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通訳残留 10-②


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   ◇
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい、何でしょう?」
 
――――――――――ああ・・・やってしまった。
 
こちらを向いた通訳の心と表情に、読心クールは一瞬前の自らの行動を思いっきり後悔した。
 
通訳、サトリ、読心クールは読心仲間である。
三人は『人の心が読める』という共通点から交友関係が発展した仲で、ここに、心は読めないが気の合う友人数人を加えた一つの仲良しグループを形成していた。
そんな仲良しグループで、中華街へ行こうか行くまいかといった話が、二日前、バレンタインのチョコ造り目的で集まった際に持ちあがった。
その時点ではまだ、『計画』というよりむしろ、行くならどうしたい?等といった『願望』に近い状態であった。
だが、話はこの二日間で急激に具体性を帯びていった。
読心クールも詳しい話はつい先ほど、サトリから告げられたばかりである。
なんでも春休みに旅行を計画していた別のグループと合同で、中華街巡りを含む神奈川旅行を行おうという運びになったらしい。
いつになく高い行動力を示す友人に内心舌を巻きながらも、その旨を通訳に伝える事を彼女は約束した。
クラスが同じサトリの方が伝えるのには適任であったが、たまたま本人は席を外していたのと、計画の発案者としてこれから忙しくなる関係で読心クールが伝令役を買って出たのである。
 
そんなこんなでブラブラと散歩がてら――と洒落込むには、暖房の効いていない教室の外はいささか過酷な環境であった。
『まあ、散歩がてら探してくるよw』なんて安請け合いをした過去の自分に、若干苛立ちを覚えながらも通訳を探して校舎を歩きまわること数分。
2階図書室のガラス張りの扉の向こう側。その内部にやっと見つけた友人の後ろ姿。
自分と同じくらいの長髪に、実はかなりのプロポーションを、着やせする性質が隠蔽している友人の後ろ姿。
思っていたよりも早めに発見できた喜びは、あまりの寒さ故に逆に高揚しはじめていた彼女の心を、さらにハジける方向へ持っていった。
読心クールは、友人に対するスキンシップを、『背後からいきなり首を(軽く)絞めてみる』という悪戯の形で敢行することにした。
彼女達の教室があるのと同じA棟。その、正門側のはじ部屋に存在する図書室。
元気な司書さんがいて、現代建築風の明るく垢ぬけたデザインのその部屋に、忍び込むようにして侵入する。
入口近くの席に、こちらへ背を向ける形で座る友人へと忍び寄っていった。
『やあ、通訳ww』
笑いを堪えているため奇妙な抑揚となってしまった挨拶と同時に、両手で包むようにして通訳の首に触れる。
いかに心が読めるとはいえ、背後からゲリラ的にやられたのでは敵わない。
読心クールのもくろみ通り、通訳は目を白黒させていた。悪戯が成功しても表情には決して出さなかったが、欣喜雀躍とする読心クール。
が、こちらを振り向いた通訳の精神状態は、浮ついた彼女の心を瞬時に萎ませてしまった。
 
