らいなにわらいな。
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らいなにわらいな。
ja
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>ついに、アイスブレイカー第三章公開!!
◇第三章、紹介文。
◆何も知らずに戦って、しかし風間秋は得体の知れない化け物と対峙する事になっても不思議と恐怖心を抱かなかった。「――というか戦いなれてる?!」風間や榊原の気付かぬ所で蠢く何か・・・。アレックスと七原命もついに動き出す。そして夢の中にまで出てきた金髪の少女――。風間自身も自分の記憶を少しずつ取り戻して行くが・・・?!
一方的に謎は深まるばかり、終着点に全ての答えはあるのか?!
>ページ内容紹介
■自作長編小説、アイスブレイカーを公開中。多くの方から様々なコメントや感想、誤字脱字の指摘やアドバイスなどを受け付けております。
管理者はLynaです。ライナと読みます。
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今日来た人数は&counter(today)人。
昨日来た人数は&counter(yesterday)人。
今まで来た人数は&counter()人で、
明日来る人数は予測不能です。
Lynaのメールアドレス
grand_x_cross@hotmail.com
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>公開小説
[[小説 アイスブレイカー第一章]]
[[小説 アイスブレイカー第二章]]
[[小説 アイスブレイカー第三章]]
アイスブレイカー更新停止中orz
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小説 アイスブレイカー第三章
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3.自分自身/PAST
「私は・・・、ほら、大丈夫だから」
――あれ?アイツ・・・。
夢の中で俺は“目を覚ました”。
目の前に広がるのは幻想的なものでも何でも無い、とても現実的な風景と、その中に一人たたずむ金髪の女の子。
「本当はいけないんだけど、今日だけちょっとルール違反ね」
女の子は冗談っぽく笑って、肩をすくめた。
そしてその笑顔に気付く。
――嗚呼、俺、御前の笑顔を良く知ってる気がする・・・。
こうやって夢の中で女の子に話しかけると、聞こえたのか、反応して苦笑してくれた。
なんでこんなに知ってるのに、思い出せないんだろう。
――なぁ、御前、俺の・・・なんだ?
問いかけに彼女は表情から今までの笑みをなくして、悲しそうに言う。
「ごめんね、まだ思い出しちゃいけないんだよ、秋」
現実的な風景、沢山の建物がならんだ街中の流れる人込みの中に一人立ち尽くす彼女と俺の間の距離は、こんなにも近いのに何故かとても遠く感じられた。
「でも、嬉しいんだよ?微かでも覚えていてくれて・・・」
女の子の表情が明るくなり、風が吹いた。
ショートカットの金髪の髪が風に乗り、なびいて何かに気づいたように彼女は続けて言う。
「あ、そろそろ行かないと」
――また会えるよな?
まだ話していたい、この懐かしい感覚を続けていたい。そう思った俺は思わず聞いてみた。―――彼女は俺の好きな笑顔で答えてくれた。
「うん!何時になるかは解らないけど、また会えるから!」
彼女は嬉しそうに手を振って叫んだ。
それを見て距離が離れていくのに気付く。でも俺の体は前には進まない。
そして俺が無意識に口にした。
――愛里、それは現実世界での話しか?それとも夢の中の話か?
この問いに、彼女は驚いた反応を見せて、そして俺の意識は夢から離れた。
/
目を覚ます。
自分の部屋でないのに直ぐ気付いて、此処が榊原の家の中だということを思い出した。
そして、俺は何となくだが彼女を覚えていた。
水城愛里――。
俺の中で、一番親しかった存在。
「恐らくは親友か恋人関係・・・」
そんな事を口にして、ハッとした。
「あああああああ!」
思い出したように叫んで、
「しまった、コンビニから買ってきた俺のプリン冷やすの忘れてたああああ!」
急いで食卓に突撃するのだ、無謀な格好で。
そしてその後に食卓で遭遇する榊原から変体呼ばわりされ、嫌な場所に蹴りが入るのは言うまでも無い。
ちなみにプリンは榊原に食われていたというオチ。
「カザマくん」
朝の食卓で、命さん、榊原、アレックスと俺の4人で囲んだちゃぶ台に並ぶ朝食を挟んでアレックスが唐突に声をかけてきた。
朝食にしては豪華で味も間違いなく店を出せる程の美味さ。
和風式にご飯と味噌汁に沢庵、そして焼き鮭。普段、朝は食欲が無い俺も流石にこの料理を目の前にしてよだれを垂らさずには居られなかった。
これを作った本人ことアレックスはエプロンを着用したまま食卓のちゃぶ台についている。
「昨日、カエデちゃんから聞いたんだけど、支援武器を持っているんだって?」
聞かれて、俺は昨日の鍵を思い出した。
榊原は、常に持っていなさい!というので今もポケットにある。
それを俺は取り出して向かい側に座るアレックスに見せた。
「これの事だろ?」
「ちょっと見せてくれないかな?」
別に拒否する理由もないので俺はその鍵をアレックスへと手渡した。
受け取るなり食事中なのに片手にお箸を握ったまま鍵と睨めっこをはじめだしたアレックスを榊原はあからさまに嫌そうに見た。
この支援武器と呼ばれる言術者なら誰もが持つという武器が俺の家の倉にあった事、それが導き出す一つの真実は、昔の倉の所有者が言術者だった事である。
榊原の話では言術者の人口は以外と多いらしく、世界人口の1割3分は言術者だと言う。
1割3分というのは少ない数字に聞こえるが、これが以外と多い方らしい。
もし世界が1億人だったとしたら少なくとも1千3百万人が言述者といえば確かに多く聞こえる。
言術者達は基本的に表の社会に彼らの力を出す事は無い。さらに言術者は、他の言術者を見てもその人が言術者だという事を証明する方法が無いらしい。
つまり、実は近所のおばさんが言術者でしたー、なんて事は良くあるらしい。おばさん限定でなくても良いのだけど・・・。
「はい、ありがとう」
「ん?ああ、もう良いのか?」
睨めっこが終わったらしく、アレックスはこの支援武器について何も言わぬまま俺に返してくれた。
そして俺が鍵をポケットにしまう頃には榊原は朝食を終えちゃぶ台の側から離れていった。
「やっぱり、“草薙の剣”だった?」
風間秋が食卓を出て、部屋に七原とアレックスだけが残った頃、七原が切り出した。
「ああ、まさか再び目にするとは思わなかったよ・・・最後に見たのは何時だったかな・・・。今の“草薙の剣”は時代に合わせて姿、形を変えているみたいだけどね」
話に持ち出された“草薙の剣”。それは神話の中で登場する三種の神器の一つとされていて、それは秋が持っている鍵の事である。
アレックスは真剣な表情で腕を組んで何かを考えていた。
一方、七原は少し懐かしそうな表情で、
「あの剣が再び現れたと言う事は、やはり風間君は無関係でただ巻き込まれた、って事にはなりそうには無いのね」
「やはり彼の魂はヤマトタケルの生まれ変わりかな、彼が月蝕を見つけたのは偶然ではなく運命なんだろうね」
七原命は食後の緑茶をゆっくりと口にして開いたままも襖から空を見上げた。
「私達は何をしてあげられるかしら・・・」
「草薙の剣があるなら、伊邪那岐(イザナギ)もいるはず。僕等に出来る事は伊邪那岐の企みを阻止する事だけさ」
ふっと力を抜いて組んでた腕を下ろすとアレックスは立ち上がり襖に手をかけ七原と同じように空を見上げた。
「今日も天気が良い。外にでかけようかな」
晴れた空に向かい微笑んだアレックスは七原に微笑みをうつして言った。
/
俺は街中を歩いていた。
空唄市にある数少ない繁華街の通りを人ごみに紛れながらただ単にふらふらと歩き回っていた。
空唄市、紅葉区の繁華街と言ったら空唄市の住民で知らない人は居ないだろう。
というか、田舎だし空唄市は狭いからなー。
別に何か様があった訳では無い。未だに脳裏に残った夢の内容が忘れられず考え事をしていたら気づけば紅葉区に居たと行った所だろう。
繁華街は相変わらず賑わっていて多くの男性や女性、年齢は子供からお爺さんお婆さんまで限りなく歩き回っていた。
左右に並ぶ店はファーストフードのチェーン店、カラオケ、電化製品、八百屋、本屋、スーパーマーケットやら何でもござれだ。
此処の繁華街は田舎なのに歩けば何でも揃っているという事で住民の間でも人気があるのだ。
歩く人の表情を伺うと誰もが笑っている様に見えた。
一瞬、言術の事や怨霊の事などが嘘の話に思える。
しかし右ポケットにある通常の鍵とは違って少し大きめのその鍵がやはり裏の世界では信じられない化け物やまるで正義の味方の様に戦う戦士達がいるのだと教えてくれる。
榊原は俺があまりにも冷静な所が変だ、と言っていたが正直かなり混乱していた。
突然、今までの一部の記憶は嘘でした、なんて言われても一体何処から何処までの記憶が偽りで、思い出す記憶が本当記憶なのか偽者の記憶なのか判断が付かないのだ。
足が勝手に紅葉区へと向かったのはきっとそのせいだろう。
この繁華街にはちょっとした思い入れがあるのだ。正確には気がするだけなのだが。
っというのはついさっき思いだしたのだが、ただ確かなのは記憶にかすかに残る金髪のショートカットで活気的な女の子は本当の記憶に存在していて、偽りの記憶に存在していないという事だ。
そして俺はこの繁華街で金髪の女の子との思い出がある気がしたのだ。
確信は無いが今はなるべく混乱した記憶を整理したかったから、とにかく屋敷でじってしているより外を出歩いた方がきっとプラスになるだろうと信じて・・・。
それに怨霊は日が沈んだ時にしか出ないらしいからお昼に外に出歩いても問題は無いだろう。
ふと、隣を金髪の女の子が通り抜けて俺はとっさに振り返った。
だが知らない人だった。容姿が記憶に残っている顔とは全然違ったのだ。
彼氏であろう男の子と腕を組んで楽しそうに歩いてるその女の子の後姿を見送り、その様子が何か記憶のパズルに当てはまった気がした。
あのカップルがゲーセンの前を通り抜けると、誰もいなくなったゲーセンの前にとある記憶の光景が重なった。
「あー!もう、なんで取れないんだろー!」
ゲーセン前で苛立ってる制服姿の金髪の女の子が一人でブツクサ愚痴っていた。
その姿に気づいた俺はその場所から手を挙げて彼女の名前を呼んだ。
「あっ、秋じゃーん。良いとこに来たよホント!さっすがチームの救世主!もちろん私の救世主にもなってくれるよね?」
偶然ばったり出会うなり駆け寄ってきて何か訳のわからない話しを持ちかけられて俺は戸惑っていた。
答えを返す間もなく金髪の少女は腕を絡めてきた。
「ねぇ、お金貸してよー。どーしてもぬいぐるみが取れなくて、お財布の中身全滅しちゃったのよ。ね、いいでしょ?」
そして、っは、と記憶から現実に引き戻される。
「あー、そういえばアイツ俺の財布抜き取ってUFOキャッチャー続けたんだっけな。結局一個も取れず二人揃って金欠になったんだけどな。借りた分の金返してもらってないし」
一つの記憶を思い出して俺はゲーセンの入り口を眺めながら一人苦笑した。
小さな記憶だけど、それが確かな事実である事が解かる。それがとても嬉しかった。
「おっ、風間じゃねーか」
唐突に後ろから声をかけられて俺は振り返った。
「どーしたんだ?こんなとこでボケっと突っ立ってさぁ」
そこにはあからさまに悪の企みを持った悪のある笑顔でまさにその悪意ある計画を実行せんとする悪友、坂本英二が居た。
「却下だ」
話しを持ちかけられる前に俺は制止する。
「ちょっとまてよ、俺まだ何もいってねぇのに」
「御前の事だ。どうせこれからゲーセン行こうと思ってたけど財布忘れたから金かしてくれ、とでも言うんだろ?本当は財布持ってるくせに」
「っう、なんでわかったんだよ・・・テレパシー?」
図星かよ、この野郎。
「まぁ分かってるなら話は早い、っつーわけで、金かっしてー!」
「帰れボケ。貴様なんぞに貸してやる金はない」
「んだとゴルァ。大人しく金貸せって言ってんだよ!」
「カツアゲしても駄目」
「ねぇ、いいでしょ?かしてよ風間くん・・・」
「気色悪い裏声出して無理な色気と流し目されても駄目」
「あ、もしもし?風間さんのお宅ですか?実は娘さんが事故にあって大怪我されて、2時までに・・・」
「俺俺詐欺も駄目、ちなみに娘はおらん」
「ぶー、なんだよ良いじゃんか、金かしてかしてかしてぇー!!」
「だ だ こ ね て も 駄 目」
「昨日夜、榊原さんの家に入った事、明日の学校で言いふらしてやっちゃおうかなー」
「だから駄目なもんは・・・って、はぁ?!」
「そっか、駄目か、なら仕方ないよな!まぁ俺も無理に親友の財布から金を抜き取るほどの悪いヤツじゃないし、無理なら諦めるよ!」
と言って背を向けて去らんとする英二。
「ちょっ、まて坂本――・・・!」
「じゃぁな裏切り者!明日の学校、皆の前で脱チェリーボーイの話し聞かせてくれよ!」
「脱チェリーボーイって・・・じゃなくて、おい!!英二ぃーーーーー!!」
妙にさわやかな顔してスキップしながら輝き去って行く悪友の後ろ姿は追いかける間もなく人ごみに消えていってしまった。
ヤツが去った戦場には妙な脱力感と敗北感、そして毎度の事ながら疲れが残ったのであった・・・。
明日の学校は修羅場と化しそうだが、どうやって誤解を解くか・・・。
榊原の家に行った事が事実だと知られている以上、何をしに行ったのか言い訳を考えなくては・・・。
うーん、と唸る俺の横を再び同年代の金髪少女が通り抜けて行く。
それについ振り返ってしまうのだが、その横顔は―――・・・。
「――愛里?」
一瞬だけ見たその横顔は記憶にある本人とそっくりだった。
・・・人違いかも知れない。
だが振り返らないその金髪少女を俺は思わず追いかけていた――。
/
紅葉区の繁華街のとあるファンシーショップから私は結局何も買わずに出た。
自動ドアのガラス扉から一歩踏み出すと相変わらず暑い夏の熱気が肌に触れて店から出るのを少しばかり惜しんだ。
「んー、あの服良かったのだけど・・・他の店も見てから決めるしか・・・」
服選びはなるべく安めで慎重に、というのが私流なのだが、友人は気に入った服があったら値段なんか気にするな!と言っていた。
とは言っても、生活資金は命とアレックスから貰っているとは言え、流石に服類や趣味の物はその生活資金から出す訳には行かないので、自給自足のお小遣いで購入するしかないのだ。
自給自足の方法は偶に臨時バイトしたりして貯めたりしている。
今では言術者として働けるわけだから少しは収入が多くなるが、言術者の仕事の給料というのはそれ程高いものでも無いのであった。
少なくとも、言術者業だけで生きていくのは難しい。
アレックスは成功報酬制の仕事を幾つかやっているらしく、株にも手を出しているらしい。
命は実は大手洋服会社のファッションデザイナーだったりする。
つまり、生きる中で言術者というのは副業みたいなものだ。
言術者業をメインで生きている人は恐らく殆ど居ないだろう。
生活費は今の所はフォローされているけど、何時か保護者の二人から独立しなければならないその日までに何か考えておかなくてはならない。そう思うとやはり貯金を貯める事も考えるのだけど、実際は貯まらないでつい消費してしまうのが女性なのだろうか・・・。
「やっぱ洋服買うのはやめておこうかしら・・・」
悩んでいるのに足は向かい側のファンシーショップへと向かっていく――。
「・・・!?」
一瞬、妙な胸騒ぎと悪寒に襲われた。
慌てて後ろを振り返るが、そこには何事も無く歩く人々の姿のみ。
「今のは一体・・・・・・ッ?!」
そして今度は源の流れが大きく乱れた。
何処かで言術者が力を開放したらしい、とは言えこの乱れ方は普通じゃない。
「・・・・・・」
妙な胸騒ぎがして、私は源の流れを感じながら、その開放源へと駆け出した!
