初代リプレイ1


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 * * * 

 夢を見ていた。何故だか身体が重い。思考が空転、自分の名前すらも思い出せない。
 **は誰で、ここは何処だ? まるで今この瞬間、唐突にこの場に生まれたかのような錯覚に、言い知れぬ怖気を感じた。
 焦りにも似た感情に突き動かされ、身体を起こす。

「**は一体……痛っ」

 鋭い頭痛が走り顔を顰める。だが、それで混濁していた意識がクリアになった。
 『俺』の名前は一条基。寝ていたのは自分の工房。
 床に描いてある陣や実験室を思わせる機具の数々は、俺が高名な魔術師の家系に連なる者の証……大丈夫だ、記憶の何処にも不備は無い。
 俺は十七年前からずっとイチジョウハジメのまま、今日この召喚の時を迎えて……少し気を失っていただけの話。

「そうだ、召喚――」
「呼び声に応じ馳せ参じた――おお、我が妻よ!」

 視線の先には、異質の塊のような気配が一つ。
 それから漏れ出ているのは、触れるだけで弾き飛ばされそうな圧倒的な魔力の気配だ。
 その内側から、苛烈な意志に根付いた、壮絶な狂気が垣間見える。……期待していた通りの存在がそこにいた。
 だが、期待どころか予想もしない第一声に、流石の俺も理解が追いつかない。

(……妻? 誰が?) 
「我が信仰に誓い、聖杯を必ずや我等の手に入れようぞ!」

 こちらの混乱を他所に、彼は思いの他丁寧な礼と共に宣言した。
 なるほど、確かに彼は自分が呼び出したモノでいいらしい。
 彼はこの戦争に限り俺の使い魔となる最上級の英霊、サーヴァント。

(……召喚は自体は成功か)

 だが、ならばこの違和感は何らかの不備の証だろうか。

「ふむ」

 マスターとしての固有能力を使用。彼のステータスを確認する。
 流れ込んでくるイメージを言語に変換するのは難しいが、凡その事情は理解した。これはつまり。

「なるほど、これが信仰の加護か……」

 床に落ちている血塗れの杭を見て、己が何を呼び出したかを思い出す。
 ソレはあまりに有名な逸話。彼が信じる神の名の元、どれほどの血を流したか。
 その証左の一つとなる狂気の片鱗がこれなのだろう。

「OK良いだろう、このどうしようもない問題以外に不備はない……おい、『ランサー』」

 いい加減独り言を終えて、こちらの言葉を待っているサーヴァントに告げる。
 狙って召喚した以上、真名を知ってはいるものの。
 余りに有名なそれを、例え二人の場だとて口にする気にはなれない。壁に耳あり障子に目あり、だ。

「とりあえず偵察に行くぞ」
「嗚呼、なんと愛に満ちた言葉よ。我が妻は、至高の時をいち早く迎えたいと、そう言うのだな!」

 召喚自体が上手くいったなら行動を起こさぬ理由はない。
 立ち上がり、さっさと歩き出しながら言った言葉に、彼は高揚を隠さずそう言った。
 言動に狂気が混じっているが、同意ということでいいらしい。この大げさな反応にさえ目を瞑れば、意志の疎通に問題はなさそうだ。

「さて、とは言ったもののどうするか」

 時計を見る。召喚を開始してからまだほんの少ししか立っていない。気絶していたのも極一瞬だったということだろうが。
 考えてみれば、サーヴァントの前で気を失うなんて、それだけでも酷く危険な橋を渡ったものだ。
 俺は僅かな怖気を背筋に感じつつ、外出の準備を整え始めた。

 * * *

 魔力不足は思ったよりも深刻ではなかったので、俺は学園に来ていた。
 授業はつつがなく終了し、故に当然、聖杯戦争については何一つ進展はない。
 無駄な時間を使った、と思いはするものの。学生という立場でしか入れないこの場所を調べるには、やはりその立場通りの行動を外すわけには行かないのだった。
 屋上で地表を見下ろしながら、今後の方針を考える。