「あの・・・そんなに気に病まれなくても・・・・・・これはこれでしょうがないと私も思いますよ?」
「いや、、、その、出来ればそっとしておいてくれると嬉しい。今は何も言わないでくれると・・・なんだか自分が猛烈に恥ずかしくて、ね。」
両手で顔を覆いながら、読心クールはそう答えた。
現在彼女は、曲線だけで構成された、滑らかな手触りの机に両肘をついて席についている。
その友人はというと、ひざの上に両手を乗せる形で行儀よく椅子につき、机の向かい側で友人が立ち直るのを律儀にも待ってくれている。
それから一分弱。読心クールは顔をあげた。
「なにか・・・あったみたいだね・・・・・・」
「・・・・・・・・・・ええ。」
「そうか・・・・・あまり、知られたくない、か・・・今の君の心はあまり読めないな。」
「すみません。」
これはちょっと面倒だな・・・
そんな言葉が脳裏をよぎる。
通訳は、何か人には言いたくない様な、それでいて暗く沈んだ感情を生み出すような事情を抱えている。
まさかいきなりそんな重い話に直面するなんて考えてもいなかったし、昼休みの開放感も相まって、ついさっきまではかなり軽やかな気分だった読心クールには、いささか難しい案件だった。
かといってこの状況をほっぽり出すのも友人としていかがなものか?薄情になるのではないか?と言った思考も存在する。
まさに板挟みといった状態であった。
しかもそんな感情も、心の読める通訳には悟られてしまっている。
結局、読心クールは・・・
「ま、つまりはそういうことだ。私も薄情者になるのはごめんだからねw
話すだけ話したらどうだい?以外とすっきりする・・・かもよ?」
『すっきりする』と言った後で慌てて『かもよ?』と続ける。
断言しておいて、後で通訳の気がちっとも晴れなかったら問題だろうし、なにより彼女自身、話せばスッキリするかどうかなんて本当のところはわからなかった。
ともかく何かを言わないといけない、という思考のどん詰まりが言葉になっただけだったのだから。
「・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・(私・・・もう・・・・・・通訳を出来ないかも知れません)」
数秒の沈黙。その後、通訳は心の中で語り出した。
とつとつとした心の声に、読心クールは耳を傾ける。
(・・・・・・・・・・・・さっき、素直クールさんと素直ヒートさんが話をしてる所に出くわしました・・・・・)
(ああ―――その、なんだ?彼女達の事だ。また水と油みたいになってたんだろうねwww)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
(・・・・・・・・・・・・・・水と油と言うか、北風と太陽と言うか、、、、あ、いや、なんでもない・・・続けてくれ・・・・)
読心クールは通訳に合わせて、自らも心の声に切り替える。図書室と言う場所の都合上、こちらの方が良かった。
場を和ませようと彼女は軽口を叩きながら受け答えをしようとしたが、その目論見はすぐに挫折してしまう。
今の通訳は、それが逆効果になってしまう程に沈んでいたのだ。
(ヒートさん・・・気づいていたんです・・・・・男さんが傷ついてるのを・・・・・・)
(傷ついてる?)
(・・・・・・・・・はい・・・・その―――同僚君と・・・・)
(ああ、なるほど。十年来の友人と決別した。か。)
(はい。男さん、表面上は全然おかしくないんです。
 周りの皆も・・・誰も何かが起こったかなんて気付いてない・・・・)
(ふむふむ)
(でも、ヒートさんだけは直感的にですけれど、気づいていました。だから、どうにかして男さんを元気づけようとしていたんだと思います・・・・)
(・・・・・・・・)
(それで普段は相談しない様なロリコンさんにまで相談して・・・それで、ロリコンさんは校長先生に元気づけてもらおうって提案したみたいです。
 ロリコンさん。男さんが元気になったら、校長先生と一緒にっていう考えもあったらしくて・・・それで・・・・・)
(・・・・・・・・)
(ヒートさん・・・真剣でした・・・・いつもいつも男さんにアタックしてますけど、それじゃあ・・・そんないつもと同じやり方じゃ、男さんを直せないって理解してました・・・・
 どうしたら良いか解らなくても、とにかく何かしなくちゃいけないと思っていて・・・・・・
 必死になってロリコンさんの提案を実行しようと、素直クールさんに校長室までの手引をお願いしてました・・・・)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか)
(私・・・こんなこと初めてでっ・・・自分が強い想いを抱いて初めてっ・・・・・・皆、必死なんだって・・・初めて知ったんです)
(?)
(今までは、なんとなく、皆さんの通訳をしてきました。
 いろいろな事情があって、伝えたくても伝えられない想いを心に感じる度に、通訳をしてきました。
 伝えたがってるんだから、伝えた方が良い。単純に、そう考えていたんです。
 けど、生まれて初めて私自身、強い想いを持って分かったんです・・・・・・さっき、ヒートさんの心を読んだときに気付いてしまったんです。
 皆、私が通訳してきた人たちは・・・・・・・・・・・・・・本当に必死だった・・・・・
 今、私が抱えているような想いで、血が凍えそうな感覚にさらされながら、心を伝えようとしてきた・・・
 それを、横から勝手に通訳してきた私は、その人の想いを踏みにじっていたんじゃないかって・・・・・・そう・・・思うんです・・・)
(・・・・・・・・・・その・・・いや・・・まあ、)
(もしもそうなら、もう、誰かの心なんて伝えない方が良いんじゃないのでしょうか?
その人の真摯さも真剣さも踏みにじるくらいなら・・・私がその想いを仲介するなんて事は、やめるべきなんでしょうか?)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・)
(―――――――――)
 
