五代目リプレイ6

――六日目、朝――



 激動の夜だった。

 セイバーは宝具を開放したのち、その場に崩れ落ちた。
 放心状態のイリヤをライダーが、セイバーを士郎が抱え、衛宮邸に辿り着く頃には空が白澄んでいた。

 そのままベッドに潜り込み、私も泥のように眠った。
 失った魔力より、削られた精神を回復するために。
 続けざまに出会うマスター、血の繋がらない姉妹との殺し合い、そして和解。

 心は疲れ切っていて、それでも体は、いつも通りの時間に目を覚ます。
 ベッドから出るのが酷く億劫で、寝返りを打つ。
 士郎の朝ご飯が出来るまで、まだ余裕はあるだろう。
 今後の方針を立てつつ、もう少しだけ、休もう。


 そんな静かな朝を、

「士郎の周りに、女の子が増えてるぅー!!」

 虎の咆哮が、起き抜けの頭ごと貫いた。


 連戦で疲れの抜けない体に鞭を打ち、姦しく騒ぐ居間へと降りていく。
 そうだ、イリヤとセイバー。
 隠す事の出来ない二人の存在を、すっかり失念していた。

「ああ、五鈴、おはよう」

 自身も疲労困憊だろうに、ぎこちなくも笑顔を見せてくれる士郎。

 暴走しているのは、両親を失くした私たちの面倒を見てくれた姉貴分。
 現在は士郎の担任でもある、藤村大河女史である。


 イリヤとセイバーは、何も語らずに黙って私と士郎を交互に見た。
 下手に自分たちが誤魔化すよりも、私たちに一任した方が得策だと踏んだのだろう。

「とら…藤村先生、落ち着いてください」
 そして、どうどうと宥められている姉貴分は、昔から士郎の話に耳を貸そうとしない。

 ここは私が場を静めなければ。


「二人は……、生き別れの妹なんです」


 士郎の塞がらない口がこちらを向いた。


 そんな顔をされても、私だって今、即興で言い訳を考えているのだ。
 どうにか誤魔化すためは、大法螺を吹くのではなく、都合の悪い真実を巧みに隠さなければ。

「妹さん…?」
「ええ。この銀髪の娘がイリヤ、金髪の彼女がセイバーです」
「……この子たち、外人さんだよ?」
「ですから、腹違いの姉妹なんです」
「腹違い、って…え、切嗣さんが…?」
「はい、不倫ですね。ちなみに私の母が不倫相手で、彼女たちの母親こそが本妻です」

 ずどん、と、何か重いものが落ちたような、そんな音。
 ショックを隠しきれない虎の表情、少し罪悪感すら思わせる。

 そう言えば彼女は、父に憧れを抱いていたんじゃなかったか。

「あ、アハハハ…切嗣さんが不倫…」

 壊れてしまった虎を見て、士郎が目配せをする。

 いいのか、あれ。
 しょうがないでしょう、今は。

 嘘は言っていない。後々に解決すればいい、瑣末な問題だ。
 今はそれよりも、目の前に山積みにされた問題から片付けていかなければ。


「そんなことより」
 部屋の隅でいじけ出した虎は置いといて、と、イリヤが切り出した。

「お兄ちゃんとお姉ちゃん、今日はどうするの?」
「学校に行くのよ、イリヤん」
「誰がイリヤんよ」

 日常を犠牲にしない、それが私たちの金科玉条。
 連戦で体が軋んでいても、それだけは守る。

「学園には他のマスターが…遠坂凛の目があるわ。普段と違う動きを取れば、警戒されてしまう」
「…ごめんな、イリヤ。一緒にいてやれればいいんだけど」

 膝を曲げて腰を落とし、子どもをあやすように士郎が言う。
 イリヤもイリヤで、少し拗ねて頬を膨らませる。
 まるで本当の兄妹か、それ以上の仲のようだ。

「別に心配しなくてもいいわ。お留守番ぐらい出来るもん」
 寂しさを誤魔化して強がるイリヤに、この家の勝手を教える。
 セールスが来たら、居ないフリ。喉が乾いたら、冷蔵庫の牛乳は古いものから。

