ram_catalog @wiki
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ja
2006-08-29T16:37:29+09:00
1156837049
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meta
https://w.atwiki.jp/ram_catalog/pages/17.html
*meta
私は本日、Q-hiveから地域通貨Qへの再入会拒否の回答を通知された。それで、LETS或いは自由通貨と私が呼ぶもの=metaについての再定義を迫られた。
先ず第一に、metaは、「地域」通貨というより「ネットコミュニティ」通貨としての側面を強調し、その「グローカル」な理念を極限まで追求するものである。
それから第二に、metaは、一般的な経済システムとなることを目指すものではなく、社会運動貨幣、もろもろの運動を繋ぐメディアとなることを目指すものである。例えば、運動内部での活動や労働には何をどのように支払うのか、或いはデモに何をどのように支払うのか、といった問題を提起するのがmetaである。それらは単なる「経済的」活動ではなく、「政治的」な行為なのである。
さらに第三に、metaは、「贈与」の意味を再考するものである。詳しくいえば、家族や閉鎖的共同体の外で「贈与」という出来事(奇蹟)を生起させるための道具がmetaである。
metaが優れてネットコミュニティ通貨であるということから、それが交換の対象とする財が、知・情報に集中したものだということが帰結する。脱物質化した情報は、metaが扱う対象として最も適切なものである。モノであれば、送料の問題が避けられないが、情報であれば、無料でネットでやりとりできる。metaは、「言葉」に対して何をどのように支払うか、という、お話し療法talking cureの課題を引き受けるものである。
またmetaは、闘う・遊ぶなど、資本家的「賃労働」に還元されない多数多様な自由活動に対して支払われる貨幣でもある。metaが目指すのは大まかに言って2つあり、技能交換と相互扶助である。資本家的経済の下では、市場的交換の対象とならない、言い換えれば「プロの技術」とは看做されない多様な器用仕事に対して支払われるのが円ではなくmetaである。
metaは、幻想(意味)を過剰に生産し、且つ同時に、それらから身を引き離す。言い換えれば酩酊(陶酔)と覚醒との間を時に激しく時に静かに往還し、生/死、夢想/現実の間を往還する。それは、批判(批評)或いは分析のための道具なのである。metaは、ありとあらゆる宗教及びその代理物(ナショナリズムなど)を批判する。それは、解放の一般的プログラムであるRAM WIKI
2006-08-29T16:37:29+09:00
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inaka
https://w.atwiki.jp/ram_catalog/pages/16.html
*遊牧民ネットワークとしての田舎ぐらし
田中正治
1998年から5年間、房総半島・鴨川の山中にある”鴨川自然王国”で企画やイベントのコーディネーターとしての仕事をした後、僕達夫婦は、2003年”自然王国”の近くに永年移住をした。
西畑地区という19軒の農家で構成される部落で、大黒柱は団塊の世代が多いが、ほとんどはサラリーマンで、土・日百姓をしている兼業農家だ。
僕が移住してきたことが、部落ではちょっとした話題になり、”さて、どのように付き合っていったらよいものか?”と寄り合いがもたれ、そこでA,B,C案を僕に提示しようということになったらしい。A案は、僕が別荘感覚で住むのなら、部落は軽く付き合う。B案は、僕が冠婚葬祭まで付き合うのなら、部落もそのように付き合う。C案は、僕が骨を埋める氣で、どっぷりと付き合うのなら、部落もそのように付き合う、というものだった。なんと合理的な提案ではないか!僕は、”C案で行きます”と答えた。
部落の寄り合いに行くと、驚いたことに、ご近所の女性と結婚したイラン人が参加していて、流暢な日本語で、礼儀正しく挨拶した。”おお、いい男じゃないか”と長老達も、けれん味なく自然体で受け入れていて、いい感じだった。
