プレイ日記 > 英雄集結 > 張繍 > 超級 > 三国一の軍師・賈詡先生でプレイ(え?) 3


設定&プレイのルール(縛り)

 ◆プレイシナリオ/PSPK「英雄集結」
 ◆プレイ君主  /張繍
 ◆難易度    /超級
 ◆討死設定   /多い
 ◆後はすべて史実設定
 ◆筆者のデフォルト環境で以下の部分が編集されています。ご了承ください。
  ・親愛関連
   ・劉備→孔明、趙雲、徐庶、法正、魏延
   ・魏延→劉備を追加
   ・趙雲→文鴦を削除
   ・姜維→孔明、傅僉、鄧芝、夏侯覇
  ・特技関連
   ・李厳→「戟将」から「射手」(そもそも弩S・戟Aで「戟将」なのが変……)
   ・曹仁→「鉄壁」から「戟将」
   ・夏侯淵→「急襲」から「弓将」
   ・張郃→「昂揚」から「勇将」(魏将は強いことは強いし、渋い特技持ちも多いのですが「○将」が少ないので増やしています)
   ・賈詡先生も実は特技を「機略」に変更していますが、今回は自軍でプレイするので初期の「反計」に戻しています。

 ◆「縛り」というより普段のプレイから自重している事項
  ・セーブ&ロード及びゲーム中の編集(ただし編集に関しては特技の削除、功績の初期化はします)
  ・「捕縛」の使用、「流言」での武将引き抜き
  ・飼い殺し(登用しないorできない武将をずっと捕虜状態)
  ・廟発見時の書換禁止特技→「神」の付く特技、「勇将」「飛将」「覇王」「疾走」「虚実」「洞察」
  ・軍師は死亡しない限り初期軍師固定

 ◆詳しいルールについてはこちらに記載しております
  ・賈詡先生でプレイ(1)

プレイ日記・賈文和の秘策 其の四 「上庸~漢中攻略の策(後編)」


<256/11/01~257/12/21>

防衛により漢中の兵が20000程にまで弱体化する。頃合いと見て軍を起こす事にした。

256/11/01 上庸より漢中へ侵攻開始

張繍 蒯良 董允 弩S8000
賈詡 袁遺    弩A6000
李厳       弩S8000
張済 鄒氏 胡奮 井S8000
         計30000

今回は弩部隊と井蘭部隊のみで攻略することにした。すぐに天水の馬騰軍との攻防が予想されたので弩を多めに持って行きたかったという理由もある。
傅僉は宛に盧植先生が来ていたので、捕虜にできないかと思って防衛に行かせていたため今回の漢中攻略戦は不参加(そして捕虜にできず……orz)

257/02/11 漢中攻略(自由枠残り8)

漢中攻略はあっさりと終了。やはり攻城クリティカルの胡奮の存在が大きく、城内の兵をあっという間に殲滅したため抵抗らしい抵抗はなく終了した。
そして人材登用。漢中には今回大活躍であった胡奮の父、胡尊がいたためまず彼を一族枠で登用。

自軍武将 胡奮→胡尊(一族枠)

その後自由枠8を使い以下の将達を登用した。その中には張繍と賈詡先生にとって縁ある将も混ざっていたのだが……。

自由枠(1)閻圃
自由枠(2)張魯
     └(一族枠)張衛
自由枠(3)楊阜
自由枠(4)傅嘏
自由枠(5)王双
自由枠(6)徐栄
自由枠(7)胡軫

そして……

?? 「張繍~~~~~!!!」
張繍 「──あ、貴方は!?」
賈詡 「董卓殿ではございませんか」
董卓 「もう塩だけの握り飯には飽きたんじゃああああ! 肉、肉を食わせてくれ! さすればわしはお主に忠誠を誓おう!」
胡車児「(´-`).。oO(漢中、兵装は無かったけど兵糧だけは山ほどあったからな……)」
賈詡 「……こちらの方に食事を」
張繍 「肉で忠誠を誓われてもな……」

一瞬、迷いましたがまあ相性もいいし、李儒との親愛に特技も役立つので登用することに。

自由枠(8)董卓
     └(一族枠)董旻

董旻は陽平関に放り込むか、上庸の委任に回す予定。運搬くらいはできるでしょうから。
その後、襄陽や宛から費禕を始めとする内政官を呼び寄せ、漢中の復興に着手。

自由枠8消費、残り0枠。

漢中の内政がある程度終わったところで、張繍、賈詡先生と李厳等の本隊は襄陽へ移動。

張繍 「さて、文和よ。先に言っておった江陵を後回しにした理由を説明してくれぬか」
賈詡 「ええ、其もそのつもりでした。まず、これは策というよりも……」
張繍 「む、以前申しておった【しすてむ】という妙計か?」
賈詡 「そうです。正確に言えば【しすてむ】の穴、ですかな。我々は江陵の劉備軍に対し、部隊の殲滅ではなく兵糧切れを狙う防衛対策を取りました。
    黄月英殿が副将についた兵器部隊は速やかに弩部隊で潰しましたが、それ以外の部隊に対しては特に攻撃も行わず、そのまま城へ帰還させました」
張繍 「そのせいか劉備軍の兵は隣接した時の兵数30000弱とあまり変化がないな」

