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日下長編」(2006/08/17 (木) 05:36:31) の最新版変更点

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私は、自分の「日下」という名前が嫌いだった。 名は体を表す、という格言にもぴったり当てはまってしまから。 クラスの中でも地味なほうで、特に仲の良い友達もいない。 ありていにいって、いてもいなくてもいい存在。 でも、本当のことを言うと、休み時間、もっとしゃべったりしたい。 休みの日、誰かと一緒にどこかへ遊びに行きたい。 そんな、たぶん、普通の女の子らしい願いも持っている。 けれど、いまだにそれは叶っていない。 毎日、だいたい1人で過ごしてしまう。 クラス替えの発表のときには、男くんと一緒のクラスで嬉しかった。 付き合えたら、と、想像をして、真っ赤になってしまったこともあった。 でもこのごろ、しゃべりかけることすら不可能になった。 彼の周りにはいつも、誰かがいるから。 シューさん、クーさん、ヒーさん、狂うさん、ツンさん、最近では、荒鷹さん。 その団体がいつも大騒ぎをしてて、時にはトラブルを起こしたりしている。 悔しいんだけど、その光景は見ているだけで楽しくなる。 そして不思議なことに、彼女たちが喧嘩をしているところを見たことがない。 いつも笑顔で男くんの周りにいて、互いに傷つけることはない。 理想的というより、奇跡みたいな関係。 その輪に入りたいなあと、思ってしまうことも、よくある。 けれど、私には友達すらいない。 仲良くするどころか、傷つけあうこともない。 何をしたらいいのか、何をすれば変わるのだろうかと、日々考えていた。 結局、何1つ変わらない一日をただ繰り返しているだけだったけど。 ある日の体育の時間、女子はバレーボールをすることになった。 ちなみに体操着は校則ではTシャツにジャージに決まっているが、基本的に自由だった。 部活のユニフォームを着てもいいし、まあ、最終的には、制服以外ならなんでもいいよみたいな雰囲気だった。 うわさによると、隣のクラスでそれを利用して、裸で授業に出ようとした生徒が先生に殴られたらしいけど、さすがにうそだと思う。 私は、上下紺色のジャージを着ていた。 出来るだけ目立たないのがいいと思って選んだ結果がこれだった。 運動神経も悪いし、あんまり体育が好きじゃなかったから。 私は、ただボーっと試合を見ていた。 ………すごい。 思わず口に出してしまいそうになるほどすごい試合が目の前で起こっていた。 全国大会決勝までは行かなくても、予選だったらこんな感じではないかと思ってしまうぐらいのものだった。 Aチームは、シューさん、ヒーさん、クーさん、ツンさん、狂うさん、荒鷹さんの、いつもの6人。 Bチームは、㍉さん、佐藤さん、渡辺さん、魔法少女さん、荘厳さん、理ンデレさん。 ヒートさん、シューさん、クーさん、㍉さんは、本当に同い年なんだろうか?と思ってしまうほど、うまかった。 それに続いて、佐藤さん、狂うさん、意外なことに、理ンデレさん。 理ンデレさんは、まるで次の瞬間ボールが何処にあるかわかっているように動いてた。 ツンさんと荒鷹さんは、この中ではあまり目立たなかったけど、私よりずっとうまかった。 荘厳さんの回りにボールが来ると、なぜかボールの方から減速しているように見えた。 さらに荘厳さんが打つと、ボールが光っているように見えたのは、気のせいだと信じたい。 渡辺さんの周りにボールが来ると、すごい勢いで佐藤さんがそれのフォローに回っていた。 そのたびに渡辺さんが佐藤さんをぽこぽこ叩いていたけど、佐藤さんは全く気にしていないようだった。 それどころか少し笑っているように見えたのは、私の気のせいだろうか? ちなみに、魔法少女さんの周りにはボールがくることは、1度もなかった。 戦況はほとんど互角だった。 