七代目リプレイ4


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――三日目、朝 自宅――



「ん、ぅ……」
 目が覚めると同時に、倦怠感を覚える。
 腕は軽い筋肉痛だった。けれど、肉体よりも精神の疲労の方が大きい。
 このまま意識を温かいベッドに静めてしまいたい。

「…目覚めたか。随分とゆっくりしているな、当代の人間は」

 目を開いて、顔だけを動かす。
 アサシンは相変わらず、窓の外を見つめていた。
 此方を見たわけでもないのに、私が起きたのに気づいたらしい。

「時に、昨日のバーサーカーだが」
「……二度と相手したくない」

 言い放って、私は頭ごと布団に潜り込む。

 遠坂の説教も当然だった。人間が身一つで英霊に立ち向かうだなんて、馬鹿のすることだ。
 まあ、そうは言っても結局私にはこれしかないのだから、繰り返すだけなのだけれど。

 アサシンは、人の悪そうな笑みを浮かべている。

「げに凄まじきもののふであった。願わくばもう一度手合わせをだな…」
「…貴方のせいで、私の中の武士像が著しく揺らぎつつあるわ」
「いやいや、この身は元は百姓だ。剣を握ったのは、戯れの内よ」
「……なんでそのまま畑を耕しておかなかったのよ」
「当方より強き者との死合うこと。男子として生を受けて、それ以上の望みなどないだろう」
「貴方、本当にアサシン?」

 くつくつと笑うサーヴァント、相変わらずどこまでが本気かはわからない。

 溜息を呑みこんで、体を無理矢理に起こした。
 今日も今日とて学校に向かわなければ。



――三日目、朝 学校――



「えーと、突然ですが間桐慎二君は、今日付けで海外の学校へ転校することに…」

 担任の藤村が言い終える前に、クラスはどよめきだした。

 遠坂凛、間桐慎二、衛宮士郎。
 判明しているだけでも三人のマスターがの情報が入る学園、念のために登校しておいてよかった。

 おそらく慎二は、二度と顔を見せることはないだろう。

 まあ、その見せる顔を、他でもない私がぐちゃぐちゃにしたワケだけれど。
 昨日の手応えでは、少なくとも顎の骨は完全にもらったはずだ。
 顔というのは案外衝撃を分散させやすい構造をしていて、脳が奥にあるということを除けば生命の危険は意外と少ない。
 命までは奪わないと確約したから、狙った部位だ。


 騒ぐクラスに、もっと騒ぐ教師。体を失ったホームルーム。
 突然の旧友との別れを嘆くのもいれば、何かやらかしたんだと勘繰る下衆もいる。クラスメイトの反応はそれぞれだ。

 魔術師同士の決闘で負った傷を、おいそれと外部に悟られるわけにもいかない。
 故に、海外留学などと嘘をついたのだろう。

 この教室の中でそれに気づくものがあるとすれば、私と、

「……」
 好き好きに騒ぐクラスメイト達を他所に、衛宮士郎はじっと私を睨んでいた。

 ここにいるということは、教会に保護を申し出なかったということ。
 そういう人間なのか、と自分の中で結論づける。

 仮にその目が私への復讐の炎を宿していたとしても、いつも通りに迎え撃つだけだ。



――三日目、昼 学校――



(今日は珍しく、厠には籠らぬのか)

 霊体化のまま令呪も消費せず、失礼なサーヴァントを懲らしめる方法ってないだろうか。
 殴り飛ばしたい衝動を必死に堪え、隣のクラスに顔を出した。

 隣、つまり遠坂凛のクラス。
 自分から苦手な相手に会いに行くなんて酔狂だけど、一応は『バーサーカーを倒すまで』の同盟だ。
 間桐慎二のその後や、セイバーのマスターだった衛宮士郎についてなど、話すべきことはそれなりにある。

 別に、彼女のその後を心配しているワケじゃない。
 万が一にもあの優等生が逃げ遅れたなんてことはないだろうし。
 正直、何故こちらから出向いてやらなければいけないのか、不満が募るところではあるけれど。
 向こうからは来ないだろうし、これも仕方がない。


 窓から覗くと、クラスの中心で机を並べ、級友と昼食を取っている遠坂が見える。
 相変わらずの優美な笑顔。
 昨日私に説教して見せた鬼のような顔は、面影すらない。

(…どうするのだ?)

