七代目リプレイ2


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――二日目、朝 自宅――



 体調は悪くない。
 昨日は魔術を行使したと言っても、小規模のもの。
 それに、もともと強化の魔術は私の得意とするところ。負担は皆無。

 それでも、寝覚めは良くはなかった。


「随分と遅いのだな」

 これでも一応は女だ。

 自分の召喚した英霊だと、頭では理解している。
 それでも起き抜けに自分の部屋に男がいるという状況は、あまり心落ち着くものじゃない。
 暴漢に襲われる心配はしていないし、返り討ちにする自信だってあるけれど、これはそういうのとはまた別のものだ。

「…窓の外を見ていたの?」
 出来るだけ心模様を声に乗せず、淡々と尋ねる。
 それでもアサシンは、お見通しだとでもいうように、此方を見て意地の悪い笑みを浮かべた。
「少し前までは、マスターの寝顔を見ていたさ」
「…趣味、悪」

 いやはや昨日の冷血無比っぷりが嘘のようだ無垢つけき表情やはり魔術師といえども愛でるべき花には相違ない、云々。

 ここぞとばかりに饒舌になるサーヴァント。
 悪いけど、こちらは昨日四六時中話しかけられて、軽口にも慣れてしまった。
 その程度にいちいち反応していては、こっちの身が持たない。

 馬鹿にする調子の口説き文句を聞き流して、カーテンを開ける。
 反応しないのが気に入らないのか、アサシンは眉を八の字に下げて肩を竦めた。

「日の出から、既に三刻ほど経過している。些か寝坊気味だな」
「…現代では、これが普通。むしろ私は健全な方よ」
「日の出とともに目覚める、というのが普通の暮らしだと思っていたのだが」
「昔とは時間の流れが違うからね」


 指を鳴らして合図、アサシンを霊化させた。

 女の身で男の英霊を呼ぶのには、些か問題が伴う。
 とはいっても実用に際したものじゃないし、遠坂凛辺りならまるで気にしなさそうだけど。
 もちろん霊化した所で向こうには見えているし、そもそも向こうだって自分の主人に手を出したりはしないだろう、けど。
 それでも同じ空間に男がいるというだけで、精神的に感じるものは大きく違う。

 前触れも無しに霊化させられたアサシンが、恨み言のようにボソリと洩らした。

(…なんと、風情が無い)
「それは現代人の生活に対して言ったのよね?」

 アサシンの姿が消えていることを確認して、寝巻きを脱ぎ捨てる。
 今日も平日、学校に足を運ばなければ。



――二日目、朝 学校――



 登校がてら、現段階で得た情報を整理する。

 昨日の時点で判明した二枠分のサーヴァント、それに一人のマスター。
 予想も期待も信頼もしていなかったような奴に、まんまと裏切られたような形だったけれど。
 ああ、でも、それだけでも腹が立つ。

 …いや、話がずれてしまった。
 不安要素の御三家。三人いる穂群原学園の在校生のうち、誰一人情報が確定していない。
 だからこそ今日もこうして、少しでも情報が得られればと足繁く学校に通うワケだ。


「…よう、おはよう」

 教室に入るなり、衛宮士郎を睨み据える。

 目が合ったというだけで、特に親しくもないのに挨拶を交わす。
 この人畜無害な化けの皮で、どれだけの人が騙されてきたのだろうか。

(近くに昨日のサーヴァントは居らぬな)
 霊化したアサシンが、此方の意を組んで伝えてくる。
(不用心なマスターだ。昼間とはいえ、護衛も付けずにのこのこと)

 いや、油断は出来ない。
 どこか別の場所で待機させている可能性もある。
 これまで魔術師であることを隠して、周囲を欺き続けてきた狡猾な男だ。

「……?」
 私の視線に、衛宮は首を傾げる。
 まさか、ただ睨まれていると思っているワケじゃないだろう。
 こちとら、一応ながらも正規の手続きを経てこの地に定住する魔術師だ。
 知っていて惚けているのなら、とんだ役者。知らないのなら、大した魔術師ではないということ。


