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通訳/残留


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わたしがまだ小さかかったころ、友だちとみんなでおままごとをしていました。
借り物、偽物、作り物。
そんなちっちゃな料理道具で遊ぶ事は、
小さなわたしにはとても退屈に感じます。
なめらかなプラスチックの黄色い果物をもてあそんでいたわたしは、
ほどなくしてお気に入りのその玩具を手に、友だちの輪からはずれていきました。
手のひらにほおを乗せてぼんやりとしていると先生がやってきて、

そのころは面白くてたまらなかった、

友だちや先生の観察をしているわたしを抱きしめたのを記憶しています。

寂しかったでしょう?と先生は言いました。
わたしはそんなわけのわからない言葉なんかより
お腹のなかがゾワゾワしだしたのが気になって、先生の手から急いで抜け出しました。
―――みんなには先生が言っておくから、もう寂しがる必要はないのよ? 
ほほえみながら先生は口にします。
わたしはその言葉の意味もわかりません。
だって彼女は、心の中とはぜんぜん違う事を言っていたのですから。 
  ・
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―――随分と昔のことを夢見ていた・・・・・・
朝、目が覚めて第一に、私はそんな事を思った。
ベッドの中。
敷布団とマットレスの狭間は暖かくてとても快適で、攻撃的とさえ思える外気に体をさ曝すことは全く無意味な事のように思えた。
なのに、なんで自分はここから出ないといけない、なんて思っているのだろう?
外の寒さに触れるのは辛いし、ずっとそうやっていれば気持も萎えてくるはずなのに。
こうやって温かい中でウトウトと、夢と現実の間を行き来してるのが一番幸福なはずなのに。
そんな考えから、私は羽毛の掛け布団を引きよせると、シーツとの間をピタッと塞ぎ外気を完全に遮断した。
先ほどまで僅かに感じていた外の冷気が完全に締め出される。
それが何故だか、妙に嬉しくワクワクすることのように思えて、興が乗ってきた私は自分の全身を丸めてみた。
布団の中、ベッド上の閉ざされた空間で、胎児のように。
伸ばしていた脚を上半身のほうに持ってきて折り曲げる。ふとももを胸の方に、膝を顎の方に思いっきり引きよせ、それらを両の腕で抱きしめた。
背中も、足を包みこむようにして弧を描かせる。
全身がコンパクトに丸まった生後200ヵ月前後の胎児が完成した。
 
そんな体勢を続けること、およそ1分。
今日も学校があるのだと私は思い出した。
 
「――――うっんっ・・・・・」
手足を元の位置にほどいて体を起こすと、寝起きの髪がバラバラと顔にかかってきた。
掛け布団の上に腕を乗せて、視線はブラブラとベッドの範囲内を彷徨う。
5秒経過。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
パタリ、と言う軽い音と一緒に私は、ベッドの上に再び身を沈めた。
あと5分くらいまどろんだら、起きようと思う。
布団のなかに潜っていると、起きたばかりの先程には意識していなかった音が耳に入ってきた。
遠くの方で車が行きかうゴオゴオという空気の振動や、この寒いのにも関わらず元気に鳴き交わす鳥のさえずり。
それらを羽毛の布団の中で聞いていると、先程まで見ていた夢の内容が思い出される。
随分と、昔の事を夢見ていた物だった。
記憶も定かでないほど昔の事だ。
 
当時、保育園に通っていた私は、一人で遊ぶのが好きだった。
おままごとやごっこ遊びみたいな、皆がするような遊びは、その頃から人の心が読めた私にとって、まるで興味をそそられない物に映った。
それよりも私は、いろんな人の心を読みつつ行動を観察する、という遊びを良くやっていた。
思えば今の自分が、人の心の複雑さを好きになれないのとは対照的だった気もする。
同じ園児の子たちや先生。それから保育園の外と内を区切る、黄色いペンキで塗られた柵の向こうの道を歩く、いろんな人たち。
その種種雑多な感情と、そこから生じるいろんな反応は、ただ見ているだけでも本当に面白い遊びに思えた。
ある日、私がそうやっていると先生がやってきた。
先生は「大丈夫?仲間外れにされたのね?」と言って私を優しく抱きしめる。
抱きしめながらも彼女は、心の中で『寂しかったでしょう?』と言っていた。
その、私の感情を決めつけるような心の言葉に、私は言い知れぬ反感を覚えた。
―― 人を見る遊びはこんなに楽しいのに、なんで先生はそんな事を言うんだろう?
―――寂しいって一体何が寂しいって言うんだろう?
そんな、わき上がった衝動に突き動かされる形で、私は先生の腕の間から逃げ出す。
先生はどこか意表を突かれたような顔をしていたけど、すぐに優しい顔でほほ笑むと
 「みんなには先生から言っておくから、もう寂しがる必要はないのよ?」
 『変な子ね・・・そんなに一人が好きなのかしら?いつも一人でいるし・・・・何考えてるのか判らないわ・・・・』
  と言ってきた。
  
私は泣きだしてしまった。
 
先生は私と違って心が読めないから、私の楽しみも気持ちもわかってくれない。
解らないで、あんな勝手な事を言って、しかもそれをはっきりとは口に出さずに、思う事とは別の事を言ってくる。
私の事をわかってくれない先生が、なんだかとても腹立たしくて
なんで先生は、思っている事と口に出すことが全く違うのか、さっぱり分からなくて
心と言動が違う理由がわからないのが、寂しくて、気に入らなくて
気がつくと大声で泣いていた。
 
私が、人間をなんとなく好きになれない、と思うようになったのはその頃からだった気がする。
別にはっきりと嫌ったり憎んでるわけではなかったけど、物心ついた頃から人の心の複雑さに反感を抱くことは度々あった。
ただ、それはあくまで一時の感情の変化に過ぎず、逆にそういった側面に好感を抱くことだって無くはなかった。
けれど、意識して『自分は複雑な所が好きになれない』と思うようになったのは、間違いなくその頃からだ。
 
・・・・・・そろそろ五分たった筈なので、起きあがることとする。
目を開いて上体を起こすと、閉じられたカーテンが薄く光っているのが見えた。
しばらくそうやってぼんやりと過ごし、やがて私はベッドから足をおろした。
あまり飾り気のない簡素なデザインの部屋を、同様に簡素なデザインの寝衣に包まれて横切り、ドアノブをまわして廊下に出る。
廊下は私の部屋を最奥として、右に窓、左に幾枚かの扉を抱えながら一階に降りる階段に至っている。
一歩踏み出すごとに裸足の地肌に、氷で出来ているのかと錯覚するほど冷たいフローリングの床が接触する。
そんななか、私は理由もなく左に並ぶ扉の内の一つを開けていた。扉の向こう側はトイレだったが、自分でも何故開けたのかよく分からない。
まだまだ意識が覚醒しきっていない事を自覚しながら、私はシャワーを浴びることに決めた。
冬なので、一歩間違うと風邪をひいてしまうから、外へ出る頃にはしっかりと乾いて火照りも収まっていなければいけない。
つまりは出来るだけ早くすませないといけないから、時間との勝負である。