取って、取られて、取って、取られて。 思わず学校の体育の授業だよねこれ?と思ってしまうほどだった。 とうとう最終セット、Aチームがあと1点取ったら勝ちの場面になった。 ヒート「ここで一気に片をつけるぞォォォォォ!!!!!!!!」 ㍉「ここが踏ん張りどころだ!逃げることは許されない!」 両チームのキャプテン的立場の2人が、各チームの仲間に檄を飛ばした。 ヒート「ツン!頼むぞォォォ!!!」 ツン「ま、任せて」 緊張でカチコチになったツンさんが、ゆっくりとサーブの構えに入った。 そして、ツンさんのサーブ、きれいな放射線を描いて入った。 荘厳さんのレシーブ、うん、やっぱり光っているように見える。 理ンデレさんのトス、まぶしそうに目を細めている。 ㍉「ふっ、はあっ!」 そして、㍉さんの渾身のアタック。 それに立ちはだかるのは---  ヘ○ヘ    |∧   荒鷹「荒ぶる鷹のブロック!」   / 荒鷹さんっ!手を曲げたままじゃブロックできない! ボオンッ! 次の瞬間広がった光景は、 Bチームのコートに落ちるボールと、 鼻血を噴出しながら床に叩きつけられる荒鷹さんだった。 ヒート「よくやったぞ荒鷹ぁぁぁ!!!」 ㍉「負けたよ荒鷹くん………、君は2階級特進だ」 ツン「勝手に殺すな!ああ、気絶しちゃってるし!」 シュー「この紫色のお米を食べればあら不思議」 理ンデレ「おそらく気づく可能性より、窒息死する可能性のほうが高いと思われますが?」 渡辺「ふえぇ~ん。起きてよ荒鷹さぁ~ん」 佐藤「渡辺さん、ガクガクしたら余計危険」 荘厳「ああっ、血………」 魔法少女「倒れたと思ったらバラがクッションになってる!ねえ、それどういう魔法?」 狂う「血、うふふ、ふふふふふ………」 なんだか、収拾がつかなくなっている。 ざわざわと大きくなる騒ぎを抑えたのは、毅然とした鶴の一声だった。 クー「保健委員!保健委員は誰だ!」 いきなり自分のことを言われてびくっとしてしまい、思わず黙ってしまった。 しばらく沈黙が続くと、 クー「早く出てこないと<検閲削除>するぞ!」 「わ、私です!私っ!」 あまりにあまりにもな発言だったので、思わず手も上げてしまった。 クー「すまないが、保健室まで案内してほしい、えっと」 クーさんは、少し口ごもった。 何でだろうと思っていた。 次に続いた言葉は、何も覚悟をしていない私の心に、深く突き刺さるものだった。 クー「すまない、君の名前は何だ?」 ………ショックだった。 まさか、名前まで覚えられていないなんて、思っていなかった。 ちょっとだけ、目の前が暗くなった。 でも、しょうがないよね、うん、と自分に言い聞かせてから、 「私、日下、日下って言います」 と、できるだけ笑顔で言った。 クー「すまない、クラスメイトの名前を覚えていないとは恥ずかしい」 そういって頭を下げてから、 クー「じゃあ、荒鷹を連れて行こうか」 と言って、ひょいと荒鷹さんを持ち上げた。 それが普通に軽いものを持つ動作だったため、ぽかんとしてしまった。 クー「ん?どうした?」 ?マークを頭に浮かべるクーさんを見て、言葉に詰まってしまった。 「い、いや、なんでもないです」 クー「ああ、そうか」 なにかに気づいたのか、ポケットを探り始めた。 クー「すまないが、ティッシュを持ってないか?」 「え?あ、はい」 私がティッシュを差し出すと、おもむろに荒鷹さんの鼻に突っ込んだ。 そうしてどこからか携帯を取り出し、パシャ、と、荒鷹さんの顔写真を撮った。 クー「これでよし」 なにがいいのかよくわからなかったけど、ちょっとひどいことだけはわかった。 けど、 クー「さあ、行こうか」 やっぱり軽々と荒鷹さんを担ぎ上げるクーさんを見て、私は何もいえなくなってしまった。 昼休み、私はお弁当を持って保健室に行った。 体育のあと、今でも戻ってこない荒鷹さんが心配だったからだ。 それに、教室にいても、どうせ1人だしね。 名前も、覚えられてないし。 ちょっとだけ自嘲してから、保健室のドアをノックし、入っていった。 