実は、この西畑部落から1500m離れた小高い山の上に、そこは鴨川の源流なのだが、都市の産業廃棄物最終処分場建設の計画があって、部落は賛成は1名、反対派約10名、中立派その他、といった分かれ方をしているようなのだ。僕は”反対”の旗色を鮮明にした。うれしいことに、団塊の世代を中心に”ふるさとを愛する会”という反対グループが、部落の寄り合いとは別に出来ていて、署名運動や水質検査のどの反対運動をすでにしている。ラッキーなことに”鴨川の環境を守るネットワーク”というグループの中で、僕も地元の人達と一緒に会議や行動をすることになった。そのせいか、地元の人から特別冷たい視線を感じることはなく、むしろ温かい視線を感じることが多い。 産業廃棄物処分場
反対という共通の課題という新しい共通の受け皿が、別の新しい人間の結びつきを作ったのである。
2年間、この集落の中に住んで思うのだが、集落の最大のイベントは大山不動尊の夏祭りで、それ以外は盛り上がりが感じられない。夏祭りは、東京に出て行った息子や娘が帰って来て祭りに参加するからで
2006-08-23T15:57:30+09:00
1156316250
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agriculture
https://w.atwiki.jp/ram_catalog/pages/15.html
*半農半XYZ・脱都会する青年群像
田中正治
1)”半農半X”が、若者達の間で静かに流行している。バブル崩壊以降の流れのようだ。
”半農半X”の言い出しっぺ・塩見直紀さんにお会いしたのは、1997年頃だった。彼は「たねっと」という在来種のネットワークを主催していた。僕達「ネットワーク農縁」http://www004.upp.so-net.ne.jp/net-nouen/は、その頃、遺伝子組み換え大豆NO!在来種を守る”大豆畑トラスト”http://www.h6.dion.ne.jp/%7Etrust/
全国集会を開き、塩見さんにも来ていただいた。その後、彼は”半農半X”の提唱者として、オルタナティブな生き方を求める若者の心をとらえていった。
2)”半農半X”とは、「一人一人が天の意に沿う持続可能な小さな暮らし(農的生活、シンプルな暮らし方、自給自足なくらし)をベースに天与の才(X=使命、ミッション、役割)を世のために活かし、社会的使命を実践、発信し、全うしていく生きかた」と塩見さんは規定している。ちょっと重いかなという感じはするが、提唱者の心意気が伝わってくる。http://www.satoyama.gr.jp
3)塩見さんの姿を思い浮かべながら、僕の住んでいる千葉県・鴨川 の近場を見回してみると、結構そんな知人・友人の姿が見えてくる。
地域通貨・安房マネーの代表・林夫妻は、半農半イラストレイター。http://www.awa.or.jp/home/awamoney
故・藤本敏夫と加藤登紀子の次女・Yaeちゃんは、半農半歌手で”サポーマンス”というNGOサポートをしている。http://www.yaenet.com/ 最近Yaeちゃんと結婚した三尾君は、半農半麻の途上だ。
http://www.k-sizenohkoku.com/tt_top.html ご近所の杉山さんは、半農半陶芸。1500坪の田んぼを耕しながら、登り窯を持つ芸術家。http://www7.ocn.ne.jp/~sasaya/kamamoto.html 「テロリストは誰?」「911 ボーイングを捜せ ― 航空機は証言する 」の上映や講演で活躍する菊池ゆみ・森田夫妻は、半農半ジャーナリスト。
http://globalpeace.jp/ 近くの桑原さんは、半農半養
2006-08-23T15:55:42+09:00
1156316142
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npo
https://w.atwiki.jp/ram_catalog/pages/14.html
*都市若者の最先端は”非営利・非所有”
田中正治
1)バブルがはじけて15年。就職に対する考えは一変してしまった。終身雇用制、年功序列賃金が崩壊し、リストラの嵐がなお吹いている。従って、良い学校に入学し、よい会社に就職し、定年退職以後の悠々自適のライフスタイルの夢は、とっくに壊れてしまっている。バブリー君から就職氷河期をくぐってきた多くの若者にとって、大量生産、大量消費、物の溢れるお金万能は、むしろ息苦しい。叫びが聞こえるようだ。「なにもいらない。ただ生きがいがほしい!」と。
