七代目リプレイ5


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――三日目、夜 郊外の森――



 遠坂は、確かケータイを持っていないはずだ。

 というか、持っていたとしても私に番号は教えないだろう。彼女に連絡を取りたいのなら、魔術的手段しかない。
 アサシンの刀を借りて指先を切り、血で使い魔を形成する。
 触媒はないからたいしたモノは作れないけれど、片道切符で言葉を届けるには十分。


 バーサーカーは倒した。
 彼女との同盟は、もう解消されているといってもいい。

 私が遠坂を頼るのは筋違いで、加えて言えば、本当なら互いに天敵のはずなのに。


『遠坂を頼ると良い…あそこなら、事情も知ってる』

 私だけじゃ、何も出来ない。何も出来なかった。
 何をすればいいか、誰も教えてくれなかった。
 ただ我武者羅に拳を振るうだけで解決することなんて、世の中には数えるほどしかないのに。

 唇を噛みちぎる。
 悔しさに涙を流す権利なんて、私にはない。
 何も知らなかっただなんて、子どもの言い訳だ。

 握ったままの拳を開いて、倒れる彼の体を支えることさえ、私はしようとしなかった。

『…間桐の娘を、救ってくれ』

 たとえ身内でも、誰かを救うために戦っていた男。
 それを救うために、自分の命を捨てた。いや、

 私が捨てさせたんだ。


 間桐に逆らった、と、雁夜は言っていた。
 ならば、彼が聖杯戦争に参加した理由は、きっとそのためだろう。
 慎二がマスターではないのにバーサーカーを従えていたのも、恐らくはアレが間桐のサーヴァントだったから。

 間桐の娘を、ということは、恐らくは妹の方…間桐桜も関わっているとみて間違いない。
 それを、彼は助けようとしていた。
 聖杯戦争での勝利よりも、ただ一人を救おうと、身を粉にして。

 魔術師なんて、みんな利己主義の塊のはずだ。
 私だって、あのバーサーカーを倒すために、彼を利用した。
 けれど、けれども、

 彼だけは誰かのために戦っていたんだ。



「珍しいものだな。お主が情で動くのか」

 アサシンの言葉は、それでも珍しく嘲笑の色を帯びてはいなかった。
 消える寸前のランサーと何かを話していた。彼も、何か思うところがあるのだろう。


「…何言ってんの? そんなこと、あるはずがないでしょ」

 私は『正義の味方』じゃない。
 救いを求める手の全てを握り返すことは出来ないし、第一やってらんない。

 私は『優等生』じゃない。
 借りを作られたままでは寝覚めが悪いとも思わない、むしろ返す必要なくなってラッキー。


 でも、私は『文月夏奈』だ。

 優等生が苦手で、正義の味方は信じてない。
 群れるのが嫌いなくせに寂しがりで、けれども友達を作るのが下手で。
 鉄板くらいなら軽くブチ抜けるくらいに強いけれど、陰口を聞いて泣き寝入りするくらいに弱い。

 それが本物の『文月夏奈』、他でもない私自身だ。
 優等生でも正義の味方でも無くて良い、むしろこっちから願い下げ。

 けれど、私が『文月夏奈』であることは譲れない。


 あの時、バーサーカーを倒せるかもしれないと、功を焦って同盟を結ばせたのは私だ。
 あの時、ランサーのマスターに宝具を使わせたのは、他でもない私なんだ。

 もしかしたらあの場で、彼を救う方法だってあったのかもしれない。
 けれど、私は何も出来なかった。
 雁夜は自分の命を賭してバーサーカーを倒したのに、私は無知な子どものフリをして立ち尽くしていただけ。

 相手に苦渋の選択を強いて、自分は無知であることを盾にして、旨みだけを吸う。
 そんなの、同盟じゃない。
 彼に払わせてしまった代償に報いるには、せめて私がその遺志を継ぐこと。


 自分のためではなく、誰かのために命を投げ打った、あの男。

 同盟を結んだというのなら、私は彼と対等でありたい。
 その思いは、本物だ。

 だから、この在り方を曲げたら、私は『文月夏奈』ではなくなってしまう。


「…バーサーカーのマスターが、恐らく間桐にいるわ。サーヴァント一体を失ったからって、引き下がるとも思えない」

 使い魔を飛ばし、遠坂に連絡を取る。助けてほしい、何でもするから、と。

 相手は天敵だし、昼間だって袖にされたし、ここでまた手を借りるのはこれ以上に無い屈辱だ。
 だけど、このまま独りで何も出来ないまま終わるのは、もっと屈辱。
 恥の一つや二つ、掻いてやる。外聞なんて、これっぽっちも気にするものか。