「心配は無用です。私がこの家に残り、イリヤスフィールを守ります」
 と、そこで我が家の女食客が、どん、と胸を張った。

「何かあれば、令呪を使って呼び出してください、シロウ」
「…わかった。でも無茶はしないでくれ、魔力足りてないんだろ?」

 無茶をするな、なんて、一体どの口で嘯くのか。
 それを口にしようとして、ふと気付く。

 昨日セイバーは、宝具を使った直後に倒れた。
 けれども魔力が足りていないというのなら、パスを通じて士郎から供給されているはずじゃないか。
 まだ足りない、ということなのだろうか。けれども士郎本人が魔力不足である様子は無い。
 それとも…


 どちらにせよ、ライダーをどうするべきか。
 今日も彼の護衛に付けたいが、それでは私が学校で自由に動けない。
 凛が奇襲を掛けてくるとは考えにくいが、万が一ということもある。

(…ライダー)
 頭の中で、呼びかける。
 彼女は私の意を組みとって、応じる。
「…隣の教室なら、何かあればすぐに駆け付けられるでしょう。私も手が空いている時は、士郎にも気を配ります」
(ありがとう。今日は、基本的には私に付いていてください)


「藤村先生、私たちは先に出ますね」
「……、…」

 返事は無かった。ただの屍のようだ。



――六日目、放課後――



 遠坂凛が間桐慎二に呼び出された、と、学年通して噂が立っているらしい。

 ホームルームの後も、その話題で持ちきりだ。
 間桐慎二、という名に覚えがあり、はて、と首を傾げる。

 間桐、そうだ、桜の名字じゃないか。

 確か弓道場の側で、何度か相見えたことがある。
 乾燥した海藻のような、パーマがかった髪の男だ。
 やたら馴れ馴れしく話しかけてきたかと思えば、事あるごとに士郎を馬鹿にしていた。
 桜の兄と知らなければ、拳が出ていたかもしれない。

 彼が凛に、何の用事だろうか。
 あまり良い予感はしないものの、とりあえず見るだけ見に行くべきだろう。


 階段を音もなく駆けあがる。
 野次馬はほとんどいなかった。

 扉を小さく開けば、ちょうど交渉の真っ最中の場面が見える。
 いつも通りのすかした物言いで、慎二が凛を口説いていた。

「…って訳さ。遠坂、僕と組まないか?」
 断られることを微塵も想定していないだろう、自信たっぷりな言い草は、いっそ見ていて清々しい。
「どうだい、悪い話じゃないと思うけど…僕のサーヴァントは、強いぜ」

 サーヴァント、という言葉を、聞き紛うことはない。
 なるほど、彼もまたマスターの一人だったか。
 間桐の魔術の血は途絶えた、と聞いていたが、魔術に通じる者ならではの方法でも見つけ出したのだろう。


「お断りよ。メリットが無いもの」
 凛の決断は早かった。検討する素振りすら見せない。
「…は?」
「自分より弱い相手と同盟を組むメリットが無い…そう言ったの」

 まあ、そうだろう。
 あの遠坂凛が、効率度外視で同盟を提案するなんて思えない。
 ただでさえ、一組しか勝ち残れないのが聖杯戦争なんだから。

 ビキ、と、侮辱された慎二の顔に青筋が浮かぶ。
 アレは、まずい。怒りのまま考え無しに、サーヴァントを呼ぶかもしれない。
 校舎を戦地にするなんて、御免被る。


「……失礼」
 数瞬考えたが、私はその場に姿を現す事にした。
 水を差すことで、慎二の頭を冷やす。
 それにせっかく二人もマスターがいるのだ、上手く情報を仕入れれば、今後の展開が楽に運べる。

 凛には私がマスターだとバレているし、慎二にバレたところで然したる問題でも無い。

「なっ…」
「あら、聞いてたの、衛宮さん」
 目を見開いた慎二とは対照的に、凛はこちらに気付いていたらしい。
 事を聞かれたにも関わらず堂々としている凛の様子から、慎二も私が聖杯戦争に携わっていることを察したようだ。

「盗み聞きとは趣味が悪いね、衛宮妹」
「…五鈴です」
「用が無いなら帰れよ。それとも何か? 昼間から戦うなんて、言わないよな?」

 やるならやってやるぜ、ととった挑戦的な態度は、その実臆病さの表れだろう。

「…屋上に来たのは偶然よ」

 肩を竦めて、戦闘の意思はないことを表す。
 学校という日常の象徴を戦場に変えてしまうのは、私にとっても好ましくない。
 私は凛に目配せをする。

「遠坂さんが間桐君に告白されてる、って噂になってたから、確かめに来ただけ」
「…はぁ。またそんな噂が…間桐君、あなたと噂になっちゃうと嫌だから、私帰るわね?」
「なっ…」

