プレイ日記 > 黄巾の乱 > 孫堅 > 上級

孫呉。それは文武両面に名将が揃う、すばらしい勢力である。私はそんな孫呉の基礎を築いた孫堅で中華を統一することにした。
設定はすべて史実とした。

早速、市場を開発し金収入を安定させることにした。その一方で人材探索も並行して行った。
最初に見つかった人材は、呂岱である。登用には時間がかかったが何とか配下に加える。
なぜ時間がかかったかといえば、軍師・程普の助言が当たらなかったからである。頑張ってくれよ、程公。
兵舎の開発が終わった頃、呉景に輸送隊1000を率いさせ、江東の占領に向かわせた。
私は最初から下邳を捨てて、人材の多い江東に引越しするつもりであった。
しかしこの作戦に大きな穴があることに私はまだ気付かなかった。
呉景が頑張っている間に再び人材の探索を開始する。陳珪の登用にことごとく失敗したので、公孫度やら張魯やら糜竺やら呉には似合わない将ばかり見つかった。序盤で米道と富豪を得られたのはよかったが。

年が明けて185年。
江東への引越しも終わり、下邳は空っぽになった。山賊が沸いているが、勝手にしやがれ。
ここで私はある疑問を持った。
江東に引越し、人材探索を行っていたが、能力の高い将は虞翻ぐらいで、あとはそこまでであった。

なぜであろうか。江東ならもっと呉にゆかりのある人材、例えば、張昭とか甘寧とか太史慈とか・・・

太史慈。待てよ・・・
太史慈がはじめに仕えた君主は確か北海の孔融だったような・・・
私は危うくコントローラーを落としそうになった。
そう。太史慈は北海に登場するのである。
私はすぐに朱治・孫堅・程普を下邳に送り返し、北海の占領に向かわせたのであった。

                        つづく

朱治の輸送隊を送り込んだのは、6月であった。何とか北海に滑り込み探索一発目で太史慈を発見、登用に成功した。続いて国淵、劉繇、孫乾も登用できた。
まずは荒れ果てた下邳を復興し、北海の開発も並行して行うことにした。
依然として平和な江東諸都市の武将には柴桑・寿春の占領をさせた。

このままでは中原に進出できないと悟った私は、小沛の管亥を討つべく軍備を増強させるのであった。
                        つづく

|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|
合計 -
オンライン -
昨日 -
今日 -
■ メニュー
FAQ
| └ Q&A
内政
| ├ 技巧研究
| ├ 能力研究
| └ 武将育成例
戦争
| ├ 兵科
| ├ 一騎討ち
| ├ 支援攻撃
| └ ダメージ検証
小ネタ


■ 武将データ
史実武将(簡易版)
| ├ ア行
| ├ カ行
| ├ サ行
| ├ タ行
| ├ ナ~ラ行
| ├ 詳細版(wiki外)
| ├ 能力値
| | └ 素質盛衰表
| ├ 血縁
| └ 親愛・嫌悪
├ おまけ武将
| ├ いにしえ武将
| ├ 水滸伝武将
| └ CS版限定武将
都市別未発見武将
マスクデータ







更新履歴

取得中です。




サイト左上の画像は登録済みユーザーのみに使用許諾されたものです
(C)KOEI Co., Ltd. All rights reserved.