 即ち、留まるべきか、外へ出るか。

「街を探索するのも良いが、日のある内は無駄にならんとも限らんな」

 一息ついて、やはり学園内に焦点を絞った。授業が終わった今が、此処を最も自由に動けるタイミングだ。
 登校した以上はこの場で出来ることをやっておくべきだろう。
 此処には、少なくとも二名の参加者候補がいる。闇雲に街を歩くより成果が出る可能性が高い。

「ランサー、何時でも霊化を解けるようにしておけ」

 暑苦しい了承の意を聞き流しながら屋上を後にする。
 霊化させていても、相手もマスターならばサーヴァントの気配には気付くだろう。
 だが、元々隠し通せるようなものでもない。ならば先手を打って、こちらから確認してやる方が手っ取り早い。

「さて、遠坂は召喚に成功しているか?」

 この地に移住してからはまだ年月が浅いとはいえ、一条も魔術師としてはそれなりの家系だ。家同士の交流もないわけではない。
 当然、その娘達とはそれなりに交友があるし、人となりも把握している。こんな心配など杞憂だろうとは思った。

(アレでも管理者としては卒の無い優等生だから、聖杯戦争の前段階で失敗などする訳はない……筈、だが)

 だが相手は、如何せんあの遠坂凛だ。
 五大元素持ちなんていう馬鹿馬鹿しいほどの天才少女、引いたサーヴァントによっては圧勝になってもおかしくはない。
 そうなると、召喚こそ此処一番の場面という考え方も在り得る。つまり、本人曰く家系伝来の呪い……うっかりしやがる可能性が残っている。

「間桐は間桐でアレだしな……やはり身の回りから調べておくか」

 性格上問題のある兄妹を思い浮かべた。
 特にプライドだけは人一倍な兄の方は、少々相手にするのが面倒なヤツだ。理由は不明だが、何かにつけて突っ掛かってくる。
 教室に向かいつつも、僅かに気分が盛り下がった。どうか、アイツには出会いませんように。

 軽く祈りながらドアを開ける。中から人の気配がしていたので、半ば諦めていたが。

「……やあ、お前か」
「よう、どうしたんだこんな時間に」
「――。よう」


 溜息を吐きながら返答する。
 ワカメ頭の同級生の視線があまりにも剣呑だったもので。

「チッ……じゃあな衛宮、掃除任せたぜ!」

 世間話でもしていたのだろうが、慎二は俺の登場に卿が削がれた様で、大柄な口調で告げるなり教室を後にした。
 尤も、それも自然な行動ではあっただろう。授業も終わり、用がない人間ならばもうすでに帰っている時間だ。
 本来なら、残っているのは精々が部活動に勤しむ生徒くらいのものである。
 それもすぐに日が落ちるこの季節では、もう長くは続かない。

(ソレを言うのなら、残ってる俺もおかしい方の仲間か)

 一方、面倒な仕事を押し付けられたというのに、士郎は笑って了承をしていた。そのまま本当に掃除を始めるらしい。

「……相変わらず律儀だな衛宮」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、ただの独り言だ」
「そうか」

 士郎とはこの学園に入ってから知り合った。面倒見の良い上に器用なヤツで、助けられる事も多かった。
 そんな生活だったから、友人と呼んで差し障りのない関係にはなっている。

「いや、けど本当に珍しいよな、こんな時間にさ」
「あ、ああ……たまには散歩でもしようかなって」

 痛いところを唐突に突かれたので、曖昧な言い訳しか出てこなかった。
 追求されても面倒だ、俺はさっさと退散することにする。

「じゃあ俺は行くよ、またな」
「ああ、散歩だろ? 行ってこい」

 そんな風に笑って士郎と別れる。
 さて、どうするか……と。

「我が妻よ! 我への供物の気配がする!」

 そんな時、ランサーの声が脳内に響いてきた。
 供物……つまり、サーヴァントの気配を感じたようだ。

 こちらが気付いているということは、向こうも気付いている可能性もある。
 だが、もしかしたら奇襲が可能かもしれない。

(そうでなくとも、一方的に情報を奪えるのならば価値はある、か)

