IPR2005 ひらま編メインページ > 2005年10月11日 > 7)2003年 5月=仕事そっちのけだった知財学会、あの日=


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どもども。平間です。
さてさて、いよいよ知財学会のお話です。
今でも話題に上がりますが、(自分でいうのも変ですが)あの学会は伝説になりました。
なんであんなにパワーがあったのか自分でもわかりませんが...。


【未だに謎です。非会員なのに学会運営メンバーになった理由】
↑となっていますが、運営メンバーになった理由はいたって簡単なんです。

『憤り(いきどおり)』

これです。これしかありません。
柴田さんも伊原さんも山内さんも、そして私のことをよく知る方々ならよくおわかりかと思いますが、私、結構キレやすいんですね...。
で、キレました...。

とはいえ、時系列にそもそものきっかけについてお話しなければいけないと思うのですが、たぶんあれは2002年の12月だったと記憶しています。柴田さんから「平間さん、今度東工大で打ち合わせがあるんだけど来ない?学会の打ち合わせをちょっとやるんだけど...。」と誘われたんです。
別になんてことはなかったんですが、興味半分と暇だったのが半分(当時は暇でした)。
よくわかんないけど、とりあえず行ってみようかな、と。
また、第6話でもお話したように、勉強会についていろいろ悩んでいたので、気晴らしに、ってのもあったかもしれません。

12月のとある中旬。夕方にみんなで大岡山駅で待ち合わせしました。
徒歩0分の東工大にぞろぞろと...。

名前は覚えていませんが、とにかく大学のお偉いさんがたくさん来ていて、「ありゃぁ...。場違いなところに来てしまったのぉ...。」と思いながらも、とにかく黙って話を聞いていました。
なんだかわからないんですが、”こいつらアホだな...。”と思ったことだけは記憶しています。
”○○先生を呼ばないと...。”
”××先生の話はここに...。”
”△△先生はどこにしようか...。”
なんかこんな感じ。
企画がどうとか、コンセプトがどうとか、そんなのは一切なし。
まずは、学会(発表会)のハコに、順番を間違えないようにお偉いがたを組み込んでいく。
ただ単純に、それだけの内容だったと思います...。

なんだかあまりにもつまらなかったので、その打ち合わせが終った後、東工大の近くの蕎麦屋で飲むことにしたんですね。

その当時の(打ち合わせの)メンバーも、誰がいたかすら記憶が定かではないのですが、なんだかあまりにむかついていたことだけを覚えていて、そんなこんなでいつのまにか柴田さんにのせられて(?)翌年の5月に開催される”日本知財学会第1回学術研究発表会”の運営メンバーになってしまっていました。


【2003年闇との遭遇】
それから半年は、知財学会のために時間を費やしていたような気がします...。
個人的に会場を下見に行ったり...。
私の仕事上の付き合いの業者さんと看板の打ち合わせをしたり...。
PAなどの機材関係の打ち合わせをしたり...。

もちろんスケジュールや企画も考えてました。みなさんが。
どんな企画にしようとか。その企画であれば誰を呼ぼうとか。
この辺はビジネスIPRの皆さんが、とんでもないご活躍でがんがん決めてくださってました。

と、いうことで、私はあくまでも運営(裏方)に徹していました。
予稿集の打ち合わせや印刷業者への手配...。(yuckoありがとさんです)
ホームページの作成やなんやかんや...。(沙里ちゃんありがとさんです)
この半年間の私の会社のデスクは、学会資料でうずもれていました...。(会社にも感謝)

想像に難くないと思いますが、すべてがすべてうまくいくわけがなく...。
すべてがすべて、トラブル発生...。(すべてってのは言い過ぎかな...。)

この頃流行ったことばが、”闇”。とにかく闇の人は、我々の常識がすべて非常識。
この頃流行ったことばが、”黒”。とにかく黒の人は、我々の常識がすべて非常識。 

あんまり書くと、ホント嫌な奴になりますんでこれ以上は書きませんが(ってずいぶん書いてますが)、ホントいろいろありました。(私も大人気なかったです...)

ただただ、この頃の私は、「知財学会の発表会は、あくまでもイベント。知財のことをよく知らない人が、このイベントをとおして、少しでも知財に興味を持ってくれたり、勉強してみようというきっかけづくりになればいいんだ。」ということだけ思ってました。
その意味では、規模は違えど、”想い”と”やってること”はビジネスIPRのスタンスとなんら変わらなかったのです...。


【本業の仕事でも、ここまで徹夜したことない...】
ビジネスIPRのホームページからも当時の様子を垣間見ることが出来ますが、
http://www.business-ipr.org/record/ipaj20030524/index.html
残りの1ヶ月は、かなりの重労働でした...。

2週間前には、スタッフマニュアルの読み合わせ。
会場別、時間別にどのようなスケジュール、流れになっているのかを、これさえ読めばわかるようにしたスタッフマニュアルを作成したんです。やはりというかさすがというか、総勢50名のスタッフはみな大人の方ばっかりでしたので、マニュアルを読んだらあとは勝手に動いてくれました。
これにはホント感謝でしたね...。

