初代リプレイ7


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 聖杯戦争も一週間を迎えた七日目、朝。
 俺は不意に違和感を覚えて目が覚めた。
 澄んだ冷たい空気に、まだ早朝だろうと当たりをつける。

「……ぐっ」

 身体が軋むような痛み。特に全身の神経を苛む倦怠を伴った鈍痛は、過剰な魔術行使の後遺症だ。
 間違いなく、昨日の戦闘のせいだろう。正直、我ながら無茶をしたものだと感心する。
 更にズキズキと脈打つよな頭痛、身体のあちらこちらが燃えるような熱さを感じている。中々に重症だった。

 それにしても……目覚めたキッカケは痛みじゃない。自分の体とは無関係の重さと、熱。

(両腕に何か乗っているのか?)

 重い瞼をこじ開け、左を見、

「……」

 次いで、目撃したものが幻であることを確認する為に、右を見、

「……なんでだよ」

 ……無性に、このまま意識を失ってしまいたい衝動に駆られた。

 右には俺の腕に倒れ伏すように眠る凛、左には何故だかその胸で挟み込むように俺の腕を抱えて眠る桜。
 そうか、違和感の正体は、この乳に圧迫されて腕が痺れているせいか。

「なるほどなーラッキーだなー……じゃ、ねぇだろ!」
「ぅ……ん」

 俺の突っ込みに、左右の謎生物どもが悩ましげに声を上げた。無駄に色っぽいソレも、理解出来ない状況の下では辟易する。
 なんだ、なんなんだよこの状況は。俺が一体何をした、どういう趣向の罰ゲームなんだこれは。
 暫く動けないまま混乱に陥った俺は、とりあえず二人を起こそうと腕を動かそうとしたところで、

(あれ、痛みが)

 痺れているせいかとも思ったが、軽い凛が少しもたれているだけの右腕も、同じように痛みがない。
 微かな熱はあるものの、それは生体反応ではなく――

「これは、治癒魔術か」

 よく確認すれば、腕だけではなく俺の怪我の全てに魔術的な治癒が施されている。
 熱を感じていたのは、代謝が著しく活発化しているから。痛みが神経のソレしかないのは、外傷はほぼ完治しているから。
 だが、同じく戦場に居た二人には包帯は巻かれているものの、薄く血が滲んでいるのが見て取れた。

(治癒の魔術は神経を使うからな……)

 長時間集中してかけ続けなければ、掠り傷とて全治させるには至らない。誰かを癒しているなら、その癒し手は己の回復はできない。
 故に俺が倒れた後、この二人は自分の怪我を差し置いて、倒れるまで施術を行なってくれたのだろう。


「ありがとう」

 ならば、疲れて眠りについた2人に腕を差し出すぐらい、何のことはない。
 眠る二人にもう一度感謝の言葉をかけ、目を瞑る。二人の体温に癒されて、心地よい眠りに落ちていった。


 * * * 


「ん……今度こそ、朝か」
 今度こそ本当に上り始めた朝日の気配に、俺は自然と目を覚ました。

 両腕にかかっていた重みは消えている。
 先程の光景は夢なのかもしれない、と思うものの、確かに施されている治癒が現実であることを告げていた。
 確かに傷があった腕を撫でる。もはや熱すらも収まり、昨日の戦闘の名残など何処にもない。
 これなら、今日にでも戦闘を再開できるだろう。

「後でもう一度礼を言うとして……とりあえず散歩でもしようか」

 昨日と同様の選択。最早日課にすら成りつつある。
 だが、身体の調子を確かめるのは、今の俺にとっては義務のようなものだった。

「……相変わらず、寒いな」

 外に出ると、冷たい風が肌に染みる。だが、その感覚が生きてることの証明だ。
 その実感を味わう為に、敢えてゆっくりと歩き出す。
 死線を越えるということは、この当たり前がどれほど貴重なものなのかを教えてくれる。
 そしてその為にならば、何度でもどんな死線をも抜けてやろう。そう新たに決意させてくれるのだ。

