初代リプレイ6


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 俺が立っているのは戦場だった。
 残酷で、熾烈で、腐臭漂う戦場だった。
 自国を守る為、愛する人を守る為。
 それが、串刺しの林だった。

 ……その中心で、天を仰ぐ彼を見る。

 一本立てれば愛する人を。
 十本立てれば手が届く者を。
 百本立てれば眼に入る者を。
 一万本立てれば――愛する国を、守る事ができた。

 だが、終わりはその愛する者より与えられる。
 配下による、暗殺だった。

 愛故に、ただ神への、国への、隣人への愛故に。
 それをどうして否定できるだろうか? 誰が否定できるだろうか?
 少なくともその行動は決して狂気からではなく、真摯なる想いによって成されたはずだった。

 ……だが、創作が現実をねじ曲げる。

 大衆の無邪気で無責任な認識が、英雄を悪魔へと変貌させる。
 世界で最も有名な怪物の一つ。そう在れと押し付けられた願いの結果。
 自身が否定しても、否定しきれるものではない。
 周囲が、彼を怪物へと仕立て上げる。

 ――どうすればいい、私は、どうすればいいのだろう?


 * * *

 ……不思議な、夢を見た。

「あれは、ランサーの」

 ラインから、流れてきたのだろうか。
 これはきっと、ランサーの生前の記憶。
 アレが彼の葛藤。スキルにより、人格に異変をきたしたランサーとはまともに話し、分かり合うことは出来なかった。
 だが、

「それでも俺たちは、共に戦ってきたんだ」

 少しづつ、俺は理解し始めていた。言動の奇抜さに隠れた、その美しい在り方に惹かれていた。
 ならば俺だけでも、英雄として彼を称えよう。
 彼は、強く、才能に溢れすぎていた。ただそれだけだったはずだ。
 それだけの理由で、理解を受けず、救いもされなかった。

「そんなことって、ないよな」

 それが、どうしても俺には許せなかった。違うと、声を上げて否定したかった。
 だから、祈るように魔力を篭める。パスにすら思考を通さず、ただささやかな魔力に乗せて伝える。

「ランサー」

 ――貴方は、真に英雄だった。

 その時、不意に反応が返って来た。
 相変わらず、ランサーが何かを言ってくることはない。実体化すらしていない。
 だが、

「魔力が」

 パスからずっと感じていた、禍々しさすら孕んだ攻撃的な波動。それが微かに形を変えていく。
 生来の苛烈さはそのまま。だが内に外にと根付いていた、あの狂気が剥がれて行くのが分かる。
 それは、本来の彼を捕らえ続けた、創作と言う名の怨念だった。

「まさか」

 慌てて意識を集中、ステータスを確認する。
 基本ステータスは変わらない。信仰の加護も、その性質に変化はない。
 ならば――

「鮮血の伝承が、消えている」

 未だ誰にも、凛にすらも見せていない最後の宝具。……切り札とも言えるそれが消えている。
 だが、なのにこの湧き上がる期待は――もう一つの宝具、串刺城塞から放たれる真なる力を垣間見たからだ。
 吸血鬼としての側面が消えただけで、何故こうも彼の宝具は力を増すのか。

「そうか」

 それほどまでに厭わしかったか。
 己が信仰の具現が、血に穢れているのが……これほどまでに、嘆かわしかったというのか。

 実際どのような変貌を遂げているのかは、使ってみるまでは分からない。
 だが、それでも、この力ならば。

「勝つぞ、ランサー」
「――応」

 普段の彼とは違う、小さく静かな返答。
 だがその内に宿った喜びに、俺たちは真実の絆を得たことを悟った。


 * * *

『ランサー』ステータス変化
第二宝具「鮮血の伝承」が封印されました
第一宝具「串刺城塞」の特殊補正が向上しました

 * * *

 聖杯戦争も六日目を迎えた。
 外を見れば、まだ日も昇らぬ時間帯。だが、妙に目が覚めている。

「流石に寝すぎたか……?」

 だが、お陰で傷の痛みも無く、治癒に使った魔力もほぼ回復している。
 体が少し硬いくらいは許容範囲だろう。貴重な一日を使ったが、これで戦力は万全となった。

「庭にでも出てみるか」

 体の硬さは散歩でもして動かせば直る。
 朝の空気は肌寒いが、その冷たさが今の俺には心地よかった。
 そのままフラフラとその庭を歩きまわっていると、気配を感じる。

「ん、起きていたのか、士郎」

 振り向きざまにそう声をかけると、そこにはやはり士郎がいた。

「……なんだ、やっぱり気付いてたのか」

 一瞬身を強張らせ、困ったように笑う。

「色々考え事してたら、眠れなくてさ」
「回路、開いたんだろ。寝てろ」

 俺だって一度経験した道だ。その辛さは知っている。
 今まで何度なく繰り返していたといっても、士郎のそれは今回が本番。
 一日二日は気を失っていてもおかしくはない。 