『通訳』をやめるなら、これから私達は君の事をなんて呼べばいいんだい?
通訳が、語ると決めた部分を語り終えた後にやって来た沈黙の中で、そんな言葉が読心クールの頭に浮かぶ。
ダメだった。
気持ちの在り方に、違いがありすぎた。
結局は、荷が勝ちすぎた、という話である。
今の読心クールには、通訳の人生に関わるような深い懊悩を、受け止め、解釈し、相応しい答えでもって返す程のキャパシティが存在しなかった。
あまりに重すぎる話題を振られてしまい、途中から彼女は友人の独白についていけなくなってしまったのだ。
その結果、沈黙の中で、冴えた返答が浮かばず、代わりにアメリカンジョークの出来そこないのような思考が顔を出したのである。
さらに悪い事には、お互いに心を隠すことが難しい、という特性の存在。
以上の思考は全て、通訳にも知る所となっていた。
「すみません・・・急にこんなこと言われても、困るだけですよね・・・・」
「ん、んぐ・・・」
そんな言葉とともに、通訳は席を立つ。読心クールは気の利いた言葉が言えず、喉が詰まったような声を出した。
「それでは、もう授業も始まるので・・・また後で・・・」
そう言って通訳は机から離れる。が、その、刹那。
「通訳」
「は、はいっ。」
「その・・・・・・なんだ?何か困った事があったら遠慮せずに相談してくれ。
 私達は・・・ほら、あれだ。その、『友達』というやつ―――だからな。」
席を立った通訳が、読心クールの脇を通り過ぎる中での会話だった。
読心クールは、友人の方を振り向かずに、ただそれだけを言う。
彼女にしてみれば、きっとそれが、唯一出来る助言のような物だったのだろう。
あまりに思いつめた様子の友人から、ほんの僅かでも重荷を取り払えたら、という趣旨の。微かな手助け。
やたらと首を突っ込むよりは、今はすこし距離を置いて様子を見るべきだとクールに決めた中での。万一の場合に備えた予防線。
彼女の背後から小さな『はい』という声が返り、そこにコフコフという図書室を歩く足音が続く。
足音は途中にガラス戸を開閉する音を挟んだ後、リノリウムとゴム底がすれ合うギュッギュッと言った物に変わった。
そんな音も、この図書室の洗練された感のある機能美を備えられた扉が閉じると同時に、聞こえなくなる。
 
読心クールは一人、椅子に座って伸びをした。
席に着いてから大して時間は経っていない筈なのに、妙に体が凝り固まっている。
足をピンっと伸ばすと、ボク、という音が関節から聞こえた。
――――ああ、そう言えば・・・
不意に、彼女は思い出す。
―――――まだお昼を食べてなかったか・・・
もうあまり昼休みの時間は残っていないが、その短い中で食べるのか?それとも別の時間まで待つのか?
お弁当は今日は作ってきたっけか?
彼女の思考は、そんな種種雑多なお昼の悩みに席捲されていった。
 