2)20世紀が工業化社会だとしたら、21世紀は情報化社会から生命情報化社会へ。知的所有権(特許権)が、その焦点になっている。工業製品やサービスのみならず、微生物、植物、動物、人間の細胞にまで特許をかけ、企業利益にしてしまう。例えば、マイクロソフト帝国のOS・ウインドウズが圧倒的な世界シェアーをとっているのも、特許権取得だ。秘密主義で固められた情報によって、富を独占している。だが、このモンスターを脅かしているのが、Open Souce運動のOS・LINUXに参加する若者達だ。フィンランドの一学生を中心にインタネットに結束した世界のボランタリーなプロ
グラマーによって、自立分散的に開発・進化されている。中身は全て公開され、原則的に無料、非営利・非所有である。資本主義ではにわかに信じがたいが、そうなのである。品質は極めてよい。熱意と誇りと互いへの尊敬と責任感が、知的所有権に叛旗をひるがえす人たちの自由な連帯を生み出しているといわれる。 http://www.linux.or.jp/general/linux.html
3)生産と労働に目を転じてみると、ワーカーズ・コレクティブ(Workers Collective)が注目される。株式会社は、資本(家)が労働(者)を雇い入れ、資本の歯車として働かせ、製品・サービスを生産し、市場で価値、利潤を実現するのが目的。資本が労働を支配し、その結果、資本が利潤を所有するシステムだ。これに対してワーカーズ・コレクティブは、起業しようとする人達がお金(資本)を出し合い、共に仕事をする(協同労働)。つまり、出資者各人が経営者であり、同時に労働者である。従って、各人は平等の関係にあり、支配する人や支配される人はいない。利潤は事業の展開のための留保か
2006-08-23T15:54:02+09:00
1156316042
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maleny
https://w.atwiki.jp/ram_catalog/pages/13.html
*あこがれの・ミニ協同組合のコミュニティー・マレニー
田中正治
2001年のある日、ふらっと東京・代官山のBe Good Cafeに出かけてみた。知人の谷崎テトラが、オーストラリアのReportをするというのだ。BeGood Cafeは、いまや、若者のおしゃれでファッショナブルな知的空間。
http://www.begoodcafe.com/index.php 彼は世界の斬新なコミュニティーの取材もする映像作家だ。この日、数百枚の映像でオーストラリア・クインズランド州のコミュニティー・マレニー(Maleny)のReportをした。
1960年代の若者反乱に影響をうけた女性(ジル・ジョーダン)が、死んだような町・マレニーにやってきた。自給自足と永続可能なライフスタイルを求めて。1960年代の末だった。.人々は彼女をヒッピーと呼んだ。
彼女は、第一ステップとして、食物と化粧品のミニ協同組合・メイプルストリート・COOPをつくった。1978年、6人の女性達で。会員全員が運営に参加する協同組合方式を採用。誰も事業の経験はなかった。みんなが少額のお金を出し合ってスタートした。この協同組合には当初から変わらないヴィジョンがあった。地元の生産物優先、環境に負荷をかけない、無農薬であること、組合員のニーズを常に意識すること、などだった。
年齢も国籍も職業も違うユニークな人達が、マレニーに集まって来た。すばらしいいアイディアをもっている人はいるが、お金がない。そこで第二ステップとして、誰でも借りられるクレジット・ユニオンをたちあげた。地域密着型で、環境に配慮、収益や融資対象となる案件は、地域活性化に役立てること。これらのポリシーを持ったミニ銀行の設立を試みました。これは勇気のある決断だった。
人々がミニ銀行を活用することで、地域は活性化し始めた。融資を受けた人達は、必要に応じてミニ協同組合やプロジェクトを次々と立ち上げた。森林再生の協同組合、芸術家達の協同組合、FM局、フリースクール、廃棄物バスターズ、女性支援協同組合、アップフロント・cafe、アボリジニー伝統食協同組合、クリスタルウオーターズ協同組合・・・・・。住民の中には複数の協同組合やプロジェクトに参加している人も多い。
