初代リプレイ8


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 八日目の朝。もう、聖杯戦争が始まって一週間を越えた。
 予感がある。この戦争は、もう間もなく終わるという予感が。

 ランサーと二人で始めたこの戦争が、いつの間にか大所帯になったものだ。
 感慨深い。聖杯戦争が始める前の俺と、今の俺。それは果たして同一の存在だろうか。
 そんな疑問を思うほど、俺は変わった。
 狂気の伝承、勇猛さだけ望んで召喚した筈のランサー。俺は彼を、何時しか一人の人間として尊敬し始めた。
 会話が成り立たなくても、血に塗れていても、決して穢れぬ白木の杭。
 それは、吸血鬼伝承の小道具ではなく、竜の子が生涯かけて守り通した気高さの証だったと知った。

 得たものはそれだけではない。
 例えば、目前には、何時の間にか当たり前となった朝食の風景。

「先輩、お茶です」

 桜の和やかな声も、

「衛宮くん、醤油とって」

 凛の意外な顔も、

「はいはい、って切れてるなこれ」

 士郎の隠された信念も。

「……悪くない」

 これが本当に戦争中の情景なのだろうか。疑う程に馴染んだ日常の空気。
 そう、悪くない。だから例えもう直ぐ終わるのだとしても、その時はもう一度、最初から始めよう。
 その為に、必ず生きてこの戦いを終える。誰一人、絶対に脱落させないと心に誓う。

(コイツらが一緒で、ランサーが隣にいるのなら――俺は、きっと何にだって勝つことが出来るから)

「よし、皆聞いてくれ」

 今の俺に、一切の気負いはない。
 だからこそ、至極穏やかな口調で告げた。

「キャスターを討ち取る。皆、協力してくれるか」
「当たり前だ、この戦争を終わらせるのが俺の望みなんだから」

 真っ先に士郎が賛同してくれる。その真っ直ぐな信念に、一体何度励まされたことだろう。
 サーヴァントに何度も命を狙われて、実の養父とすら戦って。
 マスターですらないのに、此処までついて来てくれた。感謝の言葉もない。

「……私は、戦う術を持ちません」

 士郎の次に口を開いたのは、桜だった。自信なさ気に告げるのは、そんな言葉。
 けれど、続いた。その顔を上げて、精一杯の勇気を示す。
 だから、と。

「だから、必ず生きて下さい。私に出来るのは、戦う以外の全てですから!」

 二人の言葉に、俺は頷く。
 彼らは足手まといだったり、許せない敵であったりした。だが、今となっては何よりも得難い仲間だ。
 そして、

「なーに言ってるのよ」

 最後に、凛がいつも通りの、何処までも気楽な口調で告げる。

「協力してくれるか、ですって? 違う違う、それ大間違い。ア、ン、タ、が! 私に! 協力するのよ、今更逃がしはしないわ」
「そうか……いや、そうだな、お前の言う通りだった」
「ったく、いきなりどうしたってのよ。もう良いから、衛宮くん! 早く醤油取って!」

 照れ隠しだろう。語気を強くして関係のないことを言い出す遠坂の姿に、思わず、笑みが零れる。
 彼女は最初から最後まで、俺が昔憧れた通りの……鮮やかな女の子で。
 何時しか感情が友情へと変わっても、一度は敵対を覚悟しても。
 結局は同じ時を共有し続けた頼もしい隣人のまま、今もこうして味方でいてくれている。

(本当に、これほど在り難いことはない。君の、君たちの存在を、心から神に感謝しよう)

 仲間がいる、ということ。それだけで、これほどまでに勇気を与えてくれるという真実。 
 それを俺は知らなかった。魔術師として孤高に生き、己だけを頼みとする。その生き方は俺の理想だった筈。
 だが、もうそこには戻らない。この想いを手放してまで得るものなど、聖杯にさえ用意できないと知っている。

「――ああ、準備は万全だ。不備はない、そんなものは何処にもない」

 気力は過去最高潮で、ランサーへの魔力は充分過ぎるほどに流れている。
 凛と桜のお陰で、俺の身体も完全に復調している。
 士郎が頑張ってくれたから、ヴォーパルの剣なんてものすら用意出来た。
 だから、