 俺はランサーの言葉に従って、速やかにその場所に向かうことにした。

「我が妻よ! 上だ、供物は上にいるぞ!」
「上……? まさか」

 コレより先は、自身が先ほどまで居た屋上しかない。

「まさか、ランサーの気配を察知されていたのか」

 動いていなければ、奇襲を受けていたのは自分だった可能性が高い。背筋に汗が滴り、思わず喉が乾いた。

「何を迷うことがあるか、妻よ!生贄の血をもってしてこの喉を潤そうではないか!」
「……フ、そうだ。その通りだランサー」

 一瞬でも臆した自分を恥じる。ランサーの言うとおりだ。聖杯戦争に勝ち残る、と言うことは戦うことだろう
 これは戦争。攻撃を仕掛ける場合もあれば仕掛けられる場合もある。一々過去の失策まで気にしていられる甘い場所じゃない。
 故に自戒もこれまで。屋上に到着すれば、夕日とは別の赤が目に映った。

 ――ああ、やはりお前か。

 半ば予想通りの風景なのに、その絵画のような光景に俺の意識は奪われた。
 普段とは違う魔術師としての顔で――強い意志だけを目に宿して、遠坂凛がそこにいる。
 優等生の仮面を外し、冷徹さを許容した彼女は誰よりも美しい。
 そして、

(コイツがこの顔で此処にいるってことは)

 彼女も、今回のマスターである可能性が高い。
 御三家であること考えれば、確定といっても良いだろう。

「……あら、学校に来るなんて余裕ね」

 ま、気配がした時点でアンタだとは思ってたけど。
 そんな呟きが聞こえた。互いに似たような評価のようだが、つまりはこちらがマスターでいることすら承知、ということか。

(今更しらばっくれるのも旨くないな)

 互いにマスターであることを前提とするならば、戦闘になることは十分に考えられる。
 いっそこの場で決着を付けるのも後腐れがなくて良いが……。

(いや、最初から敵対する必要もないか?)

 遠坂がマスターであると確認できただけでも、今日学校に来た収穫にはなっただろう。
 場所が場所で、時間が時間だ。邪魔が入ってもつまらないし……個人的な感情からしても、初っ端から友人と殺し合うのは気が進まない。

「此処は平和にいかないか? 俺はお前と戦いたくて登校してきた訳じゃないんだが」
「……へぇ、何その上から目線。もしかして貴方、私に勝てるとでも思っているの?」

 声が一段階低くなって帰ってきた。言い方を間違えたのか、あからさまに機嫌を損ねたらしい凛。
 その背後に何かが現れる気配を感じ、俺は咄嗟に身構える。

「やれやれ、君の短気はどうにかならないのかね?」
「黙りなさい、アーチャー」

 現れたのは黒い肌に赤い外套の英霊。
 外見では全く正体が読めそうもなかったが、なるほど、彼女のサーヴァントは弓兵らしい。
 しかし先程からランサーの喚き声がうるさい、平和にいくために霊化してもらっていたが……サーヴァントが現れた以上は限界も近いか。

「そうか……君のサーヴァントはアーチャーか。いい事を聞かせてもらった」

 どうやら戦闘は避けられないらしいので、彼女の流儀に乗ることにする。というか、気安い行動が凛の勘に触るらしい。
 要は、彼女は馴れ合いを嫌うのだろう。俺は友人だからこそ交戦を避けたかったが、凛は友人だからこそその選択を選べない。

(魔術師らしい思考だ、ならばこっちもソレに倣う方がいいだろう)

 聖杯戦争とは、魔術師同士の力の闘いでありながら、情報戦でもある。
 相性は必ずしも存在し、真名と呼ばれるサーヴァントの名を知れば、得手も不得手も知ることが出来る。
 英霊とは、大いなる力を持ち、有名であるが故に、弱点も広く知られているのだから。

 しまった、と凛は声も出さず、顔を顰める。
 だがこれがお前が望んだ反応だろう?

「ふん、だから言っただろう、凛……で、どうするのかね?」

 アーチャーの声に反応するように、凛はバックステップで距離を開け懐から宝石を取り出す。
 ああ、やっぱり本気かお前。

「一条、令呪とサーヴァントを放棄しなさい――なんて、言っても無駄よね、貴方だって魔術師なんだから」

 彼女は、完全に交戦体制へと入ったようだ。
 彼女の言葉に応えるように俺と凛の間に割って入るアーチャー。
 だが、その手に構えているのは……双剣?