1週間前には、会場の下見と詳細の詰め。
2日に分けて会場の下見。下見が2日間あったことで、限りなくすべてのスタッフが参加することができ、ほぼ全員でイメージを共有することが出来ました。これもやはりというかさすがというか、総勢50名のスタッフはみな大人の方ばかりでしたので、さまざまなリスクを想定しながら下見をしていました。
これにもホント頭が下がります...。

そしてラストスパート...。
前日も、日が沈んでからもろもろの搬入を終え、細かいチェックを終え、帰ってからはすぐに翌日の準備を、と思ったら...、朝になってるっつーの!
そそくさと、大岡山にもどり、またもろもろの準備を始めておりました...。


【当日だって、いろいろありました...】
朝から仕込み(準備)に追われてましたが、気がつくとみんなが来はじめて、あっというまに全員集合。
(はえぇ~っつーの!)
朝礼を終えて、あとは野となれ山となれ!
日本知財学会第1回学術研究発表会の幕開けとなりました。

いや~。くるわくるわのお客さん。
事前の申し込みは500名を超えたよ、と聞いていましたからあまり不安はなかったのですが、やはり受付に長蛇の列ができると、あとは気合十分。インカムをつけて走り回るのでした...。

ホント、これも当時を知っている皆さんに聞いていただきたいのですが、いろいろ事件がありました。

何といっても、これが一番有名になってしまいましたが、”平間土下座事件”。
実は開催数日前。とある政治家が、プログラムに割り込んできていたんです。
これはこれで良しとしたのですが、持ち時間は10分。10分だけだよ。とはいっといたんです。
ところが...。

「終わんないっつーの!いつまでしゃべってんだっつーの!次のプログラム始まるっつーの!」

すかさず最前列に移動して、その政治家の前で”巻き(早くやめろという意味の催促ポーズ)”
を入れ始めました...。でも...。全然やめる気配なし!
それでもめげずに”巻き”を入れてました...。
それでも全然終る気配がないので、しまいには土下座して声なき声で”終ってくれ~!”と叫んでいました...。
すると、「なんだか目の前のスタッフが止めろといってるから止めますわ。」と言って突然ステージを降りたんです...。その政治家...。
”お~!よかった~!”次のプログラムまであと2分...。急いでどんでんを行って、なんとか次のプログラムを無事にスタートさせることが出来ました...。

”あ~よかった~...。”ホッとしたのもつかの間。
裏に戻った瞬間、最高責任者であるお偉いさんにイキナリ怒鳴られました...。
「バカヤロウ!なんてことしてくれたんだ~!お前、自分が何やったかわかってんのか~!」と烈火のごとく。
どうも、政治家の話を途中で切ったことが大問題だったらしく、お偉いさんは慌てふためくばかり...。
誰が、いつ、謝りに行くかで喧々諤々なんです...。
「いいっすよ。俺のせいだし。俺が謝りに行くから...。」と私が言ったら火に油。またもやお偉いさんは、「バカヤロウ!お前みたいなペーペーが行ったって、話になんねぇんだよ!」と烈火のごとく。

あらららら...とは思ったんですが、私からすれば政治家なんかより運営が大事。
気にも留めずに運営に徹しておりました...。

そんなこんなの2日間。
無事に(?)終了し、その日は大岡山の”いろは”で打ち上げ。
その後は波と里を貸し切って打ち上げ。
酒に酔いしれたのでした...。


<おまけ>
この学会ではいろいろなことを学びました(憤りました)が、ちょっとだけ嬉しかったことがありました。
メインでいろいろご尽力いただいた渡部さん。(渡部先生とお呼びするんでしょうか...)
波と里での打ち上げの際にいろいろ語り合ったんです。その際に、「いや~。今回の学会、嬉しかったんだよ~。だってね、とある家族連れが来ていて、だんなさんが、”俺はこっちの講座を聞きに行くから、おまえ(奥さん)はおまえが聞きたいあっちの講座に行けば?”なんて言ってるんだよ~。奥さんは赤ちゃんを連れて、二人別々の講座を聞いてたんだよね~。嬉しかった~。」
なんてことをしみじみ言うんです。
かなり好きになってしまいました。

だって、このスタンス、私と一緒だったんですもの。

なんだかよくわかんないおっさんもたくさん来てましたが、私がやりたかったことは、イベント。
”知財に興味はないんだけど、なんとなく来てみたら面白かった。””気楽な気持ちで来てみたけど、ちょっと勉強してみようって気になった。”
こんな人にたくさん来て欲しかったんです。

なんだかよくわかんないおっさんたちは、知財協や発明協会やその他のセミナーに行けばいい。
あたしゃそんなの嫌だから、単なるお祭りイベントにしたかった。

それを実は一番(かどうかは知らないが)偉い人も同じことを思ってた。

だから少しはやってよかったかな、と。

いやはや、いろいろあった知財学会でした...。





カテゴリ: [<私とビジネスIPR>] - &trackback- 2005年10月11日 16:57:10

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