中には保健室の先生もいないし、ベッドを使っている生徒も、荒鷹さん以外いなかった。 ちなみに荒鷹さんはまだ鼻にティッシュを突っ込まれたままだった。 思わず笑ってしまいそうなのを我慢して、お弁当をあけようとすると、 「あっ!」 ガチャン! 手が震えていたから、ふたを落としてしまった。 やっちゃったと思ったときにはもう遅く、荒鷹さんの目がゆっくり開いていった。 むくり、と上半身を起こして、ボーっとしていたけど、いきなり 荒鷹「そ、そうだっ!試合はどうなったの!?」 と、すごくあわてた様子で聞いてきた。 「え、えっとですね」 荒鷹さんの勢いに押されて、どもりながらだけど、なんとか説明した。 試合の結果、顔面ブロック、気絶したこと、保健室にクーさんとつれてきたことなどを説明した。 荒鷹「そっか、よかったぁ~」 と、ほっとしたようにへなへなとまたベッドに寝転んだ。 そして、今気づいたように鼻からティッシュを取り出した。 荒鷹さんの顔がすこしずつ赤くなっていった。 荒鷹「も、もう1つだけ聞いていいかな?」 ばっと起き上がって、できれば違っていてほしい、という願いを含んだ声で、こう言った。 荒鷹「さ、さっきまでの私の顔、あなた以外の誰かに見られた?」 私はどう言おうか、途方にくれた。 だって、見られたどころか、携帯のカメラで撮られてたなんて、いえない。 私が黙っていると、嫌な雰囲気を感じ取ったのか、 荒鷹「わ、私は大丈夫だからさ、ほ、本当のこと、さ、言って?」 と、ぜんぜん大丈夫じゃない様子で言った。 私も、本人のためにならないよね、と心の中で自分に言い聞かせてから正直に言った。 「クーさんが、携帯のカメラで、ばっちり撮ってた」 そういうと、まるで沸騰したように、荒鷹さんの顔が真っ赤になった。 荒鷹「どうしよう、絶対もう、みんなに見られてるよね、きっと、男君にも………」 シーツをぎゅっと握って、下を向いてなにかをつぶやいていた。 しばらくしてもそれが続いき、ばつが悪くなったので、立ち去ることにした。 「じゃ、じゃあ私は」 荒鷹「もー、男君以外のところにお嫁に行けなーい!」 ………、もっと早く教室に戻ったほうが良かった。 荒鷹「あ、あわわわわっ!」 荒鷹さんはたぶんこれ以上赤くならないだろうと思ってしまうぐらい真っ赤になってから、  ヘ○ヘ    |∧   荒鷹「あ、荒ぶる鷹のポーズ!」   / まさに彼女そのもののポーズを出した。 荒鷹「い、今のことはみんなには内緒ね」 「はあ………」 少したったあとでも、荒鷹さんの顔は赤くなったままだった。 言い訳を聞いている間、たぶんこの子は純真なんだろうな、とか思っていた。 荒鷹「じゃあ、約束ね!えっと」 そういって口ごもった光景に、既視観を覚えて、 荒鷹「あなたのなま」 「日下、私の名前、日下って言います」 反射的に自己紹介をしていた。 答えがあっていたことの安心感と、答えがわかってしまっていた悲しさが入り混じって、なんともいえない心地になった。 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、 荒鷹「うん!これからよろしく!」 と、笑顔で言った。 それはとてもまぶしくて、まさに恋する乙女の笑顔だった。 思わずじっとみとれていると、ふいに右手があったかくなった。 「え?」 荒鷹「約束には、儀式が必要でしょ?」 そういって荒鷹さんは、私たち2人の小指を絡ませた。 荒鷹「ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます」 荒鷹「指切った!!」 これで2人だけの秘密が出来たね、と笑う荒鷹さんの声が、遠くに聞こえた。 すごく久しぶりの感覚。 絡んでいたゆびが、あったかい。 これって、なんだったっけ? 小指をじっと見つめていると、 荒鷹「じゃあ私、教室に戻るね!」 荒鷹さんはよいしょとベッドから降りようとした。 「待って!」 思わず呼び止めてしまった。 