 私は挨拶を返さずに、そのまま自分の席へと足を運んだ。

 と、

「よお、文月」
「……」

 粘っこい声で、後ろから声を掛けられる。

「随分衛宮と見つめあってたじゃん」
「…おはよう、間桐君」

 ややパーマがかった青髪の気障な男子が、まとわりつくようにして話しかけてくる。
 昨日は休んでいた間桐慎二、今日は登校していたのか。

 今は絶えた魔術の家系、間桐の嫡男にあたるらしい。
 魔術回路を持たないため、マスターになる可能性はほとんどない。
 それでも油断は禁物。相手は間桐、聖杯戦争を作りあげた家系の一つ。
 魔術師としての知識があるというだけでも、少なくともその他一般人よりは注意を払う相手だ。

 が、

 それはあくまで、聖杯戦争での排除すべき相手として。


「何の取り柄もないアイツと、お前みたいなガサツな女で、まさかとは思うけど…出来てんの?」

 衛宮士郎が憎むべき偽善者なのであれば、間桐慎二はただの小物。
 正直、興味が無い。嘲笑されて少しも心が荒まないのも、ひとえにそれに尽きる。
 会話をシャットアウトして、一限の準備を進めた。
 他のクラスの女子が、どうしてこんなのにキャーキャーと嬌声を上げているのかわからない。

「…チ、なんだよ、つまんねぇ」
 この手合いは無視して相手にしないのが一番だ。
 間桐慎二は一言二言暴言を吐いて、いつもの仲間の所に戻っていった。



――二日目、昼 学校――



 弁当を片手に、女子トイレに向かう。
 あまり使われていない、特殊教室等のトイレだ。

 屋上には、昨日と変わらず遠坂凛が陣取っていた。
 何かの嫌がらせだろうか。

 一度弁当箱を抱えて教室を出てしまったため、再び戻っていくというのも居心地が悪い。
 かといって、余計な人目のない場所なんて、この穂群原学園にはほとんど存在しない。
 そういうわけで、

 文月夏奈、十七歳。男の幽霊と一緒に、女子トイレで昼飯。

 泣きたい。


 別に、便所飯に抵抗がある方ではない。
 むしろ一人に慣れる落ち付ける空間としては好きな方だ、だけど。
 トイレなんてそもそも食事を取るために作られた空間じゃない。
 ああ、私にもっと、独りで食事をする空間を見つけられるほどの慧眼があれば。

 そう嘆きながら女子トイレの扉を引いて、

 洗面台で談笑していたらしきグループが、鏡越しに映った私の方を一斉に見た。


「……」
「……」

 沈黙する双方。
 女子のグループは、おそらくあまり素行の良い方ではないのだろう、化粧の途中だったようだ。
 金髪、ピアス穴、付け爪。その他にも私の知らないような薬瓶が、洗面台に所狭しと並べられている。

 その瞳が私を見て、それから手に抱えているパンの袋を見た。

 こっちが退く道理はない。
 私は黙って、洋式の便座のある個室に入り、鍵をかけた。


 途端に、扉の向こうから忍び笑いが聞こえる。


「ね、アレ、今のって二年の文月?…ww」
「便所飯とかwwwボッチwww」
「ちょ、聞こえるって…ww」


 いや、何も聞こえない。

 聞こえないし、だから悔しくも、辛くもない。全然、これっぽっちも。


(…不憫な)
(うるさい)

 冬木の町は、狭い。
 高校に進学すれば、クラスに一人は見知った顔に出会う。
 同じ中学に通っていた生徒から、噂なんて簡単に広まる。

 学生なんて、根拠も無しに遊び半分で、悪意という名の尾鰭を付ける。


 文月夏奈は中学生の頃、上級生から拷問紛いの虐めを受けていた。
 ある日突然ブチ切れて、復讐に目覚める。
 無差別に人間を殴り倒し、学級閉鎖が起こるほどまでに入院者を出した。
 卒業してからお礼参りに来た上級生たちも、全員返り討ち。社会復帰が困難になるほどのダメージを受けた人間もいる。
 だから、あの女は人の皮を被った鬼だ。

 これが、穂群原学園で噂されている『文月夏奈』の物語。

 本物の私がどうだとか、本当は何があったとか、誰も気にしない。
 こうあってほしい、そうだったに違いない。
 よりドラマチックに、コミカルに、悲劇的に、物語は脚色されていく。
 私自身じゃなく、私の皮を被った悲劇のヒロインにして復讐に燃える悪鬼、その創作話のタイトルこそが『文月夏奈』。

 その話の主人公の気持ちなんて、考えもしないで。
 今も昔も、人間なんてそういう無責任な生き物だ。


(…ごめん、アサシン)