「……せ、先輩!」

 不意にこちらを呼ぶ声がする。俺を先輩と呼ぶ人間は、間桐桜しかいない。
 案の定、桜が慌てた様子で家から飛び出してきた。

「どうした? 何か有ったのか?」

 だが俺の問いに、どうしたじゃないです! と膨れる桜。

「寝てなきゃ駄目ですよ、先輩は私のせいで怪我を……」
「ああ」

 桜は昨日の事を気にしているらしい。
 俺としては、解決した時点で怪我など気にならなくなっているのだが。

「桜が無事で良かった」

 だが、彼女の心配は素直に嬉しい。
 笑みを作って告げる、救えて良かったと。ソレはどこまでも俺の本心。

「っていうか、お前が死に掛けたのは俺のせいなんだけどな……いや、本当に弁解の余地もない」

 すまなかった、と頭を下げる。
 俺がランサーを令呪で呼ばなければ、あのような窮地に陥る必要はなかった。
 もっといえば、初期の予定通りライダーの探索に重点を絞っていれば、アーチャーが死ぬことすらなかったのだ。
 全ては俺の判断ミス。危険に遭わせた桜に謝られるのは筋が違う。

「そんな、私は本当に、先輩たちには守ってもらってばかりで」
「――ああ、そうだ桜。怪我の治療、ありがとうな」

 桜の口から弱音が出てしまう前に、治療に関しての礼を述べた。

「あ、いえ、でも、それは」
「それから、いつも食事の準備してもらって悪いな、これでも感謝してるんだ」
「え、あの、はい……どうもです」

 桜の自罰的な言動を察知する度に、俺は日頃告げないでいた感謝の言葉を羅列した。
 ここぞとばかりの攻勢に、桜は目を白黒とさせる。

「と、そろそろ朝食かな。今日も期待しているぞ」
「……ええと、はい」

 桜を煙に巻いた俺は、意気揚々と歩き出した。
 修羅場続きの聖杯戦争に於いて、最近の楽しみといえば、此処で食べる食事くらいしか思いつかない。
 世辞を言ったわけじゃないのだ。

「……ありがとうございます、先輩」
「なんのことだか」

 だから大体の場合、桜に限らず、感謝するのはいつも俺の方なんだ。

 * * *

 庭から戻ると、台所には既に士郎が居た。

「ああ、衛宮先輩、もう始めちゃってるじゃないですか」
「悪いな、ちょっと探したけど見当たらなくてさ」

 待ってって言ったのに、と膨れながら隣に並ぶ桜。謝りつつも極自然に二人で準備を行う士郎。
 その自然で和やかな風景に、本当に似合いな二人だと思った。

(もしかしたら、凛に悪い感想なのかもしれないが……と)
「相変わらず……早いわね、アンタら……」

 しばらく待てば、凛が低く唸りながら居間に到着。
 今日は呂律が回っているので、正気かと思いきや、

(今度は、着替え忘れてやがる……)

 いくら朝に弱くても気抜きすぎだろ、本当に魔術師かコイツは。
 しかも柄は猫パジャマ。何時かの便箋とお揃いらしい。
 意外に可愛いもの大好きなヤツらしかった。
 例によって写真を取ろうとも思ったが、生憎携帯は壊れたままだった。

(使い捨てカメラでも調達しておくべきだったな)

 恥ずかしい過去として後々使えるネタだったが、後悔先に立たず。
 とりあえず目に焼き付けておいて、後々からかってやることにしよう。

 * * *

 食事を終えると、それまで続いていた和やかな雰囲気が自然に薄れていく。
 桜が食器を洗っている間、士郎が黙って茶を準備し始めた。俺も凛も、テーブルの前で座ったまま無言で待機している。
 そうして、桜が戻って来る。士郎もほぼ同時に、盆の上に人数分の湯飲みを乗せて帰って来た。

「さて、始めましょうか」
「そうだにゃ、この戦争もそろそろ佳境だしにゃ」
「この……! 良いから! 会議始めるっての!」

 雰囲気があんまり真面目なので、柄にもなく崩したくなっただけなのだが。
 凛を爆発させても面倒なので、悪かったと謝罪して会議を始めることにした。

「コホン、えーそれで、残る敵サーヴァントは二体となった訳だが」

 昨日は本当に色々あったものの、新たに二体のサーヴァントが脱落し、俺とランサーは生き残った。
 結果的な話だけをすれば順調と言える。
 実際の所は、失ったものの重さを感じないではいられない。
 だが、凛が平然としている限り……俺が暗い顔をすることは許されない。

