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通訳残留プロローグ


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 ―――――森が広がっている
 見上げると冬の月が照る群青の夜空。そこに葉の落ちた裸の枝が、黒い影となって湾曲した模様をうかび上がらせる。
 足元に目をやると、月から降り注ぐ青白い光が、漆黒の大地をまだらに彩る。
 一歩踏み出す。
 積み重なった枯れ葉が軽い音を立てた。
吐いた息が白い蒸気となって視界の端を通り過ぎる。同時に顔の横にかかる髪の房が揺れるのも見て取れた。
 顔全体を張りつめた冷たい空気が抑えつけてくる。きっと自分の頬や鼻の頭は赤く色づいていることだろう。
 ―――このままここにいると、凍傷になってしまうかもしれない。
 そんな風に思えてしまうほど、この場の空気は『痛い』。あまりの冷たさを皮膚が誤認して、痛いとしか思えなくなっているのだ。
「『―――はい。とても……痛いです。わたし、泣いてしまいそうで―――』と彼女は言っております」
 『痛い』という言葉の連想から、最近読んだ小説のある一章を思い出し、その中に出てきた台詞を呟いて――――いや、『通訳して』みた。
 それまでの全くの無音だった夜の闇に放たれた言葉。言葉は私の耳と周囲の空間にしばらく残留したのち、静かに溶け去り、消える
後には何もない、耳を圧するような沈黙だけが、延々と続く。
何とはなしに作中の台詞を口にするという行動。
薄闇と静けさの中に置かれると、やらなくてもいいのに省みてしまう。
そうすると、中二病と名高い作家が生み出したキャラクターのまねをしてしまう自分が、なんだか妙に痛々しくて、苦笑をこらえ切れずに口もとを歪ませてしまう
 ―――――こんな所で思い出してしまうなんて
 どうやら自分は思っていたより深くあの小説を嗜好していたようだ
作中でその台詞を口にした登場人物にシンパシーを感じてしまったからだろうか
彼女は不思議な程に自分に似ていた
他人から外れていて、それなのに、いや、それだからこそ、変なところで拘りを持っている
一見すると人形に見える意地っ張りな存在不適合者・・・・

 

 

「でもきっと、不適合なのは存在じゃないと思います。私達はただ単に社会に不適合なんです」

 

 

『存在』不適合者だなんて自分に似た人間が呼ばれて、自分の存在そのものが否定されたような気がして、ついそんな風に口にしてしまう。 
自分に対する言葉ではないし、そう言う意味で言ったのではないのだろうけど、
その、どこか浮ついた中身の感じられない作中用語の語感に反感を覚えずにはいられなかったのだ。
きっとこうやって、他人には理解不能なことで熱くなってしまう所が彼女に似ているのかもしれない。
私は彼女の中に自分を見てしまったのだろう。胸の中の親近感もそれゆえに違いない
 
 
そんな風に考えながら私はその場を後にする
呟いた言葉はその場に残留することもなく、夜風に吹かれて霧散してしいった