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日本電気硝子
本店:大津市晴嵐二丁目7番1号

【商号履歴】
日本電気硝子株式会社(1944年10月31日~)

【株式上場履歴】
<東証1部>1983年9月1日~
<大証1部>1983年9月1日~
<東証2部>1973年4月23日~1983年8月31日(1部に指定替え)
<大証2部>1973年4月23日~1983年8月31日(1部に指定替え)

【沿革】
当社は、昭和19年10月31日、住友通信工業株式会社等により、資本金300万円をもって設立され、滋賀県大津市(現 本社・大津事業場)において真空管用ガラス部品を生産し、住友通信工業株式会社株式会社へ供給していましたが、昭和20年、終戦とともに当社の工場設備一切を同社へ貸与し、同社硝子課の名称のもとに運営されました。昭和22年1月に会社の解散を決議し、清算事務に入りましたが、その後、会社を再興することとし、昭和24年11月30日に会社の継続を決議し、同年12月1日に業務を再開しました。当社はこの日をもって実質上の会社創立日としています。
昭和26年1月 管ガラスの自動管引に成功。
昭和34年4月 藤沢工場(現 藤沢事業場)を開設。
昭和35年3月 米国オーエンズ・イリノイInc.からガラス管及び棒の製造に関し技術導入。
昭和37年4月 超耐熱結晶化ガラス「ネオセラム」の生産開始。
昭和38年1月 オーエンズ・イリノイInc.からテレビブラウン管用ガラスの製造に関し技術導入。
昭和39年12月 滋賀高月工場(現 滋賀高月事業場)を開設。
昭和40年10月 テレビブラウン管用ガラスの生産開始。
昭和46年12月 能登川工場(現 能登川事業場)を開設。
昭和48年4月 東京、大阪両証券取引所(市場第二部)に株式を上場。
昭和51年10月 ガラスファイバ(強化プラスチック用)の生産開始。
昭和58年9月 東京、大阪両証券取引所市場第一部銘柄に指定される。
昭和62年10月 TFT液晶ディスプレイ用基板ガラスの生産開始。
平成3年4月 マレーシアに子会社「ニッポン・エレクトリック・グラス・マレーシアSdn.Bhd.」を設立。
平成3年11月 若狭上中事業場を開設。
平成5年7月 溶解炉に酸素燃焼方式を導入。
平成5年10月 米国における合弁会社「オーアイ・エヌイージー・ティービー・プロダクツInc.」の全株式を買い取り、子会社(その後、「テクネグラスInc.」に社名変更。)とする。
平成7年1月 英国に子会社「ニッポン・エレクトリック・グラス・UK Limited」を設立。
平成7年7月 プラズマディスプレイ用基板ガラスの生産開始。
平成8年3月 インドネシアに合弁会社「P.T.ニッポン・エレクトリック・グラス・インドネシア」を設立。
平成9年8月 中国に合弁会社「石家荘宝石電気硝子有限公司」を設立。
平成9年10月 米国に子会社「ニッポン・エレクトリック・グラス・オハイオInc.」を設立。(平成10年4月、合弁会社となる。)
平成9年11月 メキシコにニッポン・エレクトリック・グラス・オハイオInc.の生産子会社「ニッポン・エレクトリック・グラス・メキシコS.A. de C.V.」を設立。
平成11年8月 当社全事業場一括で国際環境管理規格ISO14001の認証を取得。
平成12年5月 中国に合弁会社「福州電気硝子有限公司」を設立。
平成14年8月 中国に子会社「福建電気硝子有限公司」を設立。(平成15年4月、合弁会社となる。)
平成14年11月 韓国に子会社「日本電気硝子(韓国)株式会社」を設立。
平成15年11月 台湾に子会社「台湾電気硝子股份有限公司」を設立。
平成16年8月 テクネグラスInc.がブラウン管用ガラスの生産を停止。
平成16年9月 テクネグラスInc.、ニッポン・エレクトリック・グラス・アメリカInc.及びニッポン・エレクトリック・グラス・オハイオInc.が米国連邦破産法上の更生手続きを申請。(平成18年6月までに、それぞれ裁判所より同手続きを完了させる最終決定が出される。)
平成17年1月 韓国に子会社「坡州電気硝子株式会社」を設立。(同年3月、合弁会社となる。)
平成17年12月 ニッポン・エレクトリック・グラス・UK Limitedが生産を停止。(平成19年3月末現在清算中)
平成18年3月 ブラウン管用ガラスの国内生産を停止。石家荘宝石電気硝子有限公司の当社持分権を全て譲渡し、合弁を解消。
平成18年8月 中国に合弁会社「電気硝子(上海)広電有限公司」を設立。