賈詡 「それが狙いです」
張繍 「……どういう事だ?」
賈詡 「そもそも我々が着々と兵を増やしているにも関わらず、江陵の兵が増えぬのはおかしいと思われませぬかな?」
張繍 「確かに。現在、襄陽には60000程の兵が駐屯しているが、COMは隣接しているプレイヤー軍の都市よりも兵力を上回ろうとするのに増やさぬのはおかしいな」
賈詡 「増やさぬ、というより増やせぬ、と言ったほうが正解でしょうな」
張繍 「……? ……兵糧が不足しているのか!」
賈詡 「左様。我々の防衛対策により劉備軍は兵数はさほど減らすことなく、しかし兵糧は大量に消費するという事態になっております。
    とにかくCOMはプレイヤー軍、つまり我々を執拗に狙ってきます。江陵の劉備軍にとって敵はすでに我々しか見えない状態であり、他に遠征する気も余地もない。
    懲りずに何度も部隊を出し続け、そのため物資に余裕も無くなり……【しすてむ】の穴にハマったと言っても良いでしょう」

張繍 「成程。兵糧切れで帰還させることを繰り返すことによって、その内、減った兵も補充できないほどの物資不足を狙ったわけだな」
賈詡 「そうです。一度毎の効果は少なくともそれが幾度も続けば都市そのものの兵力が衰えてきます。
    将の質を問えば、劉備軍に勝る軍などありませぬ。かの曹操軍でさえ一歩劣る。
    そんな軍に我々が勝つには事前に出来るだけ相手を弱体化させ、倍以上の兵力、物資の力で押すだけですから」
張繍 「最後は力押しか……腹を括らねばなるまい」
賈詡 「油断は禁物ですが、COMは兵装よりも兵数を優先してきます。
    兵数も増やせぬとなれば兵装もさほど増えておらぬはず。それだけでも多少は我が軍が有利になりましょう」

よく「英雄集結」シナリオで柴桑の孫堅軍が伸びない、という話題が出ます。
伸びない理由としては都市特色が水軍のため楼船を作りすぎることなどが挙げられますが、実は江陵の特色も水軍です。
江陵の方が開発地が多く収入があるとはいえ、防衛のしやすさは柴桑の方が上ですから、長所・短所を差し引けば柴桑と江陵はそれほど大きな差があるとは思えません。
また、劉備軍と孫堅軍は将の多さや特技「富豪」持ちの存在、初期兵数などほぼ同じです。
戦闘面では劉備軍のほうが決め手のある将が多いとはいえ、平均能力値は孫堅軍のほうが上回っています。

なのに何故、劉備軍は伸びて、孫堅軍は伸びないのか。これはやはり襄陽という大都市を早めに自領に出来るかどうかが大きいと思われます。
逆説的に襄陽を押さえてしまえば江陵の劉備軍は柴桑の孫堅軍と同じ運命を辿ることになるのではないか? と考えたことが今回の張繍軍プレイの始まりでもありました。
劉備軍を押さえ込む事が出来れば案外どうにかなるんじゃないかなーと考え、四苦八苦なプレイを続ける事により偶然とはいえ突破口を見つけ出せたとも言えるでしょう。

実際、襄陽を押さえ江陵に劉備軍を閉じ込めた形に持っていくと、やはり柴桑の孫堅軍と同じように楼船を造りまくりで貧乏所帯になりますw
また劉備軍は初期技巧で「木獣開発」を所持していますから、さらに木獣も造りまくりw そりゃ物資が足らなくなるわけですよ。

この大量に楼船やら兵器を造りまくる部分だけでもAIが改善されたら、かなり良くなるとは思うのですがね……。
もしくはひたすらプレイヤー狙いではなく攻めやすいところから攻めるAIとか。
でも、そんな穴のないAIになったら筆者の腕では張繍軍で統一なんてできないでしょうから今のままでもいいかw
多少AIがお馬鹿なのは弱小軍でも統一の可能性が残るようにするためだと思います……たぶんw

張繍、賈詡先生を始めとする本隊が江陵の劉備軍をじわじわと弱体化させながら軍備を整えている頃、宛では奇妙な光景が観測されていた。

霍弋 「父上! 趙累殿!」
霍峻 「紹先、常日頃から守将というものは何があっても狼狽してはならぬ、と教えておるだろう」
霍弋 「は、申し訳ありません。しかし……」
趙累 「何か御座いましたか? 霍弋殿」
霍弋 「宛城北側の森林地帯にて曹操軍の騎馬隊を多数確認した、と物見から報告が御座いまして」
霍峻 「……曹操軍が? 同盟を破棄したというような伝令は聞いておらぬが……」
趙累 「まさかあの賈詡軍師がそのような重大なことを伝令し忘れるなどと有り得ぬでしょうし」
霍弋 「ですが、曹操軍の騎馬隊が多数というのは穏やかではありませぬ」
霍峻 「ふむ……どれ、私が直接確かめて参ろう。紹先はついてまいれ。趙累殿は留守を頼む」
趙累 「心得ました。お気をつけて」

上庸攻略後、宛は霍峻・霍弋親子と趙累に守らせていた。
統率の高い親子援護に趙累の特技「補佐」で武力はさほど高くないが守りは非常に安定しており、何進軍を幾度も撃退していた。
そのしつこく宛を狙っていた何進軍だが、実は張繍軍が漢中を攻略した一ヶ月後の257年3月、安定の馬騰軍によって滅ぼされていたのだ。

ところで長らく筆者は勘違いしていたのですが……

宛と洛陽には隣接判定が無い!  のです。

所謂、領地(マス目)が宛と洛陽で隣り合っている所はありません。
許昌と洛陽(虎牢関)と宛の三叉路の間が少々ややこしいですが、マス目的には「宛-許昌-洛陽」になっています。

何進軍との防衛を行なっている最中、司馬懿軍が乱入してくる時があるためずっと「隣接判定がある」と思い込んでいました。
そのくせ兵を貯めこむだけ貯めこんでも一向に攻めてこない司馬懿軍が謎だったですが、武関の所領がトリガーであることにようやく気がつきました。
この武関、長安より宛の方が近いため所属を勘違いしそうですが、武関の所属は長安です。
そして隣接判定とは都市だけにあるのではなく拠点毎(関や港も含む)にあるため、つまり武関を張繍軍が取ってしまうと長安領に張繍軍の拠点ができた事になり、