   ◇
 【12:40】
恒例となった着信履歴の削除を行う。
メリーの奴、この間までガン無視してたから涙目になってやがった。
一瞬胸が痛んだが関係ない。こっちは受験で忙しかったんだ。他人の都合に合わせて人生を捨てる程馬鹿じゃない。
 【12:55】
トイレに行って小便をすませる。
帰りぎわ、手を洗おうとしたら洗面所の鏡に俺の顔が映らない。代わりに見たこともない古ぼけた部屋と扉が写ってやがった。
そのまま見続けていると、鏡の中の扉を開いて和服におかっぱの幼児が現れる。
鏡越しに俺の手をつかもうとしてくるので、逆にこっち側に引っ張りこんでやった。腹も立ったのでゲンコを一発くれてやる。
子供をイジメるな、だって?
ざけんな。近頃のガキはしつけがなってないんだ。
見ろ。見ず知らずの人間を鏡の中に引きずり込もうとするなんて。普通やるか?やらないだろ?
だからこうやって幼い内にはっきりと解らせてやるべきなんだ。大人になってからじゃ手遅れだっつーの。
は?モンペ(注・モンスターペアレンツ。空を飛ばないものだけを指す)?
怖くねえから。
 【13:00】
授業開始まであと五分。
トイレを後にし教室へ戻ろうとすると、廊下の向こうから見知らぬ女子生徒がやってくる。
明らかにこちらを目指しているようなので、教室へ向かう足を止める。
女子は、何故か知らん。物凄い形相でこちらを見据えていた。
―――怖えな。
柄にもなくそんな考えが頭に浮かぶ。まあ、それくらい女の目つきは鋭かったって話だ。
それにしても上履きの色を見るに、どうも3年ではないようだ。
はて。他学年の女子に知り合いはいなかったはずだが?
     ・
      ・
      ・
 ・
 ・
鴉の濡れ羽色をした美しい黒髪よりも。
背の高さと言い全体のバランスと言い、俺がモデルか芸能事務所のスカウトマンなら絶対に放っておかないであろう抜群のプロポーションよりも。
 
何より印象的なのは女の全身から放たれる異様なまでの、『殺気』。
 
四方八方睨み猫、直死歪曲魔眼に邪眼、或いは仁王か明王か。
鋭い視線もさることながら、真一文字に結んだ唇、キッと寄せるは柳眉。
端麗な顔立ちも艶美な肢体も畢竟女のオーラ発生装置に他ならない。
そこらを漂う浮遊霊が、女の体から立ち昇るオーラのようなモノに触れた次の瞬間、チリ一つ残さず滅却された。
いや、気のせいだ。浮遊霊だと?バカバカしい。あれはプラズマだ。プラズマが女の体に触れた瞬間に消えたのだ。
しかも気がつくとやけに静かだ。見ると廊下には俺と女を除いて人っ子一人いない。
まあ時間も時間だし皆自分のクラスに戻ったのだろう。殊勝なことだ。受験が終わってない奴もいるしな。
ただ、今さっき俺の背後で、ヘナヘナと崩れ落ちた強面の体育教師がどこへ行ったのかが疑問だ。
インフルエンザの時期だし気になっていたのだが・・・
立ち去る元気があるのなら、一介の生徒が気にする程のことでも無かったのかもしれない。
 