「いや、そっちは問題ないんだ」

 だが、士郎は本当に問題を見せない表情で言った。

「遠坂も驚いてたよ、『……嘘、ありえない』ってさ」

 そんなに驚くものなのかな、と頬をかきながら呟く。

(遠坂がどんな方法を用いたかは知らないが……)

 確かに、疑いたくなる内容だった。
 或いは、あの無茶な訓練が負荷に対して、強固な耐性を生んだのかもしれないが。

「なあ、俺の投影って役に立つのか? 遠坂の説明を聞いてたら、少し不安でさ」
「役に立つかどうかは知らないが、少なくとも俺よりは凄いよ」

 見せた方が早いか。俺は掌に魔力を集中し、小さく告げた。

「我が元に集え風伯の僕」

 詠唱を行い、魔術弾を手の中に創り上げる。魔力が周囲の空気を引き込み、凝縮し、高速で回転し始める。

「この小さな球の中には、触れるだけで大木を削り折る暴風の力がある」
「……凄いな」
「かもしれない。だが、見ろ」

 告げて数秒もしない内に、それは歪み、破綻し、周囲に融けて消えた。
 生成するだけでは、長時間形を保つことが出来ないのだ。
 保つなら、絶えず同量の魔力を放出し続けるしかない。だが、それは同じ存在とは言わない。

「……?」
「分からないか?」

 魔力で一から十までモノを表現する、というモノの難しさを説明する。
 幻想であるが故に、世界からの修正を受け、その姿を保てない。

「ああ、だから俺の『投影』は空っぽなんだろ?」

 そう簡単な話ではないんだが……士郎の投影が空っぽな理由までは、俺には分からない。

「じゃあ、もしもさ」

 士郎は、何故か思い切った表情で俺を見る。

「これがまともに役に立つ術だとして」
「ああ」

 なんだろう、どうすれば上達するかという質問だろうか。

「――この力で、呂布に立ち向かえるか?」
「呂布、ああ呂布ね」

 へぇ、呂布か、あの呂布……――――呂布?

「あ、いや、冗談……悪い、ちょっとふざけてみた」

 全然冗談じゃない風で士郎は言った。(

ヤツの中では、呂布こそが最強の象徴なのか……?)

 あまりにぶっ飛んだ飛躍に、俺はポカンと呆けた。
 その視線に耐えかねたのか、士郎は慌てて話を変える。

「というか、そもそもはさ、投影は何のための魔術なんだ?」

 なるほど、もっともな疑問だ。
 呂布はともかく、まずそれを説明しなければ始まらない話だった。呂布はともかく。

「あくまで俺の知る投影の話だが」

 それは既に失われた、現在では用意できない道具が必要な儀式に於いて、少しの間だけ道具を再現する魔術。
 本来実用的とは言えない魔術だが、士郎のものは『壊れる』まで『壊れない』。

「応用次第では、他のものにも使用できるかも知れないが……今は思い付かないな」

 今は存在しない道具に頼るような儀式は必要としていない。
 もしかしたら、サーヴァントの召喚に使えたかもしれないが、聖杯戦争はもう始まっているのだから。
 士郎は考え込んでいる。
 だが、俺に思いつけないものが士郎に思いつける筈もなく、

「……とりあえず、いい時間だ、飯にしよう」

 息を吐いて笑みを浮かべる士郎。

「ああ、そうだな。だがな士郎」

 だが俺は、一つ言っておかなければならないことがある。

「呂布に立ち向かってはならない」
「え?」

 士郎が呆けた顔をしやがったので、俺はもう一度、迫真の表情を作って告げる。

「――そう、絶対に立ち向かってはならない」

 絶対に、と士郎に警告した。

「馬鹿! お前からかってるだろう!」
「先にからかったのはどっちだ」

 満足した俺は、淡々と告げながら居間へと戻る。

「おい、待てよ、悪かったって」
「そのまま少し反省してろ、呂布に挑もうなんて数千年遅いんだよ」
「ああもう、悪かった、好きなもの朝飯に作るから、許してくれよ」
「そうだな、いつ呂布に殺されるか分からないからな」
「だから悪かったって……」

 俺はその後も、充分に士郎をからかって遊びながら、居間のテーブルの前に座る。
 朝食を待つ俺の前に現れたのは、

「凛……? 凛だよな?」

 そこに現れたのは、幽鬼のような雰囲気を放つ遠坂凛(寝起き)だった。

「……ぎゅーにゅ、ぎゅうにゅう」

 呂律が回っていなかった。
 フラフラと冷蔵庫を開け、紙パックのままで一気飲み。
 恐ろしく優雅じゃない……家訓を何処に置いてきたんだ、お前は。

「あー……遠坂?」

 さしもの俺も、士郎と共にその痴態を眺めて唖然とする。
 だが、俺の意志に反して手が動く。取り出したのは、ケータイ。

(この場合、写真を取るのが友情というわけか)

「なるほど、流石俺の手、流儀を良く弁えていやがる」

 それに……何をしてもどうせ怒られるんだろ?
 なげやりなりつつ、携帯を取り出しカメラモードを起動する。

「馬鹿、やめとけって!」
「士郎、止めないでくれ、これは俺の使命なんだよ」

 士郎の制止を片手で振り切り、親の敵の様にボタンを押す。

――カシャ、カシャ
――カシャ、カシャシャ
――カシャ、カシャ、カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ

 届け、この想い!