「……アーチャーだよな?」
「さあね、それもブラフかもしれないわ」

 思わず舌打ちをする。唯一の成果といっていいサーヴァントの情報が、これで不透明になった。
 実際に戦ってみれば分かるかもしれないが、得体の知れない敵というのはそれだけで危険だ。
 俺は凛と違って、戦えば勝つなんて自信を持てるほどの才能はない。
 もし仮に俺と凛の性能が互角と仮定しても、それを覆すのがサーヴァント。
 聖杯戦争である以上仕方ないといっても、他力本願な戦い方は可能な限り避けたかった。

(ふむ……ならこれはどうだ?)

「夜になってもいないのに戦うのか? 神秘の隠匿は魔術師の義務だろう」 

 コレでダメならやるしかない。
 正直望み薄だが、戦闘回避の方策としては最後だ。付き合ってもらうぜ、遠坂。

「そんな心配しなくていいわ、結界を張ったから」
「……ああ、そうかい」
「素質を持たない人間ならば、この学園に近寄ろうとも思わないでしょうね。――これでやる気になったでしょう」
「ああ、まぁ……仕方ない、か」

 結界を張った気配は無かった。おまけに会話の間に時間も随分経っていたようで、部活動の生徒も帰宅してしまっているらしい。
 交戦を望みつつさっさと向かってこなかったのは、この状況を作る為だったのだろう。完全に誘い込まれた形になっていた。
 だが、完全に先手を取られた状態でも、俺に驚きはさほど無かった。

(むしろ、それくらいも気付かれずにやれないようじゃ、遠坂凛を名乗ることは認めない)

 もし今から始めるのが殺し合いでなければ、俺の心情は信頼と呼ぶに相応しいものだったのだろう。
 だが交戦は決定的。思わず、俺は笑みを浮かべた。
 戦いたくない。戦いたくは無いが――凛と『競い合うこと』は、嫌いじゃないんだ、俺は。 

「そうだな、仕方ない――出ろ、『ランサー』」
「嗚呼、今宵も不信心者は皆殺しである!」

 ランサーの霊化を解く。どうせ速攻バレることなので、こっちもクラス名を先に教えてやった。
 現れたランサーは、禍々しき槍を掲げ、アーチャーと相対する。

(待たせて悪かったな、凛、アーチャー。そしてランサー)

 身構える。
 さあ、どう動くべきか。

(サーヴァントを生身で相手はできんな……凛をランサーに殺させたくもないし、やらせてもくれんだろう)

 ならば目には目を、歯には歯を。

「英霊には英霊を……ランサー!」
「イィィエェェッア!」

 叫びと共にランサーが、アーチャーに向かい走り出す。
 その動きは、ランサーにしては鈍重極まるものだが、マスターを庇ったアーチャーは双剣にてその槍を受ける。

 そして。

「マスターにはマスターを、だ」
「くっ!」

 掌の中で急激に魔力を圧縮。それを見て遠坂が顔色を変えた。
 木々を薙ぎ倒す暴風の塊が、コンクリートを穿孔する風神の矛に変貌する。
 サーヴァント同士の戦いに重きを置いていたのだろうが、こちらがそれに付き合う理由はない。
 俺が唯一遠坂に勝る才能、瞬間的な出力が生きるのは序盤だけだ。ならば出し惜しみなどするものか。

「――頼むから、死ぬなよ!」

 初っ端から全力全開。コチラ放った魔力弾が、宝石魔術の障壁に激突し、鬩ぎ合う。
 互いに一工程の魔術行使。発動はほぼ同時――だが、押しているのは俺の魔術弾だった。

「忘れたか遠坂、単純な元素変換は俺の方が上だったろう」
「そんなの、子供の頃の話、でしょうが……!」

 短い会話の間にも、遠坂の障壁は削られていく。
 俺の素質がアベレージワンには劣るといっても、それはあくまで器用さの話。
 遠坂の術は元々闘争には向かない代物だ。宝石を起爆剤にする事で速度は確保できても、それが咄嗟の障壁に使われたとすれば魔力を追加し放題の俺が勝つ。
 果たして、突き破った風の弾が遠坂の目前で爆発、衝撃で彼女を吹き飛ばした。

