初代リプレイ8-2


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 * * * 

「まさか、ルヴィアが参戦してるとはねぇ」

 士郎と桜の作った夕飯を平らげた俺たちは、そのまま居間で何をするでもなく呆けていた。
 中でも凛のだらけ方は酷い。横になって生気のない目で煎餅を齧る様は、とてもあの遠坂凛とは思えない。
 士郎はそんな凛にお茶を用意していた。この場に桜の姿はない、ありすの様子を見ているからだ。

「どういう知り合いなんだ?」

 興味があったのだろう。士郎が俺の代わりに凛の話に乗り始めた。

「ちょっと前に旅行に行った時知り合っただけよ――何故かいきなり殴り合いになったけど」
「……」

 深くは聞くまい。
 だが。事の発端だけは何となく分かる。まず間違いなく、同属嫌悪とかその辺りだ。

「エーデルフェルトって言ったな? "あの"エーデルフェルトか?」
「ええ、"その"エーデルフェルトよ」
「ふむ、地上で最も優美なハイエナ、か」

 なるほど、今更ながらライダーの謎が解けた。
 何故ずっと動きがなかったのか? それは単に、美味しいところを持っていく機会を伺っていただけなのだろう。

「しかしスゴイ渾名だな……そんな名称とかほんとにあるのか」
「んー、一応アレでも古くより伝わる名家だし」

 士郎が、何となくときめいた反応をしている。
 正義の味方として、そういうものが欲しくなったりするのかもしれない。

「不思議なのは、キャスターを倒したところよね。アイツの性格上、最後に残った相手だけ相手にしそうなものなんだけど」

 それだけキャスターが強かったってことなんでしょうけど、と詰まらなさそうに呟く凛。

「なんでさ?」
「そのままの通りよ? 本当に強い相手は自分で倒しておかないと、ただのハイエナになっちゃうじゃない」
「まあ、確かにその通りだが……」

 つまり本当に強い相手を選んで、本当に倒すことの出来る実力の持ち主と言うことか。

「実際どうやって倒したんでしょうね、こっちは無理してヴォーパルの剣を使わなくて済んだけど」
「お金持ちだから本物持ってた、とか?」
「物語の中にある『すごくつよいつるぎ』が実在したって? ないない、お金で何とかなるなら私が先にどうにかしてたわ」

 さりげないブルジョワ発言をする凛。半分くらいは見栄だと思うが、もう半分は恐らく本気だ。

「あの、その話ですけど……さ、こっち来て?」
「うん」

 何時の間にか戻ってきていた桜が会話に加わった。
 その手に当事者――キャスターのマスターを連れて。

「えっと、ありす、だったな。もう具合は良いのか?」
「だいじょうぶ、お兄ちゃんがたすけてくれたから」

 治癒していた間も意識はあったのか。ありがとね、と少女は頭を下げた。
 言動の幼さに騙されるが、意外にしっかりした子のようだ。
 彼女はそのまま桜の手を離れ、何故だから俺の膝の上に潜り込む。
 途端、女性陣から突き刺さって来るような視線。

「……先輩」
「……ま、良いけど」
「おい、見るなよ。俺を残念そうに見るな」

 別に俺は幼女趣味じゃない、とは膝の中で嬉しそうにしている、ありすの手前言えなかった。
 言動は幼いが、サイズ的に言えば、もう彼女は幼女というほど子供じゃない。 

「それで、ありす。キャスターとライダーの戦いのこと、教えてくれるかしら?」

 凛は無表情でありすに問う。アーチャーの仇だからか、単に敵マスターだったからか。それほど友好を繕う気もないらしい。
 ありすも凛にはそれほど興味がないのか、うん、とだけ返事して、またこちらへと視線を戻した。

「ありすよくわからないけど、ジャバウォックまけちゃった。ジャバウォックなのにまけちゃった」
「……?」

 話を聞く三者三様、ありすの言葉に首を捻る。だが、俺はそれがライダー攻略の手掛かりだと直感した。

(ジャバウォックまけちゃった。ジャバウォック"なのに"まけちゃった。……これが肝か)

 恐らくこの少女に、戦いの詳細な記憶などないだろう。俺は唯一気になる点を問う。

「なあアリス。相手は遊びのルールを守ったか?」
「……あ!」

 凛が、そういうことかと手を叩く。
 士郎と桜は、依然良くわからないという目でありすの言葉を待っていた。

「ううん、あのお姉ちゃんはあそんでくれなかったよ」

 つまんないの、そう言って、ありすは目を伏せた。
 ……どうやら、また眠ってしまったらしい。

「まあ、無理もないわね。普通なら死んでてもおかしくなかった訳だし」
「そうだな……と、そろそろか」

 時刻は何時の間にか、丁度良い頃合になっていた。
 今から準備して出れば、丁度指定の時刻には郊外の森へ辿り着くだろう。
 だがその前に、俺はコイツらに言っておかなければならないことがある。

「あーその、皆、聞いてくれ」

 視線が集まる。士郎の、凛の、桜の。
 その先にいる俺が、きっと世界で一番強い俺であると信じている。
 だから今は多くを語るのはやめよう。必ず此処に帰って来る。勝利の二文字を引き下げて、絶対に生きて帰って来る。

