用語な


ナオト・インティライミ :
ミュージシャン。三重県生まれ、野田市育ち。柏レイソルジュニアユースに在籍していた。ミュージシャンネームのインティはケチュア語で太陽を示す。
「サッカーが上手で詳しい芸能人」としてサッカー関連の仕事も多い。2006年 のマキシ・シングルCD『太陽は燃えている ?カシワレイソルノウタ?』において、『Glory of REYSOL』日本語版のボーカルとして参加している。
柏レイソル新サポーターズソング発売のお知らせ http://blog.reysol.co.jp/news/2006/007951.html

なし坊 :
梨が特産の白井市のキャラクター。きぐるみ化されていて、白井市ホームタウンデーのときには日立台まで遊びに来てくれる。
ヤンキー気質なレイ君に対し非常におとなしく愛らしいなし坊はレイ君の毒素を果実の甘みで中和してくれるので良いコンビになっている。
レイ君に毎年クビをもがれるのは風物詩。

奈美じゃない :
「神戸の三浦アツ君の嫁は、奈美じゃなくて双子の妹の由美だよ!」という注意喚起。

なめだるま親方 :
「タマランチ会長」「フンゴマラ」などの独特の文体で、ゲンダイ等のタブロイド紙に風俗店潜入レポート記事を書いている有名な風俗ライターが、なめだるま親方こと島本 慶氏。その氏の文体模写で、柏スレに柏戦の試合レポートとスタジアムグルメレポート を投稿していたのが、柏なめだるま親方(たぶん、島本氏本人では無いと思う)。
初出は、2011年7月27日のナビスコ杯仙台-柏戦。この試合の翌日にベガルタ仙台の試合 レポートや試合の実況を務めていたライターが女子高校生への淫行容疑で逮捕され、J's Goalの試合レポートがアップされなくなった。
そこに「淫行容疑で逮捕されたライターの作風で試合レポートを代筆しよう」という人物(=柏なめだるま親方)が現れた。そのお下品かつ衝撃的なレポートに、柏スレでは「才能の無駄遣い」「無駄な天才」と最大級の賛辞が送られた。以降、横浜戦、ガンバ戦等も続けて投稿された。
ドメサカブログ 【小ネタ】柏なめだるま親方のガンバ戦レポート
ドメサカブログ 【小ネタ】柏なめだるま親方の鹿島戦レポート
ドメサカブログ 【小ネタ】柏なめだるま親方の清水戦レポート
ドメサカブログ 【小ネタ】柏なめだるま親方の優勝決定戦(浦和戦)レポート


ニーヤン :
兄やん。レアンドロ・ドミンゲスの選手間での呼び名。キタジ(北嶋)による命名とされる。移籍先の名古屋でもどうやらニーヤンが浸透しつつある模様。

 :
柏祭りの選手パレードの際、谷澤の額に書かれていた文字。

2-0 :
この点差で勝っている時に油断が生まれやすく、危ないとまことしやかに言われるスコア。ただレイソルにとっては危なくない。
レイソルが優勝した2011年、2-0で前半リードしていた横浜戦で「2-0は危ないので気を引き締めていこう」という話を選手達がしていたところ、ネルシーニョ監督が「2-1になるなどは負けているほうが考えること。お前達は勝っているんだ。危なくなんかない。お前達がゲームをコントロールすればよい」と選手を諭した。選手は「2-0危なくねーぞ!」と奮起し勝ち切る。勝者のメンタリティーを植え付けるネルシーニョの手腕を物語るエピソード。

西野 :
西野 朗 監督のこと。
かつてはレイソルの前身であるJSL日立製作所でプレーし、選手として日本代表の経験も持つ。1996年のアトランタオリンピックでは五輪代表監督としてマイアミの奇跡と呼ばれるブラジル戦での劇的な勝利をもたらした。
1998年にレイソル監督へ就任し、1999年のナビスコカップ制覇、2000年のリーグ2位など実績を残すも、その後成績不振により解任。後にガンバ大阪で長期政権を担い、ガンバの黄金時代を築く。その後神戸、名古屋の監督を経て2018年ワールドカップ時の日本代表監督としてW杯グループリーグ突破へ貢献。
日本人監督としてトップクラスの成績を残し、日本代表クラスの選手を何人も育成するなどまぎれもなく名将の一人であるが、レイソル監督当時を知る柏サポーターの評価は分かれる。チームとサポーターにより追い出される形での解任であったが、後のネルシーニョ辞任騒動時には有力候補として名前が挙がったことも。ファイル放り投げが得意技。

日本一プロジェクト :
2004年から始まった3ヵ年計画で、3年目である2006年にリーグ制覇を果たすべくフロントが進行しているはずのプロジェクト。もともとは2003年から3ヵ年の予定だったが、2004年初頭に「2003年はそのための精査に費やした」と称してリセットされるなど、立ち上がりからまともに行われているか怪しかった。2006年、J2降格に伴うチーム体制の刷新により、計画は廃止。チームは暗黒時代に突入し、掲げていた日本一が実現されるのは2011年まで待つことになる。

