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富士通フロンテック
本店:東京都稲城市矢野口1776番地

【商号履歴】
富士通フロンテック株式会社(2002年7月1日~)
富士通機電株式会社(1972年6月~2002年7月1日)
蒲原機械電子株式会社(1970年6月~1972年6月)
蒲原機械工業株式会社(1944年11月~1970年6月)
株式会社金岩工作所(1940年11月9日~1944年11月)

【株式上場履歴】
<東証2部>1988年2月22日~

【沿革】
当社は新潟県西蒲原郡燕町(現新潟県燕市吉田東栄町)において昭和3年1月、長谷川毅一の個人経営の企業として創立し、主として洋食器の製造を行なっておりました。その後、工場規模の拡大ならびに経営面の体制強化を図るため、昭和15年11月9日、株式会社金岩工作所に改組いたしました。その後次項の変遷により平成14年7月1日、富士通フロンテック株式会社と改称し現在に至っております。
昭和19年11月 富士通信機製造㈱(現富士通㈱)が全株式を引き受け、商号を「蒲原機械工業株式会社」に改称
昭和21年1月 電話機部品および交換機部品の納入を開始
昭和31年11月 表示装置の設計・製造・試験の一貫生産を開始
昭和37年10月 新潟県西蒲原郡吉田町(現新潟県燕市吉田東栄町)に「吉田工場(現新潟工場)」を開設
昭和38年9月 東京都南多摩郡稲城町(現東京都稲城市)に「矢野口工場(現東京工場)」を開設
昭和45年6月 商号を「蒲原機械電子株式会社」に改称
昭和46年11月 プレス金型の自主営業を開始
昭和47年6月 商号を「富士通機電株式会社」に改称
昭和49年8月 金融端末機器の開発・製造・販売を開始
昭和55年9月 流通端末機器の開発・製造・販売を開始
昭和57年4月 OA端末機器の開発・製造・販売を開始
昭和63年2月 東京証券取引所市場第二部へ上場
平成8年6月 子会社 FUJITSU DIE-TECH CORPORATION OF THE PHILIPPINESを設立
平成8年12月 子会社 ㈱富士通機電ライフクリエイト(現株式会社ライフクリエイト)を設立
平成10年7月 子会社 FK-Mechatech Co., Ltd.(現FKM Co., Ltd.)を設立
平成12年4月 子会社 富士通機電カストマサービス㈱(現富士通フロンテックカストマサービス㈱)を設立
平成13年12月 富士通㈱コンシューマトランザクション事業本部の開発製造部門を統合
平成14年4月 子会社 ㈱プロダクトサービスエンタープライズを設立
平成14年7月 商号を「富士通フロンテック株式会社」に改称
平成14年7月 1単元の株式の数を1,000株から100株に変更
平成15年10月 子会社 富士通先端科技(上海)有限公司を設立
平成17年2月 富士通㈱より㈱富士通ターミナルシステムズ(同年2月1日付で株式会社富士通フロンテックシステムズへ改称)の全株式を譲り受け子会社化。富士通㈱よりATM・POSなどの専用端末のソフト・サービス業務ならびに流通業界向けヘルプデスク業務を統合
平成17年4月 大宮ソリューションセンター(埼玉県さいたま市中央区)を開設
平成17年9月 ㈱高見沢サイバネティックスと資本提携
平成18年5月 大阪ソリューションセンター(大阪府大阪市中央区)を開設