 悔しくなどない。そんなことを考えるような心を、『文月夏奈』は持ち合わせていない。
 目を見開いたまま、私は彼に詫びた。

(英霊の貴方には、女子トイレに閉じ込められるなんて、屈辱の極みかもしれないけど、)
(何、私の時代では公衆の厠は男女共同だった。この程度、瑣末の極みだ)

 いつも通りの飄々とした口調で、アサシンは笑う。

(いつになくしおらしいな、マスター。露に濡れた花も、それはそれで美しいが)
(……貴方の軽口は、いつも通りね)


 気を遣われた方が辛い。同情や憐みが痛い時だってある。
 アサシンは、それをよくわかってくれている。

 昨日の戦闘観戦中といい、彼には支えられっぱなしだ。


 もう少し、ここにいよう。



――二日目、放課後 商店街――



 吐きだすと、すっきりする。

 溜めこんでいた不平不満、忍んでいた涙、はては飲みすぎた後の嘔吐まで、それは同じ。
 何より弱みを見せたことで、少しだけ楽になった気がした。
 気持ちの切り替えは昔から早い方だったけれど、これで聖杯戦争にも身が入るというものだ。


「兵糧が必要ね」

 兵糧、つまりは食糧。付け加えるなら、それに準ずる日用品。
 いざ長期戦になった時のことを考えて、早い段階で揃えておくべきだろう。

(…立ち直ったか。つまらん)
 落ち込んでいるところを励ましたかと思えば、立ち直ったことを嘆く。
 このサーヴァント、ホントなんなんだ。


 下校がてら、マウント深山商店街に足を運ぶ。
 冗談みたいな名前の割に仕入れは普通で、学校帰りによく学生が立ち寄ったりもするとか。
 食材を大量に仕入れるなら、私もここを活用するべきだろう。

 とはいっても、自炊の経験はあまりない。つまり料理方法の難しい食材は選べない。
 簡単に調理出来て、尚且つ保存の利く、それでいて栄養価の高いものが良い。

 夜になれば、この通りとて戦場と化す。
 日のあるうちに、拠点に戻らなければ。

 と、霊体化したアサシンを連れて食料品店を冷やかしていた、その時だった。


「…だから、江戸前屋は今日はダメだって!」


 戦争の気配など微塵も感じさせない、日常の象徴のような声と言葉。
 だからこそ、私は怖気立った。
 例えて言うなら、戦場の中に平然と立つ聖人君子を見たような、そんな気持ち悪さ。

 あいつ、こんな場所で何をして…?


「何故だ!? 皇帝である余が、食べたいと申しておるのだぞ!」

 聞こえると同時に、その方向から身を隠した。
 顔を見ずとも、声の主はわかる。なにせ、昨日嫌というほど聞いた声。

 七軒ほど先の店に、衛宮士郎と――


(…アサシン)
(何だ)
(あの左のは…昨日のセイバーよね?)

 豪華絢爛の赤のドレス、じゃない。
 現代風の洋服に身を窶した、金髪の少女がそこにいた。
 聖杯戦争の知識が無ければ、いや、昨日の戦闘を見ていなければ、見逃していたかもしれない。
 商店街の道行く人々も、日本語の流暢な外国人として見ているようだ。

(ふむ、なるほどな。ああしてこの時代の衣服を身につければ、好きに出歩ける訳か)
(断じて許さないからね)

 それにしても、サーヴァントを実体化させて街を歩くなんて、何を考えているのか。
 教会からマスターの権限を剥奪されても文句は言えない行為だ。

 けれど、この偶然は好奇。
 向こうはまだ、私たちに気が付いていない。
 それどころか衛宮士郎は、私がマスターであることすら知らない。

 倒すなら、今。


 アサシンを霊体化させたまま、物陰から飛び出す。
 息を切らし、何かに追われているように後ろを振り返りつつ、足をもつれさせて走る。

「…あれ、文月?」

 釣れた。
 衛宮の顔を確認し、躊躇する素振りを見せてから、耳元に口を寄せる。

「助けて…!」
 可能な限りの悲痛な声。
 演技力に自身は無かったけれど、それだけで彼の顔色が変わった。
 相手のサーヴァントに気取られる前に、そのまま路地裏へと走り去る。