「ゔー……う――ハッ!」

 しまった、熱中する余りシャッター音で覚醒してしまったらしい。

「……忘れなさい」
「何のことだ?」

 当然ボケる俺。だが、背中にはじっとりと汗が伝う。
 凛から、異様なほどの魔力が立ち上っている。

「黙れ、忘れなさい、そして出しなさい」
「……ここまでか、無念」

 引き際を間違えれば、待っているのはデッドエンド。
 素直に携帯を差し出す。だが、凛は操作がわからなかったらしくガンドを何発か当て、物理的にデータは消えた。

「相変わらず思うんだが、おかしいよなそれ」
「何が」

 ガンドとは呪いのはずだ。
 何故、物理的なダメージがあるんだ、フィンの一撃って伝承の話だろ確か。ガンドとイコールで使えるような代物じゃないはずだが。
 だが今は追求はやめておくことにする。これ以上突くと実演を持って説明されかねない。

(さて、どうするか……)

 砕け散ったケータイを買いに行こうかとも思ったが、手続きが煩雑になりそうなので後回しだ。
 聖杯戦争中はそちらに集中すべきだろう。ケータイ代は後で割り増しして請求してやる。最新機種に変えてやる。
 それはともかく、

「なあ、凛」
「なによ」
「あー、イヤ、やっぱいい」
「ああそう――ったく、さっきからアンタは何なのよ」

 呆れたような口調で食事に戻る凛の横顔を眺めながら、俺は考えていた。

(遠坂の、アーチャー)

 同盟関係とはいえ、気にならないと言えば嘘になる。

 『カラドボルグ』と呼ばれた宝具を、矢として使い捨てた弓兵。更に双剣にて接近戦もこなす東洋風の男。

 いない、そんな英雄は記憶にない。古今東西のどんな伝承にもそぐわない。
 全く想像がつかない相手。分からないまま戦うのは、それだけで博打になりかねないが――。

(いや、今は敵に集中しよう)

 同盟関係の相手と戦うための準備をする、というのが俺には辛い。
 考えれば無意識にでも勝つ手段を模索してしまう、凛を殺すシーンすらも思い浮かべてしまう。
 思い付いてしまえば、それを魔術師として検討してしまう俺がそこにいる。

 だから、今は敵に集中しよう。
 いつか、戦う日がくる。せめてどうか、その時まで……。
 凛の隣にいるのが辛くなった。食事もいつしか終えていた俺は、少し散歩してくると告げ、居間から足早に立ち去る。

「そうだ、敵といえば、ライダー」

 いまだ出会っていないサーヴァント。
 マスターの情報すらも全くない。今は少しでもその情報が欲しい。
 だが、当たり前だが手掛かりすらない。闇雲に歩いて好転するとも思えない。
 どうするべきか。考えながら散歩を続けていると、何時の間にか居間の前にいた。ぐるりと一周してきたらしい。
 丁度顔を覗かせた士郎を見て思った。そういえば、この家には彼の両親がいない。――仮にも魔術師に、親がいない?

(不自然だ、士郎の親……魔術の師は何をしている?)

 どうやら食事の片付けをしているらしい士郎に、尋ねてみることにした。

「そういや話してなかったけ?」

 そうして話す士郎の半生は壮絶なものだった。

 あの大火災の生き残り。そして魔術の師だと言っていた『爺さん』に拾われ、その人物も五年前に死去。
 それからは一人暮らしで……魔術の鍛錬も独学だったという。
 俺が怒りを覚えていた事柄には、そういう事情があったのだ。

「面倒な事は全部藤村の家でやってもらったし」

 淡々と話す士郎には、何の陰りも見えない。

「爺さんは一度出かけたら何週間も帰ってこないのが普通だったから、大して変わらないな」
「……そうか。すまない、変なことを聞いた」

 礼を言って士郎の前から立ち去る。
 庭に出るとサーヴァントの気配を感じた。見上げれば、屋根の上で寛いでいるらしいアーチャー。

(ふむ、アーチャーに頼んでみるか)

 どうせ駄目元、おーいアーチャーと呼んでみる。彼は、コチラに気付くと屋根から飛び降りて来た。
 出し抜けに、ライダーの話題を振ってみる。

「で、何故私なんだ?」

 意外にも、こちらの頼みを一蹴はしなかったアーチャー。
 ランサーでは情報収集に向いていないことや、アーチャーならば収集しやすい、と判断した理由を告げる。

「それはわかった。だが『ランサー』のマスター、私は君のサーヴァントになったつもりはないのだが?」
「たしかにその通りだな」

 同盟関係とはいえ、流石に気軽すぎた。

(俺も相当切羽詰っているな)