 さて、どうしよう。

 こういう時、どうするのが一番正しい対応なのだろう。
 直接クラスに入って名前を呼ぶ、は、やや不躾な気がしないでもない。
 他のクラスメイトを呼びとめ、彼女を連れだしてもらおうか。
 けれどそれでは、遠坂の友人たちに悪い。

 自分から昼食を誘ったことなんてないから、勝手がわからない。


 せめて、と、苦し紛れに視線を送る。
 流石に魔術師、数秒見つめていれば、すぐに此方の視線に気づいた。

「……」

 視線が交錯すること、一秒ほど。

 これが精一杯だ。
 通じてくれていることを祈るしかない。

 逃げ出すように、屋上へと走り抜けた。



――三日目、昼 十分後――



 珍しく、屋上にはいくつかのグループがあった。
 昼食を取る者や、携帯ゲームで遊ぶ者、様々だけれど、独りでいるのは私だけだ。

 購買で買ったパンと牛乳をベンチに並べ、遠坂を待つ。

(結局、独りか)
(うるさい。遠坂が来るわよ…たぶん)

 念話でアサシンに返す声すらも、若干裏返る。
 まあ、有り体に言えば、私は緊張している。

 だって、家族以外の人間と昼食をともにするだなんて、初めてで。
 いや、まだ遠坂が来ると決まったわけじゃないけど、その。

 もし、本当に遠坂が来たらどうしよう。

 いや、そりゃ、敵対する魔術師同士がする会話なんて限られているけど。
 こういうのって、誘った側の礼儀というか、私は先に自分の分のパンを食べてしまっても大丈夫なのだろうか。
 彼女が来るのを待つのが正しいんじゃないだろうか。

 牛乳だけだったら大丈夫だろうか。



――三日目、昼 二十分後――



 そういえば顔を出した時、彼女は級友と談笑していた。

 それならば、少しくらい遅れるのは当然だろう。
 私が彼女を誘った(?)のは後出しなんだし、遅いだの何だのとごねる権利はない、うん。

 そもそも此処に来る義理なんて、遠坂にはないのだ。
 あくまで同盟は聖杯戦争の中だけでのものだ、そう解釈するなら学校では他人も同然。
 いや、むしろいずれ敵対するマスターとして、警戒するのが当たり前だ。
 私が遠坂の立場でも、ほいほいとついていく気にはならないし。

 だから、どうせ来ないだろうけど、念のためもうちょっとだけ待ってみよう。


 袋を開き、購買で買ったサンドイッチをもそもそと食む。
 どうせもう二人でゆっくり食べている暇なんてない。
 というか遠坂もきっと、あの談笑していた学友たちと食事を取ったのだろう。

 いつも通りの独りの昼飯のはずなのに、なぜかいつもよりも味気ない。



――三日目、昼 三十分後――



 先に昼食を食べたのは、失策だった。

 他のグループからの視線が痛い。
 何であの人食べ終わったのに独りで此処にいるんだろう、的な。
 他愛ないはずの談笑も、ヒソヒソと私の方を向いて話しているようにも思えてしまう。

 隣にいるアサシンが、息を殺して笑っている。

 駄目だ、落ち付け。
 ここで何もない所に拳を振るっても、周囲からの視線がますます厳しくなるだけだ。


 もうこの時間になって、絶対遠坂は来ないだろうけれど。
 もしも来たら、恨み言の一つや二つは許してほしい。



――三日目、昼 四十分後――



 昼休みの終わりを告げる予鈴が、虚しく響く。
 屋上に残されているのは、私一人。
 アサシンは退屈そうに欠伸を噛み殺している。

 遠坂は、来なかった。


 いやいや、わかっていたこと。
 休戦協定は、あの場限りのものだった。
 あの状況でなければあり得ないものだったんだ。

 遠坂にしてみれば、アサシンのクラスを持つ私と同盟を続けても、何のメリットもない。
 そういうことだろう。

「…ふ、ふふふ、」

 そう、彼女がそのつもりなら、こっちだって同盟なんか願い下げだ。

(……逆恨みは止せ、マスター)
「え? 何よ、何のこと?」

 満面の笑みで、アサシンがいるであろう方向に令呪をチラつかせる。
 と、音まで聞こえてきそうなほどに、アサシンの気配が強張った。

 なるほど、これは良い手だ。
 令呪を使って脅せば、ある程度はこの憎たらしいサーヴァントも大人しくなる。
 それがわかっただけでも、収穫はあったじゃないか。
 無理矢理に自分を納得させて、私は教室に戻った。


 後日談だが、アサシンは令呪を使われることよりも何よりも、ただ私の満面の笑みが薄気味悪かったそうだ。

 失礼な。



――三日目、放課後 郊外の森――



 自分たちを除き、既に四体のサーヴァントを確認した。
 うち二体とは殺し合い、一体を葬った。
 聖杯戦争は、本格的に動き出している。

 自分から動かなければ、進展は望めない。
 何よりも、じっとしているのは性に合わない。
 一応ながら同盟を結んだ遠坂とも、気を遣う必要が無い相手だとわかったことだし。

 向かうは、郊外の森。


(化生の類でも潜んでいそうだな)