「今日まで色々ありがとう、正直助かったし、感謝してる」

 だから今告げるのは此処までで良い。
 別れの挨拶になりそうな言葉なんていらない。

「じゃ、行ってくる。さっさとあの金髪倒して帰って来るから、先に寝てろ」
「――ああ言って来い。明日朝一で祝ってやるから」

 代表して士郎が言った言葉に、残る二人も同意した。
 皆の笑顔に送り出され、俺は衛宮の屋敷を後にする。

「よし、女を待たせるのもカッコ悪いな――さっさと行くぞランサー、聖杯がお前を待っている」

 ランサーが歓喜の声を上げると共に、第五次聖杯戦争、最後の夜が始まった。

 * * *


 午前零時、三度郊外の森に訪れた。
 一度目は味方の死を、二度目は仇敵の最期を見た。
 そして今宵、確実にもう一つの死が訪れる。

「ランサーかライダーか、さて神はどちらに微笑むと思う?」
「――我が信仰に神が応えられぬ筈がない!」

 霊化を解き、勝利を宣言するランサー。

「我がライダーの正体を知れば、それが如何な愚問か貴方にも解るというものですが」

 返答は木々の陰から帰って来る。サーヴァントの姿は未だ見えない。

「まずは見上げたものだと称えましょう、一人で来たのですね?」
「当然だろう。そちらの国では、決闘に何人もぞろぞろと徒党を組んでくるのか」
「クス、口が達者な方ですこと」

 ライダーのマスターは、口元に手を添えて上品な笑い声を上げた。

「……貴方、気に入りましたわ。トオサカの仲間にしておくのが惜しいぐらい」
「それは買い被りだな。あまり大層な期待をされても応えられんぞ」

 俺の返答に、心なしその笑い声が大きくなった。
 トオサカの仲間序でに、日本人にしておくのも勿体無い殿方ですこと、なんてことを呟く。

「私はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、貴方は? 態度によっては、特別に覚えて差し上げましてよ」
「一条基だ――別に覚えなくていいぞ、天秤に測られるなんて恐ろしくて仕方がないんだ」
「心配する必要はありませんわ、イチジョウ。どうせ、覚えていられるのは――この戦いが終わるまでですもの」

 その言葉と共に、場の空気が一変する。
 仮面越し和やかな交流から、命を賭した真実の談笑に。

「今、紹介しますわ。私だけの騎士。正義の具現を、まずはその目に焼き付けなさい!」
「来るぞ、我が妻よ」

 ランサーの言葉に応えるように、膨大な魔力が渦巻いた。終に、正体不明のライダーが姿を現す。
 ――それは、赤い十字のサーコートを身に纏う騎士だった。

(これは……凄まじいな)

 佇まいだけで、圧倒的な威圧感を感じる。否、それは威圧ではなく威容。発するまでもなく示される、神性の発露。
 そのサーヴァントの本質は、ランサーの苛烈なる信仰とは対極の、静かなる清浄さ。

「おお素晴らしい……聖なる使徒と矛を交える時がこようとは」

 ランサーが歓喜に震えながら呟いた。
 今まで、サーヴァントを異教徒や賊としか見なかった彼が、初めて垣間見せた、相手への敬意。

「行きますわよ――ライダー」 

 ルヴィアの言葉に頷いたライダーが、片手剣を構え、ジリジリと距離を詰めてくる。
 ただそれだけで、鼓動が早くなるのを感じた。強い、今まで出会ったどのサーヴァントよりも。

「我が妻よ」

 その時、ランサーが静かな声で俺を呼んだ。
 見つめ合うように視線が交差する。

「……ああ」

 ただそれだけで、充分に冷静さが戻って来る。最後の戦いという響きに、舞い上がっていたのかもしれない。
 ランサーが敬意を抱くほど偉大な英霊。
 真名は未だわからずとも、その聖なる気配だけで名の通った勇者である事がわかる。
 だが、

(此処まで勝ち残ったんだ、弱い訳があるか)

 当たり前の認識が、当たり前の精神状態を引き戻す。相手の正体など最早どうでも良い。
 勝ち残ったのはランサーも同じ。だから俺は今まで通り、我が唯一の英雄を信じて戦うだけだ。

「敵は敵だ――倒すぞ、ランサー!」
「オオォオオオオオオオオオオ!!!」

 一気呵成。ランサーの吶喊がライダーを襲う。
 自身へと向かった高速のソレを、ライダーはスレスレの所で剣を用いて防ぐ。
 だが、続く横薙ぎが、力任せにその防御を一撃した。
 ライダーはその力を御しきれず、受け流すも態勢を僅かに崩す。

「如何な聖者も我らが祈りは止められぬ!」
「……ッ」

 その瞬間を俺は見逃さない、瞬間的に練り上げた魔術弾を、ルヴィアに向け発射する。
 充分に魔力の乗り切ったソレは、ランサーとの攻防に手一杯なライダーでは防げない。
 サーヴァントの横を通過した魔術弾が、ルヴィアの貫こうとした瞬間、

「甘いですわ!」

 彼女の指によって弾かれる無数の宝石。
 それが連鎖爆発するように、ルヴィアを守る壁となった。
 奇しくも凛と同じ、宝石魔術。だがその大盤振る舞いは、見ているこちらが衝撃を受けるほど。

(資金力が違いすぎるな)

 ふてくされた凛の顔を幻視した気がして、思わず笑みが浮かんだ。面白い、これは良い土産話が出来た。
 仲間が近くにいるような気がして、更に気分が軽くなる。

 さらに連続で魔術弾を投射する。疲れるとはいえ、こちらの元手は無料だ。

「何時までその散財が続くか見せてみろ!」
「何時までも貴方の番が続くとは限らなくてよ!」

 叫ぶと同時に、ルヴィアが宝石を空にばら撒いた。

(投擲失敗か?)

