「うーっすー、我が親愛なる男くんよー」
「おー、なんだよ?我が友男友ー」
一時間目が終わり、その日最初の休み時間を迎えた教室。
小一時間の拘束から開放された生徒達は、止めていた息を再開するかのように、自由な会話を交わしている。
ざわめきに包まれて静寂からくる鋭敏さを失った空間。
その前方、教壇脇に設置された業務用ストーブは、今年一番の冷え込みからか、周囲に人垣をこしらえていた。
ストーブから四方に吹き出される熱風を、出来るだけ受け取ろうと両手を差し出すクラスメイト。
その中で他に倣い手を暖めていた通訳の耳に、すぐ後ろの席での会話のやりとりが入ってくる。
振り返り視線を送ると、男の席にやってきた男友が、無人の椅子を引っ張ってきているのが見えた。
「・・・ょいと席借りるよん♪え?あ、うん・・・米・・・もち米?」
通訳からは少し離れた位置でストーブに当たる椅子の主。
そちらに許可を取った男友は、通常とは反対の向きで座り、椅子の背に腕を乗せて体を預けた。
「シュールめw正月はもう終わってるっつの―――で、なんだよ?」
ほほえましげな苦笑いを浮かべながら椅子の主を一瞥した後、男は話を促す。男友はそれに応える。
「いやさ、ほら、春休みに旅行行く話あるだろ?」
「おーおー。あれな。」
「お前どこ行きたいたいよ?」
「え、、、そうだな・・・気がついたら春休みまであと一ヶ月とちょいだし・・・・・・関東圏内だよな?行くとしたら?
・・・・・・・・・・・―――箱根?とか?」
「ほお。第三新東京市かw看板でも立てに行くつもりかあ?」
「?
何言ってんの?何で温泉地に看板立てるんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・通じんか。ゆとりには」
「ああ、通じんよ。箱根がエヴァの舞台で、ブーム時に誰かが『ようこそ。第三新東京市へ』みたいな看板を勝手に立てたなんて話は。
――――――――――通じんよ。碇」
「(`・ω・´)コヤツメ」
「・・・で?行きたい場所なんて聞いてどうすんだよ?」
「うむ。温泉も良いが男よ。ときに中華はどうだ?」
「中華?」
「ああ、実はさ、さっきそこでサトリさんと会ってな。
どうやら彼女達も友達同士で、中華街行きたいなーって話になってるらしい」
「ほうほう」
「で、まあ俺達と一緒に行かないか?って話になってよ」
「そりゃ良いなw」
二人のやり取りに目をやりながら、通訳は少し前に友人のサトリが中華街の話をしていたのを思い出した。
ストーブに群がる周囲の人の息遣いを実感しつつも、『そういえば結構本気で計画してるみたいでした・・・』と、一人ボツリと呟く。
視線は、未だ男達に向けている。
「そんでよ、参加者のだいたいの人数割り出してから、大まかな予算組もうって話になってな。
女子の方はまだこれから増えるかもわからんけど、男子の方はだいたい確定してるだろ?
んで、男子の方だけ先に俺が調べとくって話になったんだよ。」
「ふーん。えーっと、参加するのって確か俺とお前と・・・・・・」
「猫耳とショタの奴もな。都市伝説の野郎もギリギリ参加できそうだ」
「ん?『ギリギリ』?」
「受験だよ受験。野郎、、、国公立入るとか言って俺達裏新ジャンルの血の団結を汚しやがった・・・・・・しかも最終的に受かったのMARCHクラスじゃねーかよ」
「都市伝説って俺らの一こ上だったのか・・・てっきり同じ学年だと思ってた
―――――――――どこ受かったんだ?」
「國學院。奴め。天皇と友だちにでもなるつもりかあ?」
「そりゃ学習院だ。で?あと誰だっけ?」
「あとは・・・友だろ。それから・・・」
「別人だったのか」
「なんか言ったか?」
「『別に』って言ったんだよ」
「そうか。ん、あれ?・・・・・まあ良いか。
あ、と、は、だな。山田と富士見と――――マイケルは胸やけするからなあ・・・・・・バーベキューのスペシャルメニューには適さねえ」
「スペシャルメニュー!?っていうか待てっ。喰 っ た の か ?」
「一回だけな。興味本位で肉食さんにかじらせてもらった。」
「おまえ・・・っ、、それはさあ・・・・っ、、」
「るせーっ、お前、ガキの頃鼻くそ食ってたろ?それと同じだッつの。鼻くそも人間の体の一部だろがッ」
「知らねー知らねー・・・っていうかマイケルは鼻くそかよ・・・それなんてイジメ?