「キャスターとの戦いには、全員で向かおう」

 告げた言葉に、微かにどよめきが広がった。

「……えっと、嬉しいですけど、良いんですか? 」
「ちょっと、その子本気で戦えないわよ。分かってる?」

 当然だと頷く。考えなしに言った訳じゃない。

「前回のことがある、キャスター以外に、まだライダーのマスターが残っている」
「確かにここも安全じゃない」

 凛の疑問に答えると、士郎の呟き、頷いた。

「どちらでも危険なら、手の届く場所にいてくれた方が良い……そういうことだろ、一条。俺もそれに賛成だ」
「ふーん。ま、確かに悪くないかもね」

 そうして結果は予想通り、二人からの快諾を得た。
 だから桜を見て、安心させるべく笑みを浮かべる。

「そういうことだ。戦場に出るのは不安だろう、だが」
「はい、先輩たちを信じます」

 俺が頼むまでもなく、桜は確かな意思を以って頷いた。
 強くなった。ここ数日で彼女も変わった。もうバーサーカーに振り回されて、ただ悲嘆にくれていた桜はいない。
 彼女は消えぬ罪を背負ったが、決してそれに押し潰されはしないだろう。
 魔道に生きる者として、一度その穢れに堕ちたモノとして。きっと長い時をかけてでも、責任を果たして行くに違いない。

「それに、何かあれば俺が桜を守る」
「何言ってんのよへっぽこ。アンタは自分の身を守ってなさい」

 士郎の意気込みに、意地の悪い笑みを浮かべてイジる凛。

「大体衛宮くん、貴方がこの作戦の要なのよ? 失敗できないんだから、桜は私に任せておきなさい」

 どうやら、彼女的に譲れぬ役目だったらしい。
 士郎を言い負かした凛は、桜を引き連れて準備の為に居間を出た。

「よし、俺たちも準備しよう」

 そして、アーチャーが倒れた地にて決戦を。
 用意が出来次第、郊外の森へ向かおう――。



 * * *



 そうして到着した俺たちを待っていたのは、思いよらぬ展開の予兆だった。

「なあ、なんかおかしくないか?」
「そうね、これはおかしいというよりは――」

 郊外の森に踏み込むなり、士郎が疑問を告げる。
 俺と凛は、恐らく同様の返答を思い浮かべたことだろう。

「魔力の気配が、薄いわ」

 前回とは明らかに違う、弱々しい気配。
 隠している訳ではない。むしろ前よりも切羽詰ったように、存在の隠蔽を放棄していた。

(それでもこうも気配が小さいのは、何故だ? まるで、最早本体が虫の息であるかのような……)

 疑問が足取りを重くさせる。
 何が起きても対応出切るよう慎重に、一歩一歩進んでいけばそこには、

「……馬鹿な」

 ――そこには、倒れた少女達。

 俺は焦って駆け寄った。

「一条、危険よ!」

 凛の制止も耳に入らない。
 何故だ、あのアーチャーすら倒せなかった無敵の伝承が、何故今、俺たちの前に倒れている……!

「「……負けちゃったね、あたし(ありす)」」

 倒れ臥したまま、互いの手を握り合う少女達。マスターである白い少女は、なんとか生き延びている。
 だがその一方、黒い少女――キャスターは、足の先から透明な、エーテルの霧となり始めていた。
 彼女は消え去ろうとしている。俺たちを何処までも追い詰め、悩ませた少女の姿をした夢物語は。
 結局最後まで、敵対すらしようとしないまま、幼子に向けるあの笑みを浮かべていた。

「あたし、お兄ちゃんともっとあそびたかった」
「そうね、ありす。おにごっこにかくれんぼ、宝探しもしたかったかな?」

 もっと、遊びたかったね――それだけ言い残して、その物語の項は終わりを告げた。
 同時に気を失ったマスターの少女。
 ……だが、その表情は先程までのただ残念そうなソレと違い、明確な苦悶の相を浮かべている。

(このままでは、危ない)

 恐らく魔力の過剰消費による、生命力の減衰。一人前の魔術師にすら、それは死因に成り得る。
 まだ成長しきっていない少女を、このまま放置しておけば必ず死ぬ。
 昔の俺なら、或いは放っておいたのかもしれない。
 だが、そんな選択――ランサーのマスター、一条基には、もはや未来永劫選べない。

 俺は彼女を抱き上げ、背後の三人に告げた。

「この少女を助ける。良いな?」
「……そうね、キャスターを倒したのはライダーでしょうし」

 凛は敢えて、情による選択以外の言葉を吐いた。

「目が覚めたら、その情報を聞いてみましょう」

 そんな事を言いながら、頷く凛。士郎と桜も同意してくれた。

「一条先輩も、一旦衛宮先輩の家に戻られるんですか?」
「……そうだな」

 消えかけだったとはいえ、ついさっきまでキャスターは現界していた。
 ならば戦闘が終わったのはごく最近、この近くにはまだライダーがいる筈だ。

(相手の出方によっては、まだ状況がどう転ぶか分からない)

 桜はそれを気にしているらしい。俺も、その可能性には気付いていた。
 だが隙を見せた俺をライダーのマスターは襲ってこなかった。
 手負いの可能性もある。否、全くダメージを受けていないなど考えられない。
 今探し出せれば、優位に戦えるかもしれない。