「誰が令呪を持っているのかだけでも、この目で確認しておかないと」

 それでももし遠坂が来てくれないのなら、この身一つで特攻でも何でもしてやる。

「そのついでに、ちょっと気に食わない魔術師共をぶん殴りに行くのよ。文句ある?」
「無いさ…なるほど、お主らしいな」
「でしょ?」

 覚悟を読み取ってくれたのか、アサシンはまた静かに笑うだけだった。
 笑い返すことは、まだ流石に出来なかったけれど。



 返事は、思っていたよりも早く帰ってきた。
 遠坂の使い魔は、優雅に翼を広げて旋回している。ガラス細工のような繊細な美しさ。梟だろうか?
 羽根の細部まで無駄に凝っているところなんて、彼女らしい。

 私が腕を伸ばすと、指の先にひらりと舞い降りた。


『話ダケナラ聞イテアゲル』



――三日目、夜 幽霊洋館――



 指定された集合場所は、街外れの幽霊洋館。
 郊外の森と遠坂の邸宅の、ちょうど中間の位置に当たる。

 手入れもされず、伸び放題の芝生のど真ん中で、遠坂は立っていた。
 隣にはライダーの姿がある。
 此方もアサシンの霊体化を解いた。彼女が私を討ちに来る可能性だって、本当はまだ捨てきれないのだ。


「…バーサーカーを倒したって?」

 向き合うなり、遠坂は私を睨みつける。
 それは疑いか、それとも別の怨恨か。どちらにせよ、警戒はまだ解かれていないらしい。
 判別もつかないまま、頷いて見せる。そもそも真実を騙ることに意味はない。

「私だけでは倒せなかった…ランサーのマスターが、先に交戦していた」
「つまり、実質的にバーサーカーを倒したのはランサー…ってことね」
「ただ、ランサーのマスターは」


 言葉が途切れる。
 どう説明すればいいのだろう。
 端的に死んだと説明するのは憚られた。彼は勝利のために、自らの命を投げ出したのだ。

 黙っていると、彼女も事情を察したのだろう。
 わかったから続けて、と、話の先を促す。


「…間桐雁夜」

「  」

 名前を出した瞬間に、遠坂の顔色が変わった。
 まるで殴られたかのように、目を見開き、言葉を失う。
 一瞬、泣きだすんじゃないかと思った。嵐の前の静けさとは、よく言ったものだ。

「……ああ、そう、そういうこと。全部理解したわ、クソッ…!」

 腹立たしげに、彼女は唇を噛みしめる。
 優等生の遠坂が、此処まで激情を表に出すのは滅多にない。まあ、私の前ではその皮は被らないのだが。

「名前、知ってるの?」
「…ええ、ごめんなさい。話を続けて」

 切り替えの速さは、それでも優等生のもの。
 自分が取るべき相応しい行動を、彼女は理解しているんだ。私とは違う。

 少しだけ、言うのに心が重くなる。


「同盟を持ちかけたのは、私から。彼が魔力不足に陥りかけているのも知っていて、宝具を使うのを止めなかった…だから」


 私が殺したようなものだ。


 そう続けようとして、凛が手で制する。

「…やめなさい。そういう結論付けには、何の意味もない」
「けど、」
「貴方が同盟を持ちかけていなくても、雁夜おじさんは…単身でバーサーカーに戦いを挑み、死んでいたわ」

 さすがは冬木の管理人、優等生。
 私が与えた以上の一の情報から、十の結論を得る。私よりも正しく状況を理解している。
 激昂はそのままに蓋をして、私の無意味な自虐を止めたのか。

 これだから、『優等生』は嫌いなんだ。
 私なんかよりも、面識のある彼女の方がきっと、間桐雁夜の死が辛いはずなのに。
 いっそ感情のままに、お前のせいだ、と、罵ってくれた方が気が楽なのに。
 理性で怒る人間は、たちが悪い。

