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ブッカー賞作家のオタク紀行

 ずっと気になっていたブッカー賞作家ピーター・ケアリーの『Wrong About Japan』(Knopf)を最近になってようやく読んだ。
 これがもうとてつもなくおもしろい(おかしい)のだが、おそらくこの本の本当のおもしろさは日本人(それもかなり狭い範囲の)にしかわからないものだと思う。

 内容はマンガとアニメが大好きでとってもシャイな12歳の息子チャーリーくん(ガンダム大好き)を通してこの異国の文化に興味を持ったケアリーが、よせばいいのに親子で日本まで富野由悠季、宮崎駿をはじめとするアニメ界のスターたちに取材しにいき、いく先々で巨大なカルチャーショックを受けて結果的に逃げるようにニューヨークに帰るまでの顛末を描いたもの。
 その抱腹絶倒の内容に小野耕世さん(じつは来日時にケアリーの取材を受けていて本書の中にも非常に重要でおそらくもっともカッコイイ役回りで登場する。そういったら本人はすごく嫌がってたけど(w)と大いに盛り上がったのだが、その「おかしさ」(小野さんは「親子弥次喜多だ」といっていた)はある程度までは作者も自覚し意図的につくられたものだが、私たち日本人にとってより強烈な笑いを誘うのはおそらく作者本人にもよくわかっていない部分である。
 なんといっても本書の白眉は富野取材にまつわる場面なので、試みにいくつかちょっと訳してみる。

 まず、ケアリー親子がブルックリン美術館でおこなわれた「My Reality: Contemporary Art and the Culture of Japanese Animation」というタイトルだけでだいたい内容が想像できる展覧会にいってヤノベケンジのオブジェを観てよりによって『機動戦士ガンダム』との類似に思いを馳せてしまうシーン。

 私は頭の中でヤノベの作品とアニメ『機動戦士ガンダム』のあいだに明確な類似点を見出していた。チャーリーのために私はこの作品についてすでにちょっとした知識を得ていたのだ。1979年にテレビ放映されたこの社会現象化した作品は宇宙戦争の中で少年兵によって操縦されるモビルスーツと呼ばれる巨大ロボットをフィーチャーしている。ニューヨークを離れる前からガンダムのクリエイター、富野由悠季と手紙のやりとりをはじめており、私はいささか性急にいくつかの自分の考えを伝えようとした「まずあきらかなのは少年兵を巨大な機械兵士に乗せることによってガンダムが視聴者を感情的に満足させようとしていることです。このためこの作品は他の成功した多くの児童文学や映画が子供たちに与えてきたのと同様なもの--力の感覚を子供たちに与えることに成功しています。
「しかし、あなたの作品がつくりだしているフィーリングはより複雑なものです。私はあなたの手法は社会から切り離された個人がスーツの中で孤立しているのをあらわしていると考えています。この空想めいた読解をあなたはどう思いますか?
「もちろん子供と戦争のトラウマの対比は子供たちの無力感をあらわすものだと思います。そして彼らはあのスーツに現実生活での闘争からの庇護を求めているのです。
「私はヤノベケンジのオブジェを見て、ひとびとが黙示録後の世界でサバイバルビハイクルに閉じこもろうとしているのだと解釈しました。もしミスターヤノベの作品をご存知なら、あなたは何らかの符合をお感じになりませんか? あなた方はともに原爆が投下された時代の、空襲された東京の子供です。このことについてなにかコメントはありませんか?」
(『Wrong About Japan』、Peter Carey、Knopf刊)
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 すでに「志村、後ろ後ろ」といいたくなるような状態である(w 「手紙のやり取り」でどの程度「伝わった(shared)」かが富野サイドの返答がないのでわからないのだが、いずれにせよ読者である私の胸中は不吉な予感でいっぱいだ。
 ややこしいのはヤノベケンジにインタビューするならこれで正解だが、富野由悠季にインタビューするのに事前にこんなことをいうのはかなり無謀だ、という点。この辺はカントクのキャラクターがわかってないとピンとこないと思うが、作者がわかっているかどうか不明だけど、その辺含めてここは東京で実際に会ってからのシークエンスの非常にうまい伏線になっている。
 そしてその感動(?)の対面シーン。

