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朝廷

天皇による政権のこと。
都に置かれる。

語源

元々、朝早くに会議が行われていたところからという説が有力。

公家

朝廷に仕える役人(後に文官)のこと。
若しくはその一族。
武家に対する言い方。

体制

701年制定の大宝律令により、二官八省がおかれ、明治時代まで続く。

二官

神祇官

祈りや、祈祷をつかさどる

太政官

政を行う

八省

太政官の下に置かれる役8の所

民部省

財政、租税一般、諸国の田畑、戸口、河川、道路、租税を司る。
租税関係の戸籍を民部省が担当していたため、同じく財政を司るの大蔵省より重視されていた。
田畑関係は荘園の成立と共にさらに重視されていった(治部省の正反対ですわ)
相当官位は正四位下であったが重職のため中納言以上の公卿が兼任することが多かった。

治部省

外事(外交)、姓名関係の戸籍、儀礼全般を管轄していた。
姓名関係の訴訟や結婚、戸籍関係の管理と訴訟、仏教の監督、雅楽の監督、山陵(天皇とかの墓)の監督そんでもって、外国からの使節の接待etc…
まあ、今で言う外務省と文化庁を混ぜた感じ(関連性が見当たらない…)
それはさておきヽヽ( ̄  ̄)≡ ̄  ̄)//
しかぁし!平安時代に突入すると姓名関係の事項を扱うことはほとんどなくなり、そのうえ遣唐使が廃止されると外国からの使節も当然の用に減り、戸籍制度が解体されると共に、専ら雅楽や仏教、山陵の監督を行うのみとなってしまった。

大蔵省

朝廷の財政、特に出納を担当した。
大蔵と呼ばれる朝廷の蔵を管理し、朝廷の銭貨、金銀、調、貢物の出納、売買価格の公定などを行った。しかし、租税などは民部省の管轄であり、国家財政官庁としての地位はあまり高くなかった。そのため、国家財産の管理や官営工房としての役割が大きかった。しかぁし、内匠寮が成立すると官営工房部門の職掌を奪われ、大幅な再編を余儀なくされる。

宮内省

宮廷の修繕や食事、医療、掃除など宮廷内部の仕事を任され、天皇の財産を管理した。
天皇一族の生活を支える役目もあり、結構重要(?)だった。

兵部省

内外武官の人事考課、諸国兵士、兵器の管理etc…軍事関係の一切を取り仕切る。今で言う防衛省とかアメリカの国防総省とかにあたるのかな…。
兵部卿は公卿との兼官が多く、皇族が就任することも多かった。(かなりの重職ですからね)その場合、その皇族は兵部卿宮と呼ばれた。
ちなみに、やっぱり武官ということで武家でも上り詰めた人がいました。
その名は
戦国大名大内義隆!(まあ、この人だけですが)

式部省

文官の人事考課、礼式を司り、役人養成機関の大学寮も管轄下にあったため中務省に次ぐ重要な省だった。
まあ、今で言う人事院と文化省と文部科学省をあわせたみたいなところ。
んでもって、中務省と同じく四品以上の親王が卿(今で言う大臣さん)に就任していた。
まあ、実質的長官は大輔(次官さん)だった訳で…。
この役職には天皇の侍読(家庭教師さん)が就任する慣習でして…。
主として儒学者の菅原氏(受験の神道真公も菅原氏)とか同じく日野氏(室町幕府の日野富子も日野氏)が就任していた。

刑部省

司法全般を掌握し、重大裁判を行ったほか、監獄の管理、刑罰の執行なんかを行ったいわば裁判所と法務省を合わせたかんじ。
ただ、軽罪については関係する省が独自裁判権を持ち、平安時代になると検非違使が設置され、ほとんどの職掌を検非違使に奪われたため、有名無実化した(治部省より酷いな…)

中務省

戸籍の政策など事務的な仕事。(そのまんまですな)
あとは、勅令の作成とか、位記とか…(やっぱ事務的ですな)
結構朝廷内でも重要な位置占めてたうえに(つか、最重要省だったらしい)、事務的なことはほとんど管轄してたから職掌が広かった。だから、ほかの省より大輔(次官さん)とかは相当官位が一段高かった。
しかも、式部省と同じく中務省の卿(大臣さん)は四品以上の親王から任命されていて、何らかの理由(死亡とか天皇即位とか)で空席にっても適当な親王が出てくるまで開けっ放し!まあ、それほど重要な役職だったということで。

官職

摂政(天皇の政治を補佐する)
関白(天皇が幼かったり女性だった場合に変わって政治を行う)
内覧(関白に同じ)
太政大臣(最高職で、太政官の長)
右大臣(太政大臣に次ぐ朝廷のNo2)
左大臣(右大臣に次ぐ朝廷のNO3)
内大臣(左大臣に次ぐ)

~書きかけ~

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