 ならば私も極力感情は排して、正しい情報を彼女に伝えなければならない。


「雁夜…さんは、間桐に逆らったと言っていた。おそらくあのバーサーカーは、間桐のサーヴァント」
「なら、マスター権限を持った人間がもう一人、間桐にいるということね…」

 そして、その目星も私はついている。

「…一年後輩の、間桐桜。おそらくは、彼女がマスターのはず」
「さく――間桐さんが?」

 下の名前で呼ぼうとしていた。
 仲が良いのだろうか? あまり一緒にいるイメージはないけれど。

「…『間桐の娘を救ってくれ』、と…雁夜さんは、最後に言ったわ」


 死ぬ間際まで呻いていた、彼の苦悶の表情が目の端にチラつく。

 魔力不足で喘いでいた。当然だ、間桐の家系には魔術回路は存在しない。
 ならば、その女の子もきっと、何らかの外法でサーヴァントを使役させられているのだろう。

 最期の最期まで、自分ではなく、その女の子を助けてくれ、と、雁夜は――


「私は、間桐に乗り込む」


 赤い二人組の目が、信じられないモノを見るように見開かれていた。
 遠坂はもちろん、話半分に聞いていたライダーも、その提案の突拍子の無さは理解できたらしい。
 アサシンは、二人の反応を見て、くつくつと笑うだけ。

 自分でもバカなことを言っている自覚はある。
 けれど、私はそういうバカでありたい。
 賢しく生きて、自分の身惜しさにこのまま引っ込んでしまうなんて。
 そんなカッコ悪い『文月夏奈』は、私が許さないし、許せない。

「バーサーカー戦の同盟の延長とはいかないけれど…貴女を頼れ、と、雁夜さんは言ったから」
「あのねぇ…」

 遠坂は私を疎ましいモノのように睨みつけ、思いっきり溜息を吐く。

「それで、なんでアンタが動くわけ?」

 まあ、当然の疑問だろう。
 魔術師なら、死が何を意味するのか、よく知っているはずだ。
 死んだ相手と結んだ生前の口約束だなんて、何の意味も持たない。

「…自己満足よ。間桐は、前々から気に入らなかったし」
「…それに、その話を私が信じるとでも、」
 思っているの? と、続けたかったのだろう。

 が、そこまで沈黙を保っていたライダーが、突然吹き出した。

 今度は私と遠坂が目を丸くする。
 アサシンは、まだ愉快そうにくつくつ笑うだけ。ホントなんなんだ、このサーヴァント。


「ハハハ、冷たいねぇ! リン、アンタ、慌てて家を飛び出したさっきとまるで別人じゃないか!」

「な、」
「え?」

 真っ赤になった遠坂の顔色で、ライダーの証言が確たるものなのだと理解できる。
 …あの遠坂が? 慌てて?

「う、うるさいわね! 黙ってろ、ライダー!」

 爆笑を残したまま、す、と霊体化するライダー。
 慌てる、怒鳴る、肩を怒らせて呼吸を荒げる。
 どれも、私が今まで見てきた遠坂凛の像とは、まるでかけ離れたものだ。

 それになにより、
 自分を守るためのサーヴァントを目の前で霊体化させる、その行為は。

「…まあいいわ。それで、プランとかあるのかしら?」
「え、あの、」
「何よ。まさか、ノープランで正面から突っ込む予定でした、なんて言わないでしょうね」


 まだ、顔が赤い。
 追及など許さない、とでも言いたげに、彼女は捲し立てる。


「手伝って、くれるの…?」
「アンタがそう頼んだんでしょ? 何でもするから、って」

 ずる、と、あまりの拍子抜けに崩れそうになる。
 いや、そりゃ、彼女と手を結べるのなら、これ以上に心強い味方はないけれど。

 遠坂を頼れって言ったって、せいぜい情報を貰える程度だと思っていたのに。

「言っとくけど、私に貸しを作ったら高いわよ。3.5カラット以上のダイアモンド、年利5%は覚悟しなさい」

 冗談めかして言っているけれど、半ば本気なのだろう。
 半分本気で、そんな程度の安請け合いで、私に力を貸してくれるというのだ。


「…あり、がとう」
「……」

 自分でもらしくない発言に、此方の顔まで火照るのがわかる。
 遠坂も目を反らして、再び耳まで赤くした。

 気まずい沈黙が流れる。
 アサシンの意地の悪そうな下卑た笑みが、暗い洋館前に浮かぶ。


「で、結局プランは? 雁夜おじさんから、他に何か聞いてないの?」

 照れ隠しだろう。遠坂は捲し立てるように言い募る。
 けれど、私はまた首を振った。
 私自身が得ている情報は、今話した全てだ。

「それで、どうするつもりだったワケ?」
「…ノープランで正面から突っ込む予定でした」

 本日二度目、遠坂が殴られたような表情で私を見た。
 正気ですかこの馬鹿は、とでも言いたそうに、目を白黒させて。
 どういう仕組みか、霊体化したままのライダーの爆笑が響く。