 僅かにその意図を測りかねた、その時。

「下がれ妻よ!」

 ライダーを剣ごと力尽くで弾き飛ばしたランサーが、突如反転して俺を庇う。

「ぬぅ!」

 そうして槍を一閃。何か硬質なものが砕ける音と共に、強力な衝撃波が俺を襲った。

「まるで隕石だな……助かった、ランサー」
「我が妻を守ることなど造作もない!」

 何処までも果敢なランサーを見て、ルヴィアが告げる。

「勇ましいサーヴァントですこと、さぞや名のある英雄なのでしょうね」

 ですが、と笑みを深めた。

「私のライダーはそれ以上ですわ!」
「……ハァ!」
「ぐ、ぬぁ!」

 彼女の言葉に、神より力を与えられたかのような強烈な一撃を放つライダー。
 辛くも受け止めるランサー。だが、力の押し合いで彼が負けたのは、はじめて見る。 

(今、明らかにライダーの力が増した)

 ルヴィアもライダーも、特別な能力を使用した気配は無い。
 何かある、と思いつつ、俺はこの状況を打破すべく行動する。

「ランサー、そのままライダーを頼む」

 俺はライダーの足止めを命じ、戦場を回りこむようにルヴィアの元へ駆けた。

(俺とルヴィアの遠距離戦の能力にそう大きな開きは無い、だが)

 ランサーは対魔力を持ち合わせていない。
 英霊とはいえ、あの宝石魔術を何発も喰らえば無傷とはいかない。
 その時、さっきの一撃を入れられたら致命傷に成り得る。

(考えられるのは、常時発動型のスキルか宝具)

 ルヴィアの言動、例えば命令するだけで力を増す補助スキル。
 そんな伝承が果たして存在するのかは分からないが、とにかく彼女の行動と関連があると当たりをつけた。

 傍目で少し見ているだけで分かる、あの二人は理想的な関係を築いている。
 正体の見えない能力然り。マスターが巧くサーヴァントを援護し、高いバランスを保っている。

(なら俺は、俺の流儀でランサーを援護する)

 二人であることが厄介だというのなら――その援護、俺が出来なくさせてやる。

「なるほど、サーヴァントはサーヴァント、マスターはマスターの一騎打ちですわね?」

 コチラの意図に気付いただろうに。ルヴィアは歓迎するように声を上げた。

「ますます気に入りましたわ」

 そして嬉しそうに、ドレスの袖を取り外すルヴィア。
 ……おい、待て、今何がどうなった。

(取り外す? ドレスの袖を? 何故?)

 突然の余りにもナチュラルな奇行に、一瞬思考が乱された。
 なんでだ、なんでドレスの裾が着脱可能になってんだ?

「覚悟は宜しくて?」
「待て全くよろしくな……って聞いてねぇ!」

 そして来たのが、いきなりのタックル。
 間一髪回避したが、もう一瞬でも反応が遅れていたら、押し倒されていただろう。その先を思うと肝が冷えた。
 予想外続きの展開に嫌な汗が噴出した。

「あら、急に顔色が悪くなりましたわね」
「当たり前だろ」

 聖杯戦争最後の戦い。此処に来て、まさかレスラーに会うと誰が想像できる。

「なんでお前らはそうまでガチに拘るんだ……!」

 凛といい、このマスターといい態々接近戦をやりたがる精神だけは、心の底から理解出来ない。

「逃げているだけでは、ショウは盛り上がらなくてよ?」
「煩い、魔術師なら魔術で戦え!」

 まさか魔術師が組み技を使うなんて考えられるか。
 そんな対策はしてないし、この先もするつもりなんてない。

 そうして俺が相手のペースにかき乱されている時、ランサーも苦戦していた。
 ライダーとは思えない剣の冴。剣に於いて、槍と互角に渡り合うというだけで壮絶な技量に加え、

「……幻影戦馬(ベイヤード」

 白い馬にまたがるライダー。
 ……ランサーと渡り合うライダーが、騎乗すらしていなかったという戦慄の事実。

「ぬぅ、やりおるわッ……!」

 速度を増したライダーが、馬上から高速の突きを放つ。
 ランサーのお株を奪う豪雨のように凄絶な嵐。
 負けられぬと捌くランサーの防御を掻い潜り、一つ一つと手傷を加えていく。

「しかし――ぬるいわァ!!!」

 一転攻勢、損害を開き直ったランサーが、己の傷と引き換えにライダーの腕を貫いた。
 ……正しい判断だ。互いが突きを使うなら、ランサーが競り負けることなどありえない。

「くっ」

 激痛を噛み殺すライダー。だが片腕に重傷を負った事で、僅かに騎乗に乱れが現れる。
 ライダーのクラスとしてはありえない隙。故にそれを見逃す英霊など存在しない。
 窮地に活を見出し、攻勢に出始めるランサー。

(ランサーは良くやっている)

 可能ならば此処で援護に回りたいが、それを目前の謎レスラーが許してくれない。
 焦りはミスを呼ぶ。気を取られているうちに何度が際どい場面があった。
 掴まれはしなかったものの、幾つか良い感じの打撃を貰っている。

