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ハゲレット

紀伊國屋ホール

原作:ウィリアム・シェイクスピア
監修・翻訳:小田島雄志
脚色:鈴木聡
演出:山田和也
出演:近藤芳正(ハムレット),笹本玲奈(オフェーリア),陰山泰(ホレーシオ),石田圭祐(ポローニアス),鈴木浩介(レアティーズ),久世星佳(ガートルード),ベンガル(クローディアス)ほか



タイトルだけで飛びついた。これは見に行かなくては!
若禿げに悩むハムレット王子を近藤芳正が演じる話題の舞台である(ポスターを見ただけで可笑しい)。

≪ハムレット≫と言えば,シェイクスピア四大悲劇の一つだが,それにこんなふざけたタイトルを冠したのには訳がある。脚色の鈴木聡は,シェイクスピアを高尚な文学作品としてではなく,一つの娯楽作品として解釈しようとしたという。それというのも,この≪ハムレット≫は,それがグローブ座で初演された当時は,労働者から宮廷のインテリまでが夢中になった大人気演目だったからである。1ペニー(最小貨幣単位)を払えば誰でも劇場に入ることができ,人々は平土間に立ったままナッツやリンゴを齧りながら観劇したという。それ故,商業演劇的なエンターテイメント性を志向することは,シェイクスピア演劇の原点に戻ることを意味する。

その狙いは見事に成功している。期待通りにハゲネタが全編に散りばめられており,客席を湧かせる。しかし予想と違うのは,ハゲであることは補助的役割を果たすに過ぎず,筋がオリジナルの≪ハムレット≫と殆ど変わらないことである。作り手たちは,ハムレットをパロディ化するよりも,シェイクスピアの精神を受け継ぐことを意図したのである。

興味深いのは,オリジナルのテキストそのままの科白で観客を笑わせた場面がいくつもあったということだ。たとえば,ハムレットがオフィーリアに「尼寺へ行け」という場面(原テクスト:3幕1場)や,祈りを捧げるクローディアス王を見て,いま仇討をするか否か逡巡しているハムレット(3幕3場)がそうである。どれもテクストを目で読んだだけではシリアスであまり笑えないが,(役者の演技,演出の為せる業か)役者が演じると笑いが起こる。
3幕4場,ハムレットと実母ガートルード妃との対話はすごい。

ハ「母上,なにか御用?」
妃「ハムレット,お前のために,お父上はたいそう御不快の御様子」
ハ「母上,母上のために,父上はたいそう御不快の御様子」
妃「これ,これ,そのようなふざけた返事のなさりようは」
ハ「それ,それ,そのような意地悪な質問のなさりようは」
妃「まあ,ハムレット,一体,どうしたのです?」
ハ「一体,どうしたって,一体,何が?」
妃「この私をお忘れか?」
ハ「いや,とんでもない,忘れるどころの話じゃない。あなたは王妃で,夫の弟の妻,そして残念ながら,この僕の母」(注)

ハムレットのこの鸚鵡返しのなかには,実の母が父の死後,すぐにその弟クローディアス(しかも実は父王暗殺の犯人)と結婚したことへの辛辣な非難が込められている(王妃の科白の「お父上」は,ハムレットの義父・現国王クローディアスを指し,「お父上」に対する無礼な振舞いを責めている。それに対しハムレットの「父上」は実父である先王を指し,亡き先王に対する王妃の不貞を非難している)。
ハムレットは他でもあちこちでダジャレを連発しているが,どれも棘を隠し持っていて,テクストを読んでも笑えない。しかしこれが役者の演技にかかると笑いを引き起こすのだから不思議だ。
しかしここにこそ演劇のエンターテイメント性,口上であった「もっとも笑える悲劇」ということの精髄があるのではないか。そしてこれは悲劇と喜劇,涙と笑い,悲しみと喜びが分かち難く結びついているというルネサンス文学の精神性を最もよく表わしたものなのである。

ところで,このようにして真面目の裏に滑稽があれば,滑稽の裏にも真面目があるということになる(おもしろまじめserio-ridereは,ルネサンス文学の一つの特徴である)。実はハムレットの若禿には一つの意味が担わされている。
ハムレットは自分の頭を指してこう言った。
「これは私の苦悩の証だ。人生から逃げぬ勇気と誠実の賜物だ」
そして最後にホレーシオはハムレットについて「考えつづけた方でした。考えることを止めない方でした」と(いうようなことを)言った。このような悩み考え続けるハムレット像は当たり前のものだが,鈴木聡はこれにフォーティンブラスをはっきりと対比させることで人物像をより鮮明にさせた。ノルウェーのフォーティンブラスは典型的な武人で,ものごとをあまり考えず何でも単純化させるタイプの人物である。この対比について鈴木は「明快なことの方がいいという,今の風潮に対する僕の気持ちを書き込んだ」と言っている。

等身大の若禿の王子は,笑いとともに「考えつづけることの大切さ」を伝えているのだ。

(注)脚本は小田島訳がもとになっているのだろうが,この引用は手許にあった岩波文庫版(野島秀勝・訳)から。

●参考
  • シェイクスピア『ハムレット』(野島秀勝訳,岩波文庫)
  • 「ハゲレット」公演パンフレット(竹書房)
  • 読売新聞 2006.01.04 夕刊

  
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