そして四日目の朝。俺は拠点ではなく士郎の屋敷で目を覚ました。
時間は学校が始まる一時間ほど前。普通の学生ならば、起きるには丁度いい、そんな時間だ。
戦争中の魔術師とすれば遅いぐらいだろうが、ランサーに見張りを頼んでいるため、問題はないだろう。
台所に向かえば、朝食の良い匂いがする。
どうやら、士郎はもう起きているらしい。
欠伸を噛み殺しながら台所にたどり着く。予想通り、そこに居たのは士郎だった。
等間隔のリズムを刻み、動く包丁。ほのかに香る味噌の匂い。
「おはよう、朝飯食べるだろ?」
「ああおはよう、ありがとう、そうする」
ぶつ切りで答える俺。朝に弱い性質ではないはずだが、流石に昨日の今日では疲れが残っているらしい。
遠慮なく席に着くと、朝食を作る士郎の背中をボーっと眺めた。
「すみません、遅くなってしまって…」
「……ハッ!」
桜の声が玄関から聞こえる。失念していた、俺がやらかしたことは、未だ何も解決していないことに。
この時間で遅くなってしまった、というのならばいつもはどれだけ早く着ているのだろうか。
ともあれ、起きる前に来なくて良かったと心底思う。
(やるしかない)
古来より、謝罪の方法は決まっている。
前回のお詫びの為に俺は日本伝来のソレ――土下座で待機することにした。
桜の声が聞こえてからの行動は、自分でも褒めてやりたいほど早かった。
素早く土下座の体制を作ると、床に額を擦り付ける。
この類稀なる決断力こそ、現代日本人から失われた美徳であることに疑いの余地は無い。
「ああ、衛宮先輩! もう準備始めちゃっ――ってきゃあっ!!?」
むにゅりと俺の頭を踏んだ桜の、甲高い悲鳴が部屋中に響く。
それを聞いてか、すぐさま士郎が台所から居間に飛び込んできた。
「………いや、なんでさ」
「なんでさも何もないのさ」
士郎の問いに、それがさも当然の行動であるかのようなクールさで答える。
そして俺は、再び紳士に戻って謝罪の言葉を繰り返した。
「先日はほんとにごめんなさいマジで迂闊でしたごめんなさい申し訳ありませんでしたごめんなさい」
「いい、良いんです、もう気にしてませんから!」
桜は困りきったように告げる。だが俺が土下座を止めると、何故か安心したように満面の笑みを向けてくれた。
(誠意が伝わったようで何よりだ)
その後、合流した大河と共に4人で食卓を囲み、食事を終える。相変わらず士郎の飯は旨かった。
だが日常を堪能してばかりでもいられない。士郎の護衛の為に此処にはいるが、俺には俺で成すべき事があるのだ。
(今日はどうするのだ、我が妻よ)
(そうだな、そろそろ足りない情報を埋めたい)
即ち未だ姿すら不明の二体。バーサーカーとライダーの情報が欲しい。
そう結論した俺は、まずは同盟相手である凛を頼ることにした。
(そういえば、半日ほど連絡を取っていないな)
加えて、直接会ってから丸一日以上経過している。
俺なりに確固とした理由があるものの、独断で士郎に情報を流してしまった件も説明せねばなるまい。
手間が掛かるものの、そろそろ直接会うのも悪くはないが……。
(ぶっちゃけ嫌だな、超怒ってる気がする)
(間違いなかろう。不義には鉄槌が降りるものである)
ランサーから素の同意が来るほどだ。下手を打てば蜂の巣にされかねない。
故に使い魔を使用する。どうせ長時間会っていないのだ、この際ほとぼりが冷めるまで逃げ続けよう。
(そう、やはり直接会う、と言うのはお互いに時間を掛け過ぎる気がするしな。遠坂も魔術師だ、こういった非効率的な行動は嫌うだろうソウニチガイナイ)
半ば以上願望を篭めた希望的観測で己を納得させ、俺は使い魔を製作した。
だが、俺はこういうモノを形成する術はあまり得意ではない。そう多くの情報は託せない……今は、士郎の護衛を続けていることを伝えればいいだろう。
「よし、行け」