このぬくもりが惜しくて。 荒鷹「?どうしたの?」 「あ、え、えっと」 何を話していいかわからない。 何かない?何かない? ぐるぐると回ってしまう思考がはじき出した質問は、 「男くんと、どうやって付き合うことになったんですか?」 私の、ただの興味本位。 荒鷹さんのプライベートの中の、特に秘密の部分だろう。 少なくとも、あまり公言にはしたくないこと。 間違っても、ほとんど初対面の私に言えることではない。 少し考えれば、そんなことすぐわかったはずなのに。 言っちゃった。 もう、遅い。 目の前が、また、ちょっと暗くなったように感じた。 けれど--- 荒鷹「うえええっ!?」 さっきも聞いたようなかん高い声に現実にひっぱり戻された。 荒鷹さんは少しおさまったはずの顔を、また真っ赤にさせていた。 荒鷹「いやあ、それは、………、ねえっ!?」 言葉にならない言葉を叫んで、腕をパタパタさせていた。 あの荒ぶる鷹のポーズは、1日何回かに限定されているのだろうか。 そのあまりのリアクションに面食らってしまい、 「あの………、いやなら別に」 と言ったのだが、 荒鷹「ううんっ!別にいいよっ!一方的に何かしてくれなんて押し付けだからね!」 と、なぜか私に向けてぐっと親指を立ててきた。 それから胸に手を当てて、ふーっ、と、深呼吸した。 少し何かを考えているようで、うん、うん、と、1人でうなずいていた。 そして少したってから、 荒鷹「ちょっと、抽象的というか、わかりづらくなるかもしれなくなっちゃうけど、それでもいいなら、いいよ?」 と言って、にっこりと笑った。 「あっ、ぜ、ぜひっ」 興奮して前につんのめってしまう自分が、なんか浅ましいように感じて、うらめしく思った。 そんな私の様子に気を悪くすることもなく、 荒鷹「それじゃあね、どこから話そうかな………」 荒鷹さんは、静かに、どこか懐かしむように、視線を虚空にさまよわせた。 荒鷹「私はね、とってもダメな子だったの」 「ダメな子、ですか?」 荒鷹「そう、本当に、ダメダメだったの」 「どんな感じだったの?」 んーっ、と考えてから、 荒鷹「空回り、しちゃうところかな?」 「今と何が違うんですか?」 思わず言ってしまったが、すぐに後悔した。 本当にさっきから失言ばっかりだ。 荒鷹「そうだね、それじゃ、今と何にも変わらないね」 でも荒鷹さんは、気にしてないよ、という風にくすくす笑った。 けれど、すぐに真面目な顔になって、 荒鷹「でも、空回りは空回りでも、悪いほうの、ね」 と言った。 荒鷹「どんどんどんどん、すごいスピードで、落ちてしまうの」 荒鷹「考えれば、考えるほどに、ね」 「………」 何となくわかるような気がした。 そこから抜け出せなくなってしまう感覚。 それは、大きかれ小さかれ、誰しも感じたことがあるものだと思う。 きっと荒鷹さんは、それがとても大きいほうだったんだろう。 荒鷹「私は、動けなかった」 荒鷹「男君に告白なんて、夢の夢だった」 荒鷹「でもあの日、奇跡が起こったの」 「奇跡?」 どこか夢心地な荒鷹さんを促すように、私はそう言った。 荒鷹「私が、男君と付き合えるようになった日のことなんだけどね?」 ゆっくりと、あったことすべてを思い出そうとするように、話し出す。 荒鷹「おせっかいな友達達が、私を気にかけてくれたの」 荒鷹「ううん、その時は友達じゃなかった」 荒鷹「あまり話したこともなかった」 荒鷹「それでも、私のことを気にかけてくれた人達がいたの」 「それは、誰なの?」 私もまた、緩やかに問い返す。 荒鷹「ごめんね。それは、言えない」 でもね、と荒鷹さんは続けた。 荒鷹「何を考えてるか良くわからないけど、きっと人のことを一生懸命考えてる子」 荒鷹「その子にいつも付き添っていて、笑いながら、見守っている、優しい人」 荒鷹「そして」 荒鷹「私を壊して、でも、今の私があるのは彼女のおかげだって、胸を張って自慢できる子」 荒鷹「そんな大切な人たちがいたからこそ、私は男君と付き合えることが出来たの」 荒鷹「男君と付き合えることになったのも、私が変われたのも、彼らのおかげだって、今でも思ってる」 荒鷹「これで簡単にだけど、全部、かな」 静かな沈黙が場を満たした。 