 日は沈んでいないのに、夜よりも暗い森。前後不覚に陥りそうなほど、変わらない景色が続く。

 離脱が容易で、遮蔽物は多分。
 いざ戦闘になった時、アサシンのスキルが存分に発揮できる場所だ。
 森の中は、これ以上に無い絶好の土俵。

 それでも、揚々と足を踏み入れるのは躊躇われた。


 見えない、けれど確かにそこにあると知覚出来る、透明な膜のようなもの。
 森の空ごと覆うように張られた結界。かなり大規模なものだ。

 この奥に、魔術師がいる。

 うっすらと聞こえる剣劇の音は、アサシンも気が付いているのだろう。
 交戦を繰り広げているのは、果たして結界の主か、それとも別の魔術師だろうか。
 触れるように意識を伸ばして、結界の性質を探る。
 造詣は深くはないが、直接的な害が感じられないことだけはわかった。せいぜいが人払いの類だろう。

(虎穴に入らぬ道理はないぞ、マスター)
「…ええ、行きましょう」

 すでにやる気のアサシンに応じて、結界の中に足を踏み入れる。



 パキ、と、足元で折れる小枝の感触が、音が、酷く耳に障る。

 響く剣撃、爆ぜる咆哮。
 近づくたびに大きくなる戦の音に、意図せずとも息を殺してしまう。

 サーヴァント同士の戦闘だとは、見るだにわかる。


「――■■■■■ッッ!!」

 この咆哮を、忘れはしない。
 生まれて初めて絶対的な『死』を覚悟させた、あの英霊のものだ。

 体が竦む。全身の皮膚が泡立つ。
 大地を揺らすような咆哮は、鯨が遠吠えでもしたのかというほどの。


 しかし、その遠吠えにもどこか違和感を感じる。
 激昂、焦り、如何ともつかないが、昨日聞いたものよりも幾分か激しい。
 大樹に身を隠して盗み見れば、

 信じられない現場を目撃した。


 あれは、袈裟だろうか。
 バーサーカーと相対するサーヴァントは、法衣のようなものを身に纏っている。
 あの怪物と比べて見劣りはするものの、かなりの大男。筋骨隆々、鍛えられた四肢が袖から覗く。

 未確認だったサーヴァントのうち、直接的な近接戦闘が可能なのは三騎士の一、ランサーだろう。
 本来ならば彼が手にしていたであろう得物は、地面に深々と突き立てられている。
 しかし、素手で挑んでいるというわけではない。

 あれは、


「――■■■■ッ…!」


 武器を失い、無我夢中で殴りかかるバーサーカー。
 彼が本来手にしているはずの、昨日私を殺しかけた石斧は、あろうことかランサーの手の中にあった。

「…もう飽いた。返すぞ、バーサーカー」

 ぞ、と、背筋に言い知れぬ興奮と戦慄が奔る。
 宝具かどうかは定かでなくとも、神秘を宿した他サーヴァントの武器を奪い、まるで自分のものの扱っていた…?

 頭が軽く混乱している。その中でも得た、確かな予感。


 あのランサーの能力は、バーサーカーに届き得る。


 投げ返された石斧を受け止め、再びバーサーカーがそれを振るう。
 荘厳な顔つきの割にひょうきんな声の男は、挑発するような動きでバーサーカーの剣閃を避け、地面に刺していた得物を抜いた。

「…早く仕留めろ、ランサー」

 その拮抗する戦線の後ろから、呻くように響いた声。
 見遣れば、暗い色のパーカーを着た青年が、木に体を預けていた。
 おそらくはランサーのマスターだろう。

 フードのせいで顔は良く伺えないが、苦しそうな表情は垣間見える。
 魔力不足だろうか?

 サーヴァントを召喚したマスターが、一番危惧すべきなのがそれだ。
 自身の召喚したサーヴァントに食い潰されたために、魔力を無理に捻出させられた魔術回路が焼け焦げるのだ。
 魔術回路、すなわち魔力を生み出すために作られた、肉体と幽体を繋ぐ疑似神経。
 本来は人間の体にはあり得ない機構なのだから、それを酷使すれば当然肉体は悲鳴を上げる。


 魔術的才能に恵まれなかったマスターや、バーサーカーのマスターがよく陥るとは聞いていた。
 しかし、バーサーカーを凌ぐほどの技量を誇るサーヴァントを限界させているというのなら、その消費量の激しさも伺える。


「早く仕留めろ、とは言うてもな…」

 ランサーは顔を曇らせている。
 アサシンほどの敏捷性はないものの、おそらくかなりの武人なのだろう。
 天才的な見切りや渾身の防御で、バーサーカーの攻撃をどうにか凌いでいる。