/
金髪の少女を追いかけていると、彼女は突然横に曲がって狭い路地裏へと入っていった。
此処で見失う訳にはいかない、と俺も路地裏へと入り後を追う。
狭い路地裏は薄汚れていたが、しかし肩幅以上のスペースがあったので楽に通り抜ける事ができた。
金髪少女を追ってやがて路地裏の小道から出ると妙な空間に出た。
――赤い。
目の前に広がるのは、真っ赤な景色。
天も地も無く、その空間だけが赤くなっていた――。
赤、それはまるで誰かの血を吸ったかのように・・・。
そして急に体が冷えた。今までの夏の暑さが嘘のようにひいていく。
気づけば追っていたはずの金髪の少女が赤い空間の中でこちらを向いていた。
前髪が長くて彼女の顔が見えない。愛里じゃないのか?
「ひさしぶりね、草薙」
そして愛里かと思ったその姿は赤色に溶け、形を変えていき・・・、少女から大人びた黒髪の女性へと姿を変えた。
「まさかまんまと引っかかってくれるとは思わなかったわぁ」
やっと気が付いた頃には既に遅かった。
俺は罠にはまったと気づいて後ろを振り向くが、・・・そこには元々あった路地裏が無くなっていた。
四方八方が赤く、自分が立っているその場所が地面なのかすら分からない。
そう、この赤の次元はまるで二次元の様に影も光も無く、赤だけに包まれていた――。
俺は黙って前方に立つ黒髪の女性を見据えた。
「あらあら、そんなに警戒しなくても良いわよ。せっかく久しぶりに会えたんだから喜んで欲しいわ、草薙。・・・でも、邪魔者は排除して欲しいわねぇ」
先程から呼ばれている草薙の名前、誰だか知らないけど、人違いならそうであって欲しい。
とにかく一刻も早くこの空間から出たかった。
赤い色を見ていると、血を見ている気分になって――。
――血?
目の前が過去のフラッシュバックに潰れる。
そこには大量の血を流して俺に微笑みを向ける少女が・・・。
――血が、血が。
出欠が止まらない。俺は我武者羅に走り続けていた。
その少女を抱えて・・・。
少女、水城愛里?
彼女は必死に駆ける俺に精一杯の笑顔を向けて、唇を動かした。
――ぁ・・・、ぁぁ・・・。
ぁ・・・。
――ぁ、やめ・・・ろ。
思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無い思い出したく無いっ!!!
――ぁ、ぁぁ、あああああああああああああああああああああッッ!!!!!?
「うあああああああああああ?!」
無我無心に手に握りしめた鍵が刀へと姿を変える!
俺は頭の中で切れる何かが分からないまま奇声を挙げて黒髪の女へと飛び掛った!
「アイスブレイカー!!目を覚まして!!!」
そして、知った女性の声に俺は目を覚ました。
気づけば黒髪の女の姿は無く俺は刀の切先を榊原に向けられていて――!!
「・・・ッ!」
「キャ――」
ズドン!
刀に何かが刺さる感触と音が聞こえた。
――俺は一体何をしていた?
しばらくの静寂が訪れる・・・。恐る恐る顔を上げると刀は紙一重で榊原の頬をかすめて壁に突き刺さっていた。
「あ、アイス・・・ブレイカー?」
「ぁ・・・榊原、俺は・・・、俺は――」
何もかもが混乱していた。
気が付けば辺りの赤い空間は無くなっていて、路地裏に有る小さな空間で俺は榊原に刀を向けていて、俺は榊原を殺そうと・・・?
「だ、大丈夫!アイスブレイカー?混乱してるのは分かるわ。貴方は幻を見せられていたのよ!」
「でも、俺、もう少しで榊原を殺そうと・・・!」
それでも刀から手が離れない。刀身はザックリと壁に突き刺さったままで、体が動かなかった。
榊原は壁に背を預けたまま地面に腰を落としていた。
「落ち着いてアイスブレイカー!深呼吸して・・・、それからゆっくりと体から力を抜いて・・・」
俺は何か言いたい事が有ったのか、口ごもってから出来る限り落ち着こうと息を吸って吐いた。
何度かそれを続けてからゆっくりて力を抜くと刀から手が自然と離れて、急に襲われた疲労感で腰を落とした。
「どう?大丈夫?」
榊原は横顔の直ぐ傍にある刀から離れて、腰を落として何も言えない俺に問いかけた。
口は開くのに言葉が出てこない。
俺は大丈夫だと言いたくて二回ほど頷いた。
「状況を説明すると、貴方は何処かの言術者に幻を見せられていて、それで私を敵だと思い込んだのよ」
榊原は腰を上げて膝をついて俺の瞳を覗き込んだ。
「言術による幻は解けたけど、また掛かるかも知れないから覚えておいて。・・・自分を信じ続けるの・・・。絶対に疑っちゃ駄目、現実から目を背けても駄目、・・・わかった?」
ようやく少し落ち着いて来て俺は相変わらず声が出ないものの何度か頷いた。
未だに信じられないほど心臓が跳ね続けている。
榊原は、よし、と言って立ち上がってから刀を壁から引き抜いた。
すると刀は音も無く鍵へと形を戻していく・・・。
「立てる?一度私の家に戻りましょう」
言うと鍵を左手に、空いた右手を俺に差し伸べてきたので、その手を握り俺は何も言えないまま立ち上がった。
しかし足がふらついていて、何故か真っ直ぐ立てない。
それに気付いた榊原は黙って俺に肩を貸してくれた。
「・・・さ・・・さかき、ばら・・・」
「?」
「ごめん・・・」
ようやく声が出るようになると、俺はそれしか言えなかった。
そして俺の記憶は戻りつつあった――・・・。
/
夢を見た、夢の中で俺は笑っていた。
何時もの様に、何も知らなくて、愛里と一緒に笑っていた。
思い出せばアイツと初めて会ったのは幼稚園の頃――・・・。
「ねぇ、なんでみんなとあそばないの?」
幼稚園に初めて入った俺は既に友達を3人くらい作っていた。
母さんは、俺は人から好かれるタイプだと誇らしげだった。
でも、この幼稚園には入学してからずっと気になる姿があったのだ。
その頃はまだ恋とかそんな意識は無かったから、俺はその女の子を見て、なんで何時も泣いているんだろう?としか思わなかった。
だから俺は膝を抱えて座り込んでいる少女を後ろから声をかけた。
なんでみんなとあそばないの?
「わたし・・・ひっく、みんなとちがくて、くろくないからだれもあそんでくれないのぉ・・・ぅう」
そして初めてその女の子が泣いている事に気付いた。
なんで泣いてるんだろう?
俺には訳が分からなかった。彼女が何を言ってるのかすら分からなかった・・・。
みんなとあそべばたのしいのに、あそばないからないてるんだ・・・。
そう思って俺は女の子に右手を差し出して言った。
「ね、いっしょにあそぼーよ!いっしょにいればなかないよ?」
俺は笑顔で彼女が右手を握ってくれるのを待った。
彼女はきょとんとした顔で何がなんだか分からない様な表情だったが、暫くして恐る恐る俺の右手に彼女の右手が差し出された。
俺はその右手を掴み引っ張りあげて、手を繋いだまま皆と遊んでいる砂場まで一緒に走った。
最初、彼女は何時も驚いていたが、やがて同じように笑う様になって――。
「ねぇ、わたしすいじょうあいりっていうの。あなたは・・・?」
「ぼく、かざましゅーだよ!」
それが俺と愛里が初めて出会った日だ。
幼稚園だけでなく、気付けば小学校も同じだった。
腐れ縁か何かなのか、教室は毎年同じ教室になった。
当時の俺と愛里には、まだ恋愛というのがよく分からなくて、何かを意識しはじめたのは小6くらいからだったか・・・。
それから中学生になり、俺はずっと憧れていた学校のバスケチームに入った。
愛里はもともと剣道が得意で、そのまま剣道クラブに入った。
偶に俺のバスケチームが他校と試合することになると、例え俺がプレイしてなくても愛里は毎回必ず見に来てくれた。だから俺も愛里の剣道の試合は全て見に行った。
流石に同じ時間に自分の試合がある場合はできなかったが、俺たちは親友の様な関係だった。
そして中学2年の頃、唐突に友人にこんな事を聞かれた事がある。
「御前さ、水城と付き合ってるのか?」
「・・・――は?」
意識した事は無かった、と言えば嘘になる。
確かに愛里は女の子で、中学に入ってから時折胸の鼓動が早くなるような仕草も見せてくれた。
それでも俺はただの親友だ、と友人に言い張ったのは恥ずかしいからでもあったし、同時に愛里にはそんな気はきっと無いだろうと思っていたからだ。
もし俺から告白して、愛里がそれを拒絶した場合、そのまま親友の関係を続けるのが難しくなる。
俺は愛里との関係が無くなるのを恐れていた。
だが、それは唐突に起こった・・・。
ある日、俺はバスケの試合で大きなミスをしてしまった。
時間切れまであと1分で、2点差で負けていたチームは慌てていた。
俺も慌ててパスを回したのだが、それがミスを犯してしまったのだ。
――相手のチームにパスを出した。
1分という時間は直ぐに潰れて、残り時間あと僅かなところで反撃も返せなかった。
俺は更衣室で先輩の人達に殴られていた。
「――御前のせいだ!!御前のせいで・・・っ!!!」
分かってる。
先輩の人たちは今年で中学を卒業して、全員それぞれの希望高校へと向かう。
つまりこの試合は、先輩達3年生の皆が揃ってやる最後のゲームになってしまったのだ。
そう、俺のせいで。
更衣室でロッカーに叩き付けられ、顔面を3、4発殴られてから地面に座り込んだ俺の腹を5、6回蹴った。
俺は全く抵抗しなかった。
無抵抗なのが余計に気に食わなかったのか、俺の襟元を掴み無理やり立ち上がらせると頭を掴んでロッカーに叩きつけられた。
「ちょっとやめなさいよ!!!」
と、突然男子更衣室の扉が開かれて愛里が現れた。
「んだよ?ああ、風間の彼女か」
彼女呼ばわりされて、彼女は顔を赤く染めたが怒りで混乱しているのか知らないが殴られて血だらけになってる俺の姿を見るなり、駆け寄って先輩達を突き飛ばし、俺に指一本触れさせんとするかの様に仁王立ちをした。
「風間は悪くない!大体あんた達、虫がよすぎるのよ!!」
「なんだとっ?!」
力強い愛里の声が更衣室に響き渡る。
「風間は今日休み無しで走り続けていたわ!それにチームの点数の7割が風間が取った点数じゃない!風間がいなければ今日の試合以上にボロ負けだったのが分からないの?!」
反論できない事実を突き付けられて先輩は怒り、口より手を出した。
愛里の制服の胸倉が掴まれて、
「このアマぁ!犯し殺してやる!!」
だがその瞬間俺の口は勝手に動いていた。
「水城に手を出すなぁあ!!」
先輩達や愛里以上に激しい怒鳴り声、たった一言で辺りが沈黙した。
胸倉から手を離されて愛里は地面に膝を付いて震えた。
――泣いていた。
アイツが泣いた所を見たのは幼稚園の頃だけだった。
俺は愛里にかける言葉が見つからなくて黙った。先輩達も黙り続けて、更衣室には愛里の流す小さい嗚咽が残った。
「悪かったな風間・・・」
暫くの沈黙の後、先輩達は俺に言葉を残して更衣室を出て行った。
俺はその場に座り込んだまま泣きじゃくる愛里の背中を見続けていた。
後輩達も引き上げていって、更衣室には俺と愛里だけが残された。
愛里は自分自身の肩を抱いて泣き続けている。
俺は掛ける言葉も見つからず、初めて自分が愛里に何もしてあげられない事が悲しかった。
「水城・・・、ごめんな」
愛里はゆっくりと泣き崩れた顔で振り返って、座り込む俺の胸の中に飛び込んで先程以上に泣いた。
怖かった、怖かった、と泣き続けて、何時の間にか俺も涙を流していた。
「ごめんな・・・っ」
暫く一緒に泣き続けた愛里は、泣くのをやめて立ち上がると俺に右手を差し出してくれた。
俺がその右手を握り返すと引っ張りあげて立たせてくれる。
更衣室の窓から差し込む赤い夕日の光が目の前の愛里を照らしていて、愛里はとても綺麗だった。
「水城、俺、御前の事好きみたいだ・・・」
自然に口から漏れたその言葉を、愛里は驚いた顔を一瞬見せて、それから微笑んで言った。
「ふふ、知ってるよ?私もだもん」
楽しげに笑って――・・・。
「さっきまで泣いてたのにな」
俺たちはお互いの泣いた後の顔に写った笑顔に笑っていた。
そして愛里はあの時俺が言った言葉を言い直した。
「――いっしょにいれば・・・」
――なかないよ。
―ね、いっしょにあそぼーよ!いっしょにいればなかないよ?
/
「いっしょにいれば・・・か」
「え?何か言ったかしら?」
肩を貸してくれていた榊原は帰路の途中つぶやいた俺の言葉をうまく聞き取れずに聞いた。
「いや・・・、なんでもない。もう大丈夫だ」
そう言って借りていた肩を返して自力で地面に立つ。
そして夕焼けに染まった空を見上げた。
あの時と同じ夕焼け同じ空。
愛里は何処かに居るんだろうか?それとも俺の記憶にあるあの血は愛里の・・・。
「榊原」
「ん?」
「腹減ったな」
「・・・はぁ」
/
「やぁ久しぶりじゃないか、伊邪那美(イザナミ)」
闇夜に沈んだ街のある一角でアレックスと七原命は黒髪の女と対峙していた。
「・・・誰?」
「忘れたのかい?三貴子を」
「あら、素戔嗚(スサノオ)と月讀(ツクヨミ)なの?貴方達にも呪いが掛かっていたとはねぇ」
「あの儀式の場に居た者の殆どが呪いに掛かっているよ、卑弥呼の呪いにね」
月の無い夜に七原は黙り続けて様子を伺っていた。
「僕らが君の前に姿を現した理由、知っているよね?」
黒髪の女、伊邪那美の魂をこの世から排除するためにアレックスと七原は現れたのだ。
伊邪那美という女はくすりと笑ってから得物を構えた。
それは鞭、言術者の支援武器だ。
「せっかくタケルと会えたんだから、此処で消滅される訳にはいかないのよ」
七原とアレックスも得物を取り出した。
七原の持つ支援武器は両腕にくっついた巨大な円形の盾。
彼女の服装は今までのコスプレとは違い、アレックスと同じ、スーツ姿だった。
アレックスが取り出した支援武器は一丁の拳銃。
「伊邪那岐が居るんだろう、何処に居るか教えてくれないかな?今回草薙を襲った怨霊も彼が操っていた事くらいは想像が付く」
「へぇ、流石草薙の右腕ってことかしら?2千年経ってもまだその頭脳は健在ね。でも・・・残念だけど教えてる事は出来ないわ・・・!」
黒髪、赤いドレスを着た女は鞭を振るった!うねる鞭は不規則な動きでアレックスの肩へと落下していく。
それを七原が右腕の盾で防いで、防御、途端に盾が八等分に分解した!
盾が崩れたのかと思えばその分解した盾の欠片は三角の形となり空中に浮遊する。
「伊邪那美・・・!」
初めて対峙する相手に口を聞いた七原は、腕を伊邪那美に向けると八個の浮遊する七原の支援武器がそれぞれ違う動きで高速で水無月に迫る。
「くっ・・・!」
それを避けんと後方に飛ぶが不規則に動く八つの支援武器を完全に避けきれず幾つかの武器が伊邪那美の体を切り裂いた。
一度の反撃に更に反撃を返そうと鞭を握り直す伊邪那美だが気付けばアレックスの拳銃の銃口が額に当てられていた。
「伊邪那岐は何処だい?」
一見決着が着いたかの様にみえるが、しかし、伊邪那美の表情はむしろ笑みが増すばかり・・・。その不気味な表情に疑問を抱いた途端、一閃の黒い太刀筋が銃口を伊邪那美へ突き付け押さえ込んでいるアレックスの首元へと迫ってくる――!
