田中亜鉛鍍金
本店:大阪市西淀川区御幣島五丁目1番1号

【商号履歴】
田中亜鉛鍍金株式会社(1971年5月~)
株式会社田中亜鉛鍍金所(1971年4月22日~1971年5月)

【株式上場履歴】
<大証JASDAQ>2010年4月1日~2011年7月1日(田中ホールディングス株式会社が全部取得)
<ジャスダック>2004年12月13日~2010年4月1日(取引所閉鎖)
<店頭>1997年2月26日~2004年12月12日(店頭登録制度廃止)

【合併履歴】
1994年4月 日 大阪ガルバ株式会社
1990年12月 日 堺田中亜鉛鍍金株式会社
1980年7月 日 田中興産株式会社

【沿革】
明治41年7月 故田中吾一郎が大阪市浪速区稲荷町において溶融亜鉛めっき加工業を目的として創業。
昭和11年7月 大阪市西淀川区御幣島(現在地)に工場を新設。
昭和30年2月 有限会社田中鍍金所を設立。
昭和38年3月 有限会社田中亜鉛鍍金所に商号変更。
昭和46年4月 有限会社田中亜鉛鍍金所を組織変更し、株式会社田中亜鉛鍍金所を設立。
昭和46年5月 株式会社田中亜鉛鍍金所を商号変更し、田中亜鉛鍍金株式会社とした。
昭和47年3月 受注量の拡大を図るため、当社の代表取締役社長田中忠男(現代表取締役会長)が同業者のヤマト鍍金工業株式会社(堺市築港新町3丁27番地の8、資本金7,000,000円、昭和49年7月 堺田中亜鉛鍍金株式会社に商号変更)の代表取締役社長に就任し、新鋭大型構造物専用溶融亜鉛めっきの工場建設に着手。
昭和47年10月 生産能力の拡大を図るため、本社工場隣接地1,769㎡を取得。
昭和48年1月 ヤマト鍍金工業株式会社(堺田中亜鉛鍍金株式会社)の新工場竣工に伴い全従業員(44名)を当社より配転し、100%当社の専用めっき工場(通称 堺工場)として受注を開始。
昭和51年5月 本社工場および尼崎工場が溶融亜鉛めっき加工技術において日本工業規格表示の許可を取得。
昭和55年7月 経営の合理化と企業発展を図るため、本社工場用地の一部(3,024㎡)の所有者である田中興産株式会社(資本金3,000,000円)を吸収合併。
昭和56年2月 受注量の拡大を図るため、製品置場として大阪市西淀川区中島に土地1,628㎡を取得。
昭和56年4月 関東地区需要開発の拠点とするため、横浜ガルバー株式会社(現当社出資比率100%)に資本参加した。
昭和56年8月 経営支援と双方の基盤強化のため、大阪ガルバ株式会社に資本参加した。
平成2年12月 経営の合理化と企業発展を図るため、堺田中亜鉛鍍金株式会社を吸収合併し、堺工場として発足。
平成6年4月 企業体質の強化を図り、幅広い需要に対応できる生産体制を築くため、大阪ガルバ株式会社を吸収合併し、淀川工場として発足。
平成9年2月 日本証券業協会に株式を店頭登録。
平成10年3月 栃木県河内郡南河内町に横浜ガルバー株式会社の小山工場を新設した。
平成10年12月 大阪市西淀川区中島に着色処理工場を新設した。
平成11年4月 関東以北への商圏拡大のため、横浜ガルバー株式会社等との共同出資により、秋田市向浜に秋田ガルバー株式会社(現当社出資比率100%)を設立した。
平成16年12月 日本証券業協会への店頭登録を取消し、ジャスダック証券取引所に株式を上場。