SS1(日常/ハローウィーン編)


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都会みたいな蒸し暑さは無いが、北国とはいえやはり夏は暑い。
クーラーを入れたいところだが生憎そんな余裕なんて俺には……。結局貧乏人は滝のような汗を零すしかないのだ。そしてそんな地獄みたいな夏から開放され、秋が来た。
うん、春も心地いいがこの季節がやっぱり一番過ごしやすいな。
暑いわけでもない、だからと言って寒すぎることも無い。最高じゃないか。
俺は一人でそんなことを思いながら先ほど純の入れてくれたお茶を啜ろうとしたところで勢いよくドアが開く。
そこに涼子が勢いよく来て机を両手について身を乗り出してきた。しかも満面の笑みで。
俺は反射的に身をそらす。
「な……なんだよ。」
「ねぇ、アンタはなめてるのかしら?」
「な、なめ、……? いきなり何だよ。」
涼子の唐突すぎる言葉に眉を寄せつつ首を傾げる。
「だーかーらー、アンタは萌えをなめてるのかって聞いてんの!」
俺が何のことかわかっていないことが余計に涼子の勘に触ったのか若干キレ気味に聞いてくる。
「涼子、とりあえず落ち着け。俺はさっぱり話が見えない。」
俺はお茶が入った自分の湯のみをとりあえず涼子に勧めつつなだめようと試みた。
涼子が俺から湯のみを奪い取るとさながら風呂あがりの牛乳のように腰に手を当ててごっくごっくと飲み干す。そして空になった湯のみを机にやや乱暴に置くと大きく息を吐いた。
どうやらようやく少し落ち着いたらしい。
「アンタ、1週間後はハローウィーンなのよ? なのに何のイベントもやらないで終わらす気?
そんなのあたしが認めないわ! ハローウィーンイベントがないメイド喫茶なんか……
お茶といいつつ茶葉がひとつも入ってないただのお湯と同じよ!」
「……わかりやすいようなわかりづらいような例えをありがとう。
とりあえずお前はハローウィーンイベントがやりたいんだな?」
「えぇ、そうよ!」
涼子が目をキラキラと輝かせて大きく頷く。
ここで断ったら興奮しきった涼子に首を絞められる……いや、もっとひどい拷問が待っているかもしれない。
……まぁ、ハロウィーンイベントもそんなに悪い話でもないしな。
「わかったよ。ハローウィーンイベントやるか。
とりあえずは期間限定でカボチャを使ったメニューとお化けのコスプレするぐらいしか出来ないがな。」
「じゅーぶんよじゅーぶん。コスプレはあたしに任せなさい!
皆にあたしが飛びっきりの可愛いコスプレをチョイスしてあげるんだから。
もちろんあの3人にもね。」
涼子が任せとけ、とでも言うように右手を胸の上に置いて自信満々にウィンクを飛ばした。
まぁ、実際今までの経験上涼子にこういうコスプレのことを任せて失敗したことはない。
俺は素直に任せるよ、と言うと涼子は嬉しそうににこにこと笑顔を浮かべながらその場を去った。


そしてハローウィーンイベント当日。
店内には昨日の夜皆で必死に作った飾りがハローウィーンイベントという雰囲気を店内にかもちだしている。
客机には黒いテーブスクロスを引きその上には洋風の蝋燭が、入り口にはカボチャのランタンが何個か並んでるなどとにかく何処からどう見てもハローウィーンだ。
腰に手をついて満足げに息をついたところだった。
二階からコスプレ衣装に着替えたメイドたちが降りてくる。
魔女に幽霊に吸血鬼……なかなかユニークなコスプレじゃないか。
そして例によってあの3兄弟ももちろん女装なワケで。
純は胸に十字架を置いたシスター、直は背中が大きく開いた悪魔、泉は白い服に羽をつけた天使か……まぁ、似合ってるんじゃないか。
直は大きく露出させた背中が恥ずかしいのかそわそわし、俺と目が合うと顔を真っ赤にして
「見るんじゃねえこの変態!」
とか言いだす始末だ。
目あっただけなのに変態とはな。俺は嫌味たっぷりな笑顔を浮かべると
「大きく開いた背中がせくしーじゃねぇか。」
と俺はわざとせくしーを強調して言ってみる。まぁ、あんのじょう直に足蹴りされるのだが。
純はそんな俺たちを見てくすくすと笑いながら泉の羽を直していた。
泉は相変わらずぼんやりしながら机のうえにある蝋燭を見つめてる。

そして店が開店するとハローウィンイベントだからかメイドたちのコスプレを見に来るかのように次々と客が来店してくると同時にメイドの仕事も忙しくなる。
それに比例するように俺の厨房での仕事も急がしくなって行った。
「雅紀さん、カボチャパイまだですかー?」
「おう、今焼けるから待ってな。」
「はいっ。」
純がオーダーのカボチャパイが遅いといわれたのか俺の元に確認に来る。
まったく、客も見れば忙しいのわかんだろって感じだぜ。わかったなら催促するなんて自重してほしね。
頭の中でそう悪態をつきつつ俺はあと数分で焼きあがるカボチャパイが出来るのを待った。