 ――強い、素直に思った。

 だが、

「何度も見せ過ぎたな」

 こちらに組み付こうとする前兆の動きを察知。
 絶妙のタイミングで間合いを外し、強化した蹴りを足に見舞う。

「きゃああ!」

 可愛らしい声を上げてルヴィアが吹き飛んだ。
 直撃こそ回避したが、自分の勢いが災いしてバランスを崩したのだ。

(組まれても、次の本命が来るまでにはタイムラグがある)

 組みから派生する投げ、締め。
 攻撃において2アクションを要するソレは、拮抗する魔術師同士の戦闘では決定打にはならない。
 こちらは触れられるだけで、相手を吹き飛ばす結界がある。
 万が一つかまれても、冷静に対処できれば倍返しできる。ならば最初は思い切って相打ちを狙えば良い。
 ルヴィアの行動で怖いのは、あくまで宝石魔術の方だ。打撃は幾ら貰っても、意識を奪われない限りないも同じだ。

(そして魔術戦なら、ストックのいらない俺が有利だ)

 逃げながらも魔術を構築し放つ。
 だがそれは当たらない。身体能力を強化したルヴィアの移動速度は異常の域。すぐにでも開いた距離は詰められるだろう。

「なら、これはどうだ」

 ランサーと共に戦い、着想を得て構築した魔術を披露しよう。
 逃げ惑う俺をルヴィアが追い詰める寸前、溜めに溜めた魔力を解放する。

 パチン、と軽く指を鳴らせばルヴィアを囲う魔力の――杭だ。
 カズィクル・ベイの劣化版。相手を狙うのではなく、空間を制限することを目的とした攻性結界。

「……しまっ――きゃっ!」

 案の定、初めての面攻撃に驚いたルヴィアには通用した。
 タックルの態勢のまま、その杭に勢い良く正面衝突。
 距離を開けた俺は、新たな魔術弾の構築を急ぐ。
 機動力を失った今、一斉掃射にて決めるチャンス――

「――ッ、あぶねぇ!」

 こちらを指差したルヴィアに怖気を覚え、直感に従い身を投げ出した。
 突如閃いたのは黒い弾丸。宝石魔術じゃない、アレは俺が良く知る魔術師の得意技。

「ガンドまで一緒かよ!」
「切り札を持っているのが、貴方だけとは限らないのではなくて!?」

 そうして俺たちの戦闘は、接近戦から銃撃戦の様相を呈す。
 触れれば砕けるフィンの一撃、これで宝石の残量切れを狙う作戦は破綻した。
 だが遠距離自体はこちらに有利な戦場だ。ルヴィアの顔に焦りが見え始める。

 比例するように、ランサーも戦況を徐々に有利に進めていた。
 白馬に跨ったライダーの剣撃を、ランサーは槍にて捌いて行く。
 ランサーのリーチは長大、故に徒歩であろうとも、騎兵とでも十分に戦える。

 剣を弾き、突く、突く、突く。息もつかせぬ怒涛の攻め。
 徐々に徐々にライダーの鎧が削られていく。拮抗していた損耗の度合いが、ライダーの方へと振れていく。

(勝てる)

 そう思ったその時、転倒から立ち直ったルヴィアが叫んだ。

「ライダー――宝具、竜殺しの使用を許可します!」

 瞬間、ライダーの赤い十字のサーコートが風もなく靡いた。

「……これは?」

 一方的なステータス変化。
 そしてルヴィアが叫んだ『竜殺し』という言葉の意味。
 加えて、ランサーには竜に纏わる伝承が存在する。
 強烈な悪寒が背筋を駆け抜けた。
 ライダーは大きくその手に握る剣を掲げる。まず間違いなく喰らうことのないだろう見え見えの一撃だ。 
 だが、何故かランサーの動きが著しく鈍くなっている。

 ――ジャバウォック負けちゃった。ジャバウォックなのに負けちゃった。

 ありすが告げた言葉が脳裏に過ぎった。
 これが、これこそが無敵のルールを打ち破った、彼が保有する必勝の法則なのだとしたら――!

(マズイ……!)

 反射的に、ランサーに向かって手を伸ばしていた。
 間に合えと神に祈りながら、告げる。

「令呪をもって命じる――喰らうな、ランサー!!」

 無意識に叫んだ結果起きたのは、召喚。俺のすぐ隣にランサーが出現した。
 本当に一か八か、ギリギリのタイミング。それ故に、ライダー自身もその宝具の発動を止められない。
 振り降ろされる剣。強烈な衝撃が音響と共に周囲を制圧した、その威力によって地面は割れ、砕ける。

「……―――くぅ」

 宝具が空振りし、苦痛を面に見せるルヴィア。
 先程の出現した白馬も宝具だったのだろう。
 合わせて相当の魔力を消費したはずだ。令呪を使用させられたものの、これで俺とルヴァイの競り合いはこちらが一歩優位に立つ。
 だが俺は、青い顔をする相手に敢えて発破をかけていた。

「ショウは始まったばかり、そうだろ?」
「……ッ、上等ですわ!」

 僅かながらに生気を取り戻すルヴィア。こういう魔術師は、気力が消えない限りその力が尽きることはない。
 そのことを知って挑発していた。何故なら、俺は今楽しかったからだ。

(お前はどうなんだルヴィア、この戦いを楽しんでいるか?)

