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遠い遠い地で風が吹いた。風は葉をとばし、川にせせらぎがながれ、どこかの森で燃える火に力をあたえ、戦場にて追い風となった。更に風は旅し、草は風に踊り、荒野をさまよい、町の路地をぬけて海に流れて波となった。惑星のあけぼのより果てしなくつづくこの営みは、時に添い、歴史と共に流れゆく。ゆえに風がやむとき、惑星の歴史は終わり、閉じられる。―惑星文明史第一巻《序章》より

惑星文明史とは、(楼砂のカードの世界観)における、遥かな未来の時間軸から書いた惑星の創成以降の歴史と神話・文化・詩・歴史上の事件の考察・技術…などといったあらゆるものを纏めた書物。

著者は不明。
様々な人物の書物が惑星文明史に抜粋されている為、著者は存在せず、惑星文明史に抜粋されている人が纏めて行ったという説もあれば、
また、40巻以上から成るその量から、著者は複数人、あるいは一族単位で編集されたとの説も存在する。

フレーバーや背景ストーリーに書かれ、主にその時代の歴史・背景を纏めている事が多い。

(混乱しないように時間さえあれば各巻の説明を書きたいのですが…(汗)


南トバツ石碑

トバツレキ(:注1)第七千年紀後半に、南トバツにて発見された石碑。
過去を追想し、主にある時代に栄華を極めた種族に対して《無常》的にその滅びを記している。
現在も発掘が続いており、30種類以上も見つかっている。

著者は不明だが、惑星文明史第一巻《序章》との共通点から同じ人物である可能性は高い。


(注1:トバツレキ1年が何時なのかは幾つかの説があり、オリジンがTOBATSUを建設した時を1年とする見方、またはその跡にトバツ・ステーションを設立した時とする見方、あるいはトバツ地方以西砂漠緑化計画(:注2)が発足した時とする見方が有力。このような混乱が起きているのは、数多の戦乱により前記の出来事の正確な時期が不明になってしまった、もしくは逆算によって求めたからだと言われている)

(注2:トバツ地方以西砂漠緑化計画とは?
混沌編の後、数千年に渡る束の間の平穏期の末に、多文明連合によって提案された計画。
トバツ地方以西の地域に人口ダムを造り、そこから幹線水路を伸ばし、水不足を解除するのが主な理由だった。
また、この時代、西方荒野は北方の砂漠にほとんど飲み込まれでおり、荒野の外まで進んだ砂漠化を止める為でもあった。
北方と東方は辺境山脈、西方に堤防を築いたあと、自然文明領一級河川の水路変更並びに辺境山脈の人工熱溶解による雪溶け水がダム予定地に流れ込み、10年の歳月を経て完成した。(:注3)
完成後、ダム南部に《多文明共同管理領 南トバツ市》が建設される。
だが、ダムに対する各文明の資金量と緑化した領土などをめくって争いが始まり、平穏の時代に終止符がうたれた。
その後も南トバツ市は独立都市として独自に勢力を拡大、各文明を抜いて惑星最大の都市となる。)

(注3:南トバツ石碑は南トバツ市北西部から発見される事が多い。
その為、ダムの下に未だ大量の石碑が眠っているとされるが、真相を確かめる術は無い。
しかし、ダム建設後の時代を指していると思われる石碑も存在するため、ダムの下に埋もれてる石碑は無いとする説(:注4)もある。)

(注4:反論として、石碑は《予言書》的な意味を込めたものであるという説がある)