「凛ッ!」

 それに動揺してか、アーチャーの視線が凛によって奪われる。
 狙い通り――その隙を、ランサーは見逃さなかった。

「うつけが!」

 ランサーの放った槍が、アーチャーの腹部を掠め、傷をつける。
 そして大げさに、後方へと飛ぶアーチャー。

「……悪いが、引かせて貰うことにする」

 その勢いのまま、アーチャーは遠坂を抱きかかえ、グラウンドへと飛び落りた。
 遠坂を殺さず敗退させるには中々良い手だと思ったが、弓兵のくせに見切りの鋭さは中々だったらしい。
 もしかしたら、手傷を与えられただけでも僥倖な相手だったのかもしれないが……さて。

「我が妻よ、供物が逃げる!」

 ランサーの言葉にハッとした。そう、あのサーヴァントは我がランサーの供物。
 手傷を与えたならば、追撃を緩める理由はない。間髪入れずに屋上のフェンスを飛び越える。
 自由落下、そのまま叩きつけられれば大怪我では済まないが、当然そんな結末はランサーが許さない。

「ありがとうランサー」
「おお……何という喜びか!妻の喜びは我が喜びである!」

 昨日今日の主従にしては中々に以心伝心。ランサーはひどく喜んでいるようだ。
 グラウンドに着地。初めに目に飛び込んできたのは、ふらつきながらもこちらを睨む凛の視線。

(逃走の意思はない、か?)

 こちらとしては好都合。だがアーチャーは苦労しているだろうに、相変わらず距離を取る気配すらない。
 まさか――本気で、弓兵で槍兵を相手にしようというのか。

「……アーチャー、此処で彼を倒さなければ、後々厄介よ」
「了解した、凛」
「お褒めに預かり光栄の至りで御座います……とふざけてる場合じゃないな」

 ギラリとアーチャーの目付きが変わる。冗談の独白はその圧力に散らされた。
 アレはハッタリじゃない。本当に弓兵なのか疑うところだが、双剣に相当の自信があると見えた。

(つまり、ますます得体が知れないってわけで)

 魔術師は得体の知れない相手を嫌う。その分には俺も漏れず、戦うならば必勝を期す。
 だが目前にいるのが、正体不明を極限レベルで体現した謎の英霊だとすれば。

(嫌な予感がする)

 何が起こってもおかしくはない。
 現状、チャンスはチャンスだ。が、同時にとことん不本意な状況でもあるらしい。
 もう一度、説得してみるのも悪くは無い。

「俺はお前のことを友達だと思ってる。こんな状況だが、友達を殺したり、裏切るようなことはしたくない」

 多分にこちらの事情によって出てきた言葉だが、内容自体に嘘はない。だから真摯な姿勢に偽りも無い。

「……なッ!ちょっと、何よそれ!馬鹿にしてるわけ!」

 それが届いたからだろう、驚いたように目を見開く凛。
 更に交戦の意思が無いことを伝える為に、ランサーに霊化を命じる。無論、直ぐにでも霊化は可能だ。
 正体不明の敵と闇雲に戦闘を続行するくらいなら、あえて少々の危険を晒してでも相手のペースを崩したい。

 当然、アーチャーがこれを好機と動く。
 素早い肉薄で接近、そして2つの刃が目の前に……。

(これ以上は無理か、ラ――)

 ランサーに防がせようと命じた瞬間、近くの茂みから物音が響く。
 気を取られた凛とアーチャーの動きが鈍り、その隙にランサーが俺を引き連れ距離を取った。
 そして茂みから走り逃げる男子生徒の姿。

「……おい、マジか」

 ランサーが盛んに今の行動を咎めるが、全く耳に入らない。
 俺の目が腐っていなければ、あれは――。

「アーチャー、お願い!」

 管理者の顔でサーヴァントに命令を送る凛。
 一瞬俺の存在を失念していたのだろう、苦々しそうな表情でこちらを向き、

「……わかったわ、一時休戦でいいわよ」

 男子生徒を追いかけるアーチャー、凛は共に男子生徒の対応に向かうつもりらしい。
 俺はと言えば……記憶にこびりついた後姿が脳裏から離れない。

(神秘の漏洩を防ごうとするのは、魔術師の基本行動だ)