 しかし、決め手がない。

 そもそもバーサーカーとは、弱い英霊を強化するために設けられた特別階級だ。
 それを彼の大英雄に用いたなんて、ほとんど反則じゃないか。

 私と遠坂がアレに相対したときも同じだった。
 圧倒的な堅牢を誇る要塞の前には、どんな戦巧者も手が出せないのと同じ。
 いわゆる『レベルを上げて物理で殴る』という、単純かつ難儀な解決策しか用意されていない。
 単純、だからこそ強い。

 それを上回る唯一の可能性が宝具。サーヴァントの武装であり、象徴であり、奥の手。
 あのバーサーカーを打ち破る可能性があるのは、その使用だけだろう。

 けれど、ランサーがバーサーカーの盾を打ち破る矛を持っていたとしても、恐らくは使えない。
 宝具の使用には、単純なサーヴァントの現界とは桁が違うほどの魔力を食われる。
 それは確実に、あのマスターの命を削るものだ。


 此方の気配はけっして洩らさずに、周囲を探る。
 バーサーカーのマスターは、相変わらず姿を見せない。
 このままじゃ、ランサー勢が消耗戦で負けてしまう。

 それは旨くない。

 あの狂戦士と戦って、倒すとまでは行かなくても、いい勝負が出来る貴重なサーヴァント。
 此処で失うにはあまりにも惜しい。

 ならば、選択は一つ。


「――アサシン、リターンマッチはお好き?」
「…如何にも」


 霊化を解いたアサシンが、珍しく奮い立つ。
 再戦を望んでいたというあの言葉は、嘘ではなかったのだろう。
 いつもの飄々とした挙措は、喜びと武者震いにかき消されてしまったようだ。

「こんなにも早く、再戦の機会が訪れようとは…僥倖だ」

 高ぶるアサシンが先陣を切る。
 その背中を目で追いながら、私はいつも通りに詠唱を施す。

 簡易的な強化の魔術を、両の拳と足に仕込む。
 ここ最近、連戦が続いてきたからだろうか。得意なはずの強化の魔術でも、頭の奥の辺りがじんわりと痺れた。

 けれど、まだ大丈夫。
 行使に問題はない。
 そもそも魔術なんて、みなすべからく身体の理を犯すべきモノなんだから。

 地面を蹴りだし、風に乗る。


「お前…何者だ!」

 乗り出したアサシン、次いで私を、ランサーのマスターが交互に見遣る。
 警戒は当然のもの。基本的に、他のマスターは信用できないのが常道なのだから。

 さて、勢いよく飛び出してきたは良いものの、どう説明するべきか。
 とりあえず敵意のないことを伝えようと、私が口を開きかけて、


「…何、少しバーサーカーに貸しがあってな。返しに貰いに参上したまでだ」

 それよりも先に、アサシンが言い放った。
 告げるべき最低限の情報だけ告げて、刀の鞘を払う。
 いつもの薄ら笑いを浮かべているけれど、あれはかなり興奮している。一刻も早く戦いたいのだろう。

 無論、それだけで横やりを看過してもらえるはずもない。

 ランサーのマスターは、疑念の視線を逸らさない。
 しばらく私を睨み、何かを尋ねようとしたのか口を開いて、


「御主、もしや日の本の生まれか?」

 今度はランサーが、その言葉を阻んだ。
 此方も此方なら彼方も彼方、腕白で好き勝手動くサーヴァントに振り回されるマスター同士か。
 バーサーカーを牽制する薙刀は下げないままに、視線だけアサシンに注いでいる。

 どこか熱のこもった視線で。

「いかにも。同郷の志よ、ランサー」

 応じるアサシン。
 笑みが深くなったのは、此方の場合は同郷の志というより、新たな猛者を見つけたからだろう。

「なんと。いや、名乗りを上げられぬのが残念至極」
「全く。互いに風情のない主の元に呼びだされたものよな」
「時にその太刀…中々にして珍しい作りをしているな。少し貸してみぬか」
「なんの、ただの五尺余りの物干し竿だ。長いだけで珍しくもない」


 うわあ、なんというか、なんだろう。
 武士道精神というか、バトル脳同士というか。すごく波長が合っている。

 先日のライダーやセイバーの時もそうだったけど、アサシンはやけに他のサーヴァントとの壁を作らない。
 別にそれが悪いことだとは思わない。
 敵と見定めれば、容赦なく刀を振るう冷酷さも持ち合わせている。

 ただ戦場ともなれば、さすがにTPOを弁えてはくれないだろうか。


「……」
「……」

 サーヴァント同士が意気投合を始め、取り残されたマスター二人。
 向こうのマスターは、未だに私を警戒している。
 それでもランサーと打ち解けた分、話をさせてもらう余地はありそうだ。