なんとなくふわふわ浮いているような、不思議な感覚だった。 考えがまとまらない、だけど、悪くはない、独特の雰囲気がそこにはあった。 荒鷹「人は、1人じゃ変われないんだよ」 小さく、本当に小さく、そんな呟きが聞こえた。 「え………?」 荒鷹「うわ、やっぱり自分のことを話すのって恥ずかしいね」 私が聞き返そうと思ったとき、すでに荒鷹さんはさっきまでの荒鷹さんになっていた。 最後につぶやいたときにわずかに感じた、なにかを悟っていた様子をみじんにださずに。 荒鷹「それじゃ私、ほんとに行くね!お昼ごはんも食べてないし!」 そして荒鷹さんはドアの前で振り返って言った。 荒鷹「もちろん、今の話も他言無用ね!」 じゃあね!と手を振ってくるのに反応して、私も手を振りかえした。 けれどそれは、ほとんど無意識の行動。 なぜなら、私はドアが閉まってもなお、手を振り続けていたから。 私の頭の中には、 (人は、1人じゃ変われないんだよ) という言葉が鉛のようにのしかかっていて、それを考えるのに手一杯だったから。 少し前までの穏やかな雰囲気は、どこにも見つけることが出来なくなっていた。 予鈴が鳴った。 私はふらふらと操られるように、一口も手をつけていないお弁当をしまった。 まるで意識と体が分かれてしまったように、私はそこに存在していた。 そのときからの私の記憶は、あいまい。 気づいたら、私は自分の部屋の電気を消して、ベッドに入っていた。 夜食を食べたのか、それ以前に、今何時であるのかさえわからなかった。 けれど、ずっと考えてたことだけはわかる。 (人は、1人じゃ変われないんだよ) その意味。 そのままで取ってしまってもかまわないんだと思う。 でも、 本当に1人じゃ変われないの? どんなに頑張ってもそれは無理なの? 私を変えてくれるのは誰? そういったたくさんの疑問が、私を押しつぶそうとする。 1つ1つ解決しようと思っても、その1つ1つがとても難しくて、何も手をつけられない。 私は、いったいなにをすればいいんだろう? それは常日頃から考えていたはずの疑問。 しかし、急にその問題が私の身の回りにも存在し得ることを知って、混乱している。 何も、出来ない。 何も、出来ない。 何も、出来ない。 ………寝てしまおう。 私は、逃げることにした。 自分自身のことであるのに、すべての責任を放棄することにした。 結局何の解決にもならず、時間稼ぎにしかならない方法をとることにした。 次の日、体調は最悪だった。 学校を休んでもいいような気がしたけど、昨日の不甲斐ない自分に対する精一杯の反撃のために登校した。 でも、そんな強がりは長く続かなくて、教室にたどり着く前に、保健室に直行した。 保健の先生はびっくりして、すぐに帰ったほうが言いと提案してきたけど、そこまでじゃないです、と言い返した。 ベッドを貸してもらったけど、全く眠れず、ずっと得体の知れない何かにまとわりつかれているような気持ち悪さを味わっていた。 そして、我慢できずに、何回も吐いた。 ほとんど何も食べていないはずなのに、私の体はなにかを吐き出そうとしていた。 もしかしたら体のほうではなくて、精神のほうだったのかもしれない。 その何かを吐き出してしまえば、おそらく楽になれるだろう。 けれど、私の中の良心のせいなのだろうか、最後の最後でそれを押しとどめているから、楽になれない。 どちらのほうが私にとっていいのかわからないまま、また吐き気がこみ上げてくるのを感じた。 昼休み、おぼつかない足取りで屋上に向かった。 とりあえず、1人になれるところで、外の空気が吸えるところを考えた結果、そこしかなかった。 でもその道のりは、思っていた以上に困難なものだった。 一歩歩くたびに、体がすりへっていくような感覚。 