 心の中で問い掛ける。だが、ルヴィアは俺の視線に気の強い笑みを浮かべた。

「劣勢を挽回するのが闘技の華。認めましょう、貴方は強い。故にその貴方を制し」

 彼女が取り出したのは、それまで使っていた宝石よりも明らかに大きなソレ。

「私は名門エーデルフェルトに、新たな栄光の華を添えるのです!」

 叫ぶなり、強烈な魔力がルヴィアを覆った。
 手の大きな宝石が、魔力を使い果たして崩れていく。

(強化が行き過ぎて回復までしてやがる)

 恐らく窮地の際のバックアップ。此処に来て回復されるのは辛いが――そこまでルヴィアは追い詰められているということだ。
 終戦は近い。残る気力を総動員してコチラも魔力を確保する。
 多少命を削るくらいを惜しんで、何故栄光を掴めるのか。

(そうだろ、ランサー)

 宝具を空振りしたものの、ライダーの次の行動は早かった。
 白馬を巧みに操り吶喊。だがランサーそれに合わせ、槍を振るう。
 熾烈な撃ち合い。刃がぶつかるごとに小規模の衝撃波が周囲に揺らす――あれはもう、人間が介入できる世界じゃない。

 それを分かっているのか、ルヴィアは俺だけしか見ていなかった。
 ふらつきながらも立ち上がり、ファイティングポーズをとる。
 互いに魔力は捻出できても、体力がもはやギリギリ。ならば残るは、意地と言う名の、魂の削り合いだ。

「ますます、気に入りました。だから――日本の魔術師のレベル、見せてもらおうかしら?」

 こちらに向けた指に、吐き気を催すほど強力な魔力が集中する。
 光が捻じ曲がって見えるほどのそれ――フィンの一撃どころじゃない。当たれば肉片が残るかすら分からない。

「上等だ」

 故に俺も同時に圧縮を開始する。掌に集まるのは、風ではなく水。
 止まるほどに動く、高速の円環――あらゆる物を突き破る無形の槍だ。

「イチジョウ、弾の補充は十分かしら?」
「生憎腐るほどあるぜ、すぐ根を上げるなよお嬢様――!」

 そうして、互いの渾身の一撃が激突する。結果は、相殺。

「ハッ、箱入りにしてはやりやがる!」
「あら貴方こそ、さっきから野卑な口調が漏れていましてよ!」

 互いを詰りながら、撃ち合いは止まらない。先ほどのそれと違うのは、篭められている魔力が桁違いだということ。
 互いが互いを間違いなく殺す気で、だけどどうか死んでくれるなと願いながら、己の命を弾に篭める。
 それはさながらトーテンタンツ、喜んで死を取り合う狂気の舞踏だ。

 そして命を削る唾競り合い、膠着状態は俺たちだけじゃなかった。

 弾き飛ばされるように、のサーヴァントが距離を開ける。
 もはやどちらのサーヴァントも、相手の一撃を踏み止まって受けることが出来ないほどに消耗していた。
 故に一撃し、弾き合い、態勢を先に整えた方が次の一撃を有利に放つ。不利になった方は、渾身の一撃でそれを覆す。 
 二度負ければ押し切られ、終わる。今回踏み込んだのが早かったのは、ランサーだった。
 だがランサーが選んだのは、一撃ではなく素早いの連続の突き。力加減を誤まったライダーは、反動を制御しきれず剣を取り零す。

「たわけがッ!」

 そんな隙を逃さずランサーではない。今度こそ渾身の一撃が、ライダーの腹部を深々と貫いた。
 その瞬間、消え去る白馬。宝具の消滅を見て確信する。

(勝った)

 俺がそう思ったその時、

「ぬ、馬鹿なッ!」

 驚愕の声をランサーが上げた。槍に貫かれながら――否、槍へと踏み込みながら、ライダーは取りこぼした剣を拾い上げ一閃したのだ。
 回避しようにも、槍が敵に食い込んで動けない。一撃で砕かれるランサーの鎧。仰け反って致命傷は避けたものの、多量の血が吹き上がる。
 後退し槍を引き抜いたランサーは片膝を突き、ライダーを見上げた。

 もはや令呪は存在しない。俺の攻撃はライダーには通じない。

(なら、俺が此処で決めるしかない)

 ルヴィアは目前で膝をついていた。明らかに魔力の過剰消費による変調。
 だが、俺にはまだ少し余裕がある。
 ライダーは、己の主の危機に動けない。迂闊に動けばマスターが殺され、ソレを助けようと動けばランサーの槍が届くだろう。
 掌を動かないルヴィアに向け、告げる。

「令呪を破棄しろ」
「……貴方には、勉強させられましたわ」

 日本の魔術師も中々どうして侮れない。そんなことを告げるルヴィア。 

「油断をすれば、足元を掬われる――そうでしょう?」

 そして違和感に気づく。足元から魔力の反応。全身に魔力を流し、一瞬だけルヴァイをも上回る身体能力を得て跳び退る。
 瞬間、目前の地面から閃光が噴出した。そこには、先程消えた筈の大きな宝石。アレは手品か何かだったのかもしれない。

