東京カソード研究所
本店:東京都板橋区板橋一丁目10番14号

【商号履歴】
株式会社東京カソード研究所(1963年4月1日~2013年11月27日100%減資)

【株式上場履歴】
<大証JASDAQ>2010年4月1日~2013年4月15日(民事再生法適用申請)
<ジャスダック>2004年12月13日~2010年4月1日(取引所閉鎖)
<店頭>1995年10月24日~2004年12月12日(店頭登録制度廃止)

【沿革】
昭和25年5月、故大久保庄三の個人企業として受信管カソード、ヒーター、フィラメントの製造を目的として、東京カソード研究所を東京都板橋区に創立いたしました。その後、我が国では経済の高度成長及び昭和39年の東京オリンピック開催を契機として通信放送の需要が増大いたしました。このような環境下においてCRT用カソード、ヒーターの専業メーカーとして近代的な企業経営に脱皮すべく昭和38年4月㈱東京カソード研究所を同地に設立いたしました。
昭和38年4月 電子機器用材料、部品及び機器の製造及び販売、電子機器用材料、部品及び機器製作技術の受託研究を主目的として㈱東京カソード研究所(資本金4,500千円、券面額500円)を東京都板橋区板橋一丁目10番14号に設立。
昭和39年9月 東京都板橋区板橋一丁目10番14号に本社新社屋完成。
昭和40年4月 カラーCRT用カソード、ヒーター、メタルバックコイルの製作を開始。
昭和42年5月 蛍光表示管用フィラメントの製作を開始。
昭和45年11月 米国ルッカーアンドコールズ社と技術提携し、同社特許製品プローブカード(商標登録済)の製作を開始。半導体検査機器及び各種電子材料などの製造に本格的に進出。
昭和52年3月 埼玉県比企郡滑川町(東松山工業団地内)に滑川事業所(現・埼玉事業所)を設置し、電子銃の生産を開始。
昭和58年4月 熊本県熊本市水前寺町に九州営業所を設置し、九州地域販路拡大及び九州地域ユーザーに対しての即応体制を確立。
昭和59年3月 北海道空知郡上富良野町に合弁で㈱北光電子工業を設立し、カソード、電子銃の製造を開始。
昭和59年12月 液晶用基板検査装置フルオートプローバMODEL-7000の製作を開始。
昭和61年6月 内田工業㈱の株式取得により子会社とし、カソード、電子銃の製作を開始。
昭和62年4月 ハイビジョン対応のための含浸型カソードの開発に着手。
昭和63年2月 日商岩井㈱と販売契約を締結し、中国河北省のブラウン管工場にブラウン管製造設備を輸出し、CRT用部品の販売を開始。
昭和63年8月 日商岩井㈱と販売契約を締結し、中国江蘇省のブラウン管工場にブラウン管製造設備を輸出し、CRT用部品の販売を開始。
平成元年5月 熊本県阿蘇郡西原村(鳥子工業団地敷地内)に九州事業所を設置。(九州営業所を統合)
平成4年5月 関西地域ユーザーに対しての相互技術開発を行うため、大阪市東淀川区に大阪研究所を設置。(平成14年10月廃止)
平成7年10月 日本証券業協会に株式を店頭登録。
平成7年12月 中国におけるCRT用部品の市場の成長に伴い、無錫市電子管厰と共同出資により無錫三冠電子有限公司を設立、また石家荘宝石電子集団公司と共同出資により石家荘宝東電子有限公司を設立のため契約を締結。(平成10年2月無錫三冠電子有限公司を会社清算)
平成8年5月 台湾における半導体市場の成長に伴い、伊藤忠商事株式会社及び延康資訊股份有限公司と共同出資により東京探針股份有限公司を設立。
平成8年9月 シンガポール及び東南アジア地域における半導体市場の成長に伴い、MIKRO INTERNATIONAL TEST PTE LTD(平成9年1月より TOKYO CATHODE LABORATORY (SINGAPORE) PTE LTD と名称変更)に出資し、100%子会社とする。
平成8年10月 香港及び中国における半導体市場の成長に伴い、好得利電子有限公司(平成12年9月よりTOKYO CATHODE LABORATORY (H.K.) CO.,LIMITED と名称変更)に出資し、子会社とする。
平成9年4月 米国ウエントワースラボラトリー社との合弁により株式会社ビーテックジャパンを設立し、垂直プローブカード「コブラプローブ」の製造を開始。(平成16年2月、100%子会社化)
平成13年12月 韓国における半導体市場成長に伴う海外拠点拡充のため、KOREA TCL CO., LTD. を設立し、子会社とする。
平成15年5月 内田工業㈱において、液晶バックライト用モリブデン電極の量産開始。
平成16年12月 日本証券業協会への店頭登録を取消し、ジャスダック証券取引所に株式を上場。