家族にとっての軽度三角頭蓋                                        ~手術をしないという私の選択~                         

「うちの子、おでこに縦に線が入ってるね!」
「本当だ。なんだろう?・・・よその赤ちゃんってある?」
「見ないよ、ね?!」

「なんか、線が太くなってきてないか?」
「私も最近そう思ってたの。顔つき変わってきたみたい。」

こんな会話が、我が家の長男が生後数ヶ月という頃から、家族の間で  幾度となく交わされました。
『なんだろう?』と、度々考えさせられました。

そんなある日、2005年冬にインターネットで「軽度三角頭蓋」という疾患を知った時のことです。
「これだ!」と身震いしたのと同時に興奮を抑えきれず、気がついたら  仕事中の主人の携帯電話に「うちの子のあの頭、軽度三角頭蓋っていう疾患らしい!!」と連絡を入れていました。
これが私たち家族が軽度三角頭蓋に出会った最初でした。

軽度三角頭蓋を知ってからというもの、それからは来る日も来る日もパソコンにかじりついて情報収集をしていました。
手術を受けた子供の改善が書かれているホームページを読んだり、同じ疾患を持つ子供の親同士の情報交換の場所に参加して、真夜中までこの疾患や取り巻く環境を理解しようと勉強しました。

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うちの息子は今、4歳です。
現在三つの疾患の診断名を抱えています。
軽度発達障害・ADD(注意欠陥)傾向・てんかんです。
中でも息子自身が一番苦しんだのは、「てんかん」です。
2歳になってすぐ「難治てんかん」と呼ばれる、治りにくい種類のものを  発症しました。

てんかんとは恐ろしいもので、毎日何度も繰り返される発作で脳のダメージは大きく、ちゃんと歩けない・笑えない・よだれだらだらで生気はまったくない状態が続きました。
その上、今まで出来たことが出来なくなるだけでなく、頭からバンッ!!と倒れる発作が何度もあったので、おでこや顔面に怪我が絶えませんでした。
親としては、見る見る変になっていく我が子をどうしてやる事もできず、  当時の私の気持ちは精神の限界をはるかに越えていました。
今思い返しても、まるで悪夢のような日々でした・・・。

そんな状態が8ヶ月間続いた頃、ようやく3種類の合う薬が見つかり、  発作を止めることができました。
しかし、主治医は今後について「いつ発作が起こってもおかしくない。命に係わる事もある・・・」と悲しげな顔で私に告げました。

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その後の息子は、発作が止まると笑顔が戻り、日に日に成長が感じられるようになりました。
そしてちょうどその頃のことでした。「軽度三角頭蓋」を知ったのは。

私がまず、この疾患を治療することで治ってほしいと思ったのは「てんかん」でした。

当時の息子の状態は、発作は止まってはいましたが、薬の力によるものですし、その薬の副作用も目立ってきていました。
軽度三角頭蓋を知ってから、てんかんさえ治れば!と必死で情報を集めましたが、明るい情報はなく、わかったのは、「てんかんとの関係はわからない」ということだけでした。
それでも、小さい頃からのおでこの線が疾患だった!と知ったからには、一度下地先生に診てもらい、「てんかんとの因果関係」も自分の耳で聞きたいと思い、家族4人で沖縄に飛びました。

沖縄の下地先生の診断は「軽度三角頭蓋・典型」でした。
と、同時に手術適応にするには不都合な所見がありました。
MRI画像でわかる、脳内の異常です。
そして、数々挙げた息子の問題点(社会性や言葉の遅れ、筋低緊張、斜視など)で、「お子さんのてんかん以外はこの疾患からくる症状だと説明は付く。どこがどう治るかわからない。」という事でした。
結局、脳内の異常所見が下地先生の中でも大きく引っかかり、手術適応かどうか判断が付かず、追加の検査が必要という事になりました。

その頃の私は、軽度三角頭蓋で動き始めて3ヵ月・・・気持ちのどこかで『手術をしたい、てんかんは治らなくても他が少しでも良くなれば・・・』と  考え始めていました。
今思えば、うつつを抜かしていたと思います。

ただ、発作の再発だけは怖かった。
下地先生の説明によると、「てんかんとの因果関係はわかっていない。  手術をした際、脳に傷が付くような事が無ければ、手術による発作は無い。」とのことでした。
また、「(手術適応とした場合)実際に手術して、発作が出てくる事があっても保護帽(※)があるから大丈夫!」と、力強くにこやかに言いました。
が、あの発作の勢い・回数の多さを知っている私にはそれでも術後のことを思うと、不安でたまりませんでした。
再発したら、今度は薬で発作を止められないだろうと、恐怖を感じました。
もしそうなったら、息子に申し訳ない。また悪夢の日々だと。

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その後地元に帰り、下地先生から指示されたフィルムを那覇病院に送ったのですが、手術適応ではなく、「まだ困っている」との連絡がありました。
そのうえ脳圧を測るよう指示があり、地元から程近い病院の、とある医師を紹介されました。
その医師との出会いは、今にして思えば重みのある出会いでした。

脳圧検査に行った際にお会いした下地先生を良く知るところのその医師は、私達夫婦にこう言いました。
「私はこの子の頭を開けてまで脳圧検査するのは、どうかと思う。まず、  てんかんを治療対象にした方がいい。下地先生も言っているように、この脳と頭蓋骨の隙間がある状態では通常脳圧は高くない。もっと、軽度三角頭蓋だけにとどまらず、頭トータルでお子さんを見て、必要なら定期的に(隙間がなくなっているか)MRIを撮って行った方がいい。」
と。

