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明星電気
本店:東京都文京区小石川二丁目5番7号

【商号履歴】
明星電気株式会社(1939年10月~)
株式会社東洋無線電機製作所(1939年5月~1939年10月)

【株式上場履歴】
<東証2部>1962年6月29日~

【合併履歴】
2006年1月 日 メイセイソフト開発株式会社

【沿革】
昭和13年2月 東京市蒲田区下丸子に資本金300千円で電気通信機械の製造・販売を目的として合名会社東洋無線電機製作所を設立しました。
昭和14年5月 資本金を500千円に増資するとともに株式会社に変更し、株式会社東洋無線電機製作所と社名を改称しました。
昭和14年10月 社名を明星電気株式会社と改称しました。
昭和20年6月 群馬県伊勢崎市に本社工場を移転するとともに農機具および養蚕用恒温装置の製造を開始しました。
昭和23年9月 農機具の製造を中止するとともに継電器の製造・販売を開始しました。
昭和23年10月 大田区大森に大森研究所を設立しました。
昭和26年4月 大森研究所を東京都品川区上大崎に移転するにあたり、目黒研究所と改称しました。
昭和28年2月 日本電信電話公社の交換機製造指定メーカーとなりました。
昭和37年6月 東京証券取引所市場第二部に上場しました。
昭和39年4月 茨城県守谷町に宇宙・気象観測装置および電子応用装置を製造するため守谷工場を建設しました。
昭和41年1月 釦電話装置を日本電信電話公社に納入しました。
昭和42年11月 文京区小石川に本社を移転しました。
昭和43年6月 群馬県伊勢崎市内に伊勢崎新工場を建設しました。
昭和47年4月 山形明星電気株式会社およびメイセイ電気工事株式会社(昭和58年11月メイセイ通信システム株式会社に商号変更)を設立しました。
昭和51年8月 目黒研究所を廃止し、守谷工場に統合しました。
昭和62年4月 コムテックエンジニアリング株式会社、東海ニックス株式会社およびメイセイビジネス株式会社を設立しました。
昭和63年11月 メイセイソフト開発株式会社(現連結子会社)を設立しました。
平成元年1月 メイセイ・エレクトリック(マレーシア)SDN.BHD(現連結子会社)をマレーシア、ペナンに設立しました。
平成4年7月 メイセイエンジニアリング株式会社(現連結子会社)を設立しました。
平成7年10月 威星(香港)有限公司を香港に設立しました。
平成7年11月 明星(珠海)電器有限公司(威星(香港)有限公司の100%出資)を中国珠海市に設立しました。
平成7年12月 メックテクノロジー株式会社を設立しました。
平成11年2月 メイセイエンジニアリング株式会社を継続子会社としてメックテクノロジー株式会社を合併比率1:1で吸収合併しました。
平成11年3月 メイセイ通信システム株式会社およびコムテックエンジニアリング株式会社ならびに東海ニックス株式会社を清算しました。
平成11年3月 威星(香港)有限公司および明星(珠海)電器有限公司を清算しました。
平成13年9月 山形明星電気株式会社を清算しました。
平成16年1月 メイセイビジネス株式会社を清算しました。
平成18年1月 メイセイソフト開発株式会社を消滅会社とし同社を吸収合併しました。
平成18年1月 守谷工場(茨城県守谷市)を閉鎖し、伊勢崎工場(群馬県伊勢崎市)に統合しました。