苛立ちを隠せず、士郎に朝食を急かす。

「今朝は何を作るのですか、シロウ」
 セイバーが目を輝かせて厨房を覗く。
 隣に座るライダーも、どこかそわそわしている。

 どうやら二人とも、士郎の料理を予想以上に気に入ってくれたようだ。


 桜が来ないということで、今日は私が士郎の調理を手伝う。
 机を拭き、皿を並べ、人数分のコップと箸も。

「「「「いただきます」」」」

 おっかなびっくり箸を伸ばしていた昨日とは違い、セイバーもライダーも、進んで料理に箸を付けた。

「…セイバー、その卵焼きは私のものです」
「…失礼。残していたから、要らないものとばかり」
「最後に食べようと、とっておいただけです。人の皿から許可も無しに奪うなんて、卑しいとは思わないのですか」
「なっ…そんなに大切なら、わざわざ残さずに最初に食べればよかったでしょう?」

 食卓についても、いつもの調子で喧々としている二人。
 士郎と顔を見合わせて苦笑う。

 ライダーには、私の卵焼きを半分譲って納得して貰った。



――五日目、学校――



『戦う気が無いなら、令呪とサーヴァントを放棄して教会に逃げ込みなさい』

 あの警告から二日。
 何度も凛とは顔を合わせたが、仕掛けてくる様子は見せなかった。

 まあ、昼間の学校だし、向こうが仕掛けてくる道理もない。
 それこそ人気のない場所に呼び出されれば、此方も応じるつもりではいるのだけれど。
 それに、夜に出会えば、結局は倒すか倒されるか、だ。

 廊下ですれ違い、一瞬目が合う。
 凛は不敵に微笑んで見せた。

 もし聖杯戦争が無くても、彼女とは良い友人…いや、好敵手になれたんじゃないだろうか。



――五日目、放課後――



「セイバーとライダーの服、か」
「いつまでも男物のスーツでは、セイバーも可哀そうでしょう」
「ああ、ライダーもあの格好では寒そうだしな」
「…そして士郎の鼻の下も伸びっぱなしだし」
「は、なっ…!?」

 適当にからかって鬱憤を晴らしつつ、新都への買い物を提案する。
 セイバーとライダーの服を購入することが目的だった。
 正直、聖杯戦争でこんなにものんびりとして良いのか、とも思ったけれど。