俺と女を除いて誰もいなくなった廊下は、水を打ったように静かだった。
ふと窓の外に目をやると、先程まで五月蝿くさえずっていたはずのハクセキレイが、いつの間にか消えていた。なるほど静かなわけだ。
そのせいか、もとから冷やりと冬らしく張りつめていた空気が、今は刺すような刺激を伴って感じられる。
あんまり他に感じる物もないんで寒暖の感覚だけが強調されちまったようだ。
キリキリとした冷気は、顔や手の露出部はおろか服や髪さえも透過して、全身の地肌を冷却している。
それは最早【寒さ】ではなく【痛さ】に近い。俺は、チリチリと全身が泡立つような感覚に覆われていた。 
こんな体験はあれだ。
ガキの時分にスキー場で親とはぐれた時以来じゃなかろうか。
あの時は見知らぬお姉さんについて行っのがまずかった。
自分で山を降りたから良い様なものの、顔半分がザクロのように割れたメイクをした上に、子供をスキー場の禁止区域に連れ込むとは尋常ではない。
これだからスキーなんていうバブルの権化みたいなスポーツは嫌いなんだ。
別にスキーヤーを貶めるつもりはないが、スキー場のDQN率が高いのはそんな俺の実体験からも明らかだ。
スキーというブランド目当てのファッション感覚でDQNが集まり、競技としてスキーを汚してしまったのだろう。
まともなスキーヤーの方々にはそれだけメジャーなスポーツになったのだ、とプラスに考えて諦めてもらうしかない。
まったく。バックパッカーの見つけた楽園と言いオタクが拓いた電気街と言い・・・・マスコミに目をつけられるとロクなことにならないな。
 
 
おや?いつの間にかスキーの話になってしまった。いかんな。貴重な時間を無駄な思考に割いてしまった。やれやれ。
それというのも目の前も殺気女がぐだぐだとしてるからだ。
何が目的だ?そんな目つきで見やがって。失礼だってわかんねーのか?女だからって図に乗ってんのか?
俺は何時までも要件を述べずにこちらを睨みつけるだけの女に、若干の苛立ちを覚え始める。
しょうがないのでこちらから話を促してやろうかと考えていると、女が僅かに身をたじろがせた。
なんだ?何をする?やんのか?
――――ん?
ふと。ここで初めて気がつく。
女は、バナナが描かれたスケッチブックを持っていた。
陰影を強調した高いデッサン力に、黄系の色の見事な調和。
この女が描いたのか、別の誰かが描いたのか知らんが、俺が美術部顧問なら絶対に放っておかないだろう出来だ。
どっかの画展に出したら、ひょっとするとひょっとするかも知れない。
ともかく女は、バナナの絵を掲げてなにか云いたそうにしていた。
上目づかいに殺気を帯びた視線を、チラチラとこちらに向けてくる。そのたびにチリチリとしたモノを肌に感じた。
時折口を開いて何か言おうとするのだが、すぐに口ごもってしまい、ゴニョゴニョという不明瞭な発音だけが俺の耳朶に届くばかりである。
相手の行動の意図がはっきりしないこの状況に、心中で次第にイライラとしたものが募り始める。
女は依然としてはっきりモノをいう気配を見せないが、こちらも寒い中で、いつまでも付き合える程暇ではない。
そんな俺の心を知ってか知らずか、女は片手で神経質に、自身の髪をいじくりまわしている。
ややあって見られている事に気が付いたのか、ハッとして長く艶やかな髪に絡ませていた指を離した。どうやら無意識のうちの行動だったようだ。
そう言えば・・・・・・
 『髪の長い女は性欲を持て余している』という都市伝説が頭に浮かんだ。
ばかばかしい取るに足らない噂話だったが、『もじもじとする美少女』というファクター。
さらには彼女が掲げるバナナの絵、というのは、なんとなく性的な印象を抱かせる。気もする。
これはつまりその、あれ・・・なのだろうか?まさかとは思うが彼女は俺を逆ナンしているのだろうか?
それも、AとかBとかすッ飛ばしちゃってベッドへ直行したいタイプなのか?
そうは見えないが、とんでもない淫乱さんなのか?
見た感じどちらかと言うと、そっちとは正反対な気もするが、その正反対というのも実はメディアによって操作された俺のイドラが生み出した幻影に過ぎず本当はやっぱりああいうタイプがあれであれなあれなのか?
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや。
アホな妄想はやめよう。いい加減、エロ漫画の読みすぎかもしれん。
エロ関係の創作物ってのはことごとく論理的展開を無視している。どうも知らないうちに思考を毒されていたようだ。
いかんな。
『早朝。さわやかな日差しの下、うら若い娘がパンをくわえて慌てて走る。曲がり角で少年とぶつかり、勢いあまって合体』
なんて話が平然と出てくるフィクションと現実をごっちゃにするとは。
どう考えても正常ではない。
実際目の前の殺気女はそんな性に乱れたな人間には見えない・・・いや、だが待てっ。清純であるからこそエロ漫画的に言えばよりいっそう・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Σ(゜д゜ )ハッ
―――――――うおおおおっ、、、!畜生っ!!毒されているっっ!!!
良し。決めた。帰ったらAV・エロ漫画・エロ小説は全て捨てよう。半端にストーリーがあるからいけないんだ。
これからはグラビアを使用する事にする。
 