「――っくぅ!?」
唐突に迫ってきた太刀筋に気付きアレックスは伊邪那美を押さえつけるのを放棄して後方に跳躍、間も無く命の隣に着地した。
そして、アレックスはその太刀筋を振るった者の姿を見た・・・。
「な――、」
アレックス、そして命も同時にその姿を見て驚きの表情を隠せずにいた。
目の前に居るのは一人の少年。栗色の長髪で、長い髪を後頭部で結び吊るしている。
そして闇夜に溶け込む漆黒のロングコートを夜風になびかせ、片手には一振りの刀剣が握られていた。
月明かりが刀剣を怪しく照らす。
「天叢雲(あめのむらくも)――・・・!!・・・なるほど、ね」
しかしアレックスは自分の目の前に対峙する者が持つ剣がかつての愛刀であるにも関わらず、ニヤリと苦笑にも似た笑みを浮かべるのだった。
「・・・天叢雲と草薙を揃える気か。力の象徴を集めて何を企んでいるかは知らないが、伊邪那岐の企みに必要な物さえ解かってしまえば――・・・」
「ふふ、でもこちらには天叢雲が既にあるのよ? 草薙だって、もうすぐ・・・」
天叢雲と草薙・・・、それぞれの剣は一説には同一とされている。しかし此処に存在しているのは二つ、それぞれ別々の剣・・・。
「嗚呼、それと紹介しておくわね、新しい天叢雲剣のマスターを・・・」
伊邪那美が刀を持つ者の後方に立つと闇の中で笑みを浮かべた。
「彼の名前は、ウ ィ リ ア ム ・ ウ ェ ー ル ズ」
そしてアレックスと命の表情が再び驚愕なものとなる。
「ぁあ、そういえば、今の貴方も同じウェールズって名前があるらしいわねぇ?何か関係でもあるのかしら・・・?」
伊邪那美は同姓の理由を知っているにも関わらずわざとらしくアレックス・ウェールズへと問い掛けた、クスリクスリと笑いながら。
「・・・・・・・・・・」
一丁の銃を構えていたアレックスの手が軽く振るえ始めた。彼の目は恐れを映し出していて、そして銃のトリガーにかけた指が夏だというのに酷く冷えていた。
アレックスの頭の中で古い記憶が蘇る・・・、それはイギリスのある家を映し、赤く燃えて、全てを失い消えていく光景・・・、手元に残ったのは一人の愛する女性が持っていた小さい十字架のネックレス。
無意識の内に空いている左手が胸の中心辺りを服の上から掴んだ。
その服の下には小さい銀の十字架のネックレスがある。
肌に触れた十字架が一瞬チクリと痛みを作った。
「――ッレックス!アレックス!!」
命の声にッハっと我に帰り、目の前に対峙する者達を見直した。
しかし自分が自ら作ってしまった気の迷いと隙が相手の姿を見逃し、相手の二人は既にこの場から気配を消し去っていた。
「くっそ・・・っ!」
その場に残ったのは何も無い闇だけ・・・。
アレックスは拳銃の踵を傍に立つ一本の電灯にぶつけると空しい金属音が小さく響いた。
/
思い出し始めてる・・・。
そんな感覚が確かに俺にはあった。
しかし、思い出す内容は明るい物ばかりではない。
まだハッキリとは思い出せないが断片的に見える真っ赤な視界とドロドロの世界。
これは――、誰の記憶だ?
――俺の?
俺なのか?
それとも、別の何かなのか?
・・・できればそうで有って欲しい。
榊原の屋敷の客室で敷かれた布団がとても暑く感じた。
何度もその場で寝返りを打ちながら頭から離れない赤色と未だに手に残っている刀の柄の
触が少しずつ俺自身の存在を潰していっている様な気がした・・・。
愛里は何か知っているのだろうか?
―何処に居るんだよ・・・・?
・・・・・・。
・・・・。
/
誰もがもつ記憶。
そして記憶が示すのはその者の視点からの、過去――。
過去があってからこその現在、そして自分という存在。
過去がなければ、人はその存在を失ってしまう。
・・・ただ真っ暗な闇の中で自分が誰だか分からないというのは、一体どういう気持ちなのだろうか?
きっと苦しい筈。だから私は彼に過去を与えた・・・。
でも、それは同時に私が彼の存在を作ってしまったという事になる。
私はあの時、彼が目に浮かべていた涙を見て、助けてしまった。
でも、結局私のやっている事はナギと同じ・・・。
――ごめんね、秋。もう、ちょっと・・・だけ、ね。 もうちょっとだけ、貴方の過去に居る私を信じて・・・? 本当の貴方の存在の理由は、まだ思い出さないで――・・・ね?
秋――。
そして時は止まらぬまま進んでいく・・・。
この世界の過去に隠されたモノはゆっくりとその姿を現し、そして黒いカーテンで覆い尽くして行くのだ。
過去からの現在。
PAST。それは過去。
PRESENT。それは現在。
本当に現在は過去からのPRESENTなのだろうか?
一人の男が祭壇に立ち、差し込む光に両腕を掲げて微笑む。
「さぁそのプレゼントの中身を、変えてしまおう。代わりのプレゼントはより良い物を――」
差し込む白い光が赤いモノとなり、祭壇を真っ赤に染めてしまう。
その中心に眠る金髪の少女の体を巻き込んで・・・。
「――《言語製作》、」
現在は崩れ始めていた。過去という名の大黒柱から・・・。
第三章 PAST END
#comment
2005-08-25T14:35:20+09:00
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小説 アイスブレイカー第二章
https://w.atwiki.jp/lyna23/pages/4.html
2.理由
忘れるものか、忘れられる筈などないのだ。
その時の記憶は今でも鮮明に思い出せる。
思い出したくも無い、過去。
だが忘れてはならない過去。
理由?
決まっているだろう。
彼女は、俺が殺したのだから…。
だから俺は、この道を選んだのだ。
/
「んぁ…?」
目を覚ました時、俺は何処かに居た。
見慣れない天井が有ったから、それはミトコンドリア思考でも直ぐに解かった。
もしかしたらミトコンドリアからミジンコに昇格したかもしれないと自分にハッピー。
「…………」
脳と体が直結するまで暫くボーっとして、それから上半身をゆっくりと起こした。
…あれ?今日、学校休みだっけ?
何時も置いてある目覚まし時計の方を見る。
目覚まし時計は無かった。
「あ、そっか。壊したんだっけ?」
目覚まし時計、故障中。それ以前に此処は俺の家では無いという理由に気が付いたのは脳が50%覚醒した後だった。
上半身だけ起こした状態で左右と前方、後方、天井、ついでに下も見た。
下は俺の下半身が有った、脚もちゃんと付いてる。付いてるモンも付いてる、よし女の子になってないし、幽霊にもなってない。
何故そういう思考方向になったのかは不明だが、とりあえず此処が俺の家で無いのは解かった。
部屋は和風の畳部屋。
後方には掛軸が有り、そこには四文字の言葉が習字で大雑把に書き込まれていた。
… 相 思 相 愛。
「なんでやねん」
そして何故大阪弁。
随分とピンクい掛軸だな。渋い掛軸を期待していた俺は失望でどよーんとなった。
それを何とかして払ってみる。
良く見ると俺が寝ていたのは敷布団で、しかも学校の制服のままだった。
ちょっと記憶をひっくり返して頭を捻ってみる。
「うーん」
捻ってみる。
「ううーん」
絞ってみる。
「うううーん」
気が付くとうっかり逆立ちしていた。
……。
…。
元の体制に戻り、敷布団の上で足を組んで考える。
障子から白い光が照らされていて眩しい。
明るさからして恐らく朝十時くらいだろう。
と、障子に人影が映った。
そして人影は閉まった襖の前に立ち、サー、っと襖を開いた。
何をすればも良いか解からない俺は寝たふりをしようかと思ったが、どうにもやる気がしないので、その場で待機しつつ開いた襖から差し込む光に目を細めた。
「あら、おはようアイスブレイカー。目が覚めたのね?」
「…………は?」
朝っぱらから悪魔に出会ってしまった気がした。
「は?じゃないでしょう。おはようって言ったらおはようって返すの、はいもう一回。おはよーうございます」
「おはよーございます」
小学校時代のホームルームで日直のオハヨウ号令と同じ様な感じだった。此処で何となく一句、懐かしい 嗚呼懐かしい 懐かしい。うむ。
「はい、良い返事ね。色々と話があるからさっさと起きて着いて来なさい」
「いや、榊原、何で此処に居んの?」
言うまでも無いが今日の日直の正体は榊原楓だった。
「何言ってるのアンタ?此処、私の家なんだから」
状況がまったく読めなかった。
必死になって最後の記憶を脳から引き出してみる。
……。
「あ、そっか、俺、倒れたのか?」
「あら、結構頭の中の整理が良いじゃない?」
肯定らしい。
「でもだったら何で俺が榊原の家に居るんだ?学校の保健室で横になってるだろ、普通?」
「ええ、そうね。ただ単に風邪や熱で倒れただけなら保健室に運んで、適当に寝かせておけば良いのでしょうけど、貴方が倒れた理由はそのどちらでも無いのよ」
榊原は襖に片手を上げながら敷布団の上に座って後頭部を掻いてる俺の姿を一見し、それから背を向けた。
「それと貴方、髪ボサボサよ。あっちに洗面所が有るから溶いて、それから応接間に来なさい。全部説明してあげるわ」
見向きもせず洗面所の方角を指差すと榊原は洗面所とは反対側の方向へ歩いて行ってしまった。
俺は鏡の無い部屋で自分の頭がどれだけボサボサなのだろうか期待しながら洗面所へ行ってみた。
洗面所に有る鏡に映った俺の髪はまさに、バルタン星人。
ぉぅぃぇー。
「ってか、おい」
応接間って何処だ?
髪を完全に溶いてバッチリな状態の俺は洗面所を出ると、とりあえず先程榊原が向かった方向へ歩んでみたが。
正直、油断した。
榊原の家がこんなにもドデカイ屋敷だったとは思わなかった。
洗面所から、俺が先程まで寝ていた部屋を繋ぐ道は屋敷の中庭が見える道で、中庭は長い屋敷に囲まれていた。
和風のこの家に用意されている中庭もかなり豪華で、透き通った水の入った池に5、6匹くらいの綺麗な鯉が泳いでいる。
榊原は優等生だけでは無く金持ちだ、と言う話を聞いた事が有った様な気がしたが良く覚えては居ない。とりあえず庭の周りを沿って道を歩いて応接間を探してみる。
しかし、手当たり次第に部屋の襖を開けて大丈夫なんだろうか?
『いけません、御代官様!』
『良いでは無いか、良いでは無いか』
なんて状況に出くわしてしまったら、どう反応すれば良いのだろう…。
とか考えつつ躊躇いも無く手当たり次第に襖を開けて行く俺。
しかし中々、横にスクロールする襖は勢い良く開けるのが楽しかった。
俺は新たな発見をしつつ、四つ目の襖を勢い良く開けてみた。
「あ…」
「いやん」
ピシャリ。
開けた襖を急いで閉じる。
………、誰だ?!
ってか『いやん』て何?!
別に着替えを覗いた訳でも無く、ただ襖を開けたら女の人が部屋の掃除をしていたのだ。
閉じた筈の襖が向こう側から開かれる。
「うふふ、少年もすみに置けないわね、そんな風に荒々しく女の子の部屋を無断で開けるのは変態ヨ。興奮するのも解かるけどねー」
「あ、いや、すんません。楽しかっ…じゃなくて、応接間が何処に有るのか解からなくて苛々しちゃっていて…」
襖側の女性は見た感じ二十代だった。まさか彼女が榊原の母親と言うのなら、これは俺の母親と良い勝負だな、と思った。
何者かは知らないけど、どうやらこの家の使用人らしいのは服装を見て解かった。
…しかし、和風なのに何故メイド?
「あら、楓ちゃんったら応接間の場所を教えなかったのかしら?仕方ないわね、私がご案内いたしましょう」
にっこり笑って、襖側から中庭側へと出て俺の肩を通り過ぎて、こちらです、と言いながら道を歩いて行く。
女性の容姿は一言で言うなら美人。二言で言うなら泣きほくろが有る。髪は黒いくて瞳も黒いので日本人だろうとは直ぐに解かった。
応接間までは歩いて一分かかった。
その間、彼女は自己紹介をする。
名は七原 命(ななはら みこと)と言うらしい。
彼女はこの家の使用人で、榊原とは子供の頃からの付き合いだそうだ。
まるで自分の娘の事を話す親馬鹿の様に彼女は子供の頃の榊原がどれだけ可愛かったか、今の榊原がどれだけ美人になったかを微笑ましく話した。
応接間に着いて、結局最後まで解からなかったのは年齢だったが…まぁ良いや。
「遅かったわねアイスブレイカー」
「悪い、御前の屋敷が巨大迷宮みたいでね」
「ありがとう」
いや、今のは皮肉だったんだが、何故にありがとう?
応接間の中心には5、6人囲めそうな四角い木材で出来た低いテーブルが有り、座布団が四つ周りに置かれていた。
部屋の恥にソニーの液晶テレビが置いて有って、応接間の奥には台所が有った。
待て。
「此処って、応接間じゃなくて食卓だろ?」
「そうとも言うわね」
「楓ちゃんは、ちっちゃい頃から食卓を応接間と呼ぶ癖があるんですよ」
背後から七原さんのクスクス笑い声が聞こえる。
とりあえず応接間、改め食卓に入り、榊原の座る向かい側に有るテーブルを挟んで座布団に腰を降ろした。
「んで、飯はまだかの?」
親父座りをしつつ俺はボケてみた。
「ふふふ何を隠そう!今日の御飯は僕が作る御飯とお味噌汁さ!」
まさか返事が返ってくるとは思わなかったが台所から声が聞こえた。
台所の奥から桃色エプロンを装着した金髪の男の人が、杓子を片手に現れた。
「誰?」
「アレックス。通称、馬鹿。私の保護者よ」
ふーん、何て程度の感想を言うとアレックスという男の人はがっくりした。
渋々台所の奥に戻って、それから彼は御飯と味噌汁を食卓に持ってきた。
ついでに沢庵もテーブルに置かれ、朝食が整う。
此処で再び、待て。
「てか、なんで朝食?」
「今、朝九時よ?」
「いや、そうじゃ無くて、何か色々と説明してくれるんじゃ無かったっけ?」
そんな人の話も無視にアレックスさんは俺の隣に置かれた座布団の上に座り、完全に整ってしまった朝食に向かって、手を合わせる。
さっきから、部屋のすみでクスクス笑っていた七原さんは榊原の隣に正しい正座をし、手を合わせる。
榊原は別に何もせず、平然たした顔で正座していた。
「いっただきまーす」
アレックスさんの号令と共に朝食が始まった。
俺はと言うと、せっかく出た朝食を食べながら、何でこんなにのんびりしているんだろう、と思った。別に急ぐ理由など無いのに、俺は本能的に何かを知りたがっていた。
「それじゃぁ、そろそろ説明しようか、えーと、」
「風間秋です」
「カザマ君」
やっと話を切り出してくれたのは朝食を終え、お茶が用意された時だった。
食卓には俺を含め、榊原、七原さん、アレックスさんの四人が居て、どうやら榊原の両親は不在だった。アレックスさんが保護者という事は両親は外国に居るのだろうか?
共働きなのだろうか?