――――……

そしてハローウィーンイベントが無事終わると俺は客席にもたれ掛かって腕を背もたれの後ろに放り出す。
「はぁー……。」
疲れとともに大きくため息がでる。
首の筋肉をほぐすように俺は左右に曲げるとコキ、と音が鳴った。
今日は風呂を沸かすのは面倒くさいし銭湯に行こうかな、とぼんやり思考を巡らせていると突如上から飴が俺の顔面めがけてバラバラと落ちてくる。
雨が降るのはわかるけど飴って……。世の中不思議なこともあるもんだ。
「……って、何だ!?」
数秒遅れてから上半身を起こすと膝に乗った飴を一つ指先で掴んで後ろを振り向いた。
「ばぁーか。ぼーっとしてるから悪いんだよ、オッサン。」
直が俺の反応がおかしかったのか肩震わせて笑いながら悪戯っぽく目を細めて馬鹿にするような言い方で言う。
まったくコイツは……。
「お前なぁ……こっちは疲れててお前みたいなガキんちょにかまってやる元気なんて無いんだよ。」
勝ち誇ったように笑っていた直の顔が拗ねたように変化すると唇を尖らせた。
「ガキんちょじゃねーっつーの。変態オヤジ。」
「…っこら、ナオくん駄目でしょ!」
直が小さく悪態をついたところで未だシスター姿の純が器に入ったかぼちゃの煮物を持ってきた。
「まったくもー……雅紀さん疲れてるだろうだろうから飴あげてきなさいって言っただけなのに余計なことしちゃうんだから。」
俺の前の机にかぼちゃの煮物を置くと俺に向かって苦笑いを浮かべてごめんなさい、と小さく謝罪した。
「あの、かぼちゃ余ってたから煮物を作ってみたんです。
夕飯にどうかなぁって……あ、味付けはナオくんがしたからいけると思うんですけど。」
カボチャの煮物はいかにも味が染み込んでるような濃い色に染まったカボチャがほくほくとしてる。
疲れると逆に食欲わかないなんてこともあるが、俺の腹は正直にグゥゥと音を出した。
そうか、お前はこれが食べたいんだな。その気持ちはよくわかる、うんうん。
「美味そうじゃないか。腹も減ったし夕飯にしようぜ。」
俺の素直な言葉に純も直も嬉しそうにする。
そこに厨房から泉が来て俺の腕の裾をくい、と引っ張った。
「ん? どうした泉。」
泉の頭をぽんぽん、と撫でてやるも無反応で無表情なためやはり考えていることがよくわからない。
まぁ、今になって始まったことじゃないから慣れたけどな。
「……とりっくおあ、とりーと。」
とりっくおあとりーと……トリックオアトリート、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞってか。
そんな言葉どこに覚えたんだ。まぁ、大体は涼子と言う人物に結びつくわけだが。
「お菓子欲しいのか? 泉。」
泉は何も言わないまま俺の顔をぼんやりと見つめた。
俺は自分が持っていた飴に気付くと泉の手を取ってやや上げると手のひらに飴を置いた。
泉は少し飴を見つめてからそっと握り、満足げに小さく笑みを浮かべる。
こういうところが可愛いんだよなぁ。
「じゃあ、今ご飯と味噌汁持ってきますね。」
純がにっこり笑うとほら、ナオくんもイズミくんも手伝って?と二人を連れて行った。
というかアレだな、あいつらはコスプレから着替えないのか。
ナオはさすがに恥ずかしいのか上着を羽織っていたが。
一人残された俺はそんなことを考えながら机にほお杖をついてかぼちゃの煮物を軽くつまみぐいをしてみる。
……美味い。
疲れた体にじんわりとカボチャの甘みが染みるような、上手く言葉で表現できないがなんつーか……まぁ、美味いんだ。
厨房からは味噌汁の香りが漂う。
まだテーブルに引かれている黒いテーブルクロスに洋風の蝋燭は妙に純和風のかぼちゃの煮物とミスマッチでクスリと笑いを零した。
味噌汁と飯がくるまで空腹を少しでも満たそうと机に転がる飴を手に取ると小包を開けて口に含む。
味はどうやらリンゴらしい。
飴をなめていると3兄弟が来て飯や味噌汁、漬物を並べていった。
やっぱり純も蝋燭はさすがミスマッチだと気付いたのか蝋燭を他のテーブルの上に置く。
そして俺はシスターと悪魔と天使に囲まれて純和風な食卓を囲むのである。
「……雅紀さん、どうかしましたか?」
シスターもとい、純が不思議そうに見つめてくる。
「ニヤニヤしてて気持ち悪いぞお前。」
直が半ば引き気味に見つつ眉を寄せる。
そうか、ニヤけてたのか俺……。
「いや、なんかお前らのコスプレとカボチャの煮物が不釣合いだったモンでさ。」
「あぁ、これは涼子さんが夕飯もこの格好でいたほうがきっと雅紀さんが喜ぶからって……。」
「っとにお前はホントにどうしようもない変態だよな。」
「……うれしい?まさき。」
……涼子は俺を何だと思ってるんだ。変態か。
まぁ、しかし……
「ありがとさん……ま、目の保養にはなるよ。
さて、そろそろ俺の腹が限界なワケで。」
俺のためにしてくれてるってわけだよな。
「はい。おかわりもありますからたくさん食べてくださいね。」
「いただきます。」
「いただきます……。」
「いただきます。」
俺は胸の前で手を合わせるとシスターと悪魔と天使に囲まれながら今日の夕飯を食べ始めたのだった。


おわり。