司馬懿軍「隣接判定キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!」

状態になってしまって、司馬懿軍からも攻められるという結果になるわけです。
そのためプレイの途中から武関を挟んでの防衛は止め、城の西側で一隊ずつ引き込んでの防衛に切り替えました。
よって張繍軍は未だに司馬懿軍との隣接判定がなく、洛陽には15万の兵(MAXw)が駐屯しているにも関わらず戦闘が起きていません。

何進軍が滅亡する前、武関はもちろん何進軍の所領でした。しかし滅亡後、無人の関に。
別にこの関を取ったところで張繍軍にとって得する事はひとつも無く、司馬懿軍との隣接判定もできてしまうため放置していました。

その無人の関を曹操軍が落としたのです。
COMはどうも無人の拠点を好んで占拠する傾向にありますし、曹操軍とは同盟中で司馬懿軍の盾になってくれるならそれは結構な事、と考えていたのですが……。

なぜか曹操軍、洛陽に攻め入るのに虎牢関経由ではなく、わざわざ宛の北にある森林地帯を抜けて武関を通り、函谷関側から攻め始めているではありませんか!
つまり、宛の北側にゾロゾロといた曹操軍の騎馬隊は洛陽を攻める部隊だったのです。この辺りのAIの仕様はさっぱり判りませんね……。謎です。
しかも、武関を越えて函谷関に出るということは長安領に侵入することと同じですから、当然、長安の馬騰軍も出張ってきます。

当面、張繍軍は馬騰軍・司馬懿軍・曹操軍の三つ巴の戦いを静観することにします。なにせ重要な戦いが控えているのですから……。

プレイ日記・賈文和の秘策 其の五 「激突!対劉備軍 襄陽~江陵攻略の策(後編)」


<258/01/01~258/07/01>

張繍 「とうとうこの日が来たか……」
賈詡 「はい、もう後戻りは出来ませぬ。参りましょう」
張繍 「うむ。──者ども! これより我が軍は江陵の劉備軍に総攻撃をかける!
    この戦いこそ乾坤一擲、我が軍の存亡を賭けた戦いである! この戦いに勝たねば我が軍の明日は無いと思え!」
一同 「応っ!」

これまでの行動のすべてはこの一戦のため、と言っても過言ではなく。258/01/01、張繍軍は劉備軍討伐のための軍を出陣させた。

258/01/01 襄陽より江陵へ出兵

張繡 婁圭 徐栄 騎S11000
賈詡 袁遺    弩A8000
傅僉 陳武 霍弋 戟S8000
張済 蒯良 董允 弩S8000
李厳 傅嘏    弩S8000
傅彤 歩騭    井S8000
州泰 胡奮    衝S6000
         計57000

襄陽側から江陵へと侵攻した場合、どうしても砂地が多くなってしまうので槍兵は用意せず、敵の移動は主に張繍の騎馬、傅僉の戟兵で行う。
また、この時点で賈詡先生の知力は99になっており、相手が諸葛亮か趙雲でなければ足止め可能。
張済、李厳の弩兵で相手の兵力をチクチク削る「ヒット&アウェイ戦法」をとりつつ、兵器部隊を守りながら城へ近付く──つもりだ。

対する劉備軍は江陵に約29000の兵。全体的に兵糧と兵装が少ない。
交戦前に確認したところ槍、戟は10000弱、弩は5000弱、馬は在庫0であった。そして楼船40隻、木獣15台w
兵力も張繍軍の約半分、兵装も少なめではあるが、この戦力差をひっくり返す事ができるのが劉備軍なのだ。まったく油断はできない。

襄陽~江陵の渡り手前に陣取られると突破に時間がかかってしまうため、多少の犠牲覚悟で張繍隊を先行させ、渡りを超えたところに布陣させる。
陣を建設し、他の部隊との足並みを揃える。江陵からの迎撃部隊は副将に龐統を連れた張飛の戟兵6000。張繍が張飛の戟戦法「横払」を喰らう。
一気に1000を超える兵が削られてしまった。……痛い、痛すぎる。兵種の相性や兵力からもこちらのほうが有利なはずなのにこのダメージはいったい……。

賈詡先生で張飛を足止めし、張繍隊の突進で城側へと押し返す。傅僉隊を護衛にしつつ、弩兵、兵器部隊を前進。

その後、関羽(副将・関平、王平)が槍兵6000で出てくるが、賈詡先生の偽報で無力化し傅僉隊の戦法「熊手」でこちらの部隊のZOCが発生する箇所に引っ張り込む。
この時、なんと関羽が負傷。傅僉、よくやった! これにて陳武の特技「戟将」が通ることになった上、関羽の特技がほぼ無効に。
砂地に入れば槍戦法は喰らわないのだが、関羽の場合「通常攻撃」もクリティカルになるのでシャレにならん。

関羽も張飛も硬いし、一撃喰らうと「ひ、ひぇぇ」と言いたくなる程のダメージがでるのだが、賈詡先生で足止めできるのがとにかく大きい。
思ったより楽勝ムード?w などと考えていた筆者の甘い考えを見透かしたように、もっとも戦いたくない相手が飛び出してきた。