(ならば今は、前だけを見る)

「此処まで来て音沙汰がないライダーは不審だが、やはり一番の難関はキャスターだ」

 だから、俺は敢えてその名を口にした。
 凛の微かに唇を噛む仕草、気付かない振りをする俺。代わりに、己の拳を握り締めた。

「そうね、まずはあのキャスターの対策を練らなくちゃ」

 先ほど零した仕草などまるでなかったように、淡々と遠坂が告げる。

「先ずは私かしらね、アーチャーの確認した情報を提供するわ」
「頼む」

 マスターとサーヴァントはラインを通して繋がっている。
 だからアーチャーを通して、この中で唯一、事の顛末を彼女は知っている。

「あのキャスターは私と同様に五大属性を使うわ。神秘の強度まで考慮を入れると、たぶんどんな大儀礼も通用しない」

 アベレージワンは五行全てに対応できる。要は万能で、出力で上回らねばどんな手も通用しない。
 現代の魔術師が、神秘の塊であるサーヴァントを純粋な力で倒せる訳がない。
 つまり俺も凛も士郎も、キャスター本人に対しては手も足も出ないって訳だ。実質上の敗北宣言だが、凛の表情には陰りはない。

「要はランサーが勝てば良いのよ。三騎士の一つなんだから、セイバー程でなくとも元々相性は悪くない」
「だけど、問題はあの巨人だろ?」
「そうだな」

 士郎の言葉に追従する。恐らくは宝具の一つ、御伽噺より出でた魔獣――ジャバウォック。

「そうね、それは貴方の言う通り。でもその前に、もう一つの成果を話すわ」
「アーチャーが使わせた宝具だったか。あの口ぶりからすると、ジャバウォックとは別か?」
「そういうこと。アーチャー、あの怪物を潜り抜けて、本体を追い詰めたみたいなんだけど」

 そこで一度、目を瞑る凛。
 アーチャーから通じた情報を整理しているのか、もしくは……彼の最後の言葉を噛み締めているのか。

「たぶんこっちが切り札なのね。――後一歩のところで、完全に自己回復されたみたい」

 おまけに攻撃まで兼ね揃えてるなんて、正直反則よね、と凛は告げた。

「……無敵の魔獣と無法の切り札、まるで子供の夢物語だな」

 正直お手上げだ。こんな伝承を持っている英霊なんていない。もし存在していれば一発で分かる。
 ジャバウォックが本物だというのなら、その正体はルイス=キャロル、なんて冗談くらいしか残っていな――。

「待て、まさか」
「そう、そのまさか。……一つだけ、たった一つだけ筋の通る仮説がある」

 余りに荒唐無稽なその可能性。しかし、もしそうだとすれば全ての疑問が解けて消える。

「あれは英雄なんかじゃない。いいえ、霊ですらない……唯の、伝承なのよ」
「どういうことだ? 英霊を召喚するのが聖杯戦争じゃないのか?」

 士郎の疑問は尤もだ。
 この聖杯戦争が事前に得た知識の通りなら、まず存在しない可能性――故にそれを見落とした。

(だが、ヒントは幾つもあった)

 不義を背負ったセイバー。
 魂を喰うことすらなく、ただ純粋に殺戮を望んだバーサーカー。
 そしてもっと根源的な事例を挙げれば……精神に異常を来したまま召喚された、ランサー。

(この可能性にもっと早く気付いていれば)

 決して俺は、あの森に踏み込みはしなかっただろうに。

「そうじゃなかった、ってことだ。この聖杯は、まとまな英霊だけを呼ぶわけじゃない」
「……英霊としての側面もあるもの。正直、そんなものを呼ぶモノだとは思わなかったけど」

 そういうことね、と呆れたような口調で凛が呟く。

「聖杯が召喚に必要な条件が、もし広く認識されているだけで良いのなら、キャスターに纏わる疑問は全て解決する」
「むしろ、疑問なんて何処にも残らないな、アレは在り方そのものが正体だ」
「童謡、絵本、そういった伝承もありだっていうのか……?」
「ええ。あのサーヴァント、マスターと同じ姿をしていたでしょう」