血液を溶け込ませた水蒸気で形成した、海蛇のような形をした使い魔を空に放つ。そう長くは持たないが、遠坂に届くまでなら十分だろう。
満足した俺は、情報を求め街へ出かけようと身支度を整えることにした。
だが、いざ探索に行こうと衛宮家の外に出ると、美しい宝石の鳥が現れる――遠坂の使い魔だ。
何を囀るのだろうと手に止めると、なんと古風にも便箋を加えていた。猫の柄がアイツらしくなくて可愛らしい。
が、
「学校、屋上、来ナケレバ、殺ス」
「おいおい……」
行っても殺されるだろ、これ。
戦慄を覚えた、俺詰んでる。かなり詰んでる。
正直逃げたくて逃げたくて仕方がなかったが……もしここで逃げたら、聖杯戦争に関係なく真っ先に殺られるに決まってる。
「仕方、ないな」
恐る恐る、俺は学園の屋上に向かうことにした。
道中考えていたのは、如何にして凛の怒りを誤魔化してあかいあくまの出現を食い止めるか、だ。
俺の行動に、全冬木市民の命運が掛かっているといっても過言ではなかった。
(……いや過言だな、言い過ぎた)
そんな現実逃避を繰り返しつつも足は進み、学校に到着する。既に授業が始まっているようだが、そんな事を気にしている余裕はない。
万が一に備えランサーを霊化させ、控えさせてはいるが嫌な予感しかしない。
(頼む、神様仏様遠坂様、どうか笑っていてくれよ――)
生まれて初めての神頼みをしながら屋上へと扉を開ければ。
そこにはあかいあくまが仁王立ちで待っていた。
「……あら、こんにちは、いいお天気ですね」
満面の笑みだが、額には血管が浮き上がり背後には禍々しいオーラを放っている。棒読みの時候の挨拶とか怖すぎる。
俺は、即刻開いた扉の時間を逆回しにして、この場から脱兎の如く駆け出したい衝動に駆られた。
「言いたいことは……わかるわよね?」
(此処は……土下座で……しかし!)
間髪いれずにジャンピング土下座して許しを請いたい衝動に駆られたが、此処で下手に非を認めると泥沼に陥りかねない。
鉄の意志で踏みとどまった俺は、同盟らしい堂々とした対等さで、真面目に謝罪しつつも事の次第の仕方のなさを醸し出す事にした。
「……まあいいわ、私もアサシンについて聞きたいことがあったから」
それでチャラにしてあげるから真面目にやらなかったら殴っ血KILL。
なんてあかいあくまの警告など、絶対きこえはしなかった。絶対だ。
(とにかく、知ってること全部伝えるぞランサー)
(是非もなし)
ランサーから情けないぞお前的な念が伝わってくるものの、背に腹は代えられない。
俺はまるで凛が放った間諜であるかのように、入手した情報を提示していく。
連続殺人がサーヴァントの仕業であると考えた事。
その時『アサシン』とそのマスターに出会った事。
『アサシン』とマスターの情報。
衛宮士郎の護衛と言う名目で居候をしている事。
衛宮士郎に魔術に関する情報を提供した事。
衛宮士郎が魔術師である事――そして俺が魔術の師になるという事。
そこまで話した時、凛は露骨に表情を変える。
驚愕と怒りと後はよくわからないが、多数の感情が混じり合ったような表情だった。
「……本気なの? こんな時に」
「コレに関しては大真面目だ。正直頭に来てるんで変えるつもりはない」
それに士郎の性格上、遠ざけるよりも管理できる場所に置いたほうが安全だと、凛に伝える。
「へぇアンタ、衛宮くんと仲いいのね」
正直、アンタがそこまで他人に尽くすのは意外だった、と呟きながら深い溜息を吐く凛。
だが、その表情は、何故だかとても穏やかなものだった。
「わかったわよ、そこまで言うなら私も護衛に入るわ……前に行った時、離れがあるのが見えたのよ、私あそこに住むから」
そうして凛は、次々と士郎の護衛のプランを告げる。恐らく、最初から自分が士郎の屋敷に行くことも検討していたに違いない。
だが士郎への交渉は、こちらに任せるとのことだ。
それぐらい、信頼を受けてる、ということなのだろうか?