こうした協同組合やプロジェクトを背景にして、第三ステップのLET
2006-08-23T15:52:19+09:00
1156315939
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coop
https://w.atwiki.jp/ram_catalog/pages/12.html
[[リンク名>URL]]
*協同組合
柄谷行人・西部忠・高瀬幸途・朽木水=柳原敏夫『NAM原理』(太田出版)から引用する。
>マルクスは、『ドイツ・イデオロギー』において、エンゲルスの書いた文章に、次のように書き加えている。
>《共産主義とは、われわれにとって成就されるべきなんらかの状態、現実がそれに向けて形成されれるべきなんらかの理想ではない。われわれは、現状を止揚する現実の運動を、共産主義と名づけている。この運動の諸条件は、いま現にある前提から生ずる》
>マルクスはこの姿勢を貫徹している。そして、その二〇年後に、彼は幾つかの「現状を止揚する運動」に共産主義の可能性を見いだしている。それは生産と消費の協同組合である。マルクスは、株式会社を「資本主義的生産様式そのもの限界内での、私的所有としての資本の廃止」として見た(『資本論』第三巻5-27)なぜなら、株式会社は、資本と経営の分離によって、それまでの「資本家」を消滅させるからである。しかし、株式会社は資本制の「消極的な揚棄」にすぎない。彼は、労働者が株主であるような生産協同組合にその「積極的な揚棄」を見出す。
>《資本主義的生産様式から生ずる資本主義的取得様式は、したがって、資本主義的私有は、自分の労働にもとづく個人的な私有の第一の否定である。だが、資本主義的生産は、一つの自然過程の必然性をもって、それ自身の否定を生み出す。それは否定の否定である。この否定は、私有を再建しないが、おそらく資本主義時代の成果を基礎とする個人的所有をつくりだす。すなわち、協業と、土地や労働そのものによって生産される生産手段の共同所有を基礎とする、個人的所有をつくりだす》(『資本論』第一巻7-24)
とはいえ、理論的にはどうあれ、現在、協同組合は非常に厳しい局面に立たされている。それは、市場において資本制企業と競争しなければならないため、没落するか、或いはそれ自身が資本制企業に似たものにならざるを得ない。NAMは、協同組合を健全に育成するため、LETSによる無償金融を実現しようとしたが、その試みも行き詰まり、NAMそれ自体が解散した。現状を打開し新たな社会的現実を切り開くためには、私達一人一人の発意と創造が必要である。
●[[日本労働者協同組合連合会>http://www.roukyou.gr
2006-08-23T11:07:40+09:00
1156298860
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sounddemo
https://w.atwiki.jp/ram_catalog/pages/11.html
*サウンドデモ
私は以前、一度サウンドデモについて報告したことがあるが([[こちら>http://associationists.fc2web.com/sets0001.html]])、もう一度簡潔に説明したい。
2003年10月13日に東京新聞に掲載された記事のなかで、酒井隆史が次のように述べている。
>大阪女子大の酒井隆史講師(社会思想)によると、サウンドデモの起源は八〇年代の米国のゲイ(同性愛者)解放運動にさかのぼるという。これが「沈黙は死」を掲げた反グローバリズム運動に継承され、九〇年代にはロンドンなど欧州各地に飛び火。「レクレイム・ザ・ストリート(路上を取り戻せ)」を合言葉に燃え上がった。英国政府は「反復したリズムの下で、三人以上が路上に集まってはいけない」という新たな規制を敷いたという。
>酒井講師は「非暴力直接行動の新しい形で、踊るという身体レベルで抵抗を示す点が従来と違う。サウンドデモは訴える手段だけではなく、生み出す空間自体に意義がある。有事法制などで生活が丸ごと権力に規制される中、路上という公共圏を単なる交通手段ではなく、人々の接点の場として取り戻そうという狙いが新しい」と説明する。