 徐々に理解を深めていく士郎は、反則だとでも言いた気に目を瞑った。

「元となる姿がないのよ、だからマスターに依存して、姿を作り出している」
「名前も、姿も、正体すらない。正真正銘の夢物語ってわけか……」
「そうだ、アレは子供が描いた願いの形」

 故に真名などない。
 それでも敢えて呼ぼうと言うのなら、アレは、

「――ナーサリーライム」

 事象そのもの。子どもの心を具現化させるサーヴァント。
 あの能力の全ては、言うならばあのマスターの心の中の願望だ。
 マスターの少女が不思議な国のアリスが好きだから、その中に登場するモノが出る。
 固有結界のようなもの。但しその規模と力はサーヴァントの魔力によって成り立っている。

「正直お手上げね。ジャバウォックさえ何とかできれば、ランサーに任せられるんだけど」

 明確に定められた弱点を突かない限り、他のあらゆる可能性を無効にする。
 それが詩の獣を守る不滅のルールだ。……必ず倒されると定められた存在ゆえに、鍵がなければ決して死なない。
 だがそもそもジャバウォックなどいないのだから、ジャバウォックを倒す剣もまた、ない。

(ヴォーパルの剣か)

 しかし実のところ、俺は一つだけ状況を打破し得る可能性を知っていた。
 だが、それはキャスターの存在以上に荒唐無稽な手段。
 成功する保証などないし、何より仲間を危険に晒すことになる。

「キャスターのことは一度脇に置こう」
「そう、だな。調べれば何か分かるかもしれないし」

 自分でも信じていないような口調で告げる士郎を見ながら、俺は先の可能性をずっと脳裏で反芻していた。

「それじゃライダーについてだけど……此処まで動かないなんて、妙よね」

 何かの準備を進めているのかもしれないわ。と凛が告げる。

「準備って?」
「ライダーのクラスには、強力な宝具を持つサーヴァントが多いのよ」
「但し、強力であればあるほど使い勝手は悪くなる。ライダーに限った話じゃないが」
「そうね。だから偶然、遭遇しなかっただけという楽観は捨てた方が良いと思う」

 だが、これだけ探して魔術の痕跡すら発見できていない。
 情報が少な過ぎるのだ。警戒するといっても、精々が拠点に篭るくらいしか方法がない。

(難儀な相手ばかり残ったものだな)

 思わず弱音のような思考が脳裏に過ぎる。
 だが、組し易い相手など一組すらいなかった。証拠に、俺はこの数日で何度も死に掛けたではないか。
 昨日もアサシン相手に無茶な立ち回りをやらかした所だし……そう考えたところで、昨夜気を失った後の顛末を聞いていないことに思い至った。

「そういえば、昨日は結局どうなったんだ?」

 ランサーがアサシンを全滅させたことは覚えている。だが、あのマスターはその程度で諦めるようなヤツじゃない。
 もし逃がしていたのなら、敵はサーヴァントだけではなくなってしまう。
 だが、その懸念は凛の言葉によって、杞憂に終わった。

