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興和紡績

本店:名古屋市中区錦三丁目6番29号

【商号履歴】
興和紡績株式会社(1945年10月~2010年11月1日興和紡株式会社に合併)
興亜紡績株式会社(1940年2月~1945年10月)
株式会社服部商店(1912年10月25日~1940年2月)

【株式上場履歴】
<大証1部>1961年10月2日~2010年5月14日(興和紡株式会社が全部取得)
<名証1部>1950年8月9日~2010年5月14日(興和紡株式会社が全部取得)

【筆頭株主】
興和株式会社

【連結子会社等】
(連結子会社)
興和冷蔵㈱ 名古屋市港区 100.0%
名南三菱自動車販売㈱ 名古屋市中川区 100.0%
㈱シュテルン名古屋南 名古屋市瑞穂区 100.0%
三興紙器㈱ 愛知県知立市 100.0%
知立電子工業㈱ 愛知県知立市 100.0%
三興印刷㈱ 名古屋市北区 100.0%
三興ビル管理㈱ 名古屋市中区 100.0%
高寶華南有限公司 中国香港 100.0%
その他1社
(持分法適用関連会社)
興和地所㈱ 名古屋市東区 50.0%
興和㈱ 名古屋市 24.3%

【合併履歴】
1950年2月 日 東洋紡織株式会社
1940年2月 日 松阪木綿株式会社
1940年2月 日 南海染工株式会社
1940年2月 日 株式会社矢田川染工所
1920年4月 日 福井紡織株式会社

【沿革】
大正元年10月 資本金100万円をもって株式会社服部商店を設立、繊維品卸売輸出入業を開始
大正3年4月 織布工場として桜田工場(名古屋市)を開設
大正7年5月 綿紡織工場として古知野工場(愛知県江南市)を開設
大正8年9月 綿紡織の主力工場として熱田工場(名古屋市)を開設
大正9年4月 福井紡織株式会社を合併(福井工場)
昭和14年11月 商事部門(現 興和株式会社・現 関連会社)を分離
昭和15年2月 社名を興亜紡績株式会社と変更。松阪木綿株式会社を合併(松阪工場)。南海染工株式会社を合併(南海工場)。株式会社矢田川染工所を合併(矢田川工場)
昭和17年10月 福井工場を国際航空株式会社へ譲渡
昭和17年12月 桜田工場を豊和工作機械株式会社へ譲渡
昭和18年8月 熱田工場、古知野工場、松阪工場、矢田川工場を中島航空金属株式会社他2社へ賃貸し、うち熱田工場は戦災により全焼廃止したが、その他の工場は戦後順次復元した
昭和20年10月 社名を興和紡績株式会社と変更
昭和25年2月 東洋紡織株式会社を合併(知立工場)。堀田冷蔵株式会社(現 興和冷蔵株式会社・現 連結子会社)を設立
昭和25年8月 名古屋証券取引所へ上場(現 第1部上場)
昭和26年7月 伯耆振興工業株式会社から工場を買収し、倉吉工場を開設
昭和33年8月 旧熱田工場跡にゴルフ練習場(興和ゴルフセンター)を開設
昭和36年10月 大阪証券取引所へ上場(現 第1部上場)
昭和52年10月 古知野工場を閉鎖。名南三菱自動車販売株式会社(現 連結子会社)を設立
昭和54年9月 興和株式会社から株式会社ユニーク日新(現 株式会社興和ヘルスケアー・現 連結子会社)を買収
昭和56年10月 知立電子工業株式会社(現 連結子会社)を設立
昭和58年4月 小牧工場を開設
昭和60年5月 三興紙器株式会社(現 連結子会社)を設立
昭和60年9月 知立工場の操業停止
昭和61年9月 倉吉工場の操業停止
昭和63年12月 本社ビル及びサウスハウス(賃貸ビル)が竣工、賃貸を開始
平成元年7月 株式会社シュテルン名古屋南(現 連結子会社)を設立
平成3年2月 清生工場(三重県松阪市)を開設
平成5年3月 倉吉工場跡地を倉吉市へ譲渡
平成6年10月 矢田川工場の操業停止
平成8年11月 松阪工場の操業休止
平成12年9月 南海工場の操業休止
平成14年7月 南海工場跡地を積和不動産関西株式会社へ譲渡
平成16年4月 高寶華南有限公司(現 連結子会社)を設立
平成18年3月 ゴルフ練習場(興和ゴルフセンター)を閉鎖
平成18年12月 松阪工場跡地をアズミック株式会社へ譲渡
平成19年4月 繊維事業を興和株式会社へ事業譲渡