 正体不明のライダーは確かに問題だが、アーチャーとて敵の一人。それに頼み事など正気とは思えない。
 しかし、内省する俺にアーチャーは意外な反応を見せた。

「……だが、一理ある」
(ほう?)
「私を動かしたいのならば、頼む相手が違うのではないか?」
「ふむ、なるほど」

 確かにそれが本来取るべき筋だろう。

「そうだな、その通りだ。有難うアーチャー」
「私は何もしていない、礼を言うまでもないだろう。――ではな、私は戻る」

 そう言って霊化するアーチャー。屋根の上で警戒を再開か。
 彼の気配が消えたのを見届けると、俺は居間へと戻った。善は急げだ、早速凛に交渉する。

「……で、アーチャーがそう言ったの?」
「ああ」
「へぇ、あのアーチャーがね」

 凛からすれば、それはよほど意外な反応なのか。

「仲がいいのね、どういうわけか」

 凛は何かを呟いたが、二言目は上手く聞こえなかった
 そして数秒の沈黙。魔術師の天秤をどう動かしたか、静かに凛は告げた。

「良いわ、アーチャーを動かしましょう。その代わり、その間ランサーで此処を守る、良いわね?」
「構わん、妥当な判断だと思うよ」

 よし、そうとなれば動くか。
 凛と協議の末、情報収集はアーチャーに加えて俺と凛も同行することになった。
 桜と士郎の守りをランサーに任せる。士郎はともかく、桜を連れて行けない以上は奇襲を警戒する必要があった。

「任されよ我が妻よ! 我が神に誓って異教徒どもを返り討ちにしてくれる!」
「ああ、必要があれば令呪を使う。頼んだランサー」

 そして、いよいよ行動開始となった段にて、俺の前に士郎と桜が訪れる。

「ちょっと待って下さい、無茶です衛宮先輩!」
「ごめん、けど決めたんだ、桜」
「でも!」

 なにがなんだか分からないが、互いに譲る気配はないらしい。

「どうしたんだ?」
「あ、先輩からも言って下さい! 衛宮先輩も一緒に行くってきかないんです!」

 不審に思って問い掛ければ、血相を変えた桜が告げた。
 俺は頭痛を覚えて士郎を見る。

「本気か?」
「……そうだ、俺も行く。聖杯戦争ってのはこの前みたいな戦いなんだろ?」
「ああ、しかしお前は元々無関係だろう」

 士郎を敢えて巻き込んだのは、一方的にサーヴァンの方から狙われていたからだ。
 その元凶が消滅した今、士郎にはこの戦争に加担する理由がない。

「俺にマスターの資格が有るとか聖杯だとか関係ない。無関係な人を巻き込む災厄があるなら、それを止めたい」

 だが、そんな理屈は士郎には通じなかった。
 そうだ、コイツはいつだって理屈じゃなくて情で動く。それも誰かの為なんて、馬鹿馬鹿しい理由で本気になって。

「……言っておくが、守りきれる保証はないぞ」
「自分の身くらい自分で守る。無理だったら切り捨ててくれて良い」
「そんなの駄目です!」

 余りにも無鉄砲。名前も知らない誰かの為に、起こるかどうかもわからない災厄を止めるために、確実に死に近い場所へ突き進む。
 投影なんていう頼りない武器だけで、英霊という人類の至宝に挑む愚行。
 ああけれど、英雄とは本来――その無謀を可能にしたモノではなかったのか。

「分かった、士郎を連れていく」
「なんで、そんな……先輩、危険なんですよ!?」
「桜、今ここでコイツを止めたら、何年もしない内に一人で死ぬぞ」
「――っ、それ、は」

 確かに、桜の抗議は尤もだ。今回に限って言えば、連れて行けば邪魔にしかならず、守れなければ死ぬしかない。
 だが、士郎を放っておけば、きっと一人ででも飛び出すのだろう。
 それは今回だけじゃない、魔術師の世界に身をおくのなら、何れ似たような場面に必ず出会う。
 その時俺が助けられる保証なんてない。士郎を本当に生かしたいのなら――彼自身に、生き残らせる術を身に付けさせるしかない。

「……そうね、きっとそうなる。何時か危険に挑むのなら、私たちが助けて上げられる内に強くなってもらうしかない」

 遠坂の追従に、桜は言葉を失った。
 その時が訪れても、自分では引き止められないと知っていたのかもしれない。

「でもこれじゃ、情報収集って人数じゃないわね」
「では私とマスターである凛、残り二人と分かれる事としよう」

 会議は終わりか、とでも言う風に、沈黙を守っていたアーチャーが告げる。

「何かあれば、君と凛で使い魔でやり取りをすればいい」

 アーチャーの提案により、二手に別れることになった。
 つまり、連れて行くなら自分で面倒を見ろ、ということだろう。
 俺が容認したのだからそれが道理だ、元よりそのつもりである。