「…この場だけの同盟で構いません」
「そっちに、何の得がある…?」
「私のサーヴァント、…アサシンでは、あの狂戦士は倒せなかった」

 言外に、一度交戦したことを告げる。
 フードの下の顔色が、わずかに変わったのは見逃さない。

「此方は、バーサーカーの真名を知っている。貴方のランサーは、対等以上にバーサーカーと張り合える」
「同盟を組む意義はある、ってか。正直、どこまで信用できるかわかったもんじゃないが…」

 そこまでして、ランサーのマスターは私に背を向けた。
 彼なりの、信頼の表れなのだろう。

「…まあいい。先にバーサーカーだ、ランサー」
「承知した」


 薙刀と野太刀。侍と法師。花鳥風月に岩男。
 かつてこの国中に名を轟かせた、正反対の二人の英傑が、時を越えて足を踏み揃える姿。

 圧巻、それ以上の言葉は出ない。


「――■■■■ッ!!」

 バーサーカーの咆哮が合図だった。
 牽制し合っていた三機のサーヴァントが、爆ぜるようにしてぶつかり合う。


 ランサーの薙刀術は、剛そのもの。
 渾身に振るわれた横一閃、並のサーヴァントなら寸断するほどの剣圧は、風が此方まで届くほど。
 まるで柱でも振り回しているんじゃないかと思うほどに、その一撃は重い。

 アサシンの剣術は、対するなら柔といえる。
 間合いは広く、長く、そして柔らかく。中距離を保ち、斬る一瞬を踏み込む。
 最前衛を耐久の高いランサーに任せ、自身は蛇のように鋭く遊撃を繰り返している。

 和の競い合う技術に対し、洋は圧倒的な物量でもって攻め返す。
 雨霰のような二人の剣撃も、足止めにはなれども、バーサーカーの鋼の体を破るには至っていない。



「…あの英霊の真名は、ヘラクレス」

 サーヴァント同士が火花を散らすうちに、此方は作戦会議。
 告げると、ランサーのマスターは苦々しげに口元を曲げる。

「ギリシア神話の英雄か…魔術には正直詳しくないんだが、とりあえずやばそうだな」
「まあ、そうね…英雄どころじゃない。半分神様の存在を呼びだして、更にその理性を奪って肉体を強化している訳だから」

 懊悩か、それとも魔力不足の痛みか、パーカーの下で呻く。

「直接攻撃以外に特別な干渉はしてこないが…あの耐久力は、文字通りバケモノだ」
「おそらく、彼の肉体そのものが何らかの概念化した神秘を宿してる。破るには、同格以上の神秘をぶつけるか、或いは…」
「耐久力を度外視した攻撃方法を探すか、か」

 再び顔色を変えたパーカーの男。
 声音からするに、やはり何らかの突破口は見出しているのだろう。
 それほどの力が、あのランサーにはあるのだ。

 作戦会議はそこまで。
 その突破口に賭けるのか、決意するのは彼自身だ。
 私は私の戦いに身を投じなければ。

 英霊同士の試合に拳を並べるのも、これで何度目か。
 恐悦至極の極みだ。生きて戦争を終えたら、密かな自慢にしよう。


 意識を、手放す。

 心臓の拍動に合わせて、灼熱の魔力を通す。
 真っ赤に熱した火掻き棒でも突っ込まれているような、鋭痛を伴った集熱。
 凝縮、掌握。紫電の燐光。

 人の身から神となった英雄と殴り結ぶには、人で在ることの境界線を越えた拳を。


「『前進を許さず』(ノックバック、オン)」


 ランサーのマスターは、魔術的な知識は皆無と言っていた。
 おそらくは援護も、自分を守る障壁も展開できないだろう。

 ならば、私は前に出るしかない。
 二人もマスターが固まっているなんて、いい的だ。狙われても、彼まで守る術を私は持たない。
 彼に飛び火が行かぬように撹乱してやる。


「…男である我らですら武器を持たねば戦えぬというに、女である其方はそれすら要らぬと…」
 構えれば、ランサーが目を丸くした。
 生憎、私は武器を持った方が弱い。素手の方が、手っ取り早くて良いのだ。

「注意は私が惹いておく。お主は回りこめ」
 私を庇うようにして、アサシンが立つ。
 バーサーカーが振りあげた石斧をいなし、空いた隙に野太刀の一撃。

 ビキ、と、金属が歪む音。

 アサシンが顔を歪める。
 かなりの業物、一撃二撃で折れることはないだろうが、それでもアサシンの剣は少しずつダメージを受けているようだ。
 長期戦は不利。
 サーヴァントは武具を失えば、私は魔力が底を尽きれば、もう戦うことは出来ないのだから。