 さすがに馬鹿にされているということがわかったのか、慎二が口をパクパクとさせている。
 しかし言うべき言葉が思いつかないらしく、聞くに堪えない罵詈雑言を、凛の背中に浴びせるだけ。
 凛は涼しい顔をして、その侮蔑を受け流した。

「さようなら、衛宮さん。あ、噂の件、教えてくれてありがとうね」
「…ええ。また明日」
 不敵に微笑んだ凛に、会釈を返す。
 敵同士だけど、あの悠然たる振舞いは流石だ。

 それにしても、ライダーを連れてきてよかった、と心底思う。
 私単身では、二人の仲裁をする勇気は無かった。
 万が一を考えて、抑止力であるサーヴァントを従えておくことは、とても重要なことなのだと思い知る。


 と、ふと。
 取り残された慎二が、居心地悪そうにしているのが見えた。
 しばらく言葉を発さずにいると、慎二はひどく不機嫌そうに言い捨てる。

「…何見てるんだよ、衛宮妹」

 五鈴だっつってんだろ。


 既に判明しているサーヴァントは、先ず私のライダーと士郎のセイバー。
 バーサーカーとランサーは、それぞれ敗退している。
 グラウンドでランサーと争っていた赤い外套の英霊は、戦闘力の高さからして恐らく残る三騎士の一、アーチャーだろう。
 由緒正しい遠坂家が三騎士以外を狙うとも考えにくいから、あのアーチャーは凛のサーヴァントだと仮定しておく。

 ともすれば残っているクラスはアサシンとキャスター。慎二が持つサーヴァントは、そのどちらかだ。
 どちらも裏切りや闇討ちを得意とするクラス。
 同盟を結ぶことに、向こうにとってメリットは大きいが、こちらにはデメリットばかりが回ってくる。

 凛が慎二のサーヴァントに予想を付けていたかどうかはわからないが、ただでさえ小物のマスターだ。
 それ以上の交渉の切り札を用意せず、組んでもらえるのが当然と思い込んでいる辺り、その残念さが伺える。

 彼女が同盟を断ったのも頷けるな、と納得しながら、私も自分の帰路に着いた。



――六日目、夜――



 切嗣不倫騒動で寝込んでしまったらしい虎教師は、今日は夜飯を漁りには来なかった。
 桜も今日は実家の方に顔を出すらしいので、晩餐はこれまでの四人に、イリヤを加えた五人体制となる。

「五鈴、士郎って料理出来るの?」
「ええ、驚くほど上手よ。なにせ彼の唯一の趣味なんだから」
「…なんでさ」

 もはや力強く突っ込む気力も失せたらしい士郎と、夫婦漫才にクスクスと笑うイリヤ。
 そわそわと落ち着かない様子で晩飯を待つセイバーに、リモコンを譲らずテレビを占領するライダー。
 この家の食卓も、随分賑やかになったものだ、と。

 日常を噛みしめていた私の方が場違いだったのか、それでも今宵も、非日常はやってくる。


 カラン、カラン

 重い鈴のような音が、屋根裏から響いた。


 次いで、屋敷の明かりが消える。
 それは、この家に備わった唯一の防犯装置と呼べるもの。
 招かれざる客に対して、家主にそれを知らせるタイプの結界だった。

 居間にいた全員が、その異常に対して身構える。

「…士郎」
「ああ、わかってる」
 ここ数日で大分度胸がついたのか、士郎の行動は早い。
 料理の手を止めて、コンロの火を消し、イリヤを庇うようにしてその小さな背中を守る。

 私は襖から、素早く庭を確認した。
 暗闇の中、見覚えのある顔が浮かんでいる。

「あれは…間桐慎二?」
「は…? なんで慎二が、」

 口に出した疑問を、士郎は途中で止める。
 理解したのだろう。
 彼がマスターだということは、士郎にも既に伝えてあった。
 慎二は、喧嘩を売りに来たのだ。

 しかし、ともすればおかしい。
 庭に姿を見せているのは慎二だけで、サーヴァントはその姿を見せていない。
 いくらあの慎二でも、敵の本拠地に単身で攻め込んでくるような間抜けではないはず。