ともかく可哀そうだから入れてあげなさい」
「ほいほい。
後はえーっと、、、『俺』さんだろ?それから――――」
男友は指を折りながら参加者を数えていく。
通訳はその姿をぼんやりと見つめている。
彼女の視界には、クラス全体の景色が男友達に焦点を合わせた形で写っていた。
空に溶け去ってしまった記憶を再生成するべく、天井と壁の境目の方向を見つめる男友。
その姿を生暖かい表情で見守りつつ、友人が名前を挙げるその折々に、冗談めいた言葉をはさむ男。
彼等の背後では、休み時間の教室が動いている。
束の間の解放を楽しむべく教室から出ていく影。親しい者の所へ雑談の為に歩み寄る影。その他、人影は、10分間の休みを思い思いに動いている。
と、通訳の視界に見知った人影が写った。
人影はどうやら、いったん外へ出ていたのが教室へと戻ってきて、たった今、教室後方の引き戸式の扉をくぐり抜けた様だった。
通訳の視界の焦点は、そちらに合わせられる。
――――廊下から教室へ帰ってきた同僚は、自身の席へと向かっていた。
「―――と、あとは裏新ジャンル連中、か。これで全部・・・――――――じゃないな。
ほら。お前が参加させたがってた奴いたよな?なんだっけ?お前と小学校から友達だったって奴。
そいつ入れて全部だな。」
指が三本たっている右手を軽く振りながら、男友がそんな風に言う。
男はその言葉を受けて、ほんの少し体をよじった。教室の後ろの方にある同僚の机。
そちらへ視線を送ろうとした男であったが、偶然にも外から戻ってきて席に着いた同僚と目が合ってしまう。
通訳の視界の中、男と同僚は数瞬見つめ合っていた。
その表情は、どちらも伺いしれない。いや、むしろ、様々な感情が混ざりすぎていて解らないという方が正しかった。
目を交わす二人と、それを傍から見る通訳。
数瞬は、まるで永劫のようでいて、やっぱりそれは数瞬に過ぎない。
十秒程の会話の空白には、餌を置かれればすぐさま食いついてしまう駄犬のように、教室のざわめきが割り込んできた。
やがて、無表情な奇妙な貌で、男は目を閉じる。そして体を元の位置に戻すと友人に告げた。
「いや。あいつは、いいってさ。参加、しないって。」
口調は別段いつもと変わらない。万人が親しみやすい男という人間そのものの喋り方だった。
そんな男の言葉、そして口調を聞いた通訳の顔には、苦しそうな表情が広がる。耐えられないといった様子で、彼女は口に手を当てた。
通訳はストーブに群がる人たちに軽く断りを入れつつ、焦りを感じさせる足取りで人垣をかき分け、その場から去っていった。
「なになにwwwwwどしたー?ケンカでもしたってかあ?」
「まあ、そんな所、だな。」
「あっ、あっ、あー、、もしかしてあれかwwwwww?獲られた?寝とられたか?」
「は?なにが?」
「お前を愛する新ジャンルのどなたかを奪われっちまったか?って言ってんだよっ。
かあーーっ!一人くらい良いじゃねーか。
ケチだねっ、欲深だねっ、心が狭いねえっ。
『俺を愛する女はすべて俺のモンだ。一人たりとも与えはせん。女が欲しけりゃスイーツ(笑)でも食ってろwグズが』ってかあ?」
「あのなー(^ω^; )
なんつーアホな事言ってんだよwっつーかなんかイロイロ混ざったセリフだな今の『俺を愛する~』ってw」
「うるせーよ、このブルジョアジーがっ。
レッドでレフトでイーストでプレ90年代的なプロレタリアの裁き、受けやあがれい!!」