その疑問は解からないまま忘れていた。
「カザマ君は、幽霊とか信じるタイプ?」
「いえ、全く」
説明はアレックスさんの質問から始まった。
「これからゆっくり説明していくけど、信じられない内容ばかりだから気をつけてね」
何に気をつけるのだか…。それに俺は何を説明してもらおうとしているのかすら解からなかった。
「遥か昔、この世界に存在した言葉と言うのは強力な物だった。人は有る一定の羅列の言葉を口にし、それを祈る事によって奇跡や魔法じみた事を起こしたんだ。これを、言術という。言術を使う者達は言術者という。大昔の人々は言術を使って、それを日常とし暮らして来た。しかしある日、言術者達は過ちを犯してしまった。」
そのまま、めでたしめでたし、で終わる事の無い昔話で良かったと思ってみる。
「人を生き返らせる。これを実行しようと言術者達は集まり、研究をした。たった一人の人を生き返らせる為に、五人の人間の命を犠牲にして。そうして実行された人を生き返らせる言術は成功したものの、何かの手違いで災いを生んでしまった。」
榊原は黙ったまま聞いていて、七原さんもアレックスさんの話を聞いていた。
「それは、死んだ者の怨念のみを、この世に具現化する手違い。これにより幽霊や化け物、ゾンビなどが生まれ、人々を襲った。言術者達は彼等を“夜”と呼んだ。夜を完全に消す事は出来ず、そのまま幾千の時を流れ今に当たる訳だ」
「せんせー、質問」
何となく手を挙げて俺は聞いた。
「その言術って魔法が有るのに、何で今の人々は言術を使わないんですか?」
「良い質問だね、それは、今の人達には言術を使う知識が無いから。それと言術の動力部で有る“源”って言う物を理解していないからね。言術は誰もが使える訳では無く、使うにはそれなりの修行が必要となる」
何か無茶苦茶な話だ、しかし食卓の空気を読むと嘘や冗談の話で無いらしい。
アレックスは続けて説明する。
「今の一般人にこの話が知られていないのは、二度と自らの人間達が過ちを犯さない為に言術を極一部の人間にしか知らせない様にする為だ。夜なんて悪魔が存在しているのに、その被害が表向きにならない理由は、夜は特殊な命や言術者しか襲わない様になっているからだ」
疑問は色々と残った、説明してくれると言って置きながら、寧ろ疑問が増えた様にも感じられた。
それで…。
「それで、何で俺にそんな話をするんです?」
「実は、キミは前に一度、正確には二度、夜に襲われているんだよ」
その言葉で、――忘れかけていた何かが戻った気がした。
金髪の女の子、俺に笑顔を向けている。
「嗚呼、あの見えない何かが夜だったのか。あの時は助けてくれてありがとな、榊原」
榊原は一瞬目を見開いて、それから、
「あら、記憶が戻ったのね」
記憶が戻った?何の話かは良く解からないけど、確かに忘れかけていた気がする。しかし、疑問はまだ残っている。
「けれど、俺が襲われたのは一度だぞ?」
「いや二度だ。キミは一度襲われて、その記憶を書き換えられたんだ」
書き換えられた。
もし、アレックスさんの言術の話が本当だとしたら、それくらいの事が出きる言術って言うのが有っても可笑しくないだろう。
俺は相変わらず昔の何かを思い出せないで居た。
「でも、それなら俺の二度目の記憶も書き換えれば、俺みたいな一般人を巻き込む必要も無いのに何で?俺が二回も襲われたから?」
「書き換えたさ、でも記憶の書き換えは一人一回。キミは一度書き換えを受けて居たんだ。それを知らなくてね。二重の書き換えを行うと、過去に書き換えられた記憶も戻ってきてしまうんだ。それのせいで君は学校で倒れた訳だけど…。つまり、キミはどちらにしても夜を覚えたままになってしまい、表社会に公言してしまう可能性が有る。だから僕はキミに説明しようと思った。これからキミは色々と見えない物が見えてくる。そしてキミは一般の世界とは違う、僕等言術者達の世界に巻き込まれてしまうだろう。カザマ君を巻き込んでしまったのは本当に申し訳ないと思っている。けれど、表に公言されて被害が増えるのは困るんだ。」
そこで榊原は割って入った。
「夜は、夜の存在を知っている者を襲う傾向が多く見られるのよ。昔の人が極一部に伝えて居たのは被害を減らす為ね」
随分と好い加減だな、と思った。既に一般社会から外れてしまったらしい俺はこれから危険な言術者の世界を歩かなければならない。それには複雑な気持ちだった。
好奇心、しかし恐怖と不安。あの日の夜見た真っ暗な世界で何も見えない敵が襲ってくるのを再び考えると二度と体験はしたくないと思う。
「だから僕等はキミをこれから保護しようと思う。我々が空唄市の担当である限りね」
「担当?」
この質問には七原さんが答えてくれた。
「世界中にはある区域を管理する担当者が3、4、5人居て、その担当者はその区域に出没する夜の排除をしているのよ。担当者は何時か変わるけれど、今のこの辺りの担当者はアレックスと、私と楓ちゃんなの」
なるほど、ね。
聞いただけでは随分と可笑しな話だった。とても常識に近い一般人が聞いただけで理解できる内容だとは思えない。
だが、俺は一度襲われている。更に、あの時の忘れられない恐怖を体感してしまったら、一体あれが何だったのか?という理由の一つや二つは付けたくなる物だろう。
その理由が既に用意されているのなら、普通ならその理由を信用してしまう。
だから俺は自分でも驚く程にすんなりと状況を受け入れてしまった。と言っても未だに半信半疑だが。
思考を回す内に黙り続けていた俺は、やがて沈黙の中、ゆっくりと口を開けた。
喋る前に吸う少量の空気の音が、この時だけ目立った気がした。
「それで、俺を保護するって言ったけど、一体どの様に保護されるんだ?」
その質問に、榊原が飲もうとしたお茶を手にしながら答える。
「別に何処かに閉じ込めるとか、私達と一緒に暮らすとか、そんな保護法じゃないから安心して。貴方は普通に日常を普通通りにすれば良いだけよ。その代わりにコレを持って」
熱いお茶を結局飲まずにテーブルに置き、榊原は正座状態からゆっくりと立ち上がった。
そして食卓の隅に有る食器棚の上に置かれている箱を一つ手に取り、テーブルの上に置き、その箱の蓋を取った。
箱の中にはギターのピックに似た三角形の物が数え切れない程詰め込まれていた。
榊原はその内の一つを手にして説明をする。
「これは言術を利用して作られた“発信機”よ。貴方は何処へ出掛けるにもこれを常に携帯するの。そして、もし緊急事態になったら、この発信機を折りなさい」
よく見ると三角形のそれは厚みがコインの様に薄かった。
一つの発信機を手にすると、その発信機に俺の名前がうっすらと映された。
「KAZAMA SYU」
そしてその裏側には、この発信機の製造メーカーらしきブランドのマークが入っていた。
「まぁ、元より“夜”って、その名の通り日が出てる内は襲わないでしょうから、プライベートまで覗かれる程の保護はされないわ。だから貴方は真実を絶対公言しない限り、何時も通りの日常を安心して送れる訳よ」
「つまり、俺は言術とかの事を公言せずに居て欲しいってだけなんだな?」
「長くなった話を平たく纏めちゃうとそういう事になるわね」
話が纏まって俺は発信機をポケットに突っ込んだ。発信機という事は俺がこれを身に付けて移動している限り、担当者で有る者には俺の居場所が直ぐ解かると言う事だ。
にしても…。
「今更思ったのも変だけど、榊原…、御前って凄い奴だったんだな」
まさか今まで一般人だと思っていた同級生がある日突然、魔法使いでした、何て知ったらそれは驚く。
「まあね、これにはアイスブレイカーは勝てないわね」
常識から外れてるから有利と考えているらしい。
真面目に重かった食卓の空気が何時もの空気に戻った気がした。この食卓に居るのは初めての癖に。
「大分整理が付いた所で改めて自己紹介しようと思う」
アレックスさんが切り出した。
「僕はカエデちゃんの保護者、アレックス・ウェールズ。イギリス生まれ、26歳だ。職業は言術者」
何故歳を…?
「ちなみに彼女募集中!」
金髪ツンツン頭の男、アレックス・ウェールズの自己紹介は全員にスルーされた。
「私は此処の使用人をしています、七原命。スリーサイズと歳はナ・イ・ショ。趣味は食べ歩き。ちなみに私の事はミコたん、って呼んでね☆」
「…七原さん」
「いや~ん、ミコたんって呼んで~ぇ」
今更思ったけど俺の周りって結構個性的、というか変な奴が多いよな。
「ほら、楓ちゃんも…」
榊原の隣に座る七原さんは榊原を肘で突っついた。
と言うか、今更自己紹介しなくても知っているんだけどなぁ。
「…榊原楓。17歳。言術者見習いよ、と言っても明日、見習い卒業だけどね」
中でも一番まともな自己紹介だった。
そして、全員の視線が俺に集まる。さて、何て自己紹介すれば良いのやら?
「俺の名前は風間秋です。よろしく…」
ちょっと芸が無さ過ぎたか。榊原を除く皆の視線が『それだけ?』と訴えかけている。
他に何を話せば良いんだ?!
「あ、ところで、俺の昔の記憶が書き換えられてるって言ってたけど、一体何時の記憶が書き換えられてるんだ?」
自分の記憶。自覚はしていないが彼等は俺の記憶が書き換えられてると言った。
それが真実なのか、嘘なのか解からないが俺の脳裏には気になる姿が映る。
誰だか知らない、もしかしたら覚えてないだけなのかも知れないが、金髪でショートカットの女の子。その子の笑顔がとても印象的で、懐かしい感じがした。
「一年とちょっと前の記憶ね」
榊原が答える。今まで一般的だと思っていた榊原の印象はあまり変わっては居なかった。
何となくだけど、それにホッとする。
「一年と…ちょっと前」
復唱しながら無駄かも知れないが俺は少し記憶を探ってみた。
それは、俺が空唄高校に入る前、中学時代の終わり頃。
少しだけ頭がズキンと痛んだ。
「ところで…、公言しないって話だけど、何で俺をそんなに信用してるわけ?」
「………」
その質問には誰も答えなかった。
まぁ、俺としては信用してくれるのは嬉しいけど、もしこの状況が俺でない別人だった場合、公言してしまうかも知れない。
「まぁ、公言したらしたらでキミは一生後悔しながら何処かに監禁され、行き続ける事になるけどね。SMに興味が有るっていうのなら引き止めないけど」
アレックスの顔面に榊原の拳が入った。
「まったく、また何処でそんな言葉を覚えて…ブツブツ」
どうやら榊原はアレックスの日本語に不満を覚えているようだ。
/
まず、そこに居たら自然と目にしてしまうのは、女性。
金髪のその女性は17、18くらいの歳で、“その体”は横たわっていた。
中身の無い彼女の体は永遠の夢を見る寝顔で動きもせず、彼女の両手は腹部辺りに添えられていた。
一見すれば誰もが気付くだろう。彼女は死んでいる。
死んだのは二年くらい前だ。
今でも生きてた当時の原型を留めているのは言術による物だろう。そう気付くのはごく一部の人間の話だが、その事に関しては問題は無かった。
何故ならこの場所は一般人社会から隔離された特別の次元に存在しているのだ。
言わば此処は聖地、祭壇の中心に横たわる美しき女性と回りにそびえる神聖な彫刻、天井から祭壇を見下ろした12人の天使達。
教会とは違う、もっとギリシャ神話の舞台になりそうな古代の儀式場。
何処からか差し込む陽の光は真っ暗であった祭壇の中心を照らしていた。
まるでこの女性は誰かを待っているかの様に、
まるで誰かがこの女性を待っているかの様に、
そして儀式の中心人物である彼女の為に生贄は用意されていく…。
/
色々と話をされた俺は、どうやら狙われていると言う事情を告げられながらも学校へ通い、帰りに実家へと一度戻り、その後に榊原の屋敷で寝泊りする事になった。
幸い明日、明後日は土日で学校は休み。
友人からの誘いは丁重にお断りして、しつこい奴は蹴ってやった。
家へと戻った俺は自分の部屋へ向かい、寝泊りの準備を始めた。
まさか榊原の屋敷で寝泊りする事になるとは思いもしなかった。
不安というか心配というか…、榊原はライバルだが考えてみればれっきとした女の子だ。それも学校ではアイドルクラスの美人。
意識しないという方が無理な話、どうせ部屋は別々だしアレックスや七原さんが居るから間違った事にはならないだろう。
居なくてもならないとは思うけど…。
彼女が居る身でこんな事を考えてしまう自分が情けないと思う。
――ん?彼女?
ふと、金髪の女の子を思い出した。
相変わらず彼女の名前は思い出せないが、自然と彼女は俺の彼女、ガールフレンドだったと認識していた。
アレックスは言った、過去に俺の記憶が置き換えられている、と。
何故その必要が有ったのか?
“夜”と遭遇したからか?だったら何故アイツとの記憶が丸ごとゴッソリ無いのだろうか?
色々な説や疑問が頭に浮かんでは消えていった。
榊原の屋敷で色々告げられてから俺の消えていたらしい記憶は少しずつ戻りかけていた。
流石に、パッと全てを思い出すことが出来ず、断片的に思い出してそれ等を繋げては納得しているのだが、どうも二年前に消えたという記憶だけ未だに掴みきれなかった。
先に戻ってきた記憶は、つい一昨日の物。
元々ハッキリしていない状況と共に混乱していた為か、あの時の記憶は最初っから明確では無い気がする。
思い出したのは、闇が有って、見えない何かに襲われて、榊原の声がしたと思ったら闇が消えて、開放された瞬間ドッと疲れて、その後の記憶が無い。
朝目を覚ましたら何もかも忘れていた。そんな所だろうか。
ある程度の服をバスケ時代に使っていた赤いスポーツバッグに積めると俺は立ち上がった。
ふと、タンスの上に有る胴色の物が目に入る。
鍵だった。
――嗚呼、これ、倉で見つけた鍵だ。
結局これまで忘れていたのだが、これは記憶の書き換えによるものでは無く、ただ単に宿題を忘れるのと同じくらいに普通に忘れていたのだ。
その鍵は良く見ると太くて現代使われている鍵穴のどれにも入らない様な形をしていた。
この鍵が何であるかが気になった俺は時計に写った時刻を見て、まだ時間が有る事を確認する。
アレックス達はなるべく早く屋敷に着く様にしろ、と言っていたが、何か有った場合、この三角型の発信機を折れば良いだろう。
俺は用意の出来たスポーツバッグを肩に倉庫へ小走りに向かった。
/
闇から何かが光った。
やがて雲に隠れていた月明かりが地上を照らし始めると光った物が目に映る。
刀、日本刀。
それも血に濡れた刀だ。
月明かりで照らされるその刀の光は妖気に満ちていて不気味だった。
そして、この得物の持ち主の姿が続いて照らされた。
黒髪の長髪、灼眼、黒いロングコートの男。
見た目はまだ高校生だと言うのに、彼から発っされる気は外見をあまり気にさせなかった。
何故なら、その“気”は殺気。
触れるだけで恐怖し、身を震わせる感情の無い冷たい殺気…。
血濡れた刀が妖しく光り、男は月を見上げた。
「…足りない」
男が月に声をかける。もしくは刀に話かけたのか…。
「もっと…魂をよこせ…」
その声は誰も“居なくなった”空間に小さく、しかし永遠と響き続けていた――。
/
「ふぃー、見つけたぁ」
鍵穴を探して一時間程経過した頃だろうか?
辺りは暗くなり始めていて、そろそろ屋敷に向かわなければならない時に鍵穴は見つかった。
時間が無いので俺はポケットから鍵を取り出し、ピッタリ合うだろうと思われるドデカイ錠の鍵穴に先端を突っ込んだ。
「お」
パーフェクト。
そして差し込んだまま鍵を右回転する。
思ったよりも鍵は柔らかくスムーズに回って、錠が小さな金属音を立てながら外れた。
錠を外して、錠の掛かっていた箱を開ける。
箱は鉄製で、江戸時代に見る様な古臭い形をしていた。
蓋を外すだけで埃が宙を舞ったが気にせず中身を覗いた。
――真っ白?
