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転校 編


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朝の空港は、夏の朝らしい気温を保っていた。
早朝にも関わらず、会社員と思われるスーツの人達が、カウンターの前に行列を作り上げている。

「………」

少しばかり早かったのかな、と言ったのは父親だったか。まだ時間まで大分余裕がある。
イスに腰掛けてテレビに映る朝のニュースを眺めている少女は、少しばかり回想に耽っていた。

(……これで、よかったのよね)

話は、1週間前に遡る。





「……海外赴任?」

家族で食卓を囲んでいたとき、父親がそう切り出してきた。

「ああ、仕事の関係でカナダの方にな。急ですまないとは思うが、決定事項なんだ。」
「カナダ……」
「ツンサメちゃん、急といっても一週間あるのよ。その間にクラスの友達だけでも挨拶したらどう?」
「……考えとく」

ご馳走様、と箸を茶碗の上に置き、自分の部屋へ戻っていった。


(……挨拶、か)

ベットの上で、どこか無気力な目をしながら天井を見上げていた。

(……別に、ね……)

ゴロンと体転がし、枕に顔を埋めた。
視界も心も、どこか暗くなっていった。



「Zzz……ぁあ、おはようツンサメちゃん」
「……おはよう」

翌朝の学校でそう挨拶してきたのは、友達の低血だった。
どこか大人びた容貌を感じさせるのだが、いつも眠そうなのが玉にキズである。

「……少し元気なさそうだけど、何かあったの?」
「……気のせい」

素っ気無く返事をして、自分の席に着いた


「男ぉぉぉぉぉぉ!!!なんで私を置いていったぁぁぁぁぁ!!!」
「10分も遅れたら遅刻だろ」
「ふんっ!遅れてくるほうが悪いのよ!べ、別に待ってあげようとかは言ってないんだからね!」
「ふむ、現代社会において朝の10分というのは命よりも貴重というからな。いや、私は命よりも男派だぞ」
「ふえぇ、私はちゃんと時間通りに来たのに置いてかれ……あれぇ~?時計の長針がないよ~?」

段々と人が集まってきたようだ。朝の教室の静けさは徐々に破られつつある。



(……挨拶か)

そんな事とは正反対に、自分の周りだけ静寂を保っている席があった。

(……私は人とそんなに話しないし、どうせ皆どうでもいいって思ってる……)

だったら最初から言わなければいい、そうすれば別になんともない。自分も相手も。
心のどこかにもやもやとしたものを感じつつ、そう心に決めた。

「……ツンサメちゃん、ホントに何かあるんじゃないの?話だけでも聞くよ」

いつの間にか近づいてきた低血に、そう声を掛けられた。

(……低血ちゃんなら、別にいいかな)

ゆっくりと重たい口を開き、その理由について淡々と述べていった。



「成程ね、父親の海外赴任、か……」

少し遠い目をしながら、話を聞き終わってそう呟いた。
しかし、すぐに疑問の色を見せ

「……なんで、皆に言わないの?」
「……私はそんなに皆と親しくないし、それに、嫌な雰囲気にさせるだけだから」
「どうせ先生の口から言うんだよ? それでも本当にそれでいいの?」
「……いい」

そう言ったのを最後に、少女はただの人形と化した。
こちらも見るところ打つ手なしと判断し、自分の席へ戻っていった。


(……最後くらい、素直になってもいいのに。
  それに、皆はあなたのこと、ちゃんと見てるわよ)

机に突っ伏しながら、去りゆく友を心配してると、ある考えが浮かんだ。

(……そうよね。最後くらい、ね)

そして、授業開始のチャイムを合図に、深い眠りの海へ潜っていった。



「……ただいま」
「あらお帰り、友達に挨拶済んだ?」
「……一応」

心の中でだけど、と口に出さず、制服を着替え始めた。

「まぁ、後六日間あるんだから、ゆっくりと友達全員を回ればいいわ」
「……夕食まで本読んでる」

早々と制服を着替え終わり、部屋の中へ入っていった。

(……友達って呼べる人には、もう終わった)

手に持ってるSF小説の文字も目に入らず、ただ空間だけを見つめていた。

(……低血ちゃん、呼んだら空港まで来てくれるかな)