「うわっ、ちょっ、やめっ、、、、やめろ!やめろって―――」
出来る限りその場から遠く離れようと、教室の外へ出た通訳。
冷え込みの厳しい日と言う事もあり、廊下は人の気配が希薄である。
窓の外側では枯れ枝の葉っぱが、憎らしいほどの青空を背景にして木枯らしに揺れていた。
そんな空間を進む通訳の耳には、男と男友の会話が教室のざわめきに混ざって、追いかけるようにして届いていた。
◇
冷静で論理的な思考は良い。
余分な感情を廃した上で物事をシステマティックかつオブジェクティブに考察すれば、まず間違いのない結論が得られる。
という物の考え方が、素直クールが信仰する思考の形態であった。
感情的になり自己を見失った中での行動は、大抵は酷い結果をもたらす。
そのうえ、後になって思い出すと悶えるほど恥ずかしい行動だった、という事が往々にしてあるのだ。
だとすれば何事においても、熱くなる自分を出来うる限り抑制し、論理と客観を頼りにするのがベストだ。
そうすればそれが、どれほど素直な行動であっても、全て許され受け入れられるはずである。
だというのに。
だというのに、その道理が分からない人間がこの世の中には実に多い。
それだけなら彼女にとってもまだ良かったかもしれない。
だが、時折、出会うのだ。
彼女が信じる道理。それが『分からない』のではなく、
わざわざ、その、真逆の地平へ突き進もうとする人間に。
・
・
・
・
・
「と、言うわけで校長の所へ連れて行けっ。クール」
「なぜ案内しなくてはいけない。訳がわからない。説明しろ。ヒート」
昼休みの校内。
階段とトイレの入り口に挟まれた廊下の一空間で、素直クールはため息をつくようにして答えた。
「だーーーーーーーーーかーーーーーーーーらーーーーーーーーっっ!!!
何度も説明してるだろおがああーーーー!!!」
・・・・・・訳がわからない。
もう何度目となるかもわからない受け答えの反復のなかで、彼女。
クール・アズ・キュークにして眼鏡が冴える彼女。
素直クールと呼ばれる彼女が導き出した答えがそれだった。
目の前では全身から暑苦しい雰囲気を発散する女子生徒が野獣のように猛っている。
素直ヒートと呼ばれ、素直クールとは対極にあると自他共に認めるこの女子生徒は、ただいまギリギリと歯軋り真っ最中であった。
この日は、全国的に今年一番の冷え込みという事もあり、いつもより人のまばらな廊下は凍えるような寒さである。
にも関わらず、素直ヒートが近くに居ると何故だか、それが気にならなくなる。彼女は間違いなく、周囲の人間の体感温度を上昇させていた。
いや、実際に温度が上昇しているのかもしれない。何故ならクールは、ヒートの体からうっすらと、ほんの一瞬ではあったが、湯気が立つのを目撃したからだ。
そんな温暖化的に言うと、この上無く地球に厳しい素直クールの『対極』。
それが、前日の掃除当番の忘れ物を取りに、校長室へ向かうクールに突っかかってきたのが、つい五分前。
廊下を足取り穏やかに、食後の軽い運動も兼ねて進む素直クールの元へ、周囲の空気をよどませてやってきた。
「もう一度言う。な ん で 校 長 な ん だ ?
その理由を分かりやすく説明してほしい。」
あくまで冷静沈着に。何度目かの同じ台詞。
具体的には『4度目の、ヒートの要求に対する理由の提示』を、クールは落ち着いた口調で求める。
「うおおおおおーーーー!!じゃあもう一回言うぞ!!あと一回だけだかんな!!?