 アサシンの忠告通り、バーサーカーの右側に潜り込むようにして、巨体をすり抜ける。
 振り向き様に放たれた石斧の横薙は、今度はランサーが防いだ。

 アシストを受けてフリーになった私は、体を捩って右腕を大きく引き込む。


「ふっ…!」

 ガラ空きの背に、渾身の一発。
 フックの要領で、左足と腰を軸に遠心力で叩きつけた。
 魔力を込めずとも、並の人間相手なら意識を奪える程度には、この拳は鍛えてある。
 それに上乗せして、衝突と同時にそれまで無理矢理に凝縮されていた魔力が弾ける。

 爆発。
 比喩表現ではない。轟音と叩きつけられた魔力の飛散は、まさに爆発そのものだ。
 対魔力を有する英霊相手でも、喰らえば無傷では済まないはずの一撃。


 が、それでもバーサーカーの体には傷一つ付けられない。

「っ……くそ、」
 撃ち抜けない。
 行き場を失くした衝撃が、反動となって私の腕に戻って、自身の拳に体ごと吹き飛ばされる。

 遠坂の言う通り、こんなの出鱈目だ。
 薄い鉄板どころじゃない、ダイアモンドくらいなら粉々に出来るほどの魔力を込めたはずなのに。


「――■■■■ッ!」
 それでも私たちは、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
 挟撃による利益は、向こうの攻撃の分散。
 三対一でもようやく渡り合える怪物、それが誰か一人に標的を絞らないように。

 二撃、三撃と重ねるも、効果はない。
 撃ち抜けない拳の溜まった魔力は、零距離で拳銃を撃ったときの弾丸と同じだ。
 行き場を失くし、暴走する。此方に跳ね返ってくる衝撃も、並大抵のものではない。

 ただ一発の拳を放つのにも、負担がまるで違う。
 一撃重ねるごとに、私の腕は悲鳴を上げた。


 四度目、空振るう。
 鈍重とは言ったものの、それは攻撃が読みやすい、という意味だ。
 バーサーカー自身の敏捷は、巨体に見合わずかなり高い。

 五度目、石斧に当たる。
 それ自体はただの神秘を宿した武具でしかないのだろうが、こういうのは得てして持ち主に似るというか。
 かなり頑強な刀身は、意図せず当たったものとはいえ、私の拳なんて簡単に跳ね返す。

 六度目、


「づ……っ…!!」

 暴発気味に放たれた魔力が、行き場を失くして私の腕を弾く。
 ビギ、と、肘から嫌な音。弾かれ方がまずかったのだろう、腕を思いっきり捻ってしまった。
 魔術的な失敗ではない、戦闘続行には問題ないだろう。
 けれど、

 この鬼神相手に、果たして肉体の治癒など行っている暇が――



「ランサー、宝具を使え!!」

 決意の咆哮が、響いた。



 戦場の最中で、不用意にも振り返ってしまった。
 ランサーのマスターは、自身のサーヴァントに向けて腕を翳す。

「バーサーカーだけは、此処で討ち滅ぼす!」
「…了解した。不退転の覚悟、とくと受け取ったぞ」

 宝具、と、彼は言った。不退転だ、と、相方は応じた。

 それは、何を犠牲にするのだろうか。
 此方の考える間も無しに、バーサーカーは次の一撃を振りかぶる。


「…いいの? 先に切り札を切らせて、疲弊した貴方を私が狙うかもしれない」

 思いついてしまった、酷く魔術師的な思考。隠さず口に出したところで、許されるだろうか。
 この聖杯戦争においては、それは常道。
 このマスターだって、理解していないはずはないのに。

「構わんさ…どうせ、永くない」

 自嘲の笑みが何を意味していたのか、私は推し測ることが出来なかった。


 ただ、彼はきっと勝機を見た。
 ならば、この同盟を提案した私こそ、奮起しなくてどうする。


 振りかぶるバーサーカー、その石斧を何度目か掻い潜る。
 幾度目か辿った、同じ工程。
 濃縮、掌握。
 魔力と共に、左腕の痛みごと、握りつぶす。

 ランサーは戦線から下がった。展開するのに時間のかかる類の宝具なのだろう。
 それは私とアサシンなら、二人でその時間を稼げるはずだという信頼の証だ。
 ならば、応じないわけにはいかない。
 信頼には十全の結果を持って報いよう。

 そのためなら、


 腕の一本ぐらい、くれてやる。


「――ぁああっ!!」



 左拳を、バーサーカーのどてっ腹に。

 メリ、と重い音がして、

「っっ……!」

 激痛。

 音の正体は当然、彼の鎧を打ち破ったものではなく、私自身の腕から鳴ったもの。
 それでも、『前進を許さず』の名は泣かせない。

「――■■ッ…」
 バーサーカーは、わずかに後ずさった。
 衝撃こそ残せるものの、やはりダメージは皆無。
 殴った方が殴られた方よりもダメージが大きいなんて、可笑しな道理だけれど。
 けれども、これで十分。