「いいねえ! 気に入ったよ、アンタ! そういうバカさがうちのマスターにも必要だ、なあ、リン?」
 そんなに悪いプランだろうか。
 自分では、それでも行けると思っていたんだけど。
 でも遠坂のこの表情を見る限り、上策とはいえないんだろうなあ。

「アンタに聞いた私もバカだったわ」
「どうも」
「先ずは情報収集よ。雁夜おじさんがどうしてそんなことを言ったのか、調べなきゃ」

 ふむ、そういうものだろうか。
 どうも方法が教科書的というか、やっぱり優等生というか。

 調べたって状況が変わることはないんだし、正面突破で良いんじゃないか。
 まあ、口には出せない。
 私は彼女にお願いをしている立場なのだし。


「情報を探るなら慎二…って、駄目か」
「……」

 恨めしげな遠坂の視線は知らんぷり。
 彼女だって私の策に同調したんだから、共犯者だ。

「とにかく情報が集まるまで、突撃は禁止」
「……」
「いい、禁止だからね? おじさんの話が本当なら、間桐はサーヴァント二体を失って警戒を強めているはずよ」
「…わかった」
「血気を逸らせて単騎特攻なんてしたら、二度と同盟なんて組まないからね」
「わかったってば」


 何度も繰り返して確認される辺り、余程信用が無いのだろう。
 彼女の念を押す声を背に、私は拠点に戻った。



――四日目、朝 自宅――



 花、鳥、風、月。
 この世のものとは思えないほどに美しい夜景を見ている。
 山紫水明、往く川の流れは絶えずして、千紫万紅、ただ春の夜の夢の如し。
 景色は決まった形を持たず、ただ美しいという在り方だけを変えずに、変わり続けた。


 ――夢だ

 誰が見たともつかぬ情景は、この世にあり得るはずもないもの。
 そうだと理解した瞬間。


「……つ、ぅ」


 目覚めは、左腕の筋肉痛から。

 夢はどれほど続きを見たいと望んでも、夢だと理解した瞬間に覚めてしまう。

「は、……っ」
 意識の覚醒と同時に、肺から息が零れる。
 首から走るようにして、肩甲骨、肘、手首。腰を回って、太もも、ふくらはぎ。
 体中の筋が、まるで針で刺したかのように、鋭い悲鳴を上げていた。
 緊張状態での魔術の連続行使は、普段のそれの倍以上に負担をかけるもの。

 ベッドから起き上がるのも億劫だけれど、やはり学校に行くために起きなければ。

 腕を支えに起き上がろうとして、無様に崩れる。
 左腕には、全く力が入らなかった。筋か腱かをおかしい方に捩じってしまったらしい。
 最低限の治癒魔術は施したけれど、恒例ながらもそういう消極的な魔術行使は苦手。
 どうにか酷い筋肉痛程度に収めることは出来たけれど、そこが限界だ。


 アサシンはいつも通り、窓の外を見ているようだった。
 自分が暮らしていた頃との風景の代り映えを、目に焼き付けているのだろうか。

 あの情景は、誰が見た景色か。

「…まあ、あの化け物と二日連続で殴り合ったんだから、これで済んだのは僥倖よね」

 声をかけてくれるな、と、背が語っているけれど、無視して声をかける。
 なんというか、酷く寂しそうな背だったから。

「そう言うならば、渡り合っていたお主も十分化け物だがな」
「……」

 返ってくるのは、いつもの軽口。
 いつも通りで安心はするけれど、やっぱりいつも通りに腹が立つ。
 花だなんだと騒ぐ割には、どうも私はアサシンに花扱いされていないんじゃないか。