「じゃ、それでいきましょう。……一条くん、言わなくても分かるだろうけど、無理するんじゃないわよ」
「了解した、お前も気をつけろよ、うっかりなんだから」
「うるさいっての! アンタまでうっかりって言うな!」
「だそうだ、遠坂を頼んだぞアーチャー」
「フ、言われるまでもない……そら、行くぞうっか凛」
「あーんーたーらーねぇー!?」

 おおっと、これは失礼した。そう言って珍しく冗談を口にするアーチャー。
 それに乗っかって、ここぞとばかりに凛をからかって笑い合う俺たち。
 そこに、

「あの、アーチャーさん。衛宮先輩を……いえ、先輩たちをお願いします」

 これが私に出来る精一杯、そう告げるように頭を下げる桜。
 ソレに何を思ったのか、酷く懐かしむような目で桜を見ながら、アーチャーは暫し沈黙し、

「……ああ、大丈夫だ。私に任せておけ」

 彼にしては珍しい、穏やかな笑顔で告げたのだった。

 * * *

 俺達は郊外の森へとやってきた。凛たちは鷹の目を駆使して、市内広域を探すらしい。
 未だ姿表さないライダー。
 だがクラスから考えれば、その戦術は野外戦に限定される。勝利を手放していないのであれば、己の地の利を確保しようとする筈。

 ライダー本人を見つけられなくても、そういう場所を探せば限定できるかもしれない。そしてそれには、近づかずに探せるアーチャーが適任だ。
 俺が遭遇した場合、その不利な地形で戦端が開かれる恐れがある。自分から罠に飛び込むような真似は、避けたい。

 だから俺たちは、危機の際には令呪の使用を前提として、彼女たちの手が届かないところへとやってきたという訳だ。
 地形の理でいえば、此処にライダーがいる可能性はかなり低い。だがここで戦うのならば、その機動力を削ぎ落とせる分こちらに有利だ。

 そう思い、恐る恐る、森へ踏み込む俺たち。
 実のところ、到着してすぐ、この森には何かしらの魔力の反応がある事に、俺は気付いていた。

「……あれ、この森」

 驚いた事に、士郎もこの異変を察知していたらしい。

「まさか、分かるのか?」
「いや、ちょっと違和感があったってぐらいなんだけどさ」

 元々結界とはそういうもの。張っていると分かる結界は二流で、隠しているものを気付ける方が上手、そういう類だ。
 そしてこの結果はといえば、流石はキャスターといったところだろう。疑って掛からなければ、決して気付けなかった自信がある。
 故に士郎もまた、こういう方面は素人とい言う訳ではないらしい。
 強化の鍛錬の時も思ったが、士郎は猪突猛進なイメージに似合わず、精密さに於いて秀でている。

(使える術が投影と強化だけ、というのにも理由がありそうだな)

 だが今は、ソレを考える時じゃない。
 この魔力の波長は一度体験している。あの幼子の容姿をした、キャスターに違いない。
 まさかこんな場所に陣を張っているとは思わなかったが……考えてみれば悪くない。
 こうして見つからない場所で魔力を溜めつつ敵が減るのを待っていれば、後になって攻めて来る敵を全力で返り討ちに出来る。

「なあ、これ、時間が経過するほど不利なんじゃないか?」
「そう、だな……本来ライダーを探すのが目的だったが」

 残るサーヴァントはキャスター、ライダー、アサシン、アーチャー、ランサー。当然、後者二つは除外する。
 前者三つの内、尤も警戒しなければならないのはアサシンだが、時間が味方をするのはキャスターだけ。

「ここで見つけられたのは僥倖か」

 俺はナイフで指を切り、手早く使い魔を構築する。
 行く先は凛がいる新都、何処にいるのかは分からないので、数を端って見つけてもらうしかない。

「問題ない、アーチャーなら視界さえ通せば見つけてくれる」

 メッセージは『キャスター発見、郊外の森、増援求む』
 飛び立った海蛇を見送っていると、首を捻っていた士郎がポンと手を叩いた。

「思い出した。この感じ、一度何処かで」
「そうか。あの時お前も何処かにいたんだな」

 士郎に、学園でキャスターが宝具を使用した事を話す。
 自己が消滅する宝具。此処でならば人を巻き込まないで済むが、だからこそ此処で叩いておきたい理由に成り得る。
 止めなければ、同じことが起きてしまうかも知れない――とそこまで話した時、気付く。

(あ、マズイ)

「そうか、ならやることは一つだ」

 目の色を変える士郎。無関係な誰かが犠牲になる、それは彼にとって尤も忌避すべき事だ。

「……凛を待つべきだ」

 反射で動こうとした士郎の手を掴み、この場に留めさせる。

「此処で俺たちが死んだら、全部アイツに押し付けることになる。それがお前の望みか?」

 キャスターによる犠牲を減らしたいのならば、確実に潰さなければならない。
 幸い此処は郊外の森、今すぐどうにかなるような状況じゃない。
 ならば万全を期そう。その為に、凛を待つ。