趙雲(副将・姜維)の騎馬兵約2300。馬の在庫が無かったので安心していたのだが、どうやらこちらが城に取りつく前に生産したようだ。

むむむ……騎馬か。襄陽から江陵へと攻めた場合、騎馬の戦法を止める場所がないのだ。江陵の南側なら湿地や森林があるため騎馬はさほど怖くはないのだが。
とにかく足止め方法のない趙雲を自由にさせないために囲むしかない、と張繍隊と傅僉隊を隣接させたのがまずかった。

趙雲隊は騎馬戦法「突破」を繰り出し、傅僉隊の真裏──兵器部隊の真ん前に飛び出してきたのだ。
しまったああああ! と後悔したのもつかの間、次ターンに趙雲が州泰隊(副将・胡奮)の衝車に騎馬戦法「突撃」。討死設定「多い」にするんじゃなかった……orz
テストプレイ時の「漢中ルート」の時は君主の張繍で結構な数を轢殺したので、本プレイも設定を引き継いだのだが。

ああ、赤木しげる氏の「殺してもいいって事は殺されてもいいって事だ」という名言が頭の中に木霊する。

幸い、州泰隊は無事だった。⊂(^ω^)⊃ セフセフ!!

趙雲「敵将、逃がさん!」

ちょ……セーフじゃねぇえええええええ!!!! 騎馬隊による強制一騎打ちが発生。州泰がそれを受ける。州泰、逃げて! 超逃げて!!

PS版は家庭用ゲーム機の限界か、たまに画面が一瞬止まったようになる時があります。小銭拾いをしていてアイテムを見つけた時とか(wii版は判りません)
なので「アイテム見つけたw」とか事前に判ってしまいます。後、一騎打ちの一閃とかも判ります。少しだけタイムラグがあるんですよね。

ええ、されましたとも。一閃(TдT) 一騎打ち画面に切り替わった途端、なんだか見たことのある斜めからのカメラアングル。どけどけぇ~~~~

趙雲「いい勝負だった。次があったらまたやろう」

全然いい勝負じゃねぇええええええええ!!!! 二度も貴方と一騎打ちやりたかないです。
州泰、死ぬなよ。とっ捕まってもいいから生きてろよ! 筆者の願いが通じたのか州泰は死なず、即解放。今度こそ本当に⊂(^ω^)⊃ セフセフ!!

胡奮が主将になってしまった衝車隊は一旦、襄陽に退却させます(指定の将以外、主将にしないという縛りに反するため)
しかし……「三國志11」で一番敵に回したくないのは間違いなく趙雲ですね。硬い、強い、ウザい。超ウザい。
趙雲を確実に足止めできるのって、関羽、張飛、呂布の槍戦法「乱突」か呂布+呂玲綺の「疾走」つき騎馬戦法くらいしかないんじゃないでしょうか?

趙雲の騎馬戦法「突撃」にヒヤヒヤしながらもなんとか部隊を壊滅させる。兵力2000ちょっとの騎馬隊でダメージ1000↑とかなんかおかしいだろ!
2度迎撃に出てきた関張の部隊を殲滅した後は観念したのか、迎撃部隊は出てこず。ようやく城に取りつき攻城を始めることが出来た。

そして丸半年後の258/07/01……江陵攻略! 泳! 泳! 魚ooooooo!!!

張繍 「ぜぇぜぇ……江陵を陥落させたぞ! とはいえ、こちらもすでにライフポイントは0だが……。者ども! 勝鬨をあげよ!」
賈詡 「まったく歴史SLGとは思えぬ緊張感ある戦いでしたな……さすがの其も疲れました」
張繍 「プレイヤーも江陵を落した瞬間、すぐにセーブしてコントローラー放り出したらしいからな」
賈詡 「とにかく江陵へ入城しましょう」
張繍 「うむ、人材の確保も急がねばならぬしな」

いや、本当に疲れました。劉備軍、やっぱTUEEEEEE!です。半端ないです。
しかし、これで張繍軍は最大の難敵である劉備軍を攻略・吸収することが出来ました。関張趙は防衛にしか起用しないとはいえ、戦略の幅も広がると思います。

プレイ日記・賈文和の秘策 番外編 「今回の登用縛りをkwsk」


お久しぶりです。少し間が開いてしまいましたがラストスパートに向けてkskしていきますのでよろしくお願いします。

さて、今回は番外編です。今回の人材登用縛りが筆者の説明では判りにくいかなー、と思ったので劉備軍をモデルに詳しく説明しようと思った次第。
「1城×3人」「官職縛り」ほどきつくは無いのですが「親愛、一族、義兄弟、伴侶」のような縁続き登用がメインとなっています。
もちろんこれだけでは流石に登用できない人が多すぎるので「攻略した1都市に対して自由枠3」をプラスしています。

劉備軍を吸収した258/07/01の時点で敵方にいた者に縁がある人が張繍軍には数名います。

趙累 → 関平(相互親愛)
傅僉 → 姜維(相互親愛)

まずこの2人を登用。そしてこの2人から以下の形で登用枠が伸びることになります。

関平 → 「親愛枠」「一族枠」
姜維 → 「親愛枠」(姜維は一族がいないので「一族枠」はありません)

図式化するとこんな感じです。

趙累─関平
    ├「一族枠」※一人のみ
    └「親愛枠」

ただし「一族枠」→「一族枠」は使えません。また「親愛枠」は無制限ですが「一族枠」は一人のみ適応可です。ですので、

趙累 → 関平
      └「関興(一族)」
          └「関索(一族)」

これはダメということになりますが、

趙累 → 関平
      └「関興(一族)」
          └「張苞(義兄弟)」

これはおkということになります。

この縛り実にバランスがいいのです。「1城×3人」や「官職縛り」ほどきつくないですが、無差別に登用できるほど緩くもないので、ほどよい感じです。
筆者はさらにこの縛りに「特技縛り」を加えました。これはCSPKは特技の無い将に特技を付与してくるためです。「覇王」とか「○神」が多数いたらいかんですよねー。