 士郎は先に家に戻り、セイバーを呼んで戻ってくる。

「ライダーにはどんな服が似合うかしら」
「いえ…私に服など」
「遠慮しなくていいわ、ライダー」
「遠慮では…」

 いや、むしろその豊満な肉付きは、少しばかり遠慮してほしいのだけれど。
 言外の意を組んでか、ライダーは気まずそうに黙りこんだ。



 冷やり、と、セイバーの纏う空気が一変する。

「…サーヴァントを確認しました。マスターもいるようです」
「…!!」

 三人が、一斉に身構える。
 霊化したライダーからも、緊張が伝わってくる。

 こういう時、セイバーが霊体化出来ないのは本当に厳しい。
 常に現界している分、相手からはバレバレなのだから。

 神経を研ぎ澄ませて、セイバーの示す方向を見据え、


「…シェロではありませんか! 私、日本円の使い方をマスターしましてよ?」
「ルヴィア…?」


 再び、真剣に構えていたことを大きく後悔した。

 ルヴィアは慣れ慣れしく、シロウに挨拶を始めた。
 私とライダーは同時に深いため息を吐き、面識のないセイバーだけが状況を飲み込めず混乱している。

「五鈴、彼女は…」
「…あら?」

 私に尋ねようとしたセイバーに、ようやくルヴィアが目を向ける。

 その大きな瞳が、す、と細くなった。
 ルヴィアは数歩退き、距離を取る。

「…ルヴィア、どうした?」
「…シェロ、何を考えているんですの?」
「何を、って」

 ルヴィアの声音は、先程までとは打って変わって、低く鋭い。
 一対四、それでも怯まず、私たち全員に注意を払う。

 それまでのルヴィアに抱いていた印象が一変する。
 浮世離れした振舞いに、どうやら騙されてしまっていたらしい。
 彼女も、列記とした魔術師だ。


「シェロが、マスター…いえ、そんなことよりも」

 まだ彼女から、敵意は感じられない。
 二人のマスターを前にして、警戒している程度だ。

「何故、サーヴァントの霊化を解いているのです…?」
 当然の疑問だ。通常なら、マスターはサーヴァントを隠す。
 姿を現すのは、戦闘の意思がある時のみだ。
 けれども、士郎に交戦の意思は見られない。ルヴィアも困惑しているのだろう。

「…ルヴィアゼリッタ。その話は、ここではまずい」
「……貴女は?」
「士郎の身内です。こんな大通りでマスターが集まっているなんて、他のマスターに見つかれば…」

 それに、通りすがりの一般人に聞かせてもいい会話じゃない。
 どこか落ち着いて話のできる場所がいい。
 かつ、出来ればそのまま交戦に発展しても差し支えのない場所を。

 ルヴィアは警戒を解かず、数歩距離を保って私たちについてきた。




「…わかっていますの? 昼間に戦闘を行うなど、魔術師の行うべき行動ではありませんわ」

 開口一番、先手を打たれる。
 ルヴィアはこちらを睨んだままだ。
 一対二、いや、二対四だというのに、彼女の態度は少しも揺るがない。

「いや、セイバーは、」
 何の躊躇もなく教えようとする士郎。
 止めようか、と、一瞬迷う。

 いや、必要ない。
 私が止めれば、向こうの猜疑心を強めてしまう。
 彼の口から言うことで、あくまでこちらから攻撃を仕掛ける意思はない、と理解してもらえるだろう。

 それに、その程度を知られたところで問題は無い。
 状況の優勢は、あくまで此方側。
 むしろルヴィアが教会に、『白昼堂々サーヴァントに戦闘をさせている』などと誤解の報告をされれば、その方が問題だった。

「セイバーは霊化できないんだ」
「……」

 それだけ。詳しい説明は、一切省く。
 ルヴィアの試すような視線。
 士郎は目をそらさず、正面からそれを受け入れた。

「…わかりました、シェロを信じましょう」
 ほ、と、此方の緊張が緩む。
 私も安堵の息を洩らすが、どことなく胸の奥の方、嫌な予感を感じている。

「ただ、マスターだとわかれば遠慮は無しですわ。夜出会えば、わかっていますね?」
「ええ…敵同士です」
 頷いて返す。
 こちらから攻撃を仕掛ける意思はなくとも、戦いを避けるわけじゃない。

 ルヴィアとは、そこで別れた。
 いずれ彼女とも、拳を交える時が来るのだろう。



――五日目、夜――



「郊外の森へ向かいましょう、士郎」
「…いよいよ、打って出るんだな」

 じっとしていても始まらない。
 既にランサーは撃破したものの、他のサーヴァントに関する情報は皆無に等しい。
 このまま籠城紛いを続けて、聖杯戦争を勝ち抜けるとも思っていない。