いいかっ?――――― そ れ が 一 番 良 い か ら や る ん だ ! !男 の た め だ !!!」
それに対する『対極』の答えは、思いっきり重要な部分が抜け落ちた、ちぐはぐな返答である。
クールは、やっぱり沈着冷静に、ため息をつく。ため息さえも論理的かつ客観的な思考の果てに行われるのが素直クール、という少女のあり方である。
ヒートは、そんな彼女のため息を目ざとくも見つけ、『うああああああ!!何故わからんっっ!!』とかなんとか叫んで頭を抱えた。
クールの冴えた思考の中に『うるさいな。周りのクラスに迷惑・・・いや、だが今は昼休みか。ならあれくらいは』なんて雑念が、あぶくのように湧いて消える。
そう。万事が万事この調子であった。
クールとヒートはの出会いはこの学園で。たまたま同じ人間を好いてしまった事に始まる。
冷静沈着と熱血直情という違いはあれど、素直という点で二人は似通っていた。
そのためライバルが居ると知ってもお互い身を引く事はなく、現在まである種の恋敵の状態を継続している。
とはいえそれで、醜い骨肉の紛争地帯が出来上がったかと言えばそうでもなく、あくまで軋轢は二人の想い人に関することだけであった。
もともと性格が正反対ということもあり、想い人である『男』がらみ以外で彼女達が出会う事は稀だったのだ。
かたやクール。かたやヒート。
趣味も思考も在り方もなにもかもが違うために、生活圏がまるで重ならない。
そのためか、たまの男を巡るアレヤコレヤにおいては、二人の意思が十分に疎通しないことが少なくなかった。
ヒートが自分の事をどう思っているのか、素直クールには推し量れなかったが、少なくとも彼女自身は相手の事を理解できないでいた。
男へのアタックの仕方・・・は自分も相手も割とダイレクトにやる方なので何とも言えないが、毎度毎度、あんなに激しく言い寄られたのでは男の方も五月蝿くて仕方が無いはずだ。
自分のように要件を聞き取りやすく物静かに伝えるやり方なら、相手もしっかりと一つずつ理解してくれる。
だというのに、ただただ愛を『叫ぶ』だけのヒートのやり方では『男を好きだ』と言う事は伝わっても、それしか伝わらない。
もっといろんな言葉を絡めれば効果的なはずなのに。とクールは考えていた。
目の前では尚もヒートが説明を続けているが、その内容は整然としておらず、意味不明な単語が放たれるばかりである。
時折、内容だけでなく言葉そのものが不明瞭になったりもする。
「ともかくっ、お前は校長のところへ連れて行けばいいんだっ!」
――――――ヒートはがなるように言って、要領を得ない説明を締めくくる。
「そうだ。ヒートの言うとおりだ。あとは私が全部やるからよ。ともかくあんた、早く校長の所へ連れてってくれ。」
――――――先ほどまで、黙ってヒートの言葉に『うんうん』と相槌を加えているだけだった女子生徒が、後を受けて言う。
「いや、ロリコン。お前は駄目だ。」
――――――その言葉に対して、つい先ほど彼女達の騒乱に加わったばかりの、この学園の女教頭が簡潔明瞭に釘を刺す。
・・・・・・・・・・・・素直クールは頭を抱える。
ヒートだけでも何を言っているのか訳が分からないというのに、この状況はややこしい事この上なかった。
――――いったん・・・整理しよう・・・
自分を落ち着かせる意味合いも兼ねて、素直クールは現在の状況に至った経緯を回想することにする。
まず、ことの始まりは、前日の清掃の時間に英単語の暗記本を、当番として割り当てられいた校長室に忘れたことからだった。
素直クールは、すぐにその事に気付いたが、その時には既に校長室は閉められたあとであった。
暗記本は教科書やノートと違い、授業に必須ではないという事もあってか、結局彼女は次の日、つまり今日、校長室へ取りに行くことにして諦めた。
そして先程、朝方あらかじめ事情を話し許可を取り付けていた素直クールは、食事を終えると席を立って校長室を目指した。
・・・・・・ここまでは良い。
問題はここからである。
低い気温のせいで、普段よりも格段に人の少ない廊下を歩く素直クールの背後から、猛然と近寄る影が二つ。
一つは、さっきまで怒鳴っていた素直ヒート。そして、もう一つは・・・・・・・
「だ、そうだ。ロリコン。お前はだめだってよ」
「そうか。私はロリコンでダメなのか・・・って『ロリコン』はお前だろおがああああああああああああああああ!!!!」
「(-A-) ・ ・ ・ ―――――――――チッ!」
ヒートを『ロリコン』と呼び、猛然と突っ込まれた少女は、舌打ちをして『やっぱ今のは無理があったか』と一人つぶやく。
すかさず脇から『それ以前に今ので無理じゃないと判断できるのか。君は』という教頭の有り難いお言葉が突っ込まれた。
ロリコン
男っぽい喋り方の彼女に対する、この通り名以上に良くそのキャラクターを表現する言葉は存在しなかった。
素直クールはあまり面識がないのでよく知らないが、このロリコン。三度の飯より『幼い少女』が好きなのだそうだ。
実際に、以前どこぞの小学校のフェンスにかじりついて鼻息を荒くしていた所を通報されて、軽い騒ぎになったという話もあるくらいだ。
なにより、幼い少女であるここの校長が彼女にしょっちゅうつけ狙われ、追いかけられるという光景が、最早日常の風景として化している。
何故校長が未成年なのかはさておき、この『ロリコン』が、何かしらの形で女子児童に執着心を抱いているのは、ほぼ間違いがないようであった。。
そんなロリコンを、素直ヒートが伴って現れた。
しかもヒートは『何か目的――彼女の言葉から察するに男に関すること――があって、ロリ校長を連れていこう』としていた。
そこからはどうも、『ロリコンがヒートを唆したのではないか』というような気配が伺える。
おそらくはロリコンは何がしかの形でヒートを利用しようとしているのではないか?