この「縁続き登用」今では筆者のデフォルト縛りになっていたりします。この縛りを考えて下さった某動画作者様に本当に感謝です。
というわけで、劉備軍の登用は以下のようになりました。「自+数字」表記は自由枠で登用したという意味です。

趙累(自軍)→関平(親愛)
        └廖化(親愛)
傅僉(自軍)→姜維(親愛)
        └鄧芝(親愛)

※江陵攻略時点での自由枠は3

王平(自1)
劉備(自2)
  ├関羽(義兄弟)
  │ ├関索(一族)
  │ └周倉(親愛)
  │ 
  ├張飛(義兄弟)
  │ ├龐統(親愛)
  │ └張苞(一族)
  │    └関興(義兄弟)
  │ 
  ├糜氏(伴侶)
  │ └糜竺(一族)
  │    ├孫乾(親愛)
  │    └簡雍(親愛)
  │ 
  ├諸葛亮(親愛)
  │ ├黄月英(伴侶)
  │ ├馬良(親愛)
  │ │  └伊籍(親愛)
  │ ├馬謖(親愛)
  │ └諸葛瞻(一族)
  │ 
  ├趙雲(親愛)
  ├法正(親愛)
  └徐庶(親愛)

自由枠残り1

劉備軍から登用したのは以上の26人です。後はすべて解放。
「槍将」の劉封は関平との親愛枠、劉備の一族枠に該当しますが、後々の事を考えて登用しません。
また趙雲の息子2人は片方だけ登用というのも嫌なので2人とも解放します。(史実でも直属の部下でしたし、姜維と趙広に親愛つけてあげれば良かったorz)
王平は特に親愛も一族も持っていませんが、自由枠を割いて登用するに価する将だと思うので登用しました。
孔明は登用後、特技「神算」を即「築城」に書換。息子の諸葛瞻と新野を守ってもらう予定です。

さて……次は現時点での勢力紹介といきたいところなのですが、すでにかなりプレイを進めていて今更この時点での勢力紹介してもしょうが無いので、
現段階までの侵攻戦をダイジェストでお送りし、その後、勢力紹介や育成などについて書く予定ですのでご了承ください。

プレイ日記・賈文和の秘策 其の六 「欢迎! 孫堅軍の策」


<259/06/01~259/10/11>

張繍 「……どうするよ、文和」
賈詡 「どうもこうもこればかりは天命でございますからな……致し方ありませぬ」

江陵を攻略し、劉備軍を吸収した張繍軍は約一年ほど、戦後処理、将の再配置、技巧研究、育成などに取り組んでいた。
満を持して、259/04に柴桑の孫堅軍を吸収するため、軍を起こす予定だったのだが……。なんと柴桑に疫病が発生!

それまで廬江の袁術軍や張繍軍の領内である鳥林港に出兵させていたのが祟ったのか、柴桑の兵は約19000弱と激減。

張繍 「一応、劉備軍と孫堅軍との戦はこのプレイのクライマックスだったんだがな……」
賈詡 「孫堅軍の兵数を増やすMチートをしても良かったのですが、動画ならいざしらずプレイ日記でそれをやっても面白くありませんから」

というわけで倍の兵数でさくっと踏み潰します。

柴桑攻略戦

張繍 婁圭 関索 騎馬S 10000
賈詡 馬謖 周倉 弩兵S
李厳 胡奮 袁遺 弩兵S
傅僉 董允 陳武 戟兵S
傅彤 蒯良 張苞 槍兵S
張済 霍弋 雛氏 弩兵A
州泰 歩騭 黄月英 井蘭S
他部隊はすべて兵5000 計40000

もう状況書くようなこともなくあっさりと柴桑攻略……orz しかも攻略前に柴桑の物資を見ると「衝車15 井蘭9 楼船70(!)」どんなけ船造ってんの!
戦というより本当にただの吸収イベントになってしまった感のある柴桑攻略戦でしたが、以下の人材を登用しました。

柴桑攻略時点での自由枠4

徐盛(自1)
孫桓(自2)─孫韶(一族)

蘇飛(自軍)
  └甘寧(親愛)
    └凌統(親愛)
       └凌操(一族)

歩騭(自軍)
  ├諸葛瑾(親愛)
  │ ├魯粛(親愛)
  │ │  └魯淑(一族)
  │ └諸葛恪(一族)
  │    └孫登(親愛)
  └厳畯(親愛)

劉備(自軍)
  ├孫尚香(親愛)
  │ ├大喬(親愛)
  │ │  └孫策(伴侶)
  │ │     └孫翊(一族)
  │ │        └徐氏(伴侶)
  │ └小喬(親愛)
  │    └周瑜(伴侶)
  │       └呂蒙(親愛)
  │          └陸遜(親愛)
  │             ├陸抗(一族)
  │             └孫氏(伴侶)
  └呉国太(親愛)
      ├孫堅(伴侶)
      │  ├程普(親愛)
      │  ├韓当(親愛)
      │  ├黄蓋(親愛)
      │  │  └闞沢(親愛)
      │  │     └孫和(親愛)
      │  ├祖茂(親愛)
      │  └孫権(一族)
      │     ├周泰(親愛)
      │     │  └蒋欽(親愛)
      │     └朱然(親愛)
      │        └朱治(一族)
      │
      └呉景(一族)

自由枠2消費 残り2 37人登用。
しかし、ここで要らない捕虜(孫魯班とか孫峻とか)を解放する時に登用予定だった数人も解放してしまうという痛恨のミス……orz
よって、孫氏、孫登、孫和からの一族枠は残ったままです。後ほど使うかもしれません。