 月明かりを背に、私たちは森へと向かう。

「……」
 森に足を踏み入れる直前で、魔術の痕跡を感じる。

「どうした、五鈴」
「…結界よ。このまま進めば、その中に足を踏み入れてしまいます」
「結界か…どんなものなのか、分からないか」

 張り巡らされた幕のようなものに、意識を伸ばす。
 直接的な害は感じられない。

「恐らくこのまま進んでも問題は無いわ。行きましょう」
「賛成です。逃げていては、何も始まらない」

 同調の言葉をくれたのは、セイバーだった。
 最初は敵だと見做されていたのに、幾許かの時間を共に過ごして、少しは心を許してくれたのだろうか。

 直接的な戦闘力の高いセイバーを先頭に、陣形を取る。
 私と士郎は並び、英霊たちのバックアップ。
 後ろに陣取ったライダーは、背後を守りつつも退路を確認。

 枝を折り、闇を切り分け、森の中に呑みこまれていく。



「…こんばんわ、お兄ちゃんにお姉ちゃん」


 立ち止まったのは、その場に不釣り合いなほど可憐な声に呼ばれたから。
 雪を思わせる白い少女の横には、同じほどに白いドレスに身を包んだサーヴァント。

「二人とも、下がって」
 鎧を身に纏うセイバー、様子を伺うライダー。

 少女は驚くほど優雅に、戦場には似つかわしくない一礼して見せた。
 子供だから、と侮る気持ちは、初めからない。
 彼女を、私は知っている。
 知っていて、この森に足を踏み入れたのだ。

 ああ、でも、まさか本当に出会ってしまうなんて。


「…イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 名を呼べば、ますます鼓動が高まる。
 彼女は驚きに目を見開き、それから口元だけで微笑んだ。

「へぇ、知ってるんだ。キリツグから聞いたのかしら? それとも母親の方?」
「…母よ。私とは、腹違いの…」

 ホムンクルスの姉がいるのだ、と。


 イリヤは一瞬だけ辛そうに眉を寄せ、それから再び頬笑みを取り繕う。

「そうね、私とあなたたちは姉妹…でも、そんなの関係ない」
 ドレスを握り締める手に、力がこもる。
 叫ぶイリヤは、まるでその言葉を、自分自身に信じ込ませようとしているようだった。

「キリツグは裏切ったんだから…アインツベルンも、私も…!」
「それは、」
「やっちゃって、バーサーカー!!」


 違う、と続ける前に、戦闘の火蓋が切って落とされた。


 バーサーカー。
 理性と引き換えに絶大な戦闘力を得た、狂戦士のクラス。
 同時にその狂化を押さえるために、マスターに大きな負担を強いるクラスでもある、が。
 アインツベルンのホムンクルスともなれば、無尽蔵の魔力を誇る。
 魔力切れは狙えないだろう。

 白いドレスの英霊は、イリヤの声に応じてメイスを振るう。
 ライダーは、潜る様にして悠々と回避。

 あの鈍重なサーヴァントに、私のライダーが負ける気はしない。
 加えて、こちらにはセイバーもいる。


「切嗣、って…爺さんがどうしたっていうんだよ」

 少しだけ余裕が出来た戦闘の節、士郎が尋ねてきた。
 隠す事でも無いだろう。
 手短に、私は伝える。

「…イリヤスフィールは、父さんの娘です」
「は…?」
「私の母と結ばれる前、アインツベルンと婚約を結んでいた…彼女は、私の腹違いの姉になります」

「なん、」


「やめてください、イリヤスフィール!」
 士郎の声は、悲痛なセイバーの叫びに掻き消された。
「貴方の母は、こんなことは望まなかったはずだ!」

 なるほど、面識もあるのも当たり前だ。
 以前の聖杯戦争、父はアインツベルンと手を組み、セイバーを召喚したのだから。

 けれどもセイバーの嘆願も、イリヤには届かない。

「サーヴァントの貴方に何がわかるのよ、セイバー!」
「――ァ、アア…!」

 まるでイリヤの感情に共鳴するかのように、バーサーカーが猛る。
 振るったメイスは、やはり鈍重そのもので、セイバーにはかすりもしない。
 けれども、理性を失ったバーサーカーは、傷つくことすらも恐れない。

「くっ…」
 結果、躊躇なしに踏み込んでくるバーサーカーに、セイバーは攻めあぐねる。

 しかし、

 一進一退の攻防、それはあくまでセイバーとバーサーカーの一対一での場合だ。
 その鈍重さで、ライダーとセイバー、二人の猛攻を受け切ることは、不可能。

 鎖付きの短剣を投擲し、メイスの軌道を変える。
 かと思えばすばやく接近して、足技でバーサーカーを崩す。
 ライダーはセイバーの援護に徹していた。
 少しでも、時間を稼いでくれるらしい。