「女の子を化け物呼ばわりするのが、貴方の武士道なの?」
「ふむ、花は花でも食人花というものがあってだな」


 強化の魔術を込めて放った枕は、霊体化によって難なくかわされた。



――四日目、朝 通学路――



 魔術で施錠して、自宅を後にする。
 咥えたトーストを落とさないように、小走りに。
 アサシンの挑発に時間を食ってしまったため、歩いていては遅刻する。
 担任は冬木の虎。面倒は起こしたくない。


 信号待ちのうちに、今後の展望を練る。
 間桐桜。話したことはないけれど、見かけたことは何度もある。
 それこそ相手は御三家、意識しないわけにもいかない。

 藤色の髪をした、か弱そうな女の子だ。
 お淑やかで、大人しくて。アサシンは女性を花に喩えたがるけれど、彼女はまさにそれ。
 名前は桜だけれど、どちらかというと菫とか桐のように、ひっそりと咲く花の方が似合う。
 ミス穂群原である遠坂凛の地位を脅かす存在として、密かに私が期待を送っていた後輩でもあったんだけれど。

 彼女が囚われている。おそらくは、バーサーカーのマスターとして。

 聖痕が残っているのなら、まだマスターとして聖杯戦争に復帰できる。
 おそらくは間桐は、再び彼女を拠り所に、新たなサーヴァントを従えるのだろう。

 死に際の雁夜の姿が脳裏を過ぎった。
 皮膚の下で蠢くアレを、確か彼は『刻印虫』と呼んでいた。魔術回路を失った魔術師から、魔力を搾り取るモノ。
 もし彼女も間桐の家系なら、魔術回路は存在しないはずだ。
 バーサーカーを現界させるための手段は、それしかない。

 ゾ、と嫌な予感が走って、振り払うように顔をあげる。


「……遠坂、さん?」
 視線の先に見慣れた赤い外套を見て、私はもう声をかけていた。
 此方に気付いた影が、振り返る。

「あら、おはようございます、文月さん」

「……ぅゎ」
「何か御用ですか?」
 そうだ、猫被りモード。通学路には登校中の学生も居るから、彼女は優等生の皮を被るのだ。

 けど、なんていうか、こう、不気味。
 満面の笑みに、甘ったるい猫なで声。実の両親のラブシーンを見てしまったかのような、言葉にできない気持ち悪さ。
 昨日の彼女を見てしまっているから、違和感が果てしないのだろう。

 余計なことは言うなよ、と、笑顔で無言のプレッシャーを浴びせかけてくる。
 別にその主義に口出しするつもりはないけれど、此方が合わせなきゃいけない道理だってないし。


「聖杯戦争の件なんだけど、桜って娘の体に刻印虫が仕込まふぁもが」
「ちょっとアンタ何考えてんのっ…!?」

 ばちん、と音がするほどの勢いで口を塞がれる。
 息を呑むほどの剣幕。一瞬で剥がれる化けの皮。
 確かに、私も迂闊だったけれど。

「…場所を変えましょう」

 口をふさがれたまま、こくこく、と頷く。あー、ビックリした。


 通学路を逸れて、人気のない裏路地へ。
 人一人がようやく通れるほどの細さの道に来てから、彼女は私をジロリと睨んだ。

「魔術の守秘は魔術師の最低義務でしょ。少しは考えなさい…次やったら、管理者として黙ってはおけないわよ」
「いや、その…ゴメン」
「…貴女、考えるより先に体が動くタイプじゃない?」

 然り、と、後ろの方でアサシンが笑っている。
 胸糞悪い、さっさと本題に入らなければ。

「…『刻印虫』」
 凛は此方の言葉を繰り返す。
「そういう件なら、知り合いにそういうのを得意にしてる魔術師がいるわ」
「治療魔術?」
「毛色は同じね。大別すれば治癒だけれど、『傷を治す』のではなく『傷を開く』奴だから」
「…なるほど」

 わずかなニュアンスの違いでも、魔術行使には大きな差異が伴う。

 遠坂曰く、やっぱり間桐の『刻印虫』は魔術回路の代わりになる代物らしい。
 とはいっても、魔術回路は神経と同じ。それを無理矢理作るのだから、想像を絶する感覚なのだとか。