ニワトリトレーニング :
通称ニワトリトレ。だるまトレとは異なり実際には行われていないトレーニング。「子供のころ、小屋にニワトリを追い込んだことがありますか?プレスのかけ方は、つまり 、あの動きなんです。」という早野監督独自の哲学。小学校時代に飼育係の経験がある中澤聡太が「ニワトリとプレスが同じ?まさにそうです。」と共鳴。
 


布部塾 :
布部コーチが控えFWを対象として行う集中トレーニング。決定力の改善に定評があり、一時期伸び悩んでいた工藤の再生・ブレイクに一役買っている。
 


ネルシーニョ辞任騒動 :
2013年8月31日(土)のアウェー鹿島戦における敗戦後、ネルシーニョ監督が突如辞意表明し、同年9月5日(木)に撤回した事件。
選手・フロント他誰も辞意を知らされておらず、ACLなど全コンペティションに可能性を残す中の表明は周囲の動揺を誘った。一戦必勝が信条のネルシーニョにとって、勝てばリーグ上位の芽も出る節目の試合で、ほぼ手も足も出ず敗れたことに思うところがあった模様。
後任監督として西野、井原、吉田達磨などの名前が飛び交う中、2013年9月4日(水)の天皇杯、対筑波大学戦では井原が監督代行として指揮を執る。その試合中にサポーターより以下のような弾幕が掲示された。
「一度言ったことを撤回するには、勇気もいるし恥もかくだろう。だが、あなたには、それを乗り越えるだけの器と実績がある。少なくとも、俺らは、そう思ってるし、そう信じている。」
「辞めるにしても、このタイミングではない。まだあなたの仕事が残されている。ネルシーニョ帰って来い。柏の史上最高監督ネルシーニョ。心からあなたに感謝しているが 、ネルシーニョの時代を終わらせるにはまだ早い。」
辞任撤回は筑波大戦の翌日に発表。撤回意向表明は内々には週明け時点で既にあったようだが、フロントがサポーターの意思を確認した意味で、弾幕の効果はあったものと思われる。その週の土曜日にあったナビスコ杯横浜戦では選手一同奮起し、大勝という嬉しいおまけもついた。
http://www.calcio matome.net/article/374008551.html


ねるねるネルシーニョ :
2014年の名古屋-柏戦で、解説をしていた玉乃淳が試合中に突然「ねるねるネルシーニョってCMがきてもおかしくない!」とウケ狙い発言。やんちゃな玉乃にきわめて寛容な
J SPORTSの土屋プロデューサーも、さすがにこの発言だけは教育的指導をしたらしい。


野田線ダービー :
同じ東武野田線沿線のチームである大宮アルディージャとの対戦を指す。大宮側では公式に野田線ダービーとしてCMなどが打たれたことも。2013年は栗澤選手が「Ole !アルディージャ」の番組を担 当した佐藤弥生と結婚した影響で、「弥生ダービー」なる新名称も登場。
2014年に東武野田線はアーバンパークラインに改称された。以降のダービー名がどうなるかは注目。
フジログ×アルディージャ 東武野田線ダービー告知CM
http://www.youtube.com/watch?v=L8qLPq04LQA

ノブリン :
石崎信弘監督のこと。大分監督時代か、山形監督時代からかそう呼ばれていた。
2006年にはレイソルを、2011年には札幌をJ1昇格させ、2014年にはJ2山形を率いてJ1昇格プレーオフで千葉を破りJ1昇格。Jリーグ随一の昇格請負人として知られる。その他、JFL時代の山形において限られた戦力で3位になったり、大分時代や川崎時代にもJ1昇格へ非常に近い順位を達成させた。J2を生き抜く術を知り尽くしている監督だ。
たっちゃん萌えが「ザ☆キュン」と名づけたが、☆が打ち辛いので普通にノブリンとも呼ばれていくことだと思う。
本人いわく、「ノブリンと呼んでいいのは若い女の子限定にしよう(笑)」。

ノブリンチルドレン :
過去に他チームで石崎監督の指導を受けたレイソル選手のこと。特にノブリン本人の希望で獲得されたりノブリンを慕ってやって来た選手を指す。略してノブチル。
石崎サッカーの申し子である山根巌とノブリンを慕ってレイソルにやって来た岡山一成 を筆頭に、太田圭輔、杉山浩太、茂原岳人らがいる。清水在籍時に指導を受けたという ことでは北嶋も教え子になるが、北嶋の場合は元々レイソルの選手であることから北嶋 をこの中に含むかどうかは意見が分かれるところ。


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最終更新:2021年12月08日 00:55
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