 行動を起こす大義名分は十二分にある。ここで黙っている方がよっぽど下策だ。

「俺も行く、目撃者なら捨て置けない」
「……ッ、仕方ないわね」

 こちらの言葉に理があることは自明だ。
 告げると、躊躇いながらも凛はソレを承諾した。

「これは聖杯戦争は関係なしに、冬木の管理者として、なんだからね!」

 管理者故に、か。ソレも当然察してはいるが。

「冬木の魔術師なら、手伝って当然よ!」

 それが自分のお人好しを簡単には認められない、彼女なりの言い訳なのだろうこともまた、十分に承知している。

(それにしても、先行したアーチャーはどうなった? 既に到着していてもおかしくは――)

 ―――悲鳴。

 学園の中から、男子のものと思われる、ソレ。

(クソッ! まさか本当に……!)

 間に合え、と。
 もう既に手遅れであろうことは分かっていても、全力で間に合えと念じながら駆けた。
 そうして辿りつけば、そこには胸を貫かれた赤毛の男子生徒。

「……嗚呼」

 衛宮士郎の死体が、そこにあった。

「私が来たときには、もうこの有様だった。この学園には、もう一人マスターが居たのだろう」

 我々が奇襲を受けなかったのは僥倖だったな、と呟くアーチャー。

「黙りなさいアーチャー」
「黙れよ弓兵」

 ランサーですら口を開かないことを察しろ。
 それは例え真実だとしても、今の俺たちには禁句だろうが。

 凛の顔付きは強張り、血の気が引いているのが分かる。
 膝をつき、震える手を衛宮士郎へと伸ばす。
 管理地、それも自分がすぐ傍にいながらも許した、明らかに魔術師の手による一般人の殺人……頭に来るのは当たり前だろうが、それにしても異常な反応に見えた。

「気を落とすな。俺が言うのもアレだが、どう考えても不可抗力だ」

 思わず、安い慰めの言葉を掛けていた。
 友人を失ったにも関わらず、何故か冷静な自分。
 魔術師としての教えがそうするのか、元よりそういった性格だったのか。
 それ故に、動揺する凛を見てはいられなかった。

(お前も魔術師なら切り替えろ、遠坂)

「うるさい!」

 だが、期待に反して返ってくるのはこんな言葉だけ。
 まるで心の声が聞こえたかのようだ。

「……帰りなさい、今日は見逃してあげる」

 尊大な物言いに反して、その声音は隠し様も無く震えていて。

「だから、帰って……後は私が処理するから」

 最後には懇願の響きすらも感じられた。

「ああ、またな」

(これ以上、弱ったコイツを見てはいられない)

 俺は足早に学園を後にした。

 * * *

「あれ、道を間違えたか」

 ふらふらと、足を進めていると、何故かたどり着いたのは遠坂の家だった。
 家にも結界は貼られており、招かれない限り進入は難しい。
 その遠坂といえば、当然学園で事後処理をしているはずだ。
 今は此処ほど用がない場所も他にはないし、

(正直用があったとしても近づきたい場所じゃない)

 冬木の管理者ともなれば、他のマスターが監視していてもおかしくはない。
 幸い使い魔の気配などもないが、速く立ち去った方が身のためだ。別の場所に向かうことにしよう――。


 * * *

「――ああ、やっぱキテるかもな、俺」

 取り乱している遠坂の手前、表に出さなかっただけらしい。
 自分で思っているほど、冷静ではなかったようだ。
 衛宮士郎の死体が、瞼に焼き付き離れないのがその証明。

 そんな事を今更ながらに考える。何故なら、無意識に歩いていた末に辿り付いた場所が、士郎の家だったから。
 立派な武家屋敷が目の前に広がっている。こんなものが突き当たるまで目に入らないなんて、魔術師失格どころの話じゃないだろう。

 中を覗き込めば、電気が付いている
 聞いた話によれば、教師の藤村や桜がよく出入りしている、だとか。

(まだ士郎の死は知らないだろうな……とても俺の口からは)