「良く会話の途中に気付きましたわね……」
「――アレほど大きな石で回復したはずのお前が、こうも早くへばっているのが不自然にみえてな」

 告げるなり、手に新たな魔力弾を生成。
 仕留めそこねたが、ライダーが躊躇った間に何とかランサーも態勢を立て直していた。
 間一髪、援護が成立したといえるだろう。

「どうだ、俺たちのコンビも中々だろう」
「ええ、認めます。やはり、トオサカには勿体無いですわ」
「俺は別に凛の何でもないんだがな……」

 言いつつも、俺は微かに焦っていた。消えた白馬は宝具の一つ、だが致命傷から回復するなど誰が予想できる。 
 それに、なるほど、竜殺しとやらを使わなくとも剣自体に呪いが掛かっているらしい。
 守りを破る剣だろうか。決して強力な一撃ではなかったのに、ランサーの鎧が砕かれた。
 俺もランサーもギリギリで、魔力で再構築するような余裕はない。

(もう後がないぞ、ランサー)
(心配はいらぬ、我の一撃は確かに届いた!)

 確かにそうだ。あの回復は、恐らく死の肩代わり。
 故にもう馬はいない。中てれば致命傷に成り得るのはランサーも同じ。

「この程度で我が信仰を砕けると思うなァ!」
「……ぐッ」

 再度はじまった撃ち合いは、若干ランサーが押していた。
 ライダーが馬を失ったのが決定的だ。機動力と間合いの有利を失い、此処に来て剣と槍の相性が出始める。
 だがそれでもライダーは凌ぎ続ける。
 壮絶な技量による、恐るべき戦闘続行能力だった。

(いや、それだけでこれほどの耐久を見せられるものなのか?)

 嫌な予感が頭から離れない。早く勝負をつけなければならない。
 だがこちらも、先程の総力戦から打って変わって、牽制の打ち合い、罠の仕掛け合いとなっている。
 この膠着状態を打開するには――

(宝具しか無い)

 ライダーは既に三つの宝具を使っている、
 死の代替、竜殺し、鎧砕きの呪い。宝具に消費した魔力だけでも膨大だろう。
 もう残る手などない筈、ならば切り札を残しておいたコチラの勝ちだ。
 全身全霊をかけ、我が英雄の、英雄たる所以を此処に示そう。

(ランサー、宝具で決めよう)
(嗚呼……そうだな、我が妻よ)

 終焉の宣告に、ランサーは目前の敵を見て、名残惜しそうに呟いた。

「我が愛しき妻の為、汝にこの殺戮を捧げよう」

 膨大な魔力がランサーに流れていく。周囲に循環させていたストックすら一瞬で枯渇する。
 それでも足りない。とても二万の杭を立てるには足りない。

 だが、

「よい、十分である」

 範囲は、広くなくていい。
 大軍を相手するのではなく、たった一人の敵を打ち倒すが為に。

「愛しきモノよ! 我らが愛で枯れ落ちろォオオオ!」

 ランサーは大きく振りかぶった槍を地面に突き刺す。そして、己が宝具の真名を告げた。血塗られた杭がライダーを囲む。
 もはや満足に動けないライダーに逃げ場はない。
 数は少なく、しかしそのどれもが強力な信仰の具現である白木の杭が、貫き貫き貫き貫き――貫き続ける、
 幾千の木杭が、ライダーを囲み城塞を築いていた。

「な、に……?」

 だが、彼は立ち上がる。
 消えていく杭。全身の傷から血を垂れ流し、片腕は既にない。残る左手もわずかに繋がっただけ――そんな腕で、剣を取った。

「まさか……ッ、しまっ」

 また戦えるのかという驚愕
 決定的な隙を晒した俺をルヴィアがの手を掴み、力任せに投げ飛ばす。
 車に撥ね飛ばされたような衝撃。木々に打ち付けられた俺は血を吐いた。内臓のどこかがやられたのかもしれない。

「驚いたかしら? 無理もないでしょうね。ライダーは望まれる限り、戦い続けるのです」
「死んでいても、か?」
「いいえ、ライダーは"死なない"。希望の象徴なのです、戦い続けて欲しい、救い続けて欲しい、と言う」

 だとすれば彼の戦闘続行は呪いの域。
 望まれる限り倒れない。つまりそれは、マスターが健在である限り決して死なないという事実を意味する。
 簡単に決まる訳ではないとは思っていたが、まさかこれほどだとは思わなかった。

「なら、先に俺が倒せば良いだけの話だ」
「やってみせなさいな……強い殿方は好きですわよ!」

 追撃にタックルを選択したルヴィアの動きに合わせ、魔力を込めた拳で応戦する。

「……痛ッ、淑女を、グーで!」
「今更うるせぇじゃじゃ馬が!」

 もう傍から見れば、それは魔術師の戦いなどではなかった。
 互いに残る魔力を全力で身体に流し込み、皮膚を鎧に、拳を槍に変貌させる。
 もうこうなれば、投げも締めも全て同じだ。ならば渾身の力で殴った方が早い。

「ゲホッ……所詮色物のクセに、筋の通った拳を打ちやがる!」
「そちらこそ、遠くから撃つだけのあおびょうたんにしては骨がおありで!」

 互いに貶しているのか、称えているのか分からないことを口走りながら、何度も防御を捨てて打撃する。
 何度目かの全力の拳がルヴィアの頬を直撃した。衝撃が突きぬけ、魔力の鎧にヒビが走る。だが、その顔に傷がつくことはない。……これはそういう持久戦。
 互いに相手の魔力を削り飛ばし、精神に負荷を与えて術を解除させた方が勝つ。

