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ふきだまりな話1:「それ吹け、やれ突け」―好色見世物について―



見世物というものをご存知であろうか。
即席のボロ小屋の中の粗末な舞台で、驚異、悪趣味、低俗、そして、いかがわしい世界を繰り広げる大衆芸能の一つである。「祭り」があると、ふと現れ、終わると同時にふと消えるそれは一つの異界の入り口だった。
昔は、「祭り」といえば跳梁跋扈していたということだが、その内容面の問題や娯楽の多様化からか、次第に上演機会を失っていった。「人間ポンプ」で知られた昭和見世物界のスター安田里美も鬼籍に入り、最早、歴史的遺物となった感すらあるものである。
ところで、見世物最盛期の江戸時代には性的な見世物が多くあった。
女相撲という今でいうキャッツファイトのようなものから、女体に蛇をからませ、時には鼻の穴から通すなどの荒業も見せた蛇女、フタナリ少女を晒し者にする因果物まで、その悪趣味さの度合いも様々であったが、その中でも茶目っ気あふれるものとして、「それ吹け、やれ突け」を紹介してみたい。
まずは、その前史として「女の意和戸(あまのいわと)」というものがあった。これは舞台上に椅子を置き、紅粉で化粧し、華美なうちかけを着た女がそれに座る。そして、
「評判、評判、御戸帳開いて、そりゃ出た、また出た、そう出ちゃたまらぬ、うえ見て下見て、八文じゃ、色の好きな奴ァ目つきで知れる、きらいなお方が何あるものか、そのわけだんよ、このわけだんよ」
という口上とともに、舞台上の美しいうちかけを着た女太夫の裾を、ときおりムチの先ではねあげて、チラチラ女陰や肛門を見せるというもので、見物人はそれをただニヤニヤしながら見ているというたわいのないものだった。
それがやがて、舞台上の女太夫がおはやしにノッて踊りながら、ときおり裾を開いて女陰を見せるところを、見物人が長い火吹竹のようなもので吹いたり、たんぽん槍のようなもので突いて、笑わずに出来たら景品を出すという見世物「それ吹け、やれ突け」になった。
では、『開談遊仙伝』によって「それ吹け」の見世物の模様を見てみよう。



まず、木戸口で口上の男が呼び込みをやっている。
「サア江の島弁天岩屋の開帳開帳。正の物を。正でお目にかけますぞ、さねが岩。けぶかの松、こつぼ石までお目にかける、評判評判評判」
八文の木戸銭を払って小屋に入ると、手に火吹竹をもった男が、女太夫をねらっている。女太夫は、その客をはやしたてて
「ソレソレもっときつゥくお吹きよ。エエ上だよ上だよ、アレサ下を下を、ソレソレよいよよいよ、こう尻を振りまわしたり、ひょいひょいと動くだびに、ひらいたりすぼんだり、舌を出したりすっこめたり、ヤンヤヤンヤ、どっとほめたりほめたり。オホホホホホホホ」
むらがる見物人も、口々に勝手なことを言う。
「アレアレ奥の院まで見えるは見えるは、フフフフフフフフ、こてぇられねえ」
「こいつは珍らしい、奇妙奇妙、どうともいえぬいえぬ」
「これはたまらぬ、いつ見ても悪くない」
「ハテ、飛んだ見世物だ、アア気が悪くなったわえ」



「やれ突け」も似たような見世物で
「それ突け、やれ突け、ここ突きゃおへそだ、三寸さがれば水戸様御領分」
というはやし歌とともに、見物人はたんぽん槍で女太夫の股間にいどんだのである。
この種の見世物は明治元年に禁止となったが、なんと大正時代まで続いていたというから驚きである。
現在、絶滅の危機に瀕している見世物は元来、ロクでもないものである。女性軽視、差別の助長、問題をあげればきりがない(その問題意識もまた、逆差別といったような問題をはらんでいるが)。だが、エロスの点に限って見たとき、資料を繙いていると、現代のエロスにはない、妙な「なつかしさ」を覚えるのを禁じえないのである。

以前、私は靖国神社のみたま祭りで初めて見世物というものを見た。ネタとしては確かにエログロナンセンスではあるが、そこには資料から感じた「なつかしさ」などは感じられなかった。なるほど、世界が既視のもので埋め尽くされる中、ちっぽけで奇妙な異界はどこかに行ってしまったのだ(屑)
  
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