「……そう、だな。熱くなって悪かった」

 士郎は、納得してくれたのかその場に留まってくれた。
 そうして数分の後、凛とアーチャーが現れる。

「待たせたわね、それで? キャスターはこの先って訳?」
「ライダーを探す、という話だったと記憶しているが?」
「ああ、だがどう考えても状況が悪いんでな」
「ふむ……そうね。ま、いっか」

 酷く気軽にそういうと、凛はさっさと森の方へ足を向けた。
 歩きながら、同じような口調で告げる、凛。

「一条」
「ん?」
「アンタとの決着は最後に付ける。もう、それで良いかしら?」
「……ああ、俺はずっとそうしたいと思っていたよ」

 そう、私もよ、と小さく聞こえた気がした。
 俺は敢えて、それには聞こえない振りをして、告げる。

「凛、ランサーを呼ぶぞ」

 相手は陣地に引きこもっているキャスターだ。とても出し惜しみをして勝てる相手ではない。
 桜はもう敗退している。白昼堂々、収穫もないのに敵の拠点に攻め込むマスターも居ないだろう。此処で俺たちが死ぬ方が皆にとって危険だ。
 桜の守りを任せていたランサーを此処へ召喚する。
 手の甲に魔力が走り、

「――来い」

 その瞬間、我が英雄が空間を越えてやって来た。

「……ランサーは拠点防衛の……って、そんな事言ってる場合じゃないか」

 同様の見解に至った凛の言葉に、俺は大きく頷く。

「凛、先行は俺とランサーが行く」
「OK、折角の同盟なら徹底的に分担しましょう」

 アーチャーの性質上、後方支援をするべきだ。

「だから私も先行するわ」
「なんだと?」

 確かに弓の英霊と違って、魔術師の遠坂が下がっては状況に参加できないが。

「まさか、邪魔だなんて言わないわよね?」
「仕方ないか。天才様に向かって、邪魔だから下がってろとは俺は言えん」
「そーいうこと、フォローはアンタより百倍上手いんだから」

 結局凛の同行に同意し、頷いた。士郎は何故だか複雑な顔をしていたが。

「衛宮くん、貴方絶対にはぐれないでよね?」
「大丈夫だ、俺と凛の近くにいれば死ぬことはない」

 それで死ぬのなら、そもそも状況が詰んでいるだけの話だ。

「わかった、出来ることがあったら何でも言ってくれ」

 緊張した面持ちで告げる士郎。
 だが、過剰な気負いは見られない。良い緊張感だと、俺は胸を撫で下ろす。
 コイツの持つ可能性は、妙に期待感を抱かせる。死地を幾つか越えれば、きっと化けるという予感がするのだ。

「よし、行くぞ」

 森林の風景が続く中、先頭をランサーと並んで切り込んでいく。その後を凛と士郎が続いた。
 アーチャーの気配は消えているが、問題はない。位置は凛が把握しているのだろう。
 そうして駆けること数分。不思議な歌声が聞こえてきた。

「――をふく竜とか雲つく巨人」

 木々の中に響く少女の歌声。

「―――は影絵の魔物。けだし、大人の話はデマカセだらけ」
「……来たか」

 戦闘の予感。ランサーの横で、二小節の詠唱を以って圧縮した魔術弾を生成する。
 属性は常の通り、風。状況によっては、周囲の木々ごと吹き飛ばして戦場を確保する。

 そうしてやはり現れた、あの少女。――そしてその少女そっくりな、もう一人の少女の姿。

「双子、か?」
「いいえ、違うわ。片方はサーヴァントよ」

 士郎の呟きに、凛の否定。俺は内心で後者を支持した。

「そして片方がマスターだ」

 生成した魔術弾を2人の内、白い少女へと放つ。
 ほぼ賭けのようなものだったが、マスターの方だったらしく黒い少女がそれを庇った。

(やったか?)

 暴風の塊がサーヴァントに激突する。
 それは激突の衝撃によって楔を外し、暴風の腕となってマスター諸共吹き飛ばす――筈だった。 

「なん、だと?」
「あは、涼しい……お兄ちゃんはあたしとあそんでくるの?」

 だが結果は現状の通り。B判定を優に超える魔術が、扇子を一扇ぎした程度の微風しか与えない。

「神秘はより強い神秘に上書きされる……分かっていたけど、こうやって見ると気分の良いものじゃないわね」
「全くだな、人生の全てを否定された気分だ」

 魔術師にとって、キャスターのクラスほど勝ちを拾えない敵もいないのかもしれない。
 純粋にして絶望的な魔力量の差。対魔力持ちでもないくせに、傷一つ与えられないとは。