「は、はは」
「ふふ、ふふふ」

 何が楽しいのか、人間を一撃で撲殺できる攻撃を受け続けながら笑い合う俺たち。
 それはもはや、狂気の沙汰に過ぎないのかもしれない。
 だがそんな楽しい時間にも、何時しか終わりはやって来る。

「そろそろ、眠りなさい!」
「……がッ」

 ルヴィアが隠し持っていた宝石を握りこみ、強烈な一撃を放つ。
 防御膜を貫通し、内部まで衝撃が突き抜けた。……気が、遠のいて行く、その時。

「――ソレを待ってたぜ」

 弾き飛ばされた魔力と、ルヴィアの拳から発散された魔力。霧散していくそれらに指向性を与えて、操作した。
 流れが辿り着く先は、今振り抜かんとしている右拳。
 インパクトの瞬間、全ての魔力を解放――ルヴィア自身のソレが混ざった魔力が伝播し、彼女の防壁を消去した。

「悪いな、小細工して」 

 彼女の腹部に届いたのは、何の強化も掛かっていないただの打撃。
 だが、ルヴィアの身体がふと、軽くなるのを感じた。

「良い、打撃ですわ――ますます、気に入り……」
「ハッ……女を殴り倒して褒められても、嬉しくねぇよ」

 ルヴィアを背負い、肩で息をしながら、ランサーが戦っている方を見た。
 何ができる訳でもない。ただ、居ても立っても居られなかっただけ。

(俺は勝ったぞ、ランサー)

 煌く剣撃、疾走する槍。それが舞うように交差し、弾き合う。立ち入るだけ死が肩を叩く絶界。
 だが、俺は敢えてそこに足を踏み込んだ。魔力が足りない、ストックの補充もままならない。撃てて後一撃……だが、それでも出来ることがある。
 震えを堪え、足を動かすと届き得る距離まで近づいた。
 魔術弾を構成し、それをライダーへ放つ。

 ライダーは避けもしない。渾身の魔術ならいざ知らず、ただ放っただけの魔力塊など英霊という神秘には意味がない。
 故に避ける価値もない、そう思ったのだろう。
 俺は、ランサーへパスを通して声をかけた。

「目を瞑れ」

 弾ける魔力、ソレは太陽に似た輝きになってライダーの目前で爆発した。
 こんな小細工で、作れる隙はほんの一瞬――だが、英霊とって、それは充分すぎるものだった。
 閃光を回避する為か、しゃがみ込んでいたランサーは飛び上がるように槍を突き上げる。

「我が最後の一撃、耐えて見せよ聖人……!」

 腹部から、真っ直ぐ肩まで突き抜けた槍――ソレはさながら、串刺しだった。
 だが、それでも――。

「私は」

 それは、ライダーの声。初めて彼が明確な言葉を告げた。
 そして貫かれたまま、ライダーは剣を振り上げる。

「私は、負けぬ!」

 振り下ろされる竜殺しの剣。
 ランサーの右腕を直撃したそれは、壮絶な光を伴って互いの身体をを弾き飛ばす。
 ランサーは膝をついて呻いた。だが、もはや立ち上がる余力がないのはどちらも同じだ。
 ……なのに、ライダーは立ち上がる。体中の至るところを貫かれ、千切れかけた腕で剣を握って立ち上がる。

「――私は、悪には負けられぬ!」

 その魂からの咆哮に、俺もランサーも圧倒された。
 鎧を砕く竜殺しの剣……主を勝利に導き、死すら引き受ける名馬。
 俺にはもう、この聖人の正体が分かっている。

「ゲオルギウス」

 ヴラド三世と同じように。だが正反対の切実なる想いによって、そう在れと願われた救世の聖人。
 助けて欲しい、助けに来てくれる誰かがいれば良いという、有り触れた願望。子供の夢物語にすら劣らぬ、在り得ぬ幻想。
 故にソレは負けない、敗北を許されない。正義の彼が負けると言うことは、正義が悪に敗れるということだから。

「私は、決して――」
「なあ、ゲオルギウス」

 死すら許されぬ苦痛の業を引きずって、それでもランサーの眼前で剣を振り上げた彼に。
 俺はただ、一つだけ問いたかったことを告げた。

「ランサーは、悪か?」
「――――」

 その問いに、ゲオルギウスは硬直した。
 まるで、決して見ないようにしていた事実を直視してしまったかのように。

「確かにヴラド三世は、史実に於いては残虐な殺戮者かもしれない。お前が討つべき竜の系譜かもしれない。だが、」

 それでも、問いたい。
 何よりも、誰よりもライダーの為に問いたい言葉。

「誰かを守りたいという願いにすら、お前は負けることを許されないのか?」
「わ、たし、は……」

 震えるように口にする。全身が慟哭を上げている。それでも、彼の手は未だ剣を掲げている。
 ランサーはもはや動けない。
 ならば俺たちは、その聖人の決断を受け入れよう。

(良いな、ランサー)