素直クールの思考は、『ロリコン』と『素直ヒート』という、異色の組み合わせに対して、そんな解釈を行った。
「とりあえず素直クール。君は私と来なさい。忘れ物は職員室の方においてあるから。」
「おや、それでは校長室には、」
「ああ。別に寄る必要は無い。」
知的で冷静な才女。
そんな言葉を体現したかのような容姿と立ち居振る舞いの教頭から、素直クールに意外な事実が告げられる。
「え!?じゃ、じゃあ私達は!?」
「というかそもそも君達は校長に会う理由がないだろう?特にロリコン。君は。」
「いや!!理由ならあるぞ!!!」「特にってなんっすか!特にって!!」
二本指で軽く眼鏡を押し上げながら、呆れるような口調で答える教頭に、すかさずヒートとロリコンが噛み付く。
が、それも教頭の、至極真っ当な意見によって静かに切り捨てられる。
「ほう?そうか。理由があるのか。なら後で許可を取りに来なさい。ともかく今は駄目だ。特にロリコン。君は。」
試立新ジャンル学園の校長は、幼い少女が勤めている。
法律的にも常識的にも有り得ない話なのだが、実際にそうなのだから仕方がない。
どこからどう見ても小学生低学年より上には見えない女の子が、この学園の校長をやっている。
もともと飼育小屋で虎を飼ったり、一部奇妙ないでたち(武士とか軍人とか幽霊とか六甲の天然水とか)の生徒がいるような学園なので、校長が少女でも誰も疑問に感じないのだ。
と、いうよりも深く突っ込んだら、負けなのだろう。と素直クールは考えていた。
とにもかくにも校長がそんなんなので、脇を固める教頭先生は、それを補って余りある、と言うよりもその為に選ばれたみたいな感じだった。
高い勤務能力に、従わずにはいられないカリスマ的性格。
冷静さと知的さを兼ね備えた美貌。
どことなく素直クールと相通じるような雰囲気の女性。
それが新ジャンル学園の現教頭にして、幼い校長を虎視眈々と狙う少女、『ロリコン』の魔手を常時防いでいる張本人であった。
ヒートとロリコンに半ば絡まれるようにして、校長室までの手引きを迫られる素直クールの元に、いつの間にかやってきて、いくらかのフォローをしてくれたのもこの教頭であった。
が、『校長室へ連れて行け』の一点張りの二人にはフォローも虚しく、結局は更に状況を錯綜させるだけに終わってしまったのが現実だった。
どれくらい錯綜しているか、というと。
「いや。いやいやいやいや、待ってください。
え、あれ?なんで駄目なんっすか?
ほら、あれですよ。あれ。なんつーかあれじゃないですか?微笑ましいと思いません?教師と生徒の温度のある触れ合いって?」
「君の意見の裏側に不純なものが無ければ、ね?」
反論するロリコンに、教頭はきらめく微笑で思いっきり皮肉に返す。
「え、不純?やだなあ。ちょっとぺr・・・いけね、じゃなくてサワs・・・もだめか。まあ軽いスキンシップをば「ええい!!なんでもいいからとっとと連れて行くんだあああああああ!!!」
痛いところを突かれたらしく、ゴニョゴニョと僅かに焦燥感を帯びた口調で答えるロリコン。
その言葉の途中に、耐え切れない、といったヒートの叫びが重なる。
「ちょっと待て。素直ヒート。君はいったいなんなんだ?何故校長に会いたいんだ?」
「男の為だ!!それ以外になにがある!!?あいつは『ぺド』?『よーじせーあい』?・・・・・・・・・なんか良く分からんがロリっ娘で喜ぶって変態なんだっ!!!」
「・・・・・・ロリコンに吹き込まれたのか・・・・・」
「人聞きが悪いですね。私は男を喜ばせるには?って聞かれたから、まあ、その、ね。ほら、小さい女の子って誰でも好きじゃないっすか。男も、女も、私も」
「君の『好き』は不純性交的な『好き』だろう・・・・・・で、二人して利害を一致させるために一緒に行動してる、というわけか・・・・・・・
しかし唐突にどうしたんだ?ヒート?