 だが、

「全員で戻る。今は何よりもこの子の生命を優先する」

 万が一、俺と離れた途端に少女が狙われないとも限らない。
 相手の正体が分からない以上、優先すべきは狙われる隙を作らないことだろう。

「聖なる息吹と母なる流れよ、どうか揺り籠となり乙女の安息を見守り給え――」

 外傷による衰弱ではないので、凛や桜が俺に施してくれたソレは効果がない。
 だから俺は、抱き上げた少女に、一条固有の治癒を行いながら衛宮家を目指す。

 少女から零れ落ちる魔力に流れを与えて循環させ、周囲に留まらせることで拡散、消耗を防ぐ。
 その上で、コチラの魔力を少しずつ混じり合わせ、徐々に徐々に少女へと戻していく。
 本当は戦闘時に蒸散した魔力をストックし、リサイクルする術だ。だがこうして他人に使えば、負荷なく消耗を癒すことが出来る。

「う、ん……」

 呼吸が落ち着き、顔色に生気が戻ってきた。口から漏れる音が、苦痛の発露から穏やかな寝息へと変わる。
 その状態を数分維持、ありすの状態は安定した。これならば、魔術を止めても問題はないだろう。
 同時に、衛宮家に到着する。

 だが、そこで、見た事もない金髪の女性が立っていた。
 ――隠し様もない。否、隠す気のない、強い魔力の気配を携えて。

「遅かったですわね、ミス・トオサカ」

 お嬢様、と言った言葉がよく似合う風貌で、腕組みをしたまま門の前で仁王立ち。
 どうやら、凛の知り合いらしい。
 顔に似合わない男前な仕草が、驚くほどに良く似合う。
 そこに在るだけ、存在を主張する鮮やかさ。
 どう考えても俺の手に負えないのに、どうしてもその存在から目を離せない――ああ、これは遠坂凛と同類だ。

「……ルヴィア、まさか貴女が参加してたなんて」
「そう、おかしな事ではないでしょう?」

 ルヴィアと呼ばれた金髪の女性は、不敵ながらも美しく微笑んだ。

「聖杯戦争も残す所、あと二体」

 そうして、ビシリと凛に指を指し、

「正々堂々、貴女に決闘を申し込みます、ミス・トオサカ」
「……ん?」
「……あれ?」
「……えっと」

 すぐに反応しない本人の代わりに、遠巻きに見ていた俺たちがそれぞれ疑問の声を上げる。
 目前の淑女は、何故かとんでもない勘違いをしていらっしゃるような、そんな気がする。

「良いわ、その決闘受けてあげる、ルヴィア」

 ソレに向かって、堂々と答える遠坂。
 だが、その手は何故だか俺の肩を叩き、

「同盟相手であるアンタが勝てば、当然私の勝ちよね?」

 この際勝てれば何でも良い。そんな開き直った笑みを浮かべて言った。

「同盟……相、手……?」

 理解出来ないとでも言うように復唱すると、ギギギという錆びついた音をさせながら首を回す彼女。
 そこで初めて、金髪の女性が俺の存在を認識した。

「まさか、貴方?」

 誰ですか何故私の前にいるのですかまさか戦う気ですか、とその驚愕の表情が告げている。
 信じられない。否、信じたくないという心の声が聞こえてきそうな反応。
 だが、敢えて俺はその視線を真っ向から受け、

「勝ち上がったのは、俺だ」

 正面に立ち、言い切った。
 女性は失望に顔を伏せる。
 期待した相手と、期待した戦いがしたかった……言葉にせずとも、その胸の内は伝わってきた。

(正直に言えば、それはコチラも同じだ)

 あの黒き少女には、アーチャーを倒された借りがあった。
 それを永遠に返せななくなったのだ、何も思わぬ訳はない。

 だが一方で、俺は目前の女性にも興味を持った。
 俺たちが、一度は成す術なく完敗したキャスターを、正面から打ち破った強者。
 その上で、堂々と敵の前に姿を現し、決戦を布告する精神。
 事前の予想とは大分違ったが、正直こういう人間は嫌いじゃない。

 そう、俺は結局のところ――この戦争で最後まで勝ち残った者同士、対等に相対したかったのだ。

「そういう事、アンタの相手はコイツって事になるわね」
「……まあ、良いでしょう」

 彼女は依然俺を見ない。
 当然だ。ライダーのマスターは、今日まで全くその姿を見せなかった。
 つまり、互いに姿を知らなかったのだから。

「どのような結果であれ、勝利するのはこの私ですわ」

 高らかに言い捨てて、金髪の女性は立ち去っていく。
 ライダーのマスター……ルヴィアゼリッタ=エーデルフェルトとの決闘が決まる。
 この聖杯戦争の最後を飾る苛烈を極める戦いが、俺と彼女との忘れられない出会いとなるのであった。



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