(まあ、男同士のほうが伝わり易いとか、そういう理由かもしれんが)
「ああ、それと連続殺人事件の件、多分バーサーカーね」
凛は『今日はいい天気ね』と言うかのような軽いノリでそういった。
ピクリ、と思わず反応する。連続殺人事件の犯人が、バーサーカー?
昨日血眼になって探した相手の正体。
(もしそうなら……必ず見つけ出して、自滅前に潰してやる)
俺の感情が動いたことに気づいたのか、遠坂は不思議そうな表情をした。
俺はソレに気付かない振りして、平静を装いながら問い返す。
「理由は?」
「だって今回の事件、メリットがないのよ。狂ってでも居ない限りそんな事しない筈よ」
メリットがないということは、魂が喰われてすらいないということだろうが……彼女もこの土地の管理者として、情報を集めていたのだろう。
「っと、まあこんなところかしらね」
チャイムが聞こえたところで、凛はそう話を区切る。
長い間話し込んでいたせいか、もう昼になってしまったらしい。
丁度良い、凛と士郎を誘って昼食にしよう。
どうせ凛の護衛を承諾させる為に、いずれ三人で話し合う必要がある。
(女には準備があるし、速く確定させた方がいいだろう)
俺は食事の場でそれを済ませようと提案した。
「だったら、早く衛宮くん捕まえてきなさいよ」
凛は承諾してくれたので、俺は士郎を探し教室へ向かうことにした。
だが、その前に。
「ああ、そうだ。……遠坂、放課後はアサシンを探さないか」
アサシンと戦闘を行った時に感じた言いようのない恐怖は、とても一日で消えはしない。
それにマスターはあんな街中で銃を使用するような人間だ。
マスター殺しだけに焦点を定めたあの男が、複数人居るアサシンを従えている――俺達にとって、最大の天敵はヤツではないのか。
「……確かに、出来るならばアサシンから潰すべきだわ」
でもね、と同意の後に反語を繋げる凛。
「アサシンには気配遮断のスキルがあるの、言ってる意味わかる?」
逃げに徹される限り、補足する方法はない。つまり、探し出すのは迎撃するより難しい。
寝首をかかれる恐怖はまだ続くようだ。
「それに私たちはセイバーを倒すための同盟なの――忘れてないわよね?」
それは、セイバーを倒せば俺達は敵に戻るのだという事実を……どうしても忘れていたかった俺への、忠告だったのだろう。
* * *
士郎の教室へ向かっていると、途中で生徒会室へ向かおうとする本人と遭遇した。
大まかに事情を話し、屋上へ来てくれるように交渉する。
「ああ、別に良いよ。――後藤くん、ちょっと一成に伝言頼めるか?」
士郎は快く了承し、二人で凛の待つ屋上へ向かった。
「……もう一人の護衛って、遠坂なのか?」
躊躇いがちに、士郎は尋ねて来る。その表情には、太文字でなんでさと書いてある。
説明が面倒だったので勢いで押し切る為に力強く頷くと、士郎は大きなため息を吐いた。
「あら、衛宮くんは私じゃあ不満だったかしら?」
凛のからかうような声に、士郎は困ったように笑うだけだった。
* * *
そうして放課後。午後の授業を受けると、凛と合流する為に屋上へ向かう。
だが、その場で待っていたのは凛の使い魔だった。
相変わらず、何故か便箋を加えている宝石の鳥。
もしかして機械云々ではなく、録音という行為が苦手なのか、アイツ。
「根本的に思いつかんのかもしれなんな……まあいい、何々?」
『裏の雑木林に、呼ぼ出された』
メッセージはこれだけのようだ。どうでもいいが、アヤツは定期的に何か間違わなければ気がすまんのだろうか。
「よぼだされたって何だよ幻滅だよ……それはともかく」
一体何事だ? 学園のアイドルなら呼び出されるくらいは日常茶飯事だろうが、そんなことを俺に伝えはしないだろう。
まさか士郎を殺した、学園にいるセイバーのマスターか?