ページをめくる音は、1回もしなかった。



「──うん、うん。 そう、ありがとね」

ピッ、と聞きなれた電子音をたてて、携帯の通話を終えた。

(これで、こっちの準備は終わり。 あとは……)

明日ね、とだけ呟いたところで、ベットの睡魔に引き込まれた。



やっぱり、一週間なんてあっという間だ。
そんな大人びた事を思いながら、いつものように部屋で読書をしている。

(……これでいい。明日、ひっそりと行けばいい)

この一週間で大きなことは何もなかった。
低血ちゃんは何だかいつもより眠そうだったし、クラスの雰囲気も少し違ったように思えたけど、
結局大したこともなく、時は進んでいた。

(……時と場所は言ったし、低血ちゃん来るかな……)

考えているうちに荷物をまとめ終わり、早々と寝ることにした。



時間は少し戻り、その日の夕方のことである。
畳の上で茶を飲んでいた初老の老人は、突然の若い来訪者に少しばかり驚いていた。

「……お爺様、久しぶりです」
「おお、低血ちゃんか。随分と大きいなったもんじゃ」
「ええ、もう高校生ですから。 ところで、少しばかり無理な頼み事をしてもよろしいですか?」
「そんな堅苦しくなくていいんじゃよ。 して、何かな?」

「……お爺様の会社の、とある社員についてです」





〝───時より、カナダ行きの便にご搭乗のお客様は──〝

アナウンスが、空港内に響いた。

「……まだ時間に余裕はあるけど、もう出発しよう」
「ええ、そうしましょう。……ほら、ツンサメちゃん」

結局、低血ちゃんも来てくれなかった。

(……そうよね、やっぱり私は……)

「……分かった」

そう言って、いつもよりさらに遅い足取りで、両親の元へ歩み寄った。
そして、空港の入り口へ背を向けて歩き始めて──

「……はぁっ!はっ、つ、ツンサメちゃーん!」

──停止した。



「……はぁっ、はぁ、やっぱり、走るのは、はぁっ、苦手だ……」
「……低血ちゃん?」

信じられなさそうに振り返り、肩で息をしている友へ歩み寄った。

「……お、遅れてごめんね。ちょっと、混んでて、ね」
「……来てくれたの」

と、そこで振り返って両親の顔を見た。
それを見た二人は、何かを悟ったようだ。

「……まだ時間はあるから、ゆっくりするといい」

父はそう行って歩き始めた。
母は、走ってきた友を見て若干複雑そうな顔をしながら、一礼して父の後を追った。

「……来てくれてありがとう」
「当たり前よ、約束したもの」
「……一人だけでも、私は十分───」
「うぉぉぉぉぉぉ!!!!遅れたぁぁぁぁぁ!!!」

だよ、と続けようとしたの、突然の大声によって遮られた。



「うるせえよ、公共の場なんだから静かにしろ」
「ふむ、どうやら間に合ったようだな。本当に遅れたらどうしようかと思っていた」
「拙者、タクシーというものはよく存じぬが、流石に一台に7人は無茶だと思うのでござる」
「う”あぁ゛ん、急ブレーギで腕とれだあ゛ぁ……」
「ふ、ふんっ!別にあんたの為に来たわけじゃないわよ!たまたま暇だったんだからね!

ぞろぞろと、クラスメイトが集まってきた。

「……皆、何で私に?」
「……ツンサメちゃん、あなた、皆に好かれてないって行ったわよね?」

でもそれは間違ってるわね、と続けてながら顔を上げて、皆の方へ振り返った。
そこには、クラスメイトのほとんどの顔が並んでいる。

「……そして、これが正解よ」



「……ツンサメにも、あんな友達がいたんだな。 でも……」

隣を歩いていた夫がそう言って俯いていくのが分かった。
その目には、後悔の色が浮かんでいる。

「……ねぇあなた、やっぱり海外赴任なんて断ったら?あの子のためじゃない」
「……もう遅いさ。それに会社の上の方が決めたことだしな……」
「……高校生になって、やっとあの子に友達ができたのよ。 でも、それを私達の都合で……」
「……」

