無題2 作者:o.p


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 12月31日23時30分、葛城邸。
 間も無く新年を迎えるという厳かな空気を劈くように、馬鹿騒ぎする声が周囲に響き渡っていた。
 主催者は勿論、この家の主である葛城ミサト。
 彼女の思い付きの一言により、こうして年越し大宴会が開催されているのだ。
「しっかし・・・まさか本当にあんたまで来るとは思わなかったわよ」
 烏龍茶をちびちび飲みながら、アスカは隣に座っている少年を軽く睨んだ。
「何だか面白そうだったから来たんだけど・・・君は僕と二人きりで会いたかった、って顔だね」
「だっ、誰が! そんなこと一言も言ってないわよっ!」
「目は口ほどにものを言うって言葉もあるだろう? 君の瞳は正直なんだよ」
 覗き込まれながら微笑まれ、アスカはそれ以上反撃できなくなってしまう。
 いつもなら、もう少し上手くかわせるはずなのに。
 それができないのは、こんな大勢の中にいながらも腕が触れるくらいの近さに彼を感じているせいなのだろうか。

 この宴会が始まったのはつい先程のことだ。
 一足先に年越し蕎麦を食べながら、ミサトが急に思い立ったのが発端だった。
 いつになく強引なミサトに気圧され、シンジやアスカは渋々友人知人に誘いを掛けた。
「アスカ、カヲル君も呼んでおいたからね」
 電話を切りながらシンジにそう言われ、アスカは蕎麦の汁を盛大に噴き出した。
「なっ、なっ、何で呼ぶのよ!?」
「え、駄目だった?」
 邪気の無いシンジの笑顔に、何故かそれ以上反論は許されない威圧感を感じる。
「こうでもしないと、アスカは自分からカヲル君を誘ったりしないでしょ」
 ズバリ言い当てられ、アスカは手の中の小さなアドレス帳を握り締めた。
 ヒカリに電話を掛けた後、あいつの顔が浮かばなかったわけじゃない。
 でも、どんな風に、どう言って誘えばいいのか、わからなかったのだ。
「綾波も珍しく連絡がついてね、来てくれるみたいだよ」
 ほんのりと頬を染めながら嬉しそうに報告してくるシンジの後ろで、
ミサトがニヤニヤしながら聞き耳を立てていることに気付き、乱暴に箸を置く。
「みっ、皆来るみたいだし・・・き、着替えてくるわっ!」
 何とかそれだけ声に出すと、アスカは光の速さで自室に戻ってしまった。