もしそうなら急いで向かう必要が出てくるが……。
「念のために、士郎を連れて向かおう」
もし凛に問題が発生しているのだとなれば、士郎を守れるのは俺しか居ない。
だが、一方で俺は凛の元に駆けつけ、力になりたいと思った。
丁度屋上に訪れた士郎に、何も言わず付いてきて欲しい、と告げる。
信頼されているのか二つ返事で了承された、ありがたい。
「良し、そうとなれば急ぐぞ……ランサー!」
「げっ、まさか」
そう、そのまさかだ、と笑みを浮かべながら――士郎を屋上から放り投げる。
同時に飛び降りた俺は、壁を蹴って空中の士郎を捕まえた。
「頼んだ、ランサー」
もう何度も繰り返した着地をランサーと共に決めた俺は、若干目を回している士郎を連れて走り出した。
雑木林に近づくと話し声が聞こえる。
「なあ、遠坂、僕と組まないか?」
それは、聞き覚えがあると同時に、出来ればその覚えを消し去りたくなるような誰かの声。
「……アレは、慎二?」
「……だな」
俺の心情を汲んでくれなかった士郎の呟きに、諦めと共に相槌を打った。
凛を呼び出した相手とは間桐慎二であったらしい。
(出来ることなら、告白か何かであってくれ)
この際相手が慎二でも祝福するから、遠坂。
そんな、聞かれたら殴っ血KIられること確定な独白をしながら、俺は様子を伺う事にした。
状況が掴めない。掴みたくないが掴まない訳にも行かない。
「あら、貴方と組んだ所でメリットは無さそうだけど?」
軽くあしらう凛、だが慎二は何処か余裕があるようだ。
「おいおい、そんな事言っていいのかよ?」
余裕がある慎二なんて碌なもんじゃない――案の定、次の瞬間には、俺が死ぬほど聞きたくなかった単語が聞こえてきた。
「いいさ、見せてやる! これが僕が引いた最強のサーヴァントだ!」
「ああ、もう最悪……」
「おい一条! アイツサーヴァントって言ったぞ!?」
案の定士郎が衝撃を受けている。
白昼堂々、勝算も計算も無く他のマスター相手に自分の正体をバラす阿呆に、俺も別の意味で驚きが禁じえない。
「何のサーヴァントだ? まだ何の情報も出てきてないのといえば……ああ、ライダー辺りか? どうせどっかのお笑いの――」
そんな風に、辟易しながら呟く俺。
だが、今度の驚愕はそんな生易しいモノでは済まなかった。
慎二は言った。
来い――セイバー、と。
そして慎二の背後に、禍々しい黒き鎧の騎士が現れる。
「――嗚呼」
心の底から嘆息が漏れる。
「そうか、お前だったか、慎二」
本当に、最低で最悪の、クソみたいな展開だった。
心の中がカラカラに渇いていくのが分かる。
「そんな、アンタ魔術の才能なんか……!」
「遠坂ともあろう奴が、忘れたのかよ。爺様の技術を使えば、これぐらい楽勝なんだよ」
酷く得意気な声音で語る慎二を、俺は冷ややかに見つめる。
先程までの、生温い同情や侮りは一切消えていた。
(良い、良いよ、遠坂。もう良い、そいつはもうダメだ)
冷ややかに、そう極めて冷ややかに……俺の感情は燃え上がっていたのだ。
氷点下まで沸騰した怒りが脳を焼く。士郎の呼吸が荒くなるのを感じながら、俺は何処まで冷静にキレていた。
(何てことはない、お前がセイバーのマスターってことは、つまりさ)
つまりお前は二度に渡って――親友を殺そうとしたんだろう?