ですが、さすが相性がいい! ほぼ登用した段階で忠誠度100! しかも「ねんがんの仁政を手に入れた」!
旧劉備軍とは相性が悪いせいで忠誠度の維持が大変だったのですが、その心配もなくなりました。これで長期遠征も可能になります。

プレイ日記・賈文和の秘策 其の七 「荊南征伐戦~入蜀電撃戦の策」


ここから蜀平定まではダイジェストです。

柴桑の復興や軍備は元孫堅軍の面々にまかせて、本隊は江陵へ帰還。そして江陵から武陵~長沙という反時計周りで荊南を平定する予定。

<260/10/01>武陵・零陵攻略戦

張繍 婁圭 関索 騎馬S10000
賈詡 馬謖 王双 弩兵S6000
李厳 蒋欽 袁遺 弩兵S6000
張済 孫尚香 諸葛瑾 弩兵S6000
傅僉 孫権 陳武 戟兵S7000
傅彤 董允 凌統 槍兵S7000
甘寧 蘇飛 黄月英 井蘭S5000

計47000

約半年後に同部隊・同兵数で零陵へ侵攻開始
<261/04/11>に零陵陥落、趙範軍滅亡

零陵攻略時自由枠8

趙雲(自軍)─樊氏(親愛)
関索(自軍)─鮑三娘(親愛)

沙摩柯(自1) 蒋琬(自2) 華覈(自3)

自由枠3消費 残り5枠

「三国志11」でのモテ男達、趙雲と関索繋がりで美女2人を登用。
後は自由枠を割いても良いと思える人と、相性が良く内政官としても必要十分な能力の華覈を登用。この人はさらに韋昭との親愛もある。

荊南を平定している間もっとも防衛戦が激しかったのが漢中。涼州と長安を有する馬騰軍と梓潼の鄧艾軍から目の敵のように攻められていた。
しかも鄧艾軍は「難所行軍」の技巧を持っていたため梓潼~漢中間の裏道である桟道を抜けてくるものだから鬱陶しい事この上ない。

桟道を通ってきた投石車部隊にLv.3の市を壊されて、筆者のイライラがピークの時に1人の鄧艾軍の将を捕縛する。傅僉を裏切った蒋舒である。躊躇いもなく処断。
巻き添えを食らった左奕と諸葛緒には申し訳ないが、処断禁止プレイで無い限りは即処断するヤツなのだ、こいつは。
(ホントはちゃんと確かめて残りの2人は解放してあげれば良かったんですが……)

その後に捕縛した田続も処断し、高翔は捕虜に。

<261/06/01>桂陽に進軍開始

張繍 婁圭 関索 騎馬S10000
賈詡 馬謖 雛氏 弩兵S7000
李厳 蒋欽 胡奮 弩兵S7000
張済 孫尚香 袁遺 弩兵S7000
傅僉 孫権 陳武 戟兵S7000
傅彤 董允 凌統 槍兵S7000
甘寧 蘇飛 黄月英 井蘭S6000

計51000

<261/10/01>桂陽攻略
<261/12/11>捕虜だった高翔を登用 自由枠1消費、残り4枠

<262/02/01>長沙に進軍開始

張繍 婁圭 関索 騎馬S9000
賈詡 馬謖 雛氏 弩兵S5000
李厳 蒋欽 胡奮 弩兵S7000
張済 孫尚香 袁遺 弩兵S7000
傅僉 孫権 陳武 戟兵S7000
傅彤 董允 凌統 槍兵S7000
甘寧 蘇飛 黄月英 井蘭S6000

計48000

<262/05/01>長沙攻略 韓玄軍滅亡

長沙攻略時点での自由枠7

法正(自軍)─黄忠(親愛)
劉備(自軍)─魏延(親愛)

韓浩(自1) 譚雄(自2) 李異(自3) 桓階(自4) 沈瑩(自5) 樊建(自6)

自由枠6消費、残り1枠
この戦いで張済の弩適性がSに成長。

<262/12/11>永安に進軍開始

漢中のみならず江陵にもちょいちょい出張ってきていた鄧艾軍を潰すために江東よりもさきに益州を平定することにした。
江陵の防衛戦は桃園三兄弟と張苞・関興の虎の子義兄弟で防衛させていたので、なんの心配もいらず。
ちなみ漢中は趙雲・黄忠・姜維に加えて、補佐持ちの関平と趙累を配置し全体的に弩と槍適性の高い面々を揃えている。
たま~に長安から馬超とか龐徳がやってくる宛には陸遜・陸抗親子と霍峻・霍弋親子を配置。どちらの親子も弩と戟適性が高いので防衛戦には持って来いだ。
しかも筆者はこの親子達が大好きなので、親子援護がでるとニヤニヤしてプレイのモチベーションもあがるw

出陣前に雛氏、孫尚香、鮑三娘で義姉妹を結成。これで雛氏も一軍を担えるようになった。

甘寧 蘇飛 黄月英 井蘭S7000
傅僉 孫権 陳武 戟兵S7000
傅彤 董允 凌統 槍兵S7000
李厳 蒋欽 胡奮 弩兵S7000
賈詡 馬謖 王双 騎馬A7000
雛氏 孫尚香 袁遺 弩兵S6000
張済 婁圭 弩兵S7000
鮑三娘 王平 弩兵S6000

計54000

<263/04/01>永安攻略
この戦いで傅僉の戟適性がSに成長

<263/06/01>江州攻略に向けて進軍開始
永安攻略とほぼ同メンバー

<263/08/11>江州攻略

<263/09/11>成都に進軍開始
州泰の運用に悩んでいたので州泰と胡奮を義兄弟にした。これで投石車か槍・弩部隊で運用できそう。
永安攻略メンバーと州泰+胡奮の投石S7000