 こちらの緊張を見取ってか、白い少女は笑う。

「あたし、おにごっこがいいな、ねぇ……おにごっこ!」

 追従して黒い少女も笑う。全く同じ笑みが二つ並ぶ光景は、美しいながらもどこか不気味だ。

「ランサー、頼んだ」
「期待に応えようぞ!」

 ランサーに前衛を命じ、自分は距離を開ける。
 コチラの攻撃が効かぬとしても、出来ないことが皆無とは限らない。
 何かを仕掛けてくる、そう感じた。ならばそれに対応できるよう、極限まで魔力と神経を研ぎ澄ませる。

 果たして、予感は的中した――それも、最悪の目で。
 二人が手を組み、ダンスのようなステップを踏む。現れたのは、巨人だ。

「あたしと、あたしがおにね?」
「ならばその鬼、我が真実の槍にて退治してくれるわ!」

 出現した黒い巨人に向かい、ランサーが叫びと共に突貫する。
 速度に乗ったまま先ずは一撃、巨人の腹部を切り裂いた。

「まだまだァ!」

 その姿には似つかわない素早さを持つ巨人だが、全ての動きをランサーは見切っていた。
 槍が巨人を穿つ。腹、肩、足、顔。縦横無尽に閃く光の奔流、此処に来てランサーは最速となっていた。

「ぬぅ」

 しかし、その速度を不意に止めるランサー。深々と巨人の右手を貫いている。
 そこで、俺もその違和感に気付いた。

「効いていない、だと?」

 槍を引き抜けば、すぐにその傷は塞がってしまう。これでは怒涛の攻撃を仕掛けても意味がない。

「避けないでよね、高いんだから!」

 その時、木々の間より凛が飛び出した。
 先程の俺の攻撃を見ていたのだろう、白の少女をのみを狙った宝石魔法。

「させないよ」

 だがそれは、黒き少女によって阻まれた。
 二人の少女を巻き込み、魔力が爆発。恐らく何のダメージも与えていない。

 だが、主が危険に晒されたせいか、巨人が怯む。
 その隙を見逃すランサーではなかった。

「我が正義の一撃を受けよォ!」

 裂帛の気合と共に、今回最強最速の槍が横薙ぎに胸を切り裂く。
 しかし――

「これも駄目って、何かあるわね……」

 結果は先ほどと同様。まるで元々幻想であるかのように、巨人に傷を与えられない。

「ならば、これはどうだ」

 何処からともなく聞こえるアーチャーの声。巨人の肢体に、矢が突き刺さる。
 ここからでは認識できないが、アーチャーが戦場に介入を開始したのだろう
 その様は豪雨。弓兵の面目躍如が、雨に霰と飛ぶ矢は、どれ一つとして同じ位置から放たれたものではない。
 避けられた矢が地面を穿てば、戦車砲のように吹き飛ぶ汚泥。
 これをまともに受けながら生存できるものなど、サーヴァントですら不可能であろうと思われる集中砲火。

(アーチャーだけに任せてはおけないな、行くぞ)
「御意!」

 俺もランサーの横へと飛び出し、魔術弾を撃ち込む。一撃の威力は低くて良い、数に絞りアーチャーの穴を埋めるように連続掃射。
 それによって動きの鈍った巨人に、ランサーが渾身の一撃を加え続ける。アーチャーも巧くランサーを避けて援護してくれている。

(一撃で駄目ならば、このまま量で削り切る――!)

 出力を更に上げた。ランサーの動きも尚速く強く。そうして、巨人の再生速度を凌駕し続け――。

「離れろ、ランサー」

 ――巨人の胸を貫いたあの『矢』が、再び爆光となって世界を白に染めた。

「……そんな」

 だが、これだけの攻撃を行なっても、巨人は健在。
 おかしい、在りえない。魔術の法則さえ欺いた何かの存在に、俺は寒気を覚えた。

(何かの宝具? 呪いか?)

 こんな出鱈目な現象は知らない。だが、そうだ、知らないというのなら、学校の結界だって結局俺には正体を掴めなかった。

「まずい」

 士郎が呟く。キャスターの変化を見取ったのか、その顔には絶望が張り付いている。

「おもしろかったよ、お兄ちゃん」

 でももうおしまいね。確かに、二人はそう告げた。

「「あたし(ありす)、わすれちゃったの? こう言うの」」

 二人で向かい合って手を握り、まるで子供が遊ぶように呪いを吐く。

「「あわれで可愛いトミーサム、いろいろここまでご苦労さま、でも冒険はおしまいよ」」
「「だってもうじき夢の中、夜のとばりは落ちきった、アナタの首もポトンと落ちる」」

 そこで、ありすと呼ばえた白の少女だけが微笑んだ。

「さあ――嘘みたいに殺してあげる。ページを閉じてさよならね!」
「■■■■ォ――――!!!」

 歌が終わると同時に、巨人の気配が変わった。

 あれは不味い、何かが違う。先程のように、ただ死なないだけの的じゃない。
 もっと別の、もっと絶望的な何か。こちらの攻撃など掠り傷すら許さず、世界諸共滅ぼそうとする破滅の具現。

(どうすればいい、どうすればこの状況を覆せる?)