否、どうやって溜まったのか、埃まみれになった羊皮紙だった。
俺は誇りを息で軽く吹き飛ばすと辛うじて読める日本語に目を通した。
そこには言術の歴史が書かれていた…。
何十分か掛け、何とか読み終えてみる。
内容は色々と遠まわしだったが、真実の説明を受けていた俺には何となくその内容が解かった。
俺なりに纏めるとこうだ。
何時だか知らないけど、かなり昔の話だ。
まだこの地に言葉が無かった時代、人々が言葉を作っていた頃に、魔法みたいな不思議な力が存在した。
その力は、その頃の人々に平等に与えられ、四つの言葉を繋げて慣用句を作ると、作り上げたその慣用句の意味に近い力が発動した。
後に、人はそれを四字熟語と呼んだ。そして現在の時代でもこれ等の四字熟語は語り継がれている。それは普通に小学校で習うし、テストにも出てきた。
しかし、今の人々には文字に力を起こさせる源が無くなっているらしい。
“源”それは何処にでも有る力。
言術者達はその“源”を読み込むか掴むかして、その力を利用して言術を発動している。
昔は体内に有った“源”を使用していたが、今の人々は外部の“源”を使用するしか言術を使う方法が無いらしい。
外部から引き出すには色々な苦しい修行が必要らしい。
理解出来る内容は以上だ。
他にも色々と書かれているが、俺が読んだ所、同じ日本語でも内容はサッパリで、掠れていたり、破けている所は読めなかった。
俺はこれを榊原達に見せてやろうと思い箱に戻し、錠を掛けてからスポーツバッグに突っ込んだ。
鍵はポケットにしまい、俺は急いで倉から出た。
外に出ると辺りはすっかり暗くなっていて、早く屋敷へ向かわないと怒られるので俺は走り出した。
が、間に合わなかった。
まったく予想していなかった訳では無い。
寧ろ、榊原に怒られる事より現在の状況を予想しておくべきだったのだ。
あの時と同じで違う感じがするのは、俺は瞼を開いていて、辺りが漆黒に染まっていくこの光景を見ているからだ。
俺は左胸に有るポケットから発信機をゆっくりと取り出して…、折った。
同時に“夜”が俺の周りを覆う。
視界一杯に広がる闇という闇、漆黒。
宇宙より酷い闇で、点や埃一つも無い真っ黒の異次元空間が結成される。
その闇の中に、一つだけ違う色が混ざっていた。
今度は黒という色に全く相反した白、不気味なくらい真っ白の巨大物体が動いている。
その物体は巨大で、見ると人型のシルエットを持っていた。正し巨人。
顔であろう場所には目や口なんて存在しない白。
あまりの白さになんとか残った影だけが巨人の角度や立体的な形、そして遠距離感を目に教えてくれた。
そして俺は理解する。
奴は言った。今まで見えなかった物が見えるようになってくる、と。
ならば今俺が見て、俺を見下すこの白い巨人は彼等の言う“夜”であると理解するに至るまで時間は掛からなかった。
前にも一度襲われているという部分の記憶が戻っているおかげで状況把握は落ち着いて冷静な状態で行う事ができた。
否、本当は混乱するか恐怖して逃げ回る筈だというのに、俺は自分でも怖いほど冷静だった。
死を受け入れ諦めたからか、何か策が有り勝利の確信が有るからか、榊原達が必ず助けに来てくれると信じているからか?
そのどちらも違う。
なら、何故冷静でいられる…風間秋――。
――それは…、
考える間もなく、第一撃が放たれる。
巨人はその巨大な豪腕を振り上げ真っ直ぐと俺に向かって降ろしてくる。
俺は咄嗟に飛び退いて一撃をなんとか回避してみせた。
闇に叩きつけられた“夜”の腕はその衝撃で散った様に動き、バラバラになったかと思えばそれは長い触手の様な物になり飛び退いた俺を襲う。
形に騙された。人型をしているかと思ったが、こいつは形なんて持っていない。
形なんて元々形を持たない“夜”には不要なのだ。
俺はバスケで鍛えた瞬発力を活かして横へ飛んだ。
サイドステップによる回避は成功し触手は勢い余って俺の立っていた位置を通り過ぎる。
しかしこのまま攻撃が終わるとは思えない、今の状態は奴の方が数段有利だ。
続いた攻撃は白い巨人の空いている片腕から放たれた拳だった。
身を翻して地面とも何とも言えない闇の上を転がりこれも避けてみせる。
まだ始まって間も無いと言うのに俺の息は既に上がっていて、額には汗が滲んだ。
なのに何故冷静なのだ?
――まるで、戦う術を持っている見たいじゃないか。
否、そんな物は持っていない。
続いて降り注ぐ攻撃、攻撃、攻撃の嵐を俺は全て髪一えで避け続ける。
此処まで運動神経の良い自分が我ながらビクッリだった。
だが、調子に乗りすぎていた。
もちろん相手も攻撃をかわされ続ける訳にも行かず、今度は腕を思いっきり振りかぶっては、まるで地上を一掃するかの様に薙ぎ払って来た。
それを俺は避けきれず、腕に激突し直撃を受けた。
体中に響いた衝撃は脳震盪を起こすくらい激しい物で、榊原のドロップキックの数十倍はあった。まぁ、当たり前だろう、何故なら榊原は人間で、奴は数万、数千という死者の怨念で出来た化け物。
死者の怨念ってこんなにもきついのか…。
衝撃に体が持っていかれて空中に投げ出された俺の体は宙で二三回転し、やがて重力にひかれて闇へと落ち、激突した。
地面に落ちても何度か体は地面を跳ね転がり続ける。
一人で、嗚呼、死んだな。とか思った。
思ったばかりなのに、何とかまだ体は動くようだった。
今までに受けた事のない全身打撲からフラリと立ち上がり、骨に異常が無いか肩や首、腕を動かして確認してみる。
足を動かした時、チクリと何かが刺さるような痛みを感じた。
折ったか?と一瞬思うが直ぐにその予想は外れた。
無意識に伸びた俺の手は右ポケットに突っ込み、倉で見つけたある鍵を掴んだ。
成る程、この鍵が右足に軽く刺さったのか。
理解し、俺は鍵を握り出した。
ポケットに何か有ると動きにくい、だから捨てようと思ったのに、その考えを起こす前に白い巨人から追い討ちが掛かった。
振るわれる拳が再び顔面へ迫ってくる。
次ぎ当たれば命は無いと体が感じたのか、脳が命令を出しても居ないのに体は動いて避けてくれた。
――武器が必要だ。
相手が怨念なら、きっと言術か特殊な何かで無いと物理的な攻撃は受け付けてくれないだろう。
そう思ったら特殊な武器が必要だと感じた。
――出来れば、刀が良い。
そう、脳内に刀のイメージが浮かび上がる。
美しい刀身に切れ味の良さそうな名刀。
何故刀なのかと言うと、俺は剣道を習っていた時代が有ったのだ。
小学生の頃だっただろうか?土日に木刀を持って剣道教室に■■■と通っていた。
何か思い出した気がするがノイズが走って思考がぶつかり一時停止する。
気付いたときには更なる攻撃が敵から放たれていた。
今度は避けない。
否、避ける必要が無かった。
何故なら、何故か、この手には美しい名刀が握られていて、昔覚えた刀の正しい持ち方を咄嗟にしていた。
――振り下ろせ、この刀は何でも斬れる。
――死も命も世界も夢も、“夜”も…。
振り下ろさない理由が無いから俺は思いっきり、“知らない刀”を天へと掲げた。
光も無いのに蒼白の光を発する剣を闇の中で全力を込めて、迫る拳に負けない様に真っ直ぐと“ソイツ”を振り下ろした。
一閃で両断。外見的に言うならそれは“一刀両断”しかし正しく言うならば、
――“一撃必殺”。
振り下ろした刀は全てを両断し、作り上げた太刀筋から放たれる強力な真空が一閃のその先を全て切り払って行く。それはまるで目に見えない巨大な刀を振り下ろした様な光景。
一閃は“夜”の拳を両断し、そのまま腕を裂いて、本体を真っ二つに払った。
血飛沫も何も無く斬り口から白い物体は真っ赤に染まって行く。
そしてそれは消失して行き、跡形も無くなると同時に結界が勢い良く砕け散った。
砕けた破片は真っ白になり重力に反し天へと登って行った。
まるで、星が天に昇るかのように…、何も無くなった空には本物の星の輝きが切なく輝いていた。
しばらくそれを眺めていて、急に体が震えだした。
「ハハ――ハ…」
おいおい、今頃恐怖してんのかよ、俺は。
どうやら今までの冷静さは恐怖を後回しにする代わりに手にしていた様だ。
右手から刀が滑り落ちて地面に乾いた音を立てる。
その刀が土の上でゆっくり変形して行き、どんどん縮小しているかと思えば、鍵になった。
車の鍵でも、自転車の鍵でも、家の鍵でも、エロ本を隠している引き出しの鍵でも無い、あの倉で見つけた鍵だ。
「………マジックアイテム?」
言術の事が書かれていた羊皮紙を隠した箱に掛けてあった錠の鍵でもあり、刀でも有った。
心が落ち着いて振るえが止まり余裕が出きると俺はそれを手にし、色々と疑問は残ったが榊原に後で聞けば良いと思い、急いで立ち上がる。
思えば既に夜10時になっていて、このままでは榊原に怒られるだけでは済まないと察し慌てて隣に落ちていたスポーツバッグを手に取った。
それではなく、二回目の襲撃の可能性を考えたからが本当の理由なのだが。
玄関へ向かうと、慌てる必要が無い事がわかった。
なぜなら、
「あーら、遅かったわね、アイスブレイカー」
涼しそうな顔して無茶苦茶怒っている榊原の姿があったからだ。
/
にしても私は驚いていた。にわかに信じ難いがアイスブレイカーの話を聞いて信じざるを得なくなった。
“夜”二度目の襲撃。
二度襲われるとなったら、これは確実に“夜を導く者”に狙われている事になる。
目的は何?
彼の魂と同調しかけてる守護霊が欲しいのかしら?
でも、魂と同調しかけている守護霊だけを盗み取るのはほぼ不可能に近い。
何故なら同調した魂を盗ろうとすると、もう一つの魂が反応し消失してしまうのである。そうなると、その魂を媒介に生きていた守護例の魂も消えてしまうのである。
ならその魂の破壊?
可能性は有る。もし単純に存在すると迷惑な魂なら普通に襲い殺すだろう。
しかし証拠不十分。断定は出来ない。
とりあえず現段階でアイスブレイカーが襲われる理由を私は見つける事ができない。
それよりもアイスブレイカーは“夜”を倒した、と言った。
素人がそう簡単に倒せるわけが無い。ましてや、まだ“夜”という存在と“言術”の話を齧った程度しか理解しておらず、さらに二度目の襲撃で倒すなんて経験と知識、実力どれもが不足している状態で何故倒せるのだろうか?
彼はその理由に私を納得させる得物を持っていた。
「この鍵さ…、こうやって強く握ると――ほら」
刀になった。それは言術者なら誰もが持っている支援武器である。
元々言術者は武器を持たず、その力のみで“夜”を排除してきた。しかし、“源”が極端に少ない地域で言術を使用する事は出来ない。
ならばと言い、サブウェポンとして言術者に持たせるのが支援武器。所謂切り札と言った所だろう。
ちなみに私の支援武器は…、
「ほら、桃色の携帯。これが私の支援武器よ」
屋敷に着いてからアイスブレイカーに見せたそれは携帯である。
今時の若者なら誰もが持っている姿をしている。
元より支援武器は持ち運ぶのに不審でない物の形をしている。そしてその形から姿を変えて武器になるのである。
私の武器は見た目は誰もが持っている携帯だけど、ある一定量の源を携帯に送り込むと剣になるのである。
その剣はSFの様に、もっと現代風の形をしていて、ファンタジーの欠片なんて全く無かったりするのだけど、そんな事は問題無い。
アイスブレイカーが見せてくれた鍵は刀になったが、支援武器程度で驚かない私はそれを見てかなり驚いていた。
理由はアイスブレイカーが“源”を制御できると言う事である。
何処でそんな方法を覚えたのか問いただしてみたけど、本人は全く心当たりが無い様だった。
この事をアレックスに話すと彼はアイスブレイカーに聞こえない様に私の耳元でこう囁いた。
「まぁ、彼女が言術者だったんだから、きっと彼氏の彼が色々と教えてもらっていたんだろう」
可能性は有る。
いや、もしそういう理由でなかったとしたら私はかなり落ち込むだろう。
何せ私は“源”を制御するのに十年掛かったのだから。
「あ、おい榊原!チャンネル変えるなよ!」
・・・、にしても私はアイスブレイカーを殴りたかった。
発信機を折って、心配して向かってみればケロっとしてるし、人の家でテレビ見ては偉そうだし。全く、彼の何が良くて学校中の人気者になってるんだか・・・。
/
世界は常に闇に覆われている。
それを微かな光が照らすのだが、一つの光りが照らせるのは一部のみ。
照らしている間は他が闇に飲まれる。
全てを完全に救う事は出来ない、それが普通だ。
だが、もし光りが一定の場所に固定し続けていれば、他が混沌になろうともその場所は他の何処よりも明るい場所になるのではないか?
言うなればその場所は聖地。
言わばその場所は天国。
裏側では人が死に、そして表側では生まれ変わる場所。
俺はその場所を作り、光をこの世界の何処でもないこの聖地のみに預けた。
「・・・・・・・・・レン、もう直ぐ御前を戻す事が出来る」
その聖女は祭壇の上で・・・、眠り続けていた――・・・。
聖女復活に必要な物は見つかった。
後はそれを奪うだけ・・・。
アイスブレイカー 第二章 理由 END
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2005-08-14T14:23:13+09:00
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小説 アイスブレイカー第一章
https://w.atwiki.jp/lyna23/pages/3.html
昔、ムカシ、むかし、MUKASHI…。
何時だか知らないけど、まぁ、とにかくかなり昔の話だ。
まだこの地に言葉が無かった時代、人々が言葉を作っていた頃に、魔法みたいな不思議な力が存在した。
その力は、その頃の人々に平等に与えられ、四つの言葉を繋げて慣用句を作ると、作り上げたその慣用句の意味に近い力が発動した。
後に、人はそれを四字熟語と呼んだ。
電光石火、以心伝心、一石二鳥、一心同体、等など――簡単な四字熟語しか覚えていないのは気のせいだ――。現在の時代でもこれ等の四字熟語は語り継がれている。
それは普通に小学校で習うし、テストにも出てきた。
しかし、今の人々には文字に力を起こさせる源が無くなっているらしい。
それが理由で普通に口ずさんでも、そんな力は起こらないし、どっちにしろそんな事が有り得る訳が無かったのだ。
そう、有り得ない筈なのだ。それなのに、俺、アイスブレイカーこと、空唄高校二年生、風間 秋(かざま しゅう)は最近自分にそんな力が有るのではないのか?と期待していた。否、有ったら良いなと思っていた。
そもそも、家に昔からあった倉を漁っていたら、こんな大昔の事について書かれた羊皮紙を見つけてしまったのが原因なのだが…。
死んだ爺さんの悪戯なのかも知れないが、これには興味を注がれた。
だけど、俺は後に激しく後悔する事になる。
この羊皮紙を見つけてしまった時点で、俺は二度と生きて帰る事の出来ない一方通行の運命を歩かされていたのだ。
1.優等生とアイスブレイカー
遅刻だ!