「あ、おい! 文月!?」
「ん? どうしたのだ、奏者よ」
 後ろで走り出した二人分の足音を聞き、成功を確信する。

 向かう先は港前の倉庫群。
 あそこなら人の目はほとんどなく、日が沈むのを待たずとも戦闘が可能だ。
 脚力強化の魔術をかけて、グンと引き離す。


「…やはりお主は風情に欠けるな」
「うるさい。勝ち方にこだわっているほど、余裕はないのよ」

 騙し討ちに待ち伏せ。褒められた策ではない。
 けれども、これも兵法。暗殺者の英霊にとっては真骨頂のはずだ。
 不服そうにしていたアサシンも、太刀の鞘を払った。

 ただでさえ、相手は最優のサーヴァントとされるセイバーを引き当てている。
 …昨日の戦闘では、こちらの不安要素は微塵も感じられなかったけれど。

 それに、あの偽善者が相手ならば、躊躇なく拳を振るうことが出来る。


 魔力を重ねて掛け、拳を強化。弓をしならせるようにして、利き腕を引く。
 足幅を大きく構えたスタンスは、一撃を穿つためだけに特化したもの。格闘技のような理に敵った戦闘姿勢からは遠いものだ。

 腕を引いて、溜めて、溜めて、溜める。
 この体は、拳という弾を打ちだすための強弓。

 目を閉じて、耳だけを澄ます。
 曲がり角の奥から近づいてくる足音で、リズムを取る。
 たん、たん、たん、たん。
 徐々に近づいてくる気配。直線で横切ってくるものにカウンターを合わせるなど容易いこと。


「おい、文つ――」

 ――今!!


 放つ、拳の弾丸。
 風の唸る音とともに、現れた二人分の人影。
 予想外の事態に数瞬遅れる反応。庇うように差し出された腕。

 それでもダメージなど度外視して、腕の上から拳を叩きつけた。


「が――はッ!!」
「きゃあっ!」
 一歩分後ろを走っていたセイバーごと、体を吹き飛ばす。
 吹き飛んだ体はアクション映画のように宙を舞い、向かいのコンテナに叩きつけられた。

「……流石に、一撃では無理か」

 手応えが、想定していたものよりも軽い。
 殴られる寸前、走っていたせいで衛宮の体は浮いていた。衝撃を分散させてしまったのだ。
 加えてあのセイバーが、コンテナに叩きつけられる瞬間に自らをクッションにして、マスターの体を支えていた。

 意識ぐらいは奪えると思っていたのだけど。


「…なん、で…」
「ええい、何事だ、奏者よ!」
 迅速に立ちあがったセイバーとは対照的に、衛宮は膝を屈している。
 どのみち、半人前のマスターだ。
 意識があったところで、此方の邪魔をすることなど出来ないだろう。

「…わざわざ助けに来てくれてありがとう、衛宮君」
「っ…文月、お前…」
「聖杯戦争のマスターよ。貴方と同じ、ね」

 腕の令呪を示すと、彼の目にもようやく炎が灯った。
 騙されて殴られたのに、ここでようやくか。随分鈍い男。

 それにしても、まるで此方が悪者とでも言いたげな、その目は何だ。
 気に食わない。


「アサシン、二人掛かりでセイバーを狙うわ」
「御意のままに」

 自然体のまま、抜き身の刀の剣先を揺らめかせるアサシン。
 牽制の左拳を前にして、斜に構える私。
 左右から挟みこまれる形となって、セイバーは眉をしかめる。
 昨日のように離脱する隙なんて、与えてなどやらない。

「セイバー…!」
「何、心配するな」

 それでも優雅さを損なわないその気位は、流石といったところか。
 虚空から大剣を取り出して、それを構える。

 剣先が向くのは、最も背を向けてはならない暗殺者の英霊。必然、その背中は私に向ける形となる。

 まあ、常道だろう。

 注意を払うべきは魔術の行使に時間のかかる魔術師よりも、一撃で命を奪う攻撃力を持つ英霊の方だ。
 アサシンというクラスを相手にするならば、それは尚更。
 私が彼女の立場でも同じ選択をした、けれど。


 たかがマスターと、ナメられたものだ。



「――『前進を許さず』(ノックバック、オン)」

 魔術刻印を持たない私は、規模の大きな魔術を実戦で使うことが出来ない。
 詠唱は最小限。

 だから、その対価として一瞬だけ意識を手放す。
 この身体の奥底に眠る、私自身の異常に触れるため。

 脳髄から両腕に向けて走るのは、数本の特殊な魔術回路。
 脈打つ灼熱のような魔力を、そこに流し込む。ドクン、ドクン、ドクン、と、鼓動に重ねて三度。
 滾る神経は、蒸気機関。熱を徐々に掌の中へと押し上げていく。