こんなのにまで(ロリコン『こ、こんなのって酷いです!!え?こんなので十分?それからブリっ娘すんな?・ ・ ・ ・ ――――ッチ』)相談するなんて。
いつもの君なら誰かに相談する前に自分で動いていそうなものだが・・・」
「ぬあああああ!!!だったら何だって言うんだ!!ともかく今の私、、、ってか男には校長が必要なんだ!!いつもの私とかは関係ないっっ!!」
「さっきからずっとこうなんです。」
相も変らぬ主張を繰り返すヒートに素直クールは、あきれ顔を隠せず教頭に告げた。
「訳がわからないな」
「ええ。こっちの聞きたい事がなんなのかを、まるで把握していない。」
「困ったな。このまま放っておくのも賢明ではないが・・・かと言って昼休みも無限に続く訳では無し・・・・」
「と、言う訳でここはいったん退いてくれないか?話は後で聞く。
二人とも午後の授業に遅れるわけにはいかないだろう?」
「っていうかなんか以心伝心って感じだなっ!!」
「?」
突然、、、、、、、今度こそ本当に脈絡的に意図不明な言葉をヒートが口走る。
その発言に、柄にもなくポカンとする素直クールだったが、それで終りではなかった。
「ああ、なんかあれだな。ヒート。私にも教頭とクールがニコイチに見えてきたぜ?」
「うむ。ツーカーと言う奴かっ」
「ツーカーwwww古いよwwwww」
「そうかっ!!だがともかくなんか二人とも大人の会話って感じだな!!」
「いや、というか君らが大人気ないの「かくなる上はっ!!ロリコン!」
「おうよ!!」
「私達もペアになって対抗するぞっ!!」
「クール系連合に対するヒート系連合っつー奴だな!私はロリ!!お前は男!!」
「燃える闘魂迷わずぶつけろ!!」
「当たって砕けて大いに結構!!」
「「どうだ!!こっちも連合したぞ!!」」
声を揃え肩を組んだヒートとロリコンは、何故か自信満々威風堂々誇らしげな表情で、ハモる。
いい加減にノリで動くのはやめてほしい。
そんな本音が素直クールの口からポロリとこぼれ落ちた。
本当に、ポロリと、意識の外で、穴のあいたポケットから鍵が落ちるようにして。
以前からそうやって気分で動くヒートが理解できないでいたが、この時ばかりはさしもの素直クールも、相手が地球外生命体クラスの未知の存在としか感じられなかった。
一瞬前まで『男の為にロリ校長に会わせろ』と言っていた人間が、今度は自らを唆した相手と肩を組んで胸を張っている。
どう考えても、思考が飛躍しているとしか思えなかった。
さっきの『ロリ校長』から、『肩組んで胸張る』の間には、どう考えても、幾らかの論理の変遷が必要なはずなのに。
いきなりポンと飛んでしまっている。
素直クールは思った。
『さて、どうしようか?もうこれ以上彼女達の心理は考えたくないのだが、そうもいかない・・・・
まずはいったん、自分自身モチベーションをあげる事に努めようか・・・・・』
誰か、素直ヒートが何を言いたいのか的確に伝えてくれる人間がいれば良いのに。
そんな思考が浮かんでくる。思い当たる人間はいないでもないが、あまり親しくもないし、ここにはいない。
ここは、教頭と協力して自分で収拾をつけるしかなかった。
が、『偶然』というのは恐ろしい物である。
素直クールが素直ヒートに捕まったのも、素直ヒートがロリ校長を捕まえたいロリコンの目に留まったのも、或いは『偶然』の成せるわざであったともいえる。
だとすれば『偶然』にしてみれば、こんなややこしい状況を生み出す事も、解消することもたやすいに違いない。
何故って、素直クールが状況を収拾できそうな人物を思い描いたのと同時に、『その人』が現れるのだから。
素直クールの目の前では、肩を組んだヒートとロリコンが、さっきよりも勢いづいてロリ校長の供給を要求していた。
さらにその背後には、廊下が遥か向こう――校舎の最奥の第二理科室――まで続いているのが見えた。