心の中はこんなに慌てているのに随分とのんびりしているのは寝起きが悪いせいだ。
時刻は現在7時55分。一時間目開始時刻は8時調度、身支度で10分、家から学校まで徒歩で10分位、自転車に乗って5分程度、ちなみに本気で走れば自転車より早くて3分とか。
とにかく朝の俺の思考回路はミトコンドリア以下だ。つまり俺は今どれだけ遅刻が危険なのか理解していない。一体ミトコンドリアに思考回路が有るのか、どれくらい頭が良いのかは知らないが、とにかくそれだけボケボケしている。
軽く目覚まし時計に踵落としを食らわせて、天井に投げつけて、落下しているところをバックナックルで殴り飛ばしただけで壊れるなんて…。
俺はこの目覚まし時計の製造会社にイタデンを毎日10回はしようと思った。
ついでに今までやってみたかった悪戯ランキングでダントツ1位の俺俺詐欺や、2位の脅迫電話などを実行してみようという考えを浮かべ、俺は寝癖を直し、制服を着て靴下を履いた。ちなみに3位は逆留守電コールだ。これの良い所は電話を掛けておいて受け取った受信者に「現在留守にしております――」でお馴染みの留守電システムを発動させる事だ。
俺が通っている学校、空唄高校の制服は――今の時期では夏服だが――白い半袖シャツに黒い長ズボンである。
良くある制服だが、別に文句なんて思いつかなかった。
そんな文句を考えている暇が有ったら俺は目覚まし時計の製造会社に爆弾テロを起こしている筈だ。
最後に適当に教科書の入った鞄と、銀色の携帯を手にして俺は家の中で一人ドタバタしていた。
この家に現在住んでいるのは俺一人だけ。
理由を聞かれれば、期待通りに両親が交通事故で――、と嘘泣きをしながら答えるが、本当は、両親は現在共にラブラブ旅行に出かけているのだ。
確か、旅行先はハワイだったか…。去年はエジプトだったから、今年はマシか。
まぁ、おかげで家の中は何時もよりも涼しい。
あの二人が居ると夏は特に暑くて、でも奴らは常に熱くて、良くもこうラブラブ熱中症が長続きするな、と感心する位にイチャイチャしているのだ。
年に一度、俺を放ってどっかに二人きりで旅行に行くが、友人の話によると、その時の俺の笑顔が一番輝いて眩しいらしい。二度と帰って来なければ幸せすぎて死ぬだろう。
玄関で靴を履き終えた俺は自転車なんて面倒だと思い、もっと面倒だがスケートボードを抱えた。
家の戸締りをしっかりチェックし、日差しの下に立てば長居は無用。
スケートボードをアスファルトの上で滑らせ、熱中症になって倒れる前に速攻で学校へ向かった。
/
私、榊原 楓(さかきばら かえで)は今、気分が優れていない。
それは体調が悪いのではなく、機嫌が悪いという事なのだ。
原因はアイスブレイカーの事である。
アイスブレイカーとは、学校中で有名のあの、風間 秋の事である。
別に恋しているとか、そういった関係で機嫌が悪いのではなく、あいつは今日も私の宿題ノートを横から奪って人間とは思えない速さで答えを写した。その速度、私が事前に分かっていて速攻で対処しようと追っても2秒。
走りながらしかも正確に答えを書き写す事が出来る超人だ。
それは良い、別にそんな大した問題じゃない。
問題は、彼が走っている途中躓いて、彼と私の宿題ノートは開いていた窓を抜け、その先、下にある学校のプールに落ちて沈んだのだ。
おかげで今日の宿題はペンが滲んで読めなくなり廊下に立たされている。
廊下に立たすとは随分と古い考えを持った先生だ、と私はぶつくさ悪態を吐いていた。
その隣でアイスブレイカーも私と同じ罰を受けた。
しかし彼の場合はこれが初めてでは無いので水が満々と入った掃除用バケツを二つ抱えている。
彼も私が吐いていた悪態と同じ台詞をブツクサ呟いていた。
私が隣でざまぁみろ、と微笑を浮かべていると急にアイスブレイカーがこっちに振り向いたので慌てて真顔にした。
「…ぷっ、さ、榊原、顔が引きつってる…お、面白い」
とりあえず吹き出しそうで仕方が無いというアイスブレイカーの足を靴の踵で踏み、煙草の火を踏み消す様な感覚で捻っておいた。
茶髪で何も手を加えられていない、ただ真っ直ぐの髪を持ったアイスブレイカーの痛がる顔に向かって私は自分の舌を突き出した。
/
相変わらず榊原はキツイ。
俺の爪先はきっと今真っ赤に晴れ上がっているだろう。
この眼鏡悪魔、と口にしては確実に殺される言葉を心の中で叫んでバケツを持っていた。
まぁ、確かに榊原には悪い事をしたと思っているが、なんだかこいつに向かって謝ると、「あら、明日はドリルが振ってくるのかしら?」とでも言いそうだから辞めておいた。
やがて最初の授業が終わると旧式の罰から解放されて俺はゆらゆらと自分の席に腰を降ろした。一時間目は遅刻、二時間目は罰。今日はついていないな、と思いつつ俺はちらりとさりげなく榊原を見た。
栗色の長い真っ直ぐな髪が歩くたびに揺れて、角が丸い四角眼鏡、いや左右に伸びた丸眼鏡が正しいのか…。とにかく眼鏡をかけていた。
目が合うと、わざとらしくそっぽを向く動作をして彼女は自分の席に座った。
「よう、風間。お前、今日はとことんついてないな」
と短い休み時間に俺の机の前に立って坂本英二(さかもと えいじ)が声を掛けてきた。
「でも今朝の登場シーンは中々、かっこよかったぞ、勇敢だったぜ風間」
励ましのつもりか、かっこつけ野郎こと、英二が親指を突き立ててウィンクをかました。
今朝といえば、スケボーで廊下を滑り教室に飛び込もうとしたら、黒板の前に立って先生の出した問題に答えている最中の榊原に突っ込んだ事があった。
そういえば、と今頃思い出した俺は、今頃榊原のかなりの機嫌の悪さに納得が入った。
「そういえば、英二。お前、三宅に告ったんだって?」
「ん?嗚呼、結果は見ての通り砕けたさ…」
「でもきっと、お前は全力で体当たりしたんだな」
「割れ物だったんだよ、俺は」
金髪でかっこつけ野郎の英二は今年に入って五人告白して全部落ちた。ちなみに三宅恵里(みやけ えり)というのは隣のクラス、こっちは二組だから一組のクラスの女子生徒の事だ。そいつが英二の六人目だが…。
立ち直りが早いのが逆に最低で、女子生徒からプレイボーイと呼ばれた事もある。
今はまだ落ち込んで、暗黒の空気を纏っているが、明日になるとあら不思議。暗黒の空気が聖なる輝きとなり、まるでギリシャの神を現す絵で、神の後頭部で眩しい光のようなオーラを発する。
しばらく俺が慰めてやると三時限目の開始チャイムが学校内で響いた。
/
四時限目に入ればもう後は我慢の時間。
この授業さえ終われば私の空腹でくうくう鳴っているお腹を満たす事が出来る。
此処の食堂はつい最近になって順式になった。おかげで食べ物の取り合いや生きる為に突入して死んでいった兵士達は羨ましがるだろう。
しかし私は何時も弁当所持なので食堂には顔を出さない。
たしか今日用意した弁当の中には――。
と不意に先生に名前を呼ばれたので、なるべく動揺せず冷静に席から立ち上がり、しばらく目を離した隙に進んだ黒板に書かれた文章や問題を一瞬で読み上げて、答えを返した。
先生は頷き、「よし、正解」とだけ言うとそのまま続けて現在習っている物の説明を続けた。
自分で言うのも変だけど、私は学校で優等生と呼ばれている。
毎年の成績は学年トップ。先生達が大学への推薦状を出そうかと聞いてくる時もあって、勿論、私はお願いしますと頼むのだ。
しかしこのクラスには私のライバルが居る。
アイスブレイカーだ。
その時、私はちらりと後方の席で空腹で死にそうな顔をしているアイスブレイカーを見た。
こいつは勉強を真面目にしていない様に見えて、テストや試験などでは必ず私の後ろにくっついてくる。
学年二位のアイスブレイカーは油断出来ない奴だ。
私が少しでも気を抜けば確実に一位に上がるだろう。
しかし勉強の態度が悪いのでアイスブレイカーには推薦状も通知表で全てにA+が付かないのである。
ちなみにこの男は勉強だけではなく、他の無駄な能力や技術を沢山見につけている。
彼が言うには、走りながら綺麗に絵を描けるとか、先生に気づかれない様に居眠り出来るとか、何処かの八百屋の小父さんに物の値段をまけてもらう方法とか…。
そして彼がアイスブレイカーと呼ばれる理由も技術の一つに有った。
それはどんな暗い雰囲気や冷たい状況で、必ずクラスを明るくし、皆を笑わせる技術だ。
凍った状況を砕き暖かくする事から彼はアイスブレイカーと呼ばれている。
ちなみに私は優等生と呼ばれ、一学年上の小野雄也(おの ゆうや)先輩はラフメイカーと呼ばれ、隣クラスの飯島加奈子(いいじま かなこ)は不思議少女とか呼ばれている。
嗚呼、それと坂本英二はプレイボーイだったっけ?
そんな事を考えながら既に知っている事を教えている教師が次のページを開きかけた所でチャイムが鳴った。
/
「よっしゃああ!ご飯だ、食い物だ、飯だ、腹ごしらえだー!」
大食いの倉田宗助(くらた そうすけ)がチャイムが鳴って先生が退場したと同時に席から飛び上がって、教室から出て疾走した。行く先は食堂だろう。これからは早く並んだ者勝ちだからな。
何時もの俺は弁当派なのだが、今朝は寝坊したので弁当は持っていない。食堂に行こうかと思って立ち上がりポケットに手を突っ込んだが金が無いのに気づいた。
しかも今朝は何も食べないで飛び出してきたから現在、絶体絶命の大ピンチ。
チラリ、俺は英二に目をやった。
英二は見て見ぬフリをして教室から出て行った。
続けてクラスに誰か良い奴残ってないか?と目を配らせると…。
「っげ」
榊原と目が合ってしまった。
そして榊原は女子生徒に囲まれつつ満足で美味しいという顔をして弁当を食べていた。
さらに、勝ち誇った笑みを向けてきやがった。
っく、俺という事がなんたる失態。
あの榊原にはこれ以上差をつけられたくないと思っている俺はとにかくどうにかして何か腹を満たす方法を考えた。
「あのぅ、風間君?」
「ん、嗚呼?隣のクラスの…、三宅さん?」
熟思して数秒で声を掛けられ俺はその方を振り向くと顔を真っ赤にした茶髪と少し短めの髪型の女子、三宅が立っていた。
俺よりも身長が30センチ近く違うので見下ろす形になる。ちなみに俺の身長は178cmなので三宅は148cmくらいだろう。
彼女は元々体が病弱で背が伸びないそうだ。
「あ、あの、えっと…こ、これ!」
顔を真っ赤にしていた三宅は俺と目が合うと俯き、急に手に持っている弁当を押し付けてきた。
「そ、それじゃ私、これで…!」
そして俺が呆然としてありがとうと返す前に三宅は教室から走って出て行った。
……。
何だか良くわからないが――、勝った!
俺は榊原に勝ち誇った笑みを向けると榊原は俺の顔を見ないようにして、軽い舌打ちをした。
/
アイスブレイカーは、可笑しな所や変な所が有るけど、モテる、らしい。
私も一応毎年幾つかラブレター等を貰っている。しかし、アイスブレイカーは男女構わず人気が有るので友達や知人の数はきっと私より多いだろう。
それにしても、奴は蹴っても殴っても治らない鈍感だ。
三宅さんの気持ちも知らず弁当を受け取って食べている奴を私は蹴飛ばしたくなった。
まぁ、鈍感ではない私は、その点、彼より上回っているわけでは有る。
私もアイスブレイカーも好かれる人は居るが好きな人は居ない。だから私は必ず好きになれる男性を早く見つけて付き合おうと思った。
アイスブレイカーに遅れを取る訳にはいかない!
/
昼休みの時間、俺は弁当を食べ終わると三宅に弁当を返した。
相変わらず顔を赤くしているが熱があるわけではないらしい。
とにかく俺は正直に美味しかったと弁当の感想を言って、言い逃した感謝の言葉を言い早々と立ち去った。
最近の昼休みは特にする事が無い。
食堂に行けば沢山友人が居るが、現在はまったりしたい気分だったので俺は教室に戻ると自分の席に腰掛けてまったりした。
/
最後のチャイムが鳴って放課後に入ると私は鞄に教科書を詰めていた。
隣から黒髪の少女、友人の仙波南(せんば みなみ)がカラオケに行かないか聞いてきた。
人付き合いはアイスブレイカーに完全に勝つ為には必要だが、今日はちょっとした用事が有ったので、私は丁寧に断った。
また今度誘ってね、と付け加えて私は鞄を持って教室から出た。
教室から出れば廊下が有って、一番近い階段を使って二階から一階に下りて下駄箱へと向かった。
その途中でアイスブレイカーが私の目の前をゆっくり横切った。
スケートボードの上でロボットダンスを踊っている。
そのまま自分の下駄箱の前に止まると、ロボットダンスを止めず靴を履き替え、再びロボットダンスを踊りながらゆっくりとスケートボードを走らせた。
あのスケートボードは確か先生に没収された筈だったけど、どうやら返してもらったらしい。
途中、踊っているアイスブレイカーを見た生徒が奴を指しながら笑っていた。
と、こうしては居られなかった。
今日はちょっとした訓練が有った事を思い出した私は小走りに自分の下駄箱へ駆けて、上履きから革靴に履き替えると早歩きで帰路に着いた。
/
家に辿り着くなり俺は靴を揃えず脱ぎ散らかして自分の部屋に鞄を投げ捨てた。今朝は寝ぼけていたから気にはならなかったが、何時見ても俺の家は大きいというか、小さいというか。
家に自体はそんなには大きくないが、まぁ、隣の家と比べると二倍くらいの広さが有るだろうか?
