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サンケイ化学
本店:鹿児島市南栄二丁目9番地

【商号履歴】
サンケイ化学株式会社(1962年1月~)
鹿児島化学工業株式会社(1949年6月~1962年1月)
泉熱化学工業株式会社(1949年6月~1949年6月)
泉熱製塩工業株式会社(1945年4月~1949年6月)
三啓化学工業株式会社(1941年12月14日~1945年4月)

【株式上場履歴】
<福証>1962年7月9日~

【合併履歴】
1949年6月 日 鹿児島化学工業株式会社
1946年5月 日 鹿児島配合肥料工業株式会社

【沿革】
大正7年10月 株式会社鹿児島化学研究所創立
大正10年4月 株式会社鹿児島化学研究所が配合肥料の製造を開始
昭和2年4月 株式会社鹿児島化学研究所がハエトリ紙の製造、防疫剤製造の端緒。以降農薬の総合生産体制を整備
昭和14年1月 株式会社鹿児島化学研究所が肥料統制法により配合肥料の製造を中止
昭和15年7月 株式会社鹿児島化学研究所が鹿児島化学工業株式会社と改称
昭和15年11月 鹿児島化学工業株式会社が鹿児島市郡元町に郡元工場(農薬製造)建設
昭和15年11月 三啓商事株式会社を設立(現・連結子会社・㈱サンケイグリーン前身)
昭和15年12月 鹿児島化学工業株式会社が朝鮮群山に群山工場建設。マシン油乳剤製造
昭和16年12月 前記群山工場を分離して三啓化学工業株式会社設立
昭和17年10月 鹿児島化学工業株式会社が播磨工場建設
昭和18年6月 泉熱製塩事業開始。山川、指宿工場を設置
昭和18年11月 群山工場閉鎖
昭和18年12月 鹿児島化学工業株式会社が鹿児島肥料株式会社を合併、小川・稲荷町工場とする。
昭和20年4月 泉熱製塩工業株式会社と改称
昭和20年7月 鹿児島化学工業株式会社の郡元、小川・稲荷町工場戦火により焼失
昭和21年4月 鹿児島化学工業株式会社がの郡元工場復旧
昭和21年5月 鹿児島配合肥料工業株式会社を合併
昭和24年6月 泉熱化学工業株式会社と改称
昭和24年6月 鹿児島化学工業株式会社を合併して農薬製造継承。(鹿児島化学工業は戦後特別経理会社に指定のため泉熱化学工業に合併)
昭和24年6月 鹿児島化学工業株式会社と改称
昭和27年10月 播磨工場閉鎖
昭和30年1月 東京出張所開設
昭和36年5月 沖縄に合弁会社琉球産経株式会社を設立
昭和37年1月 サンケイ化学株式会社と改称
昭和37年7月 株式を福岡証券取引所に上場
昭和37年12月 深谷工場(埼玉県深谷市)操業(昭和37年7月起工)
昭和38年6月 福岡出張所(現在九州北部営業所)開設
昭和39年4月 塩業整備法により製塩事業廃止。山川、指宿工場閉鎖
昭和40年1月 東京出張所を東京支店と改称
昭和45年12月 富士グリーン株式会社(現・連結子会社)を設立
昭和47年2月 鹿児島工場操業(郡元工場を移転、昭和46年6月起工)
昭和48年10月 大阪営業所開設
昭和55年11月 深谷工場敷地内に生物研究棟建設
昭和63年1月 東京支店を東京本社と改称
平成10年10月 創立80周年を迎える
平成11年7月 鹿児島市南栄二丁目9番へ本社移転