殺気女が何時までも要件を話そうとしないので、俺の思考もあさっての方向へ飛んでしまいがちだった。
女からは依然として殺気が放たれている。
空気は今やビリビリと震え、遠くの教室の入り口付近には不用意にトイレに立ってしまった生徒が一人。殺気に当てられて倒れている。
このままでは風邪を引いてしまうだろうから、あとで起こしてやろう。
そんな風に殺気女の向こう側へ視線をやっていると、倒れた生徒の脇を別の女子生徒が一人、足早に通過しようとているのに気がつく。
何時の間にこの階に現れたのか、殺気女と同じくらい綺麗な長髪をした彼女は、うつむきながら廊下をこちら側に向かって歩いている。
倒れた生徒にも、俺達の存在にも全く気づいていないようで、尚且つ存在感が希薄であるために、こちら側も一瞬前までは彼女を認識できないでいた。
お互いがお互いを認識できないなんて、彼女は俺達とは別の世界の存在なのかもしれない。
通常は隣を歩いていても位相が違うために感知できない何者かが、偶然の条件の一致でその姿を現してしまったかのような・・・
・・・・・・・・・・シュールで、非常識な考えだとは思う。
だが、暗く沈んだ雰囲気をまとう彼女には、此処に有るのかも怪しい、輪郭のあやふやな『影』を連想させるものが、確かにあった。
うつむいているせいで黒髪のすだれに隠れた顔が、こちらに見えないのも大きいのだろう。
顔の見えない女、というのは、何時だって男の好奇心を誘う。
そんなわけで、俺は、なんとなく、彼女がどんな顔をしているのかが気になった。
とはいえ見ず知らずの相手の顔を下から覗き込むなんて、無作法を働くわけにも行かない。
何か上手い方法がないものかと考えあぐねていたが、偶然にも彼女の方から顔を上げてくれた。
願った瞬間に叶うとは、俺の運勢は上り調子のようだ。
 
「・・・・・・・ん?」
 どこかで見た顔である。
 思い出せん・・・いや、思い出した。今思い出した。忘れたと思ったが覚えていた。
 あのガラス玉みたいな瞳に、正確に機械で測って付けたかのような目鼻立ち。
 どこか人間らしさが希薄なその顔は、何時だったか、行きつけの古本屋で立ち読み中に来店してきた少女の物だ。
 お客に絡むのが好きな店主に、お茶をご馳走になっていた姿が印象的だったからだろうか?
 別に直接的な接触があった訳ではないので、忘れていてもおかしくはなかったのだが、意外なことに覚えていた。
 しかも少女の方も俺の顔を覚えてくれているみたいだった。
 彼女は、少し意外そうな表情をして俺のほうを見ている。
 忘れられているならば、こういう反応はありえないだろう。無反応で通り過ぎるはずだ。
 なんかこういうのって、素直に嬉しいな。
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えう、その、あの」
 