 聖杯に選ばれるモノが彼なのなら――その血に塗れた所業を、俺たちは悪だと受け入れよう。
 ランサーが笑う。

「――そう、あれかし」
「……ッ! それでも私は!」

 アーメン、そう呟いたランサーに何を思ったのだろう。
 何か大切なものを放棄するように、余りにも狂おしい言葉をあげて、ライダーが剣を振り下ろす。
 だが、

「もう、良いのですライダー」

 不意に響いた一言に、竜殺しの剣が止まる。
 誰よりも彼の勝利を願い続けたはずの、少女の言葉によって。

「その手を振り下ろせば、貴方はランサーに勝利するでしょう。彼が悪だということを証明するでしょう」

 状況を見れば、聖杯に手が届くのはライダーだ。
 まるで正反対の言葉を告げるルヴィア……目覚めたてだからと意識が混乱してる訳もあるまい。

「ですがそれは正しいですか。本当に彼を悪だと思えますか――その不死の法則で、ランサーを倒して笑えますか」
「……しかし、君は聖杯を」
「聖杯などの為に、貴方の正義は穢せない。私は貴方が負けるところを見たくない」

  そう、彼女は聖杯より、己がサーヴァントの勝利を選んだ。

「負けないで下さいませ、ライダー」
「……嗚呼」

 ルヴィアの願いによって、剣が砕ける。
 だが、その表情には、先程までの苦悶など影も形も残っていない。
 浮かんでいるのは、笑み。

「――ありがとう」

 光となって融け様としながらも、ライダーは俺たちを見渡した。
 別れと告げるように、深く一礼。そうして最後まで無敵のまま、何処までも清く正しいまま――ライダーはこの聖杯戦争から退場した。

 * * *

 そうして、此処にも一つの別れがやってくる。

「すまぬ、我が妻よ。……我は此処までのようだ」

 謝るのはこちらの方だ。
 勝利を掴んだのに、生き残らせてやれなかった、愚かなマスターを恨んで欲しい。

「お前……いや、貴方に、聖杯を与えてやりたかった。すまない」
「――フッ」

 だが、俺の謝罪にランサーは笑みを浮かべた。
 まるで俺の言葉が、その勘違いが心底おかしいとでもいうように。

「何を言っているのか」
「……?」

 満足気な笑みと共に、ランサーの身体が光の粒子となって融けていく。
 月明かりすら差さぬ深夜の森。その中で、闇に抗うよう光と共に消えていくドラキュラ。
 その神々しさに、吸血鬼などという安い侮蔑が、一体どれほどの意味を持つだろう?

「私の願いは汝が叶えた。我を英雄と信じてくれたではないか」
「……そんなことで満足するのか? その身を縛る無責任な血痕を、拭わなくて良いのか?」
「構わぬ、我が信仰はもはや何者にも穢されぬ」
「けどそれは、この召喚だけの話だ!」

 俺の抗議にも、もはや彼は耳を貸さない。光が強くなり、もはや手足の末端は消えている。
 待て、行くな。まだ行くな。俺は貴方に、まだ何の感謝も伝え切れていない。

「……それに俺は、こんな結末の為に戦ってきた訳じゃない」

 命を削り、魔力に変換する。手足の末端から体温が消えていく。
 構わない。令呪を失っていても、パスが完全に切れている訳じゃない。
 聖杯を受け取るまで持てば、それで願いを叶えて――。

「止さぬか!」

 パスから流れる魔力に、意図を察したのか。
 生きてくれと願った俺を、ランサーの怒声が一喝した。

「だが、これじゃ貴方は救われない!」
「これで良い。いや、こうでなければならぬのだ。我らの離別に……女子供の夢物語は、いらぬ」

 その言葉に、俺はハッと顔を上げた。
 我が妻としか俺を呼ばなかったランサーが、今それを否定する。

「男の別れとは、こうでなければならぬ」
「……そうか」

 理由は分からない。
 死の間際ゆえに、スキルがもはや意味が成さないのか。彼の精神に何らかの変化が訪れたのか。
 考察に意味はない。俺が告げた通り、このランサーは今回だけのもの。聖杯を得ずに消えれば、座の本体に変化はない。
 その無常を想い、けれど俺は、歯を喰いしばって頷いた。
 聖杯を望んで召喚されたサーヴァントが、こうまでして英霊の矜持を貫こうとしている。
 なのにマスターがその尊さを認めないでどうする。その気高さを穢して何とする……!

「――男はこういう時、しゃんとしてるもんだよな?」
「うむ」

 美しいモノに会った。美しい日々を歩んだ。それは、例え世界に残らずとも、俺の中で輝き続ける。
 その輝きは、聖杯などでは決して叶わぬ奇跡。――聖杯などで、叶えてはならない奇跡。
 だから俺は受け入れた。最後に、一言告げる。

「ありがとうランサー……貴方を喚んで良かった」
「嗚呼、我も嬉しかったぞ。――ハジメ、汝に喚ばれて良かった」

 笑顔で告げると同時に、一際光り輝く黄金の光。
 淡い光すら晴れた時、そこにはもはや誰もいない。

「ありが、とう」

 涙が零れる。
 すまないランサー、俺はやはり男らしくないらしい。

「何をしているのです」

 拳を握り俯く俺の肩を、全てを見届けたルヴィアが叩く。

「涙を零すなとは言いません。せめて、胸を張りなさいな」
「ああ、そうだな。分かってる……分かってるんだ」

 けれど少し、あと少しだけこのままで。
 俺が最後まで信じ続けた夢の残光を、あと少しだけ――この瞼に焼きつけていたかった。



 * * *


 そうして、俺の聖杯戦争は終結した。


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