 理性のない目で私を睨み、筋肉が大波のようにうねりをあげ、再び石斧を振りかぶる。
 それを、

「将を射んと欲すれば…さて、何だったかな」
「先ず馬を射よ、でしょ」

 影から飛び出したアサシンが、石斧の横腹を弾く。
 耳に障る、金属の不協和音。
 わずかながらそれる軌道、地面に叩きつけられ、土煙が舞う。

「っ…、ありがとう、アサシン」
「何、気にするな。主を守れぬとあれば、馬として失格だ」
 彼というサーヴァントが援護してくれる限り、私が直接バーサーカーの攻撃を食らうことはない。
 彼もまた、捻くれつつも、信頼に十全の結果を示してくれる男だ。

 そして、そんな数瞬の攻防でも、


「五百羅漢補陀落渡海…!」


 ランサーがそれらを呼びだすには、十分すぎる時間稼ぎだった。


 瞬間、森の木々は人と成った。
 ランサーのものと同じ法衣を身に付けた、数多の人、人、人、大軍勢。

 息を呑む。
 固有結界――いや、違う。似て非なるものだ。これは召喚。

 誰の目にも、正気が宿っていない。
 笑う者、泣く者、空を仰ぐ者、目を閉じて念仏を唱える者。
 意識は此処にあらず、彼方へと向いている。


 言い知れぬ恐怖。
 度が過ぎた信仰心は狂気と紙一重というが、まさにそれ。

 五百羅漢、補陀落渡海。
 彼らは西方浄土を目指す、即身成仏の行に身を委ねた者たちだ。


 ずるり、と、人の波が動く。一方向にまとまって――バーサーカーの、その奥へと流れるように。

 自分に向けられた言い知れぬ何か、その危険性をバーサーカーも悟ったらしい。

「――■■■■■ッッ!!!」
 これまでにないほどの大音声で、バーサーカーが吠えた。
 振るう石斧、小枝のように飛んでいく最前列の遊行聖。

 けれども、違う。
 彼らの恐ろしさは、物理的に払拭できるものじゃない。

「――アサシンっ!」

 手を伸ばし、掴む。
 私まで人の波に流されそうになり、なんとか拠り所を見つける。
 範囲や対象を指定できない類の宝具なのだろう。
 人避けの魔術を応用し、私を抱えたアサシンごと包む様に展開する。

 増える人、人、人、無限大。
 バーサーカーの鬼のような攻撃力でもっても、処理はし切れない。
 バーサーカーの鋼のような耐久力であっても、抗いは許されない。

 彼らは、バーサーカーを殺さない。
 ただ、浄土へと押し流すだけ。
 圧倒的な物量の大きさに、真正面から抗う術なんてない。
 私たちがあの怪物に敵わなかったのと同様に、それは覆せない絶対の方程式だ。

 おそらくそれは、バーサーカーにとっては天敵とも言える宝具。
 アキレスの腱にして、弁慶の泣き所。
 不死身ともいえるバーサーカーを不死身のままに封殺する、『耐久力を度外視した攻撃方法』。

 光が、人の波の奥から差し込む。
 夜明けではない。郊外の森に、朝は来ない。

 あれは、


「なるほど。補陀落へ向かう遊行の大団…神仏の加護を得た英霊であったか、ランサー」

 アサシンも同じ国元だけに、どうやらこの宝具の正体を見抜いたらしい。
 私を抱えたまま、するすると人の波を抜ける。人避けに加えて、並外れた直観を持つサーヴァントだからこそ、この人の海を抜けられる。
 本来ならばバーサーカーも、この程度の波を越えるのは造作もなかったはずだ。

 狂化によって失われた、理性さえあれば。


「――■■■ッ…!!」

 咆哮が、小さくなっていく。
 あれほど私たちを追い詰めた、鬼神の咆哮。
 二メートルを超える巨躯が、米粒のように遠くへ、遠くへ。

 行く先は浄土、清浄の地。


「……南無」


 呟くような念仏とともに、彼の宝具は終わりを告げた。



 ふ、と、闇が戻ってくる。
 ランサーが展開を閉じたのだろう。

 狂戦士の姿は、どこにもない。


「勝った…?」
「そのようだな」

 ぽい、と、無造作にアサシンが私を投げ捨てた。
 ホントもう、この野郎。

 文句の一つもぶつけてやろうかと思ったけど、その顔色を見て思い留まる。

 あっけない幕引きだ、と、鞘を拾う。
 おそらくは望んだ形の結末じゃなかったのだろう。アサシンの顔は、珍しく不機嫌に歪んでいた。
 ランサーはどこ吹く風、肩を竦めてみせる。意外と茶目っけのある英霊のようだ。

