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『復活の時』

―【安置】

少女には心がない。
ただ、水の中を漂う一体の存在でしかない。
周囲には少女と同じ姿をしたモノがいくつも漂い、どの存在にも心はない。
かすかに水の中を照らす光。赤く、禍々しい。
ほの暗い水の底、どこまでも深くあらゆるモノを呑み込む。
少女の姿をした者達は知っている。
ここが、絶対の安全な場所であると。
彼女達は知っている。
ここが、自分達のいるべき場所だと。

だが、少女は聴いた。歌声を。
赤い光に紛れて、ほんの僅かな、尊い光を放つ蒼。
少女は耳をすます。
自分を、呼んでいる。

少女は自身に問う。

―行かなければ、ダメ?

答える者はいない。
ふと、自分が他の存在と違うと気づく。
何が違うか、わからない。
ただ、漠然とした相違を感じる。

―私は、誰?

答える者はいない。
少女の姿をした者達は、黒く深い闇の瞳を少女に向ける。
誰も、答えはしない。

少女は、光の差すほうを見る。

―誰かが、呼んでいる。

少女は光の差すほうへと向かう。
誰も、止める者はいない。

歌声は、確かに、少女へと届いていた。



かつて、世界中?のシューターが燃えた、と思う、【レイシリーズ】。
このシリーズでは、多くのファンが熱狂し、また、独特の世界観に酔ったと思います。
自分もそうです。
ただのSFではない、確かにある「RAY」という世界。
それは、このシリーズのBGMを担当した、当時【ZUNTATA】の新鋭として現れた『TAMAYO』嬢により、さらに世界観を盛り上げ、あるいは「音」による物語を作り上げられました。
これは、ただゲームというわけではない。
そう感じたのは、「レイクライシス」。
何か、『RAY』という世界にはゲーム以外にも、漠然とした何か魅力があるんです。
『TAMAYO』嬢の奏でるRAYの世界。
ただゲームで使われたBGMという存在ではない、『音』。
絶対の存在感は、自分を完全に『RAY』の世界へと閉じ込めました。

そして今。

[Ray'z]の発売をもって、全ての「RAY」に終幕がもたらされた時。
かすかな思い出が蘇ります。

2007年。

【『レイフォース』が、我々の前に帰ってくる】

全ての『RAY』の終わる場所。
全てを終わらせる、その時。

『TAITOメモリーズ2』。

―我々の戦いは、終わる。




のか?

トイウワケデ!!
ついに!!
あの「レイフォース」ガ!!
TAITOメモリーズで復活する!!

アーケード版の移植であろう今作。
完全移植であったサターン版より約10年。
いよいよ、我々の前に復活。

さて。
上の駄文を解説すると。
まぁ、あれです。
『Ray'z』にある、ボーナストラックに「PS版レイクライシス」のアレンジモードのラスボス戦のBGMに、「安置」という曲があるんですが。
それと、レイクライシスでの『クローンの少女』という設定、その他、TAMAYO嬢の某ページに記載されている「RAY」を読んで、自分なりに『RAY』を即興で描いてみました。ということです。

いやまー。ほんと。この「RAY」ってのは、とんでもなく影響されてしまいます。
ゲーム以上にBGMと世界観がどすーんと。


さあ!!冬に向けての大忙しも明日まで?なのかな?かな?
日曜出勤デース。おまけに残業アリそうデース。三連休はあるそうデース。イェぁ!!