もはや会話を聞く必要はない。俺は即座に物陰から飛び出て、凛の隣へ走り出す。同時にランサーの霊化を解いた。
牽制として禄に狙いもつけず放った魔術弾は、直撃すれば即死の威力だった。慎二が怯えた様な声を上げる。
だが、もし当たろうとも構いはしない構わない。コイツらは、此処で絶対に仕留める決めたから。
「ナイスタイミング!アンタにしては上出来じゃない!」
霊化を解いたランサーの気配を感じてか、セイバーは振り返りざまに太刀を横薙ぎに振るう。
だがその一撃も、ランサーの槍によって防がれる。
「ま、またお前か!いつも、いつもいつも!お前は僕の邪魔をしやがってェええ!」
慎二は感情を爆発させるように、叫ぶ。
まるでお門違いな癇癪だ。今回ばかりは、俺がお前を許さないのだから。
「おい!桜、居るんだろ! 『バーサーカー』を使えッ!」
「――――な、に?」
慎二の放った言葉に、俺は耳を疑った。
桜が慎二の仲間であることに、じゃない。……同じ間桐だ。背後にいるのは蟲の妖怪。その可能性くらいは想定していた。
だが、もう一つの言葉だけは予想外……否、単に信じたくなかったのだ。
(バーサーカー、の)
殺人鬼のマスターが、桜?
「―――ごめんなさい、先輩」
泣き出しそうな声が、悲しそうな表情が、慎二の言葉を肯定していた。
聞き間違いじゃない、俺の最後の希望が砕かれる。
あまりの事実に呆然とする余り、横の茂みから走りこんできた桜を見ても、現実を受け入れることが出来なかった。
「■■■■■ッ!」
情景がスローモーションのように映る。
桜と共に現れたのは小柄な少女。ひどく露出の高い衣服に、両手にナイフ。
「……ダメ、一条! 逃げなさい!」
少女――否、バーサーカーは、凛の言葉をかき消すような獣の唸り声を上げ、深い霧をまき散らしながら俺の腹部を深々と、切り裂いた。
その目に、隠しようの無い狂気を宿しているのを見て、俺は真実を受け入れる。
『だって今回の事件、メリットがないのよ。『狂って』でも居ない限りそんな事しない筈よ』
連続殺人事件の犯人はバーサーカー。
魔術師として、決して許すことの出来ない惨劇を起こしたマスターが、友人だと知って、俺は――。
「………………………………………………………………………………………………ハッ」
今度こそ、完全に理性が焼き切れた。
「上等だ」
腹部の切創から、血が溢れ出る。構わない、死にはしない。コレでも天才の味噌っかすだ。
治癒の魔術を加減なしに重ね掛け、幾らでも繕って強引に意識を繋ぎ止める。
傷はしばらくは塞がりそうもないが、頭さえまともなら、直ぐにでも動けるようになってみせる。
凛の声が遠くに聞こえた、士郎の叫びも遠く聞こえる。
慎二の嗤いも、桜の泣き声も。
(ああ、煩い。等しく煩い、お前ら全員黙ってろ。俺は今怒り狂ってるんだ)
木々の上に立っていたアーチャーが行動を開始する。
バーサーカーの接近を妨害しようと俺との間に弓矢を打ち込む。
なんとか、成功したらしくバーサーカーは狂ったようにナイフを振るった。
「……ッ、ナイスだアーチャー」
その僅かな時間で、運動能力が復帰し始める。
もうすぐ、もうすぐだ。待ってろ、ランサー。今直ぐだ、今直ぐ魔力を、極上の殺意をくれてやる。
「慎二、アンタがサーヴァントを使役できるほどの魔力を持ってるはずがないでしょう!?」
「僕が与えなくたって問題ないだろ? 桜が二体分用意すればいいんだから」
酷くどうでもいい会話が続いている。その陰で、桜が荒い息を吐いて苦しんでいる。
慎二は本当に可笑しそうに、ニヤニヤと微笑む。
「これが賢い戦い方ってやつさ、遠坂」
セイバーの一撃を止めたランサーだが、白兵戦ではセイバーに利があるようだ。
相手も宝具の能力を警戒している、傷一つ受けないように慎重に戦いながら、それでもランサーを押し始めていた。
幾つもの傷がランサーに刻まれる。だが、ランサーは何の痛痒も見せずに淡々と致命傷だけを防いでいた。
(……よし)
そして最低限の治癒を完了。
自由に扱える魔力が確保できた。ならばやることは一つだけ。
「――ランサー、宝具の使用を許可する」
治癒魔術を止めたことで、再び出血が始まる。
どうでも良い。血反吐を吐きながら、笑みをもって告げた。
「良く耐えた、待たせたな」
「了解した我が妻よ、我が魂を捧げた信仰を此処に見せようッ!」
言葉と同時に、無表情だったランサーのソレが喜悦に歪む。
そうだ、この場には、この罪人共にはお前の信仰こそが何よりも相応しい。
親友すら手にかけようとし、それが許されると信じる驕慢。
狂気に駆られるがまま、徒に抵抗できぬ人々を殺害した蛮行。
貴様達は人としての善性を捨て、魔術師としての秩序を乱した。
許しはしない……許されは、しない!