「沈黙=死」(SILENCE=DEATH)は、確かにLGBTsなど少数者運動の合言葉だった。例えば、[[ゲイフロント関西>http://www5e.biglobe.ne.jp/~gfront/c-action.htm]]のホームページを見ていただきたい。また、[[このサイト>http://www5e.biglobe.ne.jp/~soap/remap2003/mouritext/mouri509.html]]の記述によると、以下のようである。
>ベンジャミン・シェパードとロナルド・ヘイダックが編集した『ACT UPから WTOへ:グローバリゼーションの時代の都市の抵抗とコミュニティの形成』 (Shepard and Hayduk(2002) From Act Up To the WTO: Urban Protest and Community Building in the age of Globalization)というアンソロジーは、最近の「新しい社会運動」あるいはティム・ジョーダンの書籍のタイトルを借りれば、「アクティヴィ
2006-08-23T11:02:23+09:00
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リカバリー
https://w.atwiki.jp/ram_catalog/pages/10.html
リカバリーとは恐らくは幅広く使われている言葉ではあると思うが、この場合は精神病からの回復といった意味で使っています。
現在の精神医療では官界という言葉や完治という言葉を使います。これらが病気が治ったという意味で使います。薬を飲まなくても働けることを完治といい、薬は飲んでいても安定して働ける状態を官界というそうです。
精神医療は医療ではなく刑務所のようなものです。なので、患者も反対運動をします。その中でオルタナティブ医療ができました。当事者同士が語り合ったり助け合ったりする、ピアサポートやアノニマスといった活動です。そのような当事者同士の助け合いでつらい気持ちを埋めていく作業を『回復』と呼び、官界や完治よりも遥かに明るく自分を持って生きていくことができる人が大勢出てきました。
官界や完治は患者自身が決めた選択では有りません。医者が突然に思いついたようにいう台詞です。その台詞はいつまでたっても聞けません。ですので、精神病は治らないと一般的にはいわれています。ところが精神病は治らないのではなく精神病を医者が治せないのです。官界や完治してもつらくない生き方はできません。いえ、かえってつらくなるかもしれません。医者の選択に任せてもいい結果が出ません。そんな中、回復というのは完治や官界とは遠い存在ですが、精神病が治るという言葉に近いと思います。その回復を選択するのは患者本人です。自分で自分を回復できます。
日本では回復といわれていますが、各国でリカバリーなどとも呼ばれています。そのリカバリーは回復を具体的に説明したものでした。仲間との信頼関係がリカバリーというないようでした。私は、ピアサポートやアノニマスの中に信頼関係を心から感じますが、精神医療からは微塵も感じません。ここに、精神病の壁が有ると思いました。
先日痛感したことが有ります。社会復帰しましたという仲間があまりにも排除的な思想を持っていました。医療によってつくられた官界、完治、もしくは社会復帰というのは非常に信頼関係がなくつらい思いを常にしている人だと感じます。リカバリーに向かう人はもっと自分に自信が有り明るい雰囲気を受けました。
相反する病気への見方がこうも人を変えるとは驚きました。
精神障害者自身がリカバリーを作り上げれるような時代を作りたいです。
2006-08-22T15:48:20+09:00
1156229300
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psychosis
https://w.atwiki.jp/ram_catalog/pages/9.html
*「精神病」者
心身の不調など何らかの「苦訴」を持ち、治療や養生(ここでは治療という言葉を専門医によるものと定義し、養生という言葉を患者=受苦者本人の主体的な治癒への努力と定義する)を必要とする状態のことを「精神病」と言い、そのような状態にあると自己自身を定義する人を「精神病」者という。
