ニチユ三菱フォークリフト
本店:京都府長岡京市東神足二丁目1番1号

【商号履歴】
ニチユ三菱フォークリフト株式会社(2013年4月1日~)
日本輸送機株式会社(1937年8月14日~2013年4月1日)

【株式上場履歴】
<東証1部>1971年2月1日~
<大証1部>1971年2月1日~2013年7月15日(東証に統合)
<京証>1961年10月2日~2001年3月1日(取引所閉鎖)
<東証2部>1964年10月1日~1971年1月31日(1部指定)
<大証2部>1964年10月1日~1971年1月31日(1部指定)
<東証1部>1962年1月4日~1964年9月30日(2部に指定替え)
<大証1部>1962年1月4日~1964年9月30日(2部に指定替え)
<東証2部>1961年10月2日~1962年1月3日(1部指定)
<大証2部>1961年10月2日~1962年1月3日(1部指定)

【沿革】
昭和12年8月 大阪市西淀川区において、株式会社日本輸送機製作所の事業を継承した日本輸送機株式会社を設立し、蓄電池式機関車・運搬車の製造販売を開始した。
昭和15年8月 京都府乙訓郡(現京都府長岡京市)に本社を移転。
昭和16年8月 大阪工場を閉鎖 現本社・京都事業所に集約。
昭和33年7月 リーチ式バッテリーフォークリフト製造開始。
昭和36年10月 東京証券取引所市場第二部、大阪証券取引所市場第二部及び京都証券取引所に上場。
昭和41年9月 フォークリフトの販売整備を目的として大阪ニチユ整備株式会社(現大阪ニチユ株式会社)を設立。
昭和42年10月 フォークリフトの販売整備を目的として東京ニチユ株式会社を設立。
昭和45年5月 無人搬送車製造開始。
昭和46年2月 東京証券取引所、大阪証券取引所の市場第一部銘柄に上場指定替。
昭和51年1月 滋賀県蒲生郡安土町に滋賀工場新築第一期工事を終了。
昭和60年7月 世界最初の防爆型無人搬送車を開発。
昭和61年3月 物流システム・機関車・巻取機製品の生産販売の効率化を目的として同部門を統括した産業機械事業部に組織変更。
昭和61年5月 部品供給センター、防錆塗装工場、新組立工場完成操業開始。
平成2年10月 オーストラリアでの商圏確保を目的として、オーストラリア・ヴィクトリア州に NICHIYU “NYK” AUSTRALIA PTY. LTD. を設立。(現 NICHIYU AUSTRALIA PTY. LTD.)
平成3年3月 本社工場を本社・京都事業所に、滋賀工場を滋賀事業所にそれぞれ名称を変更。
平成3年4月 産業機械事業部(物流システム・巻取機製品・機関車)を本社・京都事業所より滋賀事業所へ移管。
平成4年5月 塗装工場完成操業開始。
平成7年11月 マスト工場を京都事業所より滋賀事業所へ移転。
平成9年10月 バッテリーフォークリフト等産業用車両の生産・販売を目的として中国上海市に、上海力至優叉車製造有限公司を設立。
平成10年12月 海外事業の拡大・効率化を目的として、海外事業部を発足。
平成13年2月 京都証券取引所閉鎖により同所での上場を廃止。
平成13年9月 京都事業所・板金工場の建替完成。
平成14年3月 営業基盤を一層強化し、ユーザー・ニーズに応えるため、千葉ニチユ株式会社、兵庫ニチユ株式会社を設立。
平成14年12月 中国華南地区の販売拡充のため、力至優叉車(深セン)有限公司を設立。
平成16年3月 中国華北地区の販売拡充のため、力至優叉車(天津)有限公司を設立。
平成17年9月 産業機械事業部から営業部門を分離し国内営業部門に統合。また、京都事業所・滋賀事業所の生産部門をそれぞれ京都工場・滋賀工場とし、産業機械事業部を廃止。
平成19年4月 大阪支店を開設。
平成19年4月 オンサイト研修センターを開設。
平成19年6月 三菱重工業株式会社への第三者割当による新株式発行(普通株式6,300,000株)を行い、同社が筆頭株主となる。