 ともかく、だから傷を開くのだ。
 外科手術と同じで、体内に埋め込まれた異物は取り出さなければならない。
 そういう意味で、遠坂の知人はうってつけ。

「なんとか頼みこんで、やってもらうしかないわ…頼りたくもないような奴なんだけど」
「…お願いするわ」

 私じゃ、どうにもならないことだ。

 魔力を込めた拳で殴る、力の蓄積の一段階上、『濃縮』。
 私の単純な魔術特性では、間桐の娘は救えない。
 実体・不実体を問わず殴ることは出来ても、体の中から虫だけを、なんて器用な真似は出来っこないのだ。
 おそらく遠坂自身にしても、それは同じことなのだろう。
 やり場のない悔しさに拳を握りしめているのは、私だけじゃない。

 ぐ、と沈黙を噛みしめて、頭上に響く鐘音。


 キーン、コーン、カーン、コーン


「……あ」

 顔を挙げたのは、優等生の遠坂の方が早かった。
 何のチャイムだろう、と、一瞬だけ迷う。
 そもそも私は何のために、満身創痍の体を無理矢理に起こして来たんだっけ。

「…遅刻確定ね」
 ぎこちなく笑いかける私を、遠坂は恨みを込めて睨む。
「……」

 時間を忘れていたのは、遠坂だって同じだ。私一人のせいじゃない。
 そりゃ、まあ、呼びとめたのは私だけど。

 何か言いたげに睨んでくる彼女には早々に別れを告げて、私は路地裏を後にした。

 そろそろ、悠長に学校に通っている暇もなくなってきたのだ。
 実質、今日学校に行く目的は、遠坂に間桐の話を聞くためだけだったし。
 もとより、真面目な学生じゃない。担任の虎には、やっぱりあとで仮病を使おう。



――四日目、昼 新都――



 学校をふけった私は、そのままの足で新都に向かった。
 補導されるのも面倒だし着替えようかとも思ったけれど、コートの前を全部締めれば問題ないだろう。
 今日はかなり冷え込むし、特に不自然でもない。
 指定の学生鞄は、コインロッカーにでも閉まっておくとして。


 以前から感じていた、ちょっとした違和感。

 おそらくは魔術行使の余波というか、残滓というか、その程度のものなんだけれど。
 聖杯戦争が始まる少し前から、この近辺で感じていた違和感。
 結界…ではないだろう。似て非なるモノ。どちらかというと、私を拒むよりも誘っているような気配さえ感じる。

 私が抱えている問題は、間桐の件だけじゃない。
 他のマスターに関しても、同等に注意を払っておかなければいけないのだ。

「…探るか」
(探る、とは?)
(魔術師が探るっていったら、使い魔とか、探知系の魔術とかでしょ)
(お主にも、そんな器用な真似が出来たとはな…)

 あれ、不思議。手がグーになってる。

 とはいってもアサシンの言う通り、探知系の魔術もからっきしだ。私の魔術特性は、攻撃に特化しすぎている。
 使い魔の使役だって、遠坂を呼んだ時のような片道切符がせいぜいだ。
 視覚を共有したり、向こうが伝える情報を読み取ったり、魔術の初歩の初歩が私には難しい。

 そういえば、私はあくまで「特殊」なのであって「優秀」と同義ではない、と、魔術の師にも耳にタコが出来そうなほど言われたっけ。



――四日目、放課後――



 予想を裏切らず、三十分、一時間。
 昼食は近くのホットドッグの露店で済ませ、さらにもう一時間。
 少しの魔力の綻びも見逃さないように、視覚には強化と広域化を施しても。


(…やはりな)
(やはりって何よ)

 これだ、と思う発見は無かった。

 なんとなく、把握はついているのに。
 吸精行為でも行わない限りは、サーヴァントがこんな街中で魔術行使を行うメリットが無い。
 十中八九、マスターの工房が近くにあるはず、なのだけど。

 どうもあと一歩というか、灯台もと暗しというか、近くにあるのに見逃している感じがする。
 こういう抽象的で漠然とした把握なら出来るのに。
 わかっているのに見つけられない、というのであれば、どうにも相手が上手らしい。


(相手が上手というより、……いや、やめておこう)

 こ、の、

 ああ、ダメだ。アサシンのいつもの軽口も流せないほどに疲れている。
 体力には割と自身はある方なのだけれど。

(日は暮れつつあるぞ。どうする、夏奈)


 決まっている。
 自分のサーヴァントにここまで馬鹿にされて黙っていては、マスターの名折れだ。
 もう得手不得手なんて関係ない、探知の魔術でも何でもやってやる。

(まあ良い、現世の街を歩き回るのも、中々)

