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Enlish Wiki translated into Japanese
http://en.wikipedia.org/wiki/Mary_Ann_Vaughn



何はともあれ、簡単にこの話の概要を日本語で説明しようと思う。 今は当時の新聞記事等を幾つか手に入れたので日本側の話も分かっているのだが、まず私がこの出来事に出合った時の理解を日本語で記述することにする。何故ならば、このようには日本語で誰も説明していないからなのである。

1.1956年3月14日に横浜地裁で『国際遺児・マリアンヌちゃん引渡し裁判』の第1回口頭弁論が行われた。

2.マリアンヌちゃん(マリアンヌ・ヴォーン/マリアンヌ・ウィルソン)の父はジェームズ A. ヴォーン、母はヴィヴィアン・ジョイ・ウィルソン。横浜の山手病院(Bluff Hospital:断崖絶壁病院とも当時は呼ばれていたらしい)で1949年4月17日に生まれる。

3.マリアンヌちゃんの父ジェームズは当時の日本を占領していた米軍で働く米国国籍を持つ民間人。母は3代に続き日本で生活をしていたスウェーデン人である。(母の家族の話はまた後ほど・・・こっちも凄い話なのである)

4.マリアンヌちゃんの父母はジェームズのある意味微妙な立場から在日米国大使館で民法の元結婚をすることが軍の横やりで許されなかった。が、1948年5月8日に横浜の教会で宗教的な結婚式は挙げている。

5.ジェームズに帰国命令が出た際、米国国務省は法律上の妻ではないヴィヴィアンが米国へ移住する申請を却下した。これは悲劇が悲劇を呼ぶ典型的な展開なのだが、当時の日本は占領下であり、日本の法律は皆無であった上、元来日本の国は外国人同士の婚姻について正式な戸籍が存在しない事から一切正式書類を出す用意はない。(これは21世紀の現在も同様)。また、ジェームズが占領軍で働く民間人であったことから、軍関係者が外国人妻を娶る際に適用される軍法も役に立たず、結局日米両国の官僚に不法に取り扱われた犠牲者と考えるべきであろう。

6.妻の妊娠を知ったジェームズは米国に帰国すると同時に妻の移住許可を得るべく動きだし、当時の米国上院議員パトリック・マッカラン氏の援助を受け、既にその時点で生まれていたマリアンヌちゃんと妻の移住が米国下院で1950年8月5日に許可される。(81st Congress, 2nd Session , v.65 part 2. Chapter 596, Private Law 722, for the relief of Vivienne Joy Wilson and minor daughter Mary Ann Vaughn): そう、この時点、1950年8月5日にはヴィヴィアンとマリアンヌちゃんは正式に米国市民として認められているのである。

しかし、この話の悲劇は、ハッピーエンドになるはずのジェームスの努力はハッピーエンドでは終わらず、まだまだ続くのである。ここまで来て、もうどうにでもしてくれ・・・状態が始まるのである。

7.この市民権が米国で得られ米国への移住が許可された当日、ヴィヴィアンは結核で死亡する。残されたマリアンヌちゃんはヴィヴィアンの父のジョン・ウィルソン教授(横浜国立大学で英語の教師をしていたとされているが、一部には経済学の教授とも言われている)に預けられ、その際に乳母として雇われていた金子ヒデ(フミ?)が生まれたばかりのマリアンヌちゃんを世話するのである。

8.1952年にウィルソン教授は家族を連れ、スウェーデンに帰国することを余儀なくされるのだが(理由は不明)、その際にマリアンヌちゃんもスウェーデンに帰る予定だった。が、百日咳をマリアンヌちゃんが患っていた事から船舶会社とも合意の上、次のスウェーデン行きの船に乗せる約束で、マリアンヌちゃんだけが日本に残った。

9.その後、金子ヒデ(フミ?)はマリアンヌちゃんを船に乗せることもなく、すべての書類を破棄し、マリアンヌちゃん共々行方をくらます。

10.スウェーデンにいるウィルソン教授はAJCAJAO(American Joint Committee for Assisting Japanese-American Orphans: 日米孤児救済委員会)やスウェーデンの赤十字社、国際赤十字社の協力の元マリアンヌちゃんを捜索し続けるが、1955年に山口フミ(金子フミ)が在日スウェーデン大使館に出頭するまでその行方がわからないままになっていた。

11.AJCAJAOが山口夫妻の居住場所を突き止め、スウェーデン大使館を介してマリアンヌちゃんの返還を要求するものの、埒が開かずスウェーデン国が在日スウェーデン公使を事実上の後継人としてスウェーデンの法律の元指名し、スウェーデン国が横浜地裁に訴訟を起こす。 

12.1956年横浜地裁では判決を保留し、東京高裁に控訴するよう山口夫妻に指示するも、被告である山口夫妻は高等裁判所への控訴を断念、マリアンヌちゃんはスウェーデン国籍を持つスウェーデン人として歴代のスウェーデン大使を後見人として1960年代にASIJ(American School in Japan) を卒業し、スウェーデンでスカンジナビア航空で職を得るまで日本に滞在した。

13. マリアンヌちゃんは今は東京在住で、息子さんと一緒に住んでいると言う。山口夫妻とも彼らが存命中は行き来があった模様。


ここまでが英語で説明されていることの顛末であるが、 これは・・・『誘拐事件』じゃないんですか????