 言えない、と思ったところで、ランサーから思いがけない言葉が来た。

「妻よ……おかしいぞ、あの供物、生きておる」
「何……? ッ!」

 目を凝らせば、庭に走りだす士郎の姿、そして何かが彼を追った。

「サーヴァントである!」
「クソッ、何が何やら……! 相手はなんだ!?」

 さらに凝視し、その追跡者の正体を見極める。一際目を惹くのは手に持った、『剣』。
 詳細は分からずとも、その強烈な存在感を放つ剣を見れば自明。剣の騎士、最優のサーヴァント――『セイバー』のものだ。
 見た目で真名は分からない。
 黒の鎧に身を包んだ騎士、同色の仮面によりその顔までは見えないが、その身とその得物から末恐ろしい力を感じる。

 士郎は、間一髪の所でその太刀を避け、庭の奥にある土蔵に逃げ込んだらしい。
 何とか生き延びてくれたことに安堵、しかし……。

「もう一度あんなヤツに襲われたら何秒ももたん」

 今ならば、彼を救うことが出来る。
 だが、あの黒の騎士に立ち向かうのは危険だ。
 アーチャーとの交戦を避けたのと同様の理由、見極められない相手と不用意に矛を交えるつもりはない。

(ならば、黒の騎士との戦闘は可能な限り避け、士郎を救い出す)

 難しく感じるが戦闘を行うよりは安全で確実な方法だろう。
 此処で俺が死ねば自動的に士郎も死ぬ。今必要なのはサーヴァントの打倒ではなく救出と離脱だ。
 凛には甘いと言われるだろうし俺だってそう思うが、

「無意識にこんな場所まで来てりゃ今更だろう……ランサー!」

 土蔵と俺がいる位置の、ちょうど中心あたりに黒の騎士がいる。
 どうにかしてソレを避けなければならないが、もたもたしていたら士郎が死ぬ。俺は即断した、強行突破しかない。
 多少の怪我は仕方がない、サーヴァントを相手にするのだから。

「突っ切る。倒すことは考えるな、ただ俺と自分を守れ」

 ランサーに伝えると、彼は槍を掲げ、吠える。

「我らの絆は真実の愛よ!その太刀であろうと切り裂けるはずもなく!」

 その叫びが黒の騎士に伝わったのだろう、くるりと方向を変えた。
 振り向き様、こちらに向け、剣を突き出す。

「なんだ、貴様等」

 その言葉が合図だったかのように、俺とランサーは爆ぜるように駈け出した。
 鈍重とは言え、英霊、人間をはるかに超える速度で騎士へと接近。
 槍により一突きを放つが軽々とセイバーに弾かれる。

(よし、悪くないぞランサー)

 攻防一つあれば魔術師には色々とやりようがある。咄嗟に身体を魔術で強化し、二体の頭上を飛び越えた。

「くッ」

 但し、急いで施した魔術は不完全。完璧に身体を制御するには至らず力任せに飛んだ結果、着地には失敗し、体中に擦り傷を作る。
 だが構わない、この程度の傷は傷の内にも入らない。俺は土蔵にたどり着き、その扉を開いた。
 そこで、確かに士郎が生きていた。彼は、驚愕の表情でこちらを見ている。
 当たり前だろう、こんな急場でいきなり知り合いが現れるなんて、普通は思わない。

(けど今は、お前の驚きに付き合ってやれる時間はないんだ)

 俺は何も言わず、士郎の手を引き立ち上がらせる。

「ランサー! 少しでいい、足止めを頼む!」
「任された! 我が妻よ!」

 応の意を受け取って、その場をランサーに任せて走り出す。だが、

「ちょっと待て、お前怪我してるじゃないか!」
「あ、ああ、だが」

 彼は足を止め、こちらの怪我の手当をしようと手を伸ばす
 そんな時間はないことを士郎も認識しているだろうに、混乱のせいで普段ならば正しい行動が選択肢に入ったか。

(説明している時間はない。まずいな、気絶させて運ぶべきか?)

 僅かな逡巡。命取りにもなるそれを助けたのは、背後から届いた威勢のいい声だった。

「我が愛の供物となれ!」

 ランサーが放った槍の一撃が、セイバーの剣を弾き飛ばし肩の鎧ごと切り裂く。

「……何ッ!」

 深々と切り裂かれたそこからは血が滲む。
 それは唐突に勢いを増し、飛沫を上げるに至った。傷に対して異常なダメージに、黒き騎士は驚愕の声を上げる。

 (ランサーの宝具は串刺城塞……まさか)

 その恩恵を受ける槍は正義の一撃。
 故に見た目以上にダメージを受けているということは、あのセイバーは不義・堕落の罪を背負っているのか……?