 うん?あれ?なんだ?この状態?なんで止まる?ん?
 少女は先ほど顔を上げた場所から動かない。位置的には殺気女の半歩後ろ。正確を期すならば、半歩斜め後ろ。
 殺気女は突然俺の視線が、あらぬ方向で固まるという変化に、戸惑ってるみたいだった。
 当然、後ろに目があるわけではないので、背後の少女の存在には気づかず、ただただ殺気の中に所在無げなモノをにじませるのみである。
 少女はというと、再び俯き、その場に留まり続けて動かない。
 殺気女は俺の視線の先に目を向ける、という考えが思い浮かばないほどに余裕を無くしているようだった。
 『あうあう』とか『そ、そぬ・・・・じゃなくて、えと』と言ってオロオロするのみであり。
 少女は少女で先ほどから石になったように動かず。
 俺は俺で、殺気女が喋ってくれないと反応できない。
 つまるところ、
 この場は、
 完全に、
静止していた。
 
 
――――――って待てオイ。
 
 ああ、ああ、ああ、、、、、
 畜生。なんだこれ?
 お前ら分かってんのか?俺は授業を控えてんだぜ?
 っていうかお前らも授業あんだろ?
 なんだよ?なに?
 なんか言いたい事があるんだろ?ん?殺気女もそうだし。譲ちゃん、あんただって意味もなく立ち止まった訳じゃねーだろ?
 なんか言えよ。もう一回言うけどそろそろ授業行かないと遅れるんだよ。
 受験終わったからって授業をサボるとかいう非常識は、なんか俺のアレが許さないんだってば。
 聞いてる?っていうかあれか。口に出して言わないと分からんか。そうだよな
 そうだな。口に出さないと分かんねーよな・・・・・・・
 
・・・・・・・・・だ っ た ら お 前 ら が 言 え 。
 俺はお前らなんてどうでもいいんだよ。
 
 殺気女が現れてからこっち、俺の中で募り続けていたイライラは、少女が立ち止まったあたりで爆発的に膨れ上がっていた。
 だいたい、この時期に廊下なんて言うクソ寒い場所で立ち続けるアホは居ないわけで。
 俺はそんなアホな事をやっている所為で、指先から回った寒気が全身に行き渡り、冷え切ってしまっている。
 そこに加えて授業が迫るプレッシャーが追い討ちをかけているのだ。
 その不快感たるやお前らに想像できるか?
 いや、むしろ想像っていうかお前らが創造してんだよ。ここに俺をつなぎとめてるお前らが。
 
――――少女は、俺の憤りなんてまるで意に介せず、俯いたまま再び動き始めた。
      こっちに来たと思ったら立ち止まり、立ち止まったと思ったら動き始める。
      そんなキマグレで自分勝手な彼女の動きは、俺のイライラの針をちょいとばかし危険な水域に押し上げてしまったようだ。
    
(ったく、なんだこら?言いたい事があったから立ち止まったんじゃねえのか?何勝手に通り過ぎようとしてんだ?)
 少女は、殺気女の脇を音もなく通り過ぎる。
 そこで初めて少女の存在に気ついたのか、殺気女が『――あ、通訳さん・・・』と短く声を上げる。
 どうやら二人は顔見知りのようだった。
 だが、声をかけられた少女は、立ち止まって振り返るどころか、逃げるようにして歩調を速める。
 俺はというと、こちらに迫り来る少女に対して、目の前がチカチカするほどの憤りが腹の底で入道雲みたいに発生するのを、抑制するのに必死だった。
 知り合いを無視するという終局的な行動に、殺気女から感じたイライラまでが合流して集約している最中なのだ。
 勿論、男として女に手を出すなんてマネはしない。
 けれど、何か言ってやって多少なりとも発散させないと、もう、どうにも成らないのも事実であった。
 