当初、この医師には、手術に向けての脳圧検査の依頼に行ったわけですから、そんな予想もしていない事を急に言われて私はとても困りました。
そして、検査をしてもらえないということで、その後の私はショック状態でした。
一方で、その話を一緒に聞いていた主人があっさり引き下がって納得しているのが不思議であり、苛立ちさえ感じ、帰りの車では話し合いが続きました。

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それからというもの、私は手術の期待とてんかん発作の再発の気がかりを頭におき、いろいろな病院巡りをしました。
何人かの小児脳神経外科医師の話、小児科医やてんかん専門医の話、療育センターの方の話・・・そこら中を駆け回りました。
それは、脳圧検査をすんなりしてくれる病院もあるかな?と半ば期待もあっての行動でした。
ただ、実際にいろいろな医師と話すうちにだんだんと、今まで知り得た  情報に違和感を感じてきました。
『私が思っていた術後ばかりではない・・・自分は夢見すぎ?』と思い始めたのです。

てんかん自体も、この手術によって発作の再発があってもおかしくない、  と解釈する医師にも出会いました。
説明を聞くと、それは脳環境が良くなり、脳が成長して起こる場合や、  手術時の麻酔薬でも発作の誘発につながるということでした。

やがて、「手術を受けたい!脳圧を計りたい!」の一心になっていた私の気持ちが少しずつ和らぎ、「反対派の医師の意見も含め、軽度三角頭蓋の現実をよく知ったうえで、手術を考えよう。」と思うようになるのに、そう時間はかかりませんでした。
それまで、私たち夫婦の両親も、孫に持ち上がったよくわからない手術の話を聞いて、心配はするものの静観していました。                                           
私は当初から、「この難しい疾患を上手く伝えて、手術の説得をしよう!」という考えでしたが、周囲のことは見えていなかったと思います。
でも、時間の経過と共に私の気持ちは、「両親達の意見も聞きながら、  軽度三角頭蓋の手術が本当に必要かどうか、考え直してみよう。」という風に徐々に変わっていきました。

両親達は、「今まで黙っていたし、最終的には親のあなた達が決めなければいけない手術・・・。私たちは、頭を開く大きな手術は怖い。発作が再発したらR君が可哀想だし、周りの誰もが耐えられないよね?!毎日面倒を見ていくあなたのことだって、心配なんだから。障害があってもかわいい孫に変わりはないんだよ・・・」と言いました。

私は、その言葉を聞いて涙が止まりませんでした。
また、ひとつ見えていなかったものに気付きました。
それまで、張りつめていた気持ちがふ~っと緩んでいったんです。

初めて冷静になって考えてみると、頭を開くという大掛かりな手術だという事も、コンセンサスの得られていない手術だという事も、それまでの私の頭の中では、本当の意味では考えられなかったと思います。
良くなって欲しいという強い希望が、いつしかきっと良くなる!発作だって再発しない!という確信に変えて行った気がします。

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結果、「軽度三角頭蓋」を知った時から10ヶ月間経って、「手術への道」は選ばない事にしました。
実際には脳圧検査もしていないので、検査をして「手術適応にならない」という結果だったかもしれません。

今は、手術への道を選ばなかった、自分の判断が良かったのかどうか?はわからないのが正直なところですが、思い残す事はなく、気持ちはスッキリしています。
うちの場合はてんかんがあって、こういう結果になりましたし、てんかんがなかったらどういう選択をしていたかもわかりません。

ただ、今思う事は素人の私からすると、軽度三角頭蓋は「謎の疾患」だという事です。
そして、その不透明さ・不思議さに答えを見つけ出すのは親でなく、今後は医療の場で医師たちがこの疾患について議論をし、治療法があるならそれを確立して欲しいと思います。
さらに、もっと万人にわかりやすい手術の必要性や効果が示されればと  願っています。

息子は今、発作もなく元気に保育園に通っています。
ゆっくりながら自分のペースで成長し、問題を抱えながらも頑張っています。
弟と遊ぶ姿は微笑ましく、疲れた私を元気にしてくれます。
このときばかりは、手術をしない私の選択は間違っていなかったと強く思わされます。

~手術を受けても受けなくても 皆のお子さんに明るい未来が                                        ありますように~


※保護帽:術後に、頭を保護する目的で被る帽子。クッション性があり、  ぶつけたり転倒した際にも頭部を保護できるようになっている。

《SMC追記》

当HP宛に手記を寄せて下さったのは、お子さんの様々な疾患と症状に悩みを抱えながらも、前向きに生きる姿勢を持って頑張っているご夫婦です。                                         軽度三角頭蓋との出会いから10ヶ月という月日を経て、「手術をしない」という決断に至るまでの心境が、非常に素直に表現されており、共感できるものがあります。                                            またご夫婦だけでなくご両親も含めた家族全体の温かさと信頼関係も伝わってきます。                                                      手記を寄せて下さるに当たってこのご夫婦は、「自分達の経験が少しでも世の中の人の役に立つなら」との希望を語って下さり、内容についても嘘偽りの無い真実だけをお話下さいました。                                                         ご協力下さったご夫婦の、勇気ある寄稿に感謝致しますと共に、ご一家のこれからますますのお幸せをお祈り申し上げます。

                                              

最終更新:2006年01月13日 11:38