ロナルド・レイン、ディヴィッド・クーパーらの反精神医学が告発したように、「客観的」な精神医学の欺瞞と抑圧が露わにされ、抑圧的で監禁的な病院のシステムが「精神病患者」といった実在を生産したり、歪んだ家族システムが「精神病患者」とラベリングされる不運な犠牲者を生産したりといった事柄について知られるようになっている。またミシェル・フーコーは「狂気」の経験の変遷を歴史的に辿ろうとした。かれによれば、狂気を「精神病」という形態から解放することが問題であった。狂気の言葉は、一部の文学者の言葉のなかから垣間見えるだけであり、狂気の忘却と隠蔽が人間主義的改革の名のもとに遂行されつつある、というのがかれの基本的な診断であった。
とはいえ、これら批判的な論者達の解放志向の議論の一切にも関わらず、やはり症状は本人にとっても周囲にとっても苦しいものであり、何とかしたいと痛切に感じさせるものである(その辺りの事情について木村敏や中井久夫が言及したことがある)。単なる歴史家・考古学者の立場からではなく、「精神病」者本人の立場からすれば、苦痛の軽減と快の増大を志向するのは当然のことだろう。その観点からして根本的に重要だと思われるのは、中井久夫の『精神科治療の覚書』と神田橋條治の『精神科養生のコツ』である。難解な思弁や過度の急進主義に陥らず、治療や養生の過程を丹念に追おうとするその姿勢は貴重なものとして「精神病」者当事者からも評価されている。また、海外のものとしては、フェリックス・ガタリの提唱した「制度論的精神療法」が重要であろう。その詳細については、『精神の管理社会をどう超えるか』という書物が今のところ唯一の情報源である。
最近の傾向としては、以前見られたというかなり重症の統合失調症患者に代わって、軽度の精神病者や境界例などの患者が急増しているという。精神科の敷居が低くなったというのも精神科を訪れる人が増えている一因であろうが、他の原因としては、バブル崩壊以降の景気の悪化に伴い、企業や
2006-08-22T14:42:21+09:00
1156225341
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queer
https://w.atwiki.jp/ram_catalog/pages/8.html
*Queer
LGBTIAQsなど、性的少数者の総称。「オカマ!」「変態!」といった罵りの言葉でもあり、傷付けられた側がその言葉を逆手に取って自ら名乗り出る、という転倒の契機を記しざす言葉でもある。
日本の文脈で言えば、東郷健など一部の例外を除いて、性的少数者の左派の運動は近年まで存在しなかった。[[OCCUR(動くゲイとレズビアンの会)>http://www.occur.or.jp/]]が、府中青年の家裁判闘争を提起して、初めて性的少数者の存在が政治的に可視化されたと言える。しかし、ここには以下に述べるような問題性が孕まれていた。(1) 政治的曖昧さ。OCCURは旧来の左翼運動から断絶した新たな社会運動、政治的立場を問わず同性愛者のアイデンティティを語り肯定する人達の組織として運営されたため、左派の解放主義的な実践から切れたところで展開されるようになってしまった。(2) LG民族主義。学問的・理論的言説を紡いで大学でも可視化を図ろうとしたが、その際「戦略的本質主義」(スピヴァグ)の語りを採用した。しかし、OCCUR内部ではその自覚は曖昧であり、むしろ自分達は「戦略的構成主義」なのだ、建前では構成主義を標榜するけれども本音は本質主義──性的少数者であることは生物学的・社会学的・心理学的に「決定」されたもので変えられないものだという考え──なのだという開き直りがあった。段階論的に、同性婚やパートナーシップの法的保護など平等主義的な原則が貫徹・実現していない段階では、LG民族主義とも言われる、強固な「同性愛者」としてのアイデンティティを持ったレズビアン・ゲイによる政治が必要だ、という語りもあるが、私達は、LG民族主義は終わりなき「分析」による乗り越えの対象であり、その立場に帰依すべきものではない、と考える。多数多様な生/性のあり様をまるごと肯定するような立場をこそ選択すべきで、他者の排除によって自らの存在の安定感を得るような擬似民族主義的心性は分析的に解消していくべきである。
作者不詳の『30億の倒錯者』(インパクト出版会)の訳者解説で市田良彦が言及しているように、ごく近年に至るまで、日本の性的少数者の典型的イメージといえば三島由紀夫であり、政治的に右翼のイメージが強かった。しかし、右翼ファシストの欲望と性的少数者の欲望がイコールであるわけではない。
2006-08-22T14:00:33+09:00
1156222833