 アサシンはどこ吹く風、完全に観光気分だ。
 まるで初めから、私に見つけられるはずが無いとでも言いたげな。

 頭に来た。その生意気な二枚目に吠え面かかせてやる。
 魔術師の真骨頂、とくと見さらせ――




(物見遊山も堪能した。そろそろ帰ろうではないか)


 違う。悪いのは私じゃない、相性だ。

 夕日が沈み、人もまばらになった新都のど真ん中で、一人肩を落とす。
 確かに戦闘に特化した魔術特性ではあるけれど、それ以外が出来ない、というわけでもないはずなのに。
 結局は私の修練不足たるところなのだろうか。


 成果…と呼べるものはないけれど、とりあえずわかったことだけでも遠坂に連絡しよう。
 以前までとは違って、今は正式に同盟と呼べる仲だ。



――四日目、夜 新都――



『新都ニ魔術行使ノ気配。場所ノ詳細ハ特定デキズ。魔術師ニヨル工房作成ノ可能性アリ』

 触媒には、血液と土、それから頭髪。
 動物の死骸なんてあれば完璧なんだけれど、そんなものが都合よく街中に転がっているワケもなし。

 魔力を込めると、ぼんやりと人魂のような燐光が宙に浮かぶ。
 特定の形を持たない幽体。一方通行でメッセージを届けるだけの、最低ランクの使い魔だ。
 ふよふよとシャボン玉のように浮いて揺れて、何とも頼りない速度でゆっくりと空へ上がっていく。
 けれどもこれで十分。というか、今はこれしかできない。

 暗号めいた手紙は、最低限の文字で済ませている。あまり容量が大きすぎると、調整が難しくなるからだ。
 携帯電話のメールと同じで、重いものほど時間が掛かってしまうし、最悪辿り着く前に力尽きてしまう。
 特に、繊細な魔術の操作が苦手な私は、よくその目安を測り間違えては師匠に呆れられた。


 ものの数分で、遠坂のものと思しき使い魔が返ってくる。
 紫水晶で作られた、例の梟だ。

(…お主が使い魔を作るより、返事が返ってくるまでの時間の方が早かったな)
「うるさい」

 それにしても、なんで返事を返して来たんだろう。
 特に返信を求める内容でも無かったと思うのだけど。


『遠坂邸マデ参ラレヨ』

 これだけ綺麗で凝った使い魔を飛ばして来て、用件はそれだけだった。



――四日目、夜 遠坂邸――



 煉瓦の敷き詰められた坂を登り、深山の住宅街の一番上を目指す。
 幽霊屋敷とまで呼ばれている洋館は、遠くから見ても中々の迫力。
 冬木広しといえども、玄関の前に門がある家なんて、此処を除けば衛宮と間桐の家くらいだ。

 アサシンは霊化させたまま、周囲の警戒を頼んでいる。
 時間も時間だし、残りのマスターの動向も未だ知れていない。
 まだ油断のならないこの状況で、それでも私を呼びだしたということは、それなりの事情があるのだろう。

 門前には、遠坂が一人で立っていた。ライダーは霊体化させているらしい。
 別に、私を迎えるために待っていた、なんて気の利く女じゃない。
 この手の魔術師の邸宅は、部外者が入るには難儀な結界が張られているのだ。
 スムーズに入るには結界を取り除くか、家の主と共に入るか。


「あら、早かったわね」
「…用件は何?」
 同盟を組んではいるものの、仲良しこよしという間柄じゃない。
 私は彼女が苦手だし、彼女だって私が苦手なはずだ。そんなどうしようもない用事で、

「用件っていうか、直接話を聞いておこうと思っただけよ」

 どうしようもない用事で、私は呼ばれてしまったらしい。

 不満を隠さない私の表情を見て、遠坂が付け足す。

「…あんな不出来な使い魔で、伝わる情報なんて限られてるでしょ」
「明日学校でも会うのに」
「アンタが真面目に登校してくる保証が、どこにあるのよ」

 う、と、言葉に詰まる。
 いつもの調子で言い返せればいいのだが、なにぶん今朝は彼女の目の前で堂々とサボったのだから、言い逃れは出来ない。

「それにアンタのことだから、うっかり一般人の前でもそういう話とかしそうだし」
「…わかった、私が悪かった」
「わかればよろしい」

 満足そうに頷いた遠坂に招かれるがまま、遠坂邸へと足を踏み入れる。
 罠の可能性も捨てきれない、念のためにアサシンに探らせようか――

 いや、やめだ。
 同盟だと言ったら同盟なんだ。
 招いた時点で遠坂だってかなりの割を食っている。それを更に疑ってかかっては、魔術師以前に人としての礼儀に悖る。
 それでも裏切られたのなら、その時はこちらも容赦なく、全力で対応すればいいだけ。