 魔力に魔力を重ね、歪ませた空間を更に魔力で覆い、掌握。

 これは、力の濃縮。
 握りしめた拳は紫電の光を走らせて、この世にあらざるモノと化す。

 生身にて概念武装の域に辿り着く、神秘を宿した両の拳。



「なん、っ…!?」

 傍観する衛宮士郎、振り返ったセイバー、そしてアサシンですらも、息をのむ。
 濃く深く凝縮された魔力は、魔術を知るものならば目で見るだけでその異常を感じられるほど。
 魔の字も知らなかった我が家から、偶発的に生まれたこの異常体のみが宿す神秘。

 邁進する相手の歩を、圧倒的な火力で以て干渉し、力尽くで退き下がらせる。
 『前進を許さず』。
 それは、文月夏奈の起源の体現に他ならない。


 ――さあ、退け


「…行きます」

 踏み込む。

 足に施した強化は有効、わずか二歩で敵との距離を詰める。
 回避不可能と判断したか、大剣の刃を盾に身構えるセイバー。

 しかし、

「ぐっ、うぁっ!!」

 ガドン、と、音が咆える。
 それは殴打の域を超えた攻撃、むしろ衝突と呼ぶ方が相応しい。
 単純な腕力ではなく、接触の際に弾ける圧倒的な量の魔力。

 ワンツーの要領で拳を放てば、打ち負けたセイバーが衝撃を殺せずに後ずさった。
 ただの二撃で、開いた距離は三間半。


「…サーヴァント要らずだな」
「仕事しなさい、魔力泥棒」

 やれやれ、と、体勢を崩したセイバーの背後から、すかさずアサシンが切りかかる。

 長身痩躯、優雅に振りあげられた大上段が、これほど似合う武士もいないだろう。
 ヒュ、と、風を切る。
 音もなく振り下ろされる長刀。だが、寸でのところで防がれる。

 更にカバーを入れるように、私がセイバーの死角へ。大剣を翳せば、その隙に今度はアサシンが背後に回る。
 即席ながら前衛同士、なかなかの相性。
 二人を相手に、雲行きを怪しくしたセイバーが距離を取った。


「くっ…二対一、分が悪いか」

 零しながらも、セイバーは剣を構える姿勢を崩さない。
 私からは大きく距離を取り、アサシンとの撃ち合いに喰らい付き、それでも自分のマスターからは意識を逸らさない。

 アーチャー戦でも感じたが、彼女は護身が上手い。
 二人掛かりといえど、守りに回った彼女を打ち崩すのは容易ではないだろう。

 どうにも攻めあぐねていた印象が強いせいか、強力な英霊ではないだろうと判断していた。
 その油断を、拭い去る。
 彼女は昨日とて、あてもなく防御を重ねるだけの消耗戦に甘んじていたわけではない。

 優勢だからと油断してはいけない。
 まだ一度も、彼女は自分の手の内を晒していないのだから。
 あるいは両刃の剣になりえるような強力すぎる宝具か、特定の条件下でのみ使用できるスキルか。
 何にせよサーヴァントである以上は、切り札を隠しているはずだ。

