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東海カーボン
本店:東京都港区北青山一丁目2番3号

【商号履歴】
東海カーボン株式会社(1975年6月2日~)
東海電極製造株式会社(1918年4月8日~1975年6月2日)

【株式上場履歴】
<東証1部>1949年5月16日~
<大証1部>1949年5月16日~2003年10月13日(上場廃止申請)
<名証1部>1949年5月16日~2003年10月13日(上場廃止申請)

【合併履歴】
1992年1月1日 東洋カーボン株式会社
1936年7月 日 第二東海電極株式会社

【沿革】
大正7年4月 人造黒鉛電極をはじめとする炭素製品の国内自給を目的として、東海電極製造株式会社の商号をもって発足。資本金50万円。東京都に本店、名古屋市に工場を設置。
昭和10年3月 第二東海電極㈱(資本金300万円)を設立。東京都に本店、熊本県田浦町に工場を置いて人造黒鉛電極を製造。
昭和11年1月 福岡県北九州市に九州若松工場を建設し、ピッチコークスを製造。
昭和11年2月 耐火煉瓦の製造研究を目的に、東極興業㈱を設立。
昭和11年7月 第二東海電極㈱(資本金300万円)と合併。
昭和13年6月 神奈川県茅ヶ崎市に茅ヶ崎工場を建設し、電機用ブラシ、炭素棒を製造。
昭和16年4月 九州若松工場においてわが国で初めて本格的にカーボンブラックの製造を開始。
昭和24年4月 茅ヶ崎工場においてトーカベイト(不浸透性黒鉛)の製造を開始。
昭和24年5月 東京、大阪、名古屋の各証券取引所に上場。
昭和37年12月 愛知県武豊町に知多工場を建設し、カーボンブラックを製造。
昭和46年6月 山口県防府市に防府工場を建設し、人造黒鉛電極を製造。
昭和50年6月 東海カーボン株式会社に商号を変更。
昭和50年10月 カーボンブラックの研究所として知多研究所を新設。
昭和53年7月 宮城県石巻市に石巻工場を建設し、カーボンブラックを製造。
昭和61年1月 ファインカーボンの研究所として田ノ浦研究所を新設。
昭和61年7月 総合研究所として富士研究所を新設。
昭和62年9月 米国現地法人TOKAI CARBON AMERICA,INC.をニューヨークに設立。
昭和62年10月 名古屋工場を閉鎖。
平成元年10月 タイ国にTHAI OIL CO.,LTD.他との合弁で、THAI CARBON PRODUCT CO.,LTD.を設立。
平成4年1月 東洋カーボン㈱(資本金38億円)と合併し、茅ヶ崎第二工場、山梨工場、滋賀工場が増加。
平成5年6月 山梨工場を閉鎖。
平成6年7月 イタリア現地法人としてTOKAI CARBON EUROPE S.R.L.をミラノに設立。
平成8年2月 米国現地法人TOKAI CARBON U.S.A.,INC.をオレゴン州に設立し、同年9月TOKAI CARBON AMERICA,INC.の事業を統合。
平成8年8月 韓国の㈱ケイ・シー・テック他との合弁で、韓国東海カーボン㈱を設立。
平成10年3月 人造黒鉛電極の研究所として防府研究所を設立。
平成11年3月 英国現地法人としてTOKAI CARBON EUROPE LTD.を設立し、イタリア現地法人他を傘下におさめる。
平成12年6月 THAI CARBON PRODUCT CO.,LTD.を子会社とし、同年10月、社名をTHAI TOKAI CARBON PRODUCT CO.,LTD.に変更。
平成13年4月 神奈川県茅ヶ崎地区の3事業場を統合し、湘南事業所を開設。
平成14年9月 中国上海にドイツのSGL CARBON AGと合弁で、SGL TOKAI CARBON LTD.SHANGHAIを設立。
平成15年6月 千葉県八千代市に摩擦材の製造販売を目的とした子会社東海マテリアル㈱を設立。
平成15年10月 大阪、名古屋の各証券取引所の上場を廃止。
平成16年4月 中国天津に住友商事㈱と合弁で、東海炭素(天津)有限公司を設立。
平成17年7月 ドイツの人造黒鉛電極製造販売会社ERFTCARBON GmbHの出資持分を100%取得。
平成18年2月 東海炭素(天津)有限公司操業開始。
平成18年3月 中国大連市に炭素材加工、販売の合弁会社「大連東海結金藤碳素有限公司」を設立。
平成18年7月 「東海高熱工業株式会社」を完全子会社化。
平成18年12月 ドイツのCARBON INDUSTRIE-PRODUKTE GmbHグループの出資分を80%取得。