階段を上るという行為が、こんなにつらいのははじめてだった。 やっと屋上の手前についたが、もううまく呼吸すらできなくて、座り込んでしまった。 あと、少しだから。 そう思って、ドアノブに手をかけて、残っている力のすべてを振りしぼった。 けれど、ちょっとだけ外の景色が見えたところで、ばたっとうつぶせに倒れてしまった。 そして、また閉まるドア。 薄れ行く意識の中、運命というものに理不尽さを感じた。 なんで私ばっかり、こんな目にあうんだろう。 動く元気は、もうない。 結局、闇の中でどう動こうが、どうあがこうが、何にもならないという虚無感だけだった。 何も、できなかった。 目は開いているはずなのに、視界には黒が広がっていた。 ?「日下ちゃん」 ぺしぺし。 ………なにかが頬に当たっている。 ?「日下ちゃ~ん?」 つんつん。 今度はどうやら頬をつつかれているらしい。 ?「起きない」 ふう、という声が聞こえる。 ?「ちょっと荒治療でいくか」 キュポン。 何かをあけるような音がしてから、 ちょろろろ~。 顔全体に何かがかかってきた。 思わず目を開けると、その何かが目の中に入ってきた。 「うわっ!」 ?「あっ、ごめん!」 顔全体が柔らかい布で包まれた。 そして何回か私の顔を往復したあとに、その感覚はなくなった。 ?「もう目を開けても大丈夫だよ」 そういわれて目を開けると、 「荒鷹さん?」 荒鷹「こんにちは」 にへっ、と笑いながらハンカチを持つ、荒鷹さんの笑顔が目の前にあった。 「ここは………」 荒鷹「屋上だよ。ドアの前で倒れてるんだもん、びっくりしちゃった」 もしかして死んじゃってるのかと思ったよ。 と少し縁起でもないことを言いながら、手に持ったジュースを飲んだ。 あれが、私の顔に降ってきたのだろう。 荒鷹「飲む?飲みかけだけど?」 と勧めてくれたけど、 「いや、いいよ」 私はまだ少し気分が悪いのが取れていなかったから、断った。 荒鷹「そう」 無理に勧めることはせず、荒鷹さんはゆっくりと飲み干した。 沈黙だけが、屋上を満たしていた。 何かしなくちゃいけないと、思ってた。 けれど今の私には、晴れている空を観賞する余裕すらなくて、目の焦点を何処に向けているのか、自分でも良くわからなかった。 どれだけ時間がたったのかわからなくなった頃、 荒鷹「ねえ」 と、小さな声が生まれた。 でもそれは、静かなこの場所では、波紋のように広がっていった。 「何?」 特に反対する理由もなくて、上の空のような状態で答えた。 うん、と返事が聞こえてから、 荒鷹「何で屋上の前で倒れてたか、聞いていいかな?」 控えめな声が、私の耳に届いた。 「別に、いいよ」 口から言葉が勝手に出て行く。 自分の意思とは、無関係に。 たぶん、一種の自己防衛をしているだろう。 また気分が悪くなってしまわないように。 意図的に体と心を分離させているんだろうと、そう思った。 「昨日言ったよね「人は、1人じゃ変われないんだよ」って」 荒鷹「………聞こえてたんだ」 「うん、しっかりと、ね」 「それをね、ずっと考えてたんだ」 何となく空を見上げる。 「誰かが自分を変えてくれる」 「もしそれが本当ならって、ずっと考えてた」 「確かにそれで、なりたい自分に変われたら、とても嬉しいし、すばらしいことだと思う」 一息、おいた。 次に言う、現実から、目を離さないように。 「けれどそれは、自分が願っていなかったものになる可能性もある」 それでも、声が震えてしまった。 「他の人が自分に干渉した結果、むちゃくちゃになってしまうことだって、きっとある」 「そう思うと、怖くなってきちゃって」 「自分が願う自分はやっぱり自分にしかわからない」 「その理想の自分に変えてくれるような」 「そんなすごい人は、私には、いなくて」 「でも1人じゃ変われないって言われて」 「どうしていいかっ、わかんなくなって………!」 次の瞬間、私は荒鷹さんに抱きしめられていた。 鷹「ごめんね、ごめんねぇ!」 泣きながらの、謝罪の言葉。 