 少女は俺の右側、青空と中庭に生える枯れ木の先を映す窓を背景にして、今まさにこの場から去っていこうとしていた。
 だが、そんな事は、させ、無い。――――――――させてたまるか。
「おい、あんた。」
「―――っ!」
 少女は、ビクリと身を震わせる。唐突に声をかけられるなんて、予想だにしていなかったみたいだな。
 俺は獲物を捉えた獣にみたいに、一切の躊躇無く言葉を続ける。否。『畳み掛けるようにして』続ける。
「言わなきゃわかんねーんだよ。
 なあ。なんか言いたい事があるならよ。言わなきゃ伝わんないままなんだぜ?わかってんのか?
 それでいいのか?そのまま伝わらないままなんだぜ?おい。良いのかよ?良いんだな?」
 
 少女は、数歩進んだところで、止まる。
 
俺は体を微妙に捩りつつ目線をを背後に向ける。その過程で殺気女の姿が目に入った。
所在無げだったのが、今はじっとこちらを見据えている。
こう着していた状況が変化したことに期待を抱いているらしい。
だがな、そこの殺気女。ここはまずお前が語るべきなんだぜ?勢いで少女の方に言っちまったが。さっきのはホントはお前に言いたい言葉だったんだヨ。
そのまま時間がザワザワと過ぎていく。
たった数秒で。しかし数秒もかかって、少女はこちらを振り向き口を開いた。
ん?おい、ちょっと待て、何故涙声なんだ?
うわっ、いや、そんな事よりお前、この『ジーーー』って音、、、あれじゃねえかよ、チャイムが鳴る直前に聞こえる、あの音じゃねえか。ざけんな畜生っファックガッデム!
 
「あの・・・誤解殺気、、さんは・・・言っています。
 『さっちゃんの話を偶然聞いちゃって・・・話を聞いた人は三日以内にさっちゃんに殺されちゃうっていうから、怖くて怖くて・・・・
  バナナの絵で避けられるって言っても、安心できなくて・・・・そ、それで男友に聞いたらあなたに相談すればって!!』」
 
 殺気女は誤解殺気というらしい。なんつー名前だ。名付け親の気が知れない・・・いや、あだ名か。あだ名だよな。あだ名に違いない。
―――――――――っていうかチャイムなっちゃったしよお・・・・・・・・・・・・・
 通称『都市伝説の男』こと、俺は、なんとも名状しがたい奇妙な虚脱感の中、通訳と呼ばれた少女の言葉を受け入れて、一言。
 
「あー、、その、なんだ?授業終わったら話聞いてやっから、終わったらまた来な・・・・・・・」
 
―――――はあ・・・帰ったらアダルトサイトの二次絵オカズにしてストレス解消すっか。
時代はTSだよな。ただし変身は邪道。

やっぱり入れ替わりだ。それも心身共に汚い親父が、

生意気なジョシコーセーの体をあり得ない勢いで奪う話が好ましい。

最近のラノベのTSモノ乱発は嬉しくなくもないが、やっぱりどうもいかんな。
TSFはやっぱダークだろ。『ライト』なノベルには永遠に辿り着けん境地があるのだよ。諸君。
      
ストレス解消後の賢者状態と酷似した感覚の中、俺はぼんやりとそんな事を考えていた。
殺気女がホッと胸をなでおろして、俺と少女にお礼を言っているのが見える。
誤解殺気さん。言っとくけどお前さん、授業に遅れてるんだぜ?
少女の方はと言うと、落ち着いた様子で殺気女に受け答えをしていた。古本屋で初めて見た時から今の今まで変わらない、表情の乏しい貌をして。
ただ、一つだけ白状すると、その顔は。
どことなく輝いているようにも感じられた。
イライラが虚脱感にかき消されて心がまっさらになっていたからだろうか。
俺にはそれが、とてもとても奇麗な物の様に感じられて、仕方がなかった。
 
(全く・・・人を待たせた挙句、授業に遅らせるDQNどもにこんな感情を抱くとは・・・ね。)
 
ホントにそのとおりだ。・・・って俺は一人で何言ってんのかね?