「士郎が、アサシンのマスターを倒したのよ」
「……本当か? 疑うわけじゃないが、あの男は」

 他人の家族の話。それも息子が親を倒したとなれば、簡単に聞いて良い話題でもない。だが、聞かないわけもいかない。
 思わず士郎への視線が躊躇いを含んだものになった。

「良いんだ、爺さんは五年前に死んでる」

 だが、士郎はアッサリとした表情で受け止める。

「何で、あんな所で、あんな風にマスターをやっていたのかはわからない」

 けれど、と……その一瞬だけ、深く深く何かを想うように目を瞑り。

「でも、爺さんの意思は受け継いだから」
「そうか……」

 良かったなとも、頑張れとも言えない。他人が気軽に何かを言えるほど、士郎の信念は浅くない。
 だから俺は心の中で思った。願わくは、どうか負けないで欲しい、と。

「でもね、聞いて驚きなさいよ貴方。コイツったらほんとに出鱈目なのよ」

 凛が急に怒ったような口調で言った。
 場の雰囲気を変えようとでもしたのだろうが、その表情は本当に一抹の怒りを備えている。

「へぇ、剣で銃弾でも切ったか?」

 案外士郎なら遣りかねない。そんなことを思いつつも、凛に合わせて冗談を口にする。
 だが、それで済んだら良かったわよ! と、凛がテーブルを強く叩いた。

「コイツ、アーチャーの剣を投影したのよ! 信じられない、本気で脳みそ解体してやろうかと思ったんだから!」
「――嘘だろ?」

 急激な眩暈に、俺はその場に倒れかけた。凛の怒りは尤もだ、工房を見たときから異常だ異常だとは思っていたが……。

「ああ、自分でも驚いたよ。無茶なのは分かってるし、実際まだ少し手が痺れてる」
「いや、痺れてるっていうか」

(英雄の宝具を投影した? 何で生きてるんだ?)

 それから、何で俺はコイツを殺してないんだろう、なんて物騒なことすら思考しかけた。
 どうやったらそんなことができる? 己の存在よりも遥かに強度の高い神秘を、どうして。
 水が下から上に流そうと思えば、機械に頼る他ない。同じように、この現象を人間が起こすには助力がいる。
 それこそ聖杯のような、強力な神秘が必要だ。

「……もう何があっても、驚かないわよ」
「驚かすなよ遠坂、これでも十分ビビッてるんだから、俺」

 だが、もしこれが本当なのだとすれば。
 ――先程ジャバウォックについて考えていた可能性を、俺は嫌でも意識した。

(落ち着け、この話が事実だとしても、それこそ本当に命懸けになる)

 俺でも凛でも、絶対に不可能なその手段。――今は失われた道具が必要な、大儀礼。
 故に実行するのなら、士郎に最も強い負荷が掛かる。マスターですらない士郎を、また巻き込むことになる。

「……情報を纏めたい、夕方まで待っていてくれ」
「え、ちょっと?」
「あ、おい」

 唐突に会議を打ち切った俺を、二人は戸惑いながら呼び止めた。
 だが俺はさっさと自室に戻る。一つの事柄を、延々と考えながら。

(自分の命なら、自分の判断で賭ければいい。だが、)

 他人の命まで簡単には賭けられない。もうそれしかないと分かっていても、決断するには勇気がいる。
 毛布を被り、瞼を閉じた。一度頭を完全にクリアする。そうして心身ともに休息し、最後の決断をしよう。
 意を決し、俺は速やかに眠りについた。

 * * * 

 目が覚めたのは夕方だった。
 傷んでいた頭はすっきりと澄み切り、神経を苛んでいた重さもかなり楽になものになっている。
 この感覚、魔力は八割方回復したと踏んでいいだろう。
 治癒を他人に任せられたお陰で、回路もかなり休ませることが出来た。通常の魔術程度なら問題なく行使できる。

「――よし、いこう」

 一眠りしても、他に何の方法も思いつかなかった。キャスターに挑むなら、結論は変えられない。
 故に今、他の可能性を模索することを放棄した。断じる――これ以外に、道はない。
 士郎に、告げることがあった。

「士郎、いるか」
「おう、起きたか。もうちょっと待ってくれよ」

 台所で夕飯の準備をしている彼を捕まえた。
 甲斐甲斐しく主夫として働くその背を見ながら、俺は極自然な口調を装って言った。

「なあ士郎、ヴォーパルの剣を作ってくれないか」 
「ああ良いよ、それくらいなら別に……って、待て。今何て言った?」
「だからヴォーパルの剣だ、キャスターを倒すにはそれしかない」

 だが、士郎は首を振る。

「駄目だ、一度解析しなきゃ作れない。作るための情報が、ない」
「ああ、だろうな」

 それはこちらとしても予想済み。
 むしろ何の準備もなく望むものを作れるなんて言いやがったら、たぶん俺は後先関係なくブチ切れてる。
 そんな魔術の全てを覆すような結果は、どれほど都合が良かろうと認められない。
 だから、この問題は魔術師として解決しよう。