さらに広い庭が付いていて、何故か倉が用意されていた。
俺は父親に何故、倉が此処に有るのか聞いたが、父は何時も日本人だからとしか言わないのである。
詳しい話は良く解らないが、俺のひいひいお爺ちゃん辺りの世代の人が所有していた倉らしい。
母親は便利だ、とか言ってとりあえず物置場に使用している。
俺は小さい頃から良く倉に出入りしていた。かくれんぼの時とか、スパイごっこの時とか、ストーリーを良く知らない癖してニンジャータートルごっことかもした。
嗚呼、今思い出せば懐かしき…、と思い出に老けて溜息吐くのは年寄りがやる事だ。
そういえば、宝探しもした。勿論、そんなすばらしい宝は見つからなかったが。
俺は倉が見える自分の部屋の窓から離れて、家の中を歩いた。
そして一階から庭に出て倉へと向かった。両親が居ない間は勉強をする時間やスケジュールを強制される訳ではないので自由に過ごしている、故にかなり暇な時は倉に何か面白い物は無いかと探しに出かけるのだ。
普段は友人達多人数とゲーセンとかカラオケとかに出掛けるのだが、今日は色々と疲れたので――榊原に突っ込んで本人から昇竜拳を食らったとか、プールに落とした榊原のノートを拾い上げるのに服を脱いで泳いだとか、榊原にセクハラと呼ばれ蹴り飛ばされたりとか、バケツ持ちで廊下立たされたりとか、言っては本人に凄く申し訳ないんだが弁当の量が足りなかったりとか。
というわけで、今日は家でまったり過ごそうと思った。
倉の前に立つと、それは二階建ての様に高い長方形の箱の様だった。
屋根には瓦が使われていて、昔のままなので古臭さが残っている。
木材で出来た巨大な扉に手を掛けて横にスクロールさせようと力を入れた。
扉は少々重くて数センチ進む度に何処かに引っかかるので、更に力を入れる必要が有った。
子供の頃は良く開けられたな、と自分の過去に感心しつつ人、一人が体を横にして通れる位の隙間を開けると中から黴臭いというか錆びた臭いが嗅覚を刺激した。
入ると直ぐ近くに何時も用意されている懐中電灯を持って、明かりの入らない密室だった場所を照らした。
二階らしき場所には人の顔一個分の四角い穴が有り、微かな白い光が微かに見えた。
一階は調べつくしていて、殆どが母の使わなくなった掃除機や扇風機などガラクタだらけで有った。
二階はまだ調べてない場所や、鍵が掛かった場所が有って結構臭い。宝の匂いがプンプンしてるぜ、という何処かの漫画で有った台詞を思い出した。
二階に上がるには梯子を使わなければならない。
この梯子が結構高くて上っている最中が中々怖いのだ。
二階には穴から小さな光が辺りを薄暗く照らしているので視界は悪くならない筈だ、と思い懐中電灯を消し、ポケットに突っ込むと俺は空いた両手で梯子を掴んだ。
木で出来た梯子は軋んでいて今にも折れるのではないかと思える位にガタガタしている。
それでも平均的な高校二年生の体重は支えきれるらしく、俺は二階へとゆっくり上がっていった。
二階に上がると目の前には小さな四角い穴が有り視界は別に悪くなかった。
二階の面積は一階より少し狭く感じた。
俺はまだ調べていない筈の棚に歩み寄って一つ一つ錆び付いて開きにくい引き出しを引いて開けては中の物を一つ一つ取って確かめた。
最初の引き出しには、墨汁や筆などが入っていた。良く調べてもそれ以外に怪しい物は出てこなかった。
二つ目の引き出しには大量に本が入っていた。面白そうなので開いてみると虫食いの穴だらけで、まだ蛆虫みたいなのが残ってウネウネ動いているので気持ち悪くなって直ぐに元の場所に戻した。
三つ目の引き出しには鍵が一本だけ入っていた。鍵が掛かっていて開けなかった引き出しを俺は思い出し、喜び早速試してみようと鍵を手に取ったら、鼠らしき生き物のミイラが触れた鍵の奥に有ったので滅茶苦茶ビビッてうっかり二階から一階に転落してしまった。
幸い母が残した使わなくなった布団の山の上に落ちたので、命は取り留めた。
片手には鍵が有るが、先ほどのネズミイラ――鼠のミイラだから略した――で少し気が滅入ったのでまたの機会にするとして俺は倉を後に出直す事にした。
/
訓練を終えた私は汗を流そうとシャワー室に入って、体を洗った。
眼鏡は曇るので、風呂に入る時や寝る時は勿論眼鏡を外している。
私の視力はそんなには悪くない、けど、眼鏡を外すと使っているシャンプーの名前が少しぼやけて見える。
体の疲労を御湯と共に流して、シャワー室から出た私は冷たい空気を感じながら近くに掛けていたタオルを手に取ると、髪の毛の水をある程度吸い取ってから体を拭いた。
長い髪の毛は手入れが中々難しく、適当にタオルで掻き回すと、乾く事は乾くが、後にドライヤーで真っ直ぐに乾かすのが大変なのである。
だから私は、長い髪の一部をタオルで挟んで、ゆっくり髪の先に水を持っていくような感じで降ろしていく。
ストレートパーマを掛けるあの挟む機械と同じ感じだ。私はストレートパーマにはしては居ないけど…。
髪が長いとタオル一つでは足りないので、私は髪用のタオルと体用のタオルを何時も用意している。
体を拭き終えて、後は宿題をし、寝るだけなのでパジャマを着ると、私はドライヤーと櫛を持って丁寧に髪を乾かした。
女性は準備に時間が掛かると男達から文句を偶に聞くが、準備に時間を掛けず、変なルックスで表に出ても男性は喜ばないだろう。
つまり、男性は女性の準備に文句を言うべきでは無い、と思う。
髪が完全に乾けば、私は居間へと裸足で歩いた。
木材で出来た廊下が夏なのにヒンヤリして気持ちが良い。
確か、アイスブレイカーは、夏に昼寝する時は玄関が一番だ、と言っていた事が有ったが、あれは床ではない場合だろう。
庭から聞こえる虫達の声を聞きながら廊下をさっさと進み、私は居間の襖の前に立つと、丸い窪みに指を引っ掛けて、開いた。
「やぁ、カエデちゃん。今日は苺柄の可愛いパジャマですか。ふむ、これはこれで中々、萌え、と言いますかね」
居間に敷かれた座布団の上で足を組み顎に片手を添えて、その腕の肘を空いている片手で支えたポーズを取った金髪ツンツン頭の男。
一見不良に見えるその男は髪型に似合わない愛想の良い笑顔を私に向けながらお茶を片手に手を挙げて挨拶をしていた。
とりあえず、この男の挨拶に紛れていた言葉にムカついたので私は居間に置いてあった大きな熊のぬいぐるみを男へ投げつけておいた。
「あんたね…、また変な日本語覚えてきて…。一体、何処でそんな言葉を覚えるのよ?」
デッドボールと化した熊のぬいぐるみが顔面に直撃したにも関わらず、お茶はこぼさずしっかり持っている金髪の男は、少しナマリの入った日本語で喋った。
「あー、今日、街を散歩してたら可愛い女の子の描かれた看板を掲げて、モエーって叫んでる男達が居たから、どういう意味か聞いてみた。可愛い女の子が年上の男の子を『お兄ちゃん』って呼ぶとか、そんな感じの良く解らない説明していたけど、とりあえず可愛いって意味なんでしょ?キュート、キュート」
「何処を歩いてたか知らないけど、萌えなんて言葉、女性に使っても誰も喜ばないわよ。可愛いって意味かどうかは知らないけど…」
「あと、今日は、『ロリ』とか『胸キュン』とか『ネカマ』とか『ピ――――(放送禁止用語)』とか覚えてきたよ」
私はとりあえず、どんどんヤバイ日本語を覚えてしまっているこの男の顔面に、今度は拳を入れ、続けて無限コンボ。鮮血の返り血を浴び、ノックアウトした亡骸を踏みつつ何事も無かったように言葉を放った。
「…で?今日は仕事が無かったの?」
それでも彼は生き返った。良いサンドバッグだ、と私は素直に思った。
「ノゥ、じゃなくて、違う。今日はこの家の近くなんだ」
「え?それで、こんな所でくつろいでいて良い訳?」
「勿論よくないけど、そろそろカエデちゃんも言術者として公式に登録されると思うから、僕がお手本を見せてあげようと思ってね。だからギリギリまで此処で待っていたのさ」
今思い出したが、この金髪の男、アレックス・ウェールズは私の保護者で有り、言術者でも有る。保護者というのは、私の両親は現在不在なので代わりに彼が私の面倒を見ているのである。それと唱術者というのは…、とこの先は思い出すまでも無いので私はアレックスに向き直った。
「私、パジャマ何だけど」
アレックスはゆっくりお茶を飲み干して食卓のテーブルに置くと近くに掛けてあった黒い革ジャンを私の肩に乗せた。
「とりあえずこれ着て行こう。こんな時間だから外に出歩いている人は少ないから、しっかりした服は着なくても大丈夫」
そしてアレックスはテーブルの上に置かれている桃色の携帯電話と、白い手袋を手に取ると、携帯を私に渡して青い眼を向けて笑顔で言った。
「気が変わったよ。どうせだから、実践もやろう」
/
宿題も終わったし、後は寝るだけ。
俺は椅子にどっしりと背を預けて大きく背伸びをした。
ちらりと時計を見て時間を確認したが針が有り得ない時刻を指していたので、今朝、破壊した事を思い出して、代わりに机に置いてある腕時計を見た。
現在の時刻は夜11時56分。
時間に気付いて反応したのか、俺は大きな欠伸をして椅子から立ち上がり、勉強机から離れ、部屋の電気を消すと部屋には月明かりだけが残った。
俺は手探りでベッドに辿り着くと布団にさっさと潜り込んだ。
眼を閉じると眠気より先に庭に居る虫の鳴き声が聞こえて、うっすらと眼を開けると完全に閉め切っていないカーテンから差し込む光が見えた。
カーテンを閉めようかと思ったが、もう眠気が強くなり面倒なのでそのままにして瞼を閉じた。
ほら、瞼さえ閉じれば、そんなの関係無い――。
/
「ねぇ、アレックス。…これは――、一体どういう事?」
「解らない、何もしていないのに“夜”が自ら退くなんて…」
私達は真夜中の静まった街中の道路の真ん中に立ちつくしていた。
何故進まないのか?進めないから。
元々私達は仕事をしに此処に来たと言うのに、その仕事が無くなってしまったからどうすれば良いのか解らなかった。
別に大した問題は無い。無いけど、これは凄く珍しい状況なのである。
「もしかしたら、“夜を導く者”が居るのかも知れない…」
アレックスが眉間に皺を寄せながら私の隣で仮説を立てた。
「だとすると、“夜”の出現位置が直ぐにでも変わる可能性が有る」
「それって…」
「霊力の位置でそれを確かめよう、急がないと一般人が巻き込まれる可能性が有る!」
/
あれだけ眠かったのに眠れないというのはどういう事だろう?
俺はゆっくり瞼を持ち上げてどれくらいの時間が経ったのか時計を見ようとした。
しかし、眼はまだ暗闇に慣れていないのか、視界が不気味に真っ暗だ。
まるで黒いフィルターが目の前を多い尽くしている様で少し不安になる。
だが可笑しい。
少なくとも横になってから二十分は過ぎた筈、だというのに眼は全然暗闇の先を見てくれない。
それだけはなく、暑い筈の夏の部屋が今では凄く寒い。
気温ではなく、気配が…。
まさか、と思った。
俺は幽霊なんて信じないし知りたくないし、見た事も無い。
だから気のせいで全て終わらせようと布団を集めて、それに包まった。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!!」
だが、もう気のせいでは済むはずの無い声がした。
/
「来たっ、あの家からだ!」
普段は気が抜けているアレックスもこの状況でそんな様子は見せなかった。
私達は人気の無い様な真っ暗な住宅街の道を駆けていて、その先にある暗闇より暗い暗黒、いや、混沌と言ったほうが近いだろうか?それに向かっていた。
「突撃するよ、カエデちゃん!」
先行したのはアレックスだった。私は出来る限り彼に追いつける様に走って、桃色の携帯電話を握った。
この携帯電話は――、と説明している暇は無い!
/
「ゥぁぁぁああああああああああああああ゛あ゛!!」
逃げ切れない!何が起こったのか、何から逃げているのか、此処は何処なのか何なのか、何なのか、何なのか、何がどうなのか、何何何、何か解らないが逃げないと殺される!
直感で解る!いや、直感でしか解らない。何故ならこの空間では五感が頼りにならないからだ!
背に何かが追ってくる、此処はもう既に自分の部屋じゃない!
夢かと思った、だけど夢にしては苦しすぎる。
夢落ちで終わる程度の悪夢では無い!
死んでも一生呪われ続けそうな悪夢だ!
背から何かが俺の体を掴もうと伸びてきた。
俺はそれを直感で感じ取ってとっさに駆けたまま地面へ、否、暗黒へ飛び込む。
上下左右三百六十度の黒黒黒、ハッキリと見えるのは自分の姿だけ。
この世界に光や影なんて存在しない、何もかもが常識を外れている。
伸びてきた手は飛び込んだ俺の背を掠めて宙を掴んだみたいだ、俺にはそれが見えないからこれも直感でしかない。
初めて五感がこれほど役立たずだと思った。
何にせよ、もう俺は助からない。直感がそう告げた。
俺は既に伸びてきたもう一つの手に掴まれていたのだ。
何かが、何かの顔が俺の顔に近づいてニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべてきた。
「こら、ま そん じ 嫌 ぞ から 風間」
脳の一部が何かに触れて、何か、ずっと忘れていた事を俺は思い出した気がした。
確か、あれはあのひまわり畑の―――。
その記憶のリコールを、一つの呪文が断ち切った。
「我が源よ、言霊を呼べ!彼の意味は悪霊を拒絶せん!――退散!!」
その声は、学校で良く喧嘩する榊原の声だった。
/
「まさか、こいつが被害者とはね…、記憶の書き換えお願いね」
「知り合いかい?」
私が駆けつけた時に既にアイスブレイカーは食われかけていた。
まさか私が助けたのがこいつだった事を私は微妙に後悔していたが、逆に私の方が上回っているというのを証明できた気がして気分は悪くなかった。
アレックスの問いには「べつに」とだけ答えておいた。
「にしても凄く上手になったね。完璧な言術だったよ」
アレックスはベッドの上で倒れている、というか寝ているアイスブレイカーの額に手を添えると言術を唱え始めた。
言術は英語で唱えられているので日本語の言術を使う私には少し難しい。
「ん、ありがとう。これで私も正式な言術者として働く自信がついたわ。…でも、あの言術は初歩じゃない。あの程度で退散してくれる夜も随分と貧弱な事ね。もう少し激しい戦闘を期待していたわ」
「ハハ、無理だよ。昔の夜ならともかく、現代の夜はあの程度なんだから」
「それじゃあ、何の為にあれだけの量の言術を覚えたのかしらね?」
…沈黙。
彼が話した昔というのは、日本列島がまだ大陸の一部だった位前の話である。
言術が生まれた場所は丁度、現在で言うとインドかその辺りの場所である。
聞く話によれば、中国語や日本語も元々はその場所から発展したらしい。
しかし、現在のインドには言術者なんていうのは既に存在していないので、多くの言術者は中国が発展の地だと思っている。
そして、言術は月日が過ぎる度にその力を世界に広めた。
ヨーロッパの方では魔法というのが一時期発展したと言われている。
彼の有名な『魔女狩り』は一般的に表に公開されている歴史では、本当に魔法を使う者達を狩ったわけでは無い、と言われているが、実は本当に魔法を使う者も狩られた女性の中に居たという裏話もある。
ちなみに現代の言術で一番一般人にも知られているのは、南無阿弥陀仏だとかの日本の葬式に使われる長い文や、四字熟語などなど。
しかし言術というのは言えば発動する訳でも無いので、一般人にはその存在を知られる事は滅多に無いだろう。
「問題は…“夜を導く者”が居るという事だ。先程の様に弱い悪霊を操っているならまだ安全かも知れないが、放っておけば危険だ」
「そうね。最初の仕事は“夜”を導く者退治って事になりそう」
“夜を導く者”。
その存在は言術者しか知らない、この世界で悪霊を操る者の事である。
つまり、――夜を導く者というのは私達と同じ人間であり、故意に悪霊を集めて世間に良からぬ事をしようと企む悪党、敵なのである。
「しかし、何でコイツが狙われるのかな?」
「微かだけど、彼に守護霊が取り付いている気配がする。もしかしたら、良霊を狙って食いに来たのかもしれない」
「そっか、確か良霊って悪霊の好物なんでしょ。だったら、消しちゃう?」
「…いや、この守護霊、この人の魂の直ぐ傍に居るから、下手に消そうとすると、間違って彼の魂を消してしまうかも知れない」
良霊、というのは守護霊や精霊、死んで行き先を失った一般霊の事である。
アレックスはアイスブレイカーの傍から立ち上がると、行こう、と一言放って、彼の家の壁をすり抜けて外に出た。
何時の間にそんな事が出来る言術を使ったのかは知らないけど、とりあえず私も続いて同じようにすり抜けて、外に出た。
壁抜けは結構、気持ちの悪い感覚だった。
/
「ふぁ~あ、何だろう、何だか体が重い…」
朝、目を覚ました俺はまるで自分の体が言う事を聞かなくなった様な感覚を覚えた。
風邪をひいたか、とにかく一度顔を洗って目を覚ます事にした。
洗面所で顔を荒いサッパリすると意外と体は重さを忘れていて、何時もどおり生活する分には問題の無い感覚だった。
鏡に映った自分の顔。
何か曇った感覚があるが、別にその曇りを払う必要も無く、俺はさっさと寝癖を直して朝食の準備に取り掛かった。
念の為、学校で吐くと困ると思い、朝食はなるべく胃に優しい料理にする事にする。
おかゆ、目玉焼き、味噌汁。
和風料理なら殆どマスターしているが、洋風はまだまだ極められるだろう。
朝のテレビに映っているニュースを見ながら飯を食べて、時々興味深いニュースの内容を見つけると手を止めた。
どうも最近は不眠症が流行っているらしい。
俺も気をつけようとか、今日は早めに寝るかとか、そんな事を思っては朝食をゆっくりとすませて、学校に行く準備をした。
靴を履いて、玄関のドアを開ける。
夏の熱気と蝉の鳴き声が入る。
今日は休もうかなぁ、と学校さぼりたくなったりするが、母が知ったら大変だと思い、諦めて学校へ行く事にした。
/
校門でアイスブレイカーと出くわした。
今日は何だか、というかやはり元気が無い様で、元気が良いと装ってはいるが、その何時もの笑顔には影が有った。
まぁ、悪霊に襲われて少し霊気を吸われたくらいだから、一日経てば元に戻るだろう。
それよりも私はアレックスがちゃんと彼の記憶をどうにかしたのか疑っている。
覚えてもらっても困るけど、私への挨拶の仕方を見れば覚えて無いようだ。
心配性だ、と自分で自覚しながら、私は何時もの態度で教室へと向かう。
/
「おい、どうした風間?珍しく元気が無いな?」
英二が授業中に隙を見て隣席に座る俺に話しかけてきた。
なるべく平常を保つつもりだったが、流石腐れ縁がある友人、俺の見事完璧と思える―?―作り表情を見破りやがった。
「嗚呼、風邪かな…?」
ばれてしまっては隠す必要が無いので正直に話した。
「あんま無理すんなよ。御前が倒れたら榊原の笑いもんだぜ?」
「はは、そいつは嫌だな」
榊原という存在が頭の中で浮かぶと、何か頭の中で曇っている物に光が一瞬差し込んだ気がしたが、しかし結局は曇ったままだった。
「英二、頼みが有るんだけど」
「駄目」
「英二、かよわい病人が頼み事を抱えているんだけ…」
「駄目」
「…お、お願いします英二様、…頼み事を聞いて頂けませんでしょうか?」
「OK」
こ、こいつ、後で殴って良いか?