 考えても拉致が開かない。
 前衛はランサーに任せ、大きく回りこむように凛の元へ向かった。向こうも同じことを思ったのか、こちらへと掛けて来る。

「どうする、まずいぞ」
「ええ、さっきの歌、聞いていた?」

 そう言えばキャスターが何か歌っていた
 だが、異様さに飲まれてどんな歌だったか判断するほど、歌に集中していなかった。

「あれは、ジャバウォックの詩だったと思う」
「――そんな、まさか」
「いいえ、たぶんそうよ。あの巨人、ジャバウォックなんじゃないかしら?」

 ジャバウォックと言えば、不思議な国のアリスに現れる怪物の名だ。
 御伽噺の怪物を従える魔術師? 伝説にすらならぬ夢物語を現実に持ち込んで?
 聞いたことがないし、思いつきもしない。

「だとしたらあの巨人には今は勝てない。だから――」
「お前、なにを」

 凛の静かな口調に嫌な予感を覚える。やめろ、それはやめろ。
 俺たちは敵で、勝手についてきた士郎は自己責任だ。お前らが勝利を犠牲にしてまで、逃がすようなヤツらじゃない!

「やめ――」
「アーチャー、頼めるかしら」

 俺の制止が及ぶ前に、凛の手の甲に赤い光が灯る。
 令呪――己がサーヴァントへの、絶対命令権。

「やれやれ、私のマスターは人使いが荒くて困る」
「逃げる間、足止めするだけでいいの、出来る?」

 足止めだけでいい。
 ならば何故お前は、そんなに悲しそうな顔をするんだ、凛。

「ああ、それは構わないが」

 ―――別に倒してしまっても構わんのだろう?

 告げるなり、もう俺たちに背を向けて巨人へと向かっていく赤き弓兵。

「アーチャー」

 俺は無意識にその名を呼んでいた。何も掛ける言葉などない、思いつかない。
 だが、そこで彼は俺の方へと振り返り。

「凛を頼む、あと……あの馬鹿も」
「……ッ」
「きっと、君には迷惑をかけるだろうから、先に謝っておこうと思ってね」
「ああ、任せろ。俺が必ず」

 必ずなんと言うのだろう。彼を捨石にして、己のサーヴァントと共に逃げるしかない俺に、一体どんな言葉が許される。
 だが、それでも彼は俺に託した。なら、絶対死なせはしないし、死にもしない。

「ランサー、此処は退く!」
「くっ、口惜しいが心得た……!」

 ランサー自身勝機はないと踏んでいたか、怒りの形相を封じ込めて翻す。

「安心されよ、我が信仰にかけて必ずそなたと共に生き延びよう!」

 告げた瞬間、ランサーがアーチャーを見た。もはや背中でしか語らない彼に、このランサーが何を思ったかは分からない。
 だがアーチャーには最後まで何も告げないまま、俺と凛と士郎、三人を抱えて全速力で森の中を駆け抜けた。

 そして、もうすぐ森の中を抜けるところまできたところで、死の恐怖が急速に薄れていった。
 キャスターが追撃を止めたのだろう。消耗しているランサーに命じ、霊体に戻した。
 俺たちは自分達の足で駆け始める。その時、

「――ッ!」

 凛の手の甲から光が消えた。

「まさか」
「ええ、アーチャーがやられたわ」

 ああ、やはりこうなった。
 何らかのルールに守られたものは、それを破らぬ限り倒せない。あの場に、俺たちにはその手段がなかった。
 だからアーチャーに勝機はない。そんな状況で、あの暴虐の塊に相対して生き延びられる筈がない。

「キャスターが宝具を使用したらしいの」
「凄まじい、な」

 それでも、そんな絶望の中で宝具を使用させるに至る、壮絶なる力。
 令呪の――否、紛れもないアーチャーの強さだった。

(これで、三体のサーヴァントが敗退した、か)

 先程の言葉が、耳に焼き付いてはなれない。未だ、俺にはあの男が死んだ実感がない。

「正体がわかったんだ、どうにかできないのか?」
「……確かに弱点はある、でも無理なのよ」

 悔しそうに告げる凛。そうだ、この戦いで何かを失ったのは彼女だけ。

「ヴォーパルの剣なんて、どうやって見つけろっていうのよ……ッ!」

 凛の叫びに、場に水を打ったような静けさが訪れた。
 誰かが言い出さなければならない。行くにしろ、退くにしろ。
 だから、

「今は、逃げるべきだ」
「けど、キャスターを放置は」
「アーチャーの!」

 反論しようとした士郎の言葉を遮る。
 無力な己に対する怒り。何より、アーチャーの残した言葉への責任が、俺の語気を強くさせた。

「……アーチャーの犠牲を無駄にすることは、許さない」
「……ッ、わかった」

 そうして俺たちは、命からがら生還を果たす。
 そこに待ち受ける、もう一つの危機を知らないまま。



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