「我らが愛の供物となれ!――串刺城塞(カズィクル・ベイ)」
呪いの言葉と共に、ランサーの魔力が吹き上がる。
呼応するように地中より湧き上がる、無数の呪われた白木の杭。
血濡れたそれは、徐々に徐々に『セイバー』と『バーサーカー』の逃げ場を塞いでいく。
逃すものか、逃げられるものか。罪人の為の寄る辺など、永劫何処にもありはしない。
「……そうか、貴方の『ランサー』は――」
「そうだ、これがランサーの正体だ」
凛が語るよりも早く、俺がそれを口にする。この戦争で、最初にその名を呼ぶのは絶対に俺だと決めていた。
世界の盾とまで言われた高潔な武人であり、悪魔と恐れられる彼の名を……今一度現世にて知らしめよう!
「今こそ正義を執行する時だ。不義なる罪人を磔刑に処せ――ドラキュラ、ヴラド三世!」
俺の言葉が引き金を引いたように、逃げ道を失った二体のサーヴァントに一斉に杭が襲い掛かる。
セイバーの腕が吹き飛ばされ、バーサーカーの足が串刺しになった。
だが、まだ足りない、全く足りない。彼の英霊は、二万を超える杭を打ち立てたのだ、その怒りがこんな掠り傷で済むと思うな!
「襤褸切れと成り果てろォオオオオオ!」
無数の杭に穿たれ、鎧を剥がれていくセイバーを、一際大きな杭が叫びと同時に串刺しにした。
血が滴り、肉が削げ、魔力を失う。霊核ごと粉々に打ち砕く絶対の一撃――終わりだ。
「な、何やってんだよ! 一条は虫の息じゃないか!」
慎二の叫びは虚しく、セイバーは無残にも崩れ落ち、消え去った。
怯え、崩れ落ちる慎二。
「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ! 何でお前負けてんだよ! 戦えよ!」
叫ぶ敗者の言葉などに興味は無い。
だが、それに紛れてランサーの呟いた言葉に、俺は驚愕した。
「……なんと、神は貴様等を許されるのか?」
「な、に?」
セイバーは己が穢れによって、当然のように消えた。なのに、同等の致命傷を負いながらもなんとか立ち上がるバーサーカー。
負傷が多く、まともに戦闘を行えるようには見えない。
だがそんなことはどうでも良かった。生きている。罪人が、裁きを受けて生きている。
俺はその事実に打ちのめされた。何故だ、無辜の民を切り刻んだお前が何故、許される……?
「アーチャー、お願い!」
「――我が骨子は捻れ狂う、偽・螺旋剣(カラドボルグ)」
呆然とした俺とランサーの代わりに、何処からか極まった呪いの言葉が紡がれる。
アーチャーの構えた弓矢には、矢が。
……いや、アレは矢といって良い代物なのか。
そう疑ってしまうほど暴力的な存在が放たれた。
真っ直ぐ、バーサーカーに向かい錐揉みしながら疾る
「■■■■■ァッッ!」
バーサーカーは4本のナイフを使用し、なんとかその矢を受け止めるが……。
アーチャーはその瞬間、ニヤリ、と微笑んだ。
「――壊れた幻想 (ブロークン・ファンタズム)」
その日、俺が最後に見たのは砕けた宝具の輝きだった。
【四日目、終了】
最終更新:2012年01月19日 22:06