 ならば勝てる。相手の正体を見極めずとも、宝具の一撃で問答無用の死を与えてやれば。
 脳裏に過ぎったのは、そんな一種の賭けの様な思考。
 普段の俺なら絶対に許さない迂闊な選択を考えさせたのは、士郎という非戦闘員の存在だった。

「やれやれ、本当にこれでいいのだな、凛?」

 その時、声と同時の空気を切り裂く鋭い音。
 第三者の登場に平静に戻った俺は、自分の思考の針が危険域まで触れていることを自覚した。

(ランサーは優位に戦っている。今は博打に出る場面じゃない。……それに)

 舞うようにセイバーがステップを踏めば、足元に数本の弓矢が突き刺さる。
 そう、弓矢だ。聖杯戦争に於いて、その言葉が示すモノは一つしかない。当然、セイバーが戦っているランサーではありえない。

「二対一だ」

 セイバーが焦っているのが分かる。その隙をつき、ランサーの槍が襲いかかる。
 騎士が口元を歪め、一歩後退しようとした瞬間……突然その姿が消えた。

「マスターが令呪を使ったって逃げさせた、ってところかしら?」

 武家屋敷の塀の上に人影を認める。予想通り、支援を行なってくれたのは凛とアーチャーだったようだ

「こんばんは、衛宮くん。……そしてなんで貴方がいるのよ?」

 不機嫌そうな凛と、一息ついたように座り込む士郎、叫ぶランサー、肩をすくめるアーチャー。
 急場を凌ぎ、俺も安堵に息を吐いた。だが、アーチャーがいる以上は思考を止めるには至らない。

(とはいえ、ここで戦う選択肢はないだろし、凛もその気はないだろう)

 ならば、これは好機だ。

「遠坂」
「何よ?」
「同盟を組もう」

 とりあえず、凛に共闘について持ちかけてみる。
 そこまで期待して言った訳じゃない。だが今のセイバーの得体の知れれなさは、双剣使いの弓兵以上だ。
 今回は運が良かったが、次に戦うとなればどうなることか分からない。

「……はぁ、アンタってそんな馬鹿だったんだっけ?」

 凛は、額に手を当て嘆息、呆れられているらしい。

「おかしいか?」 

 拒否する理由を尋ねてみれば、

「だって、貴方にメリットがないじゃない」

 よく理解できないが、彼女が言うには「心の贅肉」らしい。
 俺としては、こんな訳の分からないヤツらとの連戦は御免だから、一方が片付くというのは立派なメリットになる訳だが。

(まぁ、これは黙っておくか) 

 こちらが思いの他アーチャーを警戒している、という情報は伝えない方が双方の為だろう。

「とりあえず立ち話も何だし中に入るか? お茶ぐらい出すし……それにお前の手当もしたいしな」

 死に掛けたにも関わらず相変わらずな彼に苦笑しつつ、士郎の提案を飲むことにする。
 そんな中、凛が鋭い視線を士郎に向けているのを見た。

(遠坂、もしかしてお前――)

 * * *

「……わかった、あの黒いセイバーを倒すまで同盟を結びましょう」

 倒れ臥した士郎を彼の部屋に運び、布団に寝かせる。
 ソレを見ながら互いに数秒の沈黙を守った末、凛は静かにそう言った。

「…コイツ、衛宮士郎は守らなきゃいけないの、あの子のためにも」

 そう話す凛の顔は、酷く寂しそうに見える。あの子――間桐桜の為だけ、とも思えない。
 士郎の死体を発見した時の態度といい、士郎がこうして生きている理由といい……凛自身、彼に対して何らかの強い感情を持っていることは自明だ。

(まあ、突っ込むのも野暮な話か)

「明日、放課後屋上で待ってるわ、絶対来なさいよ!」

 凛は、そう言って衛宮家から去って行った。
 彼女の心情を別にしても、士郎を守りたい気持ちはこちらも一緒だ。

 故にまずは、士郎を狙うセイバーを倒す。
 今宵、そのための同盟が結成された。


【一日目、終了】


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