「あの子が、爺さんの娘…?」
「そうよ! お兄ちゃんが、キリツグを奪ったんだから!」

 英霊たちの戦闘をそっちのけで、イリヤは士郎に叫び続ける。

「違う、爺さんは裏切ったわけじゃない」
「何でそんなことが言えるのよ、お兄ちゃんは何も知らないくせに!」
「確かに、俺は何も知らなかった…けど、それでも爺さんがイリヤを見捨てたなんて思えない!」


 どうやら『正義の味方』は、彼女を倒すべき敵ではなく、救う対象だと見定めたらしい。
 ならば私も、イリヤの命を奪おうとは思わない。
 それに、彼女は、

「…聞いて、イリヤスフィール」

 かけがえのない、私の家族だ。

 血のように赤い瞳が、キッ、とこちらを睨みつける。
 決して言葉なんかに屈しはしない、と、強い意志を宿らせて。

 それでも私は、イリヤに伝えなければならない。


「父は…衛宮切嗣は、貴方を愛していた」


 音が、止む。

 剣劇は、どこか遠くのものに聞こえた。


「――嘘よ! だって、御祖父様は…!」

 イリヤは声を張り上げた。
 信じたくない事実は、同時に縋りたい希望でもあったのだろう。
 彼女の家にとって、愛すべき父は怨敵以外の何物でもないのだろうから。

 それでも衛宮切嗣という男が、イリヤを愛していたことに変わりはない。

「父は、長期間家を空けることが多かった」

 私は続ける。
 その度に父は武装を重ね、独りでアインツベルンに戦いを挑んでいたのだ、と。

「貴方を愛していた、けれども、貴方を巻き込むわけにはいかなかった」
「――うそ、うそ、うそ」
「だから父は…」


 声が濡れる。

 一人戦っていた父の孤独な背中を思い出して。
 長い間孤独を強いられてきた少女の涙を見て。
 思わず私も、涙ぐんでしまう。

「貴方だって父を愛していたのでしょう、イリヤ」
「そんな、こと…」
「だって貴方、さっき士郎に向かって、『切嗣を奪った』と…そう言ったのよ」


 これほどまでに寂しい親子愛が、あっていいのだろうか。


「そうだ、彼は…」

 ガキ、と、ひと際高い金属音。
 セイバーは大きくメイスを払い、バーサーカーから距離を取った。

「…キリツグは、貴方を愛していました」
「セイ、バー…」
「宝具を使用させてください、シロウ」

 風を纏う剣は、正眼の構え。
 目に決意の色を宿らせ、セイバーは士郎を振り返る。

「…此処は、私が決めなければ」


 切り払うのは、十年という時間の楔。
 凝縮されていた風の鞘を解いて、今、セイバーの宝具が姿を現す。

 それは月のごとく輝く、黄金の刀身。
 息を呑むほどの美しさは、剣であることを疑ってしまうほど。
 見る者が見れば、彼女の真名とその宝具を、瞬時に見分けることが出来ただろう。

 それほどまでに知れ渡る、英国の英雄譚に謳われた騎士王。


「名乗るのが遅れましたね、シロウ」

 剣を掲げ、王は名を示す。

「――私の名は、アルトリア・ペンドラゴン」
「ペンドラゴン、って……あの、アーサー王…?」

 然り、と微笑む。

 瞬間、刀身が目も眩むほどの光を帯びた。


「約束された(エクス)――」

 剣の軌跡に、光が残る。
 遠き理想郷にて鍛え上げられた聖剣が残すのは、圧倒的なまでの光と熱の波動。

「――勝利の剣(カリバー)!!」


 周囲を削ぎ落とし、その影ごと、光はバーサーカーを葬り去った。


最終更新:2012年01月15日 15:07
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