荒鷹「私のせいで、そんなに苦しませちゃって!」 私は彼女が何で泣いているのかわからずに、呆然としていた。 私が勝手に悩んで、勝手に苦しんでいるだけのに、なぜこんなにも謝られるんだろう。 彼女の言葉が原因だったとしても、ここまで謝られる必要は、ない。 「大丈夫、大丈夫だから」 私は慰めるように彼女の背中を叩いたが、 荒鷹「大丈夫なら、本当に大丈夫ならっ!」 背中に回された腕が、さらにぎゅっと強くなった。 荒鷹「どうして泣いているのっ!?」 「え………」 そう言われて、頬に手を当てる。 確かに、私は、涙を流していた。 絶え間なく、ポタポタと。 荒鷹「心で強がってても、もう体が我慢できないんだよ………」 まるで私を諭すかのような、彼女の言葉。 不意に、胸の奥から何かがこみ上げてくる。 それは吐き気とかじゃなくて、昨日の指きりのときにも味わった、あったかさ。 「ふぇ………」 体が震え、心まで震えたような気がした。 それでも、なんとか泣くまい、そう思ったけど、 荒鷹「もう、いいんだよ」 そう優しくかけられた彼女の言葉が、 「うぁぁぁ、ああああああああ!!!!!!!!!」 私を縛っていた、すべてのしがらみを、解き放った。 どのくらい泣いていたんだろう。 胸の中にはぽっかりとした空洞が開いていた。 流す涙も枯れ果てて、体中に力が入らなかった。 私が泣いている間、荒鷹さんはずっと抱きしめていてくれた。 汚くなってしまうのに、そんなこと気にしないよ、というように。 今だって、優しく私の背中をぽんぽんと叩いてくれる。 荒鷹「私もね、同じようなことを考えていたことがあったの」 私が落ち着いたと思ったのか、静かに話し出した。 荒鷹「そのとき、ある人に私は助けてもらった」 荒鷹「それまで、私は1人で頑張ってたけど」 荒鷹「やっぱり1人じゃダメだったんだよ」 どうしようもないんだよ、というのが含まれている言葉だった。 もう1度現実を知らされて、私はビクッと震えた。 でもね、と、彼女は言葉を続けた。 荒鷹「あなたが」 今までとは、何かが違う、言葉--- 荒鷹「もし、迷惑じゃなかったら」 その中には--- 荒鷹「私は、あなたの力になりたい」 あったかさだけが溢れていて--- 荒鷹「あなたのこと、今は、何もわからないけど」 私の心の中の空洞を満たして、さらでもなお--- 荒鷹「教えてくれると、嬉しいな」 心全体にまで広がっていって--- 荒鷹「私は、それを全部理解してあげるような」 私の心を、変えてしまった---                「 あ な た の 友 達 に な り た い 」 ---ああ、やっとわかった。 何で私は、こんなに簡単なことに気づかなかったんだろう。 ---私はただ、友達がほしかっただけなんだ。 何かを変えたいとか、自分が変わりたいとか、そんな難しいことを言い訳にしていた。 幾重にも張り巡らされた言い訳の数々。 それを全部取り払って、やっと見えた、1つの答え。 ずいぶんと、遠回りしてしまった。 けれど、そんなことが気にならないくらい、 私には、すばらしい友達ができた。 でも--- 「うえっ、あっ、うっ」 枯れたと思っていた涙が、また、溢れてきた。 きっとこれは、さっきとは違う時に流す、涙。 返事をしたいのに、しなきゃいけないのに。 早く私も同じ気持ちだってこと伝えなきゃいけないのに、 けれど、私も、とか、そんな短い言葉でさえ、言うことができない。 そんな私を、荒鷹さんはまたぎゅっと抱きしめてくれた。 ごめんね、荒鷹さん。 もうちょっと、待ってね。 この涙が枯れ果てて、顔を上げたときには、きっと言えるから。 私の生涯で、1番の笑顔と一緒に、言えるから。                      「 私 も だ よ っ 」                                                (終わり)

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