「この学校に居る、金髪の女子の顔が映った写真を全て用意してくれ」
その俺の頼み事に英二が目を丸くして、顎を限界まで落とした。
「…そうかぁ、風間…。オマエもついに理解できる用になったか…」
「黙れ、勘違いするなよ。俺はちょっと探している人が居るんだ」
「へぃへぃ、わーてる、わーてる、ケッケッケ」
お主も悪よのぅ、な状況でする様な顔して笑ってる英二を激しく殴り飛ばしてやりたい衝動に俺の掌は自然と拳になるが、ある限りの理性で静止させた。
英二は勘違いしている様だが、俺はさっきから思い出しかけている何かを思い出す為に頼んだのだ。
一瞬だが、脳裏に見えたのは金髪で、この空唄高校の制服を着た同い年くらいに見える女子。
誰だか解らないが、彼女は俺が良く知っている筈の人だった気がする。
その日の授業は何時も聞いているつもりも無く過ごしている毎日より何も聞こえなかった。
プリントの宿題も色々出た気がするが、プリントを貰った記憶さえなかった。
夏バテ?
その程度でやられる俺じゃない。
ただの熱だろう、家に帰ったらETコールゲン三錠を飲んで、さっさと寝るか…。
そう自分の中で決めて、気がついた時には放課後になっていた。
さて、今日は何をしたのかがサッパリ覚えていない。
どうやら途中から記憶が抜けている様だ。
とにかく、こんな弱った状態で何をしようも「無駄無駄無駄ァッ」な状況なので、ボーっとしながら、なるべく誰にも会わずに下駄箱まで行って、靴を履き替え学校から出た。
「なっ…」
しかし目の前にある非日常的な光景と出くわして思わず声を出してまで驚いてしまった。
目の前にある光景は何時もと同じ校庭と200メートル走れるランニングトラック、そして端に有る鉄棒、そこまでは日常的見慣れた光景の内だが、俺の目には無駄に多い物が映った。
白い糸。いや帯か。
校庭の有りとあらゆる固体と言う固体、特に地面から数え切れないくらい沢山、まるで毛でも生えたかのように存在していた。
そして下校している生徒達は、何にも気がつく事無くその白い帯をすり抜けながら校庭を歩いていた。
丁度隣に知らない奴だが話しかけ易そうな男子生徒が通ったので声を掛けてみる。
「なぁ、ちょっと良いか?」
「ん?嗚呼、御前はアイスブレイカー」
「俺の事知ってるなら自己紹介は不要だな。ちょっと聞きたい事があるんだけど良いか?」
相手が知っていて、俺が知らないなんて言う人はこの学校には多かった。
俺が相手から質問を問わせて貰う了承を得ると、
「校庭に白い帯とか見えないか?」
っと、なるべく変に思われないような質問の仕方を選んで聞いてみた。
「白い帯?落し物…?」
彼の質問に質問で返した答えから察して、どうやらこの白い帯は俺にしか見えないらしい。
「いや、良いんだ。気にしないでくれ、引き止めて悪かったな。放課後なんだからゲーセンとか行きたいだろうに」
俺は苦笑しながら男子生徒の背中を軽く叩くと彼の元から去り校庭から校門へと歩いた。
良く見ると白い帯は少し透明でぼやけて見える。まるで幽霊が動いてるみたいで少し寒気と身震いを感じた。
「―――ッ?!」
――幽霊?
頭の中に何かが走った。
五感の無い空間。
妙な叫び声。
榊原…?
何時か見た出来事が頭の中で幾つもフラッシュバックする。
そして大きな頭痛が俺を襲った。
「ぐっ…」
片手で特に頭痛の激しい左脳辺りを押さえる。
押さえても頭痛は治らないが気休めくらいにはなってくれた。
そこを、そんな所で、バッドタイミング、榊原が俺に声を掛けた。
「あら?アイスブレイカーじゃない。今日はどうしたのかしら?何時もならもう既に学校から数百間離れた場所まで飛んでいる筈なのに。誰かと待ち合わせ?」
「さ、榊原…」
頭痛が有るのを隠したいが為に片手を頭から離して、背後から声を掛けていた榊原に顔を向けた。なるべく平静を装って。
「ち、ちょっと、アンタどうしたの?凄く顔色が悪いわ」
どうやら平静を装っているつもりの俺の顔は、一見して顔色が悪いと言うのが解るくらい顔色が悪いのだろう。
そんな事より俺は聞きたい事があった。
「榊原、単刀直入に聞く」
「え?」
何時もの俺が発する普通の声が、どうしてか重く低い声、真剣に話しをするかの様な声で榊原に俺は今まで脳裏に引っかかっていた何かを聞いた。
「御前、昨日夜中に俺の家に何しに来た」
「―――!!」
そして榊原は思いっきり心当たりが有り、まさかバレるとは思わなかったみたいな、普段は見る事の出来ない驚きの表情をしていた。
頭痛が段々酷くなって、意識が遠のいて行く。
まだ榊原から問題の答えを受け取っていないが、既に限界を越えていた俺の意識は完全に落ちた。
/
アイスブレイカーが私の目の前で倒れた。
「ちょっ、アイスブレイカー?!」
私は驚きを隠せず、とにかく慌ててうつ伏せに倒れたアイスブレイカーを仰向けに転がして、額に手を当てた。
熱は…有る。
それに凄い汗だった。彼の呼吸も通常より速い。
とても苦しそうにしている。
周りに居る下校中の生徒達もこの様子を見て驚いて、何時の間にか私とアイスブレイカーの周りには野次馬の人盛りが出来上がっていた。
先程から私は何時もの冷静さを失って、少々パニック状態である事に気付き、急いで息を吸って吐いてする。
「カエデちゃん!」
「アレックス?!」
人盛りで出来た人の壁の向こうから、アレックスの手が生えたのが見えた。
「ごめん、ちょっとどいてくれっ」
そして人込みを掻き分けてアレックスがリングの中に入ってくる。
「急いで彼を此処から連れ出すよ!」
何故アレックスがこの事態に気づいて来てくれたのか不明だけど、それよりも今はアイスブレイカーを此処から連れ出すのが最優先。
アレックスはぐったりとしているアイスブレイカーを背負うと叫んだ。
「テメェら、全員どきやがれゴルァ!!」
良い感じで恐ろしい程怖い不良台詞がアレックスの口から出ていた。
慌てた野次馬達は急いで校門外への道を作った。
「よし、グッジョブ!」
先程の台詞を全部水に流してしまっても良いくらいキマッタ笑みを浮かべて彼はアイスブレイカーを背負いながら駆け出し、これに乗って来たのか、黒いスポーツカーが校門前止まっていた。
アレックスは片手に持っている車の遠距離鍵のボタンを押して車の扉のロックを外した。
それから何をするか直ぐに解った私は先回りして車の後部席のドアを開ける。
続けてアレックスが私にウィンク一つ掛けて扉にアイスブレイカーを放り込んだ。
まるで誘拐みたいな荒いやりかたね。そう思った。
ちなみにウィンクはしっかりと片手の甲でハラリと弾いておいた。
アレックスは駆け足で運転席の方へと回りこみ、ドアを開けて車に乗る。
私も慌てて助手席の方へ乗った。
ドアを閉めるとガラスの向こう側から野次馬達が心配そうな顔、疑問を持った顔、呆けた顔が見える。
そして、彼等はこちらを見ながらエンジンが掛かると直ぐに走り出した車を見送った。
「ね、アレックス?」
「嗚呼、さっきの言葉遣い?あれね、この辺りの不良が使ってた言葉遣いを真似して使ったんだんだけど、なかなか味が出てたでしょ?」
「そんな話じゃなくて、さっきの事、あれほどタイミング良く駆けつけられた理由とか色々と説明してくれるんでしょうね?」
アレックスの車、機種とかは解らないけどメーカーはニッサンの黒いスポーツカーが走りだしてしばらくした後に私は切り出した。
運転しているのはアレックスで、私は助手席。ぶっ倒れて大変かと思っていたアイスブレイカーは客席で横になりながら安息を立てている。
彼が寝返りは私が話しを切り出すタイミングになってくれていた。
「アイスブレイカーって、彼の事?その件だけど、ちょっと深刻なんだよね」
アレックスの喋り方は深刻さを無にしていた。
「この間、彼に記憶処置を行っただろう?その時に失敗したんだ」
「え、失敗?アレックスが、珍しいわね」
言術者の中でもかなりの実力者として知られる彼が失敗するとは、猿も木から落ちるものね、と小さく驚きつつ呟いた。
「まぁね、僕も偶に失敗するさ。その失敗なんだけど、書き換えは成功したんだ、けど一つ見落としていた事が有った。彼はどうやら一度記憶処置を受けていたらしいんだ。念の為と思って情報局に確認したら、彼の顔写真と名前が載っていてね。はい、これプリントした奴」
赤信号機で止まると足元に置いてある彼のブリーフケースから数枚の書類を取り出し、それを私の手元へ渡す。
書類に書いてある情報を私は声に出して読み上げた。
「風間秋、88年7月12日、日本東京生まれ、血液型O…」
「あ、違う違う、経歴の方」
「経歴、桜橋幼稚園卒、水上小中学校卒、中学三年の時バスケットボール全国大会で活躍を見せるものの試合中の怪我により残り試合を退場。その次の年の1月、彼の恋人である水城 愛里(みずき あいり)(14)が夜に襲われ死亡。同時に処置方法と経路は不明だが風間秋に記憶処置が行われる…ってこれ、」
「そう、記憶処置が一度でも行われている人間に、二度目の記憶処置をするとどうなるんだっけ?」
「確か、全ての記憶処置が無効になり、処置された記憶が戻るんだっけ?」
「正解。つまり僕は彼の記憶を呼び戻してしまったんだ」
「それじゃぁ、彼は昨夜の私達の事を思い出すって事?」
「そ、しかも彼は二度と記憶処置の利かない体質になってしまった。だから仕方ないけど、彼には現実を話して黙っていて貰う事になるね、あるいは…」
「殺害」
「…………」
私は迷っていた。仕事の為とは言え、やはり知っている人を、しかも同じ人間を殺すなんて事は許せない。とはいえ、彼に真実を教えて、彼自身その事を黙り続けていられるのかどうかも解らない。
世間に夜と言術の事を知られる訳には行かなかった。何故ならそれを利用して悪用しようとする人間もきっと出て来るはずだから。
しばらくの沈黙に耐え切れなくなって、気紛れにアイスブレイカーの経歴を読み続けてみた。
空唄高校に受験、受験合格。部活はバスケ部に入り、完全復活を試みる。その年、夏の県大会の決勝試合は奇跡の連発で有名である。風間秋にアイスブレイカーという称号が与えられたのは、その試合と、8月に行われた修学旅行でのトラプルがきっかけである――…。
夢を見ていた。
あの時の試合だ…。
67対66、残り時間10秒。
空唄高校は一点差で相手チームに負けていた。
残り10秒、これで点を入れれば逆転で勝利出きる。
そんな奇跡を誰もが見たいと思っていた。
俺は14番の番号を胸と背に赤いユニフォームと共に他の4人と走り続けていた。
タイムアウトは既に使い切っていて、10秒は止まらずカウントダウンを続けていた。
「加奈寺!パス!」
不幸にもボールは相手チームがキープしていた。
9秒。
全員が全力で戦っている。相手は点を取られない様、こっちは逆転する様。
8秒。
相手チームがハーフラインを越えてこっちの陣に攻めてくる。
こちらからボールを取りに行かなくては、相手は時間潰しをするだけだ。
味方の一人がボールを取りに走った。
7秒。
奇跡的にも彼が伸ばした手はボールを弾いた、そしてボールはバウンドして外野へと飛んで行く。
6秒。
俺はディフェンスから一気にオフェンスへと周り走り出した。
負けたくない。
その思いだけで、重い体を無理矢理走らせた。
そして外野ラインギリギリのボールへと俺は食らい付いた。
5秒。
「みんな、あがれえええ!!」
食らい付いたボールを内野の敵陣の方に投げる。
味方が速攻を見せカウンターでハーフラインを駆け抜けていた。
4秒。
流れたボールを取ったのは味方で、その後は…。
3秒。
ディフェンスとの小競り合い。
時間が無い、シュートしろ!
2秒。
ボールがゆっくりと宙を舞った。
1秒。
リングに当たり、ボールはゴールからはずれ外に流れて行く。
「うああああああああっ!」
0.5秒。
何時の間にかゴール下に走っていた俺が落ちるボール、リバウンドを取りボレー。
0秒。
試合終了の深いアラームが鳴ると同時にボールはリングへと入り得点を奇跡的に得た。
俺達は県大会を優勝し全国大会へと出場する事になるが、俺は怪我の再発で再び大会参加を断念しなければならなくなった。
この期に俺はバスケを辞める事を決意する。
俺の奇跡的得点は一ヶ月間学校で騒ぎになった。
その騒ぎが収まる間にあったのが修学旅行。
その時の事件が次の夢にフラッシュバックされる。
「なぁ、俺達もう助からないのかな…」
「お母さん…」
どこかの洞窟を見学しに行った時の話しだ。
急な地震で洞窟の道が崩れた岩で塞がってしまい、旅行に同行している生徒全員と先生達が取り残されて5時間が経過した時だった。
救助隊は相変わらず来なくて、皆精神的に危険な状態だった。
泣き続ける女子達や落ち込み頭を抱えてる男子達を俺は見て俺は怒鳴った。
何を怒鳴ったかは良く覚えていない。
けれど俺の怒鳴った言葉がどうやら皆に勇気を与えたらしく、皆諦めを捨てて前を見始めた。
救助隊が車での3時間、俺達はなんとか洞窟で楽しく話し合ったりして、笑ったりした。
それが、アイスブレイカーの称号が与えられた理由なのだろう。
アイスブレイカーと呼び始めたのは、クラスになってまだ名もハッキリと覚えていない男子生徒からだった。
それが自然と学校中に広まり、俺は噂のアイスブレイカーとなった。
別にこの称号に誇りなどは感じてはいないけど、確かこの称号のおかげで、榊原と衝突する事になったんだっけな?
榊原楓が空唄高校に転入してきたのは高校二年になってからだ。
彼女はイタリアからの帰国子女らしく、自己紹介の時なんかはイタリア語を披露してみせた。
俺だってイタリア語ぐらいは喋れるぜ。
イタリアーノパスタミートソーススバケッティーノ。
まぁ、とにかく彼女はどうやら学校で一番で居たいらしく、俺の噂を聞いて俺の所にやって来た時は思いっきり喧嘩腰でこう言っていた。
「アイスブレイカー!貴方に決闘を申し込むわ!」
「はぁ?」
それから色々あったけど、榊原は相変わらず俺に対してライバル心を燃やしている。
まぁ、俺も榊原に負けるのは嫌なんだけどな。
思えば、最近は楽しい事が一杯で、凄く大事な事を忘れていた気がする。
そう、大事な…――。
/
私はもう一枚の書類を読んだ。
「水城愛里、88年11月12日、日本東京生まれ、血液型O…、言術者…?」
個人情報 [水城愛里]
水城愛里
88年11月12日
日本、東京生まれ
血液型O
言術者資格獲得日03年4月4日
04年1月5日、殉職。
経歴
桜橋幼稚園卒
水上小中学校通
中学時代は剣道部
中学2年の時に風間秋と恋人関係に
中学3年の時に剣道部の部長となる
中学3年の末、04年1月5日、『夜』に殺害され死亡
葬式は出きる限り内密に行われた
両親は言術者として99年10月に女房夫共に殉職している。
1.優等生とアイスブレイカー END
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2005-08-14T14:22:23+09:00
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