 それに、遠坂はそういう類の人間じゃない。
 倒すなら正面から正々堂々と、圧勝で飾らなければ気が済まない奴だ。


 バーサーカーも悠々と通れるほどの玄関を抜け、靴下が滑ってしまいそうな廊下を歩く。
 通されたのは、赤で統一された居間。目にも鮮やか、というか鮮やか過ぎてちょっと目の奥が痛い。
 レースのカーテン、毛布のように滑らかな絨毯、私のベッドよりもふかふかのソファー。

 なんというか、雲の上に来てしまった気がする。


「何? 硬くなってんの?」
「…別に」

 認めると、負けな気がする。
 例によって霊化したままのアサシンが笑うけれど、今は無視。

 さっさと帰りたい。なんというか、すごく居心地が悪い。
 注がれた紅茶も、おそらくはかなりの高級品なんだろうけれど、味が全然わからない。
 そもそもそういう高貴な文化とは縁遠いのだから、味の違いなんてわかるはずもないけれど。

 美味しいです、と、一応でも褒めておいた方がいいのだろうか。


「…新都の魔術師、ね」
「え?」

 急に遠坂の声に引きずられたので、思考が一瞬混乱して聞き返してしまった。
 何それ、紅茶の銘柄? とでも口走ってしまった日には、この女なら同盟破棄も辞さないだろう。

「確かにあそこに工房を構えている魔術師はいるわ」
「…知ってたの?」
「聖杯戦争が始まる前から、見周りはしていたもの。異変があれば、すぐ気付くわよ」

 当然の準備でしょ、と、優雅に紅茶を啜りながら言われて、返す言葉はない。
 どうせ小細工が苦手な猪突猛進女だ、私は。

 それにつけても、遠坂は冬木の管理人。
 自分の土地で起きている異変は、逐一管理するのが彼女の仕事でもある。
 やはり同盟を結ぶにおいて、これ以上頼りになる相手はいない。

「正体とか、どこの家系とかはわかる?」
「それを簡単に此方にバラすような手合いだったら、苦労はしないんだけどね」

 苦々しげに溜息を吐く。かなり苦労しているようだ。


「とにかく、私の方に情報が無いってことは、外来の魔術師ってことよ。間桐とは関係ない」

 なんで、ここで間桐が? わからず、遠坂を見る。
 まるで聞き分けのない妹を嗜める、姉のような視線。

「だから、くれぐれも特攻することは無いように。攻めるにしても、もう少し情報を探ってみましょう」
「…余程に信用ないのね、私は」
「ええ、そりゃもう。英霊に殴りかかるような気狂いだもの、安心して見てられますかっての」

 背中を預けるこっちの身にもなれ、と、責めるように睨まれる。
 そんなこと言われても、本当に私にはあれしかないのだ。
 みんながみんな、遠坂のように何でもできるわけじゃないんだから。

「新都のにしても、間桐にしても…魔術師の工房に攻め込むって、そういうことよ」

 再三の注意に、肩を竦ませる。
 特攻するしないは、私の勝手だ。言われたこと全てを鵜呑みにする義理はない。同盟とは言っても、仲間ではないのだから。
 ただ彼女に最低限迷惑はかけない。それだけは誓おう。

 頷き返し、紅茶を飲み干した。
 時刻は十二時を過ぎている。そろそろ帰らなければ。


 玄関先で、ふと、結局何のために遠坂は私を呼んだのだろうか、と思い至る。
 新都の魔術師の情報は、彼女は元から持っていたのだから。

 まさか私に忠告するためだけに、わざわざ呼んだということもないだろう。


(…お主が独り身なのも、頷けるな。友達甲斐の無い奴だ)

 アサシンの皮肉の意図もわからず、私はそのまま遠坂邸を後にした。
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