 チャーリーはサインを求めるためにあるミスター富野の著書を買い求めていた。ミスター富野は重々しく、そして優雅にその求めに応じ、大きな太い金色のインクのペンでサインをした。だが、願いには常に代価が必要だ。
「それじゃ君はガンダムが好きなんだね?」ミスター富野が英語で尋ねる。
「ハイ」
 私の息子の観点では支払いはこれでじゅうぶんなはずだった。しかし、ミスター富野は五年生のときの担任教師のようにその先の返答を求める。厳密にはチャーリーは『機動戦士ガンダム』の「なに」が好きなのか? と。
 6対の大人たちの瞳がチャーリーに注がれる。
「ぼくはストーリーが好きです」ついに彼は降伏した「その、とても複雑なところが」そこまでいって口ごもってしまう。ミスター富野はチャーリーを勇気付けるようにうなづいてみせる。3本のテープレコーダーが回る音がする。「キャラクターもとても複雑で……」彼はそういって私のほうを振り返り、助けを求めてきた。
 私はミスター富野にいつ彼がアニメやマンガをつくろうと思ったのかと聞いた。
 私が話すと、私がこの会見の前に提出した質問--そのほとんどはもう忘れてしまった--の日本語訳がテーブルの向こうに回されていった。
 ミスター富野はその紙に眼を落とし、私の耳には彼のアニメ作品の作風とは対照的に響く、柔らかで音楽的な声で語り始めた。
「ミスター富野は現在はもうアニメをつくりたいとは思っていません」ポールがそのギリシャ人の血も日本での生活も感じさせない、ひどく英語らしい英語で通訳する。「ミスター富野は」彼は言葉を続けた「ただ映画をつくりたいと思っておられるのです」
 ミスター富野は私の質問ごと椅子を左に数インチ動かすと1分か2分話した。
「ガンダムはただオモチャのロボットを売るためにつくられたものです」ついにポールがいった「それはひとびとが買いたくなるような商品をつくるためのもので、そこには真のインスピレーションはありません。彼はガンダムをつくることが彼の仕事だったからガンダムをつくったのであり、ガンダム以前にもたくさんのロボットのオモチャを売るためのアニメをつくっています」
 このニュースにチャーリーがショックを受けていたとしても彼は表情には出さなかった。
(『Wrong About Japan』、Peter Carey、Knopf刊)
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 ひ、ひどいよカントク!(w
 しかし、一度でも富野由悠季のインタビューを読んだことがある人間なら、ここで彼がきわめて「らしい」返答をしているだけであることもまたよくわかるはずだ。実際にインタビューした経験のある人間ならほとんどのひとが訳される前の言葉やその口調まで思い浮かべることができるだろう(w
 この後もカントクはいたいけな少年とブッカー賞作家の夢(思い込みともいう)を踏みにじりまくり、作家は絶望のズンドコに叩き落されることになるのであった。
 他にもなぜか皆川ゆかにオタクについて話を聞きにいって「日本のマンガやアニメの起源」について熱く説教され、カルチャーショックを起こしたうえにその話を信じてしまう件なども日本のマンガやアニメの研究者が海外の人間と対話する際に気をつけるべき重要な教訓をたっぷり含んだ(w スゲーおかしい話である。
 少しまじめな話をすると、ピーター・ケアリーはいきなり日本に来る前にフレデリック・ショットかトーレン・スミス(できれば両方)にでも話を聞きにいくべきだったと思う。
 相手が小野耕世であってさえ、日本社会の中で育った日本人である以上、欧米社会で無意識のうちに共有されている常識的な価値観を内面化してはいないわけで、アメリカで生まれ育って日本とのギャップを感じながらアニメやマンガの紹介をしてきた彼らのような人間にまずその感覚的なギャップをキチンと示してもらったうえで日本にこなければそりゃあ訳のわからないことにもなるだろうと思う。ネタがアニメやオタクという日本の社会の中ですらコンセンサスのとれない話題なんだし。
 これって日本人が欧米の文化に向かうときにもまったく同じことがいえるんだけどね。ま、いーけど。
 
 小野さんに聞いた限りではこの本まだ翻訳権売れてないらしいのだが、出版社はすぐにでも買いにいくべきだと思う。なんだったらオレ訳すし(べつに下訳でかまわないんで、無償奉仕はさすがに無理だけど(w 格安でやりますよ)、翻訳やらせてもらえなくとも本作りに参加させてもらえるなら非常にタメになる訳注を書くんだけどな(w
 しっかし、作者の知名度は申し分ないわけだし、なぜ富野インタビューのコーディネートしてる講談社辺りが出さないのかな(翻訳は変てこな知識がいっぱい必要なのでけっこう難しいとは思うけど)? どう考えても翻訳出たらオレと藤津亮太と小川びぃ「だけ」は無条件かつ即座に買うと思うんだけどなー、他のひとのことは知らんけど(w
 あ、普通に紀行文学として読んでもちょっと切なくていい話だとは思いますよ、たぶん。




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