<263/12/11>成都攻略

<264/01/11>梓潼に進軍開始
漢中の裏側の安全を確保するために南中は後回しにして、さきに梓潼を攻略。
梓潼は城壁もダンボール製だし、兵も少なかったので投石車はお休み。

張繍 王双 婁圭 騎馬S8000
賈詡 徐栄    騎馬S5000
鮑三娘 王平   弩兵S6000
李厳 蒋欽 孫権 弩兵S6000
雛氏 孫尚香 董允 弩兵S6000
張済 胡奮 黄月英 弩兵S6000

計 37000

<264/03/21>梓潼攻略

<264/08/21>建寧に進軍開始

南中遠征の何が大変かっていうと、とにかく兵糧! 建寧~雲南と間をおきたくないので、どの部隊も兵糧を出来るだけ多く持たせる。
実は永安に攻めこむ前に司馬懿軍・馬騰軍・鄧艾軍で連合を組まれてしまっていた。よって忠誠度が255になっている捕虜はすべて解放。
滅亡させてから一気に登用するつもりだ。しかし司馬懿軍ェ……。あんた一度も攻めて来てないやん……。

張繍 関索 袁遺 騎馬S10000
賈詡 馬謖 徐栄 騎馬S5000
張済 胡奮 鄧芝 弩兵S10000
李厳 甘寧 蒋欽 弩兵S10000
鮑三娘 王平 陳武 弩兵S6000
雛氏 孫尚香 董允 弩兵S6000

計 47000

<265/01/11>建寧攻略 鄧艾軍滅亡

建寧攻略時点での自由枠16

趙雲(自軍)─文鴦(親愛)
黄忠(自軍)─劉磐(親愛)
蒋琬(自軍)─蒋斌(一族)
劉備(自軍)─盧植(親愛)

鄧艾(自1)─鄧忠(一族)
呉懿(自2)─呉班(一族)
黄権(自3)─黄崇(一族)

張翼(自4) 張嶷(自5) 馬忠(自6) 羅憲(自7) 冷苞(自8) 尹黙(自9) 向寵(自10) 王伉(自11) 胡烈(自12) 牽弘(自13) 楊任(自14)

自由枠14消費、残り2枠
尚、胡烈は胡奮の一族(実弟)なのですが、胡奮からの一族枠はすでに漢中を攻略した際に、父ちゃんの胡遵に使用済みです。
一族枠は一人のみ、また一族枠で登用した人からの一族枠は使えない、という縛りのため胡烈の登用は自由枠を使っています。

<265/03/01>雲南攻略戦

多少の戦後処理をした後、間髪いれずに雲南に侵攻。もともと雲南の孟獲軍は鄧艾軍に攻められていて虫の息だったから、ここはすんなり攻略したいところ。

張繍 関索 袁遺 騎馬S10000
賈詡 蒋欽 馬謖 弩兵S8000
李厳 甘寧 胡奮 弩兵S8000
雛氏 孫尚香 孫権 弩兵S8000
鮑三娘 王平 黄権 弩兵S8000

計34000

<265/07/11>雲南攻略 孟獲軍滅亡
この戦いにおいて、雛氏の弩適性がA→Sに成長。結構経験値が溜まっていたみたいでかなり早い成長だったので驚いた。

雲南攻略時点での自由枠5

法正(自軍)─張松(親愛)
張飛(自軍)─雷同(親愛)
王坑(自軍)─呂凱(親愛)

孟獲(自1)
  ├祝融(伴侶)
  └花鬘(一族)
陸凱(自2) 李恢(自3)

なぜか雲南にまで流れていた陸遜の一族・陸凱。この人、筆者がプレイするとかなりの確率で南中にいるんだよな~。
しかし、相性が良くて能力が高いので南中の都督になってもらう予定。
ちなみに、陸凱も陸遜からの一族枠はすでに使用済みなので自由枠で登用しています。自由枠を使っても余りある能力の高い人ですし。

後、花鬘を登用して「戟将」が3人になりましたが、沈瑩は武力が低すぎで荊南の委任要員になっていますので実質2人と同じです。
まぁ花鬘好きなんでご容赦願いたし。花鬘、可愛いよ、花鬘。厳顔と張任を登用できないのは何気に痛い。

自由枠3消費、残り2枠

駆け足になってしまって本当に申し訳ありません。以上、現在までのプレイ状況です。
今後、どんな感じで進めるかですが……今のところやはり江東方面を平定する予定です。
色々と決めかねていることがあって、それもどうしようかと。

  • 能力研究は知力・武力・統率方面はほぼ完了。残りは政治方面。判明している隠し特技は「虚実」「火神」「心攻」「眼力」
  • 「覇王」はまだ誰にも付与していません。誰につけるか……悩む。
  • 君主の張繍は武力高+を3回修行済みで武力96(経験値+1) 統率高+2回修行済みで統率94(経験値+4)

賈詡 「張繍様の現在の武力・統率力であれば特技の『騎将』を書き換える必要がありませんな」
張繍 「うむ、他の兵科で運用する必要もないし、『覇王』は古参、もしくは五虎将候補の誰かに付与したいところだ」
賈詡 「武力方面の研究が後になってしまったため、張済殿に武力高を回せなかったのが惜しいところでした」
張繍 「経験値で結構武力が伸びてしまったのがな……将達をどんな風に育成するかによって研究する順番も考えねばならなかったな」
賈詡 「その辺りは今後の課題ですな。一応、五虎将候補としては李厳殿、傅僉殿、甘寧殿は確実です。次点としては関索殿、孫尚香殿、陳武殿、凌統殿」
張繍 「あまり陽の目の当たらない凌統を筆者は活躍させたいらしいが……」
賈詡 「古参とはいえませんが初期から活躍している陳武殿も捨てがたいところです」