「無いのならば、ある場所から持ってくれば良い」
「ある場所って、お前……本気か?」
「フ、アリスくらい俺だって読んださ」

 ならば、そこから作り出せるだけの情報を、魔術の知識を用いて捏造する。

「要は、それがヴォーパルの剣だと、相手が認識できるものであればいい」

 本当に夢物語の産物である必要はない。
 ジャバウォックを倒せる能力など、備えている必要はないのだ。こちらがそうだと言い張り、それが通じれば、勝手にジャバウォックは消滅する。
 ――言った者勝ち。それが子供の幻想の、本当の弱点だ。

「出来るのか?」
「俺一人じゃ無理かもな」

 一人の幻は一人の想いでしかない。 だが複数の人間の幻ならば、他の人間も認めうる想いとなる。
 それが伝承、それが偶像。だから凛の知識量が加われば、成功の可能性は飛躍的に上昇する。
 アイツの才能は俺では遠く及ばないが、俺だってプラスにならない訳じゃない。それなりの魔術師である自負くらいはある。
 普通以上の魔術師二人が、互いの想念を持って練り上げれば、その『設定』が破綻していない限り、必ず成る。

「乗ったわ、それ」

 夕食時なので、顔でも出しに来たのだろう。
 何時の間にか背後にいた凛がそう言った。
 その目には、静かな闘志が宿っている。

「よし、同調は頼んだぞ」
「アンタこそ破綻させないでよ」

 依然、戸惑いを見せる士郎。
 問答無用、ゴツンと額を士郎のソレにぶつけた。凛が同じように俺たちに重ねる。

「行くぞ――正体不明で消息不明」
「火をふく竜とか雲つく巨人」

 己の知りうる知識を引き上げるため、敢えて敵が詠ったその詩を諳んじる。
 追従する凛の声が、徐々に意識を深く深く沈めて行く。

「トリックアートは影絵の魔物」
「けだし大人の話はデマカセだらけ」

 深く、より深く。知識の底を通り抜け、子供の頃に読んだ幻想の、その顛末を心から希う。
 今この時だけ、完全に精神を逆行させて――来い……来い! ヴォーパルの剣は此処にある! 

「「真相はドジスン教授の頭の中に!」」

 色、形、その力。
 終に浮かんだその心象を、士郎の脳に叩き付けた。

「――投影、開始」

 士郎の魔術回路に魔力が走る。
 俺と凛が形作った剣が、子供の頃確かに一度空想したおもちゃが――『ばけものをたおすつるぎ』が、彼の頭に確かに形成されているのが分かる。
 その様に俺は憧れを覚え、殺意すら感じた。何故その才能が俺にないのかと、心の底から嫉妬を抱いた。 
 その為だけに、神によって生み出されたといってもおかしくはない、ソレ。

 ……成功してくれ、いやしないでいてくれ。
 相反する思いを俺が抱いた、その時、

「頼む!」

 士郎が叫んだ瞬間、それは確かにこの現実へと舞い降りた。

「……嘘」
「成功、しやがった」

 それを望んだ筈なのに、それが必要だった筈なのに。俺たちは心底信じられないと言葉に告げる。
 だが現実は事実を裏切らない。見た目は唯の諸刃の洋剣――だが、強い神秘が込めれているのが、はっきりと分かる。

「く――がっ!」

 だがそれも、士郎の手に収まった瞬間にはひび割れ、数秒も持たずに音を立てて崩れた。

「長くは持たない、のか?」
「形成が甘いんだと思うけど……たぶん、さっきみたいな想像じゃ、これ以上は無理だ」

 どうやら、ヴォーパルの剣が存在できるのは一瞬だけということらしい。

「だが、これで挽回の芽は出来た。手柄だぞ、士郎」
「かもしれないな。けど喜ぶのはまだ早い」
「そうね、今は全員が消耗しているわ、素直に休むことにしましょう」

 凛はそう告げて、フラフラと自分の部屋に戻った。士郎はその場に腰を下ろして荒く息を吐く。
 俺も同様に腰を下ろしながら、パスからランサーに伝えた。勝てるぞ、と。
 全ては明日。勝ちが見えたからこそ、俺たちの本当の力が試される。

【七日目、終了】


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