「…どうしますか、マスター」
 霊体化を解いたライダーが、いつの間にか隣に佇んでいた。
「…サーヴァントの姿が見えないの」
「アサシンのクラスの可能性がありますね。闇に乗じて此方に仕掛けてくるつもりでしょうか」

 こういう時に冷静な彼女は、とても頼りになる。

「…全員で、迎え撃ちましょう」
「イリヤもか?」
「ええ。相手の手札がわからない以上、孤立する方が危険よ」
「側にいた方が守れる、ってことか…よし」

 士郎は投影による木刀を、私はスカートの下から拳銃を、それぞれ取り出した。



「遅かったじゃないか? 僕に臆して逃げたかと思ったよ」

 慎二は一人、高笑う。
 五対一という劣勢のはずなのに、彼には状況が見えていないのか。
 それとも、よほど自分の切り札に自信があるのか。

「セイバー、ライダー。周囲の警戒を怠らないでね」
 取り出した拳銃を、慎二に向ける。
 あれでも士郎の友人、発砲する気はないが、一応だ。

「…慎二」
「衛宮、降参するなら命だけは助けてやってもいいぜ?」
「…その根拠のない自信は、どこから湧いて出ているのですか」


 瞬間、音もなく。
 物陰だと思っていた闇が、ずるり、とイリヤの方に動いた。

「っ…」
「危ない、下がって!」
 身構えるイリヤ、飛び出すセイバー。
 不可視の剣が、正体不明の影を叩き落とした。


 マスターだと判明している私ではなく、男である士郎でもなく。
 一番力のない存在、幼いイリヤから狙ったのか。

 ふつふつと、慎二への怒りが沸き起こる。
 戦闘における常套手段だと理解していても、それを許す気にはなれない。


「何やってんだ、アサシン!」
 セイバーが弾いた影は、ナイフを構えた女の子だった。
 あどけない顔つきと、酷く露出度の高い服装が印象的な少女。
「衛宮以外は女だぞ!」

 いつもの差別的な発言か、と聞き流そうとして、ふと思い至る。
 女、という単語に反応して、臥した少女の目の色が変わった。
 女性に関係のある伝承の英霊か…?

 と、次の瞬間。
 アサシンを包んでいた闇が、霧状に広がった。

 霧はあっという間に広がり、衛宮邸ごと私たちを包みこむ。
 結界か、と警戒したその一瞬に、

「づっ…!?」
 セイバーが呻く声。
 目を遣れば、軽傷と呼ぶには多すぎるほどの血を吹き出していた。
 出血個所は左腕、鎧に覆われていない個所を的確に縫った斬撃。

「早い…先程の攻防か」

 防いだものと思っていたが、先手は奪われていたらしい。


「――セイバー、下がってください」

 彼女の負傷をいち早くフォローしたのは、ライダーだった。
 対抗し得る前衛が彼女だけであることを知り、アサシンに特攻を掛ける。

 アサシンの振るった刃は、速くはあるが、その軌道は素人そのものだ。
 短剣で弾き飛ばすと、懐に潜り込んだライダーが、少女の体を容赦なく蹴りあげる。

「か、はぅっ…!」
 単純な蹴り、それでも英霊の、かつ怪力を誇るライダーの一撃は容赦なくアサシンを打ちあげた。
 体勢を立て直す暇も与えず、ライダーの猛攻は続く。