 隠しているのなら、使わせる前に仕留めるだけのこと。


「…アサシン。アレを使用しよう」
「心得た。一芸、披露仕る」

 この両拳によって、セイバーは私にも注意を払わねばならない。
 今や、どちらか片方に背を向けるなど、彼女にとっては愚行に等しい。

 私とアサシンは対等、だからこそ。
 摺り足で後ずさるアサシンを見て、彼女がそちらに攻め込むのは妥当な判断だった。

 セイバーは大剣を構えなおす。
 おそらく、これを好機と読んだのだろう。不動のアサシンに向け、振りかぶる。

「やぁあっ!!」

 正面からの突進、大ぶりもいいところだ。
 予想通り、攻め慣れてはいない。
 攻めに転じている姿勢が一番無防備だとは、どこの勝負の世界でも常識。


 剣一振りに生死を賭ける時代に生きた武士が、その隙を見逃す道理はない。


「――秘剣」

 柄を隠すように背を向け、構えは穿刺。
 特定の型を持たないはずのアサシンの剣術が、初めて構えを見せる。

 それは佐々木小次郎を英霊たらしめる、必殺の対人魔剣。
 魔術師ならざる身にして魔法に辿り着いた、彼のみが為し得る剣技。


 最初話を聞いた時、私も開いた口が塞がらなかった。
 彼――佐々木小次郎は宝具を持たない。
 それだけでもサーヴァントとしては悪い意味では規格外だったが、

『ああ、宝具は持たぬ――が、魔法の剣はあるさ』

 けっして、比喩ではない。

 始まりは、暇つぶし。
 飛ぶ燕を切り落とそうとして、ことごとく避けられ、躍起になった剣士がいた。
 あろうことか、彼はその一撃を馬鹿みたいに磨き続け、やがて答えを得る。

 一度に一つの斬撃しか放てぬから、燕雀如きに避けられるのだ、と。

 多重次元屈折現象。
 宝石翁の異名を取る、現存する魔法使いが至った第二魔法の極地に、彼もまた別の道から辿り着いた。


「燕返し」


「あ――なっ…!?」

 三つの剣閃が、覆うようにセイバーに襲いかかる。
 立ち止まって、咄嗟に足を引くも、尚遅い。

 どれほど守りに長けていようが、防げる道理はない。

 神速さえ越えた、同時の斬撃。


 一瞬の決着。
 断末魔を上げる暇すらないほどに、突然の終焉。

 分身した刃は、為す術のないセイバーの体を、赤く切り裂いていた。


「……セイ、バー…?」

 勝負は決した。
 セイバーは剣を取り落とし、崩れ落ちる。

 信じられない、信じたくない。まだ消えたくなかった。
 彼女の瞳は、そう言っていた。
 声に出さなかったのは、英霊としてのせめてもの矜持だろう。

「……すまない、シロウ…そなたは、」
「セイバー…!」
 消えてゆく体。
 現界も不可能となった彼女、その体を構成していた魔力が、聖杯に帰っていく。
 最後に何かを告げかけて、その別れの言葉すらも許さずに。


 響いた慟哭は、衛宮士郎のものだった。

 二人の間には信頼が、絆があったのだろう。それが絶望で断ち切られる瞬間。見るだに辛い。
 けれど、手を下したのは私だ。同情する権利なんてない。

 私はあくまで、勝者として奮わねばならない。


「なんで、お前が…」
 吹き飛ばされた場所から一歩も動かず、士郎は膝をついていた。
 刀を納めずに待機するアサシン。
 額に汗を浮かばせる衛宮士郎。

 さすがに、相方ではなく自身の死を気遣わねばならない状況と気付いたようだ。
 自分の状況をよく理解させて、そこで初めて私は魔術を解いた。
 ふ、と軽くなる両の拳。
 アサシンも倣い、刀を鞘に納める。

「…教会で、保護して貰うといいわ」
 今回の戦闘で確信した。
 衛宮士郎は、魔術師としては未熟者でしかない。
「貴方の残りの令呪を、聖杯戦争の参加権限を…殺してでも欲しがる輩はいるから」

 勝者として、敗者への最低限の提言。
 これ以上は言うこともない。彼を助ける道理も。
 まだ何かを言いたそうな瞳に背を向けて、私はその場を立ち去った。


「…よかったのか」

 生かしておいても、ということだろう。
 令呪を以て聖杯戦争の参加を認められたマスターは、サーヴァントを失ったからと言って権利まで失う訳じゃない。
 機会さえあれば、他のサーヴァントと契約を結び、いつでも戦争に戻って来られるのだ。

 戦闘の後とは思えないほどに、アサシンは落ち着いていた。
 切った切られたが当然のように横行していた時代の人間だ、騒ぐことでもないのだろう。

「…死体の処理は面倒なのよ。管理人を頼れない今は、余計に」
「随分とあの少年に執心しているように見えたが、私の気のせいだったか」
「やめて。考えるだけで怖気がする」


 水平線の向こうに太陽が沈み、どんどん深くなる空の群青。
 夜が来る。

 正真正銘、殺し合いのための時間。

 勝負が一瞬だった上に、アサシンの特性ゆえ、今日は魔力をほとんど消費していない。
 一度拠点に戻り、そのまま冬木市を探索に出かけようか。
 運がよければ、昨日の夜のように他のサーヴァントの情報を得られるかもしれない。
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