 さて、そのランサーのマスターは、と、振り返る。
 とりあえずは同盟関係を無条件で結んでくれたことに、感謝を述べなければいけない。

 次いで、彼がその気なら今ここで、二回戦目を展開しなければ。
 警戒を解かず、スカートの裾の汚れを払う私の耳に届いたのは、


 びちゃびちゃ、と、土を打つ粘着質な音だった。

「……刻印蟲か」

 吐血音に混ざる、溺れそうな声。

 ランサーのマスターは、無表情に立ち尽くしていた。
 ようやく正面から見たパーカー男の顔には、 何かが 、 蠢いて いた。


「――っ、……」
 言葉を失う。
 男の顔の左半分が、盛り上がっている。
 本来なら剽悍な顔立ちのはずだったのだろう、その素顔の、皮膚の下。
 奇病か、いや、彼は蟲と言った。
 ならば皮膚の下に、それを飼っているのか。

 絶えず蠢く「何か」、激痛のはずだ。さっきまで呻いていたのは、これが原因だったに違いない。

 パーカーのフードを外す。
 病人のように細い輪郭と、生気を感じさせない白髪。そして、蠢き続ける皮膚の下のソレ。
 悟るには、十分すぎる。

 彼は、永くないと言っていた。
 どうしてその時に、私は理解出来なかったんだろう。


「アンタには、感謝してる」
「え」
「ランサーの宝具でバーサーカーをやれたのも、あんたのお陰だ…」

 それでも酷く穏やかな表情で、ランサーのマスターは告げた。
 もう敵意は感じられない。

「…アンタ、名前は?」
「…文月夏奈」
「夏奈ちゃん、か。良い名前だ」

 『ちゃん』づけされるような年齢じゃないんだけど、そんな場違いな文句は選べない。


「…俺の名は、間桐雁夜」

 間桐、と、そのマスターははっきり声に出して言った。
 聖杯戦争のシステムを作り上げた御三家。
 けれども、彼の名前を私は知らなかった。

 憎むべき、相対すべき、魔術の家柄のはずなのに。
 私の拳は、言うことを聞いてくれない。


「…よかった。俺の願いは、これで叶う」


 重力に逆らわず、崩れるようにして地面に倒れこむ体。

 私は動けない。
 魔術の行使で疲弊しているとか、迂闊に敵マスターに近づくべきじゃないとか、そんな真っ当な判断じゃない。

 何が起こっているか、脳が処理できなかった。

 体中が痙攣し、塊のような血を吐きだす。
 知らない。
 私はあんな症状、知らない。
 ただの魔力の枯渇なら、魔術回路から破壊されるはずだ。
 あんな、呪いめいた、あんな…


 ああ、嫌だ。

 どうしていいか、わからない。


 どうすれば助けられる?
 いや、助けないべきなのか? 見捨てていいの?
 間桐の名を持つ敵マスターで、でも、同盟を結んだし、彼は私に感謝してるって、
 嫌だ、
 違う、そもそも私は彼を助ける術を知らない、
 待って、
 私は何をすればいい?

 立ち止まっているだけじゃ何も変わらない、奇跡なんて起こらないって、わかっているのに。

 何で、誰か、どうやって、


「間桐に…っ、逆らった代償が、これだ…」

 軋む声。
 それは音としての形すら宿しておらず、何かが擦れるような、かろうじて聞き取れる程度のモノ。

 本当に、「もう、永くない」のだ。


「アンタに頼みがある、夏奈ちゃんを見込んでのお願いだ…とは言っても、聞き流してくれてもいい」

 半死人の戯言だ、と、雁夜は続ける。

 違う、私は、見込まれるような人間じゃない。
 感謝されるのだって、筋違いだ。
 私はバーサーカーを倒すために、貴方を利用したのに。

 結果、彼は体に鞭を打ってランサーに宝具を使わせ、倒れ伏している。


 じゃあ、

 ――私が殺したのも同然じゃないか


「…間桐の娘を、救ってくれ」

 腕を翳す雁夜。
 言葉が出ない。
 彼が何をしようとしているのか、土に臥した表情からは読み取れなかったけれど。

 でも、私は、

「遠坂を頼ると良い…あそこなら、事情も知ってる」

 腕の令呪が、赤い光を帯びる。
 きっとそれは、最期の命令。

 ランサーは、自分のマスターに合掌を向けていた。
 彼の極楽往生でも祈るかのように。


「待っ――」

「令呪を以て命令する。ランサー、蟲ごと俺を殺せ」


 閃く刃。

 容赦なく首を切り飛ばしたのは、きっと最期だけでも苦しまないように、と、ランサーなりの優しさがあったのだろう。
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