 好奇と判断した私は、慎二に向かって走り出し、一気にその距離を詰めた。


「おい、何をてこずってるんだ!僕を守れ!」

 慎二の表情に焦りが浮かぶ。
 アサシンを呼ぶも、彼女はライダーの相手で手いっぱいだ。
 令呪を使えば、それでも呼び寄せることは出来ただろう。

 だが、

 ――そんな時間など、与えない


「Time alter ―― double accel」

 速く、もっと速く。
 詠唱と同時に、私を取り巻く周囲の時間の流れが、急激に遅くなる。
 固有時制御、二倍速。

 父の残した衛宮の秘術、それは時への干渉権。

 例えばセイバーの聖剣と比べれば、見栄えなどあったものじゃない。
 ライダーの召喚した天馬のように、兵器じみた力を持つわけでもない。

 それでも私には、これで十分だ。

 なにせ、目の前の気に食わないこの男を、一秒でも早く殴らせてくれるのだから。


「が――ふっ!」

 ただの一般人に、拳銃など必要ない。
 掌を胸板に叩きこみ、一瞬だけ呼吸を奪って体を硬直させる。
 その隙に足を払い、腕を固めて組み伏した。

 こうもあっさり決まるとは。
 虎直伝の護身体術も、なかなか侮れない。

「な、なんなんだよ…お前」
「…魔術師よ」
 もはやまともに問答する気にもなれない。

 と、慎二が腕に抱えていた何かを取り落とした。
 魔術書のような何かだ。
 しかし本人は構わず、アサシンに向けて喚いている。

「おい、早く、僕を助けろ! アサシン!」
 慎二の声が、庭に空しく響いた。
 ライダーに夢中のアサシンに、彼の声が届くことは無い。

 半狂乱になったアサシンは、なりふり構わずナイフを振り回す。
 その姿は攻撃と言うよりも、親に駄々をこねる子どものようだ。


「…暴走していますね。こうなれば暗殺の心配は、ない!」

 イリヤと士郎を守っていたセイバーが、決着を付けるべく飛び出す。
 左腕の負傷も、ああなったアサシン相手にはほとんど意味を為さないだろう。

 振るったナイフの一筋にカウンターを取る様にして、それを叩き落とす。
 そのまま踏み込み、剣を横に薙ぐ。
「あ゛っ…!」
 負傷したセイバーの一閃は、それでも深い。
 散る鮮血、今度はアサシンのもの。

「…合わせます」
 怯んだアサシンに、ライダーがラッシュを掛ける。
 一撃、また一撃。
 重い一つ一つの蹴りを、小柄なアサシンが耐えられるはずもない。

「…ふっ!」

 最後、と、ライダーがアサシンを蹴りあげる。
 宙に浮かぶ、無防備な少女の体。

「おかあ、さん…」

 呟きは掠れ、ほとんど聞き取れなかった。

 少女の体のど真ん中に、ライダーはナイフを投げつける。
 先程アサシンが取り落とした、彼女の唯一の得物を、その胸に帰す。

 それが、この戦闘の終着だった。


 アサシンの体は、霧へと還っていく。
 やがてその霧も晴れ、月が庭を照らす。

 アサシンの姿は無い。



「…おい、なに死んでるんだよ!」
 私に捉えられたままの慎二が、虚空に向かって叫んだ。

「慎二…もう終わったんだ」
「うるさい!」
 プライドの高さゆえか、負けを認めようとしない。
 往生際の悪さは士郎と同じはずなのに、ここまで苛立つものなのか。

 なんとか自分を律し、怒鳴りつけそうになるのを堪える。
 そんなみっともない姿、士郎には見せたくない。

「こちらに来て、セイバー。傷を治します」
「すまない、五鈴」

「セイバーって……そうだ、お前たち卑怯じゃないか! サーヴァント二体だなんて、クソクソクソ!」

 卑怯?

 このワカメは、今私たちを卑怯と言ったのか?

 自分だって凛と同盟を結ぼうとしていたくせに。
 この屋敷にだって、自分から攻め込んできたくせに。
 そして、一番力のないイリヤを真っ先に狙わせたくせに…!

「五鈴…?」
「…付き合ってられない」

 手早くセイバーに治癒を施して、私は背を向けた。
 これ以上顔を見ていると、冗談抜きで拳銃を抜いてしまいそうだ。

 男って、みんなああなのだろうか。
 士郎ほど、とまでは望まなくとも、意地というものがないのだろうか。


「私も、お風呂入って寝ちゃおうかな」

 ぴょこん、と、イリヤが私の後ろから顔を出した。

「五鈴、お湯は沸いてる?」
「え、ええ…」
 命を狙われたあとなのに、随分とあっけらかんとしている。
 ホムンクルスゆえに、命に執着が無いのか、それとも、

 気を遣わせて、しまったのかもしれない。

 イリヤの厚意に甘えて、私は彼女と二人で家に戻った。
 士郎のことは、セイバーとライダーに任せておけばいい。
 私はあくまで『正義の味方』の味方。
 慎二をどう裁くかは、彼の判断に従おう。


最終更新:2012年01月15日 15:08
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