 点けっぱなしのテレビからは、年越しを待ち侘びる歓声が引っ切り無しに聞こえてくる。
 壁の時計を見遣ると、今年も残すところ5分少々となっていた。
「もうすぐ今年もお終いね。何だか騒々しい一年だったわ・・・」
「・・・・・・」
「・・・カヲル?」
 隣に居るはずなのに何も言わないことを訝しみ、アスカはそっと彼を覗き込んだ。
「・・・ひっ!」
 途端、小さな悲鳴を洩らす。
 それもそのはず、そこに居たのは綺麗な微笑みを湛えたいつものカヲルではなかったのだ。
 陶器のような滑らかな白い肌はほのかに桃色に染まり、いつだってアスカの心の内まで見透かしているような真紅の瞳はとろんとして焦点が合っていない。
「あ、あんたどうしちゃったのよ!?」
「・・・アスカ・・・?」
 自分を呼ぶ声すら、ふわふわしていて上機嫌に聞こえる。
 こんな声、聞いたことがない。
「あんたまさか、お酒飲んだんじゃ・・・」
 カヲルの両手がゆっくりと伸びてきたかと思うと、そのままガシッと両肩を掴まれた。
「ちょっ、何・・・」
 若干の痛みを感じて顔を顰めると、いつの間にか目の前にはカヲルの顔が近付いてきていた。
「キ、キャァァァァーーーーーッッッ!?」
「明けましておめでとーっ!」
「ハッピーニューイヤ~!!」
 アスカの悲鳴は、年明けを迎えた歓喜の雄叫びで掻き消される。
 どいつもこいつも酔っ払っているのか、陽気な声で新年を喜んでいるようだった。
 心の中で小さく舌打ちしていると、そっと顔を戻される。
 目の前にはまだカヲルの顔。
 もう逃げられないと諦めた瞬間、唇が重なった。
 微かな酒の匂いが鼻腔をくすぐる。
 こちらまで酔ってしまいそうだと思った。
「ん・・・ちょ・・・、カヲ・・・」
 触れるだけかと思ったそれは一向に離れてくれず、気が焦り始める。
 いくら皆酔っ払って騒いでいるとはいえ、同じ部屋の中。
 これでは気付かれるのは時間の問題だ。
 両手に力を込めて、カヲルの胸を押そうとした時だった。
「あーっ! 渚と惣流がチュッチュしとるでぇ~!?」
「おぉっ!? いつの間にやらイヤ~ンな感じ!」
「キャーッ、アスカ、公衆の面前で・・・フ、フ、フケツよっっ!!」
 クラスメイト達に見付かり、一斉に騒ぎ立てられる。
「ちっ、違うの! 違うのよっ!!」
 慌てて否定しながらカヲルを離そうとするが、彼の身体は言うことを聞いてくれない。
「ちょっとあんた、いい加減離れてよッ!」
「アスカ・・・今日はいやに冷たいね・・・それも作戦のうちかい・・・?」
 もう殆ど呂律の回らない口でニヤリと笑うと、カヲルはそのままパタリとアスカの膝の上に崩れ落ちた。
「わっ、カヲル君!?」
「フィフス・・・だからお酒は駄目って言ったのに」
 急に倒れたカヲルを目にして慌てるシンジの横で、レイがいつものように顔色ひとつ変えずに呟いた。
「・・・カヲル・・・?」
 恐る恐る覗いてみると、微かに寝息が聞こえる。
「寝てる・・・みたい・・・」
「あらあら、二人きりのときはいつもそうやってくっついてるのかしらぁ? いくら表面でツンケンしてても、アスカも恋する乙女ってことなのね~」
 ほっと息をついたアスカを、ミサトがニヤニヤしながら眺める。
「恋人といちゃいちゃできない僻みに聞こえるからやめなさいよ、ミサト」
「リッちゃんの言う通りだぜ。放っておいても子供はそうやって色々経験して、成長していくもんさ」
「そ、そんなんじゃないってば!!」
 アスカの必死の叫びも酔っ払った大人たちには届かない。
 現に彼らはもう、ビール片手に「私も若い頃は・・・」なんて思い出話を真剣にし始めている。
 そもそも、こいつが変なことするのが悪いんじゃない!
 心の中で毒づくと、アスカは気持ち良さそうに寝息をたてるカヲルの額を指先で軽く弾いた。
「うぅん・・・」
 カヲルは僅かに眉根を寄せたが、目は開けずに口を開いた。
「・・・ダメじゃないか・・・アスカ・・・そうやって悪戯ばかりしてるキミには・・・お仕置きが必要だね・・・」
 瞬間、その場の空気が凍りついたのがわかった。
「き、聞いたか、今の?」
「バッチリ聞いた。渚の両手が惣流の腰に回ってるのも、いつものことってヤツかもね」
「アスカッ! フケツよフケツよっ!!」
「信じられないよ、カヲル君もアスカも、もうそんなところまで・・・普段は口喧嘩ばかりしてるのに・・・」
「私も・・・驚いたわ・・・」
「アスカぁ、私の目を盗んで、いつ! どこで! 彼とそんなことをしているのかしらぁ?」
「だから放っておきなさいって言ってるでしょ」
「馬に蹴られるぞ、葛城」
 遠巻きに見つめる皆の視線が針のように痛い。
 爆弾を落とした当の本人は、また気持ち良さそうに眠ってしまっている。
「だから違うんだってばーっ!!」
 新年を迎えた厳かな夜空の下に、半泣きの彼女の叫びがいつまでも響き渡っていた。


=終=