少しばかり沈黙が続いた後だった。

プルルルルッ、プルルルルッ

ポケットの中の携帯電話が、沈黙を紛らわすように音を立てた。

「……会社の奴からか? 最後の挨拶でもしにきたのかな」

だが、携帯電話のサブディスプレイに表示されていたのは”非通知”の三文字だった。




「……?誰だ?」

この番号を知っているということは、会社のやつに違いないだろう。
そう思って、通話ボタンを押した。

「はいもしもし」
『おお、突然の電話すまんな。』

相手は、少し年季の入った声をだった。

『まだ飛行機の出発時間は大丈夫じゃろう。早速だが、君に報告することがある』
「……あの、どなたですか?」
『おお、そうじゃった、スマンスマン。 ワシの名は────じゃ』
「……ん?その名前、どこかで聞いたような」

と、数秒間黙った後、やがて、ハッとしように目を見開き

───危うく、携帯を落としかけた。





──そうじゃなかったんだ。
自分は、ちゃんとクラスメイトの一員で、
こんなに、人が来てくれて……

「全く、どうして黙ってたんだ。我々に気を使うと思ったら、大間違いだぞ」
「そうよっ!勝手に一人で思い込まないでよねっ!」
「一人でこっそりっすかww寂しいっすよwww」
「見送りくらい、全員でさせろよな」
「……みんな……」

そして、集まった全員が、口々に別れの言葉を告げてきた。
別れを惜しむ者、元気づける者、向こうでの安否を願う者。
全員の目が、心の底からそう言っているのが分かった。





「……みんな……ありがとう」
「ふぇぇ、悲しいよぉ」
「……私は透明だけど、今私も泣いてるわよ……」
「……拙者も悲しいでござる」
「みんな泣くなぁぁぁぁぁぁぁ!!笑って見送りやがれぇぇぇぇぇ!!」
「涙目で言っても効果ないぞ。 ……向こうに行っても、ちゃんとやれよ?」
「……うん」


私には、こんな人達がいてくれた。
それだけで十分だった。
きっと向こうに行っても、皆との思い出があれば大丈夫だろう。

「……それじゃ、皆。今まで本当に──」

「おーーい!! ツンサメー!!」

遠くで、こちらに走ってくる父の声が聞こえた。



「……父さん?どうしたの?」
「はっ、はぁっ、ツンサメぇ。 ……カナダに、行かなく、ても、はぁっ、よくなった、ぞ……」
「……えっ?」
「……急に、会社の会長から電話がかかってきたんだ。海外へは、別の奴に行ってもらうって……」
「……本当、なの?」
「ああ!だから、もう心配しなくていいぞ!ここにいてもいいんだ!」


少しの間放心していると。やがて父親はゆっくりと肩を叩き、後ろの方を指差した。

その指に導かれるように振り返った。



「……いっ」

「「「「「 ぃやっったぁぁぁぁぁ!!!!! 」」」」」


空港に、歓声が巻き起こった。



──どうやら、間に合ったみたいだね。ありがとうお爺ちゃん

少女は、集団の輪の中でもみくちゃにされている少女をみて、そう微笑んだ。


「……なんで、急に変更されたんだ? いや、それよりなんで会長が俺みたいな社員を直々に?」

どこか呆然としている夫を、妻は笑いながら、

「まあ、いいじゃないですか。今は、あの子の事を見守りましょう」

と、微笑みながらそう言った。

「……そうだな。」
「……それに、よく見ればあの子嬉しそうじゃありませんか。あんな顔は、始めてみましたよ」
「……ああ。……本当に、そうだな」



「うぉぉぉぉぉ!!!よかったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ふぇぇぇぇん! 嬉しいよぉぉぉぉ」
「全くだ、神様でも信じてみるもんだな」
「……拙者も、仏様を少しは信じるようになったでござる」
「う゛えぇぇえ゛ぇん、泣きすぎて腕どれたぁぁあ゛」
「ふんっ!あたしは損した気分よ! べ、別に嬉しくなんてないんだからっ!」

様々な声が聞こえる輪の中から、一人の少女が顔を出した。

「……よかったね、ツンサメちゃん」

「………うんっ……うんっ!」


決して流すまいと決めていた感情は、止めれなかった。






空港の窓からは、いつの間にか朝日が昇っていた。

それは、彼女たちを祝福するかのように、明るく、やさしい太陽だった。





───いつの間にか、ツンサメは、自然に笑うようになっていた。


       心の底から、笑えるようになっていた───