人影はまばらであったが、それでも昼休みとあってか、この寒いのにも関わらず、一番奥の方まで数えれば十人前後の生徒が廊下に出ている。
キン、と引き締まった冷気がコンクリートの壁やリノリウムの床から発散されているような空間。
窓からは快晴の空に輝く真昼の陽光が差し込み、整然と連続する四角の模様を浮かび上がらせている。
素直クールはあまり目の良い方ではなかったが、それでも光の中でチラチラとまたたく塵芥を視認していた。
そんな廊下の光景は、どこかの聖域のような静謐さを彼女に感じさせる。
その中を、こちらから遠ざかる形で進む人影は数人。
立ち止まって思い思いの行動に興じるのも数人。
そして彼女達のいる方に向かって歩いてくる数人の生徒のなかに、『事態を収拾できそうな』人物がいた。
ヒートとロリコンが肩を組んだあたりで、廊下に面する教室。その内の一つから出てきた『彼女』。
知り合いからは『通訳』の名で呼称される少女は、俯き加減で口に手を当て、やや急ぎ足でこちらに接近してきた。
それを見る素直クールの心には、僅かな期待が生まれる。
教室から出てきた少女『通訳』は素直になれない人の心や想いを代弁するのを得意としていた。
素直クールとは特に交友関係があるわけではなかったが、顔と名前とそう言った行動の傾向を知っている程度のつながりはあった。
おそらくは相手の方も自分に関してそれと同程度の知識は持ち合わせているはずだ。
あるいはこの藤や葛のようにこんがらがった状況を見て、ヒートが何故こんなにロリ校長に執着しているのか?
もっと言うと、ロリコンに唆されるくらい冷静さを失っているのは何故なのか?といった疑問を解消してくれるかもしれない。
そんな淡い期待を込めて、素直クールは通訳に視線を送った。
ややあって、あちらもそれに気づく。
次に彼女は、喚き騒ぐヒート達に目をやり、ハタと何かに気がついた表情をする。
ほんの一瞬戸惑うようにたたらを踏んでいたが、やがて音もなくヒートの背後に接近し始めた。
――――上手く行くかもしれない・・・
通訳が自らの期待したとおりに動いているのを見てとった素直クールは、そんな安堵の言葉を心中で呟いた。
視線の先では通訳が今まさにヒートの肩に手をやって、素直クール達の気持ちを代弁しようとしてくれている。このまま事が上手く運べば、きっとヒート達の通訳もしてくれるに違いない。
そう、彼女が考えたのとほぼ同時に、素直ヒートが一際大声で何事かを叫ぶ。
途端、肩を叩くべく上げられた通訳の手が、ビクリと震え、そして止まった。
その瞬間の通訳の顔には、奇妙な、恐れとも衝撃に対するショックともつかない表情が満ちていた。
・・・・・・数瞬が経過して
背後をとられていたとは夢にも思わないヒートの脇を、彼女は俯きながら過ぎていく。
それは、『通訳』の名にふさわしからぬ行動で、彼女の身体か精神のどちらかに、何か尋常ならざる事態が起こっているのだと明確に語っていた。
期待を裏切られた素直クールはしかし、そんな光景を目撃しながらも、特に何の感慨も抱かずにいた。
もとよりこれは彼女自身の問題なのだから、外部の助力は期待していない。
せいぜい感じたのは、お金を出して買った当たり付きの商品が、当たってはいなかった、といった程度の心の微動であった。
だから―――――――
「すみ・・・ません・・・」
――――ああ、そんな泣きそうな声で謝らないでくれ。
――――私は君の気持なんて分からないんだ。
――――泣きそうな声になるような状況なんて、他人の私には荷が勝ちすぎる。
素直クールは、すれ違った通訳の行く先に視線は送らなかった。
彼女には今現在進行形の問題――素直ヒートとロリコンをどうするか―――があるのだ。
通訳に何が起こったのかは気になったけど、他人に近い間柄の彼女が突っ込んだ話をするべきではない。
何もできないのだから、悪戯に思い悩むのは非効率的だった。
素直クールは、今起こった事を忘れて、この先の事に自らの労力を傾けることにした。