コメント、ご意見等ありましたらこちらによろしくお願いします。

  • いや〜やりましたね!!劉備攻略!!おめどうとうございます!!今後はどうするつもりですか? -- 名無しさん (2012-03-29 08:41:07)
  • ↑の方>コメありがとうございます。プレイはもうちょっと先まで進めていますので、次回この後の戦略について詳しく書きたいと思います。次回もよろしくお願いいたします -- 筆者 (2012-03-29 09:21:08)
  • 江陵攻略戦、ハラハラものでした。何にせよ、攻略おめでとうございま~す -- 名無しさん (2012-03-29 10:54:21)
  • 劉備攻略、御美事にございまする! しかし敵に回すと本当に嫌らしい面々が揃っとるなぁ。討ち死にが発動していたら、と考えると恐ろしいですね。 -- 名無しさん (2012-03-29 12:47:11)
  • 自分は劉備軍相手にするときは大抵火球を主体に戦うなあ。COMは攻撃よりも消火優先な傾向あるし。あと、「衝」車だね。 -- 名無しさん (2012-03-29 17:39:48)
  • ↑3の方>コメありがとうございます。ハラハラというかヒヤヒヤでしたw -- 筆者 (2012-03-29 20:28:52)
  • ↑2の方>コメありがとうございます。本当に嫌らしい面々ですw 特に騎馬の趙雲は超ウザいです -- 筆者 (2012-03-29 20:30:23)
  • ↑の方>ご指摘ありがとうございます。修正しました。部隊数が多ければ火球も使うつもりでしたが2部隊位だとかえって効率が悪いので今回はガチりました。 -- 筆者 (2012-03-29 20:33:03)
  • 趙雲に突撃されると一騎打ちになることが比較的多い気がするなあ・・・でも趙雲だったら負けてもなんだか清々しかったりする(^_^;) -- 名無しさん (2012-04-08 18:31:48)
  • ↑の方>コメント返しが遅くなってしまい申し訳ありません。趙雲は補正もありますし一騎打ち強いですよね。個人的には「三国志11」で一番隙のない人だと思っています。 -- 筆者 (2012-07-23 02:25:10)
  • おお待ってました!三国志12も発売されて人も少ないですけど、楽しみにしてます^^ -- 名無しさん (2012-07-23 20:17:42)
  • ↑の方>コメありがとうございます。三国志12はプレイされました? 自分はCS版待ちです。っていうかPC買い換えたほうが早いかもですがw -- 筆者 (2012-07-23 22:50:14)
  • 登用縛りの解説が面白かったです。ちと疑問ですが、建寧で登用した胡烈は胡遵の一族枠を使えたように思うのですが。 -- 名無しさん (2012-07-24 10:03:05)
  • ↑の方>コメありがとうございます。胡烈は胡奮の弟なのですが、漢中を攻略した時に胡奮→胡遵(一族枠)で登用していて一族枠が使えなかったのです。でも能力&相性がいいので自由枠で登用しました。説明を追加記入しておきました。質問してくださってありがとうございました。 -- 筆者 (2012-07-24 16:11:52)
  • プレイ日記本筋とは関係の無いことで恐縮ですが、1つご提案があります。近いうちに他の筆者様の日記の削除依頼を代行するついでに、プレイ日記一覧の並びが整うようにいくつかのプレイ日記のページ名変更を管理者様に依頼しようと考えています。もちろんページ名変更は大幅に改竄するわけではなく、スペースを入れるなりなんなりしてナンバリングの付くプレイ日記の順番を揃えることが目的です。で、ここからが本題なのですが、もし余計なお世話でないようでしたら、ついでにこちらのページ名の「張繡」を「張繍」に変更するように依頼させていただこうかと思っているのですが、どうでしょうか?(ゲーム上の仕様では「張繍」が正しいようです)細かいことですので私含め気にしてる人はいないと思いますが、どうせならまとめて依頼に出した方が後々の手間も省けるのではないかと思います。長文申し訳ありません。お返事待ってます。 -- 名無しさん (2012-07-24 23:53:18)
  • あー、そうなんですか。PS2版だと字が微妙に潰れていて「張繡」に見えていました。自分は別に構いませんが、wikiの管理人様にはお手数をかけてしまうことにならないでしょうか? ご提案して下さった方にも管理人様にも問題ない事であればこちらといたしましては反対する理由はありません。 -- 筆者 (2012-07-25 01:35:06)
  • 追記:本文内のは「張繍」になってますね。最初にページを作った時に間違えてたみたいです。申し訳ない。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします。後、本文内については見直し後、訂正しておきます。 -- 筆者 (2012-07-25 01:44:12)
  • 了解しました。なお要望が通った場合こちらのプレイ日記内のリンク(「前回はこちら」など)も一時的に切れてしまうので、お手数ですがご対応をよろしくお願いいたします。 -- 提案者 (2012-07-25 12:11:17)
  • 陸凱が良く南蛮方面にいるのは、マスクデータの出身地/地元執着が南中/重視に設定されてるからだと思います。おそらく、呂凱と間違えて設定ミスたのかと。ちなみに、出身地設定がおかしい武将はもう一人、孫礼(本来なら幽州→何故か揚州)がいます。これは孫一族の中に紛れた上での設定ミスっぽい感じですね。 -- 名無しさん (2012-08-22 19:53:55)
  • ↑の方>そうなんですか!